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青出 風太

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剪定し薄青 1

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11月1日 23:48

―     ―

 ここは都内南部にある高級住宅街。

 道路は広く真っ直ぐに整備され、家屋も高さの制限を受けている。街灯がぽつりぽつりと点在しており、星こそ見えないが、空は良く見える。

 前を向いても、上を見上げても、広々とした印象を受ける街だ。

 おまけに空港や海、川が近くにあり生活に困る事はまずない。

 そんなのどかで落ち着いた雰囲気の住宅街。

 そこにこの間の選挙で突然AI推進派に鞍替えした政治家、西川にしかわ宣明のぶあきの邸宅があった。





「で、何かぁ申し開きはあるか~?」

 この邸宅の主人。宣明の自室で今まさに事件が起きていた。

 ボサボサな長髪を不気味に揺らす30代後半くらいの女性が宣明の机の上にあぐらを描いていた。

 彼女はこの部屋に辿り着くまでに5分とかからなかった。しかも、邸宅の警備を全て殺害して、だ。



 宣明には逃走の可能性があった。そのおかげで仕事を急ぐことになってしまい、服は乱れ、返り血も派手に浴びていた。本来ならば六花のように返り血を浴びないように細心の注意を払うべきところだが――彼女はあえてというべきか、血を気にしている様子はない。

 窓から差し込む月の明かりに照らされギラギラと光を放つ髪。

 彼女の雑な言葉や大雑把な動きからも、十分な手入れがされているとは思えない髪。光って見えるのは毛かチリか。

 彼女は時折頭を掻き毟るような仕草を見せる。そのたび、髪がパラパラと机に落ちる。

「――姉様ねえさま。さっさと殺してしまいましょう。ソレと話すことなどないでしょう」

 部屋の扉を開けてパーカー姿の女性が中に入ってくる。ダボっとしたパーカー。体のラインを出さないようにしているのかワンサイズどころかそれすら超えるサイズの服だ。

 髪はボブくらいの長さで、ふんわりとしているが本人の放つ空気はまるで別。据えた瞳は何を見つめているのか分からないが、何もかも見透かされているようでこちらの彼女もまた違った不気味さを纏っていた。

