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第三章 二人の聖女編
3-32.聖女ミレーヌの警告
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3ー32.聖女ミレーヌの警告
(なんだ、今のは……私は一体どうなったの? いきなり視界が真っ暗になって……そこからが分からないわ。確か私は……目障りなラエルロットを超重力攻撃で押し殺そうとしていた真っ最中だったはず。なのになんでいきなり私の視界が暗くなったの……もしかして意識もちょっと飛んだのかしら。事態が……事態が飲み込めないんだけど……)
殺意と悪意を込めてラエルロットに向けて放たれた聖女ミレーヌの力による渾身の超重力攻撃だったが、いきなり視界は暗くなり、その瞬間彼女の意識は飛ぶ。
……。
だが次に意識を取り戻した時、聖女ミレーヌはまるで小規模なクレーターのような凹みがある中心部分に取り残されており、そのまま地面にうつ伏せの状態で倒れていた。
当然のように状況が全く飲み込めない聖女ミレーヌは自分に起きた体の異変にしばらくは困惑と錯乱をしていたが次第に状況がわかると、いきなり痛覚が感じられるようになったのか猛烈な痛みが全身を駆け抜け、その身を切るような苦痛に激しく悶絶する。
だがそんな状況にも関わらず、まったく動かす事のできない体の痛みに耐えながらも聖女ミレーヌは目の前にいるラエルロットを恨みがましく睨みつける。
「ラエルロット……やはりこれはお前の仕業か……つい先ほど……お前に向けて攻撃をしたはずなのに……一体私に何をした!」
未だに信じられないというような顔をする聖女ミレーヌの言葉にラエルロットは落ち着き払った視線を向けると彼女の疑問に言おうか言うまいかを迷っているようだったが、仕方が無いとばかりに小さく溜息を付くとその理由を話し出す。
「俺は特に何もしてはいないさ。俺があんたに対して出来た事はあんたのその体にこの黒い不格好な木刀による攻撃を二回ほど当てる事ができたくらいだ。それ以外は特に何もできてはいない。それは俺と戦ったあんたが一番わかっている事だろ。だがそのあんたの問いに敢えて答えを出そうと言うのなら、その敗北をもたらしたのは……聖女ミレーヌ……それは君の意思による物だ。その結果こそがあんた自身がもたらした決着と言う名の結果であり、そして答えだ!」
「この結果こそが私が望んだ答えだとう……この瀕死な状態の今の姿が……私が望んだ結末だと言うの……適当な事を言うな。私はお前を本気で憎み……そして全力で殺そうとしたのだぞ。なのにこのような自殺めいた敗北を私は心の深層心理では望んでいたというの……馬鹿げてる……そんな話を信じられる訳がないだろ!」
有り得ないと言いながら自らの体に起きている結果を今も受け入れられないでいる聖女ミレーヌのその体は全身の骨が折れ、その回りには大量の血が大きな血だまりとなって周りに飛散していた。
その血の量は余りにも多く、いつ死んでも可笑しくないくらいの致命傷を受けていた。
「私は……私はこんな自滅めいた結果を望んではいない。お前がその手に持つ黒い不格好な木刀で何かをしたからこんな事になっているんじゃないのか。そうだ、全てはお前のせいだ。お前の精神攻撃による物だ。本当はそうなんだろう、ラエルロット!」
「何度も言うが俺はそんな特別な事はしてはいない。確かにあんたの体に当てた二撃には思いを具現化する苗木の能力を送り込んだが、その心の変化に反応したのは……聖女ミレーヌ、あんた自身だ。お前は無意識のうちに耳長族のエドワードを愛する心に疑問を抱き、そしてついには昔の自分が抱いていた心の想いを、自らの意思で認めたんだ」
「認めた、この私が……エドワード様を狂おしくも愛する心に……お慕いする絶対的な愛に……私自身が疑問を抱いたと言うのか。馬鹿な、馬鹿な、そんな世迷い言を信じると思っているのか。いい加減な事を言うな!」
「ならなんで俺を直ぐに殺さなかったんだ」
「は、何を言っている。いつだってお前を全力で殺そうとしていただろ?」
「いいや、聖女ミレーヌ、あんたの攻撃は明らかに意図的に手が抜かれていた。本当の実力を出していたら俺は簡単にあんたが作り出す超重力攻撃による圧倒的な力でいとも容易く押し潰されていただろう」
「そ、それはお前が無様にも私の攻撃を全て避けてここまで近づいてきたからだろ。決して私が手を抜いていた訳じゃない」
