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連載
白は黒へ①
愛娘を助ける為、態と敵に捕まったリゼルがいなくなった後のビアンカ達は、現在大教会でジューリアが使用している客室に身を潜めていた。
傷だらけで意識を失っているリシェルをソファーに寝かせ、テミスと名乗らされた天使の子供アスカを寝台に置いたミカエルは引き続き治療を始めた。
壁に凭れて光景を眺めるビアンカの脳内はぐるぐると思考が回って全く落ち着かない。
地中深くリシェルとリゼルが引き摺り込まれ、奥深くから届いたリシェルの悲鳴や何度も光が発せられる様を恐怖に染まりながら見ていた。あのリゼル=ベルンシュタインがいるのにリシェルが傷付いている事実が信じられなかった。
「治療はあとどのくらい掛かるの?」
「まだまだかかる。さっきも言ったがリゼル=ベルンシュタインに重傷を負わされたんだ。奴の魔力が体内から消えない限り、本格的な治療は難しい」
あの時もミカエルはテミスを治療中だった。そこに皇帝直属の魔法使いが現れ、ビアンカを魔族と断定し、投降を促した。聞く気のないビアンカが魔法使いに飛び掛かろうとした寸前、制止の声を放ったのがミカエル。ミカエルの声に動きを止めた直後、全身血に濡れ意識を失っているリシェルを抱えたリゼルが戻った。リゼルもまた重傷を負っているのが丸分かりで立っているだけで足下に血溜まりが広がった。
『コ、コレットっ』
『ティア? これは一体』
ビアンカを魔族と断定した魔法使いはコレットと言うらしく、突然現れた赭面の老女をティアと呼んだ。
真っ赤な顔面は急激に青く染まり、強大な魔力と激しい怒気に包まれたリゼルが声を発するだけで室内にいた者達の意識を根こそぎ絶望の底へ叩き落した。
混乱と恐怖で身体が固まっても聴覚はしっかりしており、話を聞くにリゼルを捕らえる代わりにリシェルを解放させたようだ。魔法植物でリゼルを拘束したティアがビアンカやミカエルに目を向けるも、リゼルの殺気に当てられコレットを連れ消えた。
場所を変えるなら今だとミカエルに動かされ、気絶しているリシェルは仕方なくビアンカが運ぶ事となった。
魔界にいた頃なら決して考えられない状況に知らず知らずの内に溜め息を吐いていた。
「言っておくが」
「何よ」
「リゼル=ベルンシュタインの娘の治療はせんぞ」
「あら、ベルンシュタイン卿の娘を殺せたら、貴方の天界での地位はより高いものになるのではなくて?」
「そういう意味で言ったんじゃない」
だったらどういう意味で言ったのか。神族、天使と魔族は永遠の敵同士。決して分かり合えることはない。力においても同じ。互いの力は互いにとって猛毒に等しい。重傷のリシェルにミカエルの治癒は猛毒で最悪の場合——死ぬ。
「あのリゼル=ベルンシュタインが無策で我々に娘を預けていったとは思えん。もしも娘を死なせるか、或いは放置していれば、戻った奴に殺されるのは私達だ」
「……」
「私では魔族の治療は出来ん」
ミカエルが言いたいのは、騒動が収まっても生き残りたいならリシェルを治療する以外ないということ。
しかし。
「……わたくしは治癒魔法が苦手なのよ」
どんな魔法だって習得しようと懸命に努力を重ねたビアンカだが、適性がなかったのか治癒魔法だけは習得出来なかった。末の弟が生きていた頃は、動き回っては転んで作った擦り傷を治療していた。擦り傷くらいしか治せない程度の治療魔法ではリシェルの傷は癒せない。
「治癒魔法が使えずとも、傷の手当は出来るだろう」
「ふん。高位魔族の貴族がするわけないでしょう」
「はあ」
あからさまな溜め息を吐かれ、頭にきたビアンカだが自分に冷静になれと振り上げかけた腕を止めた。跪かれ、世話をされるのが当たり前だったビアンカに傷の手当てをする知識はない。テミスの治療を一旦止めたミカエルは部屋を出て行った。無言で出て行かれた為、一人残されてしまったビアンカは怪我人二人をどうすればいいか分からず困り果てるも、ミカエルはすぐに戻って来た。片腕に箱を抱えて。
「大教会内の構図は把握している。どこに医務室があるのかもな。そこから応急処置に必要な道具を取りに行っていた」
聞いてもいないのに説明をされた。
箱をテーブルに置き、止血剤や綺麗な布を取り出し、リシェルの手当てに移った。
「天使の子供の治療は?」
「少しの間だけなら置いておける」
「……」
慣れた手付きで手当てをするミカエルの後姿を見つめるビアンカは謎の無力感に襲われていた。
どうして? 分からない。リシェルがどうなろうと、天使の子供がどうなろうとビアンカには関係ないのに……酷く自分が無力だと思い知らされた。
「……あのお嬢さんがもしも二代前の神に捕まったらどうなってしまうの?」
無言でいると時間の進みが極端に遅く感じてしまい、相手が大天使であろうと話し掛けてしまった。
