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かかった
しおりを挟む今日は『交流会』当日――。
態々今日の為に用意したドレスに身を包んだヒルデガルダをオシカケが部屋まで迎えに来た。瞳と同じ濃い青を基調としたドレスは肩と胸元の露出を最小限に抑えており、派手さも抑え気味。夜会とは違う、名前の通り他家と交流を持ちましょうという会なので地味なのが良い。
「お嬢、準備は?」
「済ませてある。オーギュストやアイゼンは?」
「もう下で待ってますよ」
「なら行くか」
姿見の前から離れ、部屋を出たヒルデガルダの後ろをオシカケが付いて歩く。一階の玄関ホールに降りるとオーギュストやアイゼンがいた。二人共と視線が合い「待たせたか」と階段を下りて側に立った。
「予定通りの時間に来たな」
「妾は遅刻はせんぞ」
「されては困る。全員揃ったことだし行くか」
見送りに来たラウラや執事に「留守を頼む」と残し、オーギュストを前にヒルデガルダ達は外へ出た。
待機させていた馬車に四人が乗り込むと早速出発した。
ヒルデガルダの隣にはアイゼン。オーギュストの隣にはオシカケが座った。
「リスト侯爵家は、王妹が嫁いだ名家だ。くれぐれも問題を起こしてくれるなよ」
「ああ、妾は起こさん。マクレガーの娘と王子は知らんがな」
「あの二人にも期待したいものなんだがな」
「無理だろうな」
ヒリスの場合は、誘いの手紙を出しても応じないヒルデガルダに相当痺れを切らしている筈。ノアンにしても強大な魔力を手に入れてヒルデガルダに知らしめたい気持ちが強い。どちらも必ずヒルデガルダに接触する。
リスト侯爵邸に到着すると四人は降り、執事の案内を受け会場に入った。招待状を送られても一度も応じなかったサンチェス公爵家が初めて参加したと知った他の招待客達の視線が集まった。オーギュストとヒルデガルダは当然のように知られており、オシカケもヒルデガルダに仕える従者として知られている。ただ一人、見知らぬ美貌の男がヒルデガルダをエスコートしているからすぐさま周囲は好奇に満ちた視線を寄越した。婚約者との不仲を知っている周囲からすれば、別の美しい男を側に置くヒルデガルダが気になって仕方ない。
予想通りの状況に溜め息を吐いたのはオーギュスト。
「はあ」
「人は溜め息を吐くと幸せが逃げると聞くぞ」
「お前のせいでな」
「否定はしない」
「何度も言うが騒ぎだけは起こすなよ」
「妾は、な」
同じ忠告を受ければ、返事もまた同じになる。
再度溜め息を吐いたオーギュストであるが主催者のリスト侯爵夫妻がやって来ると背筋を伸ばした。
「サンチェス公爵、公女も、今年はよく来てくれた。歓迎する」
「ありがとうございます」
「毎年招待状を送っても不参加なのに、今年はどうして参加をしてくれたんだ?」
「ただの気紛れですよ」
「気紛れでも嬉しいよ。ゆっくり楽しんでいってくれ」
初めて見るアイゼンを気にして視線をやりながらも侯爵夫妻は他の招待客の許へ行った。
くるりと回ったオーギュストがクラッカーの上にクリームとナッツを載せているヒルデガルダを呼び、念を三つほど付けて釘を差し、オシカケを連れて側を離れた。
アイゼンと二人きりになろうがナッツの他にも何か載せたいヒルデガルダは果物を前に考えていた。クラッカー、クリーム、ナッツと共に頂くフルーツは何にすべきか。テーブルに並んでいるのはオレンジ、リンゴ、イチゴ、更に木の実もある。木の実の方はサンチェス公爵家でもよく食べているもので甘酸っぱさが癖になると好んで食べている。木の実にするか、と決めた時。
「ヒルデガルダ様。参加していらしたのね」
鈴の音を転がした可憐な声に潜む棘。誰かと振り返らずともヒリスだと分かる。木の実をクリームの上に載せ、ナッツと共に頂いた。噛み応えのあるナッツの香ばしさ、木の実の甘酸っぱさが美味しいと食べている間にも相手の視線が突き刺さる。
ずっと無視していても構わないがヒリスの苛立ちを増長させるのみ。仕方なく振り向くとあきらかに不快だと表情に書いていた。
「マクレガー公爵令嬢。何かご用ですか?」