「いいや?私ゃ気になるよ。ちゃ~んとアンタの口から聞きたいねぇ」

 机に座る彼女は視線を下ろす。その先に椅子に縛り付けられた宣明がいた。彼は70を超える白髪混じりの男性だ。縛り付けられてはいるが、怯えている様子はない。

 むしろ堂々と目の前の殺人鬼を真正面から見つめている。

「アンタ。もともとこっち(反AI派)の人間だろ?なら私たちの話は聞いたことなかったのか?」

 彼の口からしわがれた声が聞こえる。迫力こそないが、どっしりとした重みのある声だ。

「――噂には聞いていたさ。組織の逸れものども。お前たち綱紀粛正部隊の噂をな。まさか抜けた途端にやってくるとは、思わなかったけれどね」

「知っていて抜けたと?それは勇気って奴なのかい?それとも単におバカさんなのかい?」

 縛られたまま男は言葉を続ける。

「私はこれから君に殺されるんだろう?ならもう一つ教えてくれないか?」

「私が知ってることならねぇ。生憎調べるのは苦手でね」

 女はパソコンのキーボードを叩くような真似をしながら、はにかむような笑顔を見せる。

「……君なんだろう?警察でも手を焼いている――“愉快犯”というのは。私にも花を植えるのか?」

「……おいおいおい、そりゃ二つ聞いてるって事でいいのか?」

 ずっと男と話しているのは机に座った長髪だけ。それを無表情でじっとパーカーが見つめていた。

「いや、いい。今ので答えは得たようなものだ。日本の、いやこの世界にとってより良いと思い行動した結果ならば、受け入れるしかあるまい」

 男の口調は目の前の女に向けて発せられているモノではない。自分を納得させるための言葉に他ならない。

「だが、忘れるな?人も生物である以上進化の道を辿るべきなのだ。恐れ、否定し、目を背けた先に未来はないということを」

「――そうかい、じゃあこれでお別れだな」

 男は彼女の言葉を聞き目を閉じる。終わりを受け入れたのだ。





 長髪の女。コードネーム『サイネリア』は綱紀粛正部隊に所属する組織の工作員である。

 主な仕事は組織の内部に現れた裏切り者を始末すること。その性質上、死は隠蔽するのではなく公に晒されなければならない。



「よっと……こんなもんか?良かったな、おっさん。ちゃんと咲けたじゃねえか」


 鼓動を止めた西村宣明。彼の冷たくなった顔。その開かれた“め”に青いサイネリアが一輪、咲いていた。








 翌朝。

 西村宣明の部屋は刑事たちによって占領されていた。

「害者の名前は西村宣明。この辺りを選挙区に持つ政治家で……資産家でも……あります」

 事件の概要を話す彼の名前は小田哲也。階級は警部補。刑事としてはまだまだ半人前だが、勢いがあり熱心な男だ。

 しかし、血だらけの廊下や警備員たちの死体の山。殺人事件の悲惨な現場を初めて目にした彼は血の気が引いて若干ふらついていた。

「相沢警部はどう思いますか……?やはり例の」

 彼が伺いを立てているのは上司であり、バディの刑事、相沢努だ。

 190に迫るその長身と鍛え抜かれ均整の取れた身体。40手前だと言うのに今も第一線で活躍する現役のアスリートにも引けを取らない身体能力を維持している。

 そんな彼は威張らず、驕らず、冷静に事件を俯瞰し、解決の糸口を丁寧に探る。まさに刑事の中の刑事だ。

 彼を尊敬する刑事は署内にも多く、しかも女優を思わせるほど美人で年下の嫁がいるという噂まである。そんな彼を上司に持てたのは、彼に憧れる小田にとってこの上ない幸運だった。

 彼から学べることは多い。まだまだ半人前の小田は彼の一挙手一投足を見逃すまいと力の限り食らいついていた。



 相沢は難しい顔で西村の死体を睨みつけている。その視線は被害者の眼に不自然に生けられたサイネリアの花に向けられていた。

 朝、使用人が邸宅にやってきた時、血まみれの廊下を目の当たりにした。彼は震える体を必死に制し、主人である西川宣明の安否を確認するため、すくむ足に鞭打って主人の書斎を訪れたという。

 慌てて部屋に駆け込むと、主人は眼から花を生やして亡くなっていたという。

 激しく動揺しつつも警察に通報。警察が現場に到着するまで彼は現場には触れていないとのことだった。

「まぁ、部屋の壁にまで血の絨毯がかかっている。入る勇気があるって方がおかしいくらいだ」

 相沢は心の中で先ほどの相沢の問いを思い出す。

「相沢警部はどう思いますか……?やはり例の」

 “ヤツ”の仕業かどうか。小田が気にしているのはその一点だということに彼は既に思い至っていた。

「まぁ、まず間違いないだろうな」

 彼がそう結論付けたのは今回の死の状況がある人物の過去の手口と非常に似通っているからだった。

 遺体の目にはサイネリアが生けられている。既に乾いてしまっているが、涙の代わりに流していたであろう血のあとが頬を伝っていた。死後数時間経過しているのは火を見るより明らかだ。

『眼に生けられたサイネリア』

 それだけでこの場にいた刑事の誰もがある犯人の名を思い浮かべていた。それが

――――“愉快犯”。

 警視庁の刑事たちの間で“愉快犯”といえばある一連の事件の犯人を指す。

 被害者の多くは政治家や資産家といった世間に対して大きな影響力を持つ人物であり、唯一共通している点は「死後」眼にサイネリアが刺されていること。

 色は違えど必ずサイネリアが刺されていることや死体の損傷状態が毎回違うこと、凶器も一律ではないなどのことから、これら一連の事件の犯人はサイネリアの花言葉をもじって“愉快犯”と呼ばれていた。

 犯人がグループなのかそれとも単独なのか。愉快犯の出現からすでに20年近くが経過しているのだが、警察は犯人の目星すら建てられていない。

 一時はその猟奇的な犯行から大ニュースとして持ち上げられたこともあったが、犯人を追う刑事が死んだと会見を開いたことをきっかけにマスコミもそれを追いかけることをやめた。

 犯人が神出鬼没なのは場所に限らず時間もだった。年単位で動かないこともあれば1週間のうちに5輪咲かせたこともある。

 そんな得体の知れない呪われた殺人鬼。

 しかし、ある時を境にピタリと事件は止まり迷宮入りしていた。

 それが数年ぶりに再びこの街に現れたのだ。

 初めて事件が起きた20年前と今とでは環境も違う。今度こそ奴の尻尾を掴んでやると意気込んでいるモノ、また雲隠れされてしまうのではないか、自分が無惨な死を遂げるのではと尻込みするモノ。現場でも反応は様々だ。



「はっ相変わらず丁寧な掃除だこって」

 相沢は部屋を見回して愚痴を漏らした。この部屋には血や脂が飛び散っているが、犯人の証拠を示す痕跡はほとんど残されていない。

 几帳面と言うべきか狂っていると言うべきか。事件の悲惨さだけを残し犯人の証拠を消す。これがどれだけの離れ業であるか刑事である相沢は知っていた。

(犯行に使われる凶器はバラバラ。手法もバラバラ。花だって眼に刺さっていると言うだけで左右、色に決まりはない。そんな奴がここまで丁寧な掃除ができるとは考えられないだろう)

 相沢は犯人がグループであると考えているうちの1人だった。

(殺しができる奴と几帳面な奴が1人ずつ。最低2人は必要だろうと推理することはできる――か)

 現場を睨みつけ、決意を固めていた。
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