遥か闇なる世界 ~世界の絶望に立ち向かう黒神子の少女と、真の勇者になる事を夢見る心優しい青年の物語

藤田作磨

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第三章 二人の聖女編

3-31.それぞれの愛の形

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            3ー31.  それぞれの愛の形


 格式のある家柄と広大な領地を持つ、とある貴族夫婦から生まれた四人姉妹の末娘として日々を暮らすミレーヌは生まれつき体が弱い少女だったが、その分感受性が高く人の気持ちが分かるせいかいつも他人におどおどし、両親や姉達の顔色を伺いながら常に先を見て行動をするそんな気配り人間である。

 内気な性格がそうさせるのか、なるべく目立たないように生きてきたミレーヌは両親の期待と愛を一心に受ける姉たちに密かな憧れと劣等感を抱きながら寵愛を受けられないでいる自分をいつも駄目な人間だと卑下していたが、そんな陰気な考えを持つ大人しいミレーヌが十四歳になったある日の夜、いきなり高熱と酷い咳が続き、生死をさまようような病気にかかりながらもどうにか一命は食い止める。

 だが病気は一向に治らず、そこから未知の病魔と戦いながら約半年ほど養生をしていたが、ついには掛かり付けの医者から、ミレーヌは現代の医学では決して直せないと言われている不治の病に掛かってしまった事を知る事になる。

 もしかしたらこの病気は私達家族にも移るのかも知れない。

 もしもこの病気を持つ者が家の屋敷にいる事が世間に知れれば、せっかくいい縁談が決まっていた、長女の結婚その物が全て白紙になる恐れがある。そう思ったプライドの高い両親は、まるで一族の恥とばかりにまだ幼いミレーヌを誰も訪れる事の無い寂しく厳重な物置小屋へと閉じ込め、中からは絶対に出られないように鍵を掛けてしまう。

 そんな血も涙もない冷徹な家族達だったが、それでもミレーヌは家族達の迷惑にならないようにと病気となった自分の体を直す為に静かに身を隠し、倉の中で大人しく養生をする。

 まるで全ての人間から隠れるようにしながら倉の中でひっそりと生きて来た少女ミレーヌは(当番制なのか)食事の時間になると代わる代わる食事を持ってきてくれる姉たちの心無い小言を聞きながらいつも肩身の狭い思いを幼少期よりして来たが、その息が詰まるような圧迫された閉塞感と常に緊迫した経験がのちのミレーヌの無意識から来る能力の原型を作る事になる。

 のろま、クズ、一族の面汚し、役立たず、疫病神、あなたは一体何のために生きているの……といつも食事を持って来る度に聞かされる次女と三女の心無い言葉にミレーヌは深く心を病み、もしかしたら自分はこの世に生きていてはいけない人間なのではないかと本気で思い悩むようになる。

 だれもいない密閉された倉の中で、ミレーヌは一人でいる悲しさと虚しさで傷心な心が更に疲弊し、ついには病気が悪化をしてしまう。

 だれも直せないと言われている不治の病が一揆にその小さき命を蝕んでいく中、病気に苦しむミレーヌは高熱と肺から来る息苦しさに大きく咳き込むと自分の死期が訪れる日にちと時間をただひたすらにジッと静かに待つ事しかできない。その死こそが彼女に取っての唯一救われる最後の解放の時と言わんばかりに。

 だが死を待つだけのそんなミレーヌに、いきなりこの閉ざされた薄暗い倉から逃げだせる、最初にして最後の転機が訪れる。そこに現れたのは人づての噂話でミレーヌの死期が近い事を聞いた、彼女のことをよく知る若き青年、リザイアその人である。

 昔から遠い親戚の付き合いがあり、まだ病気が発症していない頃は病弱なミレーヌの事をやたらと気に掛け、暇さえあれば遊び相手になっていたリザイアだったが、そんな彼女が不治の病に掛かてしまった事で家族からの迫害を受けている事を知り、リザイアは単身で乗り込んで来たのだ。

 不快な臭いと汚物が散乱する倉の中で瀕死の状態にあるミレーヌの姿を見たリザイアはあまりのひどい状況に非常に怒り、もうこの家族の元に彼女を置いてはおけないと、悪臭を放つミレーヌを抱きかかえると直ぐにその場を後にする。

 そうわざわざこの地に来たリザイアもまた、まだ彼が幼少の時に病気が原因で病弱な実の妹を亡くしてしまった苦い経験を持つ。
 その過去の要因と今のミレーヌの状態が嫌でも深く重なり特別な感情移入をしてしまう。

 彼女には自分の助けが絶対に必要なのだという満たされぬ勝手な使命感に、つい心の安らぎを感じてしまう程だ。

 のちにミレーヌが聞いた話では、亡くなった実の妹とミレーヌの顔は非常に似通っているとの事だ。
 故にリザイアは病気で苦しむミレーヌの事を見捨てる事ができなかったのだ。