「ご用ですって? 私は何度もヒルデガルダ様にお誘いの手紙を送ったのに、ヒルデガルダ様は一度も応じてはくれなかったじゃないですか。こうして会えたのなら、理由をお聞かせ願えますか」
「興味がないとだけ」
「なっ」
態々会わずとも『交流会』で会えると分かっていたからヒリスの誘いに応じなかった。相手にもしていないと堂々と宣言され、顔を真っ赤に染めドレスの裾を握るヒリス。周囲の視線は依然とヒルデガルダ達に集中する。
「ヒルーー」
「ヒルダ。庭へ出ようよ。天気も好いし、寒くないからさ」
「アイゼン」
ヒルデガルダの名を口にしかけたヒリスを遮ったアイゼンにリスト侯爵邸の庭へ連れ出された。次はヨーグルトとリンゴをクラッカーに載せたかったヒルデガルダとしては不満一杯で、アイゼンを睨むと微笑まれた。
「どうして嬉しそうなんだ」
「可愛いなって」
「お前くらいだ、妾にそう言うのは」
「好きな人を可愛いと思うのは、男なら皆思うこと」
「そうなのか。あ」
恋愛小説でも書いてあったと思い出し、ふむ、と顎に指を当てた。『交流会』にはノアンも参加する。既に来ているかはまだ確認していないがヒリスの様子からするに必ず泣き付く。アイゼンとこうして庭へ出て来たのなら、何れノアンが現れる。
「王子が来るまで庭にいよう」
「僕は構わないよ。他の招待客はあまり出ていないようだし」
「ああ。アイゼン、王子が来ても虐めてくれるなよ。マクレガーの娘もな」
「はいはい」
適当な返事に些かの不安を抱きつつ、庭へ飲み物を持って来た給仕からジュースを受け取った二人。聞くとオーギュストが頼んだとか。
「見ていたのか」
「見たくなくても見えるってやつさ。人間の貴族も高位魔族と変わらないな。定期的に他家を招いてパーティーをするのは」
「お前の家も?」
「僕が当主になってもさせられていたよ。付き合いは大切にしろって言われて」
魔王だったヒルデガルダの補佐だけはなく、自身の家の管理もしていたアイゼンは毎日多忙だったと言える。
ふと、魔王になりたての頃を思い出した。力だけで成り上がったヒルデガルダに教養はなかった為、名乗りを挙げたアイゼンが文字の読み書きから数字の計算、魔界の歴史、貴族事情、マナーについても全て教えてくれた。孤児の魔族が魔王になった場合は、専門の講師チームを作って教育を施すところをアイゼンが全て一人で熟した。子供の頃の出会いがきっかけで好きになったとは言え、たった一人に対しそこまで尽くすかと疑問だらけであった。
人間に転生し、恋愛小説を読み漁り、ノアンとヒリスの二人を見て漸く知り得た気がする。
「ふふ」
「急に笑うなんて怖い」
「ああ、悪い。お前はやっぱり妾が好きなんだなと思ってな」
「好きだよ、ヒルダが。好きじゃなきゃ君に尽くさない」
「ああ。知ってる」
アイゼンは好きでも嫌いじゃない。アイゼンから与えられる好意は全然嫌じゃない。なんなら、居心地が好い。
「魔界に戻る気はないのだったか」
「養子が頑張って当主をしてくれるさ」
「じゃあ、このまま一緒にサンチェス公爵家に住もう。今更魔族の一人や二人増えたところでオーギュストは反対しない」
「あの屋敷に仕える奴の中には、堕天使もいるくらいだもんね」
オーギュストの許可は必要だと二人で笑い合う。
ジュースを飲み干し、空になったグラスを返しに行くとアイゼンが二つ手に持ち、邸内へ向かう直後。
「ヒルデガルダ様!」
声をした方へ振り向く。飲み物が淹れられたグラスを手にヒリスが突進してくる。「ヒルダ」体の向きを変えヒルデガルダの許へ戻ろうとするアイゼンを手で制し、グラスの中身が全てヒルデガルダに放たれた。中身の正体は魔女によって作られた強力な媚薬。ヒルデガルダが浴びたところで効果は出ず、呪詛返しをしてもヒリスの命に危険はなく、敢えて浴びてやるつもりで結界を張らなかった。
液体が掛かる――寸前、ヒルデガルダの前に誰かが立った。
灰色がかった銀髪が目の前で大きく揺れた。
「ノアン様……?」
ヒルデガルダの前に立ち、液体を浴びたのはノアンであった。
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