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第一章 黒神子レスフィナとの出会い編
16.三人の聖女達の覚悟
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16.三人の聖女達の覚悟
「高まれ俺のコスモよ、その力を極限まで解き放て。うおっぉぉぉぉぉーーぉぉ!」
「な、なんだそれは、一体なんの冗談だ?」
「くそーこの程度の集中じゃ駄目だ。もっと呼吸を整えなけねば、奴は倒せない。もっと精度を上げて呼吸を整えろ。いくぞ、ぜ、全集中ぅぅぅーっ!」
「それは一体なんの漫画のパクリだ。お前分かっててその台詞を吐いているのか?」
「マンガ……マンガとは……一体なんだ。勇者田中、お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり分からないんだが?」
「そうだ、この世界にはマンガと呼ばれる娯楽も漫画を書くと言う文化も無いんだった。文字を書く小説や風刺画の様な物はあるみたいだがな。まあ、いずれにしても何も知らなくてあのセリフを吐くとは、こいつは余程の中二病脳と言う事か。末恐ろしいぜ」
「言っていることはよく分からんが、とにかく行くぞ。この一撃に全てを賭ける!」
「無駄なことを、奇跡などと言うあやふやな物は今ここで木っ端みじんに徹底的に打ち砕いてやるぜ!」
そう高らかに宣言した勇者田中正に向けて、ラエルロットの最後の一撃が叩き込まれる。だが勇者田中正の言うようにラエルロットの黒刀は何かの見えない壁で押し阻まれ、その体までは達する事ができない。
どうやら冒険者や異世界召喚者なら誰もが持つとされる機能、オートガードシステムの防御壁によってラエルロットの攻撃は見事に防がれてしまったようだ。だがまだラエルロットは諦めてはいない。見えない圧力や磁力に押し戻される感覚を感じながらも尚も諦めずに必死に黒刀を押し返す。
「くそぉぉぉぉーっ、諦めて溜まるかぁぁぁ!」
「無駄だ、無駄だ、例えどんな事をしようとも、お前はこのオートガードシステムの防御壁を破る事はもう決してできない。高々数度奇跡的に防御壁を破ったからと言って次もできるとは思うなよ。あれはシステム上の不具合やいろんな偶然が重なった結果、たまたま起きたエラーのような物だからな。だからあんな出来事はもう二度と起こる事は決して無い。それにしても黒神子レスフィナの血を大量に浴びる事によってあの古代の遺物の一つでもある支配の灯火の呪縛を解くことができるとはな。知っていたら聖女達を接近戦で戦わせる事は決してしなかったぜ。まさかとは思うが黒神子レスフィナが一方的に聖女達の攻撃を受け続けていたのは聖女達に掛けられている呪いの呪縛から解放させる為だったのかな。だとしたら飛んだ間抜けだぜ。いくら呪いを受けた聖女達を正気に戻す為とはいえ、その結果自分が死んでしまったら意味が無いだろうに!」
「意味はこれから私達が作りますわ!」
「そうです、そのために私達は生き恥を曝しながらもここに帰ってきたのです!」
嘲りの言葉を口にする勇者田中正に対し、その体を必死に拘束し抑えつけている聖女ミランダと聖女カーラが更に力を強める。
「絶対に逃がしません、勇者田中さん!」
「フン、高々Cランクの、レベル30前後の低級聖女の分際で調子に乗るなよ。お前らの能力による束縛なぞ、レベル90の俺がその気になったらいつでも抜け出せる事を今すぐに教えてやろうか!」
「やれるものならやってみなさい。例え今ここであなたの圧倒的な力で殺されようとも……わ、私達の命を代償に一分間だけあなたをこの場所に釘付けにします」
「それが最強の力を持つあなたに対し私達にできる唯一の事ですから!」
「その一分間の為だけにお前らは自らの神力とも言うべきMPだけでは無く、その生命エネルギーまでもをその神聖力に変換すると言うのかよ。確かに命を代償にした神力のエネルギーなら一時的ではあるが飛躍的にそのレベルを上昇させることが出来るからな。だが聖女リリヤよ、お前にはその意味が分かっているのか。その生命エネルギーによる力を使えば、その後に訪れるのは確実な死だけだぞ!」
「ええ、知っていますよ。それでも、私達とあなたの悪の諸行の行いのせいで巻き込まれて死んで行った人達の為にも、あなたは私達の手で絶対に倒さなければいけないのです。たとえこの身が壊れ果てたとしても!」
「くそぅぅぅ、お前らと心中などして溜まるか。この茨の触手を放せ、カーラ! この上から降り注ぐ重力による衝撃波を今すぐに止めろ、ミランダ! そして俺を後ろから羽交い締めにしているリリヤ、今すぐに自分自らの体を爆撃の中心にした爆破攻撃を止めるんだ。チマチマとした攻撃がウザくて叶わんわ。目の前にいるラエルロットに集中が出来ないじゃないか。まあ、奴の攻撃が俺の体に当たる事は決して無いがな!」
三人の聖女達の能力によりその場から一歩も動けないでいる勇者田中正はラエルロットの攻撃が絶対に当たらないと豪語するが、そんな勇者田中正にラエルロットはまるで語りかけるかのように叫ぶ。
