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第1章 聖女の再来

第10話 治療院

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    次の日、私はギルドで治療院の募集に応募した。神聖言語魔法にも当然治癒魔法がある。そしてキャトルも使えるそうなのでキャトルの良い印象を広めるのに役立つはず。そうすればサンクトルムから事情聴取されたときに警戒されなくて済むからね。小さなことからコツコツとやっていこう。


    治療院は北門と南門の近くに2箇所ある。なにせ北門から南門までは歩くと3時間かかるほど広い。真ん中には王城があるから置けないし、片道1時間半でも重症なら致命的だ。だから教会運営の治療院は2箇所あるんだよね。


    で、私は南門の方の治療院に出向くことにした。北の方にはリーアムの森があるけど、今そこは封鎖されている。現在サンクトルムが調査中なのだそうだ。調査は3日間で終わるらしいけどね。南門は遠くにアーガス山があるけど、そこに至る途中にもコルセインの森がある。あの辺りは面倒な魔物もいるので怪我人が増えそうだ。


    そして治療院に到着。空を飛んだから早いものだ。片道2時間半以上かかるのに20分かそこらで着いてしまった。真っ直ぐ行けばいいだけなのでやっぱ早いね。

んで中に入るとそこは既に戦場だった。


「ちょっと、包帯足りない!」

「この人骨折れてるじゃない! 整復師いないの?」


    中ではシスターや治癒士が走り回っていた。治癒魔法で治せる怪我は限度があるため、程度により治し方は異なるのだ。魔力だって限度あるしね。


「あのー、ギルドから来ましたマレフィカです」

「応援? ならボサっとしてないで治癒魔法使って! ああもう、なんで整復師がいない時に重症者が2人も来るのよ!」


    整復師は人体に精通した専門職だ。骨折の場合、折れた状態で治癒魔法をかけてしまうと変な風にくっつき、後遺症が残ってしまう。それをさせない為に施術を行う資格を持った人が必要なわけで。縫合のための浄化や消毒魔法と麻痺の魔法も使えないといけないので資格を取るのは大変なのだ。

    実は私も持っている。幸いこの2つの魔法に適性があったのもあるけど、魔力が少なくてもあまり問題にならないからね。クルトレスの試験に有利になるかなーと思ったけどそんなことは無かったんだけど。


「あの、私整復師の資格持ってます」

「ほんと!? 助かるわー! じゃああの患者診てくれないかしら?」


    シスターの指さしたベッドに寝ている男性は痛みに顔を引き攣らせている。脚が変な風に曲がっており、これは相当難儀しそうだなー。キャトルの腕を私も使えたらな。


「わかりました! キャトルもついてきて」

「はいです!」


    私は早速脚の折れている患者の元へ行く。そして脚を観察。うーん、ふくらはぎがパンパンに腫れ上がっている。内出血も酷く紫色だし、曲がり方がエグイ。まずは痛みを感じなくさせるため、弱い麻痺の魔法を使う。部分的に麻痺させ、局部だけを麻痺状態にするのだ。実はこれがとても難しい。これができるくらいなら二重発動ダブルキャストは使えてもおかしくないレベルなのよね。


麻痺パラライズ


     脚だけに麻痺の魔法をかける。すると男性も苦痛が和らいだのか落ち着きを取り戻し始める。


「目隠ししますね」


これから脚を切り開いて骨を整復するため、見せる訳にはいかない。下手をすると恐怖で暴れてしまうのだ。


「ナイフを」

「はい、どうぞ」

「ありがとう。消毒ディスインフェクション


    受け取ったナイフを消毒。医療用のミスリルナイフはとにかくよく切れる。そこから脚を切り開いて骨を露出させる。ここからは時間と集中力の勝負だ。通常は治癒魔法の効果を弱めて長時間の継続回復状態を維持しつつ整復を行う。これがとにかく集中力を要するのだ。しかし魔力が増えたおかげで継続回復効果を持つ上位の治癒魔法も使えるようになっている。


継続回復リジェネレーション


    ただこれも若干の改変は必要なんだけどね。トリプルキャストまで使いこなせる私には軽いものだ。折れた骨を正しく結合させ、破片は廃棄する。これまでくっつけるのは時間の無駄なのだ。長さが足りないとかではない限り拾う必要はない。

    この骨もところどころ欠片を廃棄したため欠損が見られる。治癒魔法のおかげで整復した骨は正しく結合してはいるが、衝撃を受ければまた壊れてしまう。ここからは上位の治癒魔法で一気に治すか、周りを石膏で固めて自然治癒かになる。

    もちろんこれは患者が選ぶのだが、試したい魔法もあるしちょっと交渉してみよう。

私は付き添いの男性に声をかける。


「とりあえずくっつきましたけど、どうします? 試したい魔法があるので、今回に限り石膏で固めるよりほんの少し高い程度で即完治させますよ?」

「え! ちょっと! そんな勝手に!」


うん、越権行為なんだけどね。まぁ、自然治癒よりは高いお金払ってもらうからいいじゃん。


「いくらだ?」


私はシスターにニコーッと笑顔を込めて視線を送る。レッツ共犯!

