25 / 104
第二章 黒神子・妖精喰いのヨーミコワ編
2-3.迫害されし者達
しおりを挟む
2ー3.迫害されし者達
六本足を持つ馬のような生物、ウマウマです。
「だ、ダメだ、圧倒的過ぎる。反射神経も俊敏性も体力的な力もどう見ても向こうの方が上だ。奴の仲間を人質に取ろうとしたけど結局は無駄だった。こんなとんでもない奴が人間にいただなんてまだ信じられないぜ!」
「そ、それに黒い鎧の男の隣にいるあの女……よ~く見たら頭の左右に二本の角が突き出ているぞ。それにどうやら尻尾もあるようだ。と言う事はあの連れの少女は人間じゃないと言う事か?」
「い、いや、そもそもだ。あの少女から流れ出ている黒い魔力の感じは、どこかで感じた事があるぞ。俺は魔法の知識は全然ないが、この真っ黒い力の感じはあの方によーく似ている。ウチの冷酷無比な主様にだ!」
「と言う事はつまりだ。お前の言っている事がもしも正しいのなら、あの黒いローブを纏った角と尻尾を生やした少女は、この世界では忌み嫌われ禁忌とされる恐ろしい存在、遙か闇なる世界に連なる黒神子の一人と言う事になるぞ」
明らかに怯えながらそんな言葉を口にした一人の狼魔族が目の前にいる黒一色のローブを着ている少女に向けて名前を聞く。
「おい、そこの女、お前の名前はなんて言うんだ。お前の正体を……素生を教えろ!」
「はい、いいですよ。私の名前はレスフィナ。遙か闇なる世界の黒神子の一人です。どうぞお見知りおきを」
落ち着いた感じで静かに語るレスフィナの言葉を聞いた回りにいる狼魔族達は皆が驚き、体をガタガタと震わせながら直ぐさま過剰なまでの距離を取る。
「黒神子レスフィナだと、嘘だ、嘘だ、あの英雄殺しの黒神子レスフィナがこんな所にいる訳がない。ハッタリだ、ハッタリに決まっている!」
「でも過去に黒神子レスフィナを見たという人の証言にもあるように、黒一色のローブに頭には二本の角を生やし、お尻には(異世界人の言葉で言う所の牛という動物と同じような)尻尾が生えていると言う噂だ。その証言と今目の前にいるあの少女は見事に話が一致している」
「と言う事はやはりあの少女は本当に黒神子レスフィナなのか。この近くに居座り密かに縄張りとしている我が主様の邪悪な気配を察知してここに来たと言う事なのか?」
「あり得る、あり得る話だぜ。ならこの事を早くウチの主様にお知らせせねば、ついに主様の同胞が現れたとお知らせせねば!」
「おいみんな少し落ち着けよ、あの少女があの邪悪な黒神子レスフィナな訳がないだろ。噂で聞いた話ではその背丈はもっと大きいらしいし、物凄く恐ろしい異形の姿をしていると言う話だ。だとしたならばあんな可憐な少女の姿をしている訳がないじゃないか。なら絶対に違うぜ。人違いだ。俺達は主様を知っているしその同種でもある黒神子達を過剰に恐れているからあんなどこにでもいるような亜人の少女を黒神子レスフィナだと勘違いしてしまうんだよ。全く嘆かわしい限りだぜ!」
その狼魔族の一人が語る同種という言葉にレスフィナが思わず反応する。
「同種って、あなた達の主様と言うのは一体何者なのですか。まさかとは思いますが、その反応からしてあなた方の言う主様とはもしや私と同じ黒神子なのですか。つまりこの近くに私とは別に、遙か闇なる世界の黒神子が来ていると言う事なのでしょうか」
確認の為に聞いたレスフィナの言葉にラエルロットは思わずその足を止め、狼魔族達に至ってはもはやラエルロットと戦い続ける心境にはとてもなれないでいるようだ。それだけ狼魔族達は黒神子レスフィナという存在をかなり恐れているのだろう。
そんな恐怖と絶望的な不安が辺りを包む中、一人の屈強そうな狼魔族の男が怯えながらも高らかに命令を下す。
「て、撤退だ、とにかく皆ここから撤退するぞ。幸い誰一人として死人はいないようだし、倒れている仲間達を回収次第、速やかに早くここを離れるんだ!」
「あの激しい戦いで本当に死人は誰一人として出なかったのか。奴の圧倒的な強さからしても死人が出なかったのは正に奇跡だ。流石に怪我人はいるようだが、ここは速やかに撤退してこの事を早く俺達のボスと主様に報告するんだ。あの黒い剣士の異常な強さを報告したら流石のボスも俺達への罰はお咎め無しにしてくれるはずだ。それにあの黒神子レスフィナと名乗る者も現れた事をウチの主様に報告をせねばな。その正体が分からない以上、下手な手出しは仲間を予想外な危険にさらす恐れがあるから気をつけねばな!」
「と言う訳で俺達はここから撤退する。黒い鎧の剣士よ、覚えていろよ。この事をウチのボスと主様に報告したら、お前はボスの圧倒的な暴力と主様の冷酷無比な捕食欲によって、報復と言う名の制裁をその身に受ける事になるだろうぜ。だからお前達はウチのボスと主様が到着するまで、絶望と恐怖に打ち震えながら大人しくここで待っていろ。いいな!」
その狼魔族の言葉にすかさずラエルロットは言葉を切り返す。
「いや、普通に俺達もここから速やかに離脱する事にするよ。そのボスと言う奴がなかなかの強敵になり得る存在だと言うのなら尚更だ。それに今の話の流れからしてお前達のバックにはレスフィナと同じように、他に別の黒神子がいるかも知れないという話じゃないか。なら尚更ここからは離れないとな。もしもそいつが本当に黒神子なら、その主様とやらは間違いなく強敵となり得る存在だし、出来れば永遠に関わりたくはないからな。それに不老不死でもある黒神子同士の対決じゃどんなに戦っても永久に勝負はつかないだろうぜ!」
「ち、ちくしょう、ちくしょう、人間を襲って荷馬車の品物を全て奪うという作戦はもう既に失敗だ。そんな訳で野郎共、速やかにここから離れるぞ!」
「「うっおおおーーぉぉ!」」
一人の狼魔族の男が号令を上げるかのようにそう叫ぶと、そこにいた他の狼魔族達は皆あたふたしながらも物凄いスピードでその場から撤退して行く。そう正確には今も深く気絶をし完全に伸びている双剣を持ちし狼魔族の若者をその場に一人残して。
「…………?」
「あ、あいつら、仲間を一人だけこの場に置いてそそくさと脇目も振らずに逃げて行ったぞ。ここにいる狼魔族の若者は完全に忘れ去られたようだな。て言うかこいつは俺の左腕を見事に切り落とした双剣使いの狼魔族の若者じゃないか」
「どうやらそうみたいですね。他の狼魔族の皆さんはここから逃げるのに必死で(ラエルロットさんと私に注意を向けながら)かなりあたふたしていましたから、仲間達から完全に忘れさられてしまったのでしょうね。確か狼魔族の一人が彼のことを『ゴンタ』と言っていましたが、それが彼の名前なのでしょうか。まあでも意図的に見捨てられたようではないみたいですから、彼が……いいえゴンタさんがいない事に気付いたらもしかしたら再びここに舞い戻って助けに来るかも知れませんね」
「いいや、狼魔族達がわざわざこの場所に助けに来るのを待たなくても、彼が目を覚ましたら直ぐにでも解放すればいいだけの話だろ。流石にもうこれ以上やっかい事に巻き込まれるのは正直嫌だからな。無理に他の黒神子と戦う必要がないのなら、出来るだけ戦いは避けた方がいいだろう」
「そのやっかい事に首を突っ込んだのは、他ならぬラエルロットさんですけどね」
荷馬車の前で一人伸びている狼魔族の若者を見つめながら、ラエルロットとレスフィナは各々の感想を述べる。
「それじゃあ、狼魔族の人達も退散したようだし、この荷馬車の中の物資を確認するか。後でノシロノ王国に行くはずの物資だろうから、俺達がついでに運んでやらないといけないようだしな」
「荷馬車を動かしている移動に主に使う動物、(馬のような姿をしたこの世界の生物)ウマウマもどうやら闘争に巻き込まれずに生きているようですから、このまま荷馬車を動かす事は出来ると思いますよ。それにしても荷馬車の物資を簒奪している狼魔族を追い払うついでにノシロノ王国までの移動手段を手に入れる事ができただなんて、ハッキリ言って助かりましたね。このまま徒歩で歩いていたら今夜は間違いなく野宿だったでしょうから、これで今日中にノシロノ王国に着きますよ」
「よし、では荷馬車の中を改めるぞ。盗まれた品や今ある物資の正確な数が分かっていなかったら、この荷物を荷上場に届けた際にどさくさ紛れに俺達が盗んだかも知れないと疑われかねないからな」
荷馬車を届けた際に相手側にできるだけ疑われない事を想定し、ラエルロットは荷馬車の中を確認する為に荷を改める。
「しかし、かなりでかい荷馬車だな。詰め行ったら20人くらいの人が容易に入れるくらいには大きいぞ。でも中は荒らされていたせいかかなり散らかっているな。床に転がっている物資もあるみたいだしな」
綺麗に整頓され、行く段も積み上げられていたはずの荷物が幾つか床に落ちている現状を見たラエルロットは、荷物をきちんと整頓しなきゃと思いながらも大きな溜息をつく。
(たあ~く、あいつら、この後荷を簒奪するつもりなら物色はもっと綺麗にやれよな。整頓するのが大変でかなわんわ)
心の中でボヤキながらもラエルロットが一頻り荷台の中を確認していると、荷台の中の一番奥にある大きな木箱が一瞬ガタンと揺れる。
(ん、なにかいるのか?)