「くそぉぉーなんだ、この強力な磁力のような力は。まるで反発しあう磁石でも持っているかのように押し戻されて近づく事すら出来ない。この一撃が当たれば……お前の被害妄想的な屈折した思いが、ある意味嘘だと言う事を……お前に突きつけてやる事が出来るのにな……」
「被害妄想的な嘘だとう、それは一体どう言う意味だ?」
「お前の人生において信じられる友人や家族は全く無く、誰にも必要とされなかったと言う話のくだりさ。果たしてその話は本当にそうなのか、今一度試してやるよ。何だか腑に落ちない断片的な記憶も見てしまったからな」
「腑に落ちない断片的な記憶だとう?」
「そうだ、俺はお前がとうに忘れたり意識もしていない無意識的な記憶をも覗くことが出来るんだ。今その記憶の断片をお前に見せてやる」
「俺がとうに忘れてしまった記憶だとう、今更そんなのを俺に見せて何をしようとしているんだ。ラエルロット、魂胆はなんだ!」
自分は嘘は言ってはいないと主張する勇者田中正をがんと睨みつけながら、ラエルロットは見えない防御壁を何とか破ろうと更に左手に力を加える。
「もはや問答無用だ、ヒノのご神木よ、俺に力を貸してくれ。見えない壁をつらぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーぇ!」
その時またも信じられない出来事が起こる。何と勇者田中正を覆っていた光の防御壁が一瞬消え、エラーという表示を見たのと同時に左手に持つラエルロットの黒い木刀の先端が勇者田中正の胸の鎧の辺りに素早く叩き込まれる。
その攻撃は防御壁に防がれていたせいかかなり弱く、勇者田中正にダメージを与えるには至らない物だ。その証拠に三人の聖女達の攻撃は少なからずも勇者田中正のHPを確実に削り続けていたが、一方ラエルロットの一撃はゼロダメージという表示がステータス画面に無機質に書き込まれる。
とは言え、絶対に当たるはずの無いと思われていた攻撃がまたも当たってしまったと言う事実に勇者田中正の心は大きく狼狽し揺れ動く。
「な、なんだ、一体何が起きた。光の防御壁が破られたのと同時に俺のステータスにエラーという表示がまたも出たぞ。しかしこう何度も俺のオートガードシステムの防御壁を破って来るとは、一体どうなっているんだ。全く理解ができないぜ!」
やっと届いた……と言うラエルロットの言葉を聞いた勇者田中正はその脳裏に何かが送り込まれるのを半ば強制的に受け取る。
その送り込まれた映像は、勇者田中正の記憶にはない物だった。
*
夕暮れ時、田んぼや川が見える土手の畔道をまだ幼い子供を背負った一人の女性が家路へと歩く。
時々後ろに背負っている子供を心配そうに見るその女性は悲しい表情を向けると、病弱なのか時々辛く咳き込みながらも背中ですやすやと眠る我が子に向けて優しく囁く。
「正……元気に育て……この先、例え何があっても負けるな。もしかしたらこの先私がいなくなる事で、何か途轍もない不幸ややり切れない寂しさがこの子の明日に暗い影を落とすかも知れない。お父さんにもよ~く正の事はお願いするつもりだけど……あの人の背後には今は別の女の影がちらほらと見え隠れしているから、もし私が近いうちにこのまま死んだらその愛人と一緒になるかも知れない。その時が来たら、正が一人っきりになるのがとても心配なの。ごめんなさいね、正……私がこんな末期のガンを患っていなかったら、あなたの成長と行く末をこれからも見守っていけたのに……もうその時間が残り少ないみたいなの。だからせめて、あなたが無事に成長し幸せになるように、お母さん、お空の上からいつでも見守っているわ。その事を忘れないでね。正……私の息子として……この世に生まれてきてくれて……本当にありがとう!」
そこで勇者田中正の目に見えていた画像がプツリと途絶える。
*
「な、なんだ、今の記憶は? こんな記憶……俺は知らないぞ」
勇者田中正の体は走馬灯のような記憶を見ている間に吹き飛び、そのまま地面へと倒れ込む。
その後何事も無く起き上がった勇者田中正は自分の記憶にはない画像を見てしまった事にかなり驚き狼狽しているようだったが、それでもまだ信じられないとばかりにラエルロットを睨む。
「変な幻惑を見せて俺の心を惑わすつもりか。ラエルロット、今のは一体なんだ?」
「俺は嘘の記憶をお前に見せている訳ではない。あれはお前の心が既に忘れていた、心の片隅にある、まだお前が幼い時に見ていたであろう……心の記憶だ。あの感じじゃあの背負われている幼い子供が田中正……お前で、そのあんたを背負っているあの優しそうな女性が恐らくはお前の本当の母親じゃないかな。あの映像から察するにどうやらお前の母親は重い病を患っていたようだな。まだ幼い我が子を一人残してやがて来る死を受け入れなければならないだなんて、さぞ心残りで無念だったろうぜ。どうやら死が訪れる最後の瞬間まであんたのことを心配していたみたいだったからな」
「あの人が俺の母親だと……そんな馬鹿な……俺には母親と言葉を交わした記憶も無いし、ましてやその姿は写真でしか見たことが無いと言うのに、ラエルロット……お前のその心を読む能力は、既に失われているその幼い時に見た記憶すらも呼び戻す事が出来るというのか。そんな馬鹿な……」
今みた記憶が信じられないとばかりに困惑する勇者田中正に対し、ラエルロットは体をふらつかせながらも一歩前にでる。