 リザイアは堂々とした出で立ちで、素早く華麗にウマウマという馬のような動物の背中に股がると、ある場所を目指し急ぎウマウマを走らせる。

 ミレーヌの過去の記憶から見る当時のリザイアはまだ若く、第三級冒険者になりたての二十歳の好青年といった感じの人物だ。

 まだ十四歳のミレーヌからしてみたら遠い親戚の六歳ほど年の離れた陽気なお兄さんと言った感じが強かったが、彼に倉から外の世界に救い出して貰った事で、リザイアに対するミレーヌの認識が大きく変わる。

、この世にはまだ愛や情けや慈しみや希望と言った物はあるのだと、まだ辛うじて生きている自分に、まだまだ生きたいという願望と活力が不思議と芽生えて来る。

 いつもは死ぬその時を静かに待ち、苦しさと悲しみと惨めさに打ちのめされながら、心優しい誰かとただ穏やかに楽しく暮らす日々をただの妄想として心の中に押しとどめる。そんな誰もがごく当たり前のように家族と幸せに暮らす日々に憧れるミレーヌは絶対にかなわぬ夢だと分かってはいても、いつかは心変わりをして自分を家族として認めてくれる優しく幸せな日々を夢見ながら、そんな奇跡のような希望は絶対に起きない非常な現実に諦めを受け入れる歪な吐息を漏らす。

 リザイアに助け出されるまでミレーヌは自分が幸せになる事を諦め、姉たちの言っているように自分がこの世に生まれてきたこと事態が悪いのだと、いつも自分をせめていたのだ。

 だがそんなミレーヌの歪な思いも、助けに来た青年リザイアの「ミレーヌ、お前は絶対に死なせない。俺が必ずお前を救って見せる!」と激しく、そして優しい口調で力強く言われた事で、ミレーヌの自虐的な絶望の心は、不安と弱さを振り払う生きる希望と勇気へと変わり。好青年の色男でもあるリザイアの事を、よく気に掛けてくれる陽気な遠い親戚のお兄さんから……自分の生きる価値を認めてくれた心から尊敬ができる大切な人へとその心が徐々に変わっていく。

 実の家族にすら疎まれ見捨てられたミレーヌに対しリザイアはなぜ親身になって助けてくれるのか、その頃のミレーヌには分からなかったが、リザイアの大きな励ましと必死な思いをその身に受けながら、ウマウマに乗る二人はあるところを目指す。

「もう少しだ、もう少しで着くから、それまでどうか生きていてくれ。ミレーヌ、絶対に死ぬんじゃないぞ!」

 移動の道中も時折後ろに背負うミレーヌの容体を気にするリザイアは頻りに励ましの声を掛けると、まだ体に温もりがある事に安堵し、足を固定する鐙や手に持つ手綱にも力がこもる。

 リザイアの話によると、そのある場所とは、今現在不治の病で瀕死の状態にあるミレーヌの身体を一変させる程の可能性と奇跡を起こす事のできるある人物の元へと急いでいるとの事だが、それが一体何なのかは当時のミレーヌは知るよしもなかった。

 薄れゆく意識の中、ウマウマを走らせながら元気づけようと必死に語るリザイアの話では、これからミレーヌはその人生と己の生存を賭けたある試練へと挑み、一か八かの大逆転にその全てを託すとの話だ。

 もう既に意識が途切れ途切れとなり、高熱と喘息のような咳で苦しむ瀕死の状態のミレーヌは、その事の成り行きを、冷酷な実家から自分を連れ出してくれたまさに恩人とも言うべきリザイアに全てを託す。

 だがその移動の道中、高熱を発しながらも人に抱えられる温かなぬくもりに安心したのか、ついにミレーヌは完全に意識を失ってしまう。

「……。」

 次に目覚めた時、ミレーヌはある三十代前半くらいの美しい女性のそばにいた。

 地面に横たわるミレーヌの体に手をかざしながら神々しさを漂わせるその女性はどうやらミレーヌの体の快方をしているようだったが、目覚めた当のミレーヌは自分自身の体の異変にいち早く気づく。

 なんとあれだけ呼吸器官の病気で苦しめられていた息苦しさも、息を吸えなくなるくらいに咳き込む呼吸困難も、きれいさっぱりと何事も無かったかのように無くなっていたからだ。

 後にその美しい女性こそがこの緑溢れる星に今現代も遙か昔から変わらず生きている存在でもある、数少ない神格の一人、女神様と呼ばれている神人らしいのだが、ミレーヌはその彼女に才能と資格を認められ、晴れて聖女になる事を許されたのだ。

 そうまさにミレーヌは奇跡的に女神様と出会う事でその場で聖なる血を貰い認められた、正当派を字で行く、Aランクの位を持つ生粋の聖女の一人、超重力使いのミレーヌとして生まれ変わったのだ。

 それが過去に聖女となったミレーヌの誕生秘話である。

 その後聖女となったミレーヌは病気もすっかり直り、命の恩人とも言うべきリザイアの夢を叶える為に冒険者となり、共に行動を共にする。

 この時期に立ち上げたギルド、神聖・白百合剣魔団に入り、そこに所属をしている仲間達と新たな人間形成を作る事になる。

 初めて出来た仲間達と共に数々の依頼や冒険を熟す聖女ミレーヌは、女神様から授かりし超重力の力で立ち塞がる敵をなぎ払って行くうちに誰もが噂をするくらいに物凄い戦力となり仲間達を守る為に貢献していくが、その活躍の噂を聞きつけたミレーヌの家族達はAランクの徳の高い聖女となった彼女を無理やりにでも実家に連れ戻そうと何度か彼女の元へ訪れるが、もうミレーヌに実家に戻る意思と選択はさらさら無かった。

