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第三章 二人の聖女編
3-44.増殖と不死
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3ー44.増殖と不死
大きな雄叫びを上げながら取り囲む黒い影に全身を包まれていくラエルロットは、その姿に大きな変化が訪れる。
へばりつくように取り囲んでいた異質な影は徐々に狭まり、ラエルロットの体にぴったりと密着したかと思うときらびやかな光沢を光らせる漆黒の鎧へと突如変化する。
目の前に現れたその鎧は精錬されているのか純度の高い鋼鉄の光を放ち、そのきらびやかな鉱物の輝きが中二病心をくすぐる非常にカッコイイ趣を漂わせる。
だがその反面、薄気味悪い邪悪なオーラが見え隠れし、ひどく張り詰めた恨みと狂気の波動がその緊張感を醸し出す。
恐ろしくも不思議で何か神秘的な力を漂わせるその漆黒の鎧の名は【復讐の鎧】……第一の試練でラエルロットが現世に戻る際にその帰還を阻んでいた、救われない悪霊や死霊たちの成れの果てである。
その負のエネルギーの集合体と化した暗黒の鎧に宿る死霊達をそのまま力にしたラエルロットは『多くの人々を救えるような勇者になるために俺に力を貸せ』という誓いの契約を元に、今回もまた禁断の装備でもある復讐の鎧の力をその身に纏う。
力を求める強い願いと命の対価によって自分のレベルを大幅に増幅増大させる事のできる復讐の鎧を身に付けたラエルロットは、鎧の着心地を確認すると目の前にいる白いヒュドラににらみを利かせる。
「レスフィナ、テファやみんなのことは頼んだぞ。あの白いヒュドラは俺が何とかして見せる……だから……」
「ええ、わかっています、ラエルロットさんは気兼ねなく持てる力をフルに使ってあの白いヒュドラに挑んでください。もしもあなたが勝てない時は私が何とかして見せます」
「もしも何か対策があるのなら最初からレスフィナが戦った方がいいんじゃないのか」
「私の力にばかり頼っていてはいけません。何事も経験です。あなたが頭で考え、体で実感して、努力して、あがきにあがいて死力を尽くしてこそ、その成長が見込まれるのですから」
「わかった、じゃけじめをつけに行ってくる。まあ今の俺にはこの復讐の鎧の力があるから、そう簡単にやられはしないがな」
禁断の鎧を身に付けた事で勇気がでたのかラエルロットは自信たっぷりにその場に堂々と立つと暫くはその場でいきり立っていたが、自分の手に武器が何もないことに気付くと、目を激しく狼狽させながら焦りの色を見せる。
なぜならラエルロットは素手での殴り合いは全く想定してはいなかったからだ。
ラエルロットは急遽武器になりそうな物を探すと、キョロキョロと回りを見渡す。
(くそおぉぉ、あの白いヒュドラに権能攻撃を受けて吹き飛ばされた際に落した、俺の黒い木刀は一体どこに消えてしまったんだ。この瓦礫と化した通路のどこかに転がっていると思うんだが)
そんな事を考えながら辺りを見渡していると、隣に来ていた異世界召喚者の魔法剣士の女性が自分の持つ細身のレイピアを行き成りラエルロットに差し出す。
「武器が無いんならこれを使いなさい。このレイピアも一応は魔法の加護が掛かっている魔法の武器だから数秒くらいはあの白いヒュドラの再生を遅らせる事ができるはずよ。でも実際問題どうするつもりよ。その呪われた暗黒の鎧を装備したからってあの白いヒュドラを倒す決め手にはならないだろうし、完全消滅させる方法も封印もまだ何も思いついてはいない状態なのに」
「確かにそうだが、それでも俺は戦うつもりだ。もうこれ以上、誰も傷つけさせたくはないからな。それにレスフィナが来てくれたお陰で俺も不死の状態で戦う事ができるから、少なくとも俺も直ぐに死ぬことは無いはずだ。まあ奴を完全消滅させる具体的な方法が見つかるまで、なんとか俺が、できるだけ時間を稼いで見せる。だから俺が戦っている間に、あの白いヒュドラを倒す方法をみんなで見つけてくれ。頼んだぞ、異世界召喚者の魔法剣士のお姉さん!」
「今来たあの少女が本当に黒神子レスフィナなら、もう素直に全てをあの子に丸投げした方がいいんじゃないの。その方が確実だろうし、勝てる具体的な対策のないあなたが戦う必要は何処にもないじゃない?」
「そういう訳にはいかないよ。確かに今の俺にあの白いヒュドラを倒せる手段は何もないけど、だからといってレスフィナにばかり頼る訳にはいかないだろ。レスフィナの言うようにできるだけ俺達、緑の星に住む住人側の人間達と異世界召喚者の人間との共闘の力だけでなんとかするんだ。その為の戦いだ!」
「共闘……ね。恥ずかしげもなく、面白い事を言うわね、あなた」
真剣な顔をしながら戦いの場に馳せ参じようとするラエルロットの正義の姿勢に呆れたのか、異世界召喚者の魔法剣士の女性は仕方がないとばかりにぶっきらぼうに自分の名を告げる。
「さとこ……私の名は池口里子……それが私の名前よ」
「なんで今さら自分の名を……?」
