from破戒神官~愚なる豺狼に詠訣の花束を

イヌカミ

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三章「白いカラス」

魔属との戦い

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  アルトは男のさげているそのペンダントを注視した。不格好な銅の細工にはめこまれた赤い石――魔術道具である。

「あたしをどうする気だ?  よってたかってテゴメにでもするかい?」
「……アングライフェン」

  そのリーダー(勝手に決めた)が古語を口にした。

  アルトはその場の男たちに動く気配がないのを見て、口元を歪めて笑う。そして適当なタイミングで横に跳んだ。

  その行動に男たちは驚愕に目を開いた――と、アルトがいた位置に、男が頭上から棒切れを振りおろしながら落下してきた。

「古語が分かるんだよあたしは!」

  アルトは棒切れ男が標的をはずして地面で動けなくなっているのを見て、思いっきり蹴り飛ばした。男は蹴った方向にあった樹木に、派手な音をたてて激突し、動かなくなった。直後、アルトは素早く眼下の窪地にめがけて跳んだ。ひゅんっ!  と標的をはずれた矢が近くを通り過ぎていった。

「フェアフォルゲン!」
「追えってか。逃げやしねぇよ……」

  軽く草原に着地してすこしばかりの距離をとり、振り向きざまに高く蹴りを放つ。無謀にも段差から飛びかかってきた男が横っ腹に蹴りをくらい、無言の絶叫をあげながら地面を舐める。アルトは後方跳躍を何度かおこなって、男たちとの距離を広げた。

「てめえらに聞きたいことは山ほどあるが、めんどくせぇからとりあえず寝てもらうぜ?  祈誓きせいに応えろ!」

  アルトが奉唱ほうしょうすると(それほどつつしんでもいないが)、ふたつの拳大こぶしだい光球こうきゅうが浮かびあがった。光球はヴヴヴ……とかすかに鳴動しながら、アルトから手の届く位置で浮遊を始めた。

  ちょうどそのとき残りの六人が窪地におりてきた。アルトは殺気だった視線を受けて軽く腰を落とした。左足をまえに出し、半身の構えをとる。

「……法術士か」
「なんだよ、ソフィア語が分かるんじゃねぇか。ならてっとり早く教えてくれ。あのガクガク野郎はおまえたちの仕業か?」
「……ガクガク野郎?」
「人狼モドキっていえば分かるか?」
「答える義務もなければ義理もない。アングライフェン……!」

  リーダーの号令で五人が一斉に迫ってきた。山で鍛えられた体躯に、アルトはさすがに圧倒されて緊張感を覚える。法術の一撃で何人倒せるかが問題だった。

の弱き手にいただ威武いぶは……」

  アルトは祝詞のりとを口にするが、最後まではうたわない。男たちは大振りのナイフやらを手にして迫ってくる。さすがに真っ向勝負で挑んではこないだろうと読み、アルトは男たちへ走った。法術の光球は一定の距離をたもってついてくる。

  とりあえず一番近い男に接近する。男は三十センチはあるナイフを構え、横に振った。分かりやすい攻撃を足を止めずに屈んでかわし、右脇腹に左拳を放つ。男が倒れるまえに頬を殴って完全に沈黙させると、すぐに別の男が素手で殴りかかってきたが、アルトはあえて相手にせず、横に身を投げだした。前転の要領で回転して立ちあがると、振り向くとともに左手を光球へ触れさせた。すると光球は溶け、光が粒子となって左手を包みこむ。

(思った通り!)

  アルトは各々おのおのの武器を構えて迫り来る三人と対峙した。男たちの走力にばらつきがあったため、一ヶ所へ誘いこんだのである。祝詞を完成させるため息を吸いこむと、

「――破邪となりて!」

  放つ。左拳が前方の空間を叩くと、アルトと目前に迫っていた三人のあいだにある空気が、瞬間的に震えた。粒子が前方に拡散し、ドウンッ!  と打楽器を強く打ったような音が響く。強烈な衝撃が波となって放たれ、その衝撃波は三人を巻きこんで炸裂した。男たちは吹き飛ばされて一瞬で昏倒する。アルトは安堵の息を漏らそうとしたが、

「アン・ツュンデン!」

(魔術か!)