するとシスターは折れたのか、ため息をついた。


「金貨3枚で……」

「お願いします!」


    普通骨折の整復って高いんだよね。相場は金貨1枚だ。そこから縫合と石膏で銀貨4枚加算でしめて金貨1枚と銀貨4枚。銀貨16枚の加算なら相当安い。上位治癒魔法なんて使い手ほとんどいないからね。金貨10枚くらいは取られるぞ。


「では」



    使うのは神聖言語魔法の復活リスシタティオだ。はっきり言って最上位回復魔法である。ありとあらゆる状態異常を治し、瀕死の怪我も治す。更には死んだ人間すら生き返ったという伝説の聖女の魔法である。
    実際には死んで1時間以内という制約はあるけどね。

    早速神聖言語で詠唱を開始すると、周りからどよめきが。


復活リスシタティオ!」


    力ある言葉を解き放ち、患者の脚に触れる。すると患者の全身を白銀の光が包み、脚の傷のみならず身体中の傷が消え、内出血も綺麗になりお肌ツルツル。老廃物まですっきりと?

    美容にも使えるのか!

    しかもこれ、もしかしたら整復要らなかったかも?

    今度オーガで実験してみよう。


「なんて神々しい光だ!」

「今神聖言語で詠唱してなかった!?」

「聖女だ! 聖女様の再来だ!」


     周りが私の魔法に驚き、感嘆の声があがる。いや、聖女様は持ち上げ過ぎなのでやめて欲しいな。聖女を騙ったとかイチャモンつけられてもめんどくさいんですけど。悪質な場合は極刑すら有り得るんだからね?


「いや、聖女ではないですよ?」


     だから当然の如く否定しなければならない。あくまで周りが勝手にそう評価しているだけ、という風にしないとね。


「いやでもあの魔法は……!」

「ほら、まだ患者さんがいるんだから手を動かさないと!」


    追求されそうだがここは治療院だ。患者の治療が先でしょうに。


「覚えたのです。僕も人間の怪我を治すのです」


    するとキャトルが無数の腕を展開。もちろん私以外には見えていない。

    そして他の重症者の方へ行くと。その身体を観察している。私の見た感じだと、このひとは左腕骨折。噛みちぎられた痕もある。消毒しないといけないね。


「キャトル、まずは噛み傷を消毒しないと」

「わかったのです」


    キャトルの見えざる手が噛み傷に向かい、白く輝く。この輝きは他の人にも見えているのかな?


「消毒終わり、骨を繋ぐです。痛くないよう麻痺させるです」


    キャトルの見えざる手が患者の腕を麻痺させるとそのまますり抜け、直接骨を繋げているようだ。ものの数秒後で骨が整復されてしまった。触れたいものだけ触れるの便利すぎでしょ!

     でもこれ、中の肉えぐい事になってそう。完全に折れ曲がってたのを中で無理やり真っ直ぐにしたから、中の肉はズタズタのはずたよね。腕が紫色に腫れ上がってしまっている。


「くっついたので治癒させるです。ご主人様お願いしますです」

「うん、それは任せて」


     普通の上位治癒ハイ・ヒールじゃダメだなこれは。あれだと肉も骨もくっつくが、身体を動かすための目に見えない仕組みまでは影響が及ばないのよね。どこぞの学者が研究してて神経という名前を付けてたっけ。それだ。それを治すには最高位の治癒魔法である蘇生リザレクションかさっき使った復活リスティタシオを使わないといけない。両者の違いは知らないけどね。蘇生リザレクションも詠唱は覚えているけど、今までは魔力が足りなかったから使ったことないし。

せっかくだから使ってみよう。多分魔力足りるっしょ。


蘇生リザレクション


     患者にその魔法を使ってみると、みるみる腕の腫れがひき、肌の色も元の色を取りどもしていく。その回復力は全身に及んでいき、他の切り傷や腫れも治まっていった。


「うおおおっ! 腕が完全に治った!」

「凄い! 蘇生リザレクションを使えるなんて!」

「ちょ、ちょっと! あなた、そんな最高位治癒魔法を勝手に使ったらダメでしょ!」


    見ていた付き添いの冒険者が驚きの声をあげる中、シスターには怒られてしまった。うん、でもこれはキャトルのミスの責任をとっただけだ。キャトルを叱ることになるのは嫌だけど、説明責任はあるよね。


「すいません、でもこれは私の使い魔のミスの責任をとる必要がありましたから」

「あう! 僕、間違えたのですか!?」


    あちゃー、キャトルが涙目になってる。でもこれは説明しない訳にはいかない。もし私のいない所で同じことをしてしまった場合、大変なことになるから。


「キャトル、さっきみたいに中を開かずに骨を整復するとね、中の肉がズタズタになってしまうの。そうすると、身体を動かすための目に見えない神経というものに傷がついて二度と動かなくなってしまうんだよ」

「そうなのですか、ごめんなさいです……」


    しょぼんと俯いて目に涙を溜めてしまっている。キャトルは人体に明るくないからミスはするよね。使い魔のミスは私がフォローすればいい。結果だけ見れば、キャトルのおかげで素早い治療ができているのだから責めたくは無いんだけど。


「大丈夫だよ、怒ってないから。キャトルなら怪我人を安全に運べるし、包帯だって巻けるよね。シスターの言うことをちゃんと聞いてお手伝いしてくれる?」

「はい、僕頑張るのです!」


   できることがあるのが嬉しいのか、涙を拭いて両手をぐっ、と握る。やる気があるのはいいことだ。


「そうだったのね。使い魔のミスのフォローなら仕方がないわね。おいで、キャトルちゃん。ご主人様には治癒魔法と整復をお願いしたいから、私を手伝ってくれるかしら?」

「はいです!」


    キャトルはシスターについて行って手伝うようだ。なら私は治癒魔法と整復頑張るか。まだまだ患者はいるから忙しくなりそうだ。


    でもおかげでこの治療院から私とキャトルの噂が広がり始めたんだよね。南の治療院には時々凄腕の治癒士と可愛い悪魔がいると有名になってしまったようだ。期間限定で2週間程しかいない予定なんですけどねぇ?





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