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二章「温泉取材、クロフギヒメ」

フフギ山温泉取材、ドーマくんが空気

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  伏不義山。なんでそんな名前なのかと言えば、クロフギヒメがまつられているからだ。

  現代においてクロフギヒメは土地神だと考えられていて、空海市の山々を練り歩き、邪霊を祓いながら人々の繁栄を願っている女神。なのでこの国らしくジボシンとか呼ばれている。

                          ※

「バスで一時間半。あなたのそばにフフギ山っ」

  わたしが引率している新聞部の背後を、一台の市営バスが砂埃を上げながら走り去っていった。

  今日は土曜日。ドーマくんとのデートから六日後。時刻はだいたい十時くらいだろうか。わたしは新聞部プラスアルファと一緒に、フフギ山にやって来ていた。もちろん部活動なので制服ですっ。

  山の中だ。バス停からは見渡す限りの大自然。ふもとにめがけてかなりの傾斜。でもこの温泉地帯には木があまりなく、背の高い草がぼうぼうだ。そのおかげか隣の山とか谷底の川とか、自然自然した景色が一望できる。空海市街はその山々に隠れてしまって見ることは出来ない。なんとなぁく山間から海が見えるくらい。

「目指すはフフギ山温泉旅館っ。その名もフフギの宿っ!」

  わたしはビシッと頂上を指差した。そっちのほうは鬱蒼とした森になっていて、舗装された道が見えている。そのさきにはフフギの宿の屋根がちらっと見える。フフギ山では森林地帯と草原地帯がハッキリ別れていて、その数少ない森林地帯がフフギの宿の玄関口なのだっ。さっきも言ったように、その森林地帯は少ないけどねっ。

  と、隣にいたシャータくんがメガネを動かした。

「しかしオーコくん。いきなり温泉取材とはいったいどういう風の吹き回しだい?」
「紅葉シーズンだからっ」
「オーコにしちゃあ安直だぜ?」
「カゲちょん。単純な名目のなかにはわたし的なはかりごとがあるんだよっ」
「謀ってなんだい~」
「ふっふっふっ。ゲゲさん、よくぞ聞いてくれました。狙いは地元地域の活性化です」
「活性化ってなんですぅ?」

  ……誰?  とは思わないよーにっ。このウチュリンこと内河木実うちかわこのみちゃんは、入部希望の一年生なのです。ちょっと小さいめな前髪パッツン。襟足は末広がりで縁起がいい。撮影班希望らしいウチュリンは、ネックストラップをつけた使い捨てカメラを首からさげている。

「ウチュリン。先輩はようするに、行楽シーズンに向けてフフギの宿に協力を申し込むのよ。そうして観光客の目が空海市内にある商店街なんかに向けば、かきいれ時も出来るってもんよ」

  うんうん。プルっちはわたしの考えを理解しているみたいで筋がいい。まあでも説明不足かな?

  この伊出千々果いでちちかちゃんはわたしと同じくらいの身長で、さらりとした綺麗な黒髪に、インテリみたいなメガネをかけている。ちょっと細目な印象なんだけども、胸が目立つくらいに大きい。グラビアアイドルにでもなれそうだ。

  担当に関して、彼女の希望はまだ聞いていない。『オーコ先輩に憧れてます!』と言われてしまったので、わたしの代わりに記事を書いてもらおうかなんて考えている。しかし……えへへ♪  憧れてますなんて照れちゃうよねっ。

「えーとぉ……?」
「ウチュリンさん。ようするに人が集まる場所に新聞を貼ったりとか、もしくは業務提携みたいなことを地元商店街とやるんだよ。例えば行楽シーズンには商店街にある電気屋でカメラあります、とかさ。さらにカメラ購入者にはフフギの宿でなにかしらのサービスが受けられる……とかね。それがオーコ先輩の言う地域活性化の意味だと思うな」

