殿下が好きなのは私だった

文字の大きさ
10 / 48

ビアンカの目的1




「……ん……」


 懐かしい夢を見た。まだ、自分とノアールの関係が良好だった頃の。
 最近は見ていなかったのに。きっと、昨日のノアールの突撃のせいだろう。何をしに来たのかは最後まで謎だった。ノアールはリシェルを連れ戻しに来たと言うが、詳細な理由までは分からないまま。
 ベッドから起きたリシェルは朝の支度をし、隣室で読書をしているリゼルに挨拶をした後、今日からは何処に行こうかと問い掛けた。
【収穫祭】は昨日で終わった。お祭りが終わっても雰囲気が良いこの街にいてもいいとリシェルは考えていたがリゼルは違った。


「今日から違う街へ行こうか」


 本から顔を上げたリゼルは眼鏡を外した。視力は悪くないのに掛ける意味はあるのかと、小さい頃訊ねたら「アシェルが読書をする時眼鏡を掛けたら格好いいって」という、惚気話を聞かされた。父にとって母の存在は非常に大きい。亡くなった今も。

 隣をポンポンと叩かれ、リゼルの隣に座った。リゼルが読んでいたのは人間界の本で、文字は読めない。


「次の街は観光業が盛んな所で、人が大勢いる。お祭りはないが退屈はしない。リシェルはどうしたい?」
「とても楽しみ。なら、朝食を摂ってから出発しましょう。此処からどれくらい掛かるの?」
「掛からないよ。俺が転移魔法で運んであげるから」
「さすがだわ、パパ」


 今度、転移魔法の使い方を教えてもらいたい。好きな時に好きな場所へ行ける便利な反面、高等技法を必要とする。距離が遠い程、難易度も上がり魔力消費量も多くなる。次の街への距離がどれだけ遠くてもリゼルなら涼しい顔で空間を繋げてしまう。
 リゼルも簡単に支度を済ませ、宿を出た。
 戻る予定はなく、荷物は空間に全て置いた。便利である。これくらいならリシェルにも使用可能だ。が、全てリゼルが済ませた。娘のことは何でもしたがるリゼルにお任せだ。

 今回の旅行はノアールに振られたリシェルの為の傷心旅行。リシェルを気遣ってくれているのが伝わり、申し訳なさを抱きながらも存分にリゼルを頼ろう。
 お祭り中に目を付けておいたカフェを朝食の場に選んだ。程々に客が入った店内は広く、周囲も静かなので落ち着いて食事が摂れる。
 朝食のメニューに二人はコルネットと紅茶を選んだ。チョコレート、苺ジャム、ハチミツ、ナッツクリームの四種類を二人で半分こにしようとリシェルが提案した。半分こなら、二人とも同じ味を食べられる。
 子供みたいな提案でもリゼルは快諾した。子供気分を味わってしまいたいリシェルは、ひらりひらりとリゼルの許へ舞い降りた蝶に目を丸くする。

 魔界の通信蝶だ。途端、顔を顰めたリゼルは手を追い払うも蝶はリゼルの周囲を飛ぶ。


「きっと陛下からだわ。出てあげてパパ」
「知るか。リシェルとの朝食が先だ」
「注文を受けてからパンを焼くと言っていたから、時間はあるから。私は待ってるから、パパ出てあげて」
「全く……リシェルは優しいな。放っておけばいいものを」


 仕方なしに蝶を連れてリゼルは外へ出た。
 妃教育を受けていた時、蝶の通信に応答してくれないと魔王が泣いていたり、文官達がこの世の終わりの顔をしていたのを何度も目撃していたから。
 有能な補佐官が留守にする魔界。まだ五日目だが、周囲は思った以上にリゼルに頼りきっていたらしい。
 もう少し人間界でゆっくりしたいから、まだ頑張ってほしいと願う。

 次に行く街は観光業が盛んだとリゼルは語った。どんな場所かと想像していると目の前に椅子に誰か座った。早く通信が終わったんだと顔を上げれば、金色を瞠目させた。


「ふふ、良い朝ですわね、リシェル様」


 純白の髪、紫水晶の瞳、たおやかな声、庇護欲がそそられる可憐な美少女。リシェルの最愛の人から寵愛を受けるビアンカが座っていた。てっきり、リゼルが戻ったのだとばかりに油断した。固まったリシェルへ可憐な微笑みを浮かべるビアンカは口元に手を当てた。困った風に眉を曲げるから、本当にそう見えてしまう。

 実際はそんな感情はないだろうに。


「困った方ですわ、リシェル様は。殿下に振られたくせに、婚約破棄をされたくせに、殿下を誑かすなんて」
「誑かす?」
「昨日、殿下はリシェル様に会いに行くとわたくしとは会ってくれませんでしたもの!」


 恋人のビアンカを横に置いてまでリシェルを連れ戻そうとした理由。
 いくら考えても答えが見つからない。

 ただ、この台詞でビアンカが目の前に現れた理由が知れた。

 一つ、疑問が生じる。どうやって居場所を嗅ぎ付けたのか。人間界は広大で二人は魔力を極力抑えている。探るにも時間は掛かる筈。


「学習能力というものは、お前達の頭には備わっていないらしい」



感想 279

あなたにおすすめの小説

【完結】私を忘れた貴方と、貴方を忘れた私の顛末

コツメカワウソ
恋愛
ローウェン王国西方騎士団で治癒師として働くソフィアには、魔導騎士の恋人アルフォンスがいる。 平民のソフィアと子爵家三男のアルフォンスは身分差があり、周囲には交際を気に入らない人間もいるが、それでも二人は幸せな生活をしていた。 そんな中、先見の家門魔法により今年が23年ぶりの厄災の年であると告げられる。 厄災に備えて準備を進めるが、そんな中アルフォンスは魔獣の呪いを受けてソフィアの事を忘れ、魔力を奪われてしまう。 アルフォンスの魔力を取り戻すために禁術である魔力回路の治癒を行うが、その代償としてソフィア自身も恋人であるアルフォンスの記憶を奪われてしまった。 お互いを忘れながらも対外的には恋人同士として過ごす事になるが…。 番外編始めました。 世界観は緩めです。 ご都合主義な所があります。 誤字脱字は随時修正していきます。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。