砂糖漬けの日々~元侯爵令嬢は第二王子に溺愛されてます~

文字の大きさ
7 / 13

7 ティアラ

しおりを挟む
  
  
 アクアディーネ侯爵邸の一室。小花が散りばめられた壁紙、ピンク色のベッドやソファー、可愛いぬいぐるみや小物が置かれた女の子らしい部屋で、机に向かってペンを走らせる赤みがかった銀髪の少女がいた。
  

「出来た」
  

 少女の名はティアラ=アクアディーネ。エウフェミアの異母妹。日課である日記を書き終えると日記帳に鍵をかけ、引出に仕舞った。椅子から下りて、ソファーに座った。
  

「もうすぐ夜会ね。……会えたら良いな、お義姉様」
  

 ティアラは生まれてから侯爵家に引き取られるまでずっと平民として暮らしていた。いつも笑顔を絶やさず、ティアラを温かく包み込んでくれた母と優しい父に囲まれて育った。父は魔界の偉い人と母がよく言っていたが、幼いティアラではまだ意味を理解出来なかった。
  
 ただ、平民の割に非常に整った容姿をしているのはどうしてかと思った。悪魔は魔力量が多ければ多い程容姿が美しくなる。稀に平民でも非常に見目が整った悪魔がいると聞かされ、そうなのかと納得した。
 ティアラが9歳になった時、生活は一変した。平民だと思っていた父が実は侯爵家の当主だと聞かれた。『五大公爵家』には及ばなくても、魔界では力のある高位貴族。今まで黙っていた事と不自由な生活を強いた事を謝罪されたが、ティアラは不自由な思いをしたと感じた事は一度もない。母も同じ。父曰く、正妻が亡くなったのを機に2人を正式にアクアディーネ家で引き取りたい。魔界では人間界のように喪に服してから、という決まりはない。正妻が亡くなってもすぐに新しい妻を娶る事が可能だ。
 父には正妻との間に娘が1人いると聞かされ、ティアラは姉が出来ると知って喜んだ。不安と期待を抱いてアクアディーネ侯爵邸を訪れた。
 父に紹介された異母姉はティアラの1歳上。
 初めて見た姉の姿に感動した。
 魔界では珍しい純金の髪は悪魔が忌み嫌う天使のように美しく、海の底を思わせる深い青は姉の聡明さを表していた。姉は綺麗なカーテシーをティアラと義母に披露し、エウフェミアと名乗った。貴族の礼を知らないティアラはカチコチに固まりながらも自己紹介をした。
  
 ティアラと名乗ると、エウフェミアは「よろしくお願いします。ライラ様、ティアラ様」と返してくれた。鈴の音を転がした見た目通りの声は、ティアラの中の姉への期待をより一層高まらせた。
  
 仲良く出来るか不安だった気持ちはすぐに消えた。ずっと平民として暮らしてきたティアラも貴族の仲間入りとなったのだから、当然令嬢としての教育が待ち受けていた。文字の読み書きはある程度しか出来なかったので最初は家庭教師の質問や与える問題が解けなかった。
 ティアラはエウフェミアに頼った。エウフェミアにとって自分はあまり良い印象は持たれていないと思いながら。母が亡くなってすぐ別の女性とその娘を家族として迎え入れると言われれば、自分は受け入れられるかどうか。不満も言わず、見せず、淡々と受け入れたエウフェミアに罪悪感を抱きながら、ティアラは彼女に頼るしかなかった。
 勉強を教えてほしいと訪れたティアラをエウフェミアは快く迎え入れてくれた。
  
 分からない所はティアラが分かるまで丁寧に教え、難しい文字はこうすれば覚えやすくなると教え、マナーレッスンは練習あるのみと何度も付き合ってくれた。
  
 ――そんなエウフェミアをティアラは慕い、もっと仲良くなりたいと願うのは当然だったのに父は許さなかった。
 ティアラがマナーレッスンやダンスレッスンの練習のし過ぎで筋肉痛になればエウフェミアが休憩させないからと叱り、家庭教師の出すテストの点数が悪ければエウフェミアの教え方が悪いからと叱り、更にはティアラが体調を崩せばエウフェミアがストレスになっていると頓珍漢な理由で叱る。
 何度ティアラが違うと庇っても、父のエウフェミアに向ける態度は硬化して悪くなる一方だった。
  