  おー。さすがは頭脳明晰で有名なピタゴラくん。わたしはこっそりとパチパチしてあげる。ピタゴラくんはどこかハーフっぽい見た目で髪も自然なブラウンだったりする。しかもサラッサラ!  目鼻立ちはくっきりしていてソース顔なイケメン男子。ショーユ顔なゲゲさんと並ぶとかなり絵になる。背も高い。ピタゴラくんはスクープをモノにしたいという、記者志望な男の子だ。だから担当としてはわたしのやってるネタ探しかなと思っている。

  なんにせよ、有望な三人のニューフェイスを迎えて新聞部は盛況!  ちなみにみんな一年生なのだっ。とまあ紹介はこれくらいにして、

「では、フフギの宿に向けて出発シンコー」
『おーっ』

  うんうん。この一体感……わたしは好きだよっ!

  とまあそんな感じで新聞部は、フフギの宿へと山を登り始めた。 とは言えフフギの宿までは緩い傾斜の舗装された道がある。わたしたちは鳥のさえずりなんかを耳にしながらワキアイアイと歩いていった。

「オーコくん。ドーマくんはどうしたのかな?  姿が見えないが」

  わたしの隣にいるシャータくんが聞いてくる。みんなの中で唯一、シャータくんだけが自分の荷物を背負っている。一泊二日の予定なのに、エベレスト登頂でもしそうなくらいに大きなバッグだ。シャータくんこだわりの撮影機材でも入っているのかもしれない。

「ドーマくんはさきにフフギの宿にいるよっ。シャータくんの荷物以外は全部任せちゃったのっ」
「それは凄い。自分のも含み七人分を運んでいるのか……ドーマくんにしか出来ない仕事だね」
「しっかし重そうだなシャータくん。ちょっと手伝ってあげようか?」

  シャータくんを挟んで向こうにいるカゲちょんがそんなことを言った。でもシャータくんは首を横に振る。

「心配には及ばないよカゲチヨくん。自分の荷物は自分で管理せねば気が気じゃなくてね。普段の部活動とは違い、今回は遠征なのだから。それに……」
「それに?」
「……自分の荷物を女性に持たせるなど、イチ男子として恥ずかしいことだよ。気持ちだけを頂いておくことにするよ。ありがとうカゲチヨくん」
「……え?  お、おう」

  カゲちょんがコクコクと頷きを返している……んん?  なんかカゲちょんから赤っぽい感情が見える。んー……

  わたしはそのカゲちょんの感情に答えが見出だせずにしばらく考え込んでいた……あれ?  

  ……ええ!?  カゲちょんの顔つきは普段と変わらない。それで赤っぽい感情って……ま、まさかカゲちょんっ!  シャータくんのことまさか!?

  待ちなさいオーコ。落ち着くのよオーコ!  だってカゲちょんのタイプはいかにも遊んでますって感じのチャラい年上だったじゃん!  それが災いして二ヶ月とか最悪一週間とかで別れたりとかしてたのに……シャータくんのタイプは真逆だよ?  身長だってカゲちょんのほうが十センチ以上高いんだよ?  彼氏は見上げたいよねって語っていたカゲちょんはどこに!?  そんな風にパニックオーコしていると、カゲちょんが木の根っこで盛り上がっていた道につまずいた。

「きゃっ!」
「おっと……大丈夫かい?」
「う……うん」

  ハプニーーーーーングッ!!  絵に描いたようなじっさい三流恋愛マンガみたいなハプニング!  つまずいたカゲちょんの腕をシャータくんが掴まえたーっ!  さすがにカゲちょんも頬を赤らめたりしている。いや、気になってる男子の優しさとかさっ、男らしいとこ見ちゃったらキュンとしますよねっ!  分かるよカゲちょん!