 あんな酷い扱いと仕打ちを今まで受けていてもやはり愛する家族である、特に家族に対しての恨みは全く無いが、酷い悲しみと憤りは感じてしまう。そして家族達が自分に向けた行動にも納得はしないが一応は理解をする。

 それは名門の家系でもある家の評判と名誉を守る為に取った行き過ぎた行動だとミレーヌは幼いながらも充分に分かっていたからだ。だがその愛も思いやりも無い酷い環境と仕打ちを実の家族達の手で、意思で行われていた事にミレーヌは自分の家族愛の恵まれなさにただただ悲しみと無念さを覚え、本当の家族の愛を知らずに育ったミレーヌに取って家族は一種の憧れと空しさが比例する一種のトラウマとなっていた。

 そんな強欲な家族達が自分を連れ戻しに来たのも聖女となった自分に利用価値を見出した事で、その力と権威を一族の為だけに利用しようと考えていたからだ。
 
 愛想笑いを浮かべながら現れた家族達の一変した歪な態度に、見ただけで恐怖を覚えたミレーヌは、その底の知れない不気味な恐ろしさに、この家族達の元へはもう二度と戻れないと心底思ってしまう。

 そう……もうこの家族達が暮らす元の家に、ミレーヌの居場所はどこにも無いのだ。

 本能的にそう悟った聖女ミレーヌは自分を利用する為だけに現れた欲望まみれの家族とはその場で完全に決別をし、自分を一人の仲間として親しみを持って迎えてくれた神聖白百合剣魔団の団長でもあるリザイア隊長とその仲間達を守る為に、女神様から授かりしその奇跡の力を存分に振るう。

 聖女ミレーヌはその新たに出来た仲間達が集まるコミュニティに強い友情と絆を感じながら、その真心と愛の力で、この緑の星に住む恵まれない哀れな人達を守るために愛を持って世界に貢献しようと深く決心と決意を固めるのだった。

 そこで聖女ミレーヌの過去の記憶はプッツリと途切れ、映像は終わる。

                               *

「ううう……な、なんですか、今のは……思い出したくも無い過去の記憶を見せて私の心に揺さぶりをかけたつもりですか。言っておきますがそんな事をしても私の心には何も響きません。ただ単に昔の過去の記憶を垣間見て嫌な気持ちになっただけです。なのであなたの人の過去を覗き見る能力は物凄く意味の無い無駄な行いかと」

 ラエルロットが繰り出した起死回生の一撃が物凄い確率で聖女ミレーヌの重力制御の防御壁にだけではなく、体に展開しているオートガードシステムの防御壁をも貫通してその攻撃は狙いを定めたかのように聖女ミレーヌの右太股へと軽く当たる。

 その思いもしなかった一撃に心の中に封じ込められていた過去の記憶を改めて見せられた事に聖女ミレーヌはかなり不快な表情をしていたが、その記憶を彼女はどこか他人の記憶を覗き見るような形で、過去に生きていた聖女ミレーヌの記憶を垣間見てしまう。

 確かに不快ではあったが、まだ記憶にある見知った自分と同じ顔の人物が聖女になる過程を見せられた事で過去の記憶を見た聖女ミレーヌはそれがどうしたと言った視線を向けながら、ラエルロットがこの記憶見の能力を自分に使った糸をいぶかしげに探る。

 一方、聖女ミレーヌの怪しむ視線に共感するかのようにラエルロットの頭上を飛ぶ蛾の妖精のルナと、二十五メートル後ろに控えている白魔法使いのタタラは、その視線をラエルロットの頭部に向けながらその答えを求めるが、当のラエルロットは目の前にいる聖女ミレーヌだけに話すような形で淡々と語る。

「聖女ミレーヌ、お前の記憶の中には、実の家族に虐げられていた過去の記憶や、その後に助け出してくれた尊敬と敬愛をしていたリザイア隊長や、神聖白百合剣魔団のメンバー達との心温まる友情や思いに自分の居場所を見出していたようだが、だが文字通り今の君には何も感じてはいないようだな。今の君からして見たら過去の聖女ミレーヌの記憶はただの他人事の風景となんら変わらないと言う事か」

「ええ、そうね、あんな過去の記憶を見せられても、私は特に何も感じはしないわ」

「ということはまさに君は、本当の聖女ミレーヌが死亡した後にその人格を形成している偽りの魂と共に作られた偽物だということがこれで実証されたと言う事だな。そしてたとえ君の心が聖剣チャームブレードの能力により後から作られたただの偽物だとしても、その体その物はまごうこと無き正真正銘の本物だと言う事か。それで間違いは無いな」

「ええ、この体は以前の聖女ミレーヌの死体から新たな命を聖剣チャームブレードから与えられて再生された体だから勿論本物の体よ。でもそれが何だというの。言って置くけど耳長族のエドワード様を心の底から愛している今の私こそが本当の聖女ミレーヌなんだからね。そこをはき違えないで頂戴!」