「そこにいる暁の聖女もそうだけど、自分の命も顧みずに赤の他人の為に自らの命を差し出す事ができる人間が現実にこの世にいただなんて正直驚いたわ。ほんとあんた達は筋金入りの偽善者だと半ば呆れていた所よ。でもその思いを、信念を貫き通すその気高い勇気にだけは敬意を評してあげる。普通あんな無謀なこと、普段から綺麗ごとを並べているどんな聖人にだってそう簡単にはできない行為よ。だからこそその偽善じみた行いを正しいと信じて動くことのできるその勇気を私は買うことにしたの。この星に住むモブの住人の中にも人を思いやれる優しい心と強い信念を持つ、尊敬に値する者たちがいる事を知ったから。それにあんたの行動を見ていて大体の性格は分かったわ。あなたは誰も予想だにしない数奇な運命とその強大な何かに立ち向かう宿命を背負わされた、相当に面白い好敵手のようね。フフフフ、気に入ったわ。なら一時休戦の証として、あの時、私が奪った三人の受験生達の七色魔石をあなたに返してあげるわ。さあ受け取りなさい」
「池口里子……」
「暁の聖女にも言われたけど、この七色魔石はこの世界の人に取っては魂その物であり、第二の心臓と呼ばれているくらいに命にかかわる物らしいから、その話を生で聞いていたら持っている事事態がなんだか妙に気持ち悪くなってきてしまったわ。だから今持っている全ての七色魔石は全部あなたに返す事にするわ。敵の体から無理矢理取り出していた時は宝石の形をした綺麗な戦利品くらいにしか思ってはいなかったけど、死してなおその七色魔石には人の魂が宿っている事を知ってしまったから、もうその七色魔石には興味を無くしたわ。祟りや呪いを受けるのも正直嫌だし、もっと違う物でお金儲けをする事にするわ。だからラエルロット、あの白いヒュドラをどうにかして倒して頂戴。もう私たちにはあの怪物と戦うだけの魔力も体力も残されてはいないけど、あなたがあの悪名高い黒神子レスフィナの眷属だというのなら、今はあなたのそのしぶとい悪運に賭けてみる事にするわ。だからお願いね!」
「お願いねって、あんたも俺に丸投げかよ!」
「そういう事よ、何か策を考えて戦えるだけの力は私達にはもう何処にも無いわ。だからあなたのその黒い新たな力に期待しているわ!」
自分の名を明かした異世界召喚者の魔法剣士の女性、池口里子はラエルロットに自分が持つレイピアと革袋に入れてある数多くの七色魔石を渡すが、そのずっしりと重い革袋を見つめていたラエルロットは今まで彼女が勝利しその命を狩って来た罪の重さを知る。
そう七色魔石を抜き取られてから二十四時間以内になら元に戻せばその者はその命を吹き返すが、それ以上時間が経ってしまった者の命はもう二度と元には戻らない事を知っているからだ。
その命の重さがぎっしりと詰まった七色魔石の入った革袋を近くに来ていた白魔法使いのタタラに丁重に手渡すと、ラエルロットは右手に持つ細身のレイピアを豪快に一振りしながら三十メートル先で待ち構えている白いヒュドラに向けて堂々と歩きだす。
「では、行って来る」
スタ、スタ、スタ、スタ、スタ、スタ……スタン。
また新たに戦う覚悟を決めたラエルロットは鋭い眼光を向けると、テファニアの姿を真似ている白いヒュドラを激しく睨む。
「ここからが本当の戦いだ。いくぞ白いヒュドラ、黒神子レスフィナの加護を受けっている俺の力を見せてやる!」
「フフフフ、今も報われていない、強い恨みと、嘆きと、怒りの心を持つ亡者達の魂でできたその復讐の鎧の力を借りたからっていい気になるなよ。黒神子の眷属たるお前の致命的な弱点は知っているぞ。いくらレスフィナから不死の力を供給して貰っていたとしても、主であるレスフィナから100メートル以上離れてしまったらその効力は消えてしまうんだったよな。つまりは100メートル以上離れた段階でその体に致命的なダメージを負ってしまったらお前は死ぬと言う事だ。ならお前をこの場で100メートル以上吹き飛ばしてから、その命を確実に奪えばいいだけの話だ。なのでお前が黒神子の眷属だろうと不死の力を持っていようと特に問題はないのだ。という訳で死ねぇえぇぇぇぇ、ラエルロットォォォォ!」
ラエルロットが射程距離内に入ったのと同時に白いヒュドラの太い胴体部分から枝分かれをして伸びる十体ほどの蛇女達が皆一斉に飛びかかる。
「「ホホホホーー、キキキキキーー、キャハキャハキャハキャハーー、ラエルロット、あなたの体を私達に食べさせなさい……食べてあげる……食らいついてあげる……味見をしてあげる!」」
邪悪な殺意と狂気じみたけたたましい笑い声を上げながら迫る十体ほどの蛇女達がラエルロットの体に触れた瞬間、物凄い雷鳴が辺り一面に鳴り響き、その場にいたはずの蛇女達は皆何が起こったのか全く分からないといった顔をしながら体を激しく硬直させる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁーー、な、なんだ、この体に伝わる強烈な衝撃は……まさかこれは電流か。ラエルロット、お前が操っているのか?」
驚きを言葉にしながら叫ぶ一人の蛇女は目の前にいるラエルロットを思わず見上げると、その有り得ない力に驚愕の声を上げる。
そんな蛇女達の驚きに応えるかのようにラエルロットは体の内側から放出する強力な電流を体全体に纏うと激しく電撃をスパークさせる。
ビリビリビリビリビリーーピッカアァァァーーバリバリバチバチゴロゴロバッチンバッチン、バリバリバリバリバリバリ!
