逃がす気は更々ない

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 近くの席に座るソルトとルーナのせいで機嫌が悪くなっていくラシュエルにハラハラしつつも、運ばれたコルネットを見て目を輝かせたリナリアはその美味しさに夢中になった。

 蕩けそうな甘い瞳でずっと見つめるラシュエルに恥ずかしさを覚えつつも、人間美味しい食べ物の欲には抗えない。ラシュエルの分が運ばれると漸くリナリア観察を止めて食事を始めた。
 給仕の運んだタイミングに感謝しながら、時折ソルト達を気にしつつ、無事に昼食は終わった。
 食べ終えるとすぐに店を出ようと言うラシュエルに異論はない。
 自分の分は払うとお金を出そうとしたらラシュエルに困った顔をされてしまい、あまりに困ったと訴えられリナリアは財布をそっと仕舞った。

 まだソルト達はお喋りに夢中で出る気配はない。
 一度もバレずにリストランテを出た。


「ありがとうございます、ラシュエル」
「これくらいいいよ。大教会に戻る?」
「そう、ですね。お昼は頂きましたし、寄りたい場所もないので」
「じゃあ、戻ろう」


 差し出された手を握り、隣同士歩いて大教会に戻った。

 戻る最中も他愛ない話をしながら歩いた。話題にヘヴンズゲート侯爵家は一切上がらない。リナリアが咲かせた“祈りの花”は今教皇が保管しているとラシュエルに話された。


「陛下は回収したがっていたがヘヴンズゲート侯爵家の話が嘘だと知っていながら“祈りの花”だけ回収する傲慢者って、あの神官が教皇の言伝をそのまま言ってくれたおかげで今朝から周囲に当たり散らして最悪だよ」


 大教会に帝国の法律は一切通用しない。独自の司法が存在する為、皇帝であっても大教会の決定を簡単には退けられない。


「黄金の花を咲かせるとあらゆる傷病を癒すと文献にありました。万が一の為にも、陛下は回収しておきたかったのでは」
「違うよ」


 ここだけの話、とラシュエルは声量を小さくして皇帝が病に罹っていると話す。
 すぐに症状が悪くものじゃないが、時間を掛けてじわじわと体を蝕む病で治療の手立てがないらしく、あらゆる傷病を癒す黄金の花を回収したがったのは自分に使いたいからだと予想している。
 ふと、聖女に目覚めたイデリーナが頭に浮かんだ。
 ラシュエルの病すら完治させたイデリーナなら、皇帝の病も完治させられるのでは? と。


「陛下も同じ事を思った筈だよ。だが私の病を治すと体力を大幅に消耗したからとイデリーナは聖女の能力を今は使っていない」
「教皇様はイデリーナが聖女の能力に目覚めたのは知っているのですか?」
「知っている筈だよ」


 大教会が見えて来た辺りで二人は足を止めた。


「正面から入るとなると変装魔法を解かないといけませんから、裏口に回りましょう」
「そうだね。……ん?」


 リナリアの提案を肯定したラシュエルが不意に声を漏らした。どうしたのか、と問うと大教会の表が妙に騒がしい。変装魔法のまま、近付いて見てみるとリナリアは顔を両手で覆った。


「だから! ラシュエル様が此処にいるのは分かってるのよ! だって姉様がいるもの!」
「ですから、殿下もリナリア様もいません。何度も言ってるじゃないですか」
「何よその口の聞き方! わたしを誰だと思ってるの!?」


 ラシュエルに会いたいイデリーナが来ているとは……。

 リナリアが戻り、自分達がラシュエルに語っていた物語が全て嘘だと知られラシュエルに軽蔑され城に行っても追い返される始末。リナリアは大教会にいる確率が高いとこうして突撃したようだ。


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