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薄青と記憶 41
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―ヘキサ―
19:33
病院で治療を受けてるようになって3週間と少しが経過した。3度目の通院ともなれば傷の調子もだいぶ良くなっていた。
六花は医薬品などには詳しくないが、市販のものを使っている時とは比にならないほど回復が早い。ペスカの用意した医薬品のおかげだろう。
傷だらけだった六花の身体からほとんどの傷が既に消えかかっていた。
看護師が視界の端で忙しなく歩いている。この病院は18時に診察の受付が終了するのだが、1時間半以上経っていてもまだまだ患者がいなくなる気配はない。
(あとどのくらい待てば……)
今はペスカの用意した検査を一通り終え、最後の診察を受けるまで待合室で待たされているところだった。
六花たち工作員は仕事の都合上“待ち”が多い。仕事を待つところから始まり、いざ仕事が始まっても張り込みや解析待ち、他のチームと合同での仕事になればその報告を待つことも出てくる。だからこそ、待つことには慣れているのだが……
同じベンチに座るリコリスが隣の六花に耳打ちする。
「ねぇ、ここ結構待つね。はぁ~言われた通り予約してたんだけどなぁ。もうかれこれ1時間ちょっと待ってるし。ペスカも人気者だねぇ」
「昼間は普通に仕事してるんですから、仕方ないですよ。合間を縫って検査してくれるだけでも十分ですって」
ペスカは組織の工作員だが、その仕事の性質上普段から医師としての身分を持ち、働いている。
荒事に関わることは少ないが、彼女に助けられた工作員は多いはずだ。
今日、六花は様々な検査を受けたが、どれもペスカによるものではなかった。傷を一般の医療従事者に見せるのには抵抗があったが、皆六花の傷にこれと言って何も言わず、スムーズに検査は進んだ。
傷を見るのに慣れているのかと驚いたものだが、ここは組織の息がかかっている病院だ。ペスカは自分以外にも組織の者がいると言っていた。
きっと彼らがそうなのだろうと納得した。
「え~。こんな待つならゲームでも持ってくれば良かったな。今からでも日課の消化を……」
何もせず待つにも限界はある。特にじっとしていることが苦手なリコリスはとっくに限界を迎えていたようでポケットからスマホを取り出した。
だが、彼女にしては長くもった方だ。
六花もリコリスの性分を知っていたせいですでに1時間も経っていると聞いた時には「リコリスがそんなに待てるなんて」と耳を疑ったほどだ。
六花は隣でゲームを始めたリコリスを他所に1人、涼子のことを考えていた。
「――――氷室さん?」
後ろめたい気持ちがなかったわけではない。六花は仕事を言い訳に彼女から逃げたようなものだ。が、それ以上に彼女と過ごした時間が心地よく大切に感じていた。
彼女のことを思い出す時、顔を出すのは楽しく足早に過ぎ去っていった日々ばかり。何を食べたとか、買い物と称して意味もなく店を見て回ったとか、一緒に授業を受けたとか、それは六花にとっての非日常で、輝かしい憧れの世界に違いなかった。
だからこそ、そんな彼女の想い人、細機を誘拐したことを不意に思い出すと酷く後悔していた。
しかし、六花には選択肢がなかった。
あの状態で細機を逃す手段はない。それにそんな事をすれば六花は今生きていないだろう。
大切な存在。涼子。友達には幸せでいて欲しいと思うのは自然な事だ。少なくとも不幸になって欲しいとは思わないものだ。しかし、その彼女の幸せを奪ってしまったのは自分であるという矛盾。
どう言い訳しても、どう取り繕っても、どう正当化しても涼子にとって細機を失うきっかけとなったのは六花で間違いない。
この期に及んで友達のままでいることは本当に可能なのか。
考えれば考えるほど、世界を恨むしかないとてつもない矛盾の坩堝に落とされていく。ただただ座っているだけなのに、視界が歪むような錯覚を覚えた。
「お待たせいたしました。氷室様。2002番の診察室にお入りください」
受付スタッフの無機質な声が響いた。
「――やっとか、行こう」