 ラエルロットの思惑が分からないとばかりに焦りと疑問をぶつける聖女ミレーヌに対し、ラエルロットは一呼吸を置くとその確信を話し出す。

「聖女ミレーヌ、君は俺のこの能力をただ単に人の記憶を盗み見る能力だと思っているようだが厳密に言うと違う。確かにその側面もあるがこの思いを具現化する苗木の本当の能力の本質はかなり違うとだけは言っておこう」

「へえ~、ならどう違うと言うの?」

「この黒い不格好な木刀が宿す思いを具現化する苗木の能力は相手の心を汚染し変革へと導き、その想いを共感し認めさせる性質を持つ。つまり今の一撃をその体に打ち込まれた事によって、聖女ミレーヌ……お前の心に以前の聖女ミレーヌが抱いていた思いや意思を送り込む事に成功したんだ。お前は過去の聖女ミレーヌの記憶を見ても何も感じないと言ったが、もう既にお前の知らない心の深層心理では以前の聖女ミレーヌの心が徐々に目覚めつつある段階にあるはずだ。耳長族のエドワードが持つ聖剣チャームブレードの能力と俺が持つ思いを具現化する苗木の能力はかなり似通う部分もあるが、エドワードだけを愛するように都合のいい人格に作り替えてしまう聖剣チャームブレードとは違い、俺の能力は元々その体の所有者だった以前の聖女ミレーヌの記憶を今のお前に強く実感させその強い思いをお前自身に心の底から分かって貰う、それが思いを具現化する苗木の能力の一つだ」

「つまりはどういうこと?」

「もっと分かりやすく言うのなら、聖剣チャームブレードの能力で所有者のエドワードを愛するようにと、人格と命を作り出されたのが今の聖女ミレーヌだが、そんな君の心に更に過去の聖女ミレーヌの記憶とその心を……強い思いを知って貰う事によって、君の心に更なる揺さぶりと感情の変革を与える事ができるのが、この黒い不格好な木刀の特徴だ。つまりは聖女ミレーヌ、お前には本来の聖女ミレーヌの思いを追体験して貰い、その行いを無理やりにでも改めてもらうぞ!」

「フン、何かと思えばそんな事か。無駄よ、いくら過去の私の記憶を掘り下げて見せても、私のエドワード様に対する想いは、愛は、何一つ変わりはしないわ。残念だったわね!」

「本当にそうかな。なら試してみようか」

 ラエルロットの安っぽい挑発に聖女ミレーヌは自分の言葉が真実である事を証明するかのように構わず超重力攻撃を浴びせ続けるが、まだどうにか上から降り注ぐ超重力による重みを邪妖精の衣の中に吸い続ける事ができる蛾の妖精のルナは流石に限界が近いのか、ラエルロットに更なる攻撃を促す。

「ラエルロット、話してばかりいないで続けて聖女ミレーヌに攻撃をして頂戴……このままじゃ私が持たないわ!」

「思いを具現化する苗木よ、もう一度だけ彼女の心に繋がる奇跡を呼び起こし、更には心の変化と変革を与える最高の一撃を食らわせろ。当たれぇえぇぇ!」

「オッホホホホホ、そう何度も奇跡が起こって堪る物ですか。もう先ほどのような奇跡は二度と起きはしないわ。私は今から全集中を持って、攻防一体の陣形をもう一度作り上げるわ。だからもう油断は絶対にしないわ」

「当てる、絶対にもう一度、当ててみせる!」

「ラエルロット、あなたの奇跡を起こすというか弱き攻撃は、私のプライドに賭けて全て防いでみせるわ!」

 先ほどのようにラエルロットは黒い不格好な木刀の先を十五メートルほど伸ばすとその伸縮を利用して正面から渾身の突きを喰らわすが、当然のようにその一撃は聖女ミレーヌが作り出す超重力防御の壁の力で難なく防がれてしまう。

「ほ~ら、だから言ったでしょ、たかだかレベル1の平民ごときがAランクの位を持つ超重力使いの聖女ミレーヌが作り出す超重力防御の壁を突破できる訳がないのよ。そしてもう決して奇跡は起きないことをその身を持って知りなさい!」

「勝てないのをその身を持って知れか……また随分と上から目線の言い方だな。まあAランクの高貴な聖女様に対し、最下位レベルのまだ第八級冒険者の資格すら貰ってはいない、自称勇者もどきが身分不相応にも挑んでいるんだから馬鹿にされて当然か。だけど聖女ミレーヌ、君は一体なんの為に戦っているんだ。大体君は耳長族のエドワードを愛しているというが、それ自体は別に悪い事じゃない。もしかしたら本当にエドワードに一目惚れをして彼を愛している可能性もわずかながらにあるからな。だから一度死んで復活した君が誰を愛そうと(いろいろと疑問とわだかまりは尽きないが)本当はどうだっていいことなんだ。だけど問題はそんな君がエドワードの命令に盲目的に従って罪の無い人達を殺害しまくっているという事実だ。君はその聖女の力でその思いを示す事によってエドワードに対する愛を絶対の物と信じているようだが、果たして聖女ミレーヌの不憫な過去を知ってしまった君は、それでも愛しのエドワード様とやらを本当に愛し続ける事ができるのかな」

