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第二章 黒神子・妖精喰いのヨーミコワ編
2-10.ルナ、弟の危機に飛ぶ
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2ー10.ルナ、弟の危機に飛ぶ
「ハア~ッ、ハア~ッ、ハア~ッ、本当にルナの奴は一人で荷馬車の方に向かったのか」
「はい、それは間違いないようです。隠れ里に住む他の蛾の妖精達の話によると、一晩掛けて花の蜜や野イチゴを集めていた食糧調達係の数人の蛾の妖精達がどうやら予定の時間になっても戻らなかったらしく、他の仲間達はかなり心配をしていたそうですが、日がまだ昇っていない翌朝にどうやら蛾の妖精の仲間の一人だけが、かなり疲れ果てた様子で戻ってきたとの事です。その戻ってきた蛾の妖精の話によれば、ノシロノ王国に続く街道をたどって花の蜜を一つ一つ集めていたら行き成り背後から現れた狼魔族の残党達の手によって(虫取り網で)仲間達は次々となすすべ無く捕まり捕獲されてしまったとか。そしてその捕獲された中にはルナさんの弟さんも一人混じっていたとの話です」
「そしてその話を聞いたルナは居ても立ってもいられず一人で、狼魔族達に捕まっている仲間と弟を助けに行ったと言う事か」
「はい、そういう事です」
「たく、早まった真似を。そんな重大な事は、俺達に先ず話してから行ってもいいじゃないか。たったの一人で狼魔族達に捕らわれた仲間達を助けに行くだなんて、いくら何でも無謀が過ぎるぜ!」
「それだけ急いでいたと言う事です。もしかしたら一秒後にはその弟さんが理不尽にも殺されているかも知れないのですから。因みにその狼魔族達がいる場所は、ルナさんが盗みの為に大量の物資を持ち出した、その荷馬車の前にいるとの事です」
「ああ、昨日俺達がいた荷馬車の真ん前か。それにしても狼魔族の奴ら、昨日あれだけ叩きのめしてやったのに懲りずにまた同じ場所に舞い戻って来るとは、流石に奴らも仕事のし過ぎだろ!」
「その荷馬車が止めてある例の場所に狼魔族達のボスと名乗る大きな亜人が現れて『ルナと名乗る蛾の妖精の少女を今すぐここに呼んでこい!』と叫びながらワザとその蛾の妖精の仲間の一人を伝言役として逃がしたのだそうです」
「くそ、どうやら向こうも本格的に動き出したようだな。蛾の妖精のルナが古代の遺物を持ち歩いているのでは……と言う疑惑が前々からあったからこそ動き出したと言う事か。それとも妖精喰いの黒神子・ヨーミコワがようやくここに来て、蛾の妖精達がいる山の周辺に出向く支度が整ったと言う事なのかな?」
「それと、昨夜ルナさんから取り上げたはずの邪妖精の衣がいつの間にか私の手元から無くなっています。ちゃんと取り返されないように私が持つ鞄の中に厳重にしまって置いたはずなのですが、不思議ですよね。いつの間に盗んで行ったのでしょうか?」
「レスフィナに気付かれる事無く邪妖精の衣を持ち出しただとう……でも一体どうやって持ち出したと言うんだ?」
一晩が明け、時刻は朝の六時丁度。
弟と仲間の危機を救う為に一人で隠れ里を飛び出した蛾の妖精のルナの後を追い、ラエルロット・黒神子レスフィナ・犬人族のシャクティ・狼魔族のゴンタを入れた四人は流行る気持ちを抑えながら大急ぎで夜明けの光が射す山を駆け降りる。
捉えられている仲間や弟を助けに行ったルナの事が心配だという話で皆が動いてはいるが、それぞれその本心は違う。
素直にルナのことを心配しているお人好しのラエルロットは別として、黒神子レスフィナは邪妖精の衣の回収とこの近くで暴れている黒神子ヨーミコワの今の現状と情報収集をする上での接触を図る為に動き。犬人族のシャクティは、まだ盗まれたままの大量の荷物を、邪妖精の衣の中に隠している持ち主のルナからそれらを返して貰う為にその後を追い。そして狼魔族のゴンタは、蛾の妖精達にちょっかいを出してきた狼魔族の本隊と合流し、黒神子レスフィナに掛けられた 逃亡阻止の呪縛の呪いを解いて貰う為に各々が走る。
だがその移動の過程で四人の身体機能の違いが直ぐに現れ、必死に走るラエルロットとレスフィナとの差を付けるかのようにシャクティとゴンタの二人が圧倒的な速さで先を走り、ついにはその姿が見えなくなってしまう。
「ハアッハアッハアッ、くそ、犬人族や狼魔族なだけあって人間の足じゃ彼らには到底叶わないか。だけどなんで人間をも軽く超越するはずの、遙か闇なる世界の黒神子が、そんなに走るのが遅いんだよ。足の早さも俺とどっこいどっこいなんですけど」
「私の能力は不老不死と、血液を使った多種多様な呪いの魔術と、私の体の何処かで直に接触した者へのHP・MPと言った全ステータスに数値化してあるスキルの吸収です。それだけでは無くその気になったら呪いと言った負のエネルギーも吸い取る事が可能です。あ、でも今は他の黒神子達は絶対に集めないであろう別のエネルギーも最近は積極的に集めています」
「なんだよ、その別のエネルギーって?」
「愛とか・思いやりとか・喜びとか……そんな生のエネルギーですよ。主に女神や聖女達が掲げている物です。昔の女神は別として、今の女神達の考え方は傲慢且つ偏見で満ちていて、かなり腐敗していますから、その掲げている正義も形だけですけどね」
「いやいや、それは流石にヘイトが過ぎるだろ。女神や聖女様達の中にだってまともな人くらいはいるだろ!」
「私の事よりもラエルロットさんはなぜ復讐の鎧を着て移動をしないのですか。あの鎧を装着すれば直ぐにでも遙か先を走る二人に追いつく事も簡単に出来ますのに」
