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第1章 聖女の再来

第11話 冤罪

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     治療院で働き始めて1週間程経ったある日、私は、いや私を含む多くの冒険者がギルドの修練場に集められていた。冒険者の実戦練習場なだけに修練場は広く、有事の際多くの冒険者の集合場所としても利用されている。そうつまり今は有事なのだ。

    何があったかというと突如アーガス山の方から多くの魔物が徒党を組んでここイニシーズの街に向かっているらしい。まさか植物の悪魔を退治したことに関係が……ないかさすがに。そんなわけでキャトルには情報収集に行ってもらった。数とかいろいろ知りたいからね。そのままキャトルに殲滅を頼むかどうかはちょっと考え中である。


「諸君よく集まってくれた。警報の鐘を鳴らしながら伝えられた通り、アーガス山の方向から非常に多くの魔物が徒党を組んでこの街に接近している。クルトレスだけではなく当然騎士団も防衛にあたるが、君たちにも頑張ってもらいたい。数はまだ把握できていないが、200はくだらないだろう。オーガやオークだけでなくワイバーン、巨人の姿も確認されており、報告ではデモノイドの存在も確認されているということだ」


 皆を前にしてギルドマスターが説明を始める。デモノイドの存在が確認されているのが少し引っかかるが、数が200を超えるならキャトルに手伝ってもらった方が良さそうだ。


「お、おい、なんだなんだ?」

「あれクルトレスの隊員だろ?」


 うん?

 クルトレスがギルドの集会になんのようだろ。わざわざ協力要請に来たとは思えないんだけど。などと考えていると、クルトレスの隊員3人が私の前で止まる。


「マレフィカ=アマーレだな?」

「はい、そうですけど……」


 こんなタイミングで勧誘か、と思ったらまさかの用事だった。


「マレフィカ=アマーレ。悪魔と通じ、街を危険に導いた容疑、及び聖女を騙った容疑で拘束する!」

「えええええええ!?」


 驚く私に関係なく3人が私を拘束する。両腕は手枷をはめられ、首には魔封じの首輪。これを付けられたら魔法が使えなくなるため逃げることはできない。ただし、私の技術力であれば使えないことはないけどね。


「ちょっと待ってください! 悪魔と通じたなんてどういうことですか! それに聖女なんて騙っていません!」

「君、使い魔はどうした?」

「……偵察に行ってもらっています」

「そうか。まぁいい。連れて行け」

「は!」


 問答無用かい!

 うーん、これはキャトルにはちょっと待機していてもらおう。キャトルが見たら怒って皆殺しにするかもしれないからね。すっかりキャトルと仲良くなったけど、キャトルは魔族なのだ。人を殺すのにためらいなどないだろう。使い魔との念話は魔法というよりはスキルに近い。今のうちに伝えておこう。


「ほら、さっさと歩け!」

「い、痛い!」


 レディなんだからもうちょっと優しく扱ってほしいなぁ。とにかく今は従うしかない。やばくなったら逃げることも考えよう。私はクルトレスの隊員に連れられ修練場を後にした。キャトルと念話で話したら「そいつら殺していいです?」って聞かれたから止めたよ、ちゃんと。





「しばらくここに入っていろ。貴様の処遇はスタンピートの後だ」


 隊員は乱暴に私を独房に押し込む。乱暴にやるから転んで痛いし。腕が前だから顔はぶつけずに済んだけど、腹立つなぁ。

    どうやらここは騎士団の犯罪者収容施設らしい。独房なのは私が魔導士だからだろう。一見してただの石壁だが、対魔法処置が施されていると見たほうがいい。


    中ははっきり言って臭い。部屋は暗く、僅かに射し込む光だけが頼りだ。部屋の端にはトイレがあるが、手を洗う場所なんてない。魔法で何とかするけどさ。臭いのはこのトイレが原因だね。深い穴が掘ってあるだけの簡素なもので、この下はどうなっているのやら。スライムで処理させてんだろうなきっと。


     床も掃除なんてしていないから埃があるし、不衛生にも程がある。一月も居ればなんらかの病気に罹ること間違いなし。誰もいないしこっそり何とかしよう。

    神聖言語で詠唱を始める。魔封じの首輪が魔力制御を邪魔するが、その邪魔を乗り越えて魔法を完成させる。


浄化プルガディオ


     空間を清潔に保つ魔法で、悪臭の元や埃など人体に悪影響を及ぼすものを綺麗にしてしまう。この魔法1発でお掃除簡単いつでも清潔!

    ついでにお肌もピッカピカ!

    ただし、人の体内には効果が及ばないらしい。なんでそんな仕様なのかはわかんないけどね。


    とりあえず独房内の空気が変わって過ごしやすくはなった。虫の飛ぶ音も聞こえなくなったからそれも駆除されたのかな。これで色々考え事ができる。今の時点で分かっていることを整理してみよう。


1  私にかけられた嫌疑は悪魔と通じて街を危機に陥れようとした容疑。そして聖女を騙った容疑。誰の判断かは不明。

2   この罪の刑罰は極刑以外無し。基本火あぶりだ。裁判についてはやるのかどうかは不明。国法ではこれは宗教裁判に該当する。裁判官は教会の司教かクルトレスの上層部になる。ただし、クルトレス自体が国家の組織でもあるため国王陛下もこの権限を有する。

3   この罪の嫌疑に関しては噂だけでかけることも可能だ。ただし、普通はいきなり投獄されることはない。まず尋問を行って自白を取るか、疑うだけの根拠を集めて教会に提出しないと投獄できなかったはずだ。


    で、私の場合はというとキャトルというデモノイドを使い魔にしている。しかしキャトルは冒険者仲間からは評判がいい。可愛いし、私には魔族撃退の実績もある。
     聖女を騙った、などというのは恐らく治療院からだろう。あれは周りが勝手に言っているだけで私は否定している。そのことは治療院のシスターにも念を押してあるし、その理由も知っているはずだ。

     つまり嫌疑をかけるには不十分だし、手順をすっ飛ばされて投獄されていることになるわけか。


     ここから導き出される可能性としては、キャトルを危険視した教会関係者の誰かが強引に私を処刑しようとしている、ということか。誰かの恨みを買った覚えもないし教会に知り合いもいないんだけどな……。ただそうなると処刑の回避は絶望的かもしれない。


     つまり私が取れる生き残るための選択肢は脱獄?

     犯罪者として逃げ回る生活か。聖女に憧れて頑張って来た結果がこれか。キャトルを使い魔にしたのが原因なんだろうけどさ、これは私が選んだことだ。キャトルを責めるのはいけないことだとわかってはいる。わかってはいるんだけど。


    思わずにはいられない。

   キャトルを使い魔になんてするんじゃなかったと。


「キャトル……。ごめんね……」


     こんなことを思ってしまったなんて、キャトルには知られたくない。絶対口にしてはいけないこと。

    あぁ、私はなんて弱いのだろう。ごめんね、こんな弱いご主人様で……。


     私の謝罪は誰にも聞かれることなく虚空の闇へと消えていった。



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