「何を馬鹿な事を、できるに決まっているじゃない。何度も言うけど私のエドワード様に対する愛は本物よ!」

「本物か……ならなんで無いんだよ」

「無いって、何がよ?」

「そのお前が愛してやまない耳長族のエドワード様とやらの記憶がだよ。お前から垣間見られた記憶は家族に対する残念な気持ちと……そんなお前を支えてくれた神聖白百合剣魔団の仲間達の幸せだった記憶で埋め尽くされていたぞ。そしてそんな君は遠い親戚でもあるリザイア隊長に淡い憧れのような愛を感じていた。そうじゃないのか。そしてその淡い憧れや思いは過去に自分を見捨てずに助けてくれたリザイア隊長との絆と関わりが深く関係している。だからこそその仲間達を守る為に君はその聖女の力を存分に振るうことができるし、リザイア隊長を敬愛する事ができたはずなんだ。だけど聖剣チャームブレードで斬り殺されて、その後に復活した君は敬愛していたはずのリザイア隊長を殺し、その命令のままにエドワードの言葉に従ってこの場所に来たはずだが、そんな君の記憶を読んだ先に流れてきたのはエドワードとの記憶ではなく、無慈悲にも殺したはずのリザイア隊長とその仲間達の記憶だけだ。つまり聖女ミレーヌ、お前とエドワードとの関わりなんて実際はそんな程度の物だということだ。だからいい加減に目を覚まして認めろよ、お前は出会って数時間すら経ってはいない人物を愛しているという幻想に踊らされていた事を。尚且つエドワードの敵となる者達の抹殺と、この研究所にいる研究員達の排除がお前に与えられた唯一の命令だったと言う事を。そうだろう、聖女ミレーヌの体を支配しただけの、ただの偽物の別人格よ。だからお前は空っぽなのだよ!」

「だ、黙れ、私は本物だ、本当の……正真正銘の聖女ミレーヌです。詰まらない事を言って私の心に揺さぶりを掛けるのはもうやめていただけないでしょうか。私のエドワード様に対する愛を完全に否定されて、正直かなり不快です!」

 不快な顔をしながら聖女ミレーヌはラエルロットが立つ回りの石畳をその圧倒的な力でバキバキと押し潰し、地面の下へと凹ませる。
 その無慈悲な鬼神とも言うべき凄まじい超重力攻撃に内心かなりの焦りを見せてはいたが、それでも決して屈する事の無いラエルロットは更なる追加の突きの一撃を聖女ミレーヌに向けてお見舞いする。

「今度こそ貫けぇぇぇーー、聖女ミレーヌの所まで届けぇぇぇ!」

 ラエルロットのまるで口から血を吐くかのような必死の雄叫びに奇跡が起きたのか、またしても聖女ミレーヌの脇腹にラエルロットが放つ黒い不格好な木刀の一撃が超重力の防御壁やオートガードシステムを貫いて軽く当たる。

 ゴツン!

「馬鹿な、私が作り出す超重力の防御壁を貫いて、またしても私の体にあの黒い不格好な木刀の先を当てて来るだなんてハッキリ言ってこんな事はまず考えられないわ。一度ならず二度までも奇跡を起こす事ができるだなんて、天変地異が起こるくらいにまず有り得ない事だからよ。まさかあいつは自分の意思で自由に奇跡を起こせるとでもいうの。有り得ない、絶対に有り得ないわ。そもそもこいつは一体何者なの。たかだかレベル1の平民ごときと馬鹿にしていたけど、この感じはただの平民ではないわね。それにあんな呪われた黒い不格好な木刀を平然と持ち歩いている時点で気づくべきだったわ!」

 二度も起こしたラエルロットの奇跡を目の当たりにし流石の聖女ミレーヌもその異常な事態にようやく気づいたようだ。
 聖女ミレーヌはラエルロットが起こす未知なる不気味な力に警戒すると、その動きを事細かく観察する。

「そうかこの感じは、ラエルロット、お前はこの世界に十二人いると言われている神の代行者達の中の一人と契約を結んだ、黒神子の眷属の一人と言うわけか。まさか黒神子の眷属になれる人間がこの世の中に存在していただなんて正直本当に驚きだわ。罪深くも欲深な人間はその試練の過程で必ず試練を乗り越えられずに数日の内にその命を失うか、良くて人格の破綻か自滅がお決まりとの事だが、たとえどんな聖人や仙人のような人格者が黒神子の眷属になる事を望んでも、その試練たる領域から抜け出せた者は未だかつてまだ一人もいないとの事よ。そのはずだったんだけど……ラエルロット、お前はまさに奇跡を起こし、黒神子の眷属になれた、唯一の変わり種と言う事ね。その神の戯れで仕掛けられた前途多難な数奇な運命に、正直頭が下がる思いだわ!」