リコリスはスマホをポケットに仕舞い込み立ち上がる。
「はい」
六花はこのモヤモヤを何とかしたかったが、簡単に解決できるものでもない。とにかく、今は動くことだ。
――――止まっていられる時間はないのだから。
「よー、待たせたな」
やる気のない声。診察室に響くほどの声量はない。しかし、辛うじて耳に届く。
いつになく面倒くさそうだが、患者が多いことは待合室で散々見ていた。疲れるのも納得できる。
「お願いします」
六花はペスカの指示に従い、服を捲りあげ、傷の経過を見せた。ぺスカは黙ったまま身体を見て、触り、調子を確かめていく。
程なくして、やはり何もすることがなく飽きたリコリスが口を開いた。
「いや~いつ見ても六花ちゃんの身体って綺麗だよねぇ」
リコリスの声を遮るようにペスカが声を上げる。
「何言ってんだ気持ち悪い。付き添いだか何だか知らんが、診察の邪魔するなよ」
「そうですよ。第一綺麗なはずが」
六花の身体には幼い頃から続けてきた訓練でついた傷が残っている。
この間負った切り傷も今回の治療でだいぶ薄くはなったが、それでもよく見れば残っている。
それだけじゃない。六花はオクタから叩き込まれた暗殺術を駆使し、これまでに何人も何十人も手にかけてきた。そうやってここまで生きてきた。
“キレイな身体”であるはずが無い。それに――
「何て言うの?野生の動物みたいと言うか、スラッとしてしなやかで。ぷにっと柔らかそうなのによく触ると確かに筋肉があることが分かるし。なんていうの?……そう!芸術的!みたいな?」
「変なこと言ってないでお前も大人しく座ってろ。適当に椅子出していいから」
ペスカはリコリスを一蹴する。
リコリスはそれでも笑いながらパイプ椅子を引きずり出していた。ぺスカが言葉を選ばない人間だというのは数回会った六花も分かってきたところだ。六花より付き合いの長いリコリスなら彼女のそういうところも良く分かっているのだろう。
「よし、終わった。服戻していいぞ」
六花はペスカの言葉にハッとし、服を着直す。
六花を待たず、ペスカはデスクのパソコンに向き直り、画像を何枚か表示すると一方的に話し始めた。
「経過は良好。他の検査でも目立った異常はない。すぐにでも復帰可能だろう。あの糸目には伝えといてやるよ。……もう来るなよ。仕事が増えるのはごめんだ」
「え?あ、ありがとうございます……」
ようやっと六花は待機を解除されたと言うのに心ここに在らずと表現すべきか浮かない顔をしていた。
「おい、ちゃんと話を聞け。ったく、治りが早くてよかったな。若さに感謝しておけよ」
ペスカの言葉はどこか敵意を感じる。見た目で言えば彼女も六花やリコリスとはそう離れていないのだが。
診察が終わると、ペスカは椅子から立ち上がり「来い」と告げ部屋の奥に言ってしまった。2人は顔を見合わせた後、ペスカを追うように奥に入っていった。
バックヤードと表現するのが適切か六花には分からなかったが、病院の医療スタッフが主に使うエリアなのだろう。縦に長く伸びた清潔な廊下につながっていた。
スタスタと歩くぺスカに追いつくと、彼女は後ろも振り返らず話し始めた。
「私も今日は終わりでね。お前らも、患者の減りが少ないのはまぁ分かっていると思うが、それはそいつらを診る奴が残ってないからだ。お前らもあまり見られたくないんだろ?中を通って行くよりかはマシだ。裏口までは連れてってやる」
彼女の言葉の通り確かにまだ診察室には多くの患者が残っていた。偽名で診察を受けられているとはいえ、余計な視線を浴びないため変装の類はしていない。そもそも2人にそんな技能はない。
見られずに済むのならそれに越したことはない。
ペスカの言葉に甘え、2人は彼女の後をついていくことにした。
十字路に差し掛かった時だった。
「道を開けてください!」
担架を押して早足で歩く集団に遭遇した。ペスカはそれをみても平然としていた。
「急患か。事故かねぇ」
彼女にとってはこんな光景が日常なのだろう。道を開けるように壁に寄った彼女に倣い、六花とリコリスも壁に寄る。
10人くらいのスタッフが一つの大きな担架の両脇について病院の奥に消えていく。しかし、すれ違ったほんの一瞬。六花は血の匂いを感じとった。
(血……ひどい出血。交通事故……とか?)
