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青出 風太

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給仕は薄青 13

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――6日目 昼の2――

―ヘキサ―

 休憩が終わり、そろそろ清掃に戻ろうと椅子から立ち上がった時、また別のメイドがやってきた。

「氷室小夜さん、と佐々木由紀さん。熊谷様がお呼びです」

 六花と佐々木は顔を見合わせた。六花だけならまだしも、二人して熊谷に呼ばれる心当たりはない。何かあったのだろうかと六花は身構えた。

「その……お二人にお茶を入れて欲しいと」
「……は?」


 六花と佐々木は連れられるまま熊谷の部屋へとやってきた。前に来た時となんら変わりない。高そうな絵画や皿、壺が棚に並び、大きなテーブルにソファータイプの椅子が4つ。

 主人の熊谷は奥にある大きな木製のデスクに腰掛けていた。

「お二人をお連れしました」
 それだけ言うと六花達を連れてきたメイドは帰って行ってしまった。

「二人ともよく来てくれた。早速なんだけど、今日来るお客さんについては聞いてるかな?」
 佐々木が前に出て答える。
「いえ、私たちは何も聞かされておりませんが……」

 熊谷は咳払いを一つして、話し始めた。

 息子である和人の学校関係者が一人訪ねてくる予定であること。あくまでも和人の学校生活についてが話の中心であるため他のメイド達には来客の詳細を伝えていないこと。相手がつい先程、面会場所を応接室から今いる熊谷の自室にしてほしいと連絡してきたこと。などを簡潔に話した。

 六花は尚更自分が呼ばれた理由がわからなかった。六花は和人に会ったこともなければ、学校の話も聞いたことがない。

 六花があえて立ち会う理由がわからず、不思議そうにしている横で佐々木は緊張している様だった。

(息子さんの学校関係の人……和人さんのって事でしょ?私たちが特に何かする訳でもないだろうし、佐々木さんはなんで緊張してるんだろう)
などと考えていると熊谷は新たにメイドを呼び出し、佐々木に向かって「緊張している様だから先にお茶の出し方を教えてもらいなさい」と言い、部屋から半ば追い出した。

 室内には六花と熊谷の二人が残された。唐突に熊谷はため息をつく。
「はぁ……まぁこんな言い方だし、君に察してくれと言うのは難しいよな」
「いえ、その……」

「今日来るのは脅迫文を送ってきた奴らだ」

 六花に衝撃が走る。脅迫文なんて大それた事をする奴らだ。何をしてもおかしくないとは思っていたがまさか直接乗り込んでくるとは思わなかった。

「私が警察に通報するわけがないと……見透かされているな」
「……て、どうするんですか?リコ……椛さんも呼びますか?」

 熊谷は考えながら言葉を絞り出す。

「いや、相手もこちらを調べているだろう。メイド二人同席させるにしても、新顔2人では怪しまれるかもしれない」
「それで私に……?」

 熊谷は遠慮がちに頷いた。

「根本君から君たち二人のうち戦闘能力に限って言えば君の方が優れていると聞いていてね。……君のような子どもにこんなことを頼むのは情けないが、何かあったときは、お願いしたい」
 六花は万一の時、暴徒と化した来客を取り押さえる役として面会に立ち会うことを察した。

 熊谷は腕につけた時計に目をやる。遠目からだが、六花にも文字盤の高価そうな意匠がはっきりと見えた。

「今が13時半、奴が来るのは14時だ。君と、佐々木君には悪いが同席してもらいたい」
 六花は力強く頷き返す。

「任せてください」

 六花はその後、15分ほどの時間。佐々木と合流し、厨房で給仕を担当する専属のメイドから作法を教え込まれた。

 部屋に戻って自分の装備を回収する時間がなかったため、六花はその時に給仕係の目を盗んでナイフを二本、エプロンの内側に忍ばせた。



 間も無くして休憩室にメイドがやってきた。
「お客様がお見えになりました。」

 六花と佐々木は用意されたティーワゴンを押しながら熊谷の部屋に向かう。
「緊張するね、氷室さん……!」
「そ、そうですね!」
「私お茶を出したことなんてないけど……ずっと給仕係にあこがれていたの……!優雅で気品があって、余裕のある大人って感じ!」