  リーダーがいつのまにか左側にまわりこんでいる。リーダーはまるでカードを投げるような動作で魔術を放った――その手から火球が高速で疾る!

  アルトは火球を体をねじった後方跳躍でかわしたが、火の点いたスカートを見て戦慄する。草を潰しながら受け身をとると火はすぐに消えたが、鈍痛を無視して立ちあがり、構える暇もなく両腕を交差させた。直後、ガツッ!  とリーダーの拳を受けとめる。

「そういやあ、てめえらに襲撃される理由ってのを思いつかない」
「魔属の歴史は神官による迫害そのものだ……貴様が神官であれば理由は十分!」
「そうかい」

  リーダーの拳を払い、拳打を放つ。リーダーは多少は武術の心得があるのか、打ち払う動作ですぐに拳の攻撃に転じる。それはアルトに直撃した――

  が、思いきり振りかぶってひたいを殴らせていたため、ダメージはリーダーのほうが大きい。リーダーの顔が歪み、右手が脱力して開かれる。

  ここでアルトは忘れかけていた法術の光球に右手を滑らせた。

の弱き手にいただく――」

  リーダーは右手をさげてバランスを崩したようだが、アルトは守勢にまわる。リーダーの首にさげたペンダントが妖しく光ったためだ。その魔術道具である石は、魔術の使用に必要な魔石であり、魔術の発動時には妖光を放つ。

  リーダーは体勢を崩しながらも左手を振りあげた。

「ラーゼン・フランメ!」
「――恩恵おんけい護盾ごじゅんとなりて!」

  右手を突き出す。アルトの前方に張られた大きなガラス板を思わせる盾が、リーダーの炎の魔術を遮断する。

  聖女の恩恵である盾はしかし、防御力にかぎりがあった。アルトにも自覚はあるが、護法に特化した座天詞ざてんしは得意じゃない。そのことはむろんに技の粗雑そざつに影響する。

(法術の連発はきついんだけどな)

「祈誓に応えろ。此の弱き手に戴く其の威武は、破邪となりて!」

  早口でまくしたてるように、だが正確に祝詞を詠う。アルトの左拳はふたたび出現した光球に触れて、衝撃波を放つ!

  バリィンッ!  と重低音に盾が破壊され、衝撃波はそのままリーダーに直撃した。

  が、盾で消化しきれなかった炎の塊もまた、アルトに迫る。アルトは炎が届くまえに体を横に投げだした。

  ――ズザアッと草のうえを滑る。アルトが立ちあがるために頭をあげたとき、軽い目眩めまいが襲った。法術を連発したことによる法術疲労――その不快感を頭を振ってやりすごすと、立ちあがって周囲を見渡す。

  気を失っている四人、戦意を完全に失い唖然とした若い男、そしてリーダーはまだ立とうともがいていた。

「ぐ……くっ……!」
「普通なら脳震盪が起きる衝撃なんだけどな。たいしたもんだよ」
「黙れ……」

  リーダーは低く呻いた。アルトの放つ力天詞りきてんし第一節は、高速で壁に叩きつけられたような効果を残すためだ。完全には動けないだろう。

  リーダーはしかし、上体を起こして若い男を呼んだ。念のため気持ちだけで身構えるが、話している内容は戦闘続行を意味するものではなかった。若い男はアルトを憎らしげににらんでから、走り去っていく。

「なんのために逃がすんだ?」

  どのみち法術疲労のせいで追いかける気力はない。

「捕らえるよりも殺せ……」
「はあ?」

  諦めたというより踏ん切りがついたような顔つきだった。達観よりも享受が色濃いリーダーは、景色を眺めながら言う。

「どうなろうと魔属は死罪。どうせ死ぬならここで死ぬ。俺たちが生きた故郷でな……」
「あー……えーとだな……」

  アルトは中空を見あげながら頭を掻いた。言葉を探すが見つからず、かわりに疑問を口にする。

「捕らえるとか死罪とか、よく分からないんだけど」
「気休めはいい。俺たちを捕獲しにきた神官に数なら圧倒できると考えたのが愚かだった……」

  まあ――歴史的事実として、魔術よりも法術のほうが優秀(紙一重で)なわけだが……これは術の差ではなく、力量や技量の差が生んだ結果だとアルトは思う。ただの暴漢に遅れをとるような、中途半端な鍛えかたはしていない。