「いいや、あんたの表面的な思いでは恐らくは俺を殺そうとしてその力を全力で奮っていたのかも知れないが、俺にはあんたが明らかに手を抜いているようにしか見えなかった。だからこそ俺は自信を持ってあんたのいる間合いの傍まで近づくことができたんだ。それによ~く考えてみろよ。Aランクの力を持つ超エリートの特別な聖女様に、たかだかレベル1の力しか出せない最低ランクの俺がどう逆立ちしたって普通叶う訳がないだろ。蛾の妖精のルナと共に壁の端まで超重力攻撃で吹き飛ばされた時だって(体はボロボロだったが)致命傷となるダメージは受けなかったし、そこからあんたに近づこうと走り出した時だって、天上から降り注ぐ超重力弾による攻撃もどうにか避けることができた。いや、俺の頭上に落ちてくる重力弾だけが何故か物凄く遅い速度で落下して来ていた。だから紙一重の際どい所でどうにか避ける事ができた。それ以外の回りに落ちて来ている超重力弾の攻撃は物凄い速さで地面へと落下して来ているのにだ。だからあんたの言葉とは対照的な言動に俺は違和感を感じていたんだ。どうやらあんたにはその自覚が無かった用だがな」
「この私が手を抜いていただとう、馬鹿な、馬鹿な、そんな事があってたまるか。この私がお前などに情けを掛けてやる義理も、助けてやる理由も全くないじゃないか。私はお前に絶対的な殺意を向けていたのだぞ。なのになぜわざわざお前を助ける理由がある?」
明らかに取り乱す聖女ミレーヌの質問にラエルロットは優しい眼差しを向けながら言う。
「それはあんたが、愛と正義と優しさを信念とする本当の聖女だからだよ。あんたの過去の記憶を見てそれがわかった。だからあんたを信じる事にしたんだ。いいや、そう確信が持てたからこそ俺は安心してあんたの前に立つ事ができたんだ。その極めつけの証拠に、何故あんたは、最初に俺と蛾の妖精のルナを攻撃した時に使った全方位重力攻撃をまた再度仕掛けてこなかったんだ。蛾の妖精のルナが使う邪妖精の衣の加護が無い今なら、超重力弾による小範囲の攻撃ではなく、最初から全方位攻撃を出していたら俺はあんたに近づく事無くその一瞬で全てが終わっていたはずだ。だがあんたはなぜか敢えてその攻撃はしてこなかった。それが証拠だ」
「そ、それは、ただ単に頭に血が上っていたから全方位重力攻撃が有効打になる事をつい忘れていただけで……焦りもあったからそこまで気が回らなかった……ただそれだけの事……そうそれだけの事よ。ましてや攻撃に手を抜いていただなんて、絶対にあり得ないわ。そう、そうよ、きっとラエルロットの事をたかだかレベル1の平民ごときと見下し甘く見ていたから……油断をしていたから無意識に手を抜いていたのよ。そうよ、そうに決まっているわ!」
「なら、最後に自分自身に放った自滅的な攻撃はどう説明するつもりだ。俺に攻撃するでもなく、その渾身の超重力攻撃を自分自身に向けて放っているじゃないか。まさか暴走する自分自身を止める為に敢えて自分を攻撃して、自滅という形で俺を守ってくれたのか。そうとしか思えない意味不明な行動だ」
「意味不明な行動か……確かに……体を覆うオートガードシステムの守りすらも解いて……なんで自分自身を攻撃したのか……自分でも訳が分からないわ。ラエルロット、お前の記憶を読み体感させるという精神を汚染する攻撃を受けて私の心に何らかの精神的な変化があった事は認めるが、それでお前を殺すという結果は何も変わらないはずなのに……はずだったのに……可笑しな物だな。私の思いとは関係なしに私はその殺意ある攻撃をお前にではなく、無意識的に自分自身に向けてしまった。何故そんな事をしてしまったのか……その理由は私が知りたいくらいだわ」
「聖女ミレーヌ、まだ主人格に近づいている自分の心の変化を認めないのか」
「ラエルロット……あんたの考えでは私の心に以前生きていた聖女ミレーヌの心が少しずつではあるが確実に戻ってきていると、そう考えているみたいだけど、この体に宿っていた以前の聖女ミレーヌの心はもう既に消滅して確実に死んでしまっているの……だから私の心には以前の彼女の記憶はあってもその主人格の心はもうこの体のどこにも宿ってはいないわ。でも、それでも……それでも……彼女の体から生まれた新たな人格の一つである以上、私の心と、主人格だった以前の聖女ミレーヌとの記憶には共感する部分も出て来てしまう……そう、出て来てしまった」
「聖女ミレーヌ……」
「彼女の過去の記憶を垣間見る事によって、以前生きていた聖女ミレーヌが抱く本当に大切だった物が……思いが……嫌というほど知る事が出来たから……私は自分の愛につい疑問を抱いてしまった。いや、あんたの能力のせいで否応なしにその残酷な現実に向き合わされたと言った方が正しいのかしら。ラエルロット、あんたの言うように私の記憶には耳長族のエドワード様との記憶は全くと言っていいほど無かった。私の心の中にあるのは……神聖・白百合剣魔団の団長でもある破滅天使と呼ばれていた第一級冒険者の資格を持つリザイア隊長をお慕いする淡い思いと……その信頼する私の大事な仲間達との絆だけだったわ。その事を思い知らされたからこそ私は自分の愛に内心では強い疑問と不安を感じ、どうにかごまかそうとしていた。