その奇妙な出来事に緊張しながらもその場で固まるラエルロットはその怪しさ溢れる木箱をしばらく凝視していたが、その言い知れぬ緊張が伝わったのか、中から何かが勢い良く外へと飛び出して来る。
バッキ、ガタン!
「うっわぁぁ、一体なんだ?」
ラエルロットがびっくりする中、木箱の中から飛び出て来たのは、頭に動物の耳とお尻には長い尻尾を生やしたまるで犬のような少女である。
大きなまん丸眼鏡を掛けたその少女は両腕一杯に持っている鳥籠のような籠をそっと床に置くと、安堵の溜息をつく。
「はあ、他の仲間達に見捨てられて一時はどうなることかと思いましたが、どうやら何とか助かったようですね。どこの誰かは知りませんが、この荷馬車を取り戻してくれて本当にありがとうございます」
人が一人入れるくらいの木箱の中から行き成り現れた(まるで犬のような)獣耳の少女を見たラエルロットはその出で立ちから少女の正体を瞬時に見抜く。
「君はもしかして、亜種科の犬人族か。限りなく人間のような姿をしてはいるが、犬のような耳と尻尾を持つ種族だよな。この辺りには割と普通に沢山いるし人間の社会にも同化しているから冒険者の中にいてもおかしくは無いか。なぜならその緑の星の人間よりも遙かに優れていると言われている嗅覚と聴覚は冒険者稼業を行う上ではかなり重宝されるだろうからな。でもそんな君が一体なんでこの木箱の中に隠れていたんだ。見た感じその法衣からして君の職業は人々の傷をその奇跡の力で癒やし、悪しき者達を近寄らせないように結界を張る事ができる、守りには絶対に欠かすことの出来ない神官職だろ」
「ええ、そうなのですが、でも仲間達が敗走……いいえ撤退の際には躊躇無く見捨てられてしまいました。でもそれは仕方がない事です。私は人間族ではありませんし、神の奇跡の力も殆ど使えないまだ駆け出しの第八級冒険者ですから。それに職業もまだ神官見習いですからね」
(犬人族か……なるほどね。彼らは割と微妙に人間達から迫害を受けているからな、だから仲間の人間達よりも割と命の優先順位がかなり低いと言う事か。物凄く優秀な犬人族ならいざ知らず、大抵の犬人族は身分の高い人間達の従者か体の良い使い捨ての駒のような扱いだからな。しかもまだレベルの低い……大して使えない彼女を見捨てて一目さに仲間達は逃げて行ったと言うのがこの状況か。全く可哀想な話だぜ)
彼女の話を聞き素直にそう思ったラエルロットは、相手を気遣いながら屈託のない笑顔を向ける。
「へぇぇぇ、神官なんですか、凄いですね。例え見習いでも神官職にはそうそう慣れる者ではありませんよ。神官職になるにはある程度の神力と才能がどうしても必要ですからね。確か神官と呼ばれている役職は聖女様達と同じように他の職業の冒険者達の補助の役割を担っているんですよね。なぜなら神官職は、回復魔法に防御魔法・更には状態異常や上昇魔法といった後方支援魔法に特化している職業ですからね」
「はい、全ての冒険者達が、ただでさえ数の少ない聖女様達をパートナーにしている訳ではありませんからね。だからこそその聖女様達のいないパーティーの穴埋めをするのが神官職の役目なのです」
「でも新人の見習いとは言え神官職のあなたを見捨てて、他の仲間達は一目散に逃げたと言うのか。いくらその冒険者パーティーの実力がまだ未熟だったとはいえ、流石に有り得ないだろ。大体逃げる際はそのパーティーで一番強い壁役がしんがりを務める者だが、そういう役割の人は君のパーティーの中にはいなかったのか?」
「いえ、そのパーティーが逃げる際の時間稼ぎのしんがりは私が務めましたから。俺達が無事に逃げられるくらいの時間を稼いでくれとウチのリーダーに言われました。ノシロノ王国に戻って新たな仲間を連れて戻って来るからそれまでどうにか一人で頑張れと言われました」
(お前の所のリーダーとやらはかなりの臆病者のクズのようだな)とつい思ってしまったラエルロットは心の中でツッコミを入れる。
「そ、そうなんだ。神官職の……まだ半人前の君がしんがりをしたんだ。普通に考えて後方にいるはずの神官がしんがりを任されるだなんて事はまず有り得ないんだが、まさかとは思うが君のリーダーは戦う上での陣形の基本は知らないのかな」
「そんな事はないとは思いますが、見ての通り私は犬人族ですから、見捨てられ安いのですよ。もうこのパーティーに入って三回は置き去りにされていますからね。まあ奇跡的にどうにか無事に生還は出来てはいますけど、今回は流石に駄目かと思いましたよ」
「お、思いましたよって……あんた……そんな極めて非人道的で迫害色の強いパーティーは早くやめた方がいいですよ。そんな仲間の命を軽んじるリーダーの元にいたら命が幾つあっても足りはしませんよ!」
「はあ、やっぱりそう思いますよね。でも神官見習いになって初めてのパーティーでしたから、辞める勇気と踏ん切りがつかなくて……つい」
「つい……て、あんた」
綺麗に編み込んである長いお下げ髪を揺らしながらその犬人族の少女は頭に生えている犬のような耳をピクピクと動かすと、何かに気付いたのか自分の自己紹介をする。
「あ、申し遅れました、私は犬人族のシャクティといいます。年齢は自称十七歳です。冒険者のライセンスでもある資格は第八級冒険者で、職業は神官見習いです。どうぞお見知りおきを」
(自称てなんだよ、自称って、実際の年齢は違うのかよ。どんだけさばを読んでいるんだよ!)