「……オーコ?  なにをニコニコしながら力強いガッツポーズしてんの?」
「えっとえっと……ナイスシャータくんっ!  を、体で表現したよねっ」
「オーコくんは最近ドーマくん化しているような気がするのだがね」

  うーむ……クールだねシャータくんはっ。なにごともなかったようにスタスタと歩いていく。カゲちょんはその後ろを、歩調を合わせてついていく。なんという大和撫子なっ。普通の場面なら早歩きでついていくところ、牛歩みたいについていってる。足の長さなんて二倍くらい違うかもしれないもん。そっかぁ……カゲちょんはついていきたいタイプだったんだね。

  とかなんとかやっているうちに、フフギの宿の駐車場みたいなところに到着した。駐車場はあまり広くない。なぜならお客さんが少ないからだ。雰囲気としては森の中のお宿って感じかな。地上に面している一階部分は大きな木造の銭湯みたいな雰囲気だ。旅館にしては小さい……と思ったら大間違い!  じつはフフギの宿、地下に延びていく造りなのです。

  一階が奥に百メートルくらいはあったかな?  そして建物は半分くらいで崖下へと延びていく。温泉が湧いたのが崖下だったから、そんな造りになったようだっ。

「正面から一枚撮っておきたい」
「女将さんや仲居さんに並んでもらうことになってるぜ?」
「それもいいんだが……個人的なこだわりというところかな。ウチュリンくん」
「は……はいぃ!」
「君の好きなように一枚撮ってみたまえ」

  シャータくんにはなにか狙いがあるのかもしれない。うちは予算が充分に与えられるようになってからは、写真をペタリと貼った学級新聞的なモノは作っていない。なのでウチュリンの使い捨てカメラの写真は使わないだろう。シャータくんのデジカメのデータをパソコンで処理し、新聞もパソコン内で作製し印刷している。コピーの必要もないし楽チンだ。

「シャータ先輩ぃ。撮れた画は確認出来ませんよぉ?」
「だいたい分かる。立ち位置や構えなんかでね。納得のいく一枚を収めたまえ」
「分かりました!  ラジャー。ウチュリン撮ります」

  ウチュリンはトテテテーっと駐車場の隅に走った。ナナメからのを撮るみたいだ。そして目的地に着いたのか、ウチュリンは素早くうつ伏せになる。制服汚れちゃうよっと思っていると、使い捨てカメラを構えた。

  ……じっくりな時間。ウチュリンはカメラを構えながら上下左右を見回している。そしてパシャリ。ウチュリンはさっと立ち上がると、フィルムを巻きながら走ってきた。わたしにはどんな一枚になっているのか分からないけど、

「宿の向こうにある北側の山をバックに入れたかったのだね?  確かに紅葉が始まっている場所もある。季節感は大事だと思うね」
「はいぃ!  秋ですからぁ!」
「……え?  山なんて見えないぜ?」
「見えないですよ」
「見えません」
「森があるからね~」

  うん。周囲は森なので視界は一面が森の風景だっ。その距離も近いために山なんて見えない。まあわたしは分かるんだけどね。

  北側……つまりは向かって右側。フフギの宿にもっとも近い森は、建築途中に伐採をしたのかビミョーに木と木のあいだに隙間がある。崖に面した建物なので、特に北側のほうは崖が近いんだろう。なのでそっち方向の山が見える。でもウチュリンみたいに寝転がって見ないと枝葉が邪魔して見えないわけだ。

  いまの説明と同じようなことをシャータくんが言った。すると、奥が深いね~とゲゲさんが感心する。

「テーマは来る深秋の様相といったところだろう。ウチュリンくんが入部したあかつきには、アングル探しを手伝ってもらおうか」
「はいぃ!」

  ウチュリンがにこやかに敬礼したりする。ん?  カゲちょんから紫な感情が……嫉妬!  これはほぼ確定的だ。そういえばロケハンのとき、カゲちょん頑張ってアングルとかも探してたもんね。シャータくんのためだったのかぁ……ケナゲだっ!  わたしはカゲちょんを応援しますっ!