「あれはもう助からないだろうな。出血が多過ぎる」
ペスカも匂いに気づいたのか眉間に皺を寄せたが、次の瞬間にはフッと表情を戻しあっさりと言い放った。
「桃莉ちゃんは行かなくて良いの?別に私らは道さえわかれば適当に帰るよ?」
「私の担当じゃないし、アレはもう助からん。どうせ、明日になれば私にも報告が上がってくるだろうよ」
彼女の言葉は冷たく、おおよそ医療従事者の言葉とは思えなかった。六花でもそれは違うと言いたかったが、それを言える立場ではない。
「そういうもんなの?」
(こういう時ずけずけとものが言えるのって強いですね)
2人を無視してペスカは興味はないと言わんばかりにそそくさと歩き出した。
反論こそできなかったが、このままでいいとは思えなかった六花は手を伸ばし、ぺスカを引き留めようとした。その時角から2人の看護師が出てきた。慌てた様子で、小走りに病院の奥へと向かっていく。さきほどの担架を追っているのは明らかだった。
(やっぱり、人手が――応援が必要なんだ)
ぺスカは応援に行くべきだ。六花はそう思った。他の医師が少ないと分かっているからこそ、彼女はこの状況でまぎれもなく戦力になれる逸材。
(結果的に助からなかったとしても何もしないなんて)
六花はぺスカを追いかけて駆け出したとき、看護師たちとすれ違った。その時、彼女たちの口から漏れた声が聞こえてしまった。
「胡桃沢先生、またよ」
「自分には関係ないって……」
ぺスカは見た目は20代の中でも若い方……幼い方だ。実際の年齢を知らない六花には予測することしかできないが、彼女の年齢で医師として大成するというのは並のことではないはずだ。
それでいて彼女は人を嫌っていると思われてもおかしくない言い回しをする。この環境で彼女の敵が少ないとは思えなかった。
六花は彼女に追いつき、今からでもあの患者のところへ向かうべきだと説得したが、まるで聞く耳を持っていないようだった。しまいには、「私はこっちだから。あとはそこをまっすぐ行けば駐車場に出られるはずだ」と投げやりに言い放ち、歩き去ってしまった。
これでよかったのか。もう少しやりようはあったのではないか。モヤモヤとして気分は晴れなかったが、これで六花は仕事に復帰できることになった。
「まぁ、何はともあれ。おかえり?」
「――はい。ただいま、です」
――翌日。組織の工作員に衝撃を与える知らせが届いた。
ライースの右腕として知られる合気道の達人、リエール。
彼女の死を告げる無機質なメッセージ。それ以上でも以下でもない。いつもの事実を淡々と記しただけのメッセージ。
しかし、その意味を理解した六花とリコリスは固まっていた。
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病院で治療を受けてるようになって3週間と少しが経過した。3度目の通院ともなれば傷の調子もだいぶ良くなっていた。
六花は医薬品などには詳しくないが、市販のものを使っている時とは比にならないほど回復が早い。ペスカの用意した医薬品のおかげだろう。
傷だらけだった六花の身体からほとんどの傷が既に消えかかっていた。
看護師が視界の端で忙しなく歩いている。この病院は18時に診察の受付が終了するのだが、1時間半以上経っていてもまだまだ患者がいなくなる気配はない。
(あとどのくらい待てば……)
今はペスカの用意した検査を一通り終え、最後の診察を受けるまで待合室で待たされているところだった。
六花たち工作員は仕事の都合上“待ち”が多い。仕事を待つところから始まり、いざ仕事が始まっても張り込みや解析待ち、他のチームと合同での仕事になればその報告を待つことも出てくる。だからこそ、待つことには慣れているのだが……
同じベンチに座るリコリスが隣の六花に耳打ちする。
「ねぇ、ここ結構待つね。はぁ~言われた通り予約してたんだけどなぁ。もうかれこれ1時間ちょっと待ってるし。ペスカも人気者だねぇ」
「昼間は普通に仕事してるんですから、仕方ないですよ。合間を縫って検査してくれるだけでも十分ですって」
ペスカは組織の工作員だが、その仕事の性質上普段から医師としての身分を持ち、働いている。
荒事に関わることは少ないが、彼女に助けられた工作員は多いはずだ。
今日、六花は様々な検査を受けたが、どれもペスカによるものではなかった。傷を一般の医療従事者に見せるのには抵抗があったが、皆六花の傷にこれと言って何も言わず、スムーズに検査は進んだ。
傷を見るのに慣れているのかと驚いたものだが、ここは組織の息がかかっている病院だ。ペスカは自分以外にも組織の者がいると言っていた。