「高まれ、強まれ、復讐の鎧の力よ。あの白いヒュドラの体を引き裂けるくらいまで俺のレベルを上げてくれ。くらえ、狂雷、電光石火!」
高らかに叫んだ瞬間、ラエルロットの体はその場から綺麗にかき消え、その一秒後に聞える物凄い電流の火花と大きな雷鳴が周囲に激しく響き渡る。
ラエルロットが目にも止まらぬ稲妻のような速さで十人程いる蛇女達の横を通り過ぎた瞬間、反応できずに立ち尽くしていた十人程いる蛇女達が皆一斉に首や胴体を輪切りにされながらその場へと崩れ落ちる。
「「キィィィィィィーーン、有り得ない、有り得ない……あれがレベル1の動きだなんて絶対に有り得ないわ……そんな、バカなあぁぁぁぁぁ!」」
ドサ・ドサ・ドサ・ドサ・ドサーーゴット、ゴットン!
「どうだ、雷のような移動の速さとその突進力と衝撃を攻撃に活かした、レベル90のクラスの勇者が放つ大技、狂雷・電光石火の威力は、流石に度肝を抜かれただろ。だがお前たちにはどんな物理攻撃も魔法攻撃も効かないんだったな。いや、もっと正確にいうのなら、その巨大な体を一気に消滅させられるくらいの火力のある魔法ならお前を殺せるんだよな。だがお前達は当然のように魔法攻撃の耐性を兼ね備えているだろうし、魔法攻撃防御の魔法も当然使えるだろうから、暁の聖女のような超特殊な神聖力の力でないと完全消滅は流石に厳しいと言った所か。全く厄介な相手だぜ。何せ俺が持つ最強の技が初手で行き成り効かなかったんだからな。それにだ……」
そう話を終えた瞬間、レイピアを持つラエルロットの左腕が何かの見えない力で引きちぎられたかのように内側から行き成り破裂する。
バッシュン!
豪快に破裂をした左腕を間近で見ていたラエルロットは顔をしかめるとその苦痛を覚悟するが、レスフィナの加護が効いているのか本来直に受けるはずの痛みはさほど感じないようだ。恐らくは痛覚を遮断されているからだと思われる。
分かっていた事だが失った左腕に痛みがほとんど無い事に内心安堵するラエルロットは数秒ほどその無くなった左腕の傷口を見つめていたが、その左腕がまるで再構築されるかのように瞬時に元通りに直っていく。
(よし、不死の力は無事に稼働中のようだな。それに痛みもほとんどないようだ、これなら何も気にせずに戦える。それにしても俺が時間稼ぎを買って出たはいいが、本当にレスフィナはこの戦いに参戦してはくれないのかな。正直レスフィナが手伝ってくれないと、いくら不死の力を与えて貰っている俺でも体力と魔力が尽きてしまったらこの体は全く動かなくなってしまう。そしてもし仮にそんな事になってしまったら何もできない俺はあの白いヒュドラにどこか遠くへと放り投げられて、その後は……攻撃されて死んでしまうんだけどな。このままだったらそんな結末の未来しか見えないんだが)
傷を直しながらもラエルロットがそんな不安を考えていると、その僅かな隙を逃すまいとばかりに白いヒュドラは様々な神聖力による魔法攻撃をラエルロットに向けて撃ち放つ。
「お前の体をバラバラにしてからすかさず遠くに吹き飛ばしてやる。くらえぇぇ、ラエルロットォォ!」
火炎球や鉄の槍や爆撃の波動といった様々な神聖攻撃を蛇女達は繰り出していくが、音速で繰り出されるそれらの攻撃をラエルロットは雷のような複雑な動きをしながら各部屋の壁を壊しつつ、動けるエリアを拡張していく。
そんなラエルロットの激しい動きに白いヒュドラの主人格は苦々しく思いながらも思わず歯ぎしりをする。
「おのれぇぇぇ、たかだかレベル1の弱者なはずなのに蛇女達の権能攻撃を全て避けるとはなんてスピードだ。しかも攻撃を避けながらも逃げられるエリアを拡張してやがる、これじゃ絶対に当たりっこないぞ。だがこんな無茶な動きは例え不死とはいえそう長くは続かないはずだ!」
ラエルロットが雷のような超スピードで動く度にその両脚は折れたり吹き飛んだりを繰り返していたが、その両足は直ぐに元通りになる。だがいくら攻撃を避けられても白いヒュドラに致命的なダメージを与え、尚且つ完全消滅させる事のできる決定打が無い事に正直焦るラエルロットは体力が残っている内に攻撃をできるだけ当てようと敵の弱点を必死に探る。
(くそおぉぉ、逃げているだけじゃ駄目だ。度重なる戦いでこの体が動かなくなる前に、何としても白いヒュドラの弱点を見つけないと!)