「それにしても勇者田中正、やはりお前の言っていた事は嘘だったじゃないか。ちゃんとお前を見てくれている人が……お前に生きていて欲しいと願っていた人が確実に存在していた。だったらあんたはもう必要とされていない……いらない人間ではないと言う事だ。自分の不幸だった境遇に卑屈にならずにちゃんと胸を張って生きていく事ができるよな。だってちゃんとお前を必要とし……成長とその幸せを心から願ってくれていた人も中にはちゃんといたのだから。もしかしたらお前の気付かない所で、お前の身を案じて心配してくれていた人達が他にもいたのかもしれないな。でもそんな人の思いにお前は気付けなかった」
「俺を……こんな俺を、必要としてくれる人がいる。幸せを願ってくれた人がいる。俺は愛されていたのか。母さん……。俺には母親との記憶は全くないけど、ラエルロット……俺が幼い頃に見た母親との記憶を、お前が思い出させてくれたと言う事か。こんな俺にも、そんな過去があったんだな」
勇者田中正は天を仰ぎながらしばらく物思いに浸っていたが、直ぐに視線を戻すとラエルロットに向けて言い放つ。
「ラエルロット……こんな暖かな記憶を見せてくれて正直礼を言うぜ。俺は物心がついた時から家族には恵まれず、継母には必要のない人間だと散々言われて今日まで生きてきた。だから本当は実母には愛されていた事がわかっただけでも、心が救われたと言った所だ。だが失われた過去はもう二度と戻っては来ない。俺はかなりの悪事を働いているし、もう後戻りは決して出来ないのだ。そんな訳でそろそろ決着を付けさせてもらうぜ。お前との戦いもそろそろ終焉と行こうか!」
どことなく哀愁に浸る勇者田中正が長剣を構えたその時、そうはさせまいとリリヤ・ミランダ・カーラの三人の聖女達はまるでスクラムを組むかのように勇者田中正の体にがっしりとしがみつく。
「な、お前達……いきなり三人で俺にしがみついて、これは一体なんの真似だ。ええい、鬱陶しい。放せ、放さんかぁぁぁ!」
「もう逃がしませんよ。勇者田中……私達はあなたのこれまでの罪を、命をかけて償わせます」
「ふ、たかだかCランク程度の聖女の力など直ぐに振り払ってやるよ。俺様とお前らとの力の差を思い知れ!」
そう言いながら勇者田中正は体全体に力を込めるが何故か彼女らを引き離す事が出来ない。その命を賭けた彼女達の力の源に気付いた勇者田中正は、顔色を変えながら焦りの表情を見せる。
「三人の聖女達のレベルがみるみると上昇して行く。お前らまさか、その命を燃やして……この俺を道連れに神力の全てを解放するつもりか。だが、そんな事をしたら!」
「ええ、私達も勿論無事ではすまないでしょうね。でも私達は覚悟の上であなたに挑んでいます。あなたには必ず自らの行いと罪を償わせると誓いましたから」
「この俺に罪を償わせるだとう、どうやら本気のようだな。くそ、早くここから脱出しなければ、聖女達の自爆の巻き沿いを食うことになる。しかもこの至近距離でだ。不味い、あれを直接喰らうのは非常に不味いぜ!」
聖女達の覚悟を決めた表情にかなりの焦りを感じていた勇者田中正は一刻も早くこの場から逃げだそうと必死に暴れるが、そんな状況を見ていたラエルロットは三人の聖女達に不安な気持ちを向けながら思わず声を上げて叫ぶ。
「お、おい、一体何をするつもりだ。なぜ勇者田中正はこんなにも焦っているんだ。このただならない状況からして、これから途轍もない何かが起きると言う事だよな。聖女達よ、あなた方はこれから何をしようとしているんだ?」
事の現状をよく分かっていないラエルロットに変わって、勇者田中正が代わりに応える。
「自爆だよ、自爆、こいつら自分達の神力を最大限まで膨張させて、そのまま自爆をするつもりなんだよ。まあ確かにレベル30程度の攻撃をいくらチマチマと当てたってレベル90の俺を倒すことは先ず絶対に出来ないからな。だったら一瞬だけ自己のレベルを最大限まで高めて一気にその力を解放し破裂させれば、俺に大ダメージを与える事が出来るかも知れない、そう考えたんだろうぜ。しかもCランクとはいえ、聖女達三人分の力だからな、こんなに密着した状態で自爆なんかされたら例え俺でもどうなるか正直分からない。もしかしたら半分くらいのHPを減らしてしまうのかもな。まあ文字通りの最後の捨て身の攻撃と言う訳だ」
「そんな捨て身の攻撃をするつもりなのか。やめろ、やめるんだ。命を無駄に捨てるんじゃない。やっと三人とも正気に戻ったと言うのに……これじゃあまりにも悲しすぎるじゃないか。それにその捨て身の攻撃が上手くいったとしても勇者田中正には半分のダメージしか与えられないんだろ。だったら無駄死にになってしまうじゃないか!」
思うように動かない体を引きずりながら聖女達の元へ駆け寄ろうとするラエルロットに、三人の聖女達は皆微笑みながら最後に忠告の言葉を送る。
聖女ミランダが衝撃波による攻撃で勇者田中正の体を圧迫しながら、ラエルロットの瞳をマジマジと見る。
