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青出 風太

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File 3

薄青の散る 6

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―ヘキサ―

「――4名の日下部様ですね。当ホテルをご利用いただきありがとうございます」

 ホテルのエントランスは六花の想像していたよりもずっと広かった。

 フロントのカウンター以外にはエントランスの中央に円柱状の水槽が三つ、小さな子どもを遊ばせておくためのスペースやL字型のソファー、大きなシャチのモニュメントなどが設置されていた。

 それだけのインテリアがありながら息の詰まるような印象はなく、むしろ広々としているように感じられる。


 六花たちを招集したライースはまだ来ていないらしく、仕事の説明は夜の22時から彼の予約している大部屋で行われることになっていた。

 彼が来るまでの時間。つまり、昼間は各自自由にしていて良いということだった。六花は流されて水着を買ったがどうせ着て遊ぶような時間はないだろうと考えており、意外に思っていた。



 オクタと六花の二人はカウンターでチーム4人分のチェックインを済ませることにした。

 今回の仕事では六花のチームには「日下部」という名前が与えられている。六花たちに仕事が回ってきたときにはすでに父、兄、姉、妹の4人家族としてすでに二つの部屋が予約されている。

 チェックインのための軽い処理を済ませると、フロントのスタッフは流れるようにこのホテルや周辺にある施設、海水浴場やホテルのプールの利用方法をはじめ、大浴場や夕食の時間について説明した。

「何かご不明な点がございましたら、お部屋に備え付けられている固定電話からエントランスまでお電話をお願い致します」

 スタッフは最後にそう言うと鍵をオクタと六花に一つずつ手渡した。一つがオクタとラーレ、もう一つが六花とリコリスの分で男女で分かれることになっている。

「ありがとうございます」

 六花が軽く会釈をしながら鍵を受け取るとタイミングを見計らっていたかのようにリコリスが後ろから抱きついてきた。

「っ!?危ないからやめてくださいよ」

 そんな六花の苦言は興奮気味のリコリスには届かなかった。

「あっちの奥の方にお土産屋さんとゲームコーナーがあったの!やっぱりホテルのゲームコーナーはレトロ感があってテンション上がっちゃうね~!早く六花ちゃんも行こうよ」

「海はどうするんですか……まだ荷物だって置いてないのに」

 六花が助け舟を求めてオクタの方へと視線を向けると苦笑いが帰ってきた。

「俺らは先行ってるから、少し遊んできたらどうだ?集合する部屋についてはスマホに送っておく。22時に来てくれれば良いさ」

 オクタの言葉を聞いて六花はやれやれとキャリーケースを片手にリコリスを追ってゲームコーナーに向かった。



 ゲームコーナーでリコリスが満足するまで1時間ほど遊んだのち、六花とリコリスは自分たちの泊まる部屋にやってきた。

 このホテルは各部屋に番号と生き物の名前が割り振られている少し変わった管理体制を取っている。

 6階は鳥の階らしく、部屋のドア横には木製のネームプレートに漢字で鳥の名前が彫られていた。

 エレベーターの中には各階の大まかな分類が記載されたボードがあり、それによると魚や動物の名前が振られている階もあるらしい。

 六花は珍しいなと思いながらネームプレートに目をやるとクイズ番組で見たことのあるものばかりであることに気づき、読めなかった部屋は片手で数えられるほど少なかった。

 先に六花たちの泊まる部屋の前についたリコリスは扉の前で頭を傾げていた。

「金…糸?最後は雀だよね。何これ、きんしじゃく?」

 リコリスがスマホを取り出した瞬間、すかさず六花が答える。

「カナリアですよ。あの黄色くて小さい」

「へ~それもクイズで?」

 関心したようにリコリスが言う。

「まぁ……」

 六花は照れくさそうに返し、フロントで貰った鍵を使った。

 部屋に入るとそこは小さな玄関のようになっており靴を脱いで上がる作りになっていた。

 六花はスニーカーを脱ぎ、部屋の奥まで進んでいく。荷物を小さなテーブルの横に置くと、以前オクタに教えられたとおりにテレビの裏やクローゼットの中、天井、トイレ、鏡、掛かってる絵画の裏など、隅々を確認して回った。

 カメラや盗聴器を警戒しているのだ。

 六花がカメラや盗聴器の類がないことを一通り確認して戻ると、そんなことは知らんと言わんばかりにリコリスは整えられたベッドに見事なダイブを決めていた。

「もうここでゴロゴロしてようよ~22時まで寝てんのもそれはそれで悪くないかもよ?」

「……」

 六花のジト目に気付いた後もリコリスはケロッとした様子だった。

「もう確認は終わったの?」

「問題ありません」

 六花は床に座り込み、キャリーケースを開ける。中にはナイフやワイヤー。仕込みナイフのついたブーツをはじめとした仕事道具が収められている。どこから見ても旅行客の荷物ではない。