ラエルロットは白いヒュドラが繰り出す様々な攻撃を回避しながらいつか訪れるであろう突破口を探し続けていたが、奮闘するそんなラエルロットを心配そうに見つめる暁の聖女テファは少しづつではあるが確実に崩壊しつつあるその壊れかけの体に力を込めると、どうにか立ち上がる。
体中に広がるひび割れのような切れ目の傷の中からは光輝く血液がとめどなく流れ、その光の血液が光の粒子となって空中へと飛び、静かに霧散していく。
立ち上がる事も難儀なはずの暁の聖女は、いつ消滅してもおかしくないそんな自分の体も顧みずにラエルロットの事を本気で心配する。
「いくらラエルロットさんが不死の力を取り戻して復讐の鎧の力を借りても、白いヒュドラを倒す決定的な手段がない以上いつかはじり貧になって負けてしまうわ。この状況を打開するには、やはり私の暁の聖女の力がどうしても必要不可欠なんだけど……でも今の私には自分の中にある膨大な神聖力エネルギーの放出を支えるだけの器となる体は……もう耐えられそうにないみたい。一体どうしたらいいのかしら、一刻も早くラエルロットさんの元にさせ参じて彼の力になってあげたいのに……最後は少しでもお役に立って、みんなの命を希望ある未来に繋げてあげたいのに……」
暁の聖女テファがそんな事を呟いていると、目の前にあるコンクリートの床下を打ち砕きながら黒い不格好な木刀が行き成りその姿を表す。
シャッキィィィィィィーーン!
美しい光沢を輝かせるその黒い不格好な木刀はまるでテファの意思を汲み取ったかのように木刀の先を地面に突き立てると、武器としての自分の存在を誇示するかのようにその場に堂々と聳え立つ。
戦いのさなか紛失したはずのラエルロットが持つ黒い不格好な木刀が一体なぜ行き成り暁の聖女テファの目の前に現れたのかは全くの謎だが、突然の出現に困惑する暁の聖女テファに向けてその現象を見ていた黒神子レスフィナが詳しく説明する。
「暁の聖女さん、あなたがラエルロットさんの事を心配し、そして助けになりたいと本気で思っているからこその出現です。その強い思いに反応して、古代の遺物の一つ【思いを具現化する苗木】の効力を宿した黒い木刀があなたの元に敢えて馳せ参じたのです。そう全てはその所有者でもあるラエルロットさんを守る為に」
「ラエルロットさんを守る為に私の元に来た……この黒い木刀が……そうかこの黒い不格好な木刀にはラエルロットさんの祖母でもあるハルおばあさんの願いが……強い思いが深く刻み込まれている。ラエルロットを守ってくださいという願いが……幸せになりますようにという強い思いが……」
「暁の聖女さん、あなたはハルおばあさんの事を知っているのですね」
「直接会って話した事はありませんが、カラクス鳥になってラエルロットさんの様子をこっそりと見に行っていた時は、遠巻きにハルおばあさんの事も見ていました。とても聡明で優しそうなおばあさんでした。ラエルロットさんが優しく育ったのはハルおばあさんの影響が大きいでしょう」
「ええ、そのハルおばあさんがヒノのご神木の力を借りてあなたにラエルロットさんの勝利を託しに来たのです。恐縮しながらももう一度だけ、その力を貸してほしいという願いをヒシヒシと感じます。そしてあなたにはこの状況を打開するだけの力がある」
まるで諭すように言う黒神子レスフィナの言葉に暁の聖女テファは物凄く申し訳なさそうに言う。
「助けてあげたいのは山々ですが、見ての通り今の私には無理です。この壊れつつある弱り切った今のこの体では暁の聖女の力を発動させた瞬間、この体はその凄まじい神聖力と衝撃に耐えられずに直ぐさま崩壊してしまう事でしょう。たとえ捨て身の一撃を解き放ったとしても結果は同じかと……」
「と言う事は、あなたはまだ神聖力が使えると言う事ですね」
「はい、まだまだ使えます。特Aランクでもある私の聖女としての神聖力の埋蔵量は海と同じくらいだと言われています。つまりはいくらでも力を湯水のように使えますし基本的に神聖力の使い過ぎで力が無くなる事はまずないのです。ただそのエネルギーを蓄積している器となるこの体がその力に耐えられなくなってきている。いくら神聖力エネルギーが膨大にあったとしても、そのエネルギーを溜めて置ける肝心の器が今にも壊れそうなら、いつ崩壊しても可笑しくはないですからね」
「つまりはその壊れつつある繊細な体に一切の負担を掛けなけねば暁の聖女の力はフルマックス状態でまだまだ使えると言う事ですね。なるほどそう言う事でしたか。この黒い不格好な木刀はラエルロットさんを勝利に導く為に、敢えてあなたの所に来たのです」
「ラエルロットさんを勝利に導く為にですか……でもこんな状態の体の私にできる事なんて……一体何があるのでしょうか?」
「大丈夫です、私の言葉を信じてください。その黒い不格好な木刀を床から引っこ抜いて、そのまま強く抱きしめて見てください。そうすれば全てが分かります。あなたの慈悲を……愛を……希望を……願いを引き継ぐ事を、この黒い不格好な木刀は望んでいる」
「なんだか分かりませんが、黒神子でもあるレスフィナさんがそこまでいうのならあなたを信じて、その黒い不格好な木刀を抱きしめてみます」
