悪女は可哀想な婚約者を解放してやりたい

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そこに愛や恋がなかろうと

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 慣れてしまうと最初にあった違和感は消え、身体はあっさりと与えられる快楽を受け入れるようになる。自分に覆い被さり、蕩けるような甘い笑みで見下ろしてくるアイゼンを見上げていた。自分のものとは思えない甘ったるい声も最初の頃と比べると嫌いじゃなくなった。


「っ、ん……」
「随分、慣れてきた?」
「お前の目にそう見えるなら……そうなんじゃないか」
「ヒルダらしい」


 否定とも肯定とも取れない言葉であってもアイゼンは嬉し気な笑みを浮かべ続ける。ヒルデガルダを抱けるのは自分だけだと知っているから、性行為に慣れてきたことを嬉しく感じている。
 ゆっくりな律動をもどかしく思う。ヒルデガルダを真綿に包むように至極優しく抱いてくる。アイゼンにとって一番大切な女性だから、一番丁寧に抱きたいと言われた。


「あっ……」


 とある場所に肉欲の先端が当たった。一瞬の強い快楽に声を上げ、中に収まる肉欲を締め付けた。微かに顔を歪ませたアイゼンであるがすぐに表情を戻し、ヒルデガルダの頬に口付けを落とした。


「今の……良かった……?」
「……一々聞いてくるな」
「はは……」


 シーツを握り締めていた手を握られ、そっぽを向いていたらアイゼンの方を向かせられキスをされる。触れるだけのキスは軈て舌を絡める深いものに代わり、ゆっくりだった律動も徐々に速くなった。
 キスをされながらの律動は息がし辛く苦しいと感じ、同時に、身体が満たされていく。握られた手を握り返すとアイゼンはまた嬉し気に笑う。


「妾に……愛も恋も理解する日はきっと来ないだろうが……身体を許してもいいと思う相手は、ずっとアイゼンだけだろうな」
「僕はそれで充分だ」


 愛している、とはアイゼンの言葉。

 ヒルデガルダに二つの感情の意味を理解する日が来なくても、その言葉は愛と同等の言葉だとアイゼンは知っている。

 言葉がなかろうとアイゼンにとっては言葉通りなのだった。


 ●○●○●○


 行為が終わると疲れるヒルデガルダは横抱きにされ、浴室へ移動させられた。浴槽にはたっぷりのお湯が準備されており、水面に浮かぶのはオレンジの皮。薔薇の花びらも良いがオレンジの皮から漂う柑橘類の香りも良き。先に浴槽に入れられ、後から入ったアイゼンに後ろから抱き締められる。胸の下と腹に回った腕を見下ろす。服の上からでは分からない男らしい逞しい腕。あの時襲ったノアンは中途半端に服を開けさせただけで分からないが、上半身の筋肉が見た通りなら腕もお察しだ。


「お前が準備したのか?」
「いいや。ミラじゃないかな。ヒルダの部屋に行く時ミラに会って暫く来ないでくれって言ったんだ」


 道理で一度も部屋に帰って来なかったわけだ。


「僕がヒルダを抱きに行ったって思ってくれたんだね。先読みが上手過ぎて妬けてくる」
「んうっ」


 耳に息を吹かれ、胸の下に回っていた腕を離すと赤い飾りを摘まれる。
 舌が耳を舐め、胸を下から包み先端を指先で弄るアイゼンを赤い顔で睨み上げれば二つの愛撫は止められた。


「もう終わりっ」
「二回目はしないの?」
「しない」


 二回目とアイゼンは言うが三度ヒルデガルダの中に精を放出している。実質的に四回目である。


「お前は魔族だろう。淫魔の血でも引いていたか?」
「魔族だって性欲の塊さ。好きな女の子の前では特に」
「やっぱり、お前はよく分からない……」


 ヒルデガルダを女の子扱いをするのは、魔王だった時も人間である今もアイゼンくらいなもの。


「僕だけでいいさ」


 自分だけという立場が特別であって他人と共有すれば意味がない。
 怒りたいところであるがやっぱり嬉し気に笑うアイゼンを見ていると何も言えなくなる。手を出さないのならこのまま入ったままでいいか、とヒルデガルダは身体をアイゼンに預けた。


