CODE:HEXA

青出 風太

文字の大きさ
71 / 126
File 3

薄青の散る 29

しおりを挟む
―ヘキサ―

 歪む視界。よろける身体に鞭を打ち、六花は立ち上がった。手にはまだ一本のナイフが握られている。もう一本は蹴られた時に落としてしまったようだ。青い刃のナイフが遠くに転がっているのが見える。

 腹部に受けた蹴りは当たり所が悪く、まだジンと痛む。六花は必死に、敵の姿を睨みながらも、今の自分の状況を冷静かつ客観的に分析する。

(痛みがなかなか退かない。今出せるのは良くて普段の7割くらい?さっきの蹴りを食らったときに、ナイフを一本落とした……。ワイヤーは一本がダメ。残ってるのは……)

 ベルトのワイヤーが一本。ブーツ爪先のナイフが二本。袖のナイフが二本。いつも使っているナイフが一本。

 爪先のナイフは奇襲用で使う機会は少なかったが、使えば確実に状況を持っていけるほどの効果がある武装だった。それを使う前に言い当てられたのは六花にとって初めての経験だ。

 袖のナイフも用途に大差はない。超至近距離での攻防に役立つ武装だが、それを初見で躱されたとなればもう当たらないだろう。なにせ彼女は銃を持っている。接近戦に付き合う必要はないのだ。

 ワイヤーは一本しか残っておらず、二本でも逃走に苦心したというの一本で何ができるというのだ。


 ――絶望的。六花の脳裏に“死”が浮かぶ。

 頭を振ってバカげた考えを振り払おうとするも、現状生存確率は限りなく低い。そんなことは学のない六花にも瞬時に計算できる。 



 複数人。おそらく二十人弱ほどの人間の雪崩れ込むような足音が六花たちに向かって近づいてきた。

 増援に気を取られ、彼女が目を離したその一瞬の隙をついてワイヤーを伸ばし離脱を図る。

 しかし、彼女の凄まじい精密射撃によりワイヤーが撃ち抜かれた。宙に浮いた六花の身体は支えをなくし音を立てて床に墜落する。

「ごめんね?ここじゃ飛べないわよ?」
「ッ……!」

 六花は床に伏したまま彼女を睨みつける。

 到着した警備員たちは二人を取り囲むように円形に展開した。皆警棒や刺股で武装している。円には六花が逃げる隙すらない。完全な鳥籠だった。

「……ここまで、かな」

 力なく立ち上がる。


 ――六花は逃げ損ねた。


「あら、もう飛ばないの?鋼鉄の羽は在庫切れしちゃった?それは申し訳ないことをしたかしらね~~」

 彼女はまたもニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。飛ぼうとしても彼女の言う通りもうワイヤーはない。

 仮にあったとしてもこれだけの敵に囲まれ、彼女の目と銃まであるとなれば六花が逃げるのは不可能だ。

 彼女はそれをわかっていて言っているのだ。笑みにゾクりとしながらも、六花は最後の力を振り絞って言い返す。

「いや、m.a.p.l.e.が逃げる時間くらいは稼がせてもらうよ」
「は?メイプル?」

「――六花サン!」
 耳につけたイヤホンから幼い女の子のような声が聞こえる。

(特別好きって訳でもなかったけど、声を聴くのもこれで最後か)

 六花は不思議と冷静だった。

「m.a.p.l.e.ならまだ逃げられるでしょ、リコリスに状況を伝えて。私はいいから」

「ソンナ……!」

 この期に及んでグズるm.a.p.l.e.に六花は怒鳴る。

「早く行きなさい!!彼女が『工作員殺しエージェントキラー』の可能性があります!」

 ライースが言っていたホリーとカメリアを殺した輩。組織の工作員をつけ狙っている殺しのプロ。

(師匠と彼女の間にどんな因縁があるのかは分からない。けど、あの強さなら……)

 六花は彼女との戦いの中で、彼女の強さを知った。組織で上位の強さを持つ六花以上の強者であることは疑いようもない。

 問題なく、二人を殺せただろう。

 m.a.p.l.e.が六花のスマホから情報をまとめて出るまで5秒とかからない。反抗的な言動こそすれど、m.a.p.l.e.は人間の言うことに必ず従うよう設計されている。

 六花が強く言えばm.a.p.l.e.が何を考えていようが、システムは作動する。

 六花はスカートのポケットからスマホを取り出した。

「待ッテ!六花サン!」
「六――」

 最後にリコリスの声が聞こえたような気がした。取り出した勢いをそのままにスマホを床に叩きつけ、間髪入れず床に転がるスマホ目掛けて袖口のナイフを射出した。

 画面にヒビが広がり、先ほどまで付いていた光は二度と付くことはなかった。

(これでデータの復元は出来ない……はず)

 データを抜かれる心配はなくなった。六花と組織を結びつけるものもスマホの通信という知ってしまえば、か細く心もとないものだけだ。

(もう私がミスしても組織に迷惑をかけるものはなくなった。あとは私の命が……)

 そこまで考えてから、六花は続きを考えられなくなった。震える身体を制し、彼女に向かって啖呵を切る。

「……で、私を殺すの?組織について私は――」
「――そういうのは要らないわ」
 六花は視線をあげた瞬間、目にも止まらぬ早業で一瞬のうちに意識を奪われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...