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青出 風太

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給仕は薄青 24

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―オクタ―

 中西明宏との一方的な交渉を終えた六花達は依頼人である熊谷の邸宅へと向かっていた。

 雲一つない快晴の中、差し込む日差しをうっとおしいと感じながらオクタは車を走らせる。

 ライースは何かいい曲がないかとカーステレオをいじっていた。何局か回したところで流行りの曲が耳に入ったらしく、ヘッドレストに頭をもたげて曲を楽しみ始めた。

 オクタはバックミラーで後ろに座る六花の様子を確認した。

 六花は何かとライースに反発する。理由はライースの言葉が足りないからだとオクタは常々考えている。

 六花を育てたオクタも多くを語る人間ではないが、それとは違う意味でライースは言葉が足りない。

 ライースはたとえ仕事のことであっても、自身の考え通りに事を進めることができれば、一工作員にすべてを話す必要はないと考えているのだ。故に、今回も察しの悪い六花に予め反AI派の議員が裏で糸を引いていることや結月会の構成員が攻めてくるであろうことを伝えなかった。

 ライースは話好きでお喋りな奴だが、重要なことはあまり話さない。後になって裏でこういうことをしていましたと言い出すこともこれが初めてじゃない。

 そういった策略家を気取っているくせに、いちいち癇に障る言い方で人を小馬鹿にしたような態度をとっているところが六花は気に入っていないようだった。

 だから今回もこの曲が好みじゃないといって六花は口を尖らせているのではないかとオクタは考えたが違った。

 六花は後部座席でうつらうつらと船を漕いでいた。連日深夜帯に巡回をし、今日に至ってはそこからさらに戦闘が重なったのだ。疲労していても無理はない。

「六花、起きてるか?」
「は、はい!大丈夫です」

 オクタは居眠りしそうな六花を叱ろうとしたのではなく、寧ろその逆だった。

 時折頭を振るってなんとか眠気に耐えている六花を見て、オクタは到着まで寝ていても良いと伝えた。

 今日は休日だが、朝早くからレジャー施設やショッピングモールなどへ向かう車で道路は溢れていて、車の進みがあまり良くない。急いで運転をしても到着時間はさほど変わらない。

 今回の事件に関わっていると思しき結月会、黒幕の中西は既に無力化している。今すぐに攻撃を仕掛けてくる勢力もいないはずだ。

 ならば少しくらい休んでいても良いだろうと考え、オクタはそう言った。

 六花も初めのうちこそ「大丈夫です」と言って起きていたが、やはり疲れが溜まっていたらしく数分後には静かに寝息を立てていた。

「オクタは優しいですね。一体いつからそんな人間になったんです?」

 ライースはオクタを揶揄うように笑った。

「俺は変わってないさ」

 オクタは表情を変えずに答える。直後、バックミラーに視線を移し、後ろで六花が寝ていることを確認するとポツリポツリと話し始めた。

「今回の仕事……最終的な標的はAI推進派の議員中西だった。そして依頼人は反AI派の後ろ盾とも言える資産家だ」

 オクタとライースの間に沈黙が流れた。

「……「上」ってのは反AI派の議員か?」

 オクタ達工作員はAIの普及、進出を人の手から離れた「暴走」と捉え、それらを阻止すべく行動を起こしてきた。その「暴走」が六花達のような孤児を生み出すと考えていたからだ。

 彼等に指示を出す「上」も当然AIの暴走を脅威だと考えているはずだ。しかし、「上」は秘密主義の気質が強く、その正体について知る術を司令部以外のオクタを始めとする工作員達は持ち合わせてなかった。