黒神子レスフィナの言葉を信じた暁の聖女は目の前にある黒い不格好な木刀を床から引っこ抜くと、体中から黄金色の血を流すその痛々しい体を使いながら、両手で力強くその黒い不格好な木刀を抱きかかえるのだった。
大きな雄叫びを上げながら取り囲む黒い影に全身を包まれていくラエルロットは、その姿に大きな変化が訪れる。
へばりつくように取り囲んでいた異質な影は徐々に狭まり、ラエルロットの体にぴったりと密着したかと思うときらびやかな光沢を光らせる漆黒の鎧へと突如変化する。
目の前に現れたその鎧は精錬されているのか純度の高い鋼鉄の光を放ち、そのきらびやかな鉱物の輝きが中二病心をくすぐる非常にカッコイイ趣を漂わせる。
だがその反面、薄気味悪い邪悪なオーラが見え隠れし、ひどく張り詰めた恨みと狂気の波動がその緊張感を醸し出す。
恐ろしくも不思議で何か神秘的な力を漂わせるその漆黒の鎧の名は【復讐の鎧】……第一の試練でラエルロットが現世に戻る際にその帰還を阻んでいた、救われない悪霊や死霊たちの成れの果てである。
その負のエネルギーの集合体と化した暗黒の鎧に宿る死霊達をそのまま力にしたラエルロットは『多くの人々を救えるような勇者になるために俺に力を貸せ』という誓いの契約を元に、今回もまた禁断の装備でもある復讐の鎧の力をその身に纏う。
力を求める強い願いと命の対価によって自分のレベルを大幅に増幅増大させる事のできる復讐の鎧を身に付けたラエルロットは、鎧の着心地を確認すると目の前にいる白いヒュドラににらみを利かせる。
「レスフィナ、テファやみんなのことは頼んだぞ。あの白いヒュドラは俺が何とかして見せる……だから……」
「ええ、わかっています、ラエルロットさんは気兼ねなく持てる力をフルに使ってあの白いヒュドラに挑んでください。もしもあなたが勝てない時は私が何とかして見せます」
「もしも何か対策があるのなら最初からレスフィナが戦った方がいいんじゃないのか」
「私の力にばかり頼っていてはいけません。何事も経験です。あなたが頭で考え、体で実感して、努力して、あがきにあがいて死力を尽くしてこそ、その成長が見込まれるのですから」
「わかった、じゃけじめをつけに行ってくる。まあ今の俺にはこの復讐の鎧の力があるから、そう簡単にやられはしないがな」
禁断の鎧を身に付けた事で勇気がでたのかラエルロットは自信たっぷりにその場に堂々と立つと暫くはその場でいきり立っていたが、自分の手に武器が何もないことに気付くと、目を激しく狼狽させながら焦りの色を見せる。
なぜならラエルロットは素手での殴り合いは全く想定してはいなかったからだ。
ラエルロットは急遽武器になりそうな物を探すと、キョロキョロと回りを見渡す。
(くそおぉぉ、あの白いヒュドラに権能攻撃を受けて吹き飛ばされた際に落した、俺の黒い木刀は一体どこに消えてしまったんだ。この瓦礫と化した通路のどこかに転がっていると思うんだが)
そんな事を考えながら辺りを見渡していると、隣に来ていた異世界召喚者の魔法剣士の女性が自分の持つ細身のレイピアを行き成りラエルロットに差し出す。
「武器が無いんならこれを使いなさい。このレイピアも一応は魔法の加護が掛かっている魔法の武器だから数秒くらいはあの白いヒュドラの再生を遅らせる事ができるはずよ。でも実際問題どうするつもりよ。その呪われた暗黒の鎧を装備したからってあの白いヒュドラを倒す決め手にはならないだろうし、完全消滅させる方法も封印もまだ何も思いついてはいない状態なのに」
「確かにそうだが、それでも俺は戦うつもりだ。もうこれ以上、誰も傷つけさせたくはないからな。それにレスフィナが来てくれたお陰で俺も不死の状態で戦う事ができるから、少なくとも俺も直ぐに死ぬことは無いはずだ。まあ奴を完全消滅させる具体的な方法が見つかるまで、なんとか俺が、できるだけ時間を稼いで見せる。だから俺が戦っている間に、あの白いヒュドラを倒す方法をみんなで見つけてくれ。頼んだぞ、異世界召喚者の魔法剣士のお姉さん!」
「今来たあの少女が本当に黒神子レスフィナなら、もう素直に全てをあの子に丸投げした方がいいんじゃないの。その方が確実だろうし、勝てる具体的な対策のないあなたが戦う必要は何処にもないじゃない?」
「そういう訳にはいかないよ。確かに今の俺にあの白いヒュドラを倒せる手段は何もないけど、だからといってレスフィナにばかり頼る訳にはいかないだろ。レスフィナの言うようにできるだけ俺達、緑の星に住む住人側の人間達と異世界召喚者の人間との共闘の力だけでなんとかするんだ。その為の戦いだ!」
「共闘……ね。恥ずかしげもなく、面白い事を言うわね、あなた」
真剣な顔をしながら戦いの場に馳せ参じようとするラエルロットの正義の姿勢に呆れたのか、異世界召喚者の魔法剣士の女性は仕方がないとばかりにぶっきらぼうに自分の名を告げる。
「さとこ……私の名は池口里子……それが私の名前よ」
「なんで今さら自分の名を……?」