「神官見習いのシャクティさんか。どうも、俺の名はラエルロットです。冒険者の資格はまだ持ってはいないです。フタッツイの町の近くにあるヒノの村に住んでいましたがちょっと退っ引きならない事情で人が住めない状況になってしまいまして。そんなどうにもならない事情から今は村を出て、ノシロノ王国を目指しています。そこで第八級冒険者の再試験を受けるつもりです」
「ラエルロット……ラエルロットさんですか。なるほど…… 」
「俺の名前に何か?」
「いいえ、昔大変お世話になった知り合いの女性のお子さんに名前が少し似ていましたからちょっと気になっちゃって……でも勘違いだったようです」
「そ、そうですか」
「それで再試験って一体どういう……いえそんな事よりです、あなたのその姿は勇者の出で立ちじゃないですか。しかも黒一色の黒衣の勇者の姿をしていますが……あなたは正気ですか。このご時世、その出で立ちで外を出歩く事がどんなに危険て忌み嫌われる行為なのかと言う事を」
「この黒一色の姿についてはいろいろと退っ引きならない深い事情がありまして……その話をするとどうしても話が長くなってしまいますので、出来たら何も聞かないでください。でもその訳はこの荷馬車を降りたら嫌でも分かる事になるとは思いますがね」
「そ、そうですか、あなたにもいろいろと訳があるのですね。では深いことは聞きません。まあでも黒一色の色を嫌っているのは人間達だけですから、犬人族でもある私は特になんとも思いはしません」
「お、恐れ入ります」
「それで……あなたには他に仲間がいるのですか?」
「ああ、外にもう一人いるよ」
「なるほど……もう一人いるのですか。でもこの気配は……いいえ、きっと気のせいです、なんでもありません」
「はあ~っ?」
「私は仲間達を逃がす為にしんがりを務める過程で閃光玉と騒音玉と悪臭玉といったアイテムを使って狼魔族達の目と耳と鼻を一時的に封じてこの木箱の中に瞬時に隠れる事ができましたが、この荷台の中にも入って来て中を物色し始めたので正直もう駄目かと思いました。ですがしばらく身を隠していたら外の方から狼魔族達の大きな悲鳴とこの荷馬車や地面に誰かがぶつかる音が幾つも聞こえてきて、気がついたら狼魔族の気配も臭いも完全に消えてここを離れた事が分かりました。なので逃げ出すなら今しか無いと思い、勇気を出して出て来た次第です。それに人間の……ラエルロットさんの歩く音と臭いが近づいて来るのが分かりましたからね」
「なるほどな、自慢の嗅覚と聴覚で狼魔族達がここから退散した事や俺達が近づいて来ている事を知ったのか。流石は犬人族だぜ!」
身の安全を確保しながら出てきたことに感心したラエルロットはシャクティが床に置いた鳥籠のような物に思わず視線を移す。その中には鳥ではなく、何かの生き物が小さな布きれにくるまるような形で静かに寝ているように見えた。
「なんですか、その鳥籠の中身は、見た感じじゃ小鳥ではないと思うのですが、小さな小動物か何かですか?」
「フタッツイの町で悪戯や窃盗を繰り返していた罪人です。昨日の異世界召喚者に町の中を攻撃された一連の事件でフタッツイの町に駐留していた王族の部隊や高レベルの冒険者達は皆町の復興の為に忙しくてとても手が回らないとの事なので、新人冒険者のパーティーでもある私達のギルドにノシロノ王国までの馬車による荷運びの依頼と、この鳥籠の中に捕縛しているある生き物の護送の仕事をしていたのですが、この荷台の中の木箱に隠れるついでについ彼女も助けてしまいました。なにしろあの狼魔族達は妖精族を捕まえてそのまま食べるという悪しき風習があるみたいですからね。流石にそれは非人道的だし不味いと思ったからです」
「なんだよ、狼魔族って妖精なんかを食べるのか。気持ち悪いな。それで、その中にいるのは一体どんな妖精なんだ?」
「はい、まあ口で言うよりも直接見て貰った方が早いです。と言うわけで布切れに隠れてないでそろそろ顔を見せて下さい。わざわざ助けに来てくれた命の恩人にお礼と挨拶くらいはしなけねばなりませんよ。それとも妖精族は助けてくれた人に対して挨拶もできないのでしょうか」
「うっさいなぁぁぁぁ、分かってるわよ、犬人族の眼鏡女。今から顔を出すと思ってた所なんだから出るタイミングを外さないでよ。それに私はまだこの黒一色の男の事を全く信じてはいないし警戒もしているんだからそれを忘れないで」
「はいはい、分かりましたから、取りあえずは出て来て挨拶をして下さい。命を助けて貰ったのですから一応礼儀は通さないとね」
「今日の朝この荷台の中で出会ったばかりなのに私に偉そうに命令してんじゃないわよ。うだつの上がらない鈍くさい芋女のくせに。しかも仲間にあっさりと見捨てられているのに律儀にも仲間を逃がす為にしんがりまで引き受けるだなんていい人を通り越してただの馬鹿としか思えないわ。全く、あんたは真面目か!」
「私への悪口はいいですから、とにかく出てきて下さい。一応私はあなたの命の恩人なのですから、私の言う事を聞いて下さい」
挨拶を促すシャクティの言葉に釣られて仕方なく布切れから顔を出したのは、健康的な小麦色の肌をしたショートヘアの髪型をした小さな少女である。
見た目は可愛らしいがその生意気そうな少女の背中には枯れ葉のような茶色い色をした二枚の羽がラエルロットの目に入る。そう異世界召喚者達の世界にいる蛾という虫の羽根によく似た形状をしているようだ。
その蛾の昆虫のような羽根を持つ小さな少女はラエルロットを厳しい顔で睨みつけると警戒した態度で言う。
「狼魔族達を追い払ってくれてありがとう。私の名はルナ、以上よ!」
どう見ても感謝をしているようには見えないルナと名乗るその妖精の態度にしばし考えていたラエルロットは、ボソリと彼女の種族名を言う。
「その羽の色は……もしかして君は蛾の妖精か」
そのラエルロットの言葉にルナと呼ばれていた小さな少女の体がビクリと一瞬動く。
「そ、それがなんだと言うの、私の種族名に何か文句でもあるの!」
「数いる妖精族の中でも非常に珍しいとされている……亜種族の妖精……蛾の妖精族が目の前にいると思って、つい嬉しくなってしまったんだよ。確か浅黄斑蝶の妖精や紋白蝶の妖精や紅小灰蝶の妖精、それと揚羽蝶の妖精と言った同じ分類の妖精族だが、その数は限りなく少ないと言われているし、かなり珍しい妖精だよな。確か人の噂ではこの辺の山々の近くにも数こそ少ないが僅かに住み着いているという噂があるし、本当にそんな妖精が身近にいるのかと半ば都市伝説化していたんだが、君のその姿を見て実際に近くにいることが分かったよ。それに昨日は第一級冒険者の勇者にくっついていた紋白蝶の妖精も初めて見る事ができたし、続けざまに見れて非常にラッキーだと思ってな。なにしろ妖精は冒険者にとっても幸運と勝利を司るシンボルでもあるしな!」
その何気なく言ったラエルロットの言葉に蛾の妖精のルナはその剣呑渦巻く可愛らしい顔を更に険しくする。
「あんた、ラエルロットとか言ったわよね。確か冒険者志望とか言っていたけど、なら私達の事を分かってそんな言葉を言っているのよね。ラエルロット、あんた私の事を馬鹿にしているの。他の妖精族とは違い不幸や死の象徴でもある蛾の妖精は人間達には忌み嫌われている存在であることは当然あなたも知っているわよね。勝利や幸運の象徴でもある妖精族達をお供に連れた高レベルの冒険者達の事を知っているのなら尚更よ。妖精族達の中でも特に人間達に忌み嫌われて迫害を受けている蛾の妖精族は冒険者パーティーのお供の使い魔にも慣れないというのに、調子のいいこと言ってんじゃないわよ。どうせ心の中では気持ち悪いとか、出会ってしまって不幸や死が移ってしまう、これは早く教会に言って厄払いのお祓いをして貰わなきゃ……とか思っている事は知っているんだから!」