きっと彼らがそうなのだろうと納得した。
「え~。こんな待つならゲームでも持ってくれば良かったな。今からでも日課の消化を……」
何もせず待つにも限界はある。特にじっとしていることが苦手なリコリスはとっくに限界を迎えていたようでポケットからスマホを取り出した。
だが、彼女にしては長くもった方だ。
六花もリコリスの性分を知っていたせいですでに1時間も経っていると聞いた時には「リコリスがそんなに待てるなんて」と耳を疑ったほどだ。
六花は隣でゲームを始めたリコリスを他所に1人、涼子のことを考えていた。
「――――氷室さん?」
後ろめたい気持ちがなかったわけではない。六花は仕事を言い訳に彼女から逃げたようなものだ。が、それ以上に彼女と過ごした時間が心地よく大切に感じていた。
彼女のことを思い出す時、顔を出すのは楽しく足早に過ぎ去っていった日々ばかり。何を食べたとか、買い物と称して意味もなく店を見て回ったとか、一緒に授業を受けたとか、それは六花にとっての非日常で、輝かしい憧れの世界に違いなかった。
だからこそ、そんな彼女の想い人、細機を誘拐したことを不意に思い出すと酷く後悔していた。
しかし、六花には選択肢がなかった。
あの状態で細機を逃す手段はない。それにそんな事をすれば六花は今生きていないだろう。
大切な存在。涼子。友達には幸せでいて欲しいと思うのは自然な事だ。少なくとも不幸になって欲しいとは思わないものだ。しかし、その彼女の幸せを奪ってしまったのは自分であるという矛盾。
どう言い訳しても、どう取り繕っても、どう正当化しても涼子にとって細機を失うきっかけとなったのは六花で間違いない。
この期に及んで友達のままでいることは本当に可能なのか。
考えれば考えるほど、世界を恨むしかないとてつもない矛盾の坩堝に落とされていく。ただただ座っているだけなのに、視界が歪むような錯覚を覚えた。
「お待たせいたしました。氷室様。2002番の診察室にお入りください」
受付スタッフの無機質な声が響いた。
「――やっとか、行こう」
リコリスはスマホをポケットに仕舞い込み立ち上がる。
「はい」
六花はこのモヤモヤを何とかしたかったが、簡単に解決できるものでもない。とにかく、今は動くことだ。
――――止まっていられる時間はないのだから。
「よー、待たせたな」
やる気のない声。診察室に響くほどの声量はない。しかし、辛うじて耳に届く。
いつになく面倒くさそうだが、患者が多いことは待合室で散々見ていた。疲れるのも納得できる。
「お願いします」
六花はペスカの指示に従い、服を捲りあげ、傷の経過を見せた。ぺスカは黙ったまま身体を見て、触り、調子を確かめていく。
程なくして、やはり何もすることがなく飽きたリコリスが口を開いた。
「いや~いつ見ても六花ちゃんの身体って綺麗だよねぇ」
リコリスの声を遮るようにペスカが声を上げる。
「何言ってんだ気持ち悪い。付き添いだか何だか知らんが、診察の邪魔するなよ」
「そうですよ。第一綺麗なはずが」
六花の身体には幼い頃から続けてきた訓練でついた傷が残っている。
この間負った切り傷も今回の治療でだいぶ薄くはなったが、それでもよく見れば残っている。
それだけじゃない。六花はオクタから叩き込まれた暗殺術を駆使し、これまでに何人も何十人も手にかけてきた。そうやってここまで生きてきた。
“キレイな身体”であるはずが無い。それに――
「何て言うの?野生の動物みたいと言うか、スラッとしてしなやかで。ぷにっと柔らかそうなのによく触ると確かに筋肉があることが分かるし。なんていうの?……そう!芸術的!みたいな?」
「変なこと言ってないでお前も大人しく座ってろ。適当に椅子出していいから」
ペスカはリコリスを一蹴する。
リコリスはそれでも笑いながらパイプ椅子を引きずり出していた。ぺスカが言葉を選ばない人間だというのは数回会った六花も分かってきたところだ。六花より付き合いの長いリコリスなら彼女のそういうところも良く分かっているのだろう。
「よし、終わった。服戻していいぞ」
六花はペスカの言葉にハッとし、服を着直す。
六花を待たず、ペスカはデスクのパソコンに向き直り、画像を何枚か表示すると一方的に話し始めた。
「経過は良好。他の検査でも目立った異常はない。すぐにでも復帰可能だろう。あの糸目には伝えといてやるよ。……もう来るなよ。仕事が増えるのはごめんだ」
「え?あ、ありがとうございます……」
ようやっと六花は待機を解除されたと言うのに心ここに在らずと表現すべきか浮かない顔をしていた。