でもそうよね、これは盲目になるくらいに恋い焦がれた私の勝手な片思いなんだから耳長族のエドワード様は私のことなんか何とも思ってはいないわよね。そんな事はラエルロット……あんたの心の中を覗いて……エドワード様とのやり取りを知った時点で既に分かっていた。分かっていたはずなのに……その狂気じみた狂わしい愛のせいで、自分の罪を、愚かしい過ちを認める事ができなかった。だからそんな私の心にこの体が拒否反応を起こして、今取るべき選択を示した。と言う事なのかしら。結局私は……過去に生きていた聖女ミレーヌの記憶と掛け替えのない強い思いの力に敗北をした。それだけは紛れもない事実だということか。でも何とも皮肉な話よね……まさかこの私がエドワード様を思う愛よりも……生前生きていた聖女ミレーヌの記憶を、想いを知らず知らずのうちに優先し、その愛の力に敗北をするだなんてね。やはり私は後釜に来たただの偽物だという事なのかしら」
「いいや、俺はそうは考えてはいない。今の聖女ミレーヌはあんた自身だろ。ならあんたが以前の聖女ミレーヌの記憶を垣間見る事によって、いろいろと考えて悩み、そして俺を助けるという決断を自らの意思で下したんだ。あんたの思いはここに来て以前生きていた聖女ミレーヌの思いと一つになったんだ。そうだろ、聖女ミレーヌ、あんたは自分の愛に疑問を感じ、本当に大事な物がなんなのかを認めたからこそ俺を助けてくれたんだよな。そう俺はあんた自身がこの俺を救ってくれたその想いを信じるよ。聖女ミレーヌはこの土壇場で最後の最後に自分を取り戻して……聖剣チャームブレードの愛の呪縛を自分の力で解いて……俺を助けてくれたのだとな。さすがは誰もが認めるAランクの聖女様だぜ」
笑顔を向けながら言うラエルロットの言葉に聖女ミレーヌは大粒の涙をこぼすと心の声を上げる。
「うわぁぁぁぁぁ、結局私の愛は一方的なただの片思いでエドワード様には何とも思われてはいなかった。そしてこの狂気じみた狂わしい愛が聖剣チャームブレードの呪いによる効力である事を知って更に自分の愛に、思いに疑問を抱き始めてしまった。こんな事はラエルロット、お前の攻撃を受ける前は思いもしなかった事なのにだ。お前の攻撃が私の自我に何らかの精神的な変化を与えてしまった。そして以前の聖女ミレーヌの記憶がいかに大事な物であったかと言う事を嫌というほど思い知らされてしまった。私は最も愛していた……命の恩人とも言うべきリザイア隊長をこの手で殺し、その後はエドワード様の命令のままにここに来る間に数多くの研究員達を私の力で押し殺してしまった。その罪の意識が今になって私の心を締め上げて来るだなんて、以前の私なら絶対に思いもしなかった事よ。私はただの偽物なのに……死んだ主人各の後に現れた……エドワード様だけに尽くす狂わしい人格のはずなのに……以前の聖女ミレーヌの記憶を強く鮮明に感じる事によって……本当の大事な想いに気がついてしまった。私はその事実を絶対認めたくなかったのに……ぅぅぅ」
「どういう経緯であれ、あんたの狂気じみた片思いは恐らくは本物だ。ただそれ以上に生前生きていた聖女ミレーヌの思いの方が、わずかながら上だっただけのことだ。その経験した年月と絆の長さが、半日前に生まれたあんたの愛の記憶を上回った……ただそれだけのことだ。その愛の重さに、大切さに、気づいたからこそお前は、自分の身勝手で薄っぺらな愛が間違っていた事をついに認めたんだ。そうだろ、聖女ミレーヌ」
「ラエルロット……」
「それにお前は自分の事を偽物と言うが、俺は以前生きていた聖女ミレーヌの事を知らないからな、あんた自身が自分の意思で俺を助けてくれたのだと、そう認識するぜ。それに聖女もどきの偽物なら俺の知り合いの中にも何人かいるから特に気にする事はないだろ。あんたは俺を助けるという形を示す事によって、過去に生きていた聖女ミレーヌの想いを繋ぐ事を選択したんだ。そうだろ、悪の呪縛を断ち切り、新たに生まれ変わった、聖女ミレーヌ!」
「私が……過去に生きていた聖女ミレーヌの想いを……記憶を組んだですって……自分勝手な愛で人を身勝手にも非情な思いで殺したこの私が……。私は一体今まで何をしていたんだろう。聖女とは困っている人や救われない人達を助け、愛と優しさで人々を救済するそんな尊い存在のはずなのに……。私は……私は……とんでもない過ちを犯してしまった」
「聖女ミレーヌ……」
石は砕け大きく凹んだ石畳の中で、聖女ミレーヌは全身から噴き出し続ける血の流れを確認しながら間もなく訪れるであろう自分の死を強く意識し理解をする。その思いが強まる事で何かを感じたのか聖女ミレーヌは動かない自分の体を芋虫のように引きずると何かを伝えようと必死にラエルロットの方を見る。
