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青出 風太

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File 4

薄色と記憶 28

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―ヘキサ―

 マルベリが上に上がるのを待って2人はエレベーターに乗り込んだ。ボタンは今いる地下1階と地上1階のみ。

「合計2階でもエレベーターってつけれるんですね。初めて知りました。」

 六花は1階のボタンを押しながら不思議そうにつぶやいた。

「3階以上からつけるんだと思ってました」

「設置基準とか専門外だからなぁ」

 エレベーターを降りると右手に明かりが見えた。耳を澄まさずともマルベリの楽しそうな声が聞こえてくる。

 それとは別に目の前にすりガラスのついた金属製の扉があった。事務所などにあるようなこれと言って特徴のない扉だ。

「えっと、あっちが店だから……じゃあ、こっちか」

 リコリスは扉を押し開けた。



 ――裏口。

 道といえないほどの狭い路地裏につながっていた。のんびりと毛づくろいをしていた猫が突然の闖入者に驚き逃げ出してゆく。

 建物の壁と壁の隙間と表現するのが適切なほどだ。畳まれたダンボールやバケツタイプのごみ箱、室外機などが乱雑に並び、余計窮屈に感じられた。

 夕暮れを過ぎ、日がほとんど沈んでいるせいかただでさえ暗い路地裏は如何にも何か出てきそうな様相を呈していた。

「はっ!?狭っ!!ここから出ろって結構サラッと行ったけど、マルベリはここをよく使うのかな?狭すぎて折角の服が汚れちゃうよ」

「確かに狭いですね。でも、ドアにはちゃんと油が刺してありましたし、使うんでしょうね」

 六花は改めて扉を開け閉めするが音という音はしなかった。

 路地裏を抜けて大通りに合流する。

「で、次はテトラのところに行くんで良いの?」

「そうしましょうか」

 装備の用意はマルベリとテトラの共同作業になる。マルベリに言わせれば自分の仕事を待ってから取り掛かって欲しかったようで、六花が先に彼女のところに来たのは完全に運だったが、それが功を奏したらしい。

 予約はしていないが、あわよくばという気持ちで六花はテトラの元へ向かうことにした。

(最近他のチームが仕事をしているという話は聞かないし、テトラさんも急ぎの仕事はないかもしれない)

「バスもあるけど、どうする?タクシー拾う?」

 六花たちの住むこの世界では、AIに不信感を持つものも少なからず存在している。しかし、それと同じくらいAIを利用することで得られる様々な利を求めてAIを推す声もある。

 AIに危機感を感じてその進出を防ぐ六花たちの組織は、六花が入る何十年も前から長いこと活動を続けているが、その抑止力は微々たるものでしかないのかもしれない。

 バス、電車は全面的にAI化が進み、今では補助の運転士の同乗も不要なのではないかという話まで出てきている。

 この前はAIを搭載した人型のロボットの研究開発を行っているという施設の存在まで確認した。しかも、それは国を挙げてのプロジェクトだったという。

 もはや、時間の問題と言えなくもないほど組織は追い詰められている。


 だが、まだまだ完全にAIにとってかわられないものもある。交通機関の分野に関していえばリコリスの言ったタクシーはまだAIの導入が見送られていた。

 交通量のせいなのか経路の煩雑さのせいなのか、タクシー業はまだまだAI化されていなかった。

 六花はテレビでAIの自動運転が主流になれば他車の動きに合わせて走行、ルート選択できるようになりタクシーもAI運転士に任せられるだろうと話していたことを覚えていた。

(でも、今運転を全部AIがやるなんてそれこそバスと電車くらい。1台の車に1つ必ず載せるなんてそんな……そんな未来は本当に来るの?)

