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青出 風太

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File2

給仕は薄青 15

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―ヘキサ―

 月明かりがうっすらと入る室内にはベッドと大きめの衣装棚があり、窓枠には大小様々な花瓶に花が生けられていた。

 六花が男を引きずって入った部屋は客室の一つだったらしい。伸びた男をベッドに寄りかからせてから鍵を閉め、部屋の中を物色する。

(これで十分かな)

 衣装棚から見つけたタオルで男を拘束したのちに六花は花瓶の一つを手に取った。生けられていた花は別の花瓶に移す。

 拘束した男の正面に立ち、花瓶の中の水を男に浴びせる。男はもがく様にして意識を取り戻した。

「やめっ!やめろ!」
「起きなかったらどうしようかと思ったよ」

 男は肩で息をしていた。

「仲間は?何が目的?」

 六花がそう問い詰めるが、男はシラを切るばかり。その様子を見た六花は躊躇なく男の腹部に蹴りを入れた。

 そのまま5、6発腹部に入れてやると男は息も絶え絶えに慌てて話し始めた。

 男の顔は明らかに尋常ではなかった。自分が何も喋らなければいきなり蹴りを入れ始めたように躊躇いもなしに殺されるとすら思ったかもしれない。

 観念して話すと言ってからも六花が蹴りを入れ続けたのも原因だろう。

「……五人だ。俺を入れて五人、入ってる」

「そいつらは今どこ」

「へへっもうお前の雇い主死んでるかもな……」

(熊谷さんの所に?)

 散々忠告を入れたが、熊谷は資金援助を止めなかった。だから実力行使に出たのだと男は続ける。

 六花達は熊谷の息子の護衛を頼まれていたが、依頼主が危険に晒されていると知って六花はそれを見過ごすことができなかった。

 必要な情報は聞いたと判断し、男を殴って気絶させ、タオルで作った猿轡で口を塞いだ。

 すばやくメイド服を脱ぎ捨て、いつものパーカーにマフラーの仕事着姿で部屋の外に飛び出した。幸い戦闘のあった場所から熊谷の自室まではさほど離れていない方だ。

 無線でリコリスに「二人か三人ほどそちらに向かっているかもしれません」と伝えたが応答はなかった。一抹の不安はあったが、熊谷の方の危機も見過ごせない。

 廊下を全力で駆ける。


 六花が熊谷の自屋に着くと中から話し声が聞こえてきた。何やら言い争っているらしい。一つは熊谷の声、もう一つは聞き覚えのある男の声だった。

 部屋の中に他の人物の声も息遣いも聞こえなかった。

(一人なら不意を突けば問題なく抑え込める……はず。多分あいつだ)

 熊谷がまだ生きていたことに安堵しながら装飾の施された木製の扉を勢いよく開け部屋に押し入る。部屋の中には男が二人。一人は依頼主の熊谷。もう一人は昼間に会ったツーブロックだった。

 突然の侵入者に動揺して動きが止まったその瞬間、六花はツーブロックの男に距離を詰める。

(小刀!)

 男の手に月明かりを反射して光る小刀が握られていた。六花はブーツで男の手を蹴り上げ、小刀を弾き飛ばす。

「大丈夫ですか!?熊谷さん!」
 言いつつ熊谷と男の間に割って入る。

「あ、あぁなんとか!……君、もしかして氷室さん……?」

 掴みかかってきた男の攻撃を躱し、カウンターを入れつつ答える。
「そうです!氷室です!危険なので下がっていてください!」

「随分と余裕だな。えぇ氷室ちゃん?昼に見た時から変な感じがしてたんだよ。メイドでもねぇし警備員でもねぇ。変な奴がこの屋敷にいるってな」

「さっきはメイドって言われて襲われたんだけどね……!」
 男の繰り出す拳を半身になって躱し、時に払い落して反撃する。

 熊谷の自室には低いテーブルや革製の椅子など障害物がいくつもあった。しかし六花にはそんなこと、些細な問題でしかない。

 男のハイキックに合わせて六花は床に手をついて側転し、キックを避けながら伸ばした足で男の頭に蹴りを入れる。男は蹴りを食らい、背後にあった棚にもたれかかって崩れ落ちた。

