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青出 風太

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学校に薄青 7

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―ヘキサ―

「そう、だから大丈夫だって。うん。夕飯は友達と食べて帰る。む、迎え!?要らないですよ!――はい、またあとで連絡します。お父さん」
 六花はそれじゃあと言って通話を切った。

 六花と涼子は授業が終わるとすぐ、以前訪れたショッピングモールへやってきた。到着したのと同時に、父親役のオクタに電話を入れたら思ったよりも過剰に心配されて六花は驚いた。

「氷室さんのお父さんって心配性なんだね」
「え?あぁ。そうみたい」

 ため息をつく。オクタに涼子とご飯を食べて帰ること、夕飯の用意はいらないことなどを報告しただけだったが、いつもより明らかに心配そうにしていた。スピーカーで話していた時のための用心ということなのかもしれないが、大げさだった。それでも六花はどこか心配してくれているということをうれしいとも思っていた。

(て、何考えてるんだ私は!)

 首を振って考えるのをやめた。

「何食べに行こうか?三芳さんの好きなものとかあればそれにしてもいいし」

「うーん、パスタとか?」

「なら、パスタで探そっか」

 モールの中をレストラン街目指して歩く。途中でアクセサリーや小物、ワンコインショップを見つけては少し寄ろうと言って寄り道し、気づけば時間が過ぎていった。

 六花の周りにいる仕事仲間たちは買い物に時間をかけない。仕事に要るものをリストアップしてさっさと済ませたり、そもそもネットで注文して外出すらしなかったりする。

 六花が組織に連れられて来られてから同年代の子とは会うことすらなく、年相応に友達やクラスメイトと買い物に来るなどあり得ないことだと考えていた。どこかそんな普通を諦めている自分がいた。そんな六花には涼子との買い物は新鮮なことばかりだ。なんとなく、楽しい気分に浸っていた。

「あ、ごめんね。レストラン街はもうすぐそこだから行こ」

「私も楽しいから大丈夫だよ。気にしないで」


 二人はしばらくして涼子のおすすめだというパスタの店に入った。時間的には夕飯にちょうどいい感じだったが平日ということもあり、あまり待たずに入ることが出来た。

「氷室さん何食べるか決まった?」

 うーんと唸りながらメニュー表と睨めっこを続けること数分。六花はまったく決められないでいた。

 どのメニューを見ても説明を読んでも理解できなかったからだ。せっかく食べるなら良いものをと考え説明文を読んでいたが、それが余計に六花を混乱させた。迷った挙句値段で決めようと思って一通り見たが、どのパスタも値段はほとんど変わらなかった。

「どれで悩んでるの?」

 涼子の言葉ではっと我に返った。

「いや、どれも美味しそうで、全然絞れてなくて」

「そっかそっか、ここ凄く美味しそうだよね」

 共感しながらおすすめを教えてくれた。

「私のおすすめはカルボナーラだよ。半熟のたまごも乗ってて混ぜるととても美味しいの」

 カルボナーラ。六花はあまり食べたことがなかった。たまに買い出しの時に冷凍食品の物を見つけて食べたことはあったけど特段好きというわけではなかった。涼子はそれを注文するといった。

「――なら、私もそれにするよ」

 食事の時は次の試験のことや七月にバスケ部で試合があることなどを話した。涼子から積極的に六花の元気がないことについて触れようとすることはなく、配慮されているのを感じた。楽しく話しながら食べるカルボナーラはとても美味しかった。こんなに美味しかったっけと思うほどには。



 テスト前週の金曜日。今日はオクタたちが細機の家を家探しする日だ。六花も補習と称して足止めをすることになっている。

 登校すると、教室の一角に人だかりが出来ているのが見えた。自分の席に鞄を置いて近寄っていく。その輪の中に涼子を見つけて声をかける。

「おはよう、三芳さん」

「氷室さんおはよう」

「――これは?何かあったの?」

 様子を観察すると、どうやらスマートフォンでニュースをつけている男子がいて、そこを中心に人だかりが出来ているらしかった。人だかりと言っても十人前後だったが。

「一か月くらい前にあったカミシログループの本社爆発事故のニュースなんだけど、その事故で役員とかが何人も亡くなってしまったらしいの。それで警察が事故について調べていったら今度はどんどん汚職が判明しているみたい」

「へ~、そうなんだ……」

 六花が仕事で社長を含む役員たちの暗殺に行った企業だった。しかし、六花は汚職について全く知らなかったため、素の反応をしてしまった。

「あ~氷室さんは知らなかったかも。こっちに引っ越して来たの最近みたいだし」

「え?あ~うん。爆発事故があったなんて知らなかったよ」

 焦って答える。

(爆発事故……?)