 段々表情から笑顔は消え、姿を現せば父に叱られるせいでエウフェミアは部屋から出なくなった。ティアラが庇えば庇うだけ、そう言わされていると勘違いする父。
  
 約1年後――途方にくれるティアラからエウフェミアを攫うように彼は現れ、父に有無を言わせず魔王城へ連れて帰った。
 魔王の息子で第2王子ヨハン。ティアラがアクアディーネ侯爵邸を訪れる前にエウフェミアとお茶会で知り合い、一目惚れしたので貰いに来たと当時語っていた。
  
  
「大好きなお義姉様が連れて行かれるなんて、とても嫌だったけど……あれで良かったのよね」
  
  
 ヨハンに連れて行かれてからエウフェミアとは一度も会えていない。
 何度か父に義姉に会いたいと願うも、苦い顔をされ、さり気無く違う話へと毎回誘導されるので諦め。それならばと手紙を書くが返事が来たことはない。
  
  
「……」
  
  
 きっと、ヨハンのせいだ。ヨハンが手紙をエウフェミアに届かない様仕向けているのだ。
 1年前の結婚式もアクアディーネ侯爵家だけ招待されなかった。父はエウフェミアがそう仕向けた、恥をかかされたと激怒していたが何故あれだけ嫌う娘の晴れ姿を見たいと思うのだろうか。
  
 両親は大好きだ。でも、大好きなエウフェミアに冷たくする父は好きになれない。母はエウフェミアとどう接したら良いか分からないまま会えなくなったのでどう思っているかよく分からない。只、時折一時的にでも勉強を教わった時の話をすると嬉しそうに聞いてくれた。
  
  
「はあ……」
  
  
 自分ではどうする事も出来ないのか。
 今度の夜会までに考えようとティアラはもう一度机に座り直した。
 会って話がしたい。魔王城での暮らしやヨハンとの生活を。
 会って知ってもらいたい。エウフェミアがいなくなってからは、何時か会えた時立派な令嬢になったのを見てほしくて勉強やマナーレッスンを頑張った。
 努力して、努力して――立派かどうかはエウフェミアに判断されないと分からないが、家庭教師から太鼓判を押された現在いまなら堂々と会えるかもしれない。
  
 エウフェミアに会いたい気持ちを胸に抱き、ティアラは家庭教師の課題を熟すのだった。
  
  
  
  
  
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結】殺されたくないので好みじゃないイケメン冷徹騎士と結婚します

大森 樹
恋愛
女子高生の大石杏奈は、上田健斗にストーカーのように付き纏われている。 「私あなたみたいな男性好みじゃないの」 「僕から逃げられると思っているの?」 そのまま階段から健斗に突き落とされて命を落としてしまう。 すると女神が現れて『このままでは何度人生をやり直しても、その世界のケントに殺される』と聞いた私は最強の騎士であり魔法使いでもある男に命を守ってもらうため異世界転生をした。 これで生き残れる…!なんて喜んでいたら最強の騎士は女嫌いの冷徹騎士ジルヴェスターだった!イケメンだが好みじゃないし、意地悪で口が悪い彼とは仲良くなれそうにない! 「アンナ、やはり君は私の妻に一番向いている女だ」 嫌いだと言っているのに、彼は『自分を好きにならない女』を妻にしたいと契約結婚を持ちかけて来た。 私は命を守るため。 彼は偽物の妻を得るため。 お互いの利益のための婚約生活。喧嘩ばかりしていた二人だが…少しずつ距離が近付いていく。そこに健斗ことケントが現れアンナに興味を持ってしまう。 「この命に代えても絶対にアンナを守ると誓おう」 アンナは無事生き残り、幸せになれるのか。 転生した恋を知らない女子高生×女嫌いのイケメン冷徹騎士のラブストーリー!? ハッピーエンド保証します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...