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青出 風太

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剪定し薄青 23

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―リースト―

11月23日(金) 21:57

 疲れ切った足取りで歩くサラリーマン風の男が1人。時刻は21時をとうに過ぎ、時計の長針は再び頂点に登りかけていた。

「ライースさん。また何かしようとしてるんだろうけど、僕にはなぁ」

 男の名前は「鈴木すずき 葉平ようへい」。

 メガネに若干の猫背。争いごとが苦手で、運もそこまで良くない。特にこれと言って目立った特徴がない。それは彼自身が一番よく理解していた。

 司令部にいる彼は24席の工作員と直接のやり取りをしたことはなくとも各々の能力を把握している。それはリエールやライースの不在時に仕事の調整をする機会があると考えられていたためだが、実際には彼が活躍する機会は数えるほども与えられなかった。

 彼は仕事をこなすため必至に各々の個性や特性を覚えたものの、それはより彼を委縮させる以外の働きをしなかった。

 敵対組織に1人で突っ込んでいって生還したり

 まるで心を読んでいるかのようなピンポイントな言葉で人を動かしたり

 些細な「点」をつなげて悪意に隠された物語を読み解いたり

 ちょっとした動作から未来を計算し正確に見切ったり

 ――そんな人の領域を逸脱した人間が23人。

 組織は何かと最終手段と称して武力を行使する。が、「名前持ち」はどちらかと言えば戦闘に特化した工作員の方が少ない。だからこそ戦闘行為が得意ではない彼もその一員になれているわけだが、工作員は基本何かしらの得意分野があり、代えの利かない存在であり、それがない自分はその中にいるには相応しくない。と、そう考えていた。

(やっぱり向いてない……ですね)

 珍しくライースに呼び出されたかと思えばやってたことはほぼ雑用。次の仕事の準備で手が空かなくなったライースはそう言っていたが、肝心の中身についてはリーストにまで伝わってこなかった。

 その仕事もまた荒事なのだろう。ライースが用意していた装備を見て穏やかなものではないことは理解できる。

(疑われている……んですよね。ライースさん)

 ライースは疑り深く、用心深い。工作員の不審死が続き、その犯人が割れた今、次に彼の興味を引くものはどこからその犯人を手助けする糸が伸びているか。

 実際、彼に次の仕事を教える必要性はない。リーストの戦闘能力は皆無に近く、占領や暗殺に向いた能力は有していない。リーストを仕事に加える必要性はない。




 数カ月前。リーストの前にある刑事が現れた。その刑事はどういうわけかリーストが組織の一員であることを把握していた。

 何が原因か。どこで足がついたか。リーストには皆目見当もつかなかったが、その時にリーストは死を感じた。

 工作員としての終わり。こそこそと逃げ隠れる生活の終わり。

 そして――――孤児としての戦いの終わり。


 その刑事は動揺するリーストを見て「お前を買いたい」と、そう言った。

「私と来てほしい。君の力は人を守るためにある。そうだろう?組織よりも私はきみを高く評価している。人々を守るため、君にも力を貸してほしい」

 リーストに選択肢はなかった。それは彼が平和主義者で組織のやり方は過激すぎると感じていたというのも一つの要因ではあるが、それよりも大きいのは刑事の言葉だった。

 その言葉に明確な道筋はなかった。しかしどこか暖かく、自分を必要としてくれているような気がした。

 組織のやり方に疑問を感じつつ、自分ひとりの力ではどうすることもできない現状に諦めかけていたリースト。まさに彼にとってこの刑事との出会いは青天の霹靂であった。




 仕事につかれていたわけではない。しかし、今日の突然の呼び出しもあり、リーストはゆっくりと頭を休めたい気分だった。

 無意識に目指したのは公園のベンチだった。

 足元から視線をあげ立ち止まる。ふと声が聞こえたからだ。契約しているマンションの手前にある公園そこから声が聞こえた気がした。

 暗い公園。木に覆われていて道路から中は見にくいが、結構な広さがある。

 この辺りはマンションがいくつか立ち並んではいるものの、スーパーやコンビニは小さく、目立ったショッピング施設はない。この辺りに住む子どもたちが遊ぼうと思えばこの公園に来るか少し遠出する必要がある。

 そのため、この公園に人がいること自体はそこまで珍しい出来事ではないのだが。

(誰だ?こんな時間に)

 リーストに急ぐ理由はない。早く家に帰ってやらなければならない仕事などないし、備えなければいけない明日もない。

 毎朝早く起きて外を回っているのだって本当は必要のないことで、ライースからは便利な連絡要員としてしか見られていないようだった。むしろ、あまり外に出てほしくはないのだろう。しかし、司令部に入りたての時はリーストも組織のために何かできることをしたいと思って行動していたのだ。

 そのせいで刑事と出会うことが出来てしまったのだから、皮肉なものだ。



 公園からはまだ声が聞こえていた。22時になるというのに元気なものだと先の見えない暗闇に耳を澄ます。

 声の主は暗闇に隠れて見えないが若いカップルのようだった。

 別に何かを期待していた訳でもなかったが、妙に気まずい感覚になり、公園に立ち寄ることをやめた。






 エレベーターを降りると左手側に807号室の扉がある。

 手にしたバッグから鍵を取り出し部屋に入る。

 リーストは玄関で靴を脱ぐと、玄関マットを避けリビングに向かった。

 部屋に足を踏み入れた瞬間ハッとした。つばを飲み込み、人の気配を探った。

 部屋の中に人の気配はない。

(これは……入られた?)

 真っ直ぐに玄関に戻ると靴箱を開けた。そして同時に玄関マットをめくる。

「……っ!……はぁ」

 玄関マットの下。見覚えのない2人分の足跡がくっきりと残っていた。

 疑われていることはもう間違いない。そして、部屋の中で感じた違和感。リーストは部屋の中のものの配置を覚えている。それらが少しずつずれていたのは気のせいでも勘違いでもなかった。

 そうなれば、近くに組織の、24人のうちの誰かがいるのだろう。それも暗殺や戦闘に特化した工作員が。

 リーストは震える手でスマホを操作する。連絡する相手はもちろんあの刑事。頼れる相手はもう彼しかいない。

 リーストの身体とは別に頭は冷静に動いていた。今日急に呼び出されたのはこの部屋に入る確実な隙を作ること。部屋の中に彼らはいない。出てからどれくらい経っているのか、また入ってからどのくらいで出たのかは分からない。

 何が仕掛けられているのか分からない以上、悠長に長居すべきではない。ここは敵地であると考えるべきだ。

 バッグからセミオートピストル“H&K VP9”を取り出し、音が出ないよう慎重にスライドを引いたが彼は戦闘員ではない。慣れない手つきでは金属の触れあう音を完全に消すことは出来なかった。その後ゆっくりとセーフティを外しスーツの内ポケットにしまい込んだ。

(まぁ、勝てる……なんて1ミリたりとも思ってないけど……僕だってまだ死にたくはないんだ)

 スマホが鳴る。見ると町外れにピンが経っていた。そして、そこにメッセージが届く。

〈ここまで来ることは可能か?助けはいるか?我々はまだ君の助けを必要としている〉
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