  しかし、なんでいまさらその感情が強くなったんだろうねっ?  二年生が始まってからも、なんなら新聞部を立ち上げてからも、カゲちょんがシャータくんに対してこんな強い感情を抱いたことはなかった。確か前回の彼氏と別れたのが四ヶ月くらい前だったかな?  それ以降は彼氏がいますって話は聞かない。

  なるほどっ。それからずっと心の奥底に秘めていたモノが、最近になってあらわれたってことかぁ……わたしの感情センサーも、強烈じゃないと感知してくれない粗悪品だしねっ。

「カゲチヨくん。ロケハンの時にウチュリンくんとの同行をお願いしたい。じっさい写真を撮ることと、それを新聞にするのとでは扱いが異なるのだよ。いい風景を撮るのと、読者が内容を理解できる一枚を撮ることは違うものだし……お願いできるかな?」
「お……おう!  任せときな☆」

  カゲちょんから紫が消えて、黄色がかったオレンジを感じる。これは嬉しい時に出てくる。シャータくんのほうは水色に近い青。水色は信頼とかそういうので、つまりシャータくんはカゲちょんのことを信頼しているわけだ。青のほうは哀しみをあらわしていて、面倒事を任せちゃうけどっていうシャータくんの気づかいだね。

  シャータくんがめずらしく破顔はがんして、にかっと笑ったりする。子供っぽいぞぉ?  でもカゲちょんからは赤っぽい感情が……恐らくカワイイなぁとか思っているんだろう。趣味が変わりすぎじゃないでしょうか?  まあいいけどっ。と――

「おまえらあぁぁぁぁぁぁ!  来るのか来ないのかハッキリしてくれよおぉぉぉぉ!」

  ――ドーマくんだっ。ドーマくんは宿の入り口にかかっているノレンから、ブワッサァ!  と出てきた。みんなキョトンとする。ウチュリンはひぃあぁ……と怯えながらプルっちに隠れたりする。

「ドーマくーん。ごくろうさまぁっ」
「すげぇ苦労したわ!  なんだって俺がこんな大荷物抱えてこなきゃならねえんだよ!」

  ドーマくんはドシドシと歩いてきた。もちろん制服。ドーマくんは怒りながらわたしのほうに歩いてくる。

「ちょっとビックリさせてやろうと思って入り口付近に待機してたんだぞ!?  おまえらの姿が見えてドキドキしていた時間を返しやがれっ!  そりゃあもうそれはさぞビックリさせたかったんだぞ!」

  ドーマくんの感情が赤青黄色ともう複雑だっ。一番強いのが青……寂しかったんだろう。

「は……初めましてドーマ先輩!」
「ドーマ先輩!  荷物を運んでいただいてありがとうございました!」
「せ……先輩ぃ?  あぅ……ありがとうございますぅ……」

  ドーマくんは後輩たちの姿勢にキョトンとした。感情が見えなくても分かるねっ。誰?  って感じなんだろう。

  それはそれとして、なんでか八時入りなんて気合いの入っているドーマくん。ほぼ始発で来ている。うん、ここはお詫びのシルシだっ。

「ドーマくんっ♪」
「うわっぷ!  お、おい!  みんないるんだぞ……」

  わたしはドーマくんに飛びついた。体の前面を押しつけながら照れている顔を見上げ、頭を撫でてあげる。はい、複雑な感情は一気にまっピンクにっ。またどーせ胸が当たってるわい、とか考えているに違いないっ!  ダメ、減点!

  と、紫な感情が波動となって押し寄せてきた。わたしは、

「じゃあみんなっ、女将さんたちにアイサツしに行きましょう!」

  と、振り返る。ほっほう……プルっちから紫が出ています。わたしに憧れつつもドーマくん狙い?   まあよくある話かな?  憧れた先輩の彼氏にも、同じような憧れを抱いてしまい、それが恋愛感情に変わる。なんて複雑なオトメゴコロッ!

  わたしはニコニコしながらドーマくんの腕に自分の腕をまわした。そして小さな声で話しかける。

「なんで早くに来たのかなっ?」
「下見。全員が泊まる部屋とかチェックして、退路とかの把握。泊まりで戦闘にでもなったら最悪だろ。宿の間取りは全部覚えたよ」
「そっか。ドーマくんありがとうっ……夜になったらクロフギヒメに会いに行ってくるよっ」 
「ん……あいつらのことは俺がきっちり守ってやるぜ」

