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しおりを挟む付き添いの神官だったと思われていた二人が変装したリナリアとラシュエルだと判明し、気絶していたイデリーナはラシュエルの名を聞いた途端飛び起きた。
「ラシュエル様……! ち、違うんです、これは、何かの間違いです!」
「何も間違いではない。第一、君には何も聞いていない」
聖域に拒まれた場面を見られていた焦り故の言葉は、一切イデリーナについて訊ねていないラシュエルを呆れさせただけ。突然泣き出したイデリーナを後妻が抱き締め、父は未だリナリアやラシュエルの登場に驚いている。
「リナリアお前……」
「お父様。お母様はお父様を一度も愛したことがありません。ただ、夫婦になったのなら家族として暮らそうと何度も仰っていたではありませんか」
「そんなもの、私の関心を得ようする為の嘘に決まってるだろ!」
「いいえ。お母様は私に、本当なら結婚する筈だった隣国の公爵家の方を生涯忘れることはないと語っていました。お父様には何の気持ちも持っていないと」
病に罹り、ベッドに伏せる日が多くなろうと母の側を離れなかったリナリアは色んな話を聞かされた。結婚の約束をしていた公爵令息がどんな人だったか、リナリアにとっては祖父にあたるヘヴンズゲート侯爵が外堀を埋めたせいで父と結婚しなければならなくなった事、婚約したからにはお互い歩み寄ろうと父に何度も話を持ち掛けても恋人と引き裂かれたのは母が横恋慕したせいだと思考が埋め尽くしている父は母と言葉を交わそうとしなかった。
リナリアが生まれ、母が亡くなる間際も父は母と言葉を交わそうとしなかった。
「お母様はお父様を愛しておりません。お父様がお母様の言葉に耳を傾けなかったように、一度も」
「愛がないのなら、夫婦として私に話し合おうと持ち掛けるものか」
「家族として過ごしたいとお母様は言っていたではありませんか。お父様、イデリーナや義母はお母様のせいでお父様と結ばれなかった、家族になれなかったと私やお母様を恨んでいますが抑々お父様が悪いからでは」
「なんだと!」
目を見開き、殴りかかろうとした父を直前に張った結界で容易く防いだ。聖域の結界と違って目に見える結界に阻まれた父は勢い余ってピッタリとくっ付き、離れようと藻掻くがそのまま聞いてほしいとリナリアは続けた。
「義母やイデリーナを日陰者にしたのはお父様です」
「お前の母や父上のせいだ!」
「お祖父様が高位貴族の令嬢しか認めなかったのなら、義母を理解ある高位貴族の養子にすることだって出来た筈です。それをせず、自分達は被害者だと悲劇のヒーローヒロインを気取って何もしなかったのはお父様達です」
リナリアの視線は泣いているイデリーナを慰める後妻にも向いた。
「貴女もです」
「な、何よ」
「お父様と本気で結ばれたかったなら、貴女だってお祖父様に認められるよう努力するべきだったのではありませんか」
それともう一つ、とリナリアはクローバー侯爵夫人から聞いた話を出した。
「クローバー侯爵夫人……おば様からこんな話を聞きました。貴女が関係を持っていた貴族令息の中で一番裕福だったのが父だと」
「出鱈目もいい加減にしてちょうだい!」
「そうだぞリナリア!」
「おば様は、貴方方と違って嘘は言いません。お父様の庇護下で暮らしている最中もお父様の目を盗んで他の男性と関係を持っていたとも聞きました」
結界が消えると信じられない者を見る目で後妻を見やる父。視線はイデリーナへも注がれた。
「お前……本当なのか……?」
「信じないで旦那様!! こんなの、私達を嵌めようとしているリナリアさんの嘘に決まってるでしょう!」
必死の形相や声で訴える後妻の言葉を信じ切れない父。今まで散々嘘偽りを申してきたのは自分達でリナリアは一度も偽っていない。揺れる父の瞳。不意に視界の端に何かが動いたのが見え、リナリアが見ると教皇だった。義母やイデリーナ達から見えない場所で魔法を使った。茶目っ気たっぷりに片目を閉じられ、義母を見ろと顎で示された。大人しく義母に再び意識をやると——
