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青出 風太

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給仕は薄青 10

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――4日目 昼――

―ヘキサ―

 今日、六花は休憩室の掃除を任されることになった。

 休憩室は六花のいる清掃班や食堂で働くメイド達、リコリスのいる教育係など様々なスタッフが小休止に訪れる一室でコーヒーや紅茶などを飲むための食器類の入った棚やソファー、薄いテレビ、花瓶などがあってリラックスするのに良い環境だった。

(ここにココアがあれば……)

 休憩室にココアがないことを再確認しつつ、先輩の佐々木と二人で部屋の掃除を始める。


 掃除を始めて数分経った頃。リコリス達教育係のメイドが4人、入ってきた。

 リコリスは働きはじめた時は冷たいというか、きっちりとした印象だったはずだが、今となってはとっつきやすい柔和な印象に変わっていた。

 六花はまたもその変わりぶりに驚いたが周りのメイド達は違和感を感じていないらしかった。

(あんなにキャラが違うのに溶け込めてるなんて凄い)

 そんなことを考えながら掃除していると教育係のメイドの一人がテレビの電源を入れた。

 流れていたのはニュース番組で、近々行われるという衆院選に向けての選挙活動の一部だった。六十歳くらいの体格の良い男性が大仰な身振り手振りで話している。

「前期国会で、AIを正式な一社員として雇用する制度を提案した議員が居りましたが、私は断固として反対の立場であり――」

 六花の耳にはAIの言葉がはっきりと聞こえた。掃除の手を止め、テレビに視線を向けたが、反対派という言葉に安堵した。それはリコリスも同様だったようだ。睨んでこそいなかったが、目つきが険しくなっていた。

(AIを一社員として扱おうだなんて信じられない)

 AIに対して世間では受け入れようとする人も多くいるらしい。

 まだ完全な人型のロボットが登場していないし、テレビでも公共交通機関の話ばかりで、AIが代行する仕事は公共交通機関だけだと思う人も多いのだろう。

 しかし、AI運転士を正式な一人の社員として採用することを検討し始めるほどにAIという存在は社会に馴染みつつある。

 六花達の所属する組織が恐れるAIの社会進出が刻一刻と進んでいる。

 そんな状況下でありながら反対派として堂々と、声を大にしてAIの危険性を訴える政治家、穂科ほしな陽一よういち。彼の名前が六花の頭から離れなかった。


――4日目 夜――

―リコリス―

「今日こそ俺が勝つ!」

 リコリスの目の前にはそう意気込む護衛対象の和人がいた。

 時刻はそろそろ深夜に差し掛かろうというのに、この小学生は眠気を全く見せなかった。

「絶ッッ対に手加減してやらないからね?」

 リコリスの言葉には力が篭っていたがコントローラーを握った手には力が全く入っていない。ゲームをする時は最大限リラックスする。それがリコリスなりの楽しみ方だった。

 熱くなると手に力が入ることもあったが、力が入ると普段以上のスコアが出せないことを本人が一番知っていた。

 今日は一人称視点のシューティングゲームで遊ぶことにした。

 夜間のゲームだ、こっそりとプレイしているのだから音は出せない。しかし音が重要なこのゲーム、勝つためには音を聴きたい。イヤホンをテレビ画面に接続し、リコリスと和人で片方ずつイヤホンを耳につけた。

「これなら二人で音が聞けるでしょ」

「……そうだな!椛って頭いいのな」

 同時にプレイすることはできないので交互に互いのプレイを見ながら、雑談混じりに遊ぶことにした。

 最後まで生き残ることを狙うこのゲームでの勝敗の付け方は簡単だ。最終順位を比べるのだ。

 運の要素もある程度絡んでくるがリコリスと和人はそれで勝負することにした。

 リコリスは和人のプレイが始まると後ろから静かに観戦しつつ、敵が来そうなところを教えたり戦いやすい場所を度々、さらっとした言葉でアドバイスした。

 その甲斐があったのか無かったのかは分からないが、順位は3位と初回にしては中々悪くなかった。

「惜しかったね~まぁ最後のは場所も悪かったし仕方ないよ。ドンマイドンマイ!」

「そ、そうだよな」

 和人は1位が見えていただけに若干肩を落としていたがそれでも順位は3位。運が悪ければ真っ先にゲームオーバーも見えているこのゲームでの3位なら中々の結果だった。

「次、椛の番」

 和人がぶっきらぼうに渡してきたコントローラーを受け取りゲームの参加画面へ移動した。

 リリースされてから既に何年も経っているゲームだったが、いまだに人気は健在らしい。すぐにゲームは定員に達し開始された。

 椛、いや、リコリスはゲームが始まってからも緊張感を見せず、常に和人に対して雑談やゲームの知識などを話し続けた。

 和人が敵の接近に気づき、教えようとすると既に察知していたらしいリコリスは即座に対処し、ゲームはあっという間に終わってしまった。

 リコリスがチームを引っ張る形で優勝にまで順調に進んでいったのだ。

「す、凄ぇ」

 初めは色々と口を出していた和人も最後の方はリコリスのプレイ技術にすっかり魅入っていた。

 それはただリコリスの上手さによるものだけではない。


 「もみじ」という名前を和人は知っていたのだ。

 最近ネットで話題に上がる個人の凄腕ゲーム配信者の名前が「momiji」だった。

 配信の声から女性だろうと言うことと、プロのスカウトは頑なに受けないということ、配信は不定期で何の仕事をしている人物なのかも不明だということ。さまざまな憶測が飛び交いゲーム配信界では話題になっていたのだ。

 和人はそれを知っているどころか熱烈なファンでもあった。元々ゲームは好きだったが彼女の配信を見て新しくはじめたゲームが幾つもある。

 名前と性別が同じ。

 でも、本名をゲームに使うのか。

 ここで働いているということは孤児院の出身。

 孤児院でゲームの配信など出来るのか。

 様々な考えが和人の頭をよぎった。考えれば考えるほど声まで似ているように思えてきた。和人は好奇心が抑えられなくなった。結果――直接聞いた。

「なぁ……椛って、momijiなのか?」
「はぁ?」

 リコリスは素っ頓狂な声を上げた。

(もみじって、もみじなのか?って何?)

 名前の偽装に気づかれたのかとリコリスは焦ったが和人が即座に訂正した。
「ごめん。えっと椛ってあのゲーム配信者のmomijiだったりするか?アルファベットの」

 そこまで言われてリコリスは質問の意図を理解した。

 正解だ。

 リコリスはゲームが趣味だ。仕事がない時にはたまに配信していることもあった。その配信での名前はmomiji。

 仕事で使う偽名の「秋風 椛」は本名の「楓 秋花」をもじったものでゲームの名前もここから来ている。

 どう答えるか少し迷ったが正解は正解。ちゃんと答えることにした。

「……内緒にしといてね」
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