「私も開けとくか~」

 リコリスはだるそうに体を起こし、ケースを開けた。中からはパソコン、拳銃、水着の他に六花の見慣れない服が入っていた。

「こんな服持ってましたっけ?」

 六花の問いにリコリスが答える。

「この前通販で見てさ。仕事用の服に改造してもらったら可愛いかと思って頼んでおいたんだよ。間に合ってよかったね!」

 改造軍服のようなデザインの服で短めのスカートだったがベルトやアクセサリーがジャラジャラと付いていて動きにくそうに見えた。

「これ、音も凄そうですけど……ちゃんと動けるんですか?」

「可愛さ重視したらこんなことに……まぁマルベリさんも止めなかったし大丈夫っしょ!そもそも私って前線あまり行かないし」

 お気楽なリコリスを見て呆れていた六花だったが、服は素直に可愛いと思った。

 部屋の時計に目をやると時刻は14時前。リコリスにそう伝えると慌てた様子で早く海に行こうと言い出した。

(もっと余裕持って動けば良かったのに)

「早くしなきゃ!海水浴場は人気高いから更衣室埋まっちゃう!!」



 リコリスの危惧した通り海水浴場に建てられた更衣室は埋まってしまっていた。到着した頃は人がいると言っても写真ほどではないなと六花は感じていたのだが、昼を過ぎたあたりから増え続けているらしい。更衣室には列ができていた。

「あちゃー入るの時間かかりそうかな」

「言わんこっちゃない……」

 六花は海に入りたいわけではない。ただ予定を立てたのならその通りに動きたかっただけだ。予定にないゲームコーナー巡りが響いていることは明らかだった。

「部屋に戻りますか?」

「……いやいや!プールのほうに行く!せっかく水着持ってきたんだから着ないと損じゃん!」

 リコリスはすぐに気持ちを切り替え六花の手を引いてプールのある方へと駆け出した。

「ちょっと!急に走って転ばないでくださいよ!?」

「心配してくれるなんて優しいね~」

 あははとリコリスは笑いながら走っていたが六花の一言で我に帰った。

「今転ばれたら私も巻き込まれるんですよ」

「冷静だね……」



 ホテルに設置されているプールは夜間にはナイトプールとしても利用されているものらしく、相当な広さがあった。

 プールは海よりも一階分高いところに造られており、海やそこで遊ぶ人々を眺めることができる。広さの割に人の数はそこまで多くない。皆、眼下に広がる海に夢中のようだ。

 このプールの本領発揮は夜なのだろう。

「こっち来て正解っぽいね。人少ないから泳ぎ放題じゃん!」

「さっさと着替えましょうか。更衣室は……あっちですね」



 六花は傷を隠すため、周囲にリコリスを除いて人の目がない事を気にしながら着替える。

 タオルやロッカーで体が隠れるようにして警戒していたものの、着替えをしていた数分間、更衣室を訪れる客はいなかった。

 持ってきた水着自体は試着時に一度着ただけだったが、特に難しい作りをしているわけでもない。メイド服に比べたらすんなりと着ることが出来た。

試着した時から傷が見えないことは確認していたが、やはり着てみるとデザインも悪くないように思えてきた。

 日頃から食事制限にトレーニングを重ねている六花の身体は見る人が見れば無駄のない完璧な状態であることが分かるだろう。

「六花ちゃん終わった~?」

「はい。どうしました?」

 ロッカーに荷物をしまいながら六花は返事をする。

「後ろの紐結んでほしくてさ~」

「はいはい、今行きますよ」



 このプールは昼間の内は海水を引いているようだ。六花とリコリスはプールサイドに立った瞬間、想像以上の塩っぽさに驚いた。

「これ、シャワーでちゃんと流さないとカピカピになりそうだね」

「ですね……服は水着なので濡れてもそこまで嫌な感じはしないでしょうけど」

 2人はしばらくの間、水をかけあったり泳いだりして海水のプールを満喫した。

 リコリスが海を見下ろして不意に呟く。

「こんな楽しげなとこになんで私たちみたいのが呼ばれちゃったんかね~」

 六花はそう言われ、リコリスにならうように海水浴を楽しむ人々に視線を向けた。家族連れやカップルも多くいる。確かにリコリスの言うようにここは仄暗い仕事をするような場所ではない。

「政府のお偉いさんがお忍びできてるとか?それとも外国から来たような優秀なエンジニアさんとか?」

 頭の後ろで手を組みながらリコリスは背中で浮く。暗い話をするような姿勢ではないが、彼女たちにとってはそれは日常会話の一つにでしかない。

「なんにせよ物騒なことに変わりはないですよ。どんな作戦かは知りませんけど、1人でも被害に遭う人を減らす事を考えましょう」

 六花はその目に映る人々の笑顔を目に焼き付けていた。
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