「今この世界は、何か途轍もない悪意ある者の手で浸食され徐々に崩壊しつつあります。その人ならざる者達は他の星の異世界から呼び寄せた異世界勇者達を召喚し、二千年前にこの地に突如として現れたとされる地球人と呼ばれし人達が残したと言う……封印されし古代の遺物を探し出し、再びこの世界に何か良くない影響を与えようとしています。それが一体どのような物で彼らが具体的に何をしようとしているのかは正直分かりませんが、恐らくはろくでもない事にその古代の遺物を使おうとしている事だけは確かです。自らの呪われた運命に立ち向かい、そして挑もうとする。呪われた勇者、ラエルロットよ。もしあなたがまだこの異世界勇者達の件に関わろうとするのなら、彼らに持ち去らわれた古代の遺物らを全て探しだし、そしてなんとしてでも彼らの手から取り戻して下さい。まだ見つかってはいない古代の遺物を先に見つけだし、そして手に入れるのです。その古代の遺物を全て集めた時、この世界の崩壊を止める手段がもしかしたら見つかるかも知れません」
「え、それは本当ですか」
「ええ、本当です。その為にもあの古代の遺物の数々を彼らの手に渡しては絶対にいけません。もしもあなたが勇者田中の攻撃を運良く全て退けて生きてこの地を出て行く事ができたなら、この事を冒険者連合組合に知らせて下さい。もう既に敵対する異世界勇者達が動き出した事を冒険者の仲間達に知らせるのです!」
「敵対する異世界勇者に古代の遺物か……爆炎を操る勇者、確か不知火とか言う奴もその仲間の一人か。あいつは確か支配の灯火と思いを具現化する苗木の割れた呪物の半分を持っているんだったな」
ラエルロットは無くなった右腕の付け根を強く左手で押さえつけながら話を聞いていると、今度は茨の触手で勇者田中正を必死に拘束している聖女カーラが話しかける。
「ラエルロットさん、私はあなたにこの件から降りる事を進言します。この件だけではありません、出来たら黒神子レスフィナとの契約も解消して普通の人間として生きた方が幸せだと私は思います。唯一の祖母や罪のない村の人達が無残にも殺された恨みを晴らしたい気持ちは分かりますがせっかく拾った命です、どうか大事にして下さい。このまま黒神子レスフィナの眷属になっていても、これから訪れるであろう様々な試練を乗り切る事はあなたには先ず出来ないと私は考えます」
「いや、でもその肝心の黒神子レスフィナはもう既に死んでいるし、今更そんな事を言われてもなあ」
「フフフ、確かにそうですね。でも今の言葉を心に止めて置いていてください」
その見解に補足と反対の意見を付け加えたのは今も勇者田中正の背後から力強く羽交い締めにしている聖女リリヤである。
聖女リリヤは今も発動している爆撃の攻撃を途中で中断すると、ラエルロットの方をまじまじと見る。
「私はそうは思いません。ラエルロットさんはそこら辺にいる冒険者候補達とは何か違うような気がします。ただ闇雲に恨みや復讐心だけでこの狂雷の勇者・田中正に挑んでいる訳ではないようです。だからこそ彼は奇跡的にもまだ生きているのだと私は考えます。もしただの恨みや憎しみの心だけで勇者田中に挑んでいたのなら、第一の試練の段階で恐らくは死んでいたでしょうし。先ほどの勇者田中との最後の戦いの中で渾身の一撃を放った時も、復讐の鎧に宿る亡者達にその命を全て吸い取られなかったのはただの憎しみだけで相手に挑んでいる訳ではない何よりの証拠です。ですがあなたに不死の力を与えていた黒神子レスフィナは今はもういないのですから、その切断された右腕は早く止血をしなければ流石にあなたの命は助かりません。なので今だけは私達に任せてください」
「聖女リリヤ、何をするつもりだ?」
「何をするもなにも聖女としての使命を全うするだけです。本来この緑ある星を守る役目を女神様より仰せつかっている私達がその命を賭けない訳にはいきませんからね。ラエルロットさん……あなたはよく戦いました。ここからは私達に任せて下さい。何とかして勇者田中正のHPに大ダメージを与えてみせます」
「や、やめろ! 例え大ダメージを与えて勇者田中正のHPの数値を大幅に削っても、倒せなければ意味が無いじゃないか!」
そのラエルロットの叫びに、聖女達はお互いに顔を見合わせながら何か意味ありげにクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ、ラエルロットさん。後は運命が何とかしてくれますから、大丈夫です。黒神子レスフィナさんを信じて下さい」
「レスフィナを……だと?」
「放せ、放さんか。何がレスフィナを信じろだ。もう既に死んだ奴を信じて何になると言うんだ。馬鹿馬鹿しい。くそぉぉぉーー、ちくしょうめ、こうなったら無理やりにでもこの囲いから出てやる。くらえ、狂雷・電光石火!」
三人の聖女達とラエルロットの話にしびれを切らした勇者田中は自慢の付属スキル、雷撃を生かした狂雷・電光石火という攻防一体の素早い斬撃を生かした神速の技を使おうとするが、全く動くことができない勇者田中は仕方がないとばかりに電流攻撃を惜しみもなく放出する。
「これでも、くらえぇぇぇ!」
「「「きゃああぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」」」
その凄まじい電流による衝撃に対し全く怯む様子の無い三人の聖女達は雷で体を焼かれながらも必死にしがみつく。
ビリビリビリビリーー、バチバチバチバチーー、ドカドカドカドカーーン!
