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青出 風太

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薄青と記憶 39

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10月29日(火)
―ヘキサ―

11:25

 六花はリコリスとともに古着屋である“ふわり屋 桑内”にやってきていた。

 ここは組織の工作員マルベリが個人的に開いている古着屋であり、町に馴染むよう地味にこじんまりと経営されている。

 少し黄色がかった照明に照らされた室内はどことなく古さも感じさせるが、それも合わせて雰囲気が良いと感じさせる作りをしている。

「いや~この前見た時も思ったけど、品揃えは豊富で見てて飽きないねぇ」

 リコリスが店内を見渡して声をあげる。部屋の端の方は天井に届くほどの高さの棚に服が吊るされていたが、入り口から正面は低い台に平積みされていて開放感がある。これも店を広く見せる工夫なのだろう。

 六花には実際の品ぞろえは分からないが、ぱっと見の数は多く見えた。

「よく言いますよ。あまり乗り気じゃなかったくせに」

「外出には、ね?せっかく来たんだし、どーせなら何着か買ってこうかなぁ。可愛い妹分のため、お姉さん張り切っちゃうよ~」

 以外にもリコリスはウキウキと服を一着ずつ広げては眺め、鏡を前に唸っていた。


 天気は雨。午後は警報急の豪雨になると予想されていた。

 先日、病院で働くペスカから検査の予約が取れたと連絡をもらった六花はリコリスと相談し、午後3時から3度目となる通院を決めていた。

 六花はこの間の仕事で負った傷が原因で療養中。当然、仕事はなし。リコリスも当分仕事は振られていないようでゲーム三昧の日々を送っていた。

 六花は仕事がないから、怪我をしているからと言ってアジトでボーッとしているのは性に合わない。

 それにオクタの生徒を名乗る金髪のことが引っかかっていた。根拠も確証も無かったが、そう遠くない未来にまた彼女と戦うことになる気がしていたのだ。

(今よりももっと強くならないといけないのに……)

 強くなるためには己を鍛えるしかない。しかし、あれ以来ナイフを持つ手に力が入らなかった。自分の死を目の前に感じて、そして今までの自分を見つめて、六花の戦う意味の薄さを突きつけられたようで……

(何のために戦ってるの?……か)

 確かに彼女の言う通り、六花は自分の働きによって助かった人間を見たことがない。被害を出さないために戦っているのだから、仕事がうまくいけば被害者になっていたであろう子どもたちは自分たちに危機が迫っていたなどという事実を知らずに育つ。

 感謝されたいわけじゃない。言葉が欲しいわけじゃない。

 ――でも、本当に誰かのためになっていたのか、それが疑問だった。

 今のままではいけない、何かしないといけないと感じていたが、その何かが何なのかは分からない。

 六花は言われたことを真正面で受けてしまう素直なところがある。敵の言葉すら頭に残ってしまうほどに。そんな六花が“強く”静止の言葉をかけられれば、それに逆らうことはない。

 ペスカから「傷口が開くから」と激しい運動に制限をかけられてる今、何かをするためにがむしゃらに体を動かすわけにもいかない。

 今の何も出来ない生活に焦りを感じていた。



 そんな時、病院の近くに工作員マルベリが営む古着屋があることを思い出し、通院の時間になるまで時間を潰させてもらおうとリコリスを連れ出し、やってきたのだ。

 マルベリが来店者の気配に気づき慌てた様子で奥から出てくる。それが同僚の六花達だと分かるとホッと息をついた。

「あら、いらっしゃい。まだ注文の品は出来てないけれど、良かったら見ていって」

「はーい。あっそうそうちょっと私の服も気になっててさ。奥で座って話せない?六花ちゃんも立たせっぱはまずいし」

「ええ。どうぞ、ヘキサも良かったら。下にも仕舞っている在庫があるから、そっちも見てって」

 マルベリの嬉しそうな様子を見て遠慮しすぎるのも悪いだろうと六花は奥に入ることにした。

「ありがとうございます。じゃあ……お言葉に甘えて」


 地下。前に来た時とほとんど変わらないそこは、やはり地下とは思えない広さで、目を疑った。

 工作員の衣装に限らず、上の古着屋の倉庫も兼ねているのか服のジャンルはバラバラで、普段着ないような長めのスカートや、ちょっとした露出のある服など六花には新鮮なものが多かった。

「……これとか似合いそうじゃない?六花ちゃんど?」

「ちょっと動き辛そうですね、これ。あっでも、着てみたら悪くないかもですね」

 六花も何着か鏡の前で合わせているといくつか良さげな服を見つけ、楽しくなってきていた。

「最近はちょっと減って来てる系統だけど、似合うと思うわ」

 マルベリは古着屋。あくまでも服屋を営んでいる身だ。流行りには敏感なようで彼女がおすすめするものはよく見れば最近街で見かける服が多かった。

「流石に詳しいですね。ファッションはよくわからなくて」

 六花は良さそうと思った雑誌やネットの写真を一式で購入し、そのまま着るタイプだ。動きやすさ重視で、流行りからコーディネートを考えることは少なく、歳の近い女子が少ないというのもあるが、服の話ができるのが新鮮で心が躍っていた。

「良く来る学生さんたちが色々教えてくれるのよ」

 そう話すマルベリはとても楽しそうだ。ここは六花の通っていた学校も近い。確かに彼女たちなら、流行にも詳しいのだろうと六花はクラスメイト達の顔を思い浮かべる。

 マルベリの淹れたお茶の甘い香りが漂う工房で2人はマルベリの指南を受けつつ思い思いに服を選んでいた。



 気が付けば時間などあっという間で。外が見えないせいか、マルベリに14時になったと言われるまで2人は時間を忘れていた。

「これと、あれと、あーこれも六花ちゃん良いって言ってたっけ?」

「えっと、これ全部買うつもりですか?そんなに買う準備してきてないですよ」

 六花は気に入った数着だけを買おうとしていたが、リコリスは彼女が六花にと合わせた服のほとんどを購入しようとしていた。自分の服を差し置いて。

「着たきり雀だって気にしてたでしょ。六花ちゃんとゆっくり服を見れる機会滅多にないんだから、ピンと来たのは買っとかなきゃ!」

「いや、そんなお金が……」

「あるんだなぁ。可愛い妹分に課金するぐらい朝飯前よ。量だって車に乗せてきゃいいし、最悪着払いで――」

 その後もぶつぶつと言葉を漏らすリコリス。こうなると言っても無駄だと諦めた六花はマルベリに後を任せ、上のふわり屋に戻って来た。

「はぁ……これから雨だって激しくなるのに」

 車に乗せると言ってもその車は近くのパーキングに停まっている。そこまでは傘だ。スマホを見てもやはり大雨の予報は変わっていなかった。

 その時、声が聞こえた。


「――――氷室さん?」

 涼子だった。
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