(こ、これだけは……これだけは……ラエルロットに言ってあげないと……伝えないと……私は必ず後悔する。前途多難な絶望に立ち向かう……勇敢で優しい思いを忘れない勇者を目指す一握りの希望の為に……私は聖女としての最初で最後のお役目をここで果たす……果たして見せるわ)
もう意識が飛びそうなのか、既に痛みすらも感じなくなった感覚の無いその顔を上げると懸命に意識を保つ。
「ラ、ラエルロット、最後に一つ……私からあなたに重要な警告をするわ、よく聞きなさい。この先、この研究所での戦いはより激しい物となって行くでしょうけど、いつかは必ず終わりが訪れるわ。そしてその時が来たら、ラエルロット、あなたは最後の最後で必ず大事な人達を失う事になるはずです。つまり幸福たる希望からいきなり奈落の絶望へと突き落とされると言う事です。でも決して、その非情な運命が敷いた筋書きに、世界の神たる深淵が降す絶望に決して踊らされないで下さい。あなたはその絶望と罪の意識に耐えられずに死の罠に引きずり込まれて死ぬことがもう既に決定づけられているみたいですが……その来たるべき時が来たら悲しみを振り払い、気をしっかり持って回りをよ~く見て下さい。悲しみに暮れるあなたの事ではなく……あなたを助けてくれた人達の事を、思いをよ~く考えて行動に移すのです。自分の過ちや不甲斐なさによる後悔ではなく、大切だった仲間達の想いに応えるの……そうすればもしかしたら何かが変わるかも知れない。時に人の想いは……強い願いは……神様が作りし運命の楔すらも断ち切る事もあるらしいから。ラエルロット……あなたならそれができると私は信じているわ。て言ってもこの言葉は、以前生きていた聖女ミレーヌの言葉をそのまま代用しただけの借りた言葉だから、私の言葉じゃ無いわ。以前の聖女ミレーヌはどうやら遙か闇なる世界の神様の事をちょっとだけ知っているみたいだから、その記憶の知識の中から抜き出して、私が代弁して話しているの。ラエルロット……今あなた……遙か闇なる世界の神様が作りし第三の試練を受けている真っ最中なのでしょ。人間の身では……心では絶対に生還できないと言われている遙か闇なる世界の代行者とも言える黒神子達の眷属を維持する事のできる理不尽な試練の数々を……それでもあなたはその試練に挑み続けるのよね……ならたとえ無謀でも……無様でも……人の優しさや思いやりを信じて……その人々の笑顔を守る為に……めげずにあらがい続けなさい。それが優しい勇者を目指す……あなたの生き方なのでしょ……なら迷わず真っ直ぐに挑むべきです。その資格はあなたには充分にある。この私の悪事を暴き認めさせる事によって……結果的には私を倒す事ができたのだから、あなたは最後まで自分の意思を……その甘ったるい正義の理想を貫いて見せなさい。嘘も偽善もつき続けたら、いつかは本当になるかも知れない……だから一応はあなたの健闘を祈って置いてあげるわ」
「聖女ミレーヌ……ありがとう、そのお前からの警告、確かに俺の心の中に留めて置くよ」
「さ、最後に本物らしい言葉を……言う事ができた。でも私はもっとも大事な人だったはずのリザイア隊長をこの手で殺してしまった。その罪はどうあっても消えはしないわ。その罪の重さが背徳の懺悔の思いが今も私の心を強く握り締めている。心が苦しくて痛くて痛くてどうしようもないわ。この心の痛みが……罪の意識が……以前生きていた聖女ミレーヌの愛の大きさなのかしら。この思いこそが彼女が必死に守ろうとしていた大事な宝物だったのね。それを私が全て壊し、破壊してしまった。本当に私は愚かで滑稽な存在よね。全く、情けない」
自分を下げ済み悲観視ながら意識が飛ぼうとしている聖女ミレーヌの体を誰かが強く抱き締める。その柔らかい暖かな感触に目を開けた聖女ミレーヌの目に飛び込んで来たのは、彼女を抱きしめて泣く白魔法使いのタタラの姿だった。
タタラは聖女ミレーヌの顔に頬ずりをすると、まるで子供のように大きな声でだれはばかること無くワンワンと泣き出す。
「うえぇぇぇぇーーん、馬鹿よ、あなたは本当に大馬鹿よ。でもこれでやっと本当のミレーヌにまた会うことができた。やっと私達の元に返ってきてくれた。あなたは自分の事を偽物だと言ったけど、生前の記憶を持ち、そしてその優しさに、思いを感じてまた人を愛することに、助けることに喜びと慈愛を感じることができるのなら……それはもう以前の聖女ミレーヌだわ。そう私が信頼し、夢や想いを語り合った、私の大事な仲間の聖女ミレーヌだわ。そうでしょ、ミレーヌ!」
「フフフ、全く……タタラ、あなたは利己的に大人ぶっている割には結構感情的なんだから……でも心配を掛けてごめんなさい……これでやっとみんなの元に行くことができる……リザイア隊長に謝りにいく事ができる……だからタタラ……私、先に行くわね。ごめんね……私の親友……そして大事な友よ……ぅぅ」
「ミ、ミレーヌぅぅ……うぅぅぅぅ……ううぅぅぅぅ!」