「そこにいる暁の聖女もそうだけど、自分の命も顧みずに赤の他人の為に自らの命を差し出す事ができる人間が現実にこの世にいただなんて正直驚いたわ。ほんとあんた達は筋金入りの偽善者だと半ば呆れていた所よ。でもその思いを、信念を貫き通すその気高い勇気にだけは敬意を評してあげる。普通あんな無謀なこと、普段から綺麗ごとを並べているどんな聖人にだってそう簡単にはできない行為よ。だからこそその偽善じみた行いを正しいと信じて動くことのできるその勇気を私は買うことにしたの。この星に住むモブの住人の中にも人を思いやれる優しい心と強い信念を持つ、尊敬に値する者たちがいる事を知ったから。それにあんたの行動を見ていて大体の性格は分かったわ。あなたは誰も予想だにしない数奇な運命とその強大な何かに立ち向かう宿命を背負わされた、相当に面白い好敵手のようね。フフフフ、気に入ったわ。なら一時休戦の証として、あの時、私が奪った三人の受験生達の七色魔石をあなたに返してあげるわ。さあ受け取りなさい」
「池口里子……」
「暁の聖女にも言われたけど、この七色魔石はこの世界の人に取っては魂その物であり、第二の心臓と呼ばれているくらいに命にかかわる物らしいから、その話を生で聞いていたら持っている事事態がなんだか妙に気持ち悪くなってきてしまったわ。だから今持っている全ての七色魔石は全部あなたに返す事にするわ。敵の体から無理矢理取り出していた時は宝石の形をした綺麗な戦利品くらいにしか思ってはいなかったけど、死してなおその七色魔石には人の魂が宿っている事を知ってしまったから、もうその七色魔石には興味を無くしたわ。祟りや呪いを受けるのも正直嫌だし、もっと違う物でお金儲けをする事にするわ。だからラエルロット、あの白いヒュドラをどうにかして倒して頂戴。もう私たちにはあの怪物と戦うだけの魔力も体力も残されてはいないけど、あなたがあの悪名高い黒神子レスフィナの眷属だというのなら、今はあなたのそのしぶとい悪運に賭けてみる事にするわ。だからお願いね!」
「お願いねって、あんたも俺に丸投げかよ!」
「そういう事よ、何か策を考えて戦えるだけの力は私達にはもう何処にも無いわ。だからあなたのその黒い新たな力に期待しているわ!」
自分の名を明かした異世界召喚者の魔法剣士の女性、池口里子はラエルロットに自分が持つレイピアと革袋に入れてある数多くの七色魔石を渡すが、そのずっしりと重い革袋を見つめていたラエルロットは今まで彼女が勝利しその命を狩って来た罪の重さを知る。
そう七色魔石を抜き取られてから二十四時間以内になら元に戻せばその者はその命を吹き返すが、それ以上時間が経ってしまった者の命はもう二度と元には戻らない事を知っているからだ。
その命の重さがぎっしりと詰まった七色魔石の入った革袋を近くに来ていた白魔法使いのタタラに丁重に手渡すと、ラエルロットは右手に持つ細身のレイピアを豪快に一振りしながら三十メートル先で待ち構えている白いヒュドラに向けて堂々と歩きだす。
「では、行って来る」
スタ、スタ、スタ、スタ、スタ、スタ……スタン。
また新たに戦う覚悟を決めたラエルロットは鋭い眼光を向けると、テファニアの姿を真似ている白いヒュドラを激しく睨む。
「ここからが本当の戦いだ。いくぞ白いヒュドラ、黒神子レスフィナの加護を受けっている俺の力を見せてやる!」
「フフフフ、今も報われていない、強い恨みと、嘆きと、怒りの心を持つ亡者達の魂でできたその復讐の鎧の力を借りたからっていい気になるなよ。黒神子の眷属たるお前の致命的な弱点は知っているぞ。いくらレスフィナから不死の力を供給して貰っていたとしても、主であるレスフィナから100メートル以上離れてしまったらその効力は消えてしまうんだったよな。つまりは100メートル以上離れた段階でその体に致命的なダメージを負ってしまったらお前は死ぬと言う事だ。ならお前をこの場で100メートル以上吹き飛ばしてから、その命を確実に奪えばいいだけの話だ。なのでお前が黒神子の眷属だろうと不死の力を持っていようと特に問題はないのだ。という訳で死ねぇえぇぇぇぇ、ラエルロットォォォォ!」
ラエルロットが射程距離内に入ったのと同時に白いヒュドラの太い胴体部分から枝分かれをして伸びる十体ほどの蛇女達が皆一斉に飛びかかる。
「「ホホホホーー、キキキキキーー、キャハキャハキャハキャハーー、ラエルロット、あなたの体を私達に食べさせなさい……食べてあげる……食らいついてあげる……味見をしてあげる!」」
邪悪な殺意と狂気じみたけたたましい笑い声を上げながら迫る十体ほどの蛇女達がラエルロットの体に触れた瞬間、物凄い雷鳴が辺り一面に鳴り響き、その場にいたはずの蛇女達は皆何が起こったのか全く分からないといった顔をしながら体を激しく硬直させる。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁーー、な、なんだ、この体に伝わる強烈な衝撃は……まさかこれは電流か。ラエルロット、お前が操っているのか?」
驚きを言葉にしながら叫ぶ一人の蛇女は目の前にいるラエルロットを思わず見上げると、その有り得ない力に驚愕の声を上げる。
そんな蛇女達の驚きに応えるかのようにラエルロットは体の内側から放出する強力な電流を体全体に纏うと激しく電撃をスパークさせる。
ビリビリビリビリビリーーピッカアァァァーーバリバリバチバチゴロゴロバッチンバッチン、バリバリバリバリバリバリ!
