白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

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第二章 『絶望階段』 とある高校に出没する階段落下トリックを操る狂人・絶望王子と呼ばれる謎の学生との推理対決です!

2-7.気の弱い小枝愛子の苦悩と証言

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「では私はこれで失礼します。また何か分からない事があったら遠慮無く聞いて下さい。私が知っている事でしたら何でも話しますから」

 近藤正也の元に連れて行くと言う用事を果たした佐野舞子は、勘太郎と羊野に別れを告げるとスタスタと自分の教室へと歩いて行く。そんな彼女を見送りながら勘太郎は、先程羊野が話していた嘘を冷静に指摘する。

「おい羊野、絶望王子に扮した内田慎吾に会って話をしたと言う話はお前のついたでっち上げだろう。恐らくは近藤正也が王子大輝は病院に搬送されるまでまだ息があったと言う話を聞いて咄嗟に思いついたんだろうが、だとしたらなんであの王子大輝が階段から落ちてから救急車を呼ぶまでの間二時間程の遅れがあった事をお前は知っていたんだよ。その事は恐らくは医師や警察にも話してはいないだろうから、その情報を知る事は出来ないはずだ。もしかして教室に来る前に本当に誰かに聞いたんじゃないだろうな?」

「いいえ、近藤正也君がそれほどまでにあの絶望王子の事を警察にも語らなかった理由がただ単に友達を守る為とはどうしても思えなかったので、もしかしたら他にも原因があるのでは無いかと思ったまでの事ですわ。もしその原因が王子大輝君を行為的に押した犯人の事だけでは無く。その決定的な死因に間接的に関わる事例があったのだとしたら近藤君の行動も納得が行くと思った物ですから。階段から落ちた王子大輝君は救急車で搬送されて病院のベットの上で亡くなっている訳ですから、その事でもしひた隠しにしなけねばならない事があるのだとすれば、それは王子大輝君がいつ・何時・何秒に頭を打ったのかと言う事実ではないでしょうか。その時間経過の前後次第では話の内容はかなり違ってきますからね」

「なるほどな。もし王子大輝君の事故が行為に遅らされていたせいで脳内出血で死亡に至ったのだとしたら、それは過失と言うよりは殺人と言う事になる。さっきの内田慎吾君から聞いたというお前の作り話では、その時間を先延ばしにしていた人物が谷口先生と初めから決めて掛かっていた用だが、あれは何故分かったんだ」

「別に分かっていた訳じゃありませんよ。私はただ、もし大怪我をした王子大輝君を病院に連れて行かないと決断できる人物がいるのだとしたら、それは絶対に大人だと思った物ですから。そしてその報告を生徒達が真っ先に知らせるであろう人物は当然三年A組の担任教師の谷口秋人先生と言う事になりますよね。さっきほど喫茶店で佐野さんが天野君の人柄を話していた時にチラリと父親と母親の職業の事を話していたのを思い出しましたから、もしかしたら天野良夫君を庇う理由がそこにあるのではないかと思いましたので、作り話で少し彼を揺さぶってみようと思ったまでの事ですわ。でもそれで本当に谷口先生の関与を聞き出すことに成功したのですから良かったと言った所でしょうか」

「何が良かっただ。たまたまお前の憶測が全て当たっていたから近藤正也の口から同意を得ることが出来たけど。その王子大輝君の死因が二時間程遅れたせいでの脳内出血だったと言う事実を証明する為には王子大輝君の死体を今一度調べないといけないんだぜ。だがもう既に彼の遺体は灰となっているから調べようが無い。つまりお前の憶測だけではその物的証拠はもう出せないと言う事だ」

「そうですわね。でも私達は何も王子大輝君の死因やその犯人を調べている訳ではありませんから、正直そこはどうでもいいのですよ。今肝心なのはその王子大輝君の死因が絶望王子を犯罪へと向かわせる動機となり得るかどうかですわ。私はそれが知りたいのですよ。円卓の星座に所属する(かも知れない?)絶望王子と呼ばれる狂人が何故不良グループ達を次々と襲うのか。その答えがもしこの王子大輝君の死因にあるのだとしたら、その犯人像は限られて来るのではありませんか」

「王子大輝の家族や交友関係を今一度徹底的に調べる必要があるな」

「そう言う事ですわ」

 お互いに話合いながら校内の表階段を上っていた勘太郎と羊野は、四階のフロアにある科学部の部室の前まで来ると部屋の引き戸を静に開ける。
 佐野舞子の話によれば小枝愛子は休み時間になるといつも部室に閉じ隠っているとの事なので、このチャンスを逃さないとばかりに勘太郎は部屋の中にいるはずの小枝愛子の姿を懸命に探す。

「失礼します。小枝愛子さんはいますでしょうか。休み時間は必ずここにいると佐野さんから聞いた物ですから。少しお話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」

 時刻は十一時五十分。

 後十分で四時間目の授業が始まると言う事もあり、勘太郎は急ぎ小枝愛子の姿を探す。だが目の前に飛び込んで来たのは女子生徒の小枝愛子では無く、見るからに痩せこけた白髪頭の初老の男性だった。
 その薄汚れた作業着から察するにこの叔父さんはどうやらこの高校で働く用務員さんの用だ。その証拠に彼の両手には大きなゴミ袋が二つ程抱きかかえられていた。

「引き戸を開けてくれて済まないね。ちょっと通らせて貰うよ」

 笑顔で二人に声を掛けると、その用務員の叔父さんは一瞥しながら科学部の部室を後にする。だが流石に不審に思ったのか途中一~二度羊野の方にその視線を向けるが、どうした物かと言う顔をしながらその場を離れて行く。その不審の理由を聞かなくても勘太郎は何となくわかっていた。
 そんな勘太郎の気疲れなど全く気にする様子も無い羊野は、特に人の目を気にする様子も無く堂々と科学部の部室中へと入って行く。