「お前も分かっているだろ、あの復讐の鎧を着込んで力を使うと言う事はその分俺のMPを少しづつ削りながら行動をしているような物だ。だからなんの考えもなしに無造作にあの力を使っていると物凄く疲れるんだよ」
「つまりその気力と体力を狼魔族達がいる闘争の地まで温存しておきたいと言う事ですね」
「いざ狼魔族達がいる現場についてみたら、ここまで来る移動の途中で全ての力を使い果たしてしまってもう戦えませんじゃ流石に本末転倒だからな」
「なるほど、流石はラエルロットさんです。ちゃんと復讐の鎧の危険性や使いどころを理解していますね。そうです、あの鎧に関しては無闇な乱用は出来るだけ控えた方がいいと思います。あの力はあまりにも危険ですから。それと絶対にご神託の事を忘れないで下さい。あなたが蛾の妖精達を助けた時点で遙か闇なる世界の試練の呪いが発動し、あなたに与えている不死の能力はその効力を失い、選択を違えたあなたの魂は闇の亡者達の手によって確実に地獄の底へと引きずり込まれるのですから。つまりは死ぬと言う事です」
「蛾の妖精を助けたら確実な死が待っているのか。まあ俺が狼魔族や黒神子ヨーミコワと戦わなければいいだけの話だろ。それにもしも彼らと戦わなければならない状況に陥ったら、蛾の妖精達はお前が助けてやってくれ。その後で俺が狼魔族達と戦えば蛾の妖精を助けた事にはならないだろ。あの第二の試練の内容は、蛾の妖精を助ける行為事態が悪いみたいだから、誰かが蛾の妖精を助けた後に、俺が出て来て狼魔族達と戦う分には彼らを助けた事にはならないはずだ。そうだろ」
「まあ、確かに間接的には助けた事にはなりますが、その助けないという範囲は割と曖昧ですからね。その助けた助けないは、人によってはいろいろと解釈ができます。でも今ハッキリと言える事は、あなたが直に接触して蛾の妖精達を助けてはいけないと言う事です。いいですね、それだけは絶対に守って下さい。もしその言いつけを違えたら、もう私でもあなたを救う事は出来ません。その定期的に起こる闇の試練に打ち勝つ事が黒神子の眷属となった者に化せられた宿命であり義務だと理解してください」
「全く、物凄く嫌な義務だぜ!」
野原や山道を走り抜け、熱く言葉を交わしたラエルロットとレスフィナは、先を走るシャクティとゴンタの姿を見失ってしまう。だが目指す目的地は一緒なので荷馬車があるとされる街道を目標に、今現在狼魔族達がいる(と思われる)現場へと向かう。
*
一方その頃、目の前にいる狼魔族達と激しくにらみ合っている蛾の妖精のルナは、人質に取られている仲間達をさりげなく気遣いながら、いつでも邪妖精の衣を取り出せる間合いを図る。
人数にしてざっと五十~六十人はいる狼魔族のその数に向こうも本気だと感じた蛾の妖精のルナは名指しで自分がここに呼ばれた理由をなんとなく理解する。
恐らく狼魔族や黒神子ヨーミコワの恐怖の尋問にルナの弟は耐えられなかったのだろう。ルナが隠し持っている古代の遺物の一つ、邪妖精の衣の事を話てしまったから今自分はここに呼ばれたのだろうと勘ぐる。
そしてその考えが的中したかのように狼魔族達の中でも一番大きながっしりとした体格を持つ男がルナの前へと出る。
まるで自分こそがここのリーダーだと主張するかのようにその男は、背中に背負っている大きな大検を抜くと高らかに自分の名を告げる。
「俺はこの狼魔族達を一つにまとめ上げているボス、名はザドという者だ。お前の弟から話は聞いてるぞ。我が主が求めし古代の遺物はお前が持っているそうだな。お前の弟に聞いても、その古代の遺物を見たことがないし、その能力も未だに教えられてもいないからどんな物かは分からないとは言っていたが、持ち主でもあるお前に会えば全てが分かると思い、わざわざここに呼んだのだ。そんな訳で、お前の弟や仲間達の命が欲しくば、お前が持つその古代の遺物を大人しくこちらに渡すんだな。それは我が主様が欲している物だ!」
手に持つ大検を振り回しながら伊切顔で威圧する狼魔族のボス・ザドの脅しに蛾の妖精のルナは内心かなりの恐怖と死への予感を抱いていたが、ここで弟や他の仲間達を見捨てて逃げる訳には行かないのでこの絶体絶命的な状況を回避する為に策を巡らせる。
「え、ええ、勿論私はあなたが言うところの古代の遺物を持ってはいますが、このままあなた方の一方的な要求を素直に受け入れたとしても捉えられている弟や仲間達が無事に帰って来る保証は何処にもないから、ちょっと保険を掛けさせて貰ったわ。なので今私の手元に当然古代の遺物はないわ。あなた方の呼び出しに応じた時に、ここまで来る途中で古代の遺物を何処かに隠して来ましたからね。なので捕まっている仲間達と私を殺害なんかしたらその時点であなた達が探し求めている古代の遺物はもう二度と手に入らない事を覚悟して頂戴!」
「おのれぇぇ、小娘が、面倒くさい事をしやがってぇぇ。中々に頭が回るではないか!」
「あの人類の遺産とも言うべき古代の遺物が欲しいのなら大人しく私の条件を飲むことね。あなた達だって蛾の妖精の命なんて虫けら程度にしか思ってはいないでしょ。なら蛾の妖精達をなんの考えもなしに下手に殺して、私が持つ古代の遺物の在処を永遠に失うよりは、私の要求に応じた方がいいに決まっていますよね」
「こちらには人質がいるんだが……」
「その人質による脅しもあなたに古代の遺物を渡した時点で皆殺しにされたんじゃ意味が無いですから、ここはお互いに身の安全を確保しながら公平に行こうと言う事です。私も弟や仲間の命を見捨ててまであの呪われた古代の遺物を所有するつもりはありませんからね。と言うわけで取り引きをしましょう。私は狼魔族達の間合いとも言うべきザドさんの目の前にいますので、他の仲間達は解放して上げて下さい。私の仲間達が空に飛び立つのを見届けたら、古代の遺物を隠してある場所を教えます。それでよろしいでしょうか」