  フフギの宿のノレンをくぐる直前、ドーマくんはギクシャクとわたしの頭をポンポンした。赤と青。わたしを心配してくれてる。ドーマくんは優しいんだ……

  ドーマくん、ありがとう。

                      ※

  さて、わたしたち新聞部一行を迎え入れてくれたのは、和美人な女将さんだった。見た目は三十代前半、実年齢は四十代後半!  その事実に女性陣は食いつく。すると髪を結った着物姿の女将さんが、おほほほほと笑いながら片手をパタンと倒した。

「女将さんスゴくキレイですっ。やっぱり温泉の効能ですか?」

  わたしも一応食いついておく。するとシャッター音がして、いつのまにかシャータくんがカメラを構えて撮影していた。と、言いつつわたしもメモ帳を取り出してシャーペンを構えていた。カゲちょんは玄関口にあった館内マップをいつのまにやら手にして赤ペンを構え、ゲゲさんは宿のフロントにいる番頭さんみたいなひとに料金プランの確認を始めていたりする。

  そのわたしたちの姿を見た一年生たちはすっかり置いていかれている。プルっちとウチュリンは女将さんの話が気になるが、集中できずにキョロキョロ。ピタゴラくんはどうしていいのか分からずにスリッパを並べたりしている。影の薄いドーマくんはなにをしているのか分からない。

「――なるほどっ、やっぱりフギノ温泉が肌にいいわけですねっ。でもなんというか、アルカリ性の泉質は肌に悪いと聞いたことがありますっ。肌自体が弱酸性に保たれているものだからですっ。となると若いうちから利用することに不安を感じざるを得ないのですが?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。確かにお肌に一番優しいのは中性です。次に酸性、そしてアルカリ性ですわね。ですがそれぞれの効能をうまく使い分けることにより、お肌は健康に保たれるのです。例えばアルカリ性は皮膚を溶かすと言われておりますが、じっさいは皮脂を溶かしているのです。つまり汚れを落としてくれているので、石鹸を使用しているのと変わりませんわね。ですからアルカリ性の温泉を利用される時には、あまり体を洗わないことをオススメいたします。次に酸性なのですがこれにはピーリング効果がございまして――」

  ――とまあこれが新聞部のお仕事です。想像の通りでしょっ?  わたしは取材対象の主要な部分を聞きます。それをフォローしてくれるのがカゲちょん。

「浸透圧ってありますよね」
「ええ、うちは高張泉ですわ。なのであまり長湯をすると湯あたりを起こしてしまいます。体を温めることに優れておりますので、アルカリ性の泉質と合わせて、適切な時間の入浴をオススメしておりますわ」

  ロケハン担当のカゲちょんとしては、やっぱり景色が気になったりする。長湯が出来ないとなると景色を長々とは見ていられないわけかっ。その代わりに食事をするところがパノラマ展望室みたいになっているとか。うん、これはいい情報だったよカゲちょんっ。そのうち館内を見てまわるわけだけど、女将さんが口にするということは、それだけオススメだということになる。いま聞いたのは本音の本音ってわけ。食事、パノラマ展望室……と。

「……ご挨拶のつもりが取材になってしまいましたっ」
「いいえぇ、有名な空海高校新聞部さまに取材していただけるなんて光栄ですわ」

  女将さんはおほほほほと笑った。うーん……上品で美人で、うらやましい限りですっ。む、シャータくんが挙手をした。

「撮影を制限している場所などはございますか」
「そうですわねぇ……まあ従業員専用の部屋や事務室などはご遠慮願いますわ。その他の場所はお好きに撮影してくださいな。綺麗な景色はどこからでも見えますから」
「いえ、この旅館でもっとも美しいモノは撮らせていただきました。ご協力ありがとうございます」
「あら?  まあ……お上手ねぇ」

  まんざらでもなさそうな女将さんっ。シャータくんは撮影に満足するとべた褒めする癖があるのだっ。本人はかなり本気なので、その誠実さが伝わったのだろう。ナイス好印象シャータくんっ!

