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薄青の散る 29
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―ヘキサ―
歪む視界。よろける身体に鞭を打ち、六花は立ち上がった。手にはまだ一本のナイフが握られている。もう一本は蹴られた時に落としてしまったようだ。青い刃のナイフが遠くに転がっているのが見える。
腹部に受けた蹴りは当たり所が悪く、まだジンと痛む。六花は必死に、敵の姿を睨みながらも、今の自分の状況を冷静かつ客観的に分析する。
(痛みがなかなか退かない。今出せるのは良くて普段の7割くらい?さっきの蹴りを食らったときに、ナイフを一本落とした……。ワイヤーは一本がダメ。残ってるのは……)
ベルトのワイヤーが一本。ブーツ爪先のナイフが二本。袖のナイフが二本。いつも使っているナイフが一本。
爪先のナイフは奇襲用で使う機会は少なかったが、使えば確実に状況を持っていけるほどの効果がある武装だった。それを使う前に言い当てられたのは六花にとって初めての経験だ。
袖のナイフも用途に大差はない。超至近距離での攻防に役立つ武装だが、それを初見で躱されたとなればもう当たらないだろう。なにせ彼女は銃を持っている。接近戦に付き合う必要はないのだ。
ワイヤーは一本しか残っておらず、二本でも逃走に苦心したというの一本で何ができるというのだ。
――絶望的。六花の脳裏に“死”が浮かぶ。
頭を振ってバカげた考えを振り払おうとするも、現状生存確率は限りなく低い。そんなことは学のない六花にも瞬時に計算できる。
複数人。おそらく二十人弱ほどの人間の雪崩れ込むような足音が六花たちに向かって近づいてきた。
増援に気を取られ、彼女が目を離したその一瞬の隙をついてワイヤーを伸ばし離脱を図る。
しかし、彼女の凄まじい精密射撃によりワイヤーが撃ち抜かれた。宙に浮いた六花の身体は支えをなくし音を立てて床に墜落する。
「ごめんね?ここじゃ飛べないわよ?」
「ッ……!」
六花は床に伏したまま彼女を睨みつける。
到着した警備員たちは二人を取り囲むように円形に展開した。皆警棒や刺股で武装している。円には六花が逃げる隙すらない。完全な鳥籠だった。
「……ここまで、かな」
力なく立ち上がる。
――六花は逃げ損ねた。
「あら、もう飛ばないの?鋼鉄の羽は在庫切れしちゃった?それは申し訳ないことをしたかしらね~~」
彼女はまたもニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。飛ぼうとしても彼女の言う通りもうワイヤーはない。
仮にあったとしてもこれだけの敵に囲まれ、彼女の目と銃まであるとなれば六花が逃げるのは不可能だ。
彼女はそれをわかっていて言っているのだ。笑みにゾクりとしながらも、六花は最後の力を振り絞って言い返す。
「いや、m.a.p.l.e.が逃げる時間くらいは稼がせてもらうよ」
「は?メイプル?」
「――六花サン!」
耳につけたイヤホンから幼い女の子のような声が聞こえる。
(特別好きって訳でもなかったけど、声を聴くのもこれで最後か)
六花は不思議と冷静だった。
「m.a.p.l.e.ならまだ逃げられるでしょ、リコリスに状況を伝えて。私はいいから」
「ソンナ……!」
この期に及んでグズるm.a.p.l.e.に六花は怒鳴る。
「早く行きなさい!!彼女が『工作員殺し』の可能性があります!」
ライースが言っていたホリーとカメリアを殺した輩。組織の工作員をつけ狙っている殺しのプロ。
(師匠と彼女の間にどんな因縁があるのかは分からない。けど、あの強さなら……)
六花は彼女との戦いの中で、彼女の強さを知った。組織で上位の強さを持つ六花以上の強者であることは疑いようもない。
問題なく、二人を殺せただろう。
m.a.p.l.e.が六花のスマホから情報をまとめて出るまで5秒とかからない。反抗的な言動こそすれど、m.a.p.l.e.は人間の言うことに必ず従うよう設計されている。
六花が強く言えばm.a.p.l.e.が何を考えていようが、システムは作動する。
六花はスカートのポケットからスマホを取り出した。
「待ッテ!六花サン!」
「六――」
最後にリコリスの声が聞こえたような気がした。取り出した勢いをそのままにスマホを床に叩きつけ、間髪入れず床に転がるスマホ目掛けて袖口のナイフを射出した。
画面にヒビが広がり、先ほどまで付いていた光は二度と付くことはなかった。
(これでデータの復元は出来ない……はず)
データを抜かれる心配はなくなった。六花と組織を結びつけるものもスマホの通信という知ってしまえば、か細く心もとないものだけだ。
(もう私がミスしても組織に迷惑をかけるものはなくなった。あとは私の命が……)
そこまで考えてから、六花は続きを考えられなくなった。震える身体を制し、彼女に向かって啖呵を切る。
「……で、私を殺すの?組織について私は――」
