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日常編

33 ターゲット

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33ターゲット

廊下で引きずられながら、海未の部屋らしきところに着いた。海未は部屋の鍵を開け、僕を部屋に運ぶ。
海未がいつも使っているであろうベッドにゆっくりと横にされる。


片付いた部屋。生活最低限のものしか置かないのか、ほとんど物が無い。 ただ机には、資料のような紙の山が置いてあり、棚には何十冊もの本も並べられている。


「水はいるか」


海未の声に僕は首をゆっくりと振った。申し訳ないという気持ちでいっぱいだ。 咲にも海未にも迷惑をかけてしまった。


「……今日は奏斗さんは夜まで戻らない。 それまでここにいると良い。 奏斗さんには連絡しておく」


テキパキと物事を進めていく海未に返事が間に合わない。携帯のような端末でピッピッと朝霧に連絡をしているのか、何か打ち込んでいる。


「……あ、あの、すみません」



「……気にするな、俺も今日は上がりだ。 体調が優れないなら寝ていてくれて構わない」


かなり大人っぽい印象がある海未には「は、はい」と敬語になってしまう。そう言うと海未は机に向かい、紙の山から1束取り出し、静かに眺め始めた。沈黙が辛い。
その時僕は先程のことを思い出した。


「…っう、海未さん、あの……聞いても、良いですか」


作業を止めたことにまた申し訳なさがある。しかし、もしかしたらまた人の被害が出るかもしれない。


「……海未でいい。 なんだ」


名前の呼び方だけ訂正され、海未は紙から目を離し僕の目を見た。


「……あ、あの、えっと、ウツケムラ、って知ってますか……」


そう聞くと海未はピクリと一度眉を上げた。知っているようだった。海未は真面目な顔で僕に質問を返した。


「……奏斗さんからお前は、国、世界のことの知識はほとんどないと聞いていたが、なんでその村名を知っている」


朝霧からは僕のことをそんなふうに聞いていたのか……初めて知った。



「じ、実は……、さっき頭の中にまた、声が……その声が、その名前を……」



たどたどしくそう話すと、海未は驚き、急いで携帯の電源を入れた。


「それは……きっと、奏斗さんにすぐ教えるべきことだな……、内容を話せ。 俺が奏斗さんに伝える」


険しい顔をしながら、そう言われ、ビクッと怯えながらも震えながら声を出していく。


「…っそ、そんな前みたいに、情報はないんだけど、ウツケムラに……僕が、虹がきてくれるって……、きっと名前は、前の男が仲間で僕のことを教えたんだと思う、多分、そのウツケムラで何かしようとしているんだ、そして、僕もそこに来ると思っている……」



「……前回のH大学同様、きっと何か起こす気なのか……、しかし……」


言葉を詰まらせる海未を僕は疑問の目で見る。ウツケムラ、咲もその名前を復唱するように言っていた。何かあるのか……?


「……そこは、数年前に……、何者かによって、全村人が亡くなった村だ。 今も場所はあるが誰もいない……」


「……え?」



村人がいない? でもそれじゃあ、被害者は出ない。きっとこの計画では多くの人を殺し、あの声の男の家族のみを世界に残すという大胆かつ、最悪な計画である。それなのに、人がいないところに何が……。



「……前は学生に加え、謎の手紙によって街の住民が呼び寄せられた。 しかも、機関内の攻撃部隊が前日からの街外れの被害に、出ている時に事件を起こした。 本来はあそこに化け物に刃向かえる人はおらず、全員喰われるはずだった……。 なのに、今回は村人がいないところで……」



「……村人が……全員死んだ……? 一体何が……」



何者かによる犯行によって、村人は絶命した。そのため、もう寄り付く人もいない。そんなところで、前回のように人を集めることが出来るとは思わない。呼ばれても多くは怖くて寄り付かないだろう。



「……何しろ絶命、その犯人を知っていても誰も口を聞いてはくれないため、捕まりもしていない」



僕は1つだけ頭によぎった。気のせいだと思いたい。




……もし、その犯人がこの計画犯だったら……



ないと思いたい。何しろ数年前の出来事。計画が始まったと合図されたのは、前回のH大学での一件から……そんな前から………


……待って……誰が、H大学の計画が最初だとした? 確かに声では計画を始めると言っていた。 けれど、その事前の準備があったかもしれない……。何年も前から……あったのかもしれない。


証拠もなければ、ただの思い過ごしの可能性も高い。


「……その時も、まさか……、化け物が……?」



「……いや、その可能性は低いな。 村は火事による被害だった。小さく環境も整っていないかなり街から離れた場所だ。 それに遺体とはなっていたが、化け物に喰われた跡もなく、焼死体がほとんどだ」


火事……、しかも街から離れている……。やはり、この声の主とは全く関係は無いのか……。


「…………しかし、『うつけ村』、その名前を知っているのは、ここの機関にいる者か、近くの村に住んでいた人くらいだろう……。 お前の聞いた声では、確かにその名前を言っていたとしたら、機関の人間、近隣の村の住民……そして、そこを訪れた数少ない人間だろう」


そこまで名が知れた場所ではないらしく、普段街に住んでいる住民であれば知らない方が普通のようだ。


「……うつけ村か……、その他に聞いたことはないのか」



「…………いつ起こるのかは分からない……けど、向こうは僕を殺したいみたいだ」



僕は震えた声でそう言った。他人から命を狙われていると分かった恐怖から声に出すと、声も身体も震えて仕方がない。



「……あの不気味な男からお前のことが知れ渡ったのか……、あの件ではお前の指示がなければ留まらなかった……。 その向こうの奴らがお前を狙って当然か……」



海未は考え込み、僕の顔を見る。力のない僕が勝てるわけもない。 きっと、このうつけ村に行けば僕は……この声の主に出会うことになるだろう。だが、あの不気味な男の上に立つ計画犯の男に僕が何をできる……? 不気味な男に抵抗1つできなかった僕が……。


顔が青ざめる僕を見て、海未は携帯で朝霧に恐らくメールを送っている。今聞いた話を打ち込んでいるのだろう。


この声の、計画犯に会ったとしても、僕は止めることが出来ないとわかっている。
殺される恐怖、狙われる恐怖、僕はそれに押しつぶされそうになる。



前は自分が狙われていた訳ではなかったし、多くの人が被害に遭うと分かっていた。
けれど、今回は人もいなければ、狙われているのは、ターゲットは恐らく僕だ。


……それならうつけ村に行きたくは無い、と思っている自分が非常に汚くて、卑しい人間だと思った。








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