「蛾の妖精族が人間達に忌み嫌われているのは知っているけど俺はなんとも思ってはいないよ。だって妖精は妖精だしその違いの程は分からないよ。まあ確かに他の妖精達と違って羽の色は茶色いし、地味でパッとしないし、羽の付け根には毒があるという噂だから羽に触るのは流石に躊躇するがな」
「い、言ってくれるじゃない……」
「でもそれがなんだと言うんだ。死と不幸をもたらす存在とか言われているけど、実際に実害をもたらしている遙か闇なる世界の黒神子達と違って蛾の妖精は特に実害がある訳ではないし、その迷信にはなんの科学的根拠もないだろ。そのシンボル的な象徴とやらも妖精族が持つ精霊力と羽の美しさの見た目で隔てた人間達のただの偏見から来る物だからあまり気にしない方がいいと思うよ」
「今、遠回しに私達が持つ羽の事を汚いと言ったわよね。それが本音かしら」
「そんな事は思ってはいないよ。ただ色が茶色だし、華やかな他の妖精族達の羽の色に比べて少し地味だと言っただけだよ。そう感じたんだから仕方がないだろ。それが今、君を見て思った事だよ。でもそれが一体なんだと言うんだ。人が見る第一印象なんて些細な事だよ。大体君の価値はその第一印象で全てが決まるのか。まだ僕は君のことを個人的には何も知らないじゃないか。もしかしたら君自身も知らない何かいい事に気付くかも知れないし、話している内に僕と気が合うかも知れないし、更にはこの出会いを機に、君と友達に……仲間になれるかも知れないじゃないか!」
「仲間ですって、この蛾の妖精でもあるこの私と……緑の星の人間族でもある冒険者志願のあなたが……フフフフ、それは笑える話ね。なんで私が人間と……ましてやあの忌々しい勇者の姿を模したあなたと仲良くしなきゃいけないのよ。言って置くけど私は人間族が大っ嫌いなのよ。その人間達の中でも冒険者の資格を持っている人は更に嫌いだし、極めつけは勇者と呼ばれている特別職の人達よ。英雄だか憧れの職業だか知らないけど、あの職業に就いている傲慢な人間ほど情け容赦の無い悪列非道な人達はいないわ。それは第一級冒険者側の勇者達だけではなく、この緑の星の冒険者達が敵対している、あの異世界召喚者の勇者達も例外ではないわ。ホント、勇者と呼ばれている人達はみんなクズよ、最低よ。自分の利己的利益と回りの評価を念頭に入れた保身と他の力なき種族に対する迫害精神満載な傲慢なプライドだけは常に一級品の最低最悪な悪徳職業じゃない。あんなのになりたいだなんてホント軽蔑するわ!」
「何もそこまで言わなくても……なにか勇者達に恨みでもあるのか?」
「そ、それは……」
そのラエルロットの指摘に蛾の妖精のルナは暗い顔を下に向けながら静かに押し黙る。
「と、とにかくだ、俺は蛾の妖精の事については特になんとも思ってはいないし、むしろ君に出会えて良かったと思っているくらいさ。珍しい蛾の妖精とこうしてお近づきになることが出来たんだからな。それが俺の今の本音だよ。でもなんでそんなに冒険者を、いいや勇者を嫌っているんだ。ただ単に蛾の妖精族全体が人間達に忌み嫌われていると感じたからではないだろ。一体勇者と君の間になにがあったと言うんだ。もし良かったら話を聞かせてくれよ。もしかしたら何かすれ違いや誤解があるかも知れないから」
「誤解……誤解ですって……あんな事をしておいて……いいえ、なにもしてくれなかったくせに……助けてくれなかったくせに、いい加減な事を言うな。私達が過去にその勇者と呼ばれている者達に受けた仕打ちをあなたは何も知らないでしょ。あいつらは最低な奴らよ。あいつらは私達、蛾の妖精族を……いいえ、私の両親をわざと見て見ぬ振りをして笑いながら見殺しにしたのよ!」
「そんな、馬鹿な、それは流石にないだろう。あの敵対している異世界召喚者の勇者達ならいざ知らず、一応はこの緑の星の世界を守る冒険者に所属をしている最高位の特別職とも言うべき誇り高い勇者達だぞ。いくら迫害されている蛾の妖精族とは言え、必死に助けを求めている者を見捨てはしないだろ」
「でも実際に見捨てられたんだから仕方がないじゃない、それが現実よ。この世界の冒険者達は蛾の妖精族を見捨てたのよ。一年前にね」
「でも冒険者達が見捨てたって一体冒険者達は何と戦っていたんだよ。蛾の妖精族を助ける余裕がないくらいに危険で敵対している者って……それは異世界召喚者の勇者達じゃないのか?」
「いいえ、違うわ。あの異世界召喚者達も冒険者達と一時休戦をして共に協力してそいつと戦っていたから」
「で、その二大勢力が共に協力して戦わなくてはならない相手とは一体なんなんだよ。そいつはどんな化け物なんだ?」
「黒神子よ。頭には真っ赤なトサカを生やし、両腕には鳥のような大きな翼を持つ、まるで異世界にいるというニワトリという鳥を模した姿をした鳥人間……それが、遙か闇なる世界の黒神子にして、妖精喰いと呼ばれている、妖精喰いのヨーミコワよ!」
「妖精喰いのヨーミコワだとう。狼魔族達の話では奴らの主は黒神子の一人だという話だったが、そうかニワトリの姿をした黒神子がこの辺りの周辺にいるのか。なら早くこの事をレスフィナにも知らせないとな」
その名前を聞いた蛾の妖精のルナは思わずその険吞渦巻く可愛らしい顔を青ざめさせる。
「レスフィナ……レスフィナですって、それはあの黒神子ヨーミコワと同類の、あの黒神子、英雄殺しのレスフィナのこと? まさか彼女がこの近くに来ていると言うの」
「来ていると言うか、今は共に旅をしている真っ最中なんだけどな」
「な、なんですってぇぇ、ウソ、嘘よ、あの超がつくほどに恐ろしいと噂されているあの黒神子レスフィナがあなたのようなハッタリ人間と共に行動をしている訳がないわ。嘘を言うんじゃないわよ!」
「嘘じゃありませんよ。そうですか狼魔族達の主を務めているのは、遙か闇なる世界の黒神子、あの妖精喰いのヨーミコワでしたか。もしも彼女とこのまま相まみえる事になるのなら、直に戦えばかなり厳しい戦いになるかも知れませんね」
凛とした言葉を発しながら静かに荷台の扉を開けて入って来たのは、頭に牛の角を生やした黒神子レスフィナである。その姿と黒い闇の力を感じた犬人族のシャクティは目を見開きながら驚き、蛾の妖精のルナに至ってはあまりの恐怖に取り乱し大声を上げながら思わずパニックを起こす。
「きゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーー黒神子が、黒神子が、あの黒神子ヨーミコワと同類の奴が襲ってくる。食べられちゃう、今度こそ確実に食べられちゃうわ。お父さん、お母さん、助けてぇぇ……助けてぇぇ……ぇぇ!」
目に涙を溜めながら蛾の妖精のルナは行き成り現れたレスフィナに異常なほど怯えているようだったが、緊張が限界に達したのかルナはそのまま気を失い気絶をするのだった。
犬人族のシャクティです。
六本足を持つ馬のような生物、ウマウマです。
「だ、ダメだ、圧倒的過ぎる。反射神経も俊敏性も体力的な力もどう見ても向こうの方が上だ。奴の仲間を人質に取ろうとしたけど結局は無駄だった。こんなとんでもない奴が人間にいただなんてまだ信じられないぜ!」
「そ、それに黒い鎧の男の隣にいるあの女……よ~く見たら頭の左右に二本の角が突き出ているぞ。それにどうやら尻尾もあるようだ。と言う事はあの連れの少女は人間じゃないと言う事か?」
「い、いや、そもそもだ。あの少女から流れ出ている黒い魔力の感じは、どこかで感じた事があるぞ。俺は魔法の知識は全然ないが、この真っ黒い力の感じはあの方によーく似ている。ウチの冷酷無比な主様にだ!」
「と言う事はつまりだ。お前の言っている事がもしも正しいのなら、あの黒いローブを纏った角と尻尾を生やした少女は、この世界では忌み嫌われ禁忌とされる恐ろしい存在、遙か闇なる世界に連なる黒神子の一人と言う事になるぞ」
明らかに怯えながらそんな言葉を口にした一人の狼魔族が目の前にいる黒一色のローブを着ている少女に向けて名前を聞く。