「ふふふ、薄汚い種族の分際で中々にこざかしい事を考えるわ、この汚れた羽虫が!」
その心無い狼魔族のボスの言葉に蛾の妖精のルナは心を深くえぐられたような気持ちになるが、ここはグッと我慢し冷静さを装う。自分がしっかりしないと到底仲間達は助けられないと思ったからだ。
幸い隠し持つ古代の遺物が一体どのような形をした代物かを狼魔族が知らない事に僅かながらに希望とアドバンテージを見いだしていたルナはその小さなチャンスを掴む為に更に強く言う。
「それでどうするの、私の提案に乗るの反るの……どっち!」
「まあ、いいだろう、お前らの事なんて正直どうでもいいからな。主様が探し求めている古代の遺物さえ見つかれば、蛾の妖精になど興味はないのだからな。それにヨーミコワ様の話では蛾の妖精の羽根の付け根には痺れ粉の毒があるからそのまま食べても結構不味いらしいしな」
「不味いと分かったんならもう決して食べない事ね。そうあなたの主とやらにも言ってやりなよ。私達は黒神子ヨーミコワのおやつや食糧には決してなり得ないという事を」
「確かに、お前らを喰うくらいなら、他の美しい羽根を持つ妖精を喰った方がさぞ美味だろうからな」
ザドが放つ下げすみの言葉も種の存続を脅かされている蛾の妖精族にとっては幸か不幸か決して悪い言葉ではないのだが、なんだか悲しい気持ちになってしまう。忌み嫌われる事でしか蛾の妖精達は生き残る手段がないと認めているような物だからだ。
そんななんとも言えない思いに浸っているとどこからともなくトーンの高いかすれた女性の声が飛ぶ。
「コッケェェーーェェ、コッケェェーーェェ、コッケェェーーコッコウ! 確かに蛾の妖精は不味いが、それはそれで独特の濃くと苦味があって味わい深いのもまた事実だ。食べ慣れたら癖になる味とでも言うのかな。だからそんなに自分達種族を卑下するものではないぞえ。一年前同様に蛾の妖精族……お前達をまた美味しく喰らってやろうぞ!」
「その声、その甲高い可笑しな鳴き声は……まさか……まさか……」
その聞き覚えのあるトラウマ的な声に警戒しながら声の出元を探る蛾の妖精のルナだったがその出元がよく分からない。
「どこ、どこにいるの、いい加減に出てきなさい。遙か闇なる世界の黒神子、妖精喰いのヨーミコワ!」
恐怖と焦りに満ちたそのルナの言葉に反応するかのように狼魔族達のボスでもあるザドが豪快に笑うとその答えを口にする。
「ハハハハハハハハーーァ、我が主様の突然の声に驚いているようだな。一体何処にいるのかと。その答えはここだよ!」
そう言うと狼魔族のボス・ザドは、太い首に掛けられている紐を引き寄せながら一つの大きな拳くらいの宝石を取り出す。その体に着込んでいる大きな古びた革の鎧の中に隠されている拳くらいの大きな宝石の回りには綺麗な金細工が施されており、その宝石の価値を更に引き立たせているようにも見える。
その如何にも高価そうな宝石を狼魔族のボスでもあるザドは何処か誇らしげに蛾の妖精のルナに見せびらかすが、その宝石を見たルナはこの一年間一体なぜ黒神子ヨーミコワが蛾の妖精達の隠れ住む山に現れなかったのかをなんとなく理解する。
「あの中年の異世界召喚者の勇者が持っていた……古代の遺物……確か名前は『賢者の魔石』とか言っていたわね。まさかあの一年前の戦いでその魔石の中に封じられていたから、黒神子ヨーミコワはその姿を現さなかったのね」
「コッケェーーコッコォォォ、コッケェーーコッコォォォ、ええ、そういうことよ。あの三つ巴の壮絶な戦いの末、最強の異世界召喚者でもある勇者斉藤の手により、(古代の遺物)賢者の魔石の中にまんまと封印されてしまった私は、約一年間この中からはどうあがいても出る事ができない有様になってしまったわ」
「あの異世界召喚者の中年のおじさんが黒神子ヨーミコワを追い詰めたというの、一体どうやって?」
「いいわ、経緯を教えてあげる。一年前、自慢の不死の力と飛行能力で異世界召喚者の三人の勇者達と、この星に住む高レベルの冒険者達に多大なダメージを負わせてどうにか退けさせる事に成功した私はかなり有利な戦いを繰り広げていたけど、あの異世界召喚者の勇者斉藤は巧妙に罠を張り巡らせ、僅かな隙を伺い、ちまちまと無駄な攻撃をして私の体にダメージを蓄積させていたわ。不死身の体を持つこの私になぜそんな無駄な攻撃を仕掛けて来るのかと正直かなり不思議に思っていたけど、それが勇者斉藤の卑劣かつ巧妙な罠だったという事が後で思い知る事になるわ。あの勇者斉藤が持つ賢者の魔石の発動条件は、封じる相手の体力を三分の二くらいまで減らす事だった。そうとは知らずに余裕を見せていた私は命からがら撤退をしていく異世界召喚者の勇者や高レベル冒険者達の敗走に勝どきの声を上げて喜んでいたけど、それが全ての間違いだったわ。驚異の二大勢力に大ダメージを与える事ができた事に大きな愉悦を感じ、傲りと油断が生まれてしまった。私は勇者たちとの戦いの果てに私自身すらも大ダメージを負った状態で、地面に落ちていた賢者の魔石をつい徐に拾い上げてしまった。そうそれこそが異世界召喚者の勇者斉藤が仕掛けた卑劣かつ巧妙な罠だとも知らずに」
険吞の表情を浮かべながら淡々と話す黒神子ヨーミコワに、蛾の妖精のルナはその迫力に押されてつい生唾を飲む。
黒神子ヨーミコワの話は尚も続く。
「私は基本的には不死の自己再生能力を持っているから、どんなに傷つき大怪我を負ってもまず死ぬことはないが、戦いで消費したHPとMPが元に戻るにはそれなりに時間が掛かるわ。HPというよりもMPが底をついた状態では超再生能力もおぼつかないからだ。だから直ぐに回復薬でも飲んでいたらこんなヘマはしなかったのだろうが、つい時間が経てば直ぐに全てが元に回復すると安心しきっていたのがそもそもの間違いだった。なぜあの勇者斉藤がこの場に大事な賢者の魔石を落としていったのかをもっと真剣に疑うべきだった。全くとんでもないヘマをしましたわ!」