「ヘルト様とセレナ様の目的は、ネルヴァ様への復讐。奪われた自身の神力とネルヴァ様の神力を奪って再び神の座に返り咲くのが狙いだ」
「あの頼りない現神を引き摺り下ろすって事?」
「……ネルヴァ様への復讐心に囚われているあのお二方の心情を考えるとヨハネス様やヴィル様の神力をも奪いかねない。思惑に気付いてしまった私も然り」
「……ほんっと魔族より貴方達は物騒ね」
ジューリアがいたら強く同意されただろう。
魔族は身内を大切にする傾向が強い。だから、身内同士で殺し合う神族を理解するのはビアンカにとって不可能に近い。そしてそれはジューリアやフローラリア家にも言える。幾ら二代前の神の介入があろうと我が子を大切にしているなら冷遇なんてしない。
魔力しか取り柄のない無能の烙印を押されただけでつけいる隙が出来たなら所詮その程度の愛情しか持てなかっただけ。人間は愛情深い種族という話は教科書に載っているだけの嘘に過ぎない。
ミカエルは言い返す言葉もなく、そうだなと言いたげに溜め息を吐くだけに留めた。
リシェルの手当てを終えると側を離れ、再びテミスの治療を再開した。
「ふと思ったのだけど、わたくし達が此処にいるとお嬢さん達は気付けるの?」
「宿から此処への道則に私の力をばら撒いた。それで気付いてもらうしかない」
「そう」
やはり会話が続かない。無言でいるのは気が重くて息苦しくなるビアンカが話題を探していれば、今度はミカエルが話し掛けた。
「魔界に助けを求めんのか」
「ベルンシュタイン卿がいるのに?」
「それもそうか」
仮にリゼルがいなかったとしても没落したアメティスタ家の元令嬢を助けてくれる知り合いはいない。恋焦がれたノアールの名が浮かぶもビアンカは咄嗟に頭を振って消し去った。どうしてそうしたのか本人も分からない。怪訝な声でミカエルに問われるもビアンカは何でもないと誤魔化すしかなかった。
テミスの治療はまだかかる。立っているだけなのも疲れてきた。椅子に座ろうとビアンカが動いた直後、突然扉が開かれた。
勢い強く開かれた扉の先に立っていたのは――ヴィルだ。
人払いの結界を張ったのに敵襲!? と身構えたビアンカとミカエルは胸を撫で下ろす。
が、ヴィルの相貌は険しい。息は上がり、麗しい銀糸は乱れている。
「ジューリアとヨハネスは?」
「戻ってないわ。一緒じゃないの?」
「途中であの二人を逃がす為に別れた」
今最も狙われているのはジューリア。ヨハネスは強い神力を持っていると言えど戦闘経験は皆無。宿に残されていたミカエルの神力を辿って此処へ辿り着いたヴィルは大股でミカエルに近付いた。途中、手当をされ眠っているリシェルを一瞥して。
「何があった」
「帝国の魔法使いがリゼル=ベルンシュタインとその娘を襲撃しました」
事の経緯を簡単に的確にミカエルが告げるとヴィルは美しい面を不機嫌に歪めた。
リゼルが敵に捕まったのは娘を助ける為と懐に潜り込む為。ミカエルにネルヴァの安否を訊ねられ、恐らくネルヴァもリゼルと同じ行動を取ったと語った。
城で起きた出来事を聞かされたミカエルとビアンカは驚愕と極度の緊張に染められた。
「ヘルト様が人間の肉体を乗っ取ったなら、ネルヴァ様やヴィル様では手が出せない……」
「兄者と全く連絡がつかない。多分リゼル=ベルンシュタインと同じで態と捕まった可能性が高い」
ネルヴァとリゼルの捕らえられている場所が同じなら、ネルヴァのこと、ヘルトの始末をリゼルに頼む筈。罪を犯していない人間を神族は殺せないが魔族なら無制限で殺せる。
だが。
「どうかしら……」
否定の言葉を紡いだのはビアンカだった。
「高位魔族にとって人間界は娯楽が詰まった謂わば高級別荘地といっても過言ではないわ。娯楽を楽しむなら、決して人間に危害を加えないというのが暗黙の了解。他の魔族に厳罰を下すベルンシュタイン卿本人が無闇に人間を殺すとは思えない」
「だとしても、状況が状況だ。何より、魔族にとっても例の人間を殺すことには利がある」
最悪の想定として二代前の神が力を取り戻せば、必ず人間界に滞在する魔族の殲滅に動き出し、ネルヴァやヴィル達から奪った神力を持って魔界の蹂躙が叶えられる危険性がある。
ネルヴァやヴィル達兄弟にとっても、魔族にとっても、必ず殺さなければならない存在へと変貌してしまったのだ。
「ん?」
治療をしながらヴィルの話を聞いているミカエルの側に天界の通信が入った。ヴィルにも聞こえるようミカエルが調整すると信じられない話を聞かされた。
『ミカエル様! キドザエル様と共に直ちにお戻りを!』
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切羽詰まった相手の声に続きを促すと――アンドリューの死亡を告げられたのだった。
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