「おい、そこの女、お前の名前はなんて言うんだ。お前の正体を……素生を教えろ!」
「はい、いいですよ。私の名前はレスフィナ。遙か闇なる世界の黒神子の一人です。どうぞお見知りおきを」
落ち着いた感じで静かに語るレスフィナの言葉を聞いた回りにいる狼魔族達は皆が驚き、体をガタガタと震わせながら直ぐさま過剰なまでの距離を取る。
「黒神子レスフィナだと、嘘だ、嘘だ、あの英雄殺しの黒神子レスフィナがこんな所にいる訳がない。ハッタリだ、ハッタリに決まっている!」
「でも過去に黒神子レスフィナを見たという人の証言にもあるように、黒一色のローブに頭には二本の角を生やし、お尻には(異世界人の言葉で言う所の牛という動物と同じような)尻尾が生えていると言う噂だ。その証言と今目の前にいるあの少女は見事に話が一致している」
「と言う事はやはりあの少女は本当に黒神子レスフィナなのか。この近くに居座り密かに縄張りとしている我が主様の邪悪な気配を察知してここに来たと言う事なのか?」
「あり得る、あり得る話だぜ。ならこの事を早くウチの主様にお知らせせねば、ついに主様の同胞が現れたとお知らせせねば!」
「おいみんな少し落ち着けよ、あの少女があの邪悪な黒神子レスフィナな訳がないだろ。噂で聞いた話ではその背丈はもっと大きいらしいし、物凄く恐ろしい異形の姿をしていると言う話だ。だとしたならばあんな可憐な少女の姿をしている訳がないじゃないか。なら絶対に違うぜ。人違いだ。俺達は主様を知っているしその同種でもある黒神子達を過剰に恐れているからあんなどこにでもいるような亜人の少女を黒神子レスフィナだと勘違いしてしまうんだよ。全く嘆かわしい限りだぜ!」
その狼魔族の一人が語る同種という言葉にレスフィナが思わず反応する。
「同種って、あなた達の主様と言うのは一体何者なのですか。まさかとは思いますが、その反応からしてあなた方の言う主様とはもしや私と同じ黒神子なのですか。つまりこの近くに私とは別に、遙か闇なる世界の黒神子が来ていると言う事なのでしょうか」
確認の為に聞いたレスフィナの言葉にラエルロットは思わずその足を止め、狼魔族達に至ってはもはやラエルロットと戦い続ける心境にはとてもなれないでいるようだ。それだけ狼魔族達は黒神子レスフィナという存在をかなり恐れているのだろう。
そんな恐怖と絶望的な不安が辺りを包む中、一人の屈強そうな狼魔族の男が怯えながらも高らかに命令を下す。
「て、撤退だ、とにかく皆ここから撤退するぞ。幸い誰一人として死人はいないようだし、倒れている仲間達を回収次第、速やかに早くここを離れるんだ!」
「あの激しい戦いで本当に死人は誰一人として出なかったのか。奴の圧倒的な強さからしても死人が出なかったのは正に奇跡だ。流石に怪我人はいるようだが、ここは速やかに撤退してこの事を早く俺達のボスと主様に報告するんだ。あの黒い剣士の異常な強さを報告したら流石のボスも俺達への罰はお咎め無しにしてくれるはずだ。それにあの黒神子レスフィナと名乗る者も現れた事をウチの主様に報告をせねばな。その正体が分からない以上、下手な手出しは仲間を予想外な危険にさらす恐れがあるから気をつけねばな!」
「と言う訳で俺達はここから撤退する。黒い鎧の剣士よ、覚えていろよ。この事をウチのボスと主様に報告したら、お前はボスの圧倒的な暴力と主様の冷酷無比な捕食欲によって、報復と言う名の制裁をその身に受ける事になるだろうぜ。だからお前達はウチのボスと主様が到着するまで、絶望と恐怖に打ち震えながら大人しくここで待っていろ。いいな!」
その狼魔族の言葉にすかさずラエルロットは言葉を切り返す。
「いや、普通に俺達もここから速やかに離脱する事にするよ。そのボスと言う奴がなかなかの強敵になり得る存在だと言うのなら尚更だ。それに今の話の流れからしてお前達のバックにはレスフィナと同じように、他に別の黒神子がいるかも知れないという話じゃないか。なら尚更ここからは離れないとな。もしもそいつが本当に黒神子なら、その主様とやらは間違いなく強敵となり得る存在だし、出来れば永遠に関わりたくはないからな。それに不老不死でもある黒神子同士の対決じゃどんなに戦っても永久に勝負はつかないだろうぜ!」
「ち、ちくしょう、ちくしょう、人間を襲って荷馬車の品物を全て奪うという作戦はもう既に失敗だ。そんな訳で野郎共、速やかにここから離れるぞ!」
「「うっおおおーーぉぉ!」」
一人の狼魔族の男が号令を上げるかのようにそう叫ぶと、そこにいた他の狼魔族達は皆あたふたしながらも物凄いスピードでその場から撤退して行く。そう正確には今も深く気絶をし完全に伸びている双剣を持ちし狼魔族の若者をその場に一人残して。
「…………?」
「あ、あいつら、仲間を一人だけこの場に置いてそそくさと脇目も振らずに逃げて行ったぞ。ここにいる狼魔族の若者は完全に忘れ去られたようだな。て言うかこいつは俺の左腕を見事に切り落とした双剣使いの狼魔族の若者じゃないか」
「どうやらそうみたいですね。他の狼魔族の皆さんはここから逃げるのに必死で(ラエルロットさんと私に注意を向けながら)かなりあたふたしていましたから、仲間達から完全に忘れさられてしまったのでしょうね。確か狼魔族の一人が彼のことを『ゴンタ』と言っていましたが、それが彼の名前なのでしょうか。まあでも意図的に見捨てられたようではないみたいですから、彼が……いいえゴンタさんがいない事に気付いたらもしかしたら再びここに舞い戻って助けに来るかも知れませんね」
「いいや、狼魔族達がわざわざこの場所に助けに来るのを待たなくても、彼が目を覚ましたら直ぐにでも解放すればいいだけの話だろ。流石にもうこれ以上やっかい事に巻き込まれるのは正直嫌だからな。無理に他の黒神子と戦う必要がないのなら、出来るだけ戦いは避けた方がいいだろう」
「そのやっかい事に首を突っ込んだのは、他ならぬラエルロットさんですけどね」
荷馬車の前で一人伸びている狼魔族の若者を見つめながら、ラエルロットとレスフィナは各々の感想を述べる。
「それじゃあ、狼魔族の人達も退散したようだし、この荷馬車の中の物資を確認するか。後でノシロノ王国に行くはずの物資だろうから、俺達がついでに運んでやらないといけないようだしな」
「荷馬車を動かしている移動に主に使う動物、(馬のような姿をしたこの世界の生物)ウマウマもどうやら闘争に巻き込まれずに生きているようですから、このまま荷馬車を動かす事は出来ると思いますよ。それにしても荷馬車の物資を簒奪している狼魔族を追い払うついでにノシロノ王国までの移動手段を手に入れる事ができただなんて、ハッキリ言って助かりましたね。このまま徒歩で歩いていたら今夜は間違いなく野宿だったでしょうから、これで今日中にノシロノ王国に着きますよ」
「よし、では荷馬車の中を改めるぞ。盗まれた品や今ある物資の正確な数が分かっていなかったら、この荷物を荷上場に届けた際にどさくさ紛れに俺達が盗んだかも知れないと疑われかねないからな」
荷馬車を届けた際に相手側にできるだけ疑われない事を想定し、ラエルロットは荷馬車の中を確認する為に荷を改める。
「しかし、かなりでかい荷馬車だな。詰め行ったら20人くらいの人が容易に入れるくらいには大きいぞ。でも中は荒らされていたせいかかなり散らかっているな。床に転がっている物資もあるみたいだしな」
綺麗に整頓され、行く段も積み上げられていたはずの荷物が幾つか床に落ちている現状を見たラエルロットは、荷物をきちんと整頓しなきゃと思いながらも大きな溜息をつく。
(たあ~く、あいつら、この後荷を簒奪するつもりなら物色はもっと綺麗にやれよな。整頓するのが大変でかなわんわ)
心の中でボヤキながらもラエルロットが一頻り荷台の中を確認していると、荷台の中の一番奥にある大きな木箱が一瞬ガタンと揺れる。
(ん、なにかいるのか?)