「高まれ、強まれ、復讐の鎧の力よ。あの白いヒュドラの体を引き裂けるくらいまで俺のレベルを上げてくれ。くらえ、狂雷、電光石火!」
高らかに叫んだ瞬間、ラエルロットの体はその場から綺麗にかき消え、その一秒後に聞える物凄い電流の火花と大きな雷鳴が周囲に激しく響き渡る。
ラエルロットが目にも止まらぬ稲妻のような速さで十人程いる蛇女達の横を通り過ぎた瞬間、反応できずに立ち尽くしていた十人程いる蛇女達が皆一斉に首や胴体を輪切りにされながらその場へと崩れ落ちる。
「「キィィィィィィーーン、有り得ない、有り得ない……あれがレベル1の動きだなんて絶対に有り得ないわ……そんな、バカなあぁぁぁぁぁ!」」
ドサ・ドサ・ドサ・ドサ・ドサーーゴット、ゴットン!
「どうだ、雷のような移動の速さとその突進力と衝撃を攻撃に活かした、レベル90のクラスの勇者が放つ大技、狂雷・電光石火の威力は、流石に度肝を抜かれただろ。だがお前たちにはどんな物理攻撃も魔法攻撃も効かないんだったな。いや、もっと正確にいうのなら、その巨大な体を一気に消滅させられるくらいの火力のある魔法ならお前を殺せるんだよな。だがお前達は当然のように魔法攻撃の耐性を兼ね備えているだろうし、魔法攻撃防御の魔法も当然使えるだろうから、暁の聖女のような超特殊な神聖力の力でないと完全消滅は流石に厳しいと言った所か。全く厄介な相手だぜ。何せ俺が持つ最強の技が初手で行き成り効かなかったんだからな。それにだ……」
そう話を終えた瞬間、レイピアを持つラエルロットの左腕が何かの見えない力で引きちぎられたかのように内側から行き成り破裂する。
バッシュン!
豪快に破裂をした左腕を間近で見ていたラエルロットは顔をしかめるとその苦痛を覚悟するが、レスフィナの加護が効いているのか本来直に受けるはずの痛みはさほど感じないようだ。恐らくは痛覚を遮断されているからだと思われる。
分かっていた事だが失った左腕に痛みがほとんど無い事に内心安堵するラエルロットは数秒ほどその無くなった左腕の傷口を見つめていたが、その左腕がまるで再構築されるかのように瞬時に元通りに直っていく。
(よし、不死の力は無事に稼働中のようだな。それに痛みもほとんどないようだ、これなら何も気にせずに戦える。それにしても俺が時間稼ぎを買って出たはいいが、本当にレスフィナはこの戦いに参戦してはくれないのかな。正直レスフィナが手伝ってくれないと、いくら不死の力を与えて貰っている俺でも体力と魔力が尽きてしまったらこの体は全く動かなくなってしまう。そしてもし仮にそんな事になってしまったら何もできない俺はあの白いヒュドラにどこか遠くへと放り投げられて、その後は……攻撃されて死んでしまうんだけどな。このままだったらそんな結末の未来しか見えないんだが)
傷を直しながらもラエルロットがそんな不安を考えていると、その僅かな隙を逃すまいとばかりに白いヒュドラは様々な神聖力による魔法攻撃をラエルロットに向けて撃ち放つ。
「お前の体をバラバラにしてからすかさず遠くに吹き飛ばしてやる。くらえぇぇ、ラエルロットォォ!」
火炎球や鉄の槍や爆撃の波動といった様々な神聖攻撃を蛇女達は繰り出していくが、音速で繰り出されるそれらの攻撃をラエルロットは雷のような複雑な動きをしながら各部屋の壁を壊しつつ、動けるエリアを拡張していく。
そんなラエルロットの激しい動きに白いヒュドラの主人格は苦々しく思いながらも思わず歯ぎしりをする。
「おのれぇぇぇ、たかだかレベル1の弱者なはずなのに蛇女達の権能攻撃を全て避けるとはなんてスピードだ。しかも攻撃を避けながらも逃げられるエリアを拡張してやがる、これじゃ絶対に当たりっこないぞ。だがこんな無茶な動きは例え不死とはいえそう長くは続かないはずだ!」
ラエルロットが雷のような超スピードで動く度にその両脚は折れたり吹き飛んだりを繰り返していたが、その両足は直ぐに元通りになる。だがいくら攻撃を避けられても白いヒュドラに致命的なダメージを与え、尚且つ完全消滅させる事のできる決定打が無い事に正直焦るラエルロットは体力が残っている内に攻撃をできるだけ当てようと敵の弱点を必死に探る。
(くそおぉぉ、逃げているだけじゃ駄目だ。度重なる戦いでこの体が動かなくなる前に、何としても白いヒュドラの弱点を見つけないと!)