 佐々木はどこかキラキラとした目をしながら語る。

「上手くできるかどうかわからないけど。一緒に教わった通り、頑張ろうね!」

 緊張した様子を見せながらも。佐々木は張り切っている。

(まぁ私は別の意味で緊張してるけどね……)
裏ではそんなことを考えながら、笑顔で佐々木に「一緒に頑張りましょう」と返す。

 六花は来客の正体が脅迫状の送り主である事を知っている。

 暴れ出しでもしたら取り押さえる必要があるため、急ごしらえだが武器も用意した。敵は直前に場所を変えるくらいだ、一人で来ると言っていたらしいが、邸宅についてみたら増えていた、なんてことになってもおかしくない。

 ただ給仕係として同席する佐々木よりも内心緊張していた。それにまだ六花には迷いがある。こんな状態で戦えるのか、それも心配だった。

 依頼主の前だったことや和人に会ったこともない六花が呼ばれたことから、熊谷に六花以外に頼れる人物がいないことに察しがついた。だからこそ安心して任せてもらえるように力強く返事をした。

 六花も仕事に私情を持ち込むべきではないことは分かっている。戦うからには負けることは許されていないし、負けるつもりもない。だが、六花が戦ってきた中で迷いを抱えたままで戦うというのは初めてのことだ。

 六花にもそれがどれだけ仕事に影響を及ぼすか分からなかった。


 佐々木がドアをノックする。
「熊谷様!お茶をお持ちいたしました」


 部屋の中には熊谷と、ツーブロックの男がいた。スーツにネクタイ姿だったが、六花にはとても教員に見えなかった。

 そもそも六花は学校に通っていなかったため教員をさほど知らない。仕事で遭遇した細機や高村程度の認識だ。しかし、この男はそのどちらとも似つかない。男の笑みからは威圧的な雰囲気を無理やり押し殺したような印象を受けた。

 六花と佐々木はお茶を二人分淹れ、熊谷の背後の壁端に待機する。

 ツーブロックの男は何か言いたそうな目で六花と佐々木を交互に見ていたが結局は何も言わず、熊谷に向かって話し始めた。

「以前にお話しした件はどうなりましたか?」

「和人ですか……?」

「はい。あれから結構な時間が経っているのですが、なかなか改善が見られないようなので」

「ええ、ええ。わかっていますよ。私の方で話はしているのですが……難しいものですね」

 熊谷は冷や汗をかきながら平静を装って対応する。

 六花はその形式だけの面会の最中、男を観察する。
(左右の肩、右に比べて左が少し下がってる。何か仕込んでるならそっちか。ならあとは利き手。……多分右)

 男は左腕に時計を付けており、右手で淹れたお茶を飲んだ。六花はそうした些細な所作から利き手を想像した。

 佐々木が六花に耳打ちする。
「和人様、学校でなにかしちゃったんでしょうか?」
 六花は男から目を離さないようにしつつ、佐々木に答える。
「私はその……何も聞かされていないので、なんとも」

 そのまま男は熊谷に対して探りを入れたり、急かすような態度で話し続けた。

「熊谷さんも、お忙しいとは思いますが今一度きちんとお時間を取って和人様のこと、ご自身のこと、どうされるのがよろしいのか考えるべきだと思いますがね」
 最後に男はそう言って面会は終了した。

 六花は終始男の挙動に気を配っていたため、体感ではもっと長かったが時間にして一時間程度だった。

 男が席を立つのを見て熊谷は六花と佐々木に呼びかける。

「氷室さん、佐々木さんお客様をお送りして」
「「かしこまりました」」

 六花は男が車に乗り込み、庭園の出入り口とも言える門を出るその時まで気が休まらなかった。
 同時に佐々木の目の前でナイフの出番がなかったことに安堵してもいた。
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