その奇妙な出来事に緊張しながらもその場で固まるラエルロットはその怪しさ溢れる木箱をしばらく凝視していたが、その言い知れぬ緊張が伝わったのか、中から何かが勢い良く外へと飛び出して来る。
バッキ、ガタン!
「うっわぁぁ、一体なんだ?」
ラエルロットがびっくりする中、木箱の中から飛び出て来たのは、頭に動物の耳とお尻には長い尻尾を生やしたまるで犬のような少女である。
大きなまん丸眼鏡を掛けたその少女は両腕一杯に持っている鳥籠のような籠をそっと床に置くと、安堵の溜息をつく。
「はあ、他の仲間達に見捨てられて一時はどうなることかと思いましたが、どうやら何とか助かったようですね。どこの誰かは知りませんが、この荷馬車を取り戻してくれて本当にありがとうございます」
人が一人入れるくらいの木箱の中から行き成り現れた(まるで犬のような)獣耳の少女を見たラエルロットはその出で立ちから少女の正体を瞬時に見抜く。
「君はもしかして、亜種科の犬人族か。限りなく人間のような姿をしてはいるが、犬のような耳と尻尾を持つ種族だよな。この辺りには割と普通に沢山いるし人間の社会にも同化しているから冒険者の中にいてもおかしくは無いか。なぜならその緑の星の人間よりも遙かに優れていると言われている嗅覚と聴覚は冒険者稼業を行う上ではかなり重宝されるだろうからな。でもそんな君が一体なんでこの木箱の中に隠れていたんだ。見た感じその法衣からして君の職業は人々の傷をその奇跡の力で癒やし、悪しき者達を近寄らせないように結界を張る事ができる、守りには絶対に欠かすことの出来ない神官職だろ」
「ええ、そうなのですが、でも仲間達が敗走……いいえ撤退の際には躊躇無く見捨てられてしまいました。でもそれは仕方がない事です。私は人間族ではありませんし、神の奇跡の力も殆ど使えないまだ駆け出しの第八級冒険者ですから。それに職業もまだ神官見習いですからね」
(犬人族か……なるほどね。彼らは割と微妙に人間達から迫害を受けているからな、だから仲間の人間達よりも割と命の優先順位がかなり低いと言う事か。物凄く優秀な犬人族ならいざ知らず、大抵の犬人族は身分の高い人間達の従者か体の良い使い捨ての駒のような扱いだからな。しかもまだレベルの低い……大して使えない彼女を見捨てて一目さに仲間達は逃げて行ったと言うのがこの状況か。全く可哀想な話だぜ)
彼女の話を聞き素直にそう思ったラエルロットは、相手を気遣いながら屈託のない笑顔を向ける。
「へぇぇぇ、神官なんですか、凄いですね。例え見習いでも神官職にはそうそう慣れる者ではありませんよ。神官職になるにはある程度の神力と才能がどうしても必要ですからね。確か神官と呼ばれている役職は聖女様達と同じように他の職業の冒険者達の補助の役割を担っているんですよね。なぜなら神官職は、回復魔法に防御魔法・更には状態異常や上昇魔法といった後方支援魔法に特化している職業ですからね」
「はい、全ての冒険者達が、ただでさえ数の少ない聖女様達をパートナーにしている訳ではありませんからね。だからこそその聖女様達のいないパーティーの穴埋めをするのが神官職の役目なのです」
「でも新人の見習いとは言え神官職のあなたを見捨てて、他の仲間達は一目散に逃げたと言うのか。いくらその冒険者パーティーの実力がまだ未熟だったとはいえ、流石に有り得ないだろ。大体逃げる際はそのパーティーで一番強い壁役がしんがりを務める者だが、そういう役割の人は君のパーティーの中にはいなかったのか?」
「いえ、そのパーティーが逃げる際の時間稼ぎのしんがりは私が務めましたから。俺達が無事に逃げられるくらいの時間を稼いでくれとウチのリーダーに言われました。ノシロノ王国に戻って新たな仲間を連れて戻って来るからそれまでどうにか一人で頑張れと言われました」
(お前の所のリーダーとやらはかなりの臆病者のクズのようだな)とつい思ってしまったラエルロットは心の中でツッコミを入れる。
「そ、そうなんだ。神官職の……まだ半人前の君がしんがりをしたんだ。普通に考えて後方にいるはずの神官がしんがりを任されるだなんて事はまず有り得ないんだが、まさかとは思うが君のリーダーは戦う上での陣形の基本は知らないのかな」
「そんな事はないとは思いますが、見ての通り私は犬人族ですから、見捨てられ安いのですよ。もうこのパーティーに入って三回は置き去りにされていますからね。まあ奇跡的にどうにか無事に生還は出来てはいますけど、今回は流石に駄目かと思いましたよ」
「お、思いましたよって……あんた……そんな極めて非人道的で迫害色の強いパーティーは早くやめた方がいいですよ。そんな仲間の命を軽んじるリーダーの元にいたら命が幾つあっても足りはしませんよ!」
「はあ、やっぱりそう思いますよね。でも神官見習いになって初めてのパーティーでしたから、辞める勇気と踏ん切りがつかなくて……つい」
「つい……て、あんた」
綺麗に編み込んである長いお下げ髪を揺らしながらその犬人族の少女は頭に生えている犬のような耳をピクピクと動かすと、何かに気付いたのか自分の自己紹介をする。
「あ、申し遅れました、私は犬人族のシャクティといいます。年齢は自称十七歳です。冒険者のライセンスでもある資格は第八級冒険者で、職業は神官見習いです。どうぞお見知りおきを」
(自称てなんだよ、自称って、実際の年齢は違うのかよ。どんだけさばを読んでいるんだよ!)