ラエルロットは白いヒュドラが繰り出す様々な攻撃を回避しながらいつか訪れるであろう突破口を探し続けていたが、奮闘するそんなラエルロットを心配そうに見つめる暁の聖女テファは少しづつではあるが確実に崩壊しつつあるその壊れかけの体に力を込めると、どうにか立ち上がる。
体中に広がるひび割れのような切れ目の傷の中からは光輝く血液がとめどなく流れ、その光の血液が光の粒子となって空中へと飛び、静かに霧散していく。
立ち上がる事も難儀なはずの暁の聖女は、いつ消滅してもおかしくないそんな自分の体も顧みずにラエルロットの事を本気で心配する。
「いくらラエルロットさんが不死の力を取り戻して復讐の鎧の力を借りても、白いヒュドラを倒す決定的な手段がない以上いつかはじり貧になって負けてしまうわ。この状況を打開するには、やはり私の暁の聖女の力がどうしても必要不可欠なんだけど……でも今の私には自分の中にある膨大な神聖力エネルギーの放出を支えるだけの器となる体は……もう耐えられそうにないみたい。一体どうしたらいいのかしら、一刻も早くラエルロットさんの元にさせ参じて彼の力になってあげたいのに……最後は少しでもお役に立って、みんなの命を希望ある未来に繋げてあげたいのに……」
暁の聖女テファがそんな事を呟いていると、目の前にあるコンクリートの床下を打ち砕きながら黒い不格好な木刀が行き成りその姿を表す。
シャッキィィィィィィーーン!
美しい光沢を輝かせるその黒い不格好な木刀はまるでテファの意思を汲み取ったかのように木刀の先を地面に突き立てると、武器としての自分の存在を誇示するかのようにその場に堂々と聳え立つ。
戦いのさなか紛失したはずのラエルロットが持つ黒い不格好な木刀が一体なぜ行き成り暁の聖女テファの目の前に現れたのかは全くの謎だが、突然の出現に困惑する暁の聖女テファに向けてその現象を見ていた黒神子レスフィナが詳しく説明する。
「暁の聖女さん、あなたがラエルロットさんの事を心配し、そして助けになりたいと本気で思っているからこその出現です。その強い思いに反応して、古代の遺物の一つ【思いを具現化する苗木】の効力を宿した黒い木刀があなたの元に敢えて馳せ参じたのです。そう全てはその所有者でもあるラエルロットさんを守る為に」
「ラエルロットさんを守る為に私の元に来た……この黒い木刀が……そうかこの黒い不格好な木刀にはラエルロットさんの祖母でもあるハルおばあさんの願いが……強い思いが深く刻み込まれている。ラエルロットを守ってくださいという願いが……幸せになりますようにという強い思いが……」
「暁の聖女さん、あなたはハルおばあさんの事を知っているのですね」
「直接会って話した事はありませんが、カラクス鳥になってラエルロットさんの様子をこっそりと見に行っていた時は、遠巻きにハルおばあさんの事も見ていました。とても聡明で優しそうなおばあさんでした。ラエルロットさんが優しく育ったのはハルおばあさんの影響が大きいでしょう」
「ええ、そのハルおばあさんがヒノのご神木の力を借りてあなたにラエルロットさんの勝利を託しに来たのです。恐縮しながらももう一度だけ、その力を貸してほしいという願いをヒシヒシと感じます。そしてあなたにはこの状況を打開するだけの力がある」
まるで諭すように言う黒神子レスフィナの言葉に暁の聖女テファは物凄く申し訳なさそうに言う。
「助けてあげたいのは山々ですが、見ての通り今の私には無理です。この壊れつつある弱り切った今のこの体では暁の聖女の力を発動させた瞬間、この体はその凄まじい神聖力と衝撃に耐えられずに直ぐさま崩壊してしまう事でしょう。たとえ捨て身の一撃を解き放ったとしても結果は同じかと……」
「と言う事は、あなたはまだ神聖力が使えると言う事ですね」
「はい、まだまだ使えます。特Aランクでもある私の聖女としての神聖力の埋蔵量は海と同じくらいだと言われています。つまりはいくらでも力を湯水のように使えますし基本的に神聖力の使い過ぎで力が無くなる事はまずないのです。ただそのエネルギーを蓄積している器となるこの体がその力に耐えられなくなってきている。いくら神聖力エネルギーが膨大にあったとしても、そのエネルギーを溜めて置ける肝心の器が今にも壊れそうなら、いつ崩壊しても可笑しくはないですからね」
「つまりはその壊れつつある繊細な体に一切の負担を掛けなけねば暁の聖女の力はフルマックス状態でまだまだ使えると言う事ですね。なるほどそう言う事でしたか。この黒い不格好な木刀はラエルロットさんを勝利に導く為に、敢えてあなたの所に来たのです」
「ラエルロットさんを勝利に導く為にですか……でもこんな状態の体の私にできる事なんて……一体何があるのでしょうか?」
「大丈夫です、私の言葉を信じてください。その黒い不格好な木刀を床から引っこ抜いて、そのまま強く抱きしめて見てください。そうすれば全てが分かります。あなたの慈悲を……愛を……希望を……願いを引き継ぐ事を、この黒い不格好な木刀は望んでいる」
「なんだか分かりませんが、黒神子でもあるレスフィナさんがそこまでいうのならあなたを信じて、その黒い不格好な木刀を抱きしめてみます」
黒神子レスフィナの言葉を信じた暁の聖女は目の前にある黒い不格好な木刀を床から引っこ抜くと、体中から黄金色の血を流すその痛々しい体を使いながら、両手で力強くその黒い不格好な木刀を抱きかかえるのだった。
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