「そうか、だからこの一年間、あなたは私の前にその姿を現す事がなかったのね。あなたは賢者の魔石の中に封印されていたから」
「ええ、そういうことよ。この魔石からでるには勇者職の誰かに『ヨーミコワ、この中から出て来い』というキーワード的な言葉を発して貰わないと絶対に外に出る事ができない仕組みになっているわ。でもそう都合良く勇者職の人がこの魔石に触って私の名を呼ぶなんて事はまずないだろうし、だからこそ途方に暮れてしまったわ。でも私は直ぐに別の方法を考えることにした。かなり遠回りだったけどこの魔石の中からでも生き物の生命を吸い取れる魔力を構築してから外に無理矢理にでも干渉できる仕組みを作り上げた。それができるまでに約一年は掛かったけど、幸いな事に私には下僕のように働く狼魔族達がいたから、その者達に念波を送って魔石を回収して貰い、そして今日に至ると言う訳なのよ。あのまま狼魔族達を念波で呼び寄せていなかったら、体力を回復し戻ってきた異世界召喚者か高レベルの冒険者達に賢者の魔石を回収されていたかもしれない。もしもそうなっていたら未来永劫この中に封印し兼ねない所だったわ」
「でもそんなあなたが、わざわざ私の前にその姿を現した。これは一体どう言う事。まさかとは思うけど賢者の魔石の封印から脱出してきたとでも言うの?」
「ククク、この状況を見たらわかるだろ、私はまだこの賢者の魔石の中から出られない状態にいる。この賢者の魔石の中から部下達に命令を送る事はできるが、移動は狼魔族達に魔石を持ち歩いてもらわないとできない状態だ。だがあと少しだ。今までに溜に溜めた魔力が集まればあと少しでこの賢者の魔石の中から出れるはずだ。あと少しでな!」
「でもまだその賢者の魔石の封印を破れてはいないようね。正直安心したわ。それで、そんなあなたが封印されている状態を晒してまでここに現れたと言う事は、私が何処かに隠している古代の遺物に興味があるということでいいのかしら。それとも完全に私を舐めぷしているとか」
「コッケェェーーコッコウ……、昨夜食糧探しの為に飛んでいた蛾の妖精を私の部下達が何匹か捕まえて尋問したら古代の遺物を持っているかも知れない人物の情報が届いたから一応様子を見に来ただけだよ。一年前に襲った山から逃げ延びた他の蛾の妖精族の生き残りが一体どんな奴なのかを確認しようとわざわざここまで見に来たのだが、まさかその生き残りの人物があの時喰い損なったあの子供達だったとは酷く驚いたし素直に納得がいったよ。やはりあの時の蛾の妖精の少女が古代の遺物を持っていたのだな。ちくしょう、手間を取らせやがって。だが一年前の時もそうだが……一体お前はどこにその古代の遺物を隠し持っているんだ。ここにないと言う事はやはり何処かに隠しているのか。私は古代の遺物から発せられる魔力の探知にはかなり疎いからハッキリ言って得意ではない。だから古代の遺物を何処かに隠されてしまったらそれだけで見つけることが困難になってしまう。だが逆を言えば身体能力においては私はかなり自信があるから空を飛ぶ速さと目の良さだけは全黒神子の中でもダントツなのだよ。そんな訳で君が持つ古代の遺物を渡して貰おうか。その古代の遺物は我らが神でもあるお母様に献上すべき代物だ。決して薄汚い害虫の羽虫無勢が持ち歩ける代物ではないわ!」
(薄汚い害虫……それに羽虫か……妖精は……いいえ、蛾の妖精はみんな薄汚い羽虫だとでも言うの……)
「そんな訳で、君さえこの場に残ってくれたら、約束通り君の仲間達は解放してやろう」
黒神子ヨーミコワがそう言葉を告げるとそれに従うかのように狼魔族の一人が、蛾の妖精達を閉じ込めていた鳥籠の蓋を開けて蛾の妖精達を空へと解き放つ。
「やった、これで自由だ。助かった、助かったぞ。ルナ、本当に助かったよ。ありがとう」
「お姉ちゃん、助けに来てくれたんだね。ありがとう」
「いいから出来るだけ速く遠くに逃げて、まだ全然安全ではないわ。空を飛べない狼魔族達は飛ぶ高度を上げればもう手は出せないけど、黒神子ヨーミコワは別だわ。速く遠くに逃げて何処かに隠れないとその高い飛行性能と高速スピード、それにどんなに遠くにいる獲物すらも逃がさないその千里眼のような望遠能力で直ぐにその姿をロックオンされてしまうわ!」
「わ、わかった、直ぐに何処かに隠れるよ」
「でもお姉ちゃんは、お姉ちゃんは、この後どうするの。このままじゃ逃げられずに食べられちゃうよ。ごめんよ、ごめんよ、僕が恐怖のあまりに古代の遺物の事を話してしまったせいでこんな事になってしまって!」
「別にいいわよ、こんなに乱用していたらいつかは誰かにバレると思っていた事だしね。だからいいの。気にしないで。私の事は何も心配はいらないからあなたは速くここから逃げなさい。そして私がもしも戻らなかった時はあなたがお爺ちゃんや、弟・妹達を守るのよ。いい、わかったわね!」
「お姉ちゃん……」
「いいから行きなさい。ここはお姉ちゃんに任せて。大丈夫よ、こう見えてお姉ちゃんはしぶとくて結構強いんだから!」
恐怖のあまりにしゃべってしまった罪の重さと後悔の深さにルナの弟は悲痛な声を上げていたが、そんな嘆きに対しルナは優しくも強い凛とした声で姉の役目を果たそうとする。
その数秒後、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする弟と仲間達を見送った蛾の妖精のルナは、黒神子ヨーミコワと狼魔族達のボス・ザドの二人の動きに警戒をしながらその逃げ出すチャンスを探るのだった。