「神官見習いのシャクティさんか。どうも、俺の名はラエルロットです。冒険者の資格はまだ持ってはいないです。フタッツイの町の近くにあるヒノの村に住んでいましたがちょっと退っ引きならない事情で人が住めない状況になってしまいまして。そんなどうにもならない事情から今は村を出て、ノシロノ王国を目指しています。そこで第八級冒険者の再試験を受けるつもりです」
「ラエルロット……ラエルロットさんですか。なるほど…… 」
「俺の名前に何か?」
「いいえ、昔大変お世話になった知り合いの女性のお子さんに名前が少し似ていましたからちょっと気になっちゃって……でも勘違いだったようです」
「そ、そうですか」
「それで再試験って一体どういう……いえそんな事よりです、あなたのその姿は勇者の出で立ちじゃないですか。しかも黒一色の黒衣の勇者の姿をしていますが……あなたは正気ですか。このご時世、その出で立ちで外を出歩く事がどんなに危険て忌み嫌われる行為なのかと言う事を」
「この黒一色の姿についてはいろいろと退っ引きならない深い事情がありまして……その話をするとどうしても話が長くなってしまいますので、出来たら何も聞かないでください。でもその訳はこの荷馬車を降りたら嫌でも分かる事になるとは思いますがね」
「そ、そうですか、あなたにもいろいろと訳があるのですね。では深いことは聞きません。まあでも黒一色の色を嫌っているのは人間達だけですから、犬人族でもある私は特になんとも思いはしません」
「お、恐れ入ります」
「それで……あなたには他に仲間がいるのですか?」
「ああ、外にもう一人いるよ」
「なるほど……もう一人いるのですか。でもこの気配は……いいえ、きっと気のせいです、なんでもありません」
「はあ~っ?」
「私は仲間達を逃がす為にしんがりを務める過程で閃光玉と騒音玉と悪臭玉といったアイテムを使って狼魔族達の目と耳と鼻を一時的に封じてこの木箱の中に瞬時に隠れる事ができましたが、この荷台の中にも入って来て中を物色し始めたので正直もう駄目かと思いました。ですがしばらく身を隠していたら外の方から狼魔族達の大きな悲鳴とこの荷馬車や地面に誰かがぶつかる音が幾つも聞こえてきて、気がついたら狼魔族の気配も臭いも完全に消えてここを離れた事が分かりました。なので逃げ出すなら今しか無いと思い、勇気を出して出て来た次第です。それに人間の……ラエルロットさんの歩く音と臭いが近づいて来るのが分かりましたからね」
「なるほどな、自慢の嗅覚と聴覚で狼魔族達がここから退散した事や俺達が近づいて来ている事を知ったのか。流石は犬人族だぜ!」
身の安全を確保しながら出てきたことに感心したラエルロットはシャクティが床に置いた鳥籠のような物に思わず視線を移す。その中には鳥ではなく、何かの生き物が小さな布きれにくるまるような形で静かに寝ているように見えた。
「なんですか、その鳥籠の中身は、見た感じじゃ小鳥ではないと思うのですが、小さな小動物か何かですか?」
「フタッツイの町で悪戯や窃盗を繰り返していた罪人です。昨日の異世界召喚者に町の中を攻撃された一連の事件でフタッツイの町に駐留していた王族の部隊や高レベルの冒険者達は皆町の復興の為に忙しくてとても手が回らないとの事なので、新人冒険者のパーティーでもある私達のギルドにノシロノ王国までの馬車による荷運びの依頼と、この鳥籠の中に捕縛しているある生き物の護送の仕事をしていたのですが、この荷台の中の木箱に隠れるついでについ彼女も助けてしまいました。なにしろあの狼魔族達は妖精族を捕まえてそのまま食べるという悪しき風習があるみたいですからね。流石にそれは非人道的だし不味いと思ったからです」
「なんだよ、狼魔族って妖精なんかを食べるのか。気持ち悪いな。それで、その中にいるのは一体どんな妖精なんだ?」
「はい、まあ口で言うよりも直接見て貰った方が早いです。と言うわけで布切れに隠れてないでそろそろ顔を見せて下さい。わざわざ助けに来てくれた命の恩人にお礼と挨拶くらいはしなけねばなりませんよ。それとも妖精族は助けてくれた人に対して挨拶もできないのでしょうか」
「うっさいなぁぁぁぁ、分かってるわよ、犬人族の眼鏡女。今から顔を出すと思ってた所なんだから出るタイミングを外さないでよ。それに私はまだこの黒一色の男の事を全く信じてはいないし警戒もしているんだからそれを忘れないで」
「はいはい、分かりましたから、取りあえずは出て来て挨拶をして下さい。命を助けて貰ったのですから一応礼儀は通さないとね」
「今日の朝この荷台の中で出会ったばかりなのに私に偉そうに命令してんじゃないわよ。うだつの上がらない鈍くさい芋女のくせに。しかも仲間にあっさりと見捨てられているのに律儀にも仲間を逃がす為にしんがりまで引き受けるだなんていい人を通り越してただの馬鹿としか思えないわ。全く、あんたは真面目か!」
「私への悪口はいいですから、とにかく出てきて下さい。一応私はあなたの命の恩人なのですから、私の言う事を聞いて下さい」
挨拶を促すシャクティの言葉に釣られて仕方なく布切れから顔を出したのは、健康的な小麦色の肌をしたショートヘアの髪型をした小さな少女である。
見た目は可愛らしいがその生意気そうな少女の背中には枯れ葉のような茶色い色をした二枚の羽がラエルロットの目に入る。そう異世界召喚者達の世界にいる蛾という虫の羽根によく似た形状をしているようだ。
その蛾の昆虫のような羽根を持つ小さな少女はラエルロットを厳しい顔で睨みつけると警戒した態度で言う。
「狼魔族達を追い払ってくれてありがとう。私の名はルナ、以上よ!」
どう見ても感謝をしているようには見えないルナと名乗るその妖精の態度にしばし考えていたラエルロットは、ボソリと彼女の種族名を言う。
「その羽の色は……もしかして君は蛾の妖精か」
そのラエルロットの言葉にルナと呼ばれていた小さな少女の体がビクリと一瞬動く。
「そ、それがなんだと言うの、私の種族名に何か文句でもあるの!」
「数いる妖精族の中でも非常に珍しいとされている……亜種族の妖精……蛾の妖精族が目の前にいると思って、つい嬉しくなってしまったんだよ。確か浅黄斑蝶の妖精や紋白蝶の妖精や紅小灰蝶の妖精、それと揚羽蝶の妖精と言った同じ分類の妖精族だが、その数は限りなく少ないと言われているし、かなり珍しい妖精だよな。確か人の噂ではこの辺の山々の近くにも数こそ少ないが僅かに住み着いているという噂があるし、本当にそんな妖精が身近にいるのかと半ば都市伝説化していたんだが、君のその姿を見て実際に近くにいることが分かったよ。それに昨日は第一級冒険者の勇者にくっついていた紋白蝶の妖精も初めて見る事ができたし、続けざまに見れて非常にラッキーだと思ってな。なにしろ妖精は冒険者にとっても幸運と勝利を司るシンボルでもあるしな!」
その何気なく言ったラエルロットの言葉に蛾の妖精のルナはその剣呑渦巻く可愛らしい顔を更に険しくする。
「あんた、ラエルロットとか言ったわよね。確か冒険者志望とか言っていたけど、なら私達の事を分かってそんな言葉を言っているのよね。ラエルロット、あんた私の事を馬鹿にしているの。他の妖精族とは違い不幸や死の象徴でもある蛾の妖精は人間達には忌み嫌われている存在であることは当然あなたも知っているわよね。勝利や幸運の象徴でもある妖精族達をお供に連れた高レベルの冒険者達の事を知っているのなら尚更よ。妖精族達の中でも特に人間達に忌み嫌われて迫害を受けている蛾の妖精族は冒険者パーティーのお供の使い魔にも慣れないというのに、調子のいいこと言ってんじゃないわよ。どうせ心の中では気持ち悪いとか、出会ってしまって不幸や死が移ってしまう、これは早く教会に言って厄払いのお祓いをして貰わなきゃ……とか思っている事は知っているんだから!」
「蛾の妖精族が人間達に忌み嫌われているのは知っているけど俺はなんとも思ってはいないよ。だって妖精は妖精だしその違いの程は分からないよ。まあ確かに他の妖精達と違って羽の色は茶色いし、地味でパッとしないし、羽の付け根には毒があるという噂だから羽に触るのは流石に躊躇するがな」