 六花は社長を含めた役員と警備員たちを斬っただけだ。そのあと建物を爆破する予定など聞かされていなかったし、爆発物も持ち込んでいない。当然設備は損傷していたはずだが、爆発するほどではなかったはずだ。

(じゃあなんで爆発なんて)

「でもさ、こんだけブラックな会社だぜ?誰かが騒ぎを起こしたんじゃねぇの?」

「パトカーが本社を囲んでた動画があるんだぞ?絶対事故じゃないって。爆発も警察が到着してからって話だし」

「爆発が事故なら、警察がその前に来るってのは考えづらいし、他にも何かあったんじゃないのか?」

「テロってことか!?」

「会社の一部が爆発したとしても社長を含めた役員クラスがほぼ全員亡くなるなんて考えられないだろ」

 クラスの男子がネットで見つけてきたらしい陰謀論を話しているのが聞こえてきた。「ブラックに対する正義の鉄槌だ」、「悪事を知った外部の人間がやったんじゃないか」、「実は爆発事故は偽の情報で警察は何か隠してるんじゃないか」とか様々な憶測が流れていた。

「あ~それはあるかも」

 気づいたら六花は声を漏らしていた。それを聞いている人がいなかったことに安堵しつつ、警察が報道規制していることについて思案をめぐらす。

 警察が六花たち「組織」のことを認識していないにしても、テロとかは考えられそうな物だ。それを言わないのは混乱を防ぐためかもしれない。あとは、
(「組織」を泳がせている……とか?)

 六花が陰謀論について話している男子たちの方を見ているとあちらも気づいたらしく、話をやめてそっぽを向いてしまった。

(警戒されている……?何もボロは出してないはずだけど)


―オクタ―

 今回はホリーの希望で喫茶店に来ていた。指定された窓際の席にオクタが向かうと朝の日差しの中に本を読んでいるホリーの姿を見つけた。

(あれで本読めるのか……眩しかったりしないのか?)
 そう思ったが口にはしなかった。

 ホリーはやはりオクタたちの仕事には似つかわしくない白と薄青色でまとめたやはりお天気お姉さん然とした格好をしていた。テーブルにはホットカフェラテのカップがある。

 オクタたちは暗めの目立たない格好をよくしているが、逆にこういう清楚で明るい雰囲気の格好をしていた方が怪しまれないのかもしれないと思った。

「今は何読んでるんだ?」

「オクタさん、おはようございます。これは今年本格ミステリー賞を受賞した作家さんの作品でずっと――」

「――あーすまん。とりあえずタイトルを教えてくれ。賞とかはよくわからなくてさ」

 ホリーはくすっと笑いながら答えた。

「これは『風の声』という作品です。まだ読み始めたばかりですけれどおすすめですよ。女性の警察官が主人公でかっこいいんですよ」


 少しの間オクタはホリーの小説談に耳を傾けていた。オクタ自身は本に興味はなかったがホリーが話しているのを聞くとどこか面白そうに聞こえたし、時間に追われているのでなければ遮るのも悪いと思えたからだ。

(こういう趣味の話なんて俺たちのチームみたいに一緒に住んでいるとかでもなければ中々する機会もないだろうしな)

 そう考えて相槌を打ちながら聞いていたがホリーが突然話題を変えた。

「そういえば知ってますか?」

「……何を?」

 オクタはホリーの話が途切れたタイミングで煙草に火をつける。

「今ニュースになってるんですよ。例のカミシログループ」

(この前六花が行ったところか)

「ニュースってどんな?」

 仕事の時は監視カメラの映像もリコリスがすり替えていたし、六花が映っていたなんてこともないはずだ。特別ニュースになるようなことは思いつかなかった。

「汚職が見つかったらしいですよ。あのあと本社が爆発したことがきっかけで」

「爆発したのか?俺らはそんな仕事受けてないが」

 オクタはあまりテレビを見ない。爆発事故として報道されていたことは知らなかった。

「それで?」

「ブラック企業の闇を暴いたヒーローがいるって、噂になってますよ」

 ホリーはこの喫茶店に来る間も街ではちらほらその噂を耳にしたという。オクタが鈍感すぎるのかオクタの方では全くそんな話は聞いてなかった。

(しかし、ヒーローと来たか)

 ホリーはどこか誇らしげというか嬉しいようだった。オクタはたばこの煙を肺いっぱいに吸い込んで言葉を漏らした。

「でも、俺たち別にはそんな格好の良いもんじゃないだろ」

「――ですね。どんな目的があろうと私たちの取っている手段はヒーローのそれではないでしょうね」

 しばらく二人の間に沈黙が流れる。気まずさに耐えかねて先に動いたのはホリーだった。この静寂を破るように鞄からプラスチック製のケースを取り出す。

「これが今回依頼されていたものです」

「何度も悪いな」

「いえ、仕事ですので」

 目の前に座るホリーから細機宅の鍵が入った半透明のケースを受け取る。ホリーはカフェラテを飲み干すと鞄を持って立ち上がった。そこにはもう浮かれた様子はなかった。

「今のところ直近の仕事はもうないので先にお休みをいただきます。……そちらもお気をつけて、どうかご無事で」

「ん、ありがとさん」
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