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連載
白は黒へ②
しおりを挟む天界にいる天使が告げたアンドリューの死は、ヴィルとミカエルを戦慄させた。現神の父親だとジューリア達の会話で知るビアンカも然り。
一気に乾く口内で掠れた声でミカエルが原因を問うた。
「一体……何があった……」
『そ、それが、アンドリュー様を発見したガブリエル様によると、アンドリュー様は既に息絶えていて胸に致命傷となる傷を負っていたとのこと。傷の周りに漂っていたのは……ユリア様の神力だと』
更なる衝撃が場に齎された。ユリアはヨハネスの母でアンドリューの妻。妻が夫を殺した。
治療を進める手が震え、今にも力が途切れそうになるのを必死で堪えるミカエルはちらりとヴィルを見やる。顔付きはより険しさを増し、視線が合うと口パクでユリアの行方を聞け、と命じられた。
「ユリア様の行方は?」
『現在調査中です。しかし、現在天界は帰還した天使達の浄化により手が回らない状況です。ミカエル様とキドザエル様は直ちに天界へ帰還せよとガブリエル様が』
「分かった。キドザエル様には?」
『既に連絡はついています』
了解したミカエルが通信を切る。
ヴィルの相貌は険しいまま。不意にビアンカが口を開いた。
「神族同士で殺し合いなんて……滅多にない……ことよね?」
「……少なくともおれは知らない。おれより長生きしてるミカエル君は?」
「私もありません」
長い歴史の中で神族が同族に殺された事例はない。二代前の神による『異邦人』の魂を狙っている件といい、前代未聞の事件が立て続けに起きている。治療を続けるミカエルの側に寄ったヴィルが治療の進捗具合を確認すれば、最低でも二時間は掛かるとされた。
「二時間か……短縮は?」
「これが精一杯です。リゼル=ベルンシュタインの魔力が濃く体内に残っているせいで無理矢理進めることも敵いません」
「分かった。ミカエル君は引き続き治療を。魔族の子は此処にいたらいい。今はもう、無暗に外に出ないことだ」
何かが起きても皆自分のことで手一杯で他人を助ける余裕がない。帝国の魔法使いは現在も帝都にいる魔族を探し回っている。見つかった場合、一人で対処可能なら出ればいいがビアンカに戦闘経験は無いに等しい。大人しくヴィルの言葉を受け入れた。
部屋を出ようとしたヴィルをビアンカは呼び止めた。
「何処へ?」
「ジューリアとヨハネスを探す。ユリアが眼鏡を殺して行方を眩ませたなら、恐らくヨハネスに会いに行く筈だ」
「貴方の甥っ子の母親と合流するなら却って安全なんじゃ」
「いや……」
得体の知れない不安がヴィルを襲う。アンドリューを手に掛けてしまうくらい追い詰められているユリアがジューリアに手を出さないとは限らない。ヨハネスの身を最優先に考えるユリアのこと、人間の少女をあっさりと差し出してしまえる。
母に強く出れないヨハネスが止められるとも思っておらず、ヴィルは扉を閉め二人の捜索を始めたのだった。
——時は遡ってほんの少し前。城の温室ではヨハネスとユリアの言い合いが未だ続いていた。ヨハネスの為にアンドリューに怪我を負わせたのに、肝心のヨハネスは父に傷を負わせた母を許そうとしなかった。
「お願いよヨハネスっ、どうか、母の気持ちを理解してちょうだい」
「無理だ! 何でもかんでもぼくの為だとか言うけど父さんを傷付けていい理由にならない!」
「っ」
厳しくても、怖い人であろうと、父という存在はヨハネスにとって大切な家族でそれ以上も以下もない。大好きな母が自分の為に父を手に掛けたと知って冷静でいられない。
母と子の言い合いを止めたくても部外者の自分では口を挟めず、歯痒い思いをしながら二人を見守るジューリア。
ふと、側に立つキドザエルの頭上に光る球形が現れた。
「天界からの連絡だ。ひょっとしたら……」
心当たりがあるキドザエルが自身に呼び掛ける声に応えると球形を寄越した相手は大層慌てた様子でいる。アンドリューの名前を出され、重傷を負って倒れているところを発見されたのだとジューリアも思った。のも束の間、連絡係が齎したのは——アンドリューの死亡。
感情が削げ落ちた相貌で母を呆然と見やるヨハネス。ユリアもまた、呆然と連絡を寄越す球形を見上げていた。
「それは事実か」
『アンドリュー様を発見したガブリエル様が容態を確認した時にはもう……っ』
「……」
信じられない思いでユリアに向けられる三者の瞳。致命傷は避けたとユリアが思っていただけで実際はそうではなかったのだ。
「あっ」とジューリアは力が抜けて座り込んだヨハネスに駆け寄る。
「大丈夫……?」
「……」
力無く項垂れる首が横に揺れる。こんな時どんな言葉をかけていいかジューリアには分からず、心配の眼差しをヨハネスに注ぐしかない。
「……アンドリュー様は誰に……?」
『傷口に漂う神力がユリア様の物だとガブリエル様は判断されました。キドザエル様はミカエル様と共に直ちに帰還し、ユリア様の捜索をとガブリエル様より命令が』
「分かった……ミカエルと合流後すぐに天界に戻る」
通信が切れた球形は消え去り、残ったのは予想もしていなかったアンドリューの死。未だ項垂れたままのヨハネスの背を撫でるジューリアの視界が揺れるユリアを捉えた。覚束ない足取りでヨハネスに近付くユリアだが、気付いたヨハネスが顔を上げ拒絶した。泣きそうな顔と声は、ハッキリと母親を拒んでいる。ショックを受け、青褪めたユリアの視線は地に落ちた。
「致命傷は……致命傷は避けた、なのに、なんで、どうして死んでしまうの……?」
「ユリア様。貴女がそう思っただけで実際は——」
「違う!!」
思い込みでアンドリューは無事でいられると信じたユリアを否定しようとしたキドザエルの言葉は、激昂したユリアによって遮られる。
「アンドリュー様が死んだのはアンドリュー様が弱いせいよ!」
「ユリア様!!」
「神の息子のくせに、本家の血筋のくせに、私よりもヨハネスよりも弱いアンドリュー様のせいよ!」
全ては神力の弱いアンドリューが悪いと狂ったように決めつけ、非難する形相はヨハネスやキドザエルの知るそれじゃない。初めて見る母の変貌ぶりに項垂れていたヨハネスも顔を上げざるを得なかった。悲鳴混じりで呼んでもユリアはひたすらアンドリューを責め、誰も何も発せない状況に陥ったそこに、別の声が響いた。
この声をジューリアはよく知っている。なんてタイミングで来るんだとギョッとした。
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