古代の遺物、賢者の魔石を見せ付けながら、目の前に立ちはだかる狼魔族のボス、ザドの図です。
「ハア~ッ、ハア~ッ、ハア~ッ、本当にルナの奴は一人で荷馬車の方に向かったのか」
「はい、それは間違いないようです。隠れ里に住む他の蛾の妖精達の話によると、一晩掛けて花の蜜や野イチゴを集めていた食糧調達係の数人の蛾の妖精達がどうやら予定の時間になっても戻らなかったらしく、他の仲間達はかなり心配をしていたそうですが、日がまだ昇っていない翌朝にどうやら蛾の妖精の仲間の一人だけが、かなり疲れ果てた様子で戻ってきたとの事です。その戻ってきた蛾の妖精の話によれば、ノシロノ王国に続く街道をたどって花の蜜を一つ一つ集めていたら行き成り背後から現れた狼魔族の残党達の手によって(虫取り網で)仲間達は次々となすすべ無く捕まり捕獲されてしまったとか。そしてその捕獲された中にはルナさんの弟さんも一人混じっていたとの話です」
「そしてその話を聞いたルナは居ても立ってもいられず一人で、狼魔族達に捕まっている仲間と弟を助けに行ったと言う事か」
「はい、そういう事です」
「たく、早まった真似を。そんな重大な事は、俺達に先ず話してから行ってもいいじゃないか。たったの一人で狼魔族達に捕らわれた仲間達を助けに行くだなんて、いくら何でも無謀が過ぎるぜ!」
「それだけ急いでいたと言う事です。もしかしたら一秒後にはその弟さんが理不尽にも殺されているかも知れないのですから。因みにその狼魔族達がいる場所は、ルナさんが盗みの為に大量の物資を持ち出した、その荷馬車の前にいるとの事です」
「ああ、昨日俺達がいた荷馬車の真ん前か。それにしても狼魔族の奴ら、昨日あれだけ叩きのめしてやったのに懲りずにまた同じ場所に舞い戻って来るとは、流石に奴らも仕事のし過ぎだろ!」
「その荷馬車が止めてある例の場所に狼魔族達のボスと名乗る大きな亜人が現れて『ルナと名乗る蛾の妖精の少女を今すぐここに呼んでこい!』と叫びながらワザとその蛾の妖精の仲間の一人を伝言役として逃がしたのだそうです」
「くそ、どうやら向こうも本格的に動き出したようだな。蛾の妖精のルナが古代の遺物を持ち歩いているのでは……と言う疑惑が前々からあったからこそ動き出したと言う事か。それとも妖精喰いの黒神子・ヨーミコワがようやくここに来て、蛾の妖精達がいる山の周辺に出向く支度が整ったと言う事なのかな?」
「それと、昨夜ルナさんから取り上げたはずの邪妖精の衣がいつの間にか私の手元から無くなっています。ちゃんと取り返されないように私が持つ鞄の中に厳重にしまって置いたはずなのですが、不思議ですよね。いつの間に盗んで行ったのでしょうか?」
「レスフィナに気付かれる事無く邪妖精の衣を持ち出しただとう……でも一体どうやって持ち出したと言うんだ?」
一晩が明け、時刻は朝の六時丁度。
弟と仲間の危機を救う為に一人で隠れ里を飛び出した蛾の妖精のルナの後を追い、ラエルロット・黒神子レスフィナ・犬人族のシャクティ・狼魔族のゴンタを入れた四人は流行る気持ちを抑えながら大急ぎで夜明けの光が射す山を駆け降りる。
捉えられている仲間や弟を助けに行ったルナの事が心配だという話で皆が動いてはいるが、それぞれその本心は違う。
素直にルナのことを心配しているお人好しのラエルロットは別として、黒神子レスフィナは邪妖精の衣の回収とこの近くで暴れている黒神子ヨーミコワの今の現状と情報収集をする上での接触を図る為に動き。犬人族のシャクティは、まだ盗まれたままの大量の荷物を、邪妖精の衣の中に隠している持ち主のルナからそれらを返して貰う為にその後を追い。そして狼魔族のゴンタは、蛾の妖精達にちょっかいを出してきた狼魔族の本隊と合流し、黒神子レスフィナに掛けられた 逃亡阻止の呪縛の呪いを解いて貰う為に各々が走る。
だがその移動の過程で四人の身体機能の違いが直ぐに現れ、必死に走るラエルロットとレスフィナとの差を付けるかのようにシャクティとゴンタの二人が圧倒的な速さで先を走り、ついにはその姿が見えなくなってしまう。
「ハアッハアッハアッ、くそ、犬人族や狼魔族なだけあって人間の足じゃ彼らには到底叶わないか。だけどなんで人間をも軽く超越するはずの、遙か闇なる世界の黒神子が、そんなに走るのが遅いんだよ。足の早さも俺とどっこいどっこいなんですけど」
「私の能力は不老不死と、血液を使った多種多様な呪いの魔術と、私の体の何処かで直に接触した者へのHP・MPと言った全ステータスに数値化してあるスキルの吸収です。それだけでは無くその気になったら呪いと言った負のエネルギーも吸い取る事が可能です。あ、でも今は他の黒神子達は絶対に集めないであろう別のエネルギーも最近は積極的に集めています」
「なんだよ、その別のエネルギーって?」
「愛とか・思いやりとか・喜びとか……そんな生のエネルギーですよ。主に女神や聖女達が掲げている物です。昔の女神は別として、今の女神達の考え方は傲慢且つ偏見で満ちていて、かなり腐敗していますから、その掲げている正義も形だけですけどね」
「いやいや、それは流石にヘイトが過ぎるだろ。女神や聖女様達の中にだってまともな人くらいはいるだろ!」
「私の事よりもラエルロットさんはなぜ復讐の鎧を着て移動をしないのですか。あの鎧を装着すれば直ぐにでも遙か先を走る二人に追いつく事も簡単に出来ますのに」
「お前も分かっているだろ、あの復讐の鎧を着込んで力を使うと言う事はその分俺のMPを少しづつ削りながら行動をしているような物だ。だからなんの考えもなしに無造作にあの力を使っていると物凄く疲れるんだよ」
「つまりその気力と体力を狼魔族達がいる闘争の地まで温存しておきたいと言う事ですね」