 棚の上にあったいくつもの壺や皿がバリンバリンと甲高い音を立てながら落ちる。

「私の壺が!」
「す、すみません?」
「くそッうるせぇぞ!お前ら!」

 男は頭から血を流していたがまだ元気らしかった。割れた壺の破片を手にしたのが見えた。

(他にもいるみたいだし早く片付けないと)

「じゃあ……貴方は黙ってて」

 六花は右手でスカートの中から左足に着けた特注のナイフを抜き出した。ナイフは月明かりを受けてなお、形が判別しにくいほど光を返さない。六花のそれは文字通りの暗器である。

「お?こりゃいよいよただの嬢ちゃんじゃねぇな。」
「……」

 男は虚勢を張っているのか、未だ余裕を見せる。六花はナイフを構え、目を細めて相手の隙を窺う。

「刃傷沙汰は困るよ!?」
 熊谷が叫ぶ。

「気を付けます」
「ごちゃごちゃうるせぇ!」

 六花は掴みかかってきた男の脇をすり抜けて容易く背後を取った。男が振り向いた瞬間に合わせて肉薄し六花はナイフに殺気を込める。

 男が六花を視界にとらえるべく振り向くその時にはすでに六花はナイフを突き立てる予備動作に入っている。男の視線はすぐさま殺気の塊と化した六花の右手に握られたナイフに、視界の左下端に集められた。

 これを全神経を集中させてでも防がなければ確実な死が待っている。そう男は思ったはずだ。

 六花は尋常ではない殺気と最小かつ最速の動きでナイフを避けられない『詰み』の状況を作り上げ男を追い詰めた。

「――くッ!」

 直後、男はナイフを警戒していたのと真逆。右側からの鋭い衝撃を受け床に倒れ伏した。


 六花は今の戦いの最中、殺気を込めたナイフで男の視線を視界の左側に集めた。極度の緊張と『これを食らえば自分は死ぬ』という本能的な恐怖から、それに対処できるか否かに関係なく対象の視線は殺気の源へ向かう。

 そうなれば自ずと視線の集まった方向の反対側は意識の外へ外れる。六花はその隙を見逃さない。

 意図的に作り出した敵の意識の外へ即座に攻撃を叩き込む。今回はナイフを突き立てるために腕を引いた動きをそのまま使って体を捻り、後ろ回し蹴りを男の側頭部に入れた。

 こうして六花は不可避の攻撃を生み出したのだ。

 この戦い方を考案したのは六花の師匠であるオクタだ。オクタは様々な死線を潜り抜ける中でこの戦闘法を生み出した。この戦闘法の最大の利点は今来ると予測していたとしても、避けることは難しいところにある。本能に訴えかけられる死の気配をはねのける必要があるからだ。

 六花は幼少期からオクタの教育を受ける中でこの戦闘法を何度も見て、殺気を浴び、食らうことで身に着けた。

 戦闘よりも暗殺が主な仕事である六花は裏仕事を始めてから戦闘にもつれ込む機会は少なく、あまりこの戦闘法を用いる機会はなかった。しかし、戦闘を早期に決着させたい場合には必殺の技として役立てていた。


 男は泡を吹いて膝から崩れ落ちた。すぐさま六花は熊谷に駆け寄る。

「熊谷さん、怪我は!?」

 熊谷は唖然としていた。どこからどう見ても中学生かそこらの少女が途轍もない殺気を放ったかと思えば、見たこともないような早業でヤクザを蹴り倒したのだ。無理もない。

「……はっ。あぁ私は大丈夫だ」

「よかった」

 六花は胸をなでおろした。しかし廊下で倒した男の言うことが正しければヤクザのようなガラの悪い連中がまだ三人いるはずだ。

「熊谷さんこの男以外は?ここには来てませんか!?」
「あぁここに来たのはこいつ一人だ」

「じゃあ、もしかして―」
「―和人のところに!?」
(息子とリコリスの方に3人も!)

 リコリスは組織に教育された工作員だが、戦闘主体の所謂戦闘員ではない。さらに3対1の可能性を考えると不利では済まない。

「すぐ行かないと!」
六花は崩れ落ちた男を縛りあげると熊谷にすぐ警備を呼ぶよう伝えて部屋を飛び出した。
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