  とりあえずそこらへんのことには興味はないのか、リーダーは澄んだ瞳で澄みきった空を見あげている。

「思えば妹が消えたときに疑念を覚えるべきだった。俺たちの居場所を吐かせるために捕らえたんだろう……だが妹は幼い。魔属には情状酌量もないのだろうが、命を奪わないでやってくれ」
「ああ、うん、そーする。で、聞きたいことに答えてもらいたいんだけど」

  アルトは適当な言葉を言ってからリーダーに歩み寄った。さきほどまで生か死かの瀬戸際に立たされていたのに、その緊張感は嘘のようである。なんとなく茶番劇の渦中にいる気持ちで聞く。

「あんたの仲間が教会にいた。そのときちょうど負傷者もいた。関係性はあるか?」
「ゲフェングニス」
「なに?  牢屋?」
「俺の名だ。ゲフェングニス。グエフでいい」
「あたしはアルト。で、返答は?」
「知らん」
「は?」
「俺の兄弟がなぜ教会にいたかなど知らん。ひとつ言えることは、俺たちは外部の人間との接触を禁じている。なんの理由もなくウェルダニムスの教会にいくわけがない」
「いやだから、教会にいたからそれを追っかけてこうなってんだよ」

  アルトは手のひらで、こうなっている周囲を示した。いまだに目覚めない四人は昼寝を楽しんでいるようにも見える。

「教会にいかせた覚えはない。が、ヴァラヴォルフを探せとは命じてあった」
「ヴァラヴォルフ……人狼か!」

  いちいち古語が出てくるのがめんどくさいが、ようやくになりそうな情報が得られそうだった。

  つまり魔属たちはガクガク野郎を追っていて、教会までガクガク野郎がやってきたのとスウィードが落下したのを兄弟とやら目撃したのだろう。そして様子を見ていた兄弟を、アルトが追いかけたわけだ。じっさいに切断された縄にはガクガク野郎の痕跡があったのだから、その説明が一番理屈が通る。

  そして一番有益となるのは魔属たちが人狼の存在を認めていることにある。ガクガク野郎は人狼だった。これで不可解なグール説は消えたのだ。

「だけどなんでガクガク……もといヴァラヴォルフを追ってるんだ?  派手に動けばあんたらの存在が明るみになるリスクがあるだろ」

  魔力を操る者の総称である魔属は、ソフィア教徒から迫害された歴史をもっている。かなり古い時代にソフィア教が確立されてのち、魔力が否定されたのを皮切りに魔属は住みかを追われた。糾弾から逃れるために、彼らはソフィア教徒から姿を隠す。その結果、彼らは現在でも森のなかで隠者ハーミットとして暮らしているのである。それに該当する地域のひとつが、このノーシスト地方だった。

  彼らが神官を警戒することは必然だった。ソフィア教徒の神官による武力弾圧という歴史と思想は現代にも引き継がれており、魔属というだけで彼らは強制的に投獄を余儀なくされ、よくて魔力の封印、悪ければ極刑に処されることもある。

  ただ大昔に頻繁ひんぱんにおこなわれていた山狩りなどは、現在おこなわれていない。それは自然派などにより、命の尊重が魔力に対する脅威をうわまわったからだった。

  なんにせよ国風と化したその制度があるのだから、魔属たちが森から出て、ソフィア民の村からほど近いこんなところにいるのは不自然なことだった。

「敵討ちのつもりだった……」
「敵討ち?」

  リーダー改めグエフは、どこか遠い眼差しを大自然に向けていた。悲哀を含んだ黒い瞳はかすかに震えている。

「妹だ……八日ほどまえから行方が分からなくなっていた。そのころヴァラヴォルフが森に現れた。妹を探しに森を探していたが、動物たちの不自然な死骸が多くてな。原因を突きとめようとしていたところでヴァラヴォルフに出くわした。妹の失踪の元凶だと思ったんだ。だから兄弟と森を捜索していた。だが……」