 そんな聖女ミレーヌの体にはラエルロットが放った黒い不格好な木刀の一撃が当たった事で、またしても思いを具現化する苗木の能力が発動する。

 以前の聖女ミレーヌの仲間を思う強い愛や優しさが今の聖女ミレーヌの心に嫌というほど大きく伝わり、その言い知れぬ強い想いはエドワードを愛する彼女の思いを大きく飲み込んでいく。

「なによ、なによ、この悲しい感情は……強い責任と後悔の感情をなぜこの私が心の中で抱いているの。私のエドワード様に対する愛は決して間違ってはいないはずなのに……一体なぜよ。このままじゃ以前の聖女ミレーヌの思いに感情移入して、私の心事態が以前の聖女ミレーヌの想いで塗りつぶされてしまう。これはかなりまずい状態だわ。早く以前の聖女ミレーヌの思いを否定して、全力で振り切らないと!」

「いや、もうそれはできないな。新たに生まれた別人格のお前と以前の主人格の聖女ミレーヌはその体に一緒に宿っているんだから、その記憶も強い思いも一緒に体感して貰うぞ。そしてお前らは思いを具現化する苗木の力を借りて、一つの存在になるんだ。果たして愛しのエドワード様とやらを愛する今の君と、仲間達や淡い恋心を抱いていたリザイア隊長を愛する以前の聖女ミレーヌの思いとどちらが上か、その心を試させて貰うぞ!」

「ラエルロット、貴様ああぁぁ!」

 以前に生きていた聖女ミレーヌの思いを激流のことく感じているのか様々な記憶や感情が今の聖女ミレーヌの心と頭脳に直接流れ込んで来る。その様々な葛藤や強い思いに嗚咽を漏らすと聖女ミレーヌはその目から溢れ出る怒濤の涙を流しながらも十メートル先にいるラエルロットを激しく睨みつける。

「なんなのよ、これは、何を見ても絶対に揺るがないエドワード様に対する愛を……忠実なる心を持っていたはずなのに、なのに私の心は今まさに不安定な積み木のようにグラグラと揺らいでいる……そう揺らいでいるわ。エドワード様を愛する心に自信が持てなくなって来ている。心が物凄く不安に……不安定になって来ている。ラ、ラエルロット、私に一体なにをした!」

「だから言ったろ、お前のエドワードに対する愛が本物かどうかを確かめてやると。お前の愛が本物だと言うのなら、以前の聖女ミレーヌが抱いていた本当の愛の心の力に見事打ち勝ってみろよ。それができるのならな!」

「ふざけるな、打ち勝てるに決まっているじゃない。私こそが本当の聖女ミレーヌなんだから、打ち勝って当然よ!」

 激しく怒鳴り散らしながら放つ聖女ミレーヌの超重力攻撃をまともに正面から受けたラエルロットは、まるで突風のように降り注ぐ激流のように、その体は後ろに大きく吹き飛ばされる。その飛ばされた距離は約四十メートル程であり、五十メートルの広さがあるその先端の端まで吹き飛ばされる程の威力だ。

 その超重力攻撃の重みを図上では無く、真っ正面から受けてしまった事により、ラエルロットと蛾の妖精のルナは後ろに大きく吹き飛ばされたのだ。

「な、なんだとう、正面からだとう。聖女ミレーヌの超重力攻撃は頭上だけでは無く、引力の法則を無視して横にも展開する事が可能なのか!」

「きゃあぁぁぁ、意表を突かれたとはいえ、物凄い力でこんな部屋の端まで吹き飛ばされてしまうだなんて、物凄い力だわ!」

「フッコケェェェ、フッコケェェェ、何も私の超重力は上から攻撃するだけが常識じゃないわ。その重力の法則に逆らって横や下からの攻撃もやろうと思えば可能よ。分かって貰えたかしら」

(くそうぅぅ、まともにあの重力攻撃を受けてここまで吹き飛ばされてしまった。これは結構なダメージだぞ。それでも立たなきゃ……立って早く聖女ミレーヌのいる所まで戻らないと……)

「ラエルロット……ごめんね……邪妖精の衣を展開する事はおろか、このまま宙を飛び回る力ももう無いみたい。だから少し地面で休ませて貰うわ。こんな時に本当にごめんね……ぅぅぅ」

 力無く言うと蛾の妖精のルナはまるで蚊取り線香の匂いで地面へと落ちる羽虫のようにフラフラと落ちていく。

「ルナ、お前大丈夫か。まさかどこか怪我をしたのか?」

「怪我はしてはいないわ、ただ邪妖精の衣の力を使いすぎて精霊力たるMPを大量に消費しただけ、だから少し休まないとしばらくはお空も飛べないわ。だから私に構わずラエルロットは今自分ができる事をして頂戴。のちに後悔が残らないようにね」

「わかった、お前はここで休んでいろ。聖女ミレーヌは……俺が何とかしてやる。ヒノのご神木からハルばあちゃんが作り出してくれた、この一振りの、黒い不格好な木刀の力でな!」