最後に聖女ミレーヌは力なく笑顔を作ると、今もむせび泣くタタラに見守られながらその息を静かに引き取るのだった。
(なんだ、今のは……私は一体どうなったの? いきなり視界が真っ暗になって……そこからが分からないわ。確か私は……目障りなラエルロットを超重力攻撃で押し殺そうとしていた真っ最中だったはず。なのになんでいきなり私の視界が暗くなったの……もしかして意識もちょっと飛んだのかしら。事態が……事態が飲み込めないんだけど……)
殺意と悪意を込めてラエルロットに向けて放たれた聖女ミレーヌの力による渾身の超重力攻撃だったが、いきなり視界は暗くなり、その瞬間彼女の意識は飛ぶ。
……。
だが次に意識を取り戻した時、聖女ミレーヌはまるで小規模なクレーターのような凹みがある中心部分に取り残されており、そのまま地面にうつ伏せの状態で倒れていた。
当然のように状況が全く飲み込めない聖女ミレーヌは自分に起きた体の異変にしばらくは困惑と錯乱をしていたが次第に状況がわかると、いきなり痛覚が感じられるようになったのか猛烈な痛みが全身を駆け抜け、その身を切るような苦痛に激しく悶絶する。
だがそんな状況にも関わらず、まったく動かす事のできない体の痛みに耐えながらも聖女ミレーヌは目の前にいるラエルロットを恨みがましく睨みつける。
「ラエルロット……やはりこれはお前の仕業か……つい先ほど……お前に向けて攻撃をしたはずなのに……一体私に何をした!」
未だに信じられないというような顔をする聖女ミレーヌの言葉にラエルロットは落ち着き払った視線を向けると彼女の疑問に言おうか言うまいかを迷っているようだったが、仕方が無いとばかりに小さく溜息を付くとその理由を話し出す。
「俺は特に何もしてはいないさ。俺があんたに対して出来た事はあんたのその体にこの黒い不格好な木刀による攻撃を二回ほど当てる事ができたくらいだ。それ以外は特に何もできてはいない。それは俺と戦ったあんたが一番わかっている事だろ。だがそのあんたの問いに敢えて答えを出そうと言うのなら、その敗北をもたらしたのは……聖女ミレーヌ……それは君の意思による物だ。その結果こそがあんた自身がもたらした決着と言う名の結果であり、そして答えだ!」
「この結果こそが私が望んだ答えだとう……この瀕死な状態の今の姿が……私が望んだ結末だと言うの……適当な事を言うな。私はお前を本気で憎み……そして全力で殺そうとしたのだぞ。なのにこのような自殺めいた敗北を私は心の深層心理では望んでいたというの……馬鹿げてる……そんな話を信じられる訳がないだろ!」
有り得ないと言いながら自らの体に起きている結果を今も受け入れられないでいる聖女ミレーヌのその体は全身の骨が折れ、その回りには大量の血が大きな血だまりとなって周りに飛散していた。
その血の量は余りにも多く、いつ死んでも可笑しくないくらいの致命傷を受けていた。
「私は……私はこんな自滅めいた結果を望んではいない。お前がその手に持つ黒い不格好な木刀で何かをしたからこんな事になっているんじゃないのか。そうだ、全てはお前のせいだ。お前の精神攻撃による物だ。本当はそうなんだろう、ラエルロット!」
「何度も言うが俺はそんな特別な事はしてはいない。確かにあんたの体に当てた二撃には思いを具現化する苗木の能力を送り込んだが、その心の変化に反応したのは……聖女ミレーヌ、あんた自身だ。お前は無意識のうちに耳長族のエドワードを愛する心に疑問を抱き、そしてついには昔の自分が抱いていた心の想いを、自らの意思で認めたんだ」
「認めた、この私が……エドワード様を狂おしくも愛する心に……お慕いする絶対的な愛に……私自身が疑問を抱いたと言うのか。馬鹿な、馬鹿な、そんな世迷い言を信じると思っているのか。いい加減な事を言うな!」
「ならなんで俺を直ぐに殺さなかったんだ」
「は、何を言っている。いつだってお前を全力で殺そうとしていただろ?」
「いいや、聖女ミレーヌ、あんたの攻撃は明らかに意図的に手が抜かれていた。本当の実力を出していたら俺は簡単にあんたが作り出す超重力攻撃による圧倒的な力でいとも容易く押し潰されていただろう」
「そ、それはお前が無様にも私の攻撃を全て避けてここまで近づいてきたからだろ。決して私が手を抜いていた訳じゃない」
「いいや、あんたの表面的な思いでは恐らくは俺を殺そうとしてその力を全力で奮っていたのかも知れないが、俺にはあんたが明らかに手を抜いているようにしか見えなかった。だからこそ俺は自信を持ってあんたのいる間合いの傍まで近づくことができたんだ。それによ~く考えてみろよ。Aランクの力を持つ超エリートの特別な聖女様に、たかだかレベル1の力しか出せない最低ランクの俺がどう逆立ちしたって普通叶う訳がないだろ。蛾の妖精のルナと共に壁の端まで超重力攻撃で吹き飛ばされた時だって(体はボロボロだったが)致命傷となるダメージは受けなかったし、そこからあんたに近づこうと走り出した時だって、天上から降り注ぐ超重力弾による攻撃もどうにか避けることができた。いや、俺の頭上に落ちてくる重力弾だけが何故か物凄く遅い速度で落下して来ていた。だから紙一重の際どい所でどうにか避ける事ができた。それ以外の回りに落ちて来ている超重力弾の攻撃は物凄い速さで地面へと落下して来ているのにだ。だからあんたの言葉とは対照的な言動に俺は違和感を感じていたんだ。どうやらあんたにはその自覚が無かった用だがな」