「いざ狼魔族達がいる現場についてみたら、ここまで来る移動の途中で全ての力を使い果たしてしまってもう戦えませんじゃ流石に本末転倒だからな」
「なるほど、流石はラエルロットさんです。ちゃんと復讐の鎧の危険性や使いどころを理解していますね。そうです、あの鎧に関しては無闇な乱用は出来るだけ控えた方がいいと思います。あの力はあまりにも危険ですから。それと絶対にご神託の事を忘れないで下さい。あなたが蛾の妖精達を助けた時点で遙か闇なる世界の試練の呪いが発動し、あなたに与えている不死の能力はその効力を失い、選択を違えたあなたの魂は闇の亡者達の手によって確実に地獄の底へと引きずり込まれるのですから。つまりは死ぬと言う事です」
「蛾の妖精を助けたら確実な死が待っているのか。まあ俺が狼魔族や黒神子ヨーミコワと戦わなければいいだけの話だろ。それにもしも彼らと戦わなければならない状況に陥ったら、蛾の妖精達はお前が助けてやってくれ。その後で俺が狼魔族達と戦えば蛾の妖精を助けた事にはならないだろ。あの第二の試練の内容は、蛾の妖精を助ける行為事態が悪いみたいだから、誰かが蛾の妖精を助けた後に、俺が出て来て狼魔族達と戦う分には彼らを助けた事にはならないはずだ。そうだろ」
「まあ、確かに間接的には助けた事にはなりますが、その助けないという範囲は割と曖昧ですからね。その助けた助けないは、人によってはいろいろと解釈ができます。でも今ハッキリと言える事は、あなたが直に接触して蛾の妖精達を助けてはいけないと言う事です。いいですね、それだけは絶対に守って下さい。もしその言いつけを違えたら、もう私でもあなたを救う事は出来ません。その定期的に起こる闇の試練に打ち勝つ事が黒神子の眷属となった者に化せられた宿命であり義務だと理解してください」
「全く、物凄く嫌な義務だぜ!」
野原や山道を走り抜け、熱く言葉を交わしたラエルロットとレスフィナは、先を走るシャクティとゴンタの姿を見失ってしまう。だが目指す目的地は一緒なので荷馬車があるとされる街道を目標に、今現在狼魔族達がいる(と思われる)現場へと向かう。
*
一方その頃、目の前にいる狼魔族達と激しくにらみ合っている蛾の妖精のルナは、人質に取られている仲間達をさりげなく気遣いながら、いつでも邪妖精の衣を取り出せる間合いを図る。
人数にしてざっと五十~六十人はいる狼魔族のその数に向こうも本気だと感じた蛾の妖精のルナは名指しで自分がここに呼ばれた理由をなんとなく理解する。
恐らく狼魔族や黒神子ヨーミコワの恐怖の尋問にルナの弟は耐えられなかったのだろう。ルナが隠し持っている古代の遺物の一つ、邪妖精の衣の事を話てしまったから今自分はここに呼ばれたのだろうと勘ぐる。
そしてその考えが的中したかのように狼魔族達の中でも一番大きながっしりとした体格を持つ男がルナの前へと出る。
まるで自分こそがここのリーダーだと主張するかのようにその男は、背中に背負っている大きな大検を抜くと高らかに自分の名を告げる。
「俺はこの狼魔族達を一つにまとめ上げているボス、名はザドという者だ。お前の弟から話は聞いてるぞ。我が主が求めし古代の遺物はお前が持っているそうだな。お前の弟に聞いても、その古代の遺物を見たことがないし、その能力も未だに教えられてもいないからどんな物かは分からないとは言っていたが、持ち主でもあるお前に会えば全てが分かると思い、わざわざここに呼んだのだ。そんな訳で、お前の弟や仲間達の命が欲しくば、お前が持つその古代の遺物を大人しくこちらに渡すんだな。それは我が主様が欲している物だ!」
手に持つ大検を振り回しながら伊切顔で威圧する狼魔族のボス・ザドの脅しに蛾の妖精のルナは内心かなりの恐怖と死への予感を抱いていたが、ここで弟や他の仲間達を見捨てて逃げる訳には行かないのでこの絶体絶命的な状況を回避する為に策を巡らせる。
「え、ええ、勿論私はあなたが言うところの古代の遺物を持ってはいますが、このままあなた方の一方的な要求を素直に受け入れたとしても捉えられている弟や仲間達が無事に帰って来る保証は何処にもないから、ちょっと保険を掛けさせて貰ったわ。なので今私の手元に当然古代の遺物はないわ。あなた方の呼び出しに応じた時に、ここまで来る途中で古代の遺物を何処かに隠して来ましたからね。なので捕まっている仲間達と私を殺害なんかしたらその時点であなた達が探し求めている古代の遺物はもう二度と手に入らない事を覚悟して頂戴!」
「おのれぇぇ、小娘が、面倒くさい事をしやがってぇぇ。中々に頭が回るではないか!」
「あの人類の遺産とも言うべき古代の遺物が欲しいのなら大人しく私の条件を飲むことね。あなた達だって蛾の妖精の命なんて虫けら程度にしか思ってはいないでしょ。なら蛾の妖精達をなんの考えもなしに下手に殺して、私が持つ古代の遺物の在処を永遠に失うよりは、私の要求に応じた方がいいに決まっていますよね」
「こちらには人質がいるんだが……」
「その人質による脅しもあなたに古代の遺物を渡した時点で皆殺しにされたんじゃ意味が無いですから、ここはお互いに身の安全を確保しながら公平に行こうと言う事です。私も弟や仲間の命を見捨ててまであの呪われた古代の遺物を所有するつもりはありませんからね。と言うわけで取り引きをしましょう。私は狼魔族達の間合いとも言うべきザドさんの目の前にいますので、他の仲間達は解放して上げて下さい。私の仲間達が空に飛び立つのを見届けたら、古代の遺物を隠してある場所を教えます。それでよろしいでしょうか」
「ふふふ、薄汚い種族の分際で中々にこざかしい事を考えるわ、この汚れた羽虫が!」
その心無い狼魔族のボスの言葉に蛾の妖精のルナは心を深くえぐられたような気持ちになるが、ここはグッと我慢し冷静さを装う。自分がしっかりしないと到底仲間達は助けられないと思ったからだ。