「おい、ちゃんと話を聞け。ったく、治りが早くてよかったな。若さに感謝しておけよ」
ペスカの言葉はどこか敵意を感じる。見た目で言えば彼女も六花やリコリスとはそう離れていないのだが。
診察が終わると、ペスカは椅子から立ち上がり「来い」と告げ部屋の奥に言ってしまった。2人は顔を見合わせた後、ペスカを追うように奥に入っていった。
バックヤードと表現するのが適切か六花には分からなかったが、病院の医療スタッフが主に使うエリアなのだろう。縦に長く伸びた清潔な廊下につながっていた。
スタスタと歩くぺスカに追いつくと、彼女は後ろも振り返らず話し始めた。
「私も今日は終わりでね。お前らも、患者の減りが少ないのはまぁ分かっていると思うが、それはそいつらを診る奴が残ってないからだ。お前らもあまり見られたくないんだろ?中を通って行くよりかはマシだ。裏口までは連れてってやる」
彼女の言葉の通り確かにまだ診察室には多くの患者が残っていた。偽名で診察を受けられているとはいえ、余計な視線を浴びないため変装の類はしていない。そもそも2人にそんな技能はない。
見られずに済むのならそれに越したことはない。
ペスカの言葉に甘え、2人は彼女の後をついていくことにした。
十字路に差し掛かった時だった。
「道を開けてください!」
担架を押して早足で歩く集団に遭遇した。ペスカはそれをみても平然としていた。
「急患か。事故かねぇ」
彼女にとってはこんな光景が日常なのだろう。道を開けるように壁に寄った彼女に倣い、六花とリコリスも壁に寄る。
10人くらいのスタッフが一つの大きな担架の両脇について病院の奥に消えていく。しかし、すれ違ったほんの一瞬。六花は血の匂いを感じとった。
(血……ひどい出血。交通事故……とか?)
「あれはもう助からないだろうな。出血が多過ぎる」
ペスカも匂いに気づいたのか眉間に皺を寄せたが、次の瞬間にはフッと表情を戻しあっさりと言い放った。
「桃莉ちゃんは行かなくて良いの?別に私らは道さえわかれば適当に帰るよ?」
「私の担当じゃないし、アレはもう助からん。どうせ、明日になれば私にも報告が上がってくるだろうよ」
彼女の言葉は冷たく、おおよそ医療従事者の言葉とは思えなかった。六花でもそれは違うと言いたかったが、それを言える立場ではない。
「そういうもんなの?」
(こういう時ずけずけとものが言えるのって強いですね)
2人を無視してペスカは興味はないと言わんばかりにそそくさと歩き出した。
反論こそできなかったが、このままでいいとは思えなかった六花は手を伸ばし、ぺスカを引き留めようとした。その時角から2人の看護師が出てきた。慌てた様子で、小走りに病院の奥へと向かっていく。さきほどの担架を追っているのは明らかだった。
(やっぱり、人手が――応援が必要なんだ)
ぺスカは応援に行くべきだ。六花はそう思った。他の医師が少ないと分かっているからこそ、彼女はこの状況でまぎれもなく戦力になれる逸材。
(結果的に助からなかったとしても何もしないなんて)
六花はぺスカを追いかけて駆け出したとき、看護師たちとすれ違った。その時、彼女たちの口から漏れた声が聞こえてしまった。
「胡桃沢先生、またよ」
「自分には関係ないって……」
ぺスカは見た目は20代の中でも若い方……幼い方だ。実際の年齢を知らない六花には予測することしかできないが、彼女の年齢で医師として大成するというのは並のことではないはずだ。
それでいて彼女は人を嫌っていると思われてもおかしくない言い回しをする。この環境で彼女の敵が少ないとは思えなかった。
六花は彼女に追いつき、今からでもあの患者のところへ向かうべきだと説得したが、まるで聞く耳を持っていないようだった。しまいには、「私はこっちだから。あとはそこをまっすぐ行けば駐車場に出られるはずだ」と投げやりに言い放ち、歩き去ってしまった。
これでよかったのか。もう少しやりようはあったのではないか。モヤモヤとして気分は晴れなかったが、これで六花は仕事に復帰できることになった。
「まぁ、何はともあれ。おかえり?」
「――はい。ただいま、です」
――翌日。組織の工作員に衝撃を与える知らせが届いた。
ライースの右腕として知られる合気道の達人、リエール。
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しかし、その意味を理解した六花とリコリスは固まっていた。
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