「この私が手を抜いていただとう、馬鹿な、馬鹿な、そんな事があってたまるか。この私がお前などに情けを掛けてやる義理も、助けてやる理由も全くないじゃないか。私はお前に絶対的な殺意を向けていたのだぞ。なのになぜわざわざお前を助ける理由がある?」
明らかに取り乱す聖女ミレーヌの質問にラエルロットは優しい眼差しを向けながら言う。
「それはあんたが、愛と正義と優しさを信念とする本当の聖女だからだよ。あんたの過去の記憶を見てそれがわかった。だからあんたを信じる事にしたんだ。いいや、そう確信が持てたからこそ俺は安心してあんたの前に立つ事ができたんだ。その極めつけの証拠に、何故あんたは、最初に俺と蛾の妖精のルナを攻撃した時に使った全方位重力攻撃をまた再度仕掛けてこなかったんだ。蛾の妖精のルナが使う邪妖精の衣の加護が無い今なら、超重力弾による小範囲の攻撃ではなく、最初から全方位攻撃を出していたら俺はあんたに近づく事無くその一瞬で全てが終わっていたはずだ。だがあんたはなぜか敢えてその攻撃はしてこなかった。それが証拠だ」
「そ、それは、ただ単に頭に血が上っていたから全方位重力攻撃が有効打になる事をつい忘れていただけで……焦りもあったからそこまで気が回らなかった……ただそれだけの事……そうそれだけの事よ。ましてや攻撃に手を抜いていただなんて、絶対にあり得ないわ。そう、そうよ、きっとラエルロットの事をたかだかレベル1の平民ごときと見下し甘く見ていたから……油断をしていたから無意識に手を抜いていたのよ。そうよ、そうに決まっているわ!」
「なら、最後に自分自身に放った自滅的な攻撃はどう説明するつもりだ。俺に攻撃するでもなく、その渾身の超重力攻撃を自分自身に向けて放っているじゃないか。まさか暴走する自分自身を止める為に敢えて自分を攻撃して、自滅という形で俺を守ってくれたのか。そうとしか思えない意味不明な行動だ」
「意味不明な行動か……確かに……体を覆うオートガードシステムの守りすらも解いて……なんで自分自身を攻撃したのか……自分でも訳が分からないわ。ラエルロット、お前の記憶を読み体感させるという精神を汚染する攻撃を受けて私の心に何らかの精神的な変化があった事は認めるが、それでお前を殺すという結果は何も変わらないはずなのに……はずだったのに……可笑しな物だな。私の思いとは関係なしに私はその殺意ある攻撃をお前にではなく、無意識的に自分自身に向けてしまった。何故そんな事をしてしまったのか……その理由は私が知りたいくらいだわ」
「聖女ミレーヌ、まだ主人格に近づいている自分の心の変化を認めないのか」
「ラエルロット……あんたの考えでは私の心に以前生きていた聖女ミレーヌの心が少しずつではあるが確実に戻ってきていると、そう考えているみたいだけど、この体に宿っていた以前の聖女ミレーヌの心はもう既に消滅して確実に死んでしまっているの……だから私の心には以前の彼女の記憶はあってもその主人格の心はもうこの体のどこにも宿ってはいないわ。でも、それでも……それでも……彼女の体から生まれた新たな人格の一つである以上、私の心と、主人格だった以前の聖女ミレーヌとの記憶には共感する部分も出て来てしまう……そう、出て来てしまった」
「聖女ミレーヌ……」
「彼女の過去の記憶を垣間見る事によって、以前生きていた聖女ミレーヌが抱く本当に大切だった物が……思いが……嫌というほど知る事が出来たから……私は自分の愛につい疑問を抱いてしまった。いや、あんたの能力のせいで否応なしにその残酷な現実に向き合わされたと言った方が正しいのかしら。ラエルロット、あんたの言うように私の記憶には耳長族のエドワード様との記憶は全くと言っていいほど無かった。私の心の中にあるのは……神聖・白百合剣魔団の団長でもある破滅天使と呼ばれていた第一級冒険者の資格を持つリザイア隊長をお慕いする淡い思いと……その信頼する私の大事な仲間達との絆だけだったわ。その事を思い知らされたからこそ私は自分の愛に内心では強い疑問と不安を感じ、どうにかごまかそうとしていた。でもそうよね、これは盲目になるくらいに恋い焦がれた私の勝手な片思いなんだから耳長族のエドワード様は私のことなんか何とも思ってはいないわよね。