「旦那様は私を信じないの!?」
「い、いや、しかし」
「もう!! 地位とお金だけが魅力的なのに、いざという時役に立たないのは昔から変わらない!! ……え」
自分が何を言ったのか、後になって理解し呆然とする後妻とあんまりな言い分に愕然とする父。イデリーナも後妻の腕の中で父と同じになっている。口を押えても後妻は次々に言葉を出す。
「私を愛していると言いながらお義父様の言いなりになってあの女と結婚した腰抜けで、しかも子供まで作るなんて信じられないっ。子供を流す薬を私が用意してもあの女との間で絶対に子供を作れとお義父様に言われたからって産ませて! 事故に見せかけて母娘共々殺してとお願いしても話をはぐらかすだけで実行しない! 地位とお金以外貴方に魅力なんて一切ない! ……ああっ、違う、これは私の言葉じゃない! 本当よ旦那様!!」
「……」
饒舌に父への不満を暴露したかと思えば、泣き叫ぶように否定する後妻。こうなった原因たる教皇にリナリアや気付いていたらしいラシュエルが説明を求めると自白の魔法だと教えられる。
「夫婦の離縁申し立てには尋問部屋以外にも、嘘偽りを引き出す術が大教会にはあるという事じゃ」
「神に仕える側にしては、物騒な魔法や部屋をお持ちのようで」
皮肉を込めたラシュエルの台詞をも教皇は物ともしない。
「帝国法は通じない独自の法を持っているとな、色々物騒な物も必要になってくるんじゃ。しかしまあ……」
「毎晩旦那様と夜を過ごしていたけれど、正直イデリーナは誰の子か分から……っっ!!」
最後の言葉を口にする前に後妻は手で口を押えた。決して言ってはならなかったと顔にありありと書いており、後妻を溺愛していた父は一瞬で憤怒の面を浮かべた。
「お前!! 今のはどういうことだ!!」
「あ、ち、ちがっ」
他の男性と関係があろうとイデリーナは父の子だとクローバー侯爵夫人から話を聞いたリナリアは思っていたが、今さっきの後妻の口振りからしてイデリーナは父の子ではない可能性がある。顔を青褪め、これ以上口を開けばボロボロと出てくる後妻は両手で口を塞いだ。しかし、父が後妻の胸倉を掴みイデリーナが自身の子ではないのはどういうことかと詰っていた。
「言え!! イデリーナは誰の娘だ!!」
「お父様止めて!!」
「触るな!!」
手を伸ばしたイデリーナを突き飛ばした父は尚も後妻に迫った。初めて受けた乱暴な扱いに耐えられず、蹲って泣き出したイデリーナ。リナリアは駆け寄ることも声を掛けることもせず、静かに見つめていた。
「リナリア」
「ラシュエル……」
「大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。ただ、イデリーナがお父様の子ではなかったなんて……」
今まで見ていた家族三人はなんだったのか。血の繋がりがないと分かった途端掌を返しイデリーナを拒絶し、自分を裏切った後妻を詰る父。自白魔法を後妻に使った教皇はここまでの事態になるとは予想外らしく、長い髭を撫で困ったと言いたげに眉を曲げていた。
「ここまでだったとは……」
「こんな母親の娘がよくもまあ聖女の能力に目覚めたものです」
「神の人選ミスじゃな」
「勘弁してくれよ……」
選ぶのならイデリーナよりはるかに心が綺麗で優しい性格の女性にしてほしかった。
「イデリーナがヘヴンズゲート侯爵の子ではないのなら、侯爵の実子はリナリアだけということか」
「散々嫌ってきた私がお父様の子で、沢山の愛情を注いだイデリーナが他人の子。お父様にしたら、これ以上とない不幸でしょうね」
事実を知ってしまった以上、今までの生活には戻れない。
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