幸い隠し持つ古代の遺物が一体どのような形をした代物かを狼魔族が知らない事に僅かながらに希望とアドバンテージを見いだしていたルナはその小さなチャンスを掴む為に更に強く言う。
「それでどうするの、私の提案に乗るの反るの……どっち!」
「まあ、いいだろう、お前らの事なんて正直どうでもいいからな。主様が探し求めている古代の遺物さえ見つかれば、蛾の妖精になど興味はないのだからな。それにヨーミコワ様の話では蛾の妖精の羽根の付け根には痺れ粉の毒があるからそのまま食べても結構不味いらしいしな」
「不味いと分かったんならもう決して食べない事ね。そうあなたの主とやらにも言ってやりなよ。私達は黒神子ヨーミコワのおやつや食糧には決してなり得ないという事を」
「確かに、お前らを喰うくらいなら、他の美しい羽根を持つ妖精を喰った方がさぞ美味だろうからな」
ザドが放つ下げすみの言葉も種の存続を脅かされている蛾の妖精族にとっては幸か不幸か決して悪い言葉ではないのだが、なんだか悲しい気持ちになってしまう。忌み嫌われる事でしか蛾の妖精達は生き残る手段がないと認めているような物だからだ。
そんななんとも言えない思いに浸っているとどこからともなくトーンの高いかすれた女性の声が飛ぶ。
「コッケェェーーェェ、コッケェェーーェェ、コッケェェーーコッコウ! 確かに蛾の妖精は不味いが、それはそれで独特の濃くと苦味があって味わい深いのもまた事実だ。食べ慣れたら癖になる味とでも言うのかな。だからそんなに自分達種族を卑下するものではないぞえ。一年前同様に蛾の妖精族……お前達をまた美味しく喰らってやろうぞ!」
「その声、その甲高い可笑しな鳴き声は……まさか……まさか……」
その聞き覚えのあるトラウマ的な声に警戒しながら声の出元を探る蛾の妖精のルナだったがその出元がよく分からない。
「どこ、どこにいるの、いい加減に出てきなさい。遙か闇なる世界の黒神子、妖精喰いのヨーミコワ!」
恐怖と焦りに満ちたそのルナの言葉に反応するかのように狼魔族達のボスでもあるザドが豪快に笑うとその答えを口にする。
「ハハハハハハハハーーァ、我が主様の突然の声に驚いているようだな。一体何処にいるのかと。その答えはここだよ!」
そう言うと狼魔族のボス・ザドは、太い首に掛けられている紐を引き寄せながら一つの大きな拳くらいの宝石を取り出す。その体に着込んでいる大きな古びた革の鎧の中に隠されている拳くらいの大きな宝石の回りには綺麗な金細工が施されており、その宝石の価値を更に引き立たせているようにも見える。
その如何にも高価そうな宝石を狼魔族のボスでもあるザドは何処か誇らしげに蛾の妖精のルナに見せびらかすが、その宝石を見たルナはこの一年間一体なぜ黒神子ヨーミコワが蛾の妖精達の隠れ住む山に現れなかったのかをなんとなく理解する。
「あの中年の異世界召喚者の勇者が持っていた……古代の遺物……確か名前は『賢者の魔石』とか言っていたわね。まさかあの一年前の戦いでその魔石の中に封じられていたから、黒神子ヨーミコワはその姿を現さなかったのね」
「コッケェーーコッコォォォ、コッケェーーコッコォォォ、ええ、そういうことよ。あの三つ巴の壮絶な戦いの末、最強の異世界召喚者でもある勇者斉藤の手により、(古代の遺物)賢者の魔石の中にまんまと封印されてしまった私は、約一年間この中からはどうあがいても出る事ができない有様になってしまったわ」
「あの異世界召喚者の中年のおじさんが黒神子ヨーミコワを追い詰めたというの、一体どうやって?」
「いいわ、経緯を教えてあげる。一年前、自慢の不死の力と飛行能力で異世界召喚者の三人の勇者達と、この星に住む高レベルの冒険者達に多大なダメージを負わせてどうにか退けさせる事に成功した私はかなり有利な戦いを繰り広げていたけど、あの異世界召喚者の勇者斉藤は巧妙に罠を張り巡らせ、僅かな隙を伺い、ちまちまと無駄な攻撃をして私の体にダメージを蓄積させていたわ。不死身の体を持つこの私になぜそんな無駄な攻撃を仕掛けて来るのかと正直かなり不思議に思っていたけど、それが勇者斉藤の卑劣かつ巧妙な罠だったという事が後で思い知る事になるわ。あの勇者斉藤が持つ賢者の魔石の発動条件は、封じる相手の体力を三分の二くらいまで減らす事だった。そうとは知らずに余裕を見せていた私は命からがら撤退をしていく異世界召喚者の勇者や高レベル冒険者達の敗走に勝どきの声を上げて喜んでいたけど、それが全ての間違いだったわ。驚異の二大勢力に大ダメージを与える事ができた事に大きな愉悦を感じ、傲りと油断が生まれてしまった。私は勇者たちとの戦いの果てに私自身すらも大ダメージを負った状態で、地面に落ちていた賢者の魔石をつい徐に拾い上げてしまった。そうそれこそが異世界召喚者の勇者斉藤が仕掛けた卑劣かつ巧妙な罠だとも知らずに」
険吞の表情を浮かべながら淡々と話す黒神子ヨーミコワに、蛾の妖精のルナはその迫力に押されてつい生唾を飲む。
黒神子ヨーミコワの話は尚も続く。
「私は基本的には不死の自己再生能力を持っているから、どんなに傷つき大怪我を負ってもまず死ぬことはないが、戦いで消費したHPとMPが元に戻るにはそれなりに時間が掛かるわ。HPというよりもMPが底をついた状態では超再生能力もおぼつかないからだ。だから直ぐに回復薬でも飲んでいたらこんなヘマはしなかったのだろうが、つい時間が経てば直ぐに全てが元に回復すると安心しきっていたのがそもそもの間違いだった。なぜあの勇者斉藤がこの場に大事な賢者の魔石を落としていったのかをもっと真剣に疑うべきだった。全くとんでもないヘマをしましたわ!」