  グエフは悲哀のなかに希望を宿した瞳で見あげてきた。アルトは嫌な予感がしてグッと息を呑む。

「妹は神官に囚われていた。生きているならまだ希望はある」
「あー……ひっっっじょうに、言いにくいんだけど」
「なんだ?  まさか妹はすでに!」
「んー……そのへんは問題があってだな……」

  アルトは意を決したつもりが、決しきれないでいた。本当のことを口にしてグエフの希望を断ってしまうのが心苦しい。しかしバレてしまったときの喪失感を味わわせるのはもっと心苦しい。

「あ、いや……うん、じつは妹は逃げだしたんだ……その、なんていうか……あんたらの情報を聞きだして、そしたら不手際とかがあった……うん、そう!   妹は神官の不手際とかで森のなかを逃走している!  ……多分だけど」

  言葉尻をすぼめてゴニョゴニョしていると、グエフは都合のいい耳で処理してくれたようだった。

「逃げた……そうか!  無事でいるんだな?  どこで妹は逃走した?」
「……なんか南のほう?」
「だから見つからなかったのか。南側は外界の人間が森に入るから避けていたんだ」

(あーくそ!  どうにでもなりやがれっ) 

  適当な発言が真実味を増してくると、アルトの腹もすわってきた。と言うかだいぶ後戻りもできなそうだと気づき、ひたすらにどうしようもなくなっていた。

「とにかくあたしは別動隊とかで、本隊とは別行動なことにしよう。そんでたまたま立ち寄った教会で情報通りに魔属を発見したんだと思う。そして追いかけたら戦闘して辛くも勝利し、リーダーから有益な情報を得ようとしている。というわけでいいか?」
「なぜ自信が無さそうなんだ」
「そ……それよりもだよ。人狼の情報を聞かせてくれたら見逃してやる。ウェルダニムス村の娘殺しもなにか知ってたら教えてくれ」
「それは俺たちがやった……」
「そうだな。あんたらがやった……って、はあ?」

  アルトがすっとんきょうな声をあげると、グエフはダメージが回復し始めたのか立ちあがった。頭ひとつ分は高いグエフを見あげる。

「ヴァラヴォルフが村へと進行していたのを阻止するためだった。ヴァラヴォルフは餌場をひとつ所にせず、常に移動する習性がある。リスク回避のためなんだろう……それを利用したんだ。古代の知識だが、どうやら信憑性は高いようだと分かった」
「待てよ。なにかを意図して娘たちを殺したんじゃないのか?」
「言っただろう。ヴァラヴォルフの習性を利用したんだ」
「そうじゃねぇ!  こっちの読みだと娘たちはガクガク野郎を生体として安定させるためのエサだったんだよ。ヴァラヴォルフを追ってたおまえたちが娘たちを殺したなら、そんな意図は――安定だか完成だかを狙っていなかったってことだろ?」
「なんだ……なにを言っている?」
「分からないのかよ――誰があの怪物を造ったってんだよ!  あんな気色悪いよく分かんない奴は、魔術がからんでるに決まってる。だけどおまえらはそんなことはやってない。それなら誰が造った?」

  グエフはアルトの驚愕をしばらくいぶかしんだが、合点がてんがいったのか思案げに呻く。

「言っている意味は理解できないが……俺たちが見たのは確かにヴァラヴォルフだった。だがそうだな、弟は森のなかで奇妙なヴァラヴォルフを見たらしい。だが神官に助けられた……まあ正直、弟の話は半分にしか聞いていなかったからな。俺たちには妹が最優先だったし、神官に備えるほうが先決だった」
「あのガキの兄貴かよおまえっ!」

  アルトが指をピシリと突きつけて唾を飛ばしたとき、それは聞こえた。

  ――アオオォォォォォォォッ! 

  悲鳴とも遠吠えともつかない咆哮は、近くの森から放たれたようだった。

「奴だ……!」

  アルトは腰をかがめて周囲をうかがう。グエフは眉をひそめて森を見いっている。

  咆哮がやんだ。そして――

  ――絶叫が森に響き渡った。
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