「やめろ……やめるんだぁぁぁ!」
ラエルロットの叫びを否定するかのように三人の聖女達は押さえつけている勇者田中を睨みつけるとその神力を最大限まで膨張させる。
それを見た勇者田中正は青い顔をしながら本気で騒ぐ。
「お前ら正気か。やめろ……やめるんだ。本当に死ぬつもりか!」
「勇者……いいえ、田中正さん、では死の国に一緒に行きますか……私達が道案内をしますわ」
「そこで虫けらのように殺したこの世界の人達に心の底から謝って下さい。私達も心ならずも同罪ですから一緒に懺悔しますわ」
「後のことは頼みましたよ。ラエルロットさん……」
『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!』
ラエルロットと勇者田中正の叫びも空しく、三人の聖女達の体があり得ないほどに眩しく光ると、けたたましい音と共に勇者田中正の体はこれまでにないほどの大爆発を起こすのだった。
「高まれ俺のコスモよ、その力を極限まで解き放て。うおっぉぉぉぉぉーーぉぉ!」
「な、なんだそれは、一体なんの冗談だ?」
「くそーこの程度の集中じゃ駄目だ。もっと呼吸を整えなけねば、奴は倒せない。もっと精度を上げて呼吸を整えろ。いくぞ、ぜ、全集中ぅぅぅーっ!」
「それは一体なんの漫画のパクリだ。お前分かっててその台詞を吐いているのか?」
「マンガ……マンガとは……一体なんだ。勇者田中、お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり分からないんだが?」
「そうだ、この世界にはマンガと呼ばれる娯楽も漫画を書くと言う文化も無いんだった。文字を書く小説や風刺画の様な物はあるみたいだがな。まあ、いずれにしても何も知らなくてあのセリフを吐くとは、こいつは余程の中二病脳と言う事か。末恐ろしいぜ」
「言っていることはよく分からんが、とにかく行くぞ。この一撃に全てを賭ける!」
「無駄なことを、奇跡などと言うあやふやな物は今ここで木っ端みじんに徹底的に打ち砕いてやるぜ!」
そう高らかに宣言した勇者田中正に向けて、ラエルロットの最後の一撃が叩き込まれる。だが勇者田中正の言うようにラエルロットの黒刀は何かの見えない壁で押し阻まれ、その体までは達する事ができない。
どうやら冒険者や異世界召喚者なら誰もが持つとされる機能、オートガードシステムの防御壁によってラエルロットの攻撃は見事に防がれてしまったようだ。だがまだラエルロットは諦めてはいない。見えない圧力や磁力に押し戻される感覚を感じながらも尚も諦めずに必死に黒刀を押し返す。
「くそぉぉぉぉーっ、諦めて溜まるかぁぁぁ!」
「無駄だ、無駄だ、例えどんな事をしようとも、お前はこのオートガードシステムの防御壁を破る事はもう決してできない。高々数度奇跡的に防御壁を破ったからと言って次もできるとは思うなよ。あれはシステム上の不具合やいろんな偶然が重なった結果、たまたま起きたエラーのような物だからな。だからあんな出来事はもう二度と起こる事は決して無い。それにしても黒神子レスフィナの血を大量に浴びる事によってあの古代の遺物の一つでもある支配の灯火の呪縛を解くことができるとはな。知っていたら聖女達を接近戦で戦わせる事は決してしなかったぜ。まさかとは思うが黒神子レスフィナが一方的に聖女達の攻撃を受け続けていたのは聖女達に掛けられている呪いの呪縛から解放させる為だったのかな。だとしたら飛んだ間抜けだぜ。いくら呪いを受けた聖女達を正気に戻す為とはいえ、その結果自分が死んでしまったら意味が無いだろうに!」
「意味はこれから私達が作りますわ!」
「そうです、そのために私達は生き恥を曝しながらもここに帰ってきたのです!」
嘲りの言葉を口にする勇者田中正に対し、その体を必死に拘束し抑えつけている聖女ミランダと聖女カーラが更に力を強める。
「絶対に逃がしません、勇者田中さん!」
「フン、高々Cランクの、レベル30前後の低級聖女の分際で調子に乗るなよ。お前らの能力による束縛なぞ、レベル90の俺がその気になったらいつでも抜け出せる事を今すぐに教えてやろうか!」
「やれるものならやってみなさい。例え今ここであなたの圧倒的な力で殺されようとも……わ、私達の命を代償に一分間だけあなたをこの場所に釘付けにします」
「それが最強の力を持つあなたに対し私達にできる唯一の事ですから!」
「その一分間の為だけにお前らは自らの神力とも言うべきMPだけでは無く、その生命エネルギーまでもをその神聖力に変換すると言うのかよ。確かに命を代償にした神力のエネルギーなら一時的ではあるが飛躍的にそのレベルを上昇させることが出来るからな。だが聖女リリヤよ、お前にはその意味が分かっているのか。その生命エネルギーによる力を使えば、その後に訪れるのは確実な死だけだぞ!」
「ええ、知っていますよ。それでも、私達とあなたの悪の諸行の行いのせいで巻き込まれて死んで行った人達の為にも、あなたは私達の手で絶対に倒さなければいけないのです。たとえこの身が壊れ果てたとしても!」
「くそぅぅぅ、お前らと心中などして溜まるか。この茨の触手を放せ、カーラ! この上から降り注ぐ重力による衝撃波を今すぐに止めろ、ミランダ! そして俺を後ろから羽交い締めにしているリリヤ、今すぐに自分自らの体を爆撃の中心にした爆破攻撃を止めるんだ。チマチマとした攻撃がウザくて叶わんわ。目の前にいるラエルロットに集中が出来ないじゃないか。まあ、奴の攻撃が俺の体に当たる事は決して無いがな!」
三人の聖女達の能力によりその場から一歩も動けないでいる勇者田中正はラエルロットの攻撃が絶対に当たらないと豪語するが、そんな勇者田中正にラエルロットはまるで語りかけるかのように叫ぶ。