 そんな「上」だったが、今回の一件では入念な事前の準備を行うことが出来なかったため、その秘密の一端が露呈したようにオクタには思えた。

「……この仕事を続けて行く上で不必要な詮索は身を滅ぼしますよ。オクタ。貴方だってそれは嫌でしょう?」

 ライースは眉を顰める。

「それを聞いて俺の推測があながち的外れでも無さそうだって事はわかったよ」

「……ほどほどにしておいてください。ホリーが死んで21番と23番が空席の状態なんです。今貴方まで失う訳にはいかないので」

 オクタはそれ以上何も言う事はなかった。



―リコリス―

「二人とも、良くやってくれた。和人に大事がなかったのは君たちのおかげだ」

 リエールとリコリスは和人を無事に連れ戻し、メイド達に迎えられたが、すぐに熊谷の部屋へと呼び出されていた。

 熊谷は割れた壺を一瞥して二の句を発した。

「君たちに任せて正解だったようだな」

「ありがとうございます。根本が不在で申し訳ありません」
 リエールは堂々とした態度で頭を下げ、面と向かって熊谷と会話を続けた。

「いや、良い。結果として和人が無事ならな。そういえばあのお嬢さん、氷室と言ったかな?あの子はどうした?」

 リエールは六花が何かしてしまったのではないかと焦ったが、冷静に応える。

「彼女は今根本と一緒に本件の首謀者の所へ赴いている頃かと存じますが、何か問題でもございましたか?」

 熊谷はまた視線を棚へと向けたが、それについて言及することはなかった。

「彼女には助けられたからな。直接礼でもと思っていたんだが、もうここへは来ないかね」

 リエールは内心安心していた。

「いえ、荷物は残っているので回収に来るでしょう。メイド仲間にもお別れは告げたいでしょうし」

「ならその時はキミも同席してくれ。一人で呼び出しなんぞくらったら驚いてしまうだろうからな」

 熊谷は笑っていたが、六花なら確かに緊張してしまうだろうなとリコリスは思った。



 熊谷への報告を終え、二人は部屋を出た。この後はラーレの待つ来客用の大部屋でライースたちの帰りを一緒に待つだけだ。

 だだっ広い廊下を歩きながらリコリスはリエールに声をかける。

「あのさ、ライースとはどうなの?」

「……どうって急に何の話ですか」

 リコリスの不意の質問にリエールは表情も変えずに応じた。

「いや、昔はね?女の人はクリスマスケーキに喩えられてたらしいんだよね。リエールって丁度そのくらいかな~って思ってね?」

 リコリスは節操なくリエールをジロジロと見回した。スーツ姿のせいでリエールは大分大人の女性に見えていたが、年齢は恐らく二十代半ばくらいだろう。

 まだ十代のリコリスからすればスーツを着こなし、堂々と仕事を遂行するリエールはとてつもなく「大人」だった。

「そう言う事ですか。そう言う事でしたら何もありませんよ」

「意外~。お互い好きあってるのかと思ってたよ」

 工作員は幼い頃に児童養護施設から組織に引き取られて来る。生みの親との記憶がある六花やリコリスはどちらかと言えば少数派だ。育ての親である「先生」に好意を持つことは不思議な事ではない。

 リコリスにとっての「先生」は女性であったため、そこまで考えたことはなかったが、六花とオクタの関係を見て「いいな」と思ったことはあった。リエールも自分の「先生」にとってはそういう感情を持つのだろうとリコリスは勝手に思っていた。

「あの人いちいち言い方がカチンと来るけど、仕事は出来るっぽいから、急がないと外でいい人見つけちゃうかもよ~」

 リコリスがイタズラっぽく言うとリエールは冷静に反論した。

「我々の仕事を忘れていませんか?こんな事やってて外でパートナーを見つけるなんてあるはずがないでしょう、全く」

「……それもそっか~」

 リコリスはテキトーに揶揄ってみたが綺麗に避けられた事で諦めて話題を変えた。

「ていうか、私と六花ちゃんはいつまでここに居られるの?」

「……ライースからの報告待ちになりますが、あちらの交渉が上手くいけばこのまま引き上げる事になるかと思いますが」

 リコリスはそれを聞いて慌てた。

「和人君になんて言おうかな……」

「ずいぶん仲良くなられていたみたいですからね。ちゃんとお別れはしてきた方がいいでしょう。今は何かあれば私もラーレもいます。探してきてはいかがですか?」

 リコリスはその言葉を聞くと、リエールに頭を下げて走り去っていった。
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