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青出 風太

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給仕は薄青 8

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――2日目 夜――

―ヘキサ―

「やっと終わった……」

 そうつぶやく六花は予定より二時間ほど遅れて宿舎へと帰ってきた。

 邸宅内の清掃を終え、宿舎へ帰ろうとしていた六花は同じ清掃班の先輩、佐々木に捕まり清掃班の班長が企画したという六花の歓迎会に参加していたのだ。

 歓迎会は六花のいる6班の皆で大広間を使っての夕食会として開かれた。

 幸いと言うべきか皆、ここに来る以前の六花について質問してこなかったため、六花が受け答えに困ることはなかった。

 しかし、慣れない人たちと長時間一緒にいるというのは気を使うし、ボロが出ないようにと必死だったこともあり、六花は部屋に帰ってくる時にはドッと疲れが出ていた。



「おっ、お疲れ様!六花ちゃん」

 部屋には既にリコリスがいた。

「お疲れ様です秋花さん」
 六花は力なくベッドに倒れ込んだ。

「で、秋花さん。昼に頼んだやつ調べてくれまし――」

「六花ちゃん、パンツ見え――」

 六花はその言葉に勢いよく跳び上がった。

 スカートの裾を直しながら、スカートの下に仕事用のショートパンツを履いていたことを思い出す。見えるわけがない。

「秋花さん!」

「ごめんごめん!」
 リコリスは謝りながらもケラケラと笑っていた。

「六花ちゃんがそんなに疲れた顔してるの中々ないじゃん。その調子じゃ案外大丈夫そうだけど」

「……ここの厨房にはココアもなくて意外と疲れてるかもしれないですね」

「あはは……次何か物資頼むことがあったらついでに頼もうか」

 六花はリコリスの方を向いてベッドに座り直した。

「それじゃあ調べて分かったことを伝えておくよ」

 ライースに支給されたタブレットを六花の方へと向ける。

「この屋敷に来てる警備員は10人だね。基本入れ替わりとかもない。このご時世で住み込みだなんて珍しい」

「じゃあこの10人を覚えたら大丈夫ってことですね」
「だね」

 六花は胸を撫で下ろした。

 警備員が本社から派遣されているのだとしたらシフトを組んでいるはずだ。そうしたら今日はこの班、明日はこの班と言ったように何パターンも暗記しなくてはならなかった。

 さらに体調不良による病欠での変更などで、常任者以外も屋敷内にいる可能性があるとすれば、途轍もない量を覚える必要があることになる。

 それを回避できて一先ず安心した。


「この人たちですね」
 六花はそう言ってリコリスからタブレットを受け取り一人一人の名前と年齢、顔、体格などを端から覚えていった。

 六花は一度見たら忘れないと言うほどではないが、記憶力は良い方だと自負していた。

「あっ、そうだ六花ちゃん」

「はい?」

「夜の見回りなんだけど今日から一人で行ってもらえないかな?無線つけてさ」
 リコリスはイヤホンを付けるジェスチャーをする。

「えっ、私が一人で、ですか?いや、良いですけど……」

 訝しみながら六花は尋ねる。
「秋花さんはその間どうするんですか?」

 今日も朝ギリギリだったリコリスの様子を思い出す。

(まさか寝てるっていうんじゃ……)

 そんなことを疑っていたがリコリスは予想外の返答をした。
「息子に会ってくる」

「息子って……護衛対象の和人さん?」

「そう。メイドたちが休憩中に話してるのを聞いたんだけど、和人君は朝凄く眠そうだったって言ってたんだ」

 リコリスは護衛対象の和人について初めて会ったときに、ゲームが好きなことを知っていた。聞けば夜だからといってゲーム機の回収はしていないらしい。

「多分夜更かししてゲームしてるんだと思う。だから少~しお邪魔して仲良くなってこようかと」

「な、なるほど」

 六花は普段ゲームをやらない。

 仕事のない日にリコリスの部屋へ暇潰しに行くと、頻繁にゲームをしているところに遭遇する。

 六花は自分用のゲーム機を持っておらず、たまに触らせてもらう程度だった。

 さらには部屋の外からでも誰かと話しているのかというほど大きな声が聞こえてくることがある。聞けばゲームの配信をしているらしかった。

 その界隈では有名なプレイヤー兼配信者らしかったが、その方面に疎い六花にはさっぱり分からなかった。

 組織がそれを認識していないはずはないが、特にこれといって止められることもない様だった。

 未だに護衛対象の和人に会えていない六花は、何かの偶然で会えないかと邸宅内でも廊下や玄関周りの掃除を引き受け、和人と遭遇するチャンスをうかがっていたが成果は得られていなかった。

 和人の方に六花が行ったとして、初対面で気に入られるとも思えない。

 仮に気に入られても通常業務は投げ出せない。

 和人の趣味がゲームなら話にもついていけない。

 リコリスに行ってもらった方が護衛対象に貼り付けるという点でも良さそうだと判断した。

「じゃあそっちはよろしくお願いします」

「任せといて!」
 リコリスは楽しそうな様子だった。

 これはあくまでも仕事だ。念のため六花は釘を刺しておくことにする。

「……分かってると思いますけどただゲームで遊びに行くんじゃないですからね?」

「……」

「秋花さん!!」

「分かってるって!」

 視線を逸らしたリコリスに一抹の不安を覚えながらも今夜から和人の方を任せたのだった。


――2日目 夜――

―リコリス―

「この辺りかな?」

 時刻は深夜0時。六花と宿舎で話した後、すぐさまリコリスは和人の部屋へと向かっていた。

 和人が小学三年生であることを考えるとまだ起きているかは怪しいところだった。

 もし寝ていたら明日はもう少し早い時間に来ることにして、とりあえず様子を見にきたのだ。

 リコリスはメイド服姿のまま、豪邸の外壁を伝って和人の部屋の窓枠に降りる。

(六花ちゃんならこういう時、中を歩いてても見つかることはないんだろうけどなぁ)

 リコリスには六花ほどの俊敏性も隠密性もない。

 だから、素直に外から入ることにした。

 窓の鍵は昼の間にこっそりと開けておいた。最後にこの部屋の窓の確認をしたのもリコリスであるため、和人が気づいて閉めたのでなければ開いているはずだ。

 窓から部屋の中を確認すると窓に背を向けてベッドに座っている和人が見えた。

 部屋は暗くしているが、ゲームのものと思しき光が漏れていた。音は聞こえないため、イヤホンをしていることもわかった。

(多少の音なら気づかないかも)

 リコリスは鍵を開けておいた窓から室内に侵入する。

 窓を閉めなおし、靴を直すとリコリスは和人の背後に立った。

 和人のゲーム画面にはこの間見たモンスターを狩るゲームの画面が見えた。

 リコリスは小さく息を吸ってから耳元で声をかけた。

「どう?狩れてるかな?」
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