 地面で休む蛾の妖精のルナに優しい言葉を掛けたラエルロットは目の前に落ちている黒い不格好な木刀を力強く拾い上げる。

 やる気満々な気迫を漂わせるラエルロットをただひたすら睨みつけていた聖女ミレーヌは、自分のいる所から反対側の部屋の端まで、超重力の力で約五十メートル程吹き飛ばして見せた事で少し安堵の溜息をつくが、また再び接近を試みようとしているラエルロットの動きを知った聖女ミレーヌは直ぐさま挑発めいた言葉で威嚇をする。

「フフフフ、ラエルロット、もうお前は私に近づくことはできない。もうあの蛾の妖精の小娘の加護が無い今、直ぐにこの場でお前を地面に叩きつけて、その脳味噌を地べたに撒き散らしてあげるわ!」

(こんな時に復讐の鎧の力が使えたら聖女ミレーヌの所まで一瞬で行けたのに、力の使いどころを間違えたぜ。今のこの体力じゃ二度目は使えないから、もう自力で走るしか無いようだな。そうだ、ここから聖女ミレーヌの所まで全力疾走で走ってやる。俺の悲鳴を上げている今にも崩れ落ちそうなか弱き体よ、もう一度だけ勇気を胸にここから前へと動いてくれ。さあ今こそ俺の両足よ、聖女ミレーヌのいる所まで走り抜けぇぇぇ!)

 そう心の中で叫んだラエルロットはガタガタと筋肉疲労で震える両足を無理やり覚醒させると、最後の力とばかりに全力疾走でいきなり走り出す。

 勿論両手には黒い不格好な木刀を持ちながらだ。

「私に近づくなぁぁぁ!」と怒鳴りながら横薙ぎに放つ聖女ミレーヌの超重力攻撃の衝撃波をまともに正面から受けると思われたラエルロットだったが、直ぐに地面にうつ伏せになると間一髪の所で丁度地面の凹みの中に入り、超重力の力を瞬時に避ける。

 丁度聖女ミレーヌが超重力の力で石畳を割り地面を大きく幾つも凹ませたその凹みの中の一つに入りどうにか聖女ミレーヌの超重力攻撃の横薙ぎを退くことが出来たが、続けざまに上から超重力による見えない重力弾を闇雲に撃ち降らせる。

「うっわあああぁぁぁ、上から超重力の重力弾が雨あられのように降ってきたぞ。ちょこまかと動き回ってどうにか彼女の目を攪乱しないと、いつかは彼女の超重力攻撃の餌食になってしまう。だからこの場は是が非でもこの攻撃を避けなくては!」

 なんとか予測し超重力弾が真下に落ちてくる起動を瞬時に読み取ると、ラエルロットはその落下地点を先読みしながら約五十メートル程先にいる聖女ミレーヌにどうにか近づこうと激しく動き回る。

 一方聖女ミレーヌの方は、ラエルロットの無謀な接近に後退りをしながら今度は超重力弾の雨をまるでライフル銃から撃ち出す散弾のように上から下へと撃ち降らせるが、その超重力弾の落ちる軌道はどういう訳か全てラエルロットに読まれてしまう。

「当たらない、当たらない、当たらない、一体なぜだ。なぜ私の攻撃をこうも簡単に避けて前に進むことができるの。理解が、理解ができないわ。一体なぜよぉぉぉ?」

 精神的に追い詰められているのか少し錯乱しながら叫ぶ聖女ミレーヌに対し何処からともなく飛んできたマジックミサイルが数発ほど彼女の体に着弾しそうになるが、その攻撃を鉄壁の防御壁が簡単にとめる。

「くそ、やはり何度やっても駄目か。私のマジックミサイルの火力じゃあの防御壁を破る事はまずできないか」

「白魔法使いのタタラか、またちょこまかと遠くから攻撃しやがって。何度やってもあなたの攻撃は私には全く効かないわよ。もうわかりきっている事じゃない。なのに懲りずに未だに攻撃を仕掛けて来るだなんて、一体何を考えているの。そう時々無駄な邪魔をしてくれるあなたの存在はハッキリ言って邪魔で邪魔で堪らないのよ。今は忙しいんだから余計な茶々は入れないで頂戴!」

「フフフフ、何をそんなに焦っているのミレーヌ、ラエルロットに近づかれるのがそんなに嫌なの。確かに今のあなたは以前から知っている私が知る聖女ミレーヌじゃないのかも知れないけど、聖女を名乗る以上その使命まで忘れたとは言わせないわよ!」

「し、使命ですって……?」

「そうよ、聖女の使命とは、この緑溢れる世界に済む、善良で弱い人間達を救い護り慈愛を届けるのが聖女であるあなたの使命だったはずよ。そうでしょ……どうなのミレーヌ」

「そ、それは……ち、違う……私は……私は……うぅぅ」

 白魔法使いのタタラの呼びかけに錯乱する聖女ミレーヌの脳裏に、仲の良かったタタラとの楽しい想い出が幾つも蘇り、その想い出が聖女ミレーヌの心を徐々に締め上げていく。

「違う……違うわ……これは私の感情じゃない。私が愛し守り抜くお方は耳長族のエドワード様ただ一人のはずよ。そのはずなのに……何なのよ、この心を締め上げるかのような苦しい感情は、心が、心が物凄く息苦しくて痛いわ。想い出を一つ垣間見る度に体が震えて涙が止まらなくなる。くそおぉぉぉ、これじゃ視界がぼやけてラエルロットの姿が見えないじゃないのよ!」