「そうか、だからこの一年間、あなたは私の前にその姿を現す事がなかったのね。あなたは賢者の魔石の中に封印されていたから」
「ええ、そういうことよ。この魔石からでるには勇者職の誰かに『ヨーミコワ、この中から出て来い』というキーワード的な言葉を発して貰わないと絶対に外に出る事ができない仕組みになっているわ。でもそう都合良く勇者職の人がこの魔石に触って私の名を呼ぶなんて事はまずないだろうし、だからこそ途方に暮れてしまったわ。でも私は直ぐに別の方法を考えることにした。かなり遠回りだったけどこの魔石の中からでも生き物の生命を吸い取れる魔力を構築してから外に無理矢理にでも干渉できる仕組みを作り上げた。それができるまでに約一年は掛かったけど、幸いな事に私には下僕のように働く狼魔族達がいたから、その者達に念波を送って魔石を回収して貰い、そして今日に至ると言う訳なのよ。あのまま狼魔族達を念波で呼び寄せていなかったら、体力を回復し戻ってきた異世界召喚者か高レベルの冒険者達に賢者の魔石を回収されていたかもしれない。もしもそうなっていたら未来永劫この中に封印し兼ねない所だったわ」
「でもそんなあなたが、わざわざ私の前にその姿を現した。これは一体どう言う事。まさかとは思うけど賢者の魔石の封印から脱出してきたとでも言うの?」
「ククク、この状況を見たらわかるだろ、私はまだこの賢者の魔石の中から出られない状態にいる。この賢者の魔石の中から部下達に命令を送る事はできるが、移動は狼魔族達に魔石を持ち歩いてもらわないとできない状態だ。だがあと少しだ。今までに溜に溜めた魔力が集まればあと少しでこの賢者の魔石の中から出れるはずだ。あと少しでな!」
「でもまだその賢者の魔石の封印を破れてはいないようね。正直安心したわ。それで、そんなあなたが封印されている状態を晒してまでここに現れたと言う事は、私が何処かに隠している古代の遺物に興味があるということでいいのかしら。それとも完全に私を舐めぷしているとか」
「コッケェェーーコッコウ……、昨夜食糧探しの為に飛んでいた蛾の妖精を私の部下達が何匹か捕まえて尋問したら古代の遺物を持っているかも知れない人物の情報が届いたから一応様子を見に来ただけだよ。一年前に襲った山から逃げ延びた他の蛾の妖精族の生き残りが一体どんな奴なのかを確認しようとわざわざここまで見に来たのだが、まさかその生き残りの人物があの時喰い損なったあの子供達だったとは酷く驚いたし素直に納得がいったよ。やはりあの時の蛾の妖精の少女が古代の遺物を持っていたのだな。ちくしょう、手間を取らせやがって。だが一年前の時もそうだが……一体お前はどこにその古代の遺物を隠し持っているんだ。ここにないと言う事はやはり何処かに隠しているのか。私は古代の遺物から発せられる魔力の探知にはかなり疎いからハッキリ言って得意ではない。だから古代の遺物を何処かに隠されてしまったらそれだけで見つけることが困難になってしまう。だが逆を言えば身体能力においては私はかなり自信があるから空を飛ぶ速さと目の良さだけは全黒神子の中でもダントツなのだよ。そんな訳で君が持つ古代の遺物を渡して貰おうか。その古代の遺物は我らが神でもあるお母様に献上すべき代物だ。決して薄汚い害虫の羽虫無勢が持ち歩ける代物ではないわ!」
(薄汚い害虫……それに羽虫か……妖精は……いいえ、蛾の妖精はみんな薄汚い羽虫だとでも言うの……)
「そんな訳で、君さえこの場に残ってくれたら、約束通り君の仲間達は解放してやろう」
黒神子ヨーミコワがそう言葉を告げるとそれに従うかのように狼魔族の一人が、蛾の妖精達を閉じ込めていた鳥籠の蓋を開けて蛾の妖精達を空へと解き放つ。
「やった、これで自由だ。助かった、助かったぞ。ルナ、本当に助かったよ。ありがとう」
「お姉ちゃん、助けに来てくれたんだね。ありがとう」
「いいから出来るだけ速く遠くに逃げて、まだ全然安全ではないわ。空を飛べない狼魔族達は飛ぶ高度を上げればもう手は出せないけど、黒神子ヨーミコワは別だわ。速く遠くに逃げて何処かに隠れないとその高い飛行性能と高速スピード、それにどんなに遠くにいる獲物すらも逃がさないその千里眼のような望遠能力で直ぐにその姿をロックオンされてしまうわ!」
「わ、わかった、直ぐに何処かに隠れるよ」
「でもお姉ちゃんは、お姉ちゃんは、この後どうするの。このままじゃ逃げられずに食べられちゃうよ。ごめんよ、ごめんよ、僕が恐怖のあまりに古代の遺物の事を話してしまったせいでこんな事になってしまって!」
「別にいいわよ、こんなに乱用していたらいつかは誰かにバレると思っていた事だしね。だからいいの。気にしないで。私の事は何も心配はいらないからあなたは速くここから逃げなさい。そして私がもしも戻らなかった時はあなたがお爺ちゃんや、弟・妹達を守るのよ。いい、わかったわね!」
「お姉ちゃん……」
「いいから行きなさい。ここはお姉ちゃんに任せて。大丈夫よ、こう見えてお姉ちゃんはしぶとくて結構強いんだから!」
恐怖のあまりにしゃべってしまった罪の重さと後悔の深さにルナの弟は悲痛な声を上げていたが、そんな嘆きに対しルナは優しくも強い凛とした声で姉の役目を果たそうとする。
その数秒後、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする弟と仲間達を見送った蛾の妖精のルナは、黒神子ヨーミコワと狼魔族達のボス・ザドの二人の動きに警戒をしながらその逃げ出すチャンスを探るのだった。
古代の遺物、賢者の魔石を見せ付けながら、目の前に立ちはだかる狼魔族のボス、ザドの図です。
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