  そんな感じで出だしは好調っ。わたしたちはおジャマしまーすと、木造の宿の味わい深い廊下をゾロゾロと歩いた。女将さんの案内で進んでいくと、その突き当たりには大きな窓があり、山間を流れる川が見えていた。みんなで『すごぉい』と口にする。

  左右と奥には緑と黄と赤がまだらになっている山があり、そこをうねうねと幅の広い川が流れている。

  言ってしまえば単純なモノだ。だけどそこには高くなり始めた空が覆い被さるように広がり、うろこ雲の名残がぷかぷかと浮かぶ。みんなその景色に圧倒されている。それはつまり、雄大さに飲み込まれそうになっているのだ。

  自然は巨大だ。人間なんて豆粒よりも小さい。その圧倒的な存在感にみんなの魂が悲鳴をあげている。

  恐怖みたいなモノだ。だってそう……いまみんなが見ている世界は星のほんの一部。自分たちの存在がうやむやになってしまうくらいに世界は広いんだ。だからその偉大な光景に、魂が自然とひれ伏してしまうのである。

  まあ、わたしにとっては我が家みたいなものだけどねっ。

「はいっ。景色は後でいくらでも楽しむことにして、いまはお仕事お仕事っ」
『はぁーい』

  みんなで階段を降りていく。わたしはドーマくんと最後尾。隣同士で階段に足をついた。うん、いい木だねっ。建築から五十年という歳月をまったく感じさせないでしっかりしている。お掃除も行き届いて埃もない。こんなに大切にされるなら、伐採された木も喜んでいるだろう。

  というかこのフフギの宿には邪念がない。きっと代々の女将さんが、大切にしてきたからだろうねっ。こういう風に自然を利用してくれるなら、わたしの怒りなんてあらわれないんだけどな……。

  地下一階に着きまして、わたしたちは自分たちの部屋に案内をしてもらった。時代を感じる廊下を歩いていく。白い壁にフスマが等間隔でついている。そのフスマのうえには木札がついていて、筆で部屋の名前が書かれていた。その感じは老舗旅館な雰囲気だっ。

「こちらが文雪ふみゆきの間でございます」

  女将さんにフスマを開けてもらい、ゾロゾロと入室。ウチュリンがはしゃぎながらダッシュ。わたしは部屋に入る前に女将さんに聞いた。

「ふみゆきというのはっ?」

  ひとの名前みたいだっ。でも字を見たところ意味がありそうっ。

「ええ、だいぶ昔に有名な歌人さんが、この部屋からの雪景色が素晴らしいと友人に手紙を書いたことから、ですわね」
「それぞれの部屋の名前にもそういった意味がっ?」
「そうです。それぞれの部屋からの景色にちなんだ名前をつけておりますわ」

  ふむふむ。それはいいねっ。なにかに使えそうだっ。わたしはお礼をしてから文雪の間に入った。

  おー広いっ。三十畳はあるんじゃないかな。女将さんに聞くと冬に人気があるから大部屋に改装したとか。登山客や団体さんとかのためみたい。なんだか部屋の奥には宴会に使いそうなちっちゃなステージもある。真ん中はフスマで閉じられるようになっている。うん、男子女子で別れることも可能だっ。今回はロケハンしてないので、経理担当ゲゲさんによるナイスジャッジ。

「あー……一応みんな荷物の確認してくれ。なんかなくなったりしてたら俺の責任だからな」

  ドーマくんの言葉で、部屋の中央に置かれた荷物のカタマリにみんなが群がる。わたしはドーマくんの手を取って、正面にある丸テーブルとリクライニングチェアが置かれた窓辺に向かった。ドーマくんの手を取って。

「いいよねっ自然はっ」
「……だな」

  わたしは大きめな窓を開いた。すると爽やかな風が吹き抜ける。わたしはニコッとドーマくんを見上げる。ドーマくんは照れたりしながら頭を掻く。

  わたしたちの前には遠くにフフギ山の本山と呼ばれている山があった。頂上はフフギの宿よりもずっと高い。中腹あたりを見つめる。まだ木々は生命の緑をたもっていた。

  その見えている中腹の向こう側に、クロフギヒメの『神産石カムウブシ』がある――

                      ※

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