「――そういうのは要らないわ」
六花は視線をあげた瞬間、目にも止まらぬ早業で一瞬のうちに意識を奪われた。
歪む視界。よろける身体に鞭を打ち、六花は立ち上がった。手にはまだ一本のナイフが握られている。もう一本は蹴られた時に落としてしまったようだ。青い刃のナイフが遠くに転がっているのが見える。
腹部に受けた蹴りは当たり所が悪く、まだジンと痛む。六花は必死に、敵の姿を睨みながらも、今の自分の状況を冷静かつ客観的に分析する。
(痛みがなかなか退かない。今出せるのは良くて普段の7割くらい?さっきの蹴りを食らったときに、ナイフを一本落とした……。ワイヤーは一本がダメ。残ってるのは……)
ベルトのワイヤーが一本。ブーツ爪先のナイフが二本。袖のナイフが二本。いつも使っているナイフが一本。
爪先のナイフは奇襲用で使う機会は少なかったが、使えば確実に状況を持っていけるほどの効果がある武装だった。それを使う前に言い当てられたのは六花にとって初めての経験だ。
袖のナイフも用途に大差はない。超至近距離での攻防に役立つ武装だが、それを初見で躱されたとなればもう当たらないだろう。なにせ彼女は銃を持っている。接近戦に付き合う必要はないのだ。
ワイヤーは一本しか残っておらず、二本でも逃走に苦心したというの一本で何ができるというのだ。
――絶望的。六花の脳裏に“死”が浮かぶ。
頭を振ってバカげた考えを振り払おうとするも、現状生存確率は限りなく低い。そんなことは学のない六花にも瞬時に計算できる。
複数人。おそらく二十人弱ほどの人間の雪崩れ込むような足音が六花たちに向かって近づいてきた。
増援に気を取られ、彼女が目を離したその一瞬の隙をついてワイヤーを伸ばし離脱を図る。
しかし、彼女の凄まじい精密射撃によりワイヤーが撃ち抜かれた。宙に浮いた六花の身体は支えをなくし音を立てて床に墜落する。
「ごめんね?ここじゃ飛べないわよ?」
「ッ……!」
六花は床に伏したまま彼女を睨みつける。
到着した警備員たちは二人を取り囲むように円形に展開した。皆警棒や刺股で武装している。円には六花が逃げる隙すらない。完全な鳥籠だった。
「……ここまで、かな」
力なく立ち上がる。
――六花は逃げ損ねた。
「あら、もう飛ばないの?鋼鉄の羽は在庫切れしちゃった?それは申し訳ないことをしたかしらね~~」
彼女はまたもニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。飛ぼうとしても彼女の言う通りもうワイヤーはない。
仮にあったとしてもこれだけの敵に囲まれ、彼女の目と銃まであるとなれば六花が逃げるのは不可能だ。
彼女はそれをわかっていて言っているのだ。笑みにゾクりとしながらも、六花は最後の力を振り絞って言い返す。
「いや、m.a.p.l.e.が逃げる時間くらいは稼がせてもらうよ」
「は?メイプル?」
「――六花サン!」
耳につけたイヤホンから幼い女の子のような声が聞こえる。
(特別好きって訳でもなかったけど、声を聴くのもこれで最後か)
六花は不思議と冷静だった。
「m.a.p.l.e.ならまだ逃げられるでしょ、リコリスに状況を伝えて。私はいいから」
「ソンナ……!」
この期に及んでグズるm.a.p.l.e.に六花は怒鳴る。
「早く行きなさい!!彼女が『工作員殺し』の可能性があります!」
ライースが言っていたホリーとカメリアを殺した輩。組織の工作員をつけ狙っている殺しのプロ。
(師匠と彼女の間にどんな因縁があるのかは分からない。けど、あの強さなら……)
六花は彼女との戦いの中で、彼女の強さを知った。組織で上位の強さを持つ六花以上の強者であることは疑いようもない。
問題なく、二人を殺せただろう。
m.a.p.l.e.が六花のスマホから情報をまとめて出るまで5秒とかからない。反抗的な言動こそすれど、m.a.p.l.e.は人間の言うことに必ず従うよう設計されている。
六花が強く言えばm.a.p.l.e.が何を考えていようが、システムは作動する。
六花はスカートのポケットからスマホを取り出した。
「待ッテ!六花サン!」
「六――」
最後にリコリスの声が聞こえたような気がした。取り出した勢いをそのままにスマホを床に叩きつけ、間髪入れず床に転がるスマホ目掛けて袖口のナイフを射出した。
画面にヒビが広がり、先ほどまで付いていた光は二度と付くことはなかった。
(これでデータの復元は出来ない……はず)
データを抜かれる心配はなくなった。六花と組織を結びつけるものもスマホの通信という知ってしまえば、か細く心もとないものだけだ。
(もう私がミスしても組織に迷惑をかけるものはなくなった。あとは私の命が……)
そこまで考えてから、六花は続きを考えられなくなった。震える身体を制し、彼女に向かって啖呵を切る。
「……で、私を殺すの?組織について私は――」
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