「くそぉぉーなんだ、この強力な磁力のような力は。まるで反発しあう磁石でも持っているかのように押し戻されて近づく事すら出来ない。この一撃が当たれば……お前の被害妄想的な屈折した思いが、ある意味嘘だと言う事を……お前に突きつけてやる事が出来るのにな……」
「被害妄想的な嘘だとう、それは一体どう言う意味だ?」
「お前の人生において信じられる友人や家族は全く無く、誰にも必要とされなかったと言う話のくだりさ。果たしてその話は本当にそうなのか、今一度試してやるよ。何だか腑に落ちない断片的な記憶も見てしまったからな」
「腑に落ちない断片的な記憶だとう?」
「そうだ、俺はお前がとうに忘れたり意識もしていない無意識的な記憶をも覗くことが出来るんだ。今その記憶の断片をお前に見せてやる」
「俺がとうに忘れてしまった記憶だとう、今更そんなのを俺に見せて何をしようとしているんだ。ラエルロット、魂胆はなんだ!」
自分は嘘は言ってはいないと主張する勇者田中正をがんと睨みつけながら、ラエルロットは見えない防御壁を何とか破ろうと更に左手に力を加える。
「もはや問答無用だ、ヒノのご神木よ、俺に力を貸してくれ。見えない壁をつらぬけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーぇ!」
その時またも信じられない出来事が起こる。何と勇者田中正を覆っていた光の防御壁が一瞬消え、エラーという表示を見たのと同時に左手に持つラエルロットの黒い木刀の先端が勇者田中正の胸の鎧の辺りに素早く叩き込まれる。
その攻撃は防御壁に防がれていたせいかかなり弱く、勇者田中正にダメージを与えるには至らない物だ。その証拠に三人の聖女達の攻撃は少なからずも勇者田中正のHPを確実に削り続けていたが、一方ラエルロットの一撃はゼロダメージという表示がステータス画面に無機質に書き込まれる。
とは言え、絶対に当たるはずの無いと思われていた攻撃がまたも当たってしまったと言う事実に勇者田中正の心は大きく狼狽し揺れ動く。
「な、なんだ、一体何が起きた。光の防御壁が破られたのと同時に俺のステータスにエラーという表示がまたも出たぞ。しかしこう何度も俺のオートガードシステムの防御壁を破って来るとは、一体どうなっているんだ。全く理解ができないぜ!」
やっと届いた……と言うラエルロットの言葉を聞いた勇者田中正はその脳裏に何かが送り込まれるのを半ば強制的に受け取る。
その送り込まれた映像は、勇者田中正の記憶にはない物だった。
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夕暮れ時、田んぼや川が見える土手の畔道をまだ幼い子供を背負った一人の女性が家路へと歩く。
時々後ろに背負っている子供を心配そうに見るその女性は悲しい表情を向けると、病弱なのか時々辛く咳き込みながらも背中ですやすやと眠る我が子に向けて優しく囁く。
「正……元気に育て……この先、例え何があっても負けるな。もしかしたらこの先私がいなくなる事で、何か途轍もない不幸ややり切れない寂しさがこの子の明日に暗い影を落とすかも知れない。お父さんにもよ~く正の事はお願いするつもりだけど……あの人の背後には今は別の女の影がちらほらと見え隠れしているから、もし私が近いうちにこのまま死んだらその愛人と一緒になるかも知れない。その時が来たら、正が一人っきりになるのがとても心配なの。ごめんなさいね、正……私がこんな末期のガンを患っていなかったら、あなたの成長と行く末をこれからも見守っていけたのに……もうその時間が残り少ないみたいなの。だからせめて、あなたが無事に成長し幸せになるように、お母さん、お空の上からいつでも見守っているわ。その事を忘れないでね。正……私の息子として……この世に生まれてきてくれて……本当にありがとう!」
そこで勇者田中正の目に見えていた画像がプツリと途絶える。
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「な、なんだ、今の記憶は? こんな記憶……俺は知らないぞ」
勇者田中正の体は走馬灯のような記憶を見ている間に吹き飛び、そのまま地面へと倒れ込む。
その後何事も無く起き上がった勇者田中正は自分の記憶にはない画像を見てしまった事にかなり驚き狼狽しているようだったが、それでもまだ信じられないとばかりにラエルロットを睨む。
「変な幻惑を見せて俺の心を惑わすつもりか。ラエルロット、今のは一体なんだ?」
「俺は嘘の記憶をお前に見せている訳ではない。あれはお前の心が既に忘れていた、心の片隅にある、まだお前が幼い時に見ていたであろう……心の記憶だ。あの感じじゃあの背負われている幼い子供が田中正……お前で、そのあんたを背負っているあの優しそうな女性が恐らくはお前の本当の母親じゃないかな。あの映像から察するにどうやらお前の母親は重い病を患っていたようだな。まだ幼い我が子を一人残してやがて来る死を受け入れなければならないだなんて、さぞ心残りで無念だったろうぜ。どうやら死が訪れる最後の瞬間まであんたのことを心配していたみたいだったからな」
「あの人が俺の母親だと……そんな馬鹿な……俺には母親と言葉を交わした記憶も無いし、ましてやその姿は写真でしか見たことが無いと言うのに、ラエルロット……お前のその心を読む能力は、既に失われているその幼い時に見た記憶すらも呼び戻す事が出来るというのか。そんな馬鹿な……」
今みた記憶が信じられないとばかりに困惑する勇者田中正に対し、ラエルロットは体をふらつかせながらも一歩前にでる。