そんな事はラエルロット……あんたの心の中を覗いて……エドワード様とのやり取りを知った時点で既に分かっていた。分かっていたはずなのに……その狂気じみた狂わしい愛のせいで、自分の罪を、愚かしい過ちを認める事ができなかった。だからそんな私の心にこの体が拒否反応を起こして、今取るべき選択を示した。と言う事なのかしら。結局私は……過去に生きていた聖女ミレーヌの記憶と掛け替えのない強い思いの力に敗北をした。それだけは紛れもない事実だということか。でも何とも皮肉な話よね……まさかこの私がエドワード様を思う愛よりも……生前生きていた聖女ミレーヌの記憶を、想いを知らず知らずのうちに優先し、その愛の力に敗北をするだなんてね。やはり私は後釜に来たただの偽物だという事なのかしら」
「いいや、俺はそうは考えてはいない。今の聖女ミレーヌはあんた自身だろ。ならあんたが以前の聖女ミレーヌの記憶を垣間見る事によって、いろいろと考えて悩み、そして俺を助けるという決断を自らの意思で下したんだ。あんたの思いはここに来て以前生きていた聖女ミレーヌの思いと一つになったんだ。そうだろ、聖女ミレーヌ、あんたは自分の愛に疑問を感じ、本当に大事な物がなんなのかを認めたからこそ俺を助けてくれたんだよな。そう俺はあんた自身がこの俺を救ってくれたその想いを信じるよ。聖女ミレーヌはこの土壇場で最後の最後に自分を取り戻して……聖剣チャームブレードの愛の呪縛を自分の力で解いて……俺を助けてくれたのだとな。さすがは誰もが認めるAランクの聖女様だぜ」
笑顔を向けながら言うラエルロットの言葉に聖女ミレーヌは大粒の涙をこぼすと心の声を上げる。
「うわぁぁぁぁぁ、結局私の愛は一方的なただの片思いでエドワード様には何とも思われてはいなかった。そしてこの狂気じみた狂わしい愛が聖剣チャームブレードの呪いによる効力である事を知って更に自分の愛に、思いに疑問を抱き始めてしまった。こんな事はラエルロット、お前の攻撃を受ける前は思いもしなかった事なのにだ。お前の攻撃が私の自我に何らかの精神的な変化を与えてしまった。そして以前の聖女ミレーヌの記憶がいかに大事な物であったかと言う事を嫌というほど思い知らされてしまった。私は最も愛していた……命の恩人とも言うべきリザイア隊長をこの手で殺し、その後はエドワード様の命令のままにここに来る間に数多くの研究員達を私の力で押し殺してしまった。その罪の意識が今になって私の心を締め上げて来るだなんて、以前の私なら絶対に思いもしなかった事よ。私はただの偽物なのに……死んだ主人各の後に現れた……エドワード様だけに尽くす狂わしい人格のはずなのに……以前の聖女ミレーヌの記憶を強く鮮明に感じる事によって……本当の大事な想いに気がついてしまった。私はその事実を絶対認めたくなかったのに……ぅぅぅ」
「どういう経緯であれ、あんたの狂気じみた片思いは恐らくは本物だ。ただそれ以上に生前生きていた聖女ミレーヌの思いの方が、わずかながら上だっただけのことだ。その経験した年月と絆の長さが、半日前に生まれたあんたの愛の記憶を上回った……ただそれだけのことだ。その愛の重さに、大切さに、気づいたからこそお前は、自分の身勝手で薄っぺらな愛が間違っていた事をついに認めたんだ。そうだろ、聖女ミレーヌ」
「ラエルロット……」
「それにお前は自分の事を偽物と言うが、俺は以前生きていた聖女ミレーヌの事を知らないからな、あんた自身が自分の意思で俺を助けてくれたのだと、そう認識するぜ。それに聖女もどきの偽物なら俺の知り合いの中にも何人かいるから特に気にする事はないだろ。あんたは俺を助けるという形を示す事によって、過去に生きていた聖女ミレーヌの想いを繋ぐ事を選択したんだ。そうだろ、悪の呪縛を断ち切り、新たに生まれ変わった、聖女ミレーヌ!」
「私が……過去に生きていた聖女ミレーヌの想いを……記憶を組んだですって……自分勝手な愛で人を身勝手にも非情な思いで殺したこの私が……。私は一体今まで何をしていたんだろう。聖女とは困っている人や救われない人達を助け、愛と優しさで人々を救済するそんな尊い存在のはずなのに……。私は……私は……とんでもない過ちを犯してしまった」
「聖女ミレーヌ……」
石は砕け大きく凹んだ石畳の中で、聖女ミレーヌは全身から噴き出し続ける血の流れを確認しながら間もなく訪れるであろう自分の死を強く意識し理解をする。その思いが強まる事で何かを感じたのか聖女ミレーヌは動かない自分の体を芋虫のように引きずると何かを伝えようと必死にラエルロットの方を見る。
(こ、これだけは……これだけは……ラエルロットに言ってあげないと……伝えないと……私は必ず後悔する。前途多難な絶望に立ち向かう……勇敢で優しい思いを忘れない勇者を目指す一握りの希望の為に……私は聖女としての最初で最後のお役目をここで果たす……果たして見せるわ)
