殿下が好きなのは私だった

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夜の通信

 
 ――その日の夜。
 昼間の出来事を連想させない穏やかな眠りに就いたリシェルの寝顔を眺めているリゼルの許へ、魔界の通信蝶がひらりひらりと舞い降りる。仕方なしに隣室へ移動し、ソファーに腰掛け専用のグラスに蝶の糸を巻き付けた。


『リ、リゼルくん、あ、あの』


 相手はやっぱりというか、エルネストからだった。


「昼間、お前の息子バカが来たぞ」
『う、うん。ノアールから聞いたよ。リシェルちゃんを連れ戻しに君達の所へ行って、追い返されたと』
「二度と顔を見せるなと伝えておけ」
『リゼルくん……お願いだよ、ノアールにチャンスを与えてくれないか?』


 相手が通信越しじゃなく、真正面にいたら、今の一言で消し炭にしている。エルネストも察知したらしく、ひっと情けない悲鳴が届く。


『ご、ごめん』
「謝るなら最初から言わないことだな」
『……リゼルくん、ノアールがアメティスタ家の令嬢と懇意になったのは僕のせいなんだ』
「お前以外誰がいる」
『う……』


 はあ、と深い溜め息を吐き、風の魔法でワインボトルとグラスを引き寄せ、葡萄色が注がれるのを眺めた。情けなさが目立つ男だが悪じゃない。愚かなほど、愛情深い男。


「エルネスト。お前がノアールに気を遣うのもアメティスタ家の娘をノアールといさせたいのは理解はしてやる。だからといって、リシェルを傷つけていい理由にはならない」
『う、うん……。ノアールとビアンカには、友人になってほしかったんだ。恋愛に発展してほしいとはたった一度も願ってない』
「一つ聞くがノアールは知ってるのか?」
『……知ってるようだよ。口を滑らせた者には処罰を与えてきたけど……一度耳に入れば、事実か否かを調べたくなる。ノアールは真実だと突き止めたんだ』
「……ノアールがビアンカに近付いたのは、あいつの意思か?」


 確認するリゼルの声の前に、魔界にいるエルネストの顔は見なくても分かってしまう。疲労している。声色にも疲れが滲んでいる。


『うん……。さっきも言ったけど、友人として仲良くしてくれればと僕は何も言わなかったんだ。まさか、あの二人が』
「過ぎた事はどうにもならない。エルネスト、ノアールバカをしっかりと見張っておけ。ついでに、また姿を現したらどうなるか……とな」


 糸をグラスから解き、床に投げ捨てた。空へ帰って行く蝶に見向きもせず、リゼルは背凭れに体を預けた。


「あいつは馬鹿だ」


 魔力の強さこそが魔王になるに最も重要な事柄。それ以外は然程重要視されない。政治能力がなければ、優れた者が補佐をすればいいだけ。仕事の処理能力も然り。
 魔力以外の取り柄がなければ周囲が不足部分を補えばいい、リゼルがしているように。

 ノアールを愛しているのも、ビアンカを自分の近くに置きたい理由もエルネストの真実。そこにリシェルを巻き込むな。


「はあ」


 明日からは違う街へ行こう。
 どこにするか?
 賑やかな場所が良いとリシェルは話した。
 なら、今度は観光業が盛んな街にしよう。

 リゼルは己が知る街で特に人が多いのは何処だったかと頭の引き出しを開けていった。

 その頃、眠っているリシェルは夢を見ていた。
 まだ、自分とノアールの仲が良かった時。


『リシェル、こっちだよ』
『待って、ノア』


 幼いノアールが先でリシェルを待っている。当時はノアールを愛称で呼んでいた。ノアって呼んでとはにかむ彼はもうどこにもいない。

 嫌われたのは何時からだったか。
 どうして、嫌なところは直すからと縋ってもノアールがリシェルに笑いかけることは二度となかった。




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