「それにしても勇者田中正、やはりお前の言っていた事は嘘だったじゃないか。ちゃんとお前を見てくれている人が……お前に生きていて欲しいと願っていた人が確実に存在していた。だったらあんたはもう必要とされていない……いらない人間ではないと言う事だ。自分の不幸だった境遇に卑屈にならずにちゃんと胸を張って生きていく事ができるよな。だってちゃんとお前を必要とし……成長とその幸せを心から願ってくれていた人も中にはちゃんといたのだから。もしかしたらお前の気付かない所で、お前の身を案じて心配してくれていた人達が他にもいたのかもしれないな。でもそんな人の思いにお前は気付けなかった」
「俺を……こんな俺を、必要としてくれる人がいる。幸せを願ってくれた人がいる。俺は愛されていたのか。母さん……。俺には母親との記憶は全くないけど、ラエルロット……俺が幼い頃に見た母親との記憶を、お前が思い出させてくれたと言う事か。こんな俺にも、そんな過去があったんだな」
勇者田中正は天を仰ぎながらしばらく物思いに浸っていたが、直ぐに視線を戻すとラエルロットに向けて言い放つ。
「ラエルロット……こんな暖かな記憶を見せてくれて正直礼を言うぜ。俺は物心がついた時から家族には恵まれず、継母には必要のない人間だと散々言われて今日まで生きてきた。だから本当は実母には愛されていた事がわかっただけでも、心が救われたと言った所だ。だが失われた過去はもう二度と戻っては来ない。俺はかなりの悪事を働いているし、もう後戻りは決して出来ないのだ。そんな訳でそろそろ決着を付けさせてもらうぜ。お前との戦いもそろそろ終焉と行こうか!」
どことなく哀愁に浸る勇者田中正が長剣を構えたその時、そうはさせまいとリリヤ・ミランダ・カーラの三人の聖女達はまるでスクラムを組むかのように勇者田中正の体にがっしりとしがみつく。
「な、お前達……いきなり三人で俺にしがみついて、これは一体なんの真似だ。ええい、鬱陶しい。放せ、放さんかぁぁぁ!」
「もう逃がしませんよ。勇者田中……私達はあなたのこれまでの罪を、命をかけて償わせます」
「ふ、たかだかCランク程度の聖女の力など直ぐに振り払ってやるよ。俺様とお前らとの力の差を思い知れ!」
そう言いながら勇者田中正は体全体に力を込めるが何故か彼女らを引き離す事が出来ない。その命を賭けた彼女達の力の源に気付いた勇者田中正は、顔色を変えながら焦りの表情を見せる。
「三人の聖女達のレベルがみるみると上昇して行く。お前らまさか、その命を燃やして……この俺を道連れに神力の全てを解放するつもりか。だが、そんな事をしたら!」
「ええ、私達も勿論無事ではすまないでしょうね。でも私達は覚悟の上であなたに挑んでいます。あなたには必ず自らの行いと罪を償わせると誓いましたから」
「この俺に罪を償わせるだとう、どうやら本気のようだな。くそ、早くここから脱出しなければ、聖女達の自爆の巻き沿いを食うことになる。しかもこの至近距離でだ。不味い、あれを直接喰らうのは非常に不味いぜ!」
聖女達の覚悟を決めた表情にかなりの焦りを感じていた勇者田中正は一刻も早くこの場から逃げだそうと必死に暴れるが、そんな状況を見ていたラエルロットは三人の聖女達に不安な気持ちを向けながら思わず声を上げて叫ぶ。
「お、おい、一体何をするつもりだ。なぜ勇者田中正はこんなにも焦っているんだ。このただならない状況からして、これから途轍もない何かが起きると言う事だよな。聖女達よ、あなた方はこれから何をしようとしているんだ?」
事の現状をよく分かっていないラエルロットに変わって、勇者田中正が代わりに応える。
「自爆だよ、自爆、こいつら自分達の神力を最大限まで膨張させて、そのまま自爆をするつもりなんだよ。まあ確かにレベル30程度の攻撃をいくらチマチマと当てたってレベル90の俺を倒すことは先ず絶対に出来ないからな。だったら一瞬だけ自己のレベルを最大限まで高めて一気にその力を解放し破裂させれば、俺に大ダメージを与える事が出来るかも知れない、そう考えたんだろうぜ。しかもCランクとはいえ、聖女達三人分の力だからな、こんなに密着した状態で自爆なんかされたら例え俺でもどうなるか正直分からない。もしかしたら半分くらいのHPを減らしてしまうのかもな。まあ文字通りの最後の捨て身の攻撃と言う訳だ」
「そんな捨て身の攻撃をするつもりなのか。やめろ、やめるんだ。命を無駄に捨てるんじゃない。やっと三人とも正気に戻ったと言うのに……これじゃあまりにも悲しすぎるじゃないか。それにその捨て身の攻撃が上手くいったとしても勇者田中正には半分のダメージしか与えられないんだろ。だったら無駄死にになってしまうじゃないか!」
思うように動かない体を引きずりながら聖女達の元へ駆け寄ろうとするラエルロットに、三人の聖女達は皆微笑みながら最後に忠告の言葉を送る。
聖女ミランダが衝撃波による攻撃で勇者田中正の体を圧迫しながら、ラエルロットの瞳をマジマジと見る。
「今この世界は、何か途轍もない悪意ある者の手で浸食され徐々に崩壊しつつあります。その人ならざる者達は他の星の異世界から呼び寄せた異世界勇者達を召喚し、二千年前にこの地に突如として現れたとされる地球人と呼ばれし人達が残したと言う……封印されし古代の遺物を探し出し、再びこの世界に何か良くない影響を与えようとしています。それが一体どのような物で彼らが具体的に何をしようとしているのかは正直分かりませんが、恐らくはろくでもない事にその古代の遺物を使おうとしている事だけは確かです。自らの呪われた運命に立ち向かい、そして挑もうとする。呪われた勇者、ラエルロットよ。もしあなたがまだこの異世界勇者達の件に関わろうとするのなら、彼らに持ち去らわれた古代の遺物らを全て探しだし、そしてなんとしてでも彼らの手から取り戻して下さい。まだ見つかってはいない古代の遺物を先に見つけだし、そして手に入れるのです。その古代の遺物を全て集めた時、この世界の崩壊を止める手段がもしかしたら見つかるかも知れません」