もう意識が飛びそうなのか、既に痛みすらも感じなくなった感覚の無いその顔を上げると懸命に意識を保つ。
「ラ、ラエルロット、最後に一つ……私からあなたに重要な警告をするわ、よく聞きなさい。この先、この研究所での戦いはより激しい物となって行くでしょうけど、いつかは必ず終わりが訪れるわ。そしてその時が来たら、ラエルロット、あなたは最後の最後で必ず大事な人達を失う事になるはずです。つまり幸福たる希望からいきなり奈落の絶望へと突き落とされると言う事です。でも決して、その非情な運命が敷いた筋書きに、世界の神たる深淵が降す絶望に決して踊らされないで下さい。あなたはその絶望と罪の意識に耐えられずに死の罠に引きずり込まれて死ぬことがもう既に決定づけられているみたいですが……その来たるべき時が来たら悲しみを振り払い、気をしっかり持って回りをよ~く見て下さい。悲しみに暮れるあなたの事ではなく……あなたを助けてくれた人達の事を、思いをよ~く考えて行動に移すのです。自分の過ちや不甲斐なさによる後悔ではなく、大切だった仲間達の想いに応えるの……そうすればもしかしたら何かが変わるかも知れない。時に人の想いは……強い願いは……神様が作りし運命の楔すらも断ち切る事もあるらしいから。ラエルロット……あなたならそれができると私は信じているわ。て言ってもこの言葉は、以前生きていた聖女ミレーヌの言葉をそのまま代用しただけの借りた言葉だから、私の言葉じゃ無いわ。以前の聖女ミレーヌはどうやら遙か闇なる世界の神様の事をちょっとだけ知っているみたいだから、その記憶の知識の中から抜き出して、私が代弁して話しているの。ラエルロット……今あなた……遙か闇なる世界の神様が作りし第三の試練を受けている真っ最中なのでしょ。人間の身では……心では絶対に生還できないと言われている遙か闇なる世界の代行者とも言える黒神子達の眷属を維持する事のできる理不尽な試練の数々を……それでもあなたはその試練に挑み続けるのよね……ならたとえ無謀でも……無様でも……人の優しさや思いやりを信じて……その人々の笑顔を守る為に……めげずにあらがい続けなさい。それが優しい勇者を目指す……あなたの生き方なのでしょ……なら迷わず真っ直ぐに挑むべきです。その資格はあなたには充分にある。この私の悪事を暴き認めさせる事によって……結果的には私を倒す事ができたのだから、あなたは最後まで自分の意思を……その甘ったるい正義の理想を貫いて見せなさい。嘘も偽善もつき続けたら、いつかは本当になるかも知れない……だから一応はあなたの健闘を祈って置いてあげるわ」
「聖女ミレーヌ……ありがとう、そのお前からの警告、確かに俺の心の中に留めて置くよ」
「さ、最後に本物らしい言葉を……言う事ができた。でも私はもっとも大事な人だったはずのリザイア隊長をこの手で殺してしまった。その罪はどうあっても消えはしないわ。その罪の重さが背徳の懺悔の思いが今も私の心を強く握り締めている。心が苦しくて痛くて痛くてどうしようもないわ。この心の痛みが……罪の意識が……以前生きていた聖女ミレーヌの愛の大きさなのかしら。この思いこそが彼女が必死に守ろうとしていた大事な宝物だったのね。それを私が全て壊し、破壊してしまった。本当に私は愚かで滑稽な存在よね。全く、情けない」
自分を下げ済み悲観視ながら意識が飛ぼうとしている聖女ミレーヌの体を誰かが強く抱き締める。その柔らかい暖かな感触に目を開けた聖女ミレーヌの目に飛び込んで来たのは、彼女を抱きしめて泣く白魔法使いのタタラの姿だった。
タタラは聖女ミレーヌの顔に頬ずりをすると、まるで子供のように大きな声でだれはばかること無くワンワンと泣き出す。
「うえぇぇぇぇーーん、馬鹿よ、あなたは本当に大馬鹿よ。でもこれでやっと本当のミレーヌにまた会うことができた。やっと私達の元に返ってきてくれた。あなたは自分の事を偽物だと言ったけど、生前の記憶を持ち、そしてその優しさに、思いを感じてまた人を愛することに、助けることに喜びと慈愛を感じることができるのなら……それはもう以前の聖女ミレーヌだわ。そう私が信頼し、夢や想いを語り合った、私の大事な仲間の聖女ミレーヌだわ。そうでしょ、ミレーヌ!」
「フフフ、全く……タタラ、あなたは利己的に大人ぶっている割には結構感情的なんだから……でも心配を掛けてごめんなさい……これでやっとみんなの元に行くことができる……リザイア隊長に謝りにいく事ができる……だからタタラ……私、先に行くわね。ごめんね……私の親友……そして大事な友よ……ぅぅ」
「ミ、ミレーヌぅぅ……うぅぅぅぅ……ううぅぅぅぅ!」
最後に聖女ミレーヌは力なく笑顔を作ると、今もむせび泣くタタラに見守られながらその息を静かに引き取るのだった。
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