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青出 風太

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File 5

剪定し薄青 9

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―ヘキサ―

 六花は今回のターゲットである鈴木葉平を尾行していた。天気は曇り。しかし、朝のニュースでは夕方から雨が降るとされていたこともあって道行く人々は傘を手に持っていた。

 平日の昼間ということもあり、六花は以前通っていた高校の制服ではなく私服を着用していた。

 街への溶け込みやすさを重視してのことだが、それでも、見た目小学生の六花が真昼間に歩いていれば補導されかねない。下手に目立つ行動はしないように注意する必要がある。

 尾行の主な目的は2つ。

 1つはリーストの交友関係を探ること。交友と言ってもそれは友人という意味ではなく、彼の仕事柄連絡を取り合う人物を指している。

 彼には現在、機密情報漏洩の容疑がかけられている。その機密情報がどういった類の情報でそれがどこに漏れたのかを特定する必要があるのだが、ライースは既にいくつかの候補を立てているだろうと六花は考えていた。

(あの人の言葉を全て信じることはできないけど……公安にいるって話が本当だったら)

 六花は嫌味な金髪の顔を想像した。六花の想像通り、漏れた情報が工作員殺しに流れ、ライースたちを襲撃した事件に発展。

 結果、リエールの命を奪ったとそう仮定する。


 その仮定が正しいのであれば――――

 ――――六花もその漏れた先に思い当たる組織がある。

 それは日本警察の中で最も厄介な組織、“公安警察”だ。


 六花の知る公安警察は、他国で言うスパイに近しい諜報活動やテロ行為に対する活動、ゲリラ等の発生を未然に防ぐ活動を行なっていて、警察の中でもエリートが集められた一流の組織である。

 直接会ったことも戦ったこともないが、ドラマや映画などに登場する公安警察はそんなイメージだ。

 仕事柄、警察とはたまにかち合う程度で、働き始めたときならいざ知らず、最近では特に脅威とも思っていなかった。しかし、公安ともなればそうはいかないのだろう。

 彼らは六花の所属する組織同様、秘密主義で計り知れないところがある。



 尾行の2つ目の目的は彼の行動パターンを正確に把握すること。

 行動パターンの把握が完全であれば奇襲をかけることも鉢合わせないように家探しすることも容易になる。

 時間さえあれば、話を合わせ、ターゲットに取り入ることやターゲットの“代わり”にだってなれるだろう。

 生かすも殺すもとはよく言ったモノだ。ライースは疑いを向けた時点で真にその警戒を解くことはない。ターゲットが今回尻尾を出さなかったとしても、その隙を待ち続けるだろうことは想像に難くない。

 この世界では疑いをもたれることすら死に繋がる。それはすなわち――

(私も……疑われている……んでしょうね)

 六花は目の前を歩く男をさりげなく見た。吹けば倒れそうな痩せ型の体躯。髪はぼさっとしていて頓着がなさそうだ。そこはオクタにも似ているが、決定的に違うところが1つ。

「あっとと、す、すみません。――あぁいえ、平気そうで何よりです」

 はにかみながら申し訳なさそうな苦笑いを浮かべ、ぶつかった相手に言葉をかけていた。

 人通りの多いところではチラシやティッシュを配る人を避けることもせず、なんだかんだで手渡される全てを貰っていた。六花はそれが悪いことだと言いたいわけではなかったが……

(なんて言うか……幸薄そうね)

 六花の第一印象はまさにそれだった。

 良い人そうではあるのだが、その分余計な仕事が回されたり、物をあれこれと頼まれたりで自分のことが後回しになってしまうタイプに見えた。

 それでいて本人は真面目にそれらをこなそうとするものだからさらに仕事が増える。要領は悪いが好かれる性格だ。

 悪く言えば、主張が弱く、流されやすい。断ることも苦手そうだ。

 この仕事に向いているとは六花の目から見てもとても思えない。

(司令部にいるんだからそれなりに仕事はできるんでしょうけど……でも)



 仕事を始める前のブリーフィングの最後。オクタが気になることを言っていた。オクタは彼のプロフィールや簡単な性格が記載された資料を見て一言。

 "素質はある"とそう言っていた。

 オクタのいう素質とは何か。その時、六花には分からなかったが、こうして彼を見ていると“情報提供者”なのだろうと思った。

 どんな理想や信念が彼にあるのかは分からない。しかし、言葉巧みに言いくるめられてしまいそうな人の良さがあった。

 ほんの数日彼を尾行しただけの六花から見ても、彼の頼りなさは頭抜けている。

 組織にいる人間の大半は過去にAI絡みの何かで家族や大切な何かを失っている者たちだ。彼もそうであることは間違いない。そして、これからの世界を担う子どもたちに自分たちのような辛い思いをさせないようにと仕事をこなしている。

 そこで六花は一つの仮説を立てた。

(でも、そのためのもっと良い方法を提示されたら……)

 六花の懸念はそこだ。AI絡みの何かで大切な人を失ったからと言って必ずしもAI憎しで行動を起こせるかと言われればそうではない。六花はそれしか道がないと思っていたし、事実六花の前にはそれ以外の道は提示されなかった。しかし、そこに別の手段で“守る”道が現れればどうだろうか。

 頭に浮かぶのは活気と希望に満ち溢れた学生生活や仲間と共に働いたまるで自分のものとは思えないような輝かしい日々。

 血と戦いによって必死に守ってきた日々。

 その世界を身を汚さずに守れるなら……

(もしそんなことがあれば……きっと)

 考える六花は前を歩くターゲットに視線を向ける。ちょうど交差点で左に折れた。早歩きで六花も後を追うが、曲がり角の少し前。どこかで見た覚えのある2人組を視界の端にとらえた。

(あれは確か)

 高校に聞き込みに来た刑事たちだ。信号待ちをしていてこちらに気づいた様子はなかった。

 高校のある街から離れていたこともあり油断していた。自然と早歩きが駆け足に変わりかけた。

〈ストップストップ!〉

 耳に響くm.a.p.l.e.の声で足を止めた。

〈リースト、角ヲ曲ガッテ直グソコデ、止マッテル!今行ッタラダメ!見ツカッチャウヨ!?〉

 六花はさっと視界の左に写った建物に背中を預け、スマホを取り出し地図を開く。どう見ても道に迷い、地図アプリで確認しているだけの人と言った風貌だ。幼い子どもにしか見えない点を除いて。

 開いた地図を一目見た後キャップのつばの端から上を確認する。信号の横に取り付けられた監視カメラが曲がり角の先を写していた。m.a.p.l.e.はあそこから道の先を見ていたのだろう。

「……ありがとう」

 小声でそう呟く。

 六花が次に信号に視線を移した時、ちょうど信号が変わった。我先にと横断歩道を歩くサラリーマンや学生に混ざって2人の刑事たちも歩き出した。

 六花の声は昼間の往来に掻き消されたが、m.a.p.l.e.は唯一それを聞き取っていた。

〈オ礼ナンテイイヨ~。私ノ仕事ダモン。アッ動キ出シタ。尾行再開?〉

 スマホの端。楽しそうに液晶の中を泳ぐ赤髪の少女が笑う。

「はい。交代まであと2時間です。頑張りましょう」
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