「い、言ってくれるじゃない……」
「でもそれがなんだと言うんだ。死と不幸をもたらす存在とか言われているけど、実際に実害をもたらしている遙か闇なる世界の黒神子達と違って蛾の妖精は特に実害がある訳ではないし、その迷信にはなんの科学的根拠もないだろ。そのシンボル的な象徴とやらも妖精族が持つ精霊力と羽の美しさの見た目で隔てた人間達のただの偏見から来る物だからあまり気にしない方がいいと思うよ」
「今、遠回しに私達が持つ羽の事を汚いと言ったわよね。それが本音かしら」
「そんな事は思ってはいないよ。ただ色が茶色だし、華やかな他の妖精族達の羽の色に比べて少し地味だと言っただけだよ。そう感じたんだから仕方がないだろ。それが今、君を見て思った事だよ。でもそれが一体なんだと言うんだ。人が見る第一印象なんて些細な事だよ。大体君の価値はその第一印象で全てが決まるのか。まだ僕は君のことを個人的には何も知らないじゃないか。もしかしたら君自身も知らない何かいい事に気付くかも知れないし、話している内に僕と気が合うかも知れないし、更にはこの出会いを機に、君と友達に……仲間になれるかも知れないじゃないか!」
「仲間ですって、この蛾の妖精でもあるこの私と……緑の星の人間族でもある冒険者志願のあなたが……フフフフ、それは笑える話ね。なんで私が人間と……ましてやあの忌々しい勇者の姿を模したあなたと仲良くしなきゃいけないのよ。言って置くけど私は人間族が大っ嫌いなのよ。その人間達の中でも冒険者の資格を持っている人は更に嫌いだし、極めつけは勇者と呼ばれている特別職の人達よ。英雄だか憧れの職業だか知らないけど、あの職業に就いている傲慢な人間ほど情け容赦の無い悪列非道な人達はいないわ。それは第一級冒険者側の勇者達だけではなく、この緑の星の冒険者達が敵対している、あの異世界召喚者の勇者達も例外ではないわ。ホント、勇者と呼ばれている人達はみんなクズよ、最低よ。自分の利己的利益と回りの評価を念頭に入れた保身と他の力なき種族に対する迫害精神満載な傲慢なプライドだけは常に一級品の最低最悪な悪徳職業じゃない。あんなのになりたいだなんてホント軽蔑するわ!」
「何もそこまで言わなくても……なにか勇者達に恨みでもあるのか?」
「そ、それは……」
そのラエルロットの指摘に蛾の妖精のルナは暗い顔を下に向けながら静かに押し黙る。
「と、とにかくだ、俺は蛾の妖精の事については特になんとも思ってはいないし、むしろ君に出会えて良かったと思っているくらいさ。珍しい蛾の妖精とこうしてお近づきになることが出来たんだからな。それが俺の今の本音だよ。でもなんでそんなに冒険者を、いいや勇者を嫌っているんだ。ただ単に蛾の妖精族全体が人間達に忌み嫌われていると感じたからではないだろ。一体勇者と君の間になにがあったと言うんだ。もし良かったら話を聞かせてくれよ。もしかしたら何かすれ違いや誤解があるかも知れないから」
「誤解……誤解ですって……あんな事をしておいて……いいえ、なにもしてくれなかったくせに……助けてくれなかったくせに、いい加減な事を言うな。私達が過去にその勇者と呼ばれている者達に受けた仕打ちをあなたは何も知らないでしょ。あいつらは最低な奴らよ。あいつらは私達、蛾の妖精族を……いいえ、私の両親をわざと見て見ぬ振りをして笑いながら見殺しにしたのよ!」
「そんな、馬鹿な、それは流石にないだろう。あの敵対している異世界召喚者の勇者達ならいざ知らず、一応はこの緑の星の世界を守る冒険者に所属をしている最高位の特別職とも言うべき誇り高い勇者達だぞ。いくら迫害されている蛾の妖精族とは言え、必死に助けを求めている者を見捨てはしないだろ」
「でも実際に見捨てられたんだから仕方がないじゃない、それが現実よ。この世界の冒険者達は蛾の妖精族を見捨てたのよ。一年前にね」
「でも冒険者達が見捨てたって一体冒険者達は何と戦っていたんだよ。蛾の妖精族を助ける余裕がないくらいに危険で敵対している者って……それは異世界召喚者の勇者達じゃないのか?」
「いいえ、違うわ。あの異世界召喚者達も冒険者達と一時休戦をして共に協力してそいつと戦っていたから」
「で、その二大勢力が共に協力して戦わなくてはならない相手とは一体なんなんだよ。そいつはどんな化け物なんだ?」
「黒神子よ。頭には真っ赤なトサカを生やし、両腕には鳥のような大きな翼を持つ、まるで異世界にいるというニワトリという鳥を模した姿をした鳥人間……それが、遙か闇なる世界の黒神子にして、妖精喰いと呼ばれている、妖精喰いのヨーミコワよ!」
「妖精喰いのヨーミコワだとう。狼魔族達の話では奴らの主は黒神子の一人だという話だったが、そうかニワトリの姿をした黒神子がこの辺りの周辺にいるのか。なら早くこの事をレスフィナにも知らせないとな」
その名前を聞いた蛾の妖精のルナは思わずその険吞渦巻く可愛らしい顔を青ざめさせる。
「レスフィナ……レスフィナですって、それはあの黒神子ヨーミコワと同類の、あの黒神子、英雄殺しのレスフィナのこと? まさか彼女がこの近くに来ていると言うの」
「来ていると言うか、今は共に旅をしている真っ最中なんだけどな」
「な、なんですってぇぇ、ウソ、嘘よ、あの超がつくほどに恐ろしいと噂されているあの黒神子レスフィナがあなたのようなハッタリ人間と共に行動をしている訳がないわ。嘘を言うんじゃないわよ!」
「嘘じゃありませんよ。そうですか狼魔族達の主を務めているのは、遙か闇なる世界の黒神子、あの妖精喰いのヨーミコワでしたか。もしも彼女とこのまま相まみえる事になるのなら、直に戦えばかなり厳しい戦いになるかも知れませんね」
凛とした言葉を発しながら静かに荷台の扉を開けて入って来たのは、頭に牛の角を生やした黒神子レスフィナである。その姿と黒い闇の力を感じた犬人族のシャクティは目を見開きながら驚き、蛾の妖精のルナに至ってはあまりの恐怖に取り乱し大声を上げながら思わずパニックを起こす。
「きゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁーー黒神子が、黒神子が、あの黒神子ヨーミコワと同類の奴が襲ってくる。食べられちゃう、今度こそ確実に食べられちゃうわ。お父さん、お母さん、助けてぇぇ……助けてぇぇ……ぇぇ!」
目に涙を溜めながら蛾の妖精のルナは行き成り現れたレスフィナに異常なほど怯えているようだったが、緊張が限界に達したのかルナはそのまま気を失い気絶をするのだった。
犬人族のシャクティです。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
「え、俺なんかしました?」無自覚チート《概念編集》で石ころを魔石に、なまくらを聖剣に書き換えて、国を追われた聖女様と世界を救う
黒崎隼人
ファンタジー
◆◇◆完結保証◆◇◆
◆◇◆毎日朝7時更新!◆◇◆
「え、俺なんかしました?」
ごく普通の大学生、朝霧 海(あさぎり かい)が迷い込んだのは、剣と魔法が息づく異世界エーテルディア。右も左も分からぬままモンスターに襲われた彼を救ったのは、聖なる光を操る謎の美少女、ルミナだった。
彼女は言った。『あなた、一体何者なの?』と。
カイ自身も知らない、触れたモノの”理”を書き換えるチート能力《概念編集(リアライター)》。
「ただの石」が「爆ぜる魔石」に? 「なまくらの剣」が「伝説級の聖剣」に!?
無自覚に規格外の力を振るうカイは、やがて国を追われる訳ありの少女ルミナと共に、巨大な陰謀に立ち向かう運命に巻き込まれていく。
これは、一人の平凡な青年が、大切な人を守るために世界の理すら書き換えて最強へと至る、王道異世界ファンタジー!
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