「え、それは本当ですか」
「ええ、本当です。その為にもあの古代の遺物の数々を彼らの手に渡しては絶対にいけません。もしもあなたが勇者田中の攻撃を運良く全て退けて生きてこの地を出て行く事ができたなら、この事を冒険者連合組合に知らせて下さい。もう既に敵対する異世界勇者達が動き出した事を冒険者の仲間達に知らせるのです!」
「敵対する異世界勇者に古代の遺物か……爆炎を操る勇者、確か不知火とか言う奴もその仲間の一人か。あいつは確か支配の灯火と思いを具現化する苗木の割れた呪物の半分を持っているんだったな」
ラエルロットは無くなった右腕の付け根を強く左手で押さえつけながら話を聞いていると、今度は茨の触手で勇者田中正を必死に拘束している聖女カーラが話しかける。
「ラエルロットさん、私はあなたにこの件から降りる事を進言します。この件だけではありません、出来たら黒神子レスフィナとの契約も解消して普通の人間として生きた方が幸せだと私は思います。唯一の祖母や罪のない村の人達が無残にも殺された恨みを晴らしたい気持ちは分かりますがせっかく拾った命です、どうか大事にして下さい。このまま黒神子レスフィナの眷属になっていても、これから訪れるであろう様々な試練を乗り切る事はあなたには先ず出来ないと私は考えます」
「いや、でもその肝心の黒神子レスフィナはもう既に死んでいるし、今更そんな事を言われてもなあ」
「フフフ、確かにそうですね。でも今の言葉を心に止めて置いていてください」
その見解に補足と反対の意見を付け加えたのは今も勇者田中正の背後から力強く羽交い締めにしている聖女リリヤである。
聖女リリヤは今も発動している爆撃の攻撃を途中で中断すると、ラエルロットの方をまじまじと見る。
「私はそうは思いません。ラエルロットさんはそこら辺にいる冒険者候補達とは何か違うような気がします。ただ闇雲に恨みや復讐心だけでこの狂雷の勇者・田中正に挑んでいる訳ではないようです。だからこそ彼は奇跡的にもまだ生きているのだと私は考えます。もしただの恨みや憎しみの心だけで勇者田中に挑んでいたのなら、第一の試練の段階で恐らくは死んでいたでしょうし。先ほどの勇者田中との最後の戦いの中で渾身の一撃を放った時も、復讐の鎧に宿る亡者達にその命を全て吸い取られなかったのはただの憎しみだけで相手に挑んでいる訳ではない何よりの証拠です。ですがあなたに不死の力を与えていた黒神子レスフィナは今はもういないのですから、その切断された右腕は早く止血をしなければ流石にあなたの命は助かりません。なので今だけは私達に任せてください」
「聖女リリヤ、何をするつもりだ?」
「何をするもなにも聖女としての使命を全うするだけです。本来この緑ある星を守る役目を女神様より仰せつかっている私達がその命を賭けない訳にはいきませんからね。ラエルロットさん……あなたはよく戦いました。ここからは私達に任せて下さい。何とかして勇者田中正のHPに大ダメージを与えてみせます」
「や、やめろ! 例え大ダメージを与えて勇者田中正のHPの数値を大幅に削っても、倒せなければ意味が無いじゃないか!」
そのラエルロットの叫びに、聖女達はお互いに顔を見合わせながら何か意味ありげにクスクスと笑う。
「大丈夫ですよ、ラエルロットさん。後は運命が何とかしてくれますから、大丈夫です。黒神子レスフィナさんを信じて下さい」
「レスフィナを……だと?」
「放せ、放さんか。何がレスフィナを信じろだ。もう既に死んだ奴を信じて何になると言うんだ。馬鹿馬鹿しい。くそぉぉぉーー、ちくしょうめ、こうなったら無理やりにでもこの囲いから出てやる。くらえ、狂雷・電光石火!」
三人の聖女達とラエルロットの話にしびれを切らした勇者田中は自慢の付属スキル、雷撃を生かした狂雷・電光石火という攻防一体の素早い斬撃を生かした神速の技を使おうとするが、全く動くことができない勇者田中は仕方がないとばかりに電流攻撃を惜しみもなく放出する。
「これでも、くらえぇぇぇ!」
「「「きゃああぁぁぁぁぁぁぁーーぁぁ!」」」
その凄まじい電流による衝撃に対し全く怯む様子の無い三人の聖女達は雷で体を焼かれながらも必死にしがみつく。
ビリビリビリビリーー、バチバチバチバチーー、ドカドカドカドカーーン!
「やめろ……やめるんだぁぁぁ!」
ラエルロットの叫びを否定するかのように三人の聖女達は押さえつけている勇者田中を睨みつけるとその神力を最大限まで膨張させる。
それを見た勇者田中正は青い顔をしながら本気で騒ぐ。
「お前ら正気か。やめろ……やめるんだ。本当に死ぬつもりか!」
「勇者……いいえ、田中正さん、では死の国に一緒に行きますか……私達が道案内をしますわ」
「そこで虫けらのように殺したこの世界の人達に心の底から謝って下さい。私達も心ならずも同罪ですから一緒に懺悔しますわ」
「後のことは頼みましたよ。ラエルロットさん……」
『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーっ!』
ラエルロットと勇者田中正の叫びも空しく、三人の聖女達の体があり得ないほどに眩しく光ると、けたたましい音と共に勇者田中正の体はこれまでにないほどの大爆発を起こすのだった。
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