 あの施設を見た六花ですらAIの普及など夢物語のような、それこそ人間の仕事を完全に奪ってしまうような話には現実味を感じていなかった。

 決められた経路を辿るバスや電車に比べてタクシーの運転というのはAIにとっても、それを設計する人間にとっても別次元の難しさなのだろう。

 それがどれほどのものかロボットどころか戦うこと以外知らない六花にはこれっぽちも想像がつかなかった。


 リコリスはそこまでAIに対して反発する気質を持ち合わせてはいないが、六花はAIと聞くだけでそれが顔に出るほど嫌っていた。

 バスという選択肢がある中で出費のかさむタクシーを呼ぶかと言い出したのはリコリスなりの気遣いだ。

「別にバスで良いですよ」

 以前の六花はAIの運転するバスや電車を毛嫌いしていた。しかし、ここ最近は他のことに頭がいっぱいで、好きだ嫌いだと言っていられる余裕がなかった。

 それにバスも電車も運転手と接する機会は少ない。気にしないようにしていれば案外気にならないものだ。

 それに彼らは別々の個という表現が正しいのかはわからないが、両親を奪ったAIと同一の存在ではない。1人の人物を人間と大きな一括りにしてその種を毛嫌いするような物だとも思うようになった。

 今の六花は、以前に比べAIを強烈に意識しなくなっていた。

「じゃあ……」

 リコリスはスマホを操作する。m.a.p.l.e.が起動するとやかましい声をあげながら元気いっぱいにスマホを飛び出していった。街中に設置されたカメラを経由して街を巡り目的のものを探しだす。

 スマホから飛び出したm.a.p.l.e.は目には見えないのだが、今となっては見慣れた光景だ。

 彼女だってAIだ。初めこそ苦手意識があったが、彼女と仕事をこなすうちに助け、助けられもはや仲間の一人だとすら思えるほどになっていた。

 それは目に見えるほど明確にいつからだと線を引くことはできないが、その存在を受け入れている自分がいることに六花は気づいていた。

「おっ、おかえり~。む、そこの角曲がって少し歩いたところで乗れそうだね」



 テトラ。数字の“4”の名を持つ工作員。彼女もまた自身の工房を持っているのだが、それは組織の本部にあった。

「……装備の変更をすると言ったら、本部に伝わりますかね?」

「うーん、どうだろ?」

 六花の現状の装備は一目でわかる近接特化仕様だ。靴と袖に隠し持った仕込みナイフは合計4本。手持ちの2本を合わせることで合計6本。

 俊敏な体捌きで懐に潜り込み、6つのナイフという圧倒的な手数で対象を確実に始末する。

 暗殺に特化した六花の行動原理とそれら装備の相性は非常に高く、今日に至るまで倒せなかったのはオクタの生徒を名乗るあの金髪だけ。

 必殺の装備と言っても過言ではなかった。

「変えるって何か不満でもあったの?」

 リコリスにとっても六花の装備と彼女の戦い方はマッチしている。短いリーチをものともしないどころかそれが良いとすら言ってのけそうな身体能力を六花は有している。

 それは一朝一夕で身につくものではないことを、日々の鍛錬と六花のストイックな思考により磨き上げられたものだということを怠け癖のあるリコリスは痛いほど理解し尊敬すらしていた。

 そんな六花と装備に他に何が必要だというのかわからなかった。

「まぁ……ちょっと」

 六花は言葉を濁す。六花も迷っているのだ。この選択が正しいのかわからない。

 ここ数年使ってきた装備。彼女が仕事を始めた時から一度も変えたことはなかった。もはや手足のように自由に操れるナイフやワイヤー。それを変えてしまっても良いものか。

 重心や長さなど、些細な違いでも使い勝手は大きく異なる。装備を新しくしてから慣らすことが出来る時間があるのか、さらに言えばこの装備はその時に間に合っているのか。

 それすら運に任せるようなものだ。

(でも、やっぱり今のままじゃ足りないと思う。私が出来ることは早く依頼して早く慣れること)

「時間は……」

 スマホには18:36と表示されていた。

 本部は表向きには警備会社で通っている。受付は終了しているはずだ。

「この時間なら裏から入るしかなさそうですね」

「そもそもわたしら子どもが用のある会社でも無いんだけどね」

「ですね。テトラさんも空いててくれると良いんですが」

 リコリスの言葉に同感の意を示しつつスマホをしまった。

「予約状況見れないとかサービス悪いんだから。同業他者がいないとサービスの質は落ちるばかりだね」

 ふんふんと息を鳴らすリコリスを宥めつつ、六花も全工作員の分の武具類をテトラだけに管理させるのは無理があるんじゃないかと思いながら日の沈みかけた街を歩いた。
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