 記憶を垣間見ることで感じる事のできる感情の揺らぎと、タタラが繰り出すマジックミサイルの邪魔でラエルロットの姿をその視界から一瞬外してしまった聖女ミレーヌは、その無様に迫り来る必死な姿を見逃してしまう。
 だが次に気づいた時にはラエルロットは自分から約十メートル先の前にいた事にミレーヌはひどく驚きつい驚愕の目を向ける。

 なぜならラエルロットは超重力弾の余波をその体に浴びて吹き飛び、傷だらけになりながらも、なんとかこの距離まで近づく事が出来ていたからだ。

 荒い息を吐きながらも顔を上げたラエルロットは、その大きく見開いた眼光を目の前にいる聖女ミレーヌに向ける。

「ハア、ハア、ハア、ハア、ついにまた先ほどいた元の位置まで戻って来る事ができたぞ。ならそろそろ決着を付けようか……聖女ミレーヌ!」

「そうね、もう横薙ぎの重力であんたを後ろに吹き飛ばすのはやめたわ。あなたの事だからまたしつこくこの場所に幾度も戻ってくるかも知れない。ならここであなたを確実に潰して殺すのも悪くはないわ。私の超重力の攻撃を吸収する事ができるあの蛾の妖精は五十メートル先の後ろでまだへばっている真っ最中みたいだから、ラエルロット、あなたを守ってくれる仲間はもう誰もいないわ。そうでしょ。ならここでおとなしく圧死をして、そして死んで頂戴!」

「さあ、それはどうかな……もしかしたら本当の女神の加護が……いいや本来の聖女の使命に目覚めた優しくも強い意思が……俺を守ってくれるかも知れないぜ!」

「こしゃくな事を、お前を助けてくれる奴など、ここにはもう誰もいはしないわ。あの蛾の妖精の小娘も、白魔法使いのタタラだって、もう誰もあなたを助けることはできないんだから、その絶望を知りなさい!」

「いいや、俺は必ず助かるさ。本当の聖女様が、俺の人助けの行動を、暖かく見て下さっているんだから……そうだろ、聖女ミレーヌ!」

 真剣な顔で言うラエルロットの言葉に対し、聖女ミレーヌは馬鹿にしたような顔をしながらその言葉の全てを否定する。

「なにを言うかと思えば、私があなたを助ける訳がないでしょ。ここに来て血迷った事を言うんじゃないわよ。それとも今のは私に対するあなたからの命乞いなのかしら、だとしたら滑稽だわ。あれだけ意味深な事を言って私に挑んできたのに、ここへ来て怖じ気づくだなんて、まるで馬鹿丸出しじゃない。でも許してあげないわ、ラエルロット、あなたはここで確実に死ぬのよ!」

 邪悪な言葉と殺意を向けながらラエルロットを見る聖女ミレーヌの視界に、見えるはずのない幻影が一瞬だけ垣間見る。
 そうそこに見えたのは泣きそうな顔を向けながら両手を広げてラエルロットを守ろうと立ち塞がる聖女ミレーヌの幻影だった。


『生まれ出たもう一人の私……もうこれ以上の殺生はやめて。こんなのは私は望んではいない。本当に守るべき者を取り間違えないで!』


「黙れ、黙れ、黙れ、以前生きていたもう一人の私はもう死んでこの世にはいないんだから化けて私の心の中に出てくるんじゃないわよ。それともこの幻影もラエルロット……もしかしてあなたの仕業なのかしら。相変わらず姑息な精神攻撃が得意なようね。人の感情に揺さぶりを掛けるだけでは無く幻影も見せて来るだなんて、相変わらず無駄なあがきをするわね。でもまあこんな攻撃はいくら仕掛けても私には一切効かないんだけどね。と言う訳でラエルロット、私の心に流れてくるその辛い思いも楽しかった無駄な記憶も……その過去の幻影ごと全てを綺麗に消し去ってやるわ!」

「聖女ミレーヌ……もうお前には無理だ。わかるんだ、お前の心はもうかなり以前の聖女ミレーヌの人格に……その大きな慈しみと愛に汚染されている事が……」

「もういい加減に黙れと言っている。お前の世迷い言など一切聞く耳を持つか。ではそろそろ私の最後の渾身の攻撃を受けてこの地に果てろ。全方位全集中、超圧縮重力攻撃、スーパーマックスゥゥゥ!」

「うっわあああぁぁぁ、落ちてくる。頭上から、まるで激流のような超重力の圧力による攻撃がぁぁ!」

「ハハハハハハ、潰れろラエルロット。お前は全身の骨を砕かれて、血と汚物を地面にまき散らしながら惨めに死んでいくのだあぁぁぁ!」

 顔を歪める聖女ミレーヌの邪悪な叫びと共に解き放たれた超重力の力が、真下にいるラエルロットに向けて激しく襲いかかる。

「あ?」

 その瞬間、聖女ミレーヌの視界と意識はプツリと消え、全てが闇に包まれるのだった。
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