 ――入浴を終え、夕食までのんびりと部屋でアイゼンと共に過ごしていると今日の勉強を終えたリュカがやって来た。開いた隙間から室内を覗き、目が合うと扉を大きく開けてヒルデガルダに一直線に向かった。飛び付いたリュカを難なく受け止めたヒルデガルダは黄金の頭をそっと撫でてやる。今日も頑張ったのだから、頭を撫でてやるくらい何度でもしてやるのだが、隣にいる男はそう思わないらしい。さっきまでの女性を虜にする甘い笑みは消え失せ、冷淡で無感情な瞳がリュカを見ている。リュカが見たら怯えてしまうとアイゼンの片頬を摘まんだ。


「子供相手に大人げないぞ」
「男なんて皆大人げないよ」
「オーギュストやオシカケはしないが?」
「はいはい、僕だけですよ」


 頬を摘む手を離されると幾分か表情は和らぐ。これならリュカが見ても怯えないと判断したヒルデガルダはこれ以上何も言わなかった。

「今日も頑張りましたね~リュカ様~」とのんびりとした口調を発するのはオルチナ。毎回泣いて嫌がるリュカを少々強引に家庭教師の許へ連れて行く。リュカが嫌がる度に気後れする侍女では駄目だと考えた際、真っ先に向いているのはオルチナだとオーギュストが任命した。
 涙目でオルチナを見やったリュカはすぐに顔をヒルデガルダの腹に埋めた。


「あら~? 私嫌われちゃいました~?」


「リュカ。オルチナが嫌いか?」と問うと恐る恐るといった感じにリュカは顔を上げた。


「き、嫌いじゃ……ないです……。で、でも、いつも笑いながらぼくを引きずるからちょっと怖くて……!」
「良いですかリュカ様。笑顔は大事ですよ~? どんな相手でも、どんな状況でも、取り敢えず笑顔でいれば大抵のことは切り抜けられるのですよ~?」
「嘘だあ……!」
「ふふふふふ」


 涙目なまま否定したリュカは再びヒルデガルダの腹に顔を埋めた。オルチナが言うのは嘘ではないが事実とも異なる。純粋な子供であるリュカが知るのはまだまだ早い。


「時にお嬢様。交流会に着るドレスが少し前に届きました」
「ああ、あったな」


 交流会は覚えていてもドレスについてはすっかりと忘れていた。元々持っているドレスで一度も袖を通していないのでいいだろうとヒルデガルダは考えていたのだが、偶にはお洒落でもしろとオーギュストに言われて新調した。サンチェス公爵令嬢になって魔王時代と比べるとかなり気を遣っているつもりでも、周りの目にはそう映らない。


「さて、リュカ様、そろそろお部屋に戻りますわよ。お嬢様リュカ様を引っぺがしてください」
「え~!?」


 意地でも離れないと強く抱き付かれ、痛いくらいに顔を腹に埋められてしまい、どうしようかとヒルデガルダは黄金の頭を見下ろす。引き剥がすのは容易いがそれだとリュカが可哀想になる。隣にいる男が纏う温度が急低下した。また頬を摘むと「分かった、分かったから子供扱いは止めて」と抗議され、言われた通り手を離した。


「リュカ。お前が日々努力していると知るのは妾だけじゃない、屋敷の者も皆知っている。お前ならやれる。頑張ってこい」
「……はい」


 渋々、かなり渋々ヒルデガルダから離れたリュカは涙目なままであるが頭を下げるとオルチナと共に部屋を出て行った。


「健康になって子供なのを良いことにヒルダに甘えてばかりじゃない?」
「子供なんだ。甘えたって良いだろう」


 昔のオシカケを世話しているようでリュカの相手は苦じゃない。


「交流会であの頭でっかちとマクレガーの娘をどうにかしてやれるといいが……」


 どうなるかは、当日のお楽しみ。


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