 いろんな器材や薬品が棚の上に並ぶ部室の中にはいろんな薬品の匂いと静かな静寂が部屋の雰囲気を醸し出し。大きなテーブルが置かれている中央のテーブルの上には、様々な雑貨の小物がまるで整列でもしているかの用に綺麗に幾つも並ぶ。
 そんな科学部には不釣り合いな変わった状況に興味を示した勘太郎だったが、このテーブルに置かれた雑貨の小物が一体何なのかはこの後直ぐに分かる事となる。

 この縦横無尽に綺麗に積み上げられた小物の配列は……何処かで見た事があるんだが、今一思い出せないな。一体何処で見たのやら?

 そんな事を思っていると二人が入って来た引き戸の方から背中を丸めた小枝愛子が姿を現す。その彼女の両手には何やら重そうに持つ加湿器がずっしりと握り締められていた。
 水が沢山入った加湿器を重そうにテーブルの上に置くと小枝愛子は華奢な体を震わせながら小さな声を上げる。

「あ、あなたは、確か……あの……白い羊の狂人を連れた探偵さんですね。この私に何かご用でしょうか?」

「あなたが小枝愛子さんですね。ちょっとお話を聞かせて貰ってもよろしいでしょうか」

「は、はい、いいですけど。後休憩時間が十分しかないので長くは話してられませんよ」

「ええ、お手間は取らせませんから」

 できるだけ相手を安心させる用に笑顔で応える勘太郎は、相手の気が変わらない内に直ぐさま質問に移る。

「お部屋にはいなかったのでもしかしたら行き違えたのかなとも思いましたが、加湿器の水でも入れ替えに部屋を出ていたのですか?」

「いえいえ、水を入れ替えるだけならこの部室の水道水だけで十分なのですが、どうも科学部に設置してある加湿器の調子がどうしても悪くって顧問の先生に直して貰っていたんです。でも付属の部品もありましたのでもう大丈夫なんですけれどね。そんな訳で戻りに水を入れて来ました」

「水ならこの部室で入れればわざわざ重い加湿器を運ばなくてもよかったのではありませんか」

「ええ、その事は廊下を歩いている途中で気付きましたわ。私ってほんと馬鹿ですね」

 そう言いながら小枝愛子は恥ずかしそうに小さく笑う。

「そうそう加湿器と言えば聞きましたよ、時々この四階のフロアにある加湿器の水を入れ替えているそうじゃないですか。中々感心ですね」

「いえ、私、掃除清掃委員ですから、ただ単に仕事で水を入れ替えているだけですよ」

「掃除清掃委員なんて言う委員のお仕事があるのですね。掃除はみんなでやる物ではないのですか」

「そうなんですけど……私はその掃除する生徒達の順番を決めたり、植物の鉢に水をやったり、壊れた道具の備品を確認したり、そしてこの四階に設置してある加湿器に水を定期的に入れるのが私の主な仕事です」

「そうなんですか。まあ、今は冬ですし空気も乾燥していますから加湿器は必要不可欠ですよね。風の予防にもなりますし。それで、このテーブルの上に置いてある雑貨の小物類達は一体何なんですか。見た感じ売り物の用に見えますが」

「こ、これですか。これは三日後にある江東第一冬祭りに出す射的の商品の品々ですよ」

「ああ、祭りの出店とかで的屋が出す射的の景品ですか。通りで何処かで見覚えがあるはずだ。今思い出しましたよ。でも見た感じ、肝心の玩具のライフルが見当たりませんね。一体何処にあるんですか?」

 興味本位に質問する勘太郎に対し、小枝愛子は肩をすくめながら申し訳なさそうに話す。

「玩具のライフルはそれなりに値段が高くて用意できなかったんです。何しろ最低でも二~三丁は必要でしたから。でもだからといってライフルの玩具を作る技術もありませんし……考えに考えた結果、その代用品として採用されたのがこの道具です」

 そう言って小枝が取り出したのは細長い筒の形状をした、釣り竿のような棒だった。

「それは一体……?」

「吹き矢です。競技用の吹き矢の長筒を借りる事が出来たので、射的のライフルの代用品として使う事にしたんですよ。中々いいアイデアでしょう」

「なるほど、玩具のライフルでは無くスポーツ用の吹き矢を使う訳ですか。確かにこれはこれで中々面白いと思いますよ。この長筒の先端にコルクの弾を詰めて、そして空気圧で発射し、あの景品に当てる訳ですね。そして倒れた景品は勿論デット出来ると」

「ええ、そう言う事です。うちの班は射的をやりますから、その品物を確認していたんですよ。当日になって景品がどれもテーブルに立たなかったらそれこそ本末転倒ですからね」

 勘太郎が振る話題にぎこちなく答える小枝愛子に、しびれを切らせた羊野が話を急かす用に割って入る。

「話が盛り上がっている所申し訳ありませんが、後七分しかないので二つほど単刀直入にお聞きしますがよろしいでしょうか」

「ええ、いいですよ。どうぞ」

「その硝子棚の中に見える綺麗に形作られた長方形の小物入れですが、蓋が開かれた状態で飛ばす針が飾られていたので、この小物入れの方は一体誰が作った物なのかと思いましてね。この手作り感満載の凝った品は市販で売られている物ではありませんね。恐らくは誰かが作った物なのではと思いましてね」

「ええ、そうです。良く気付きましたね。その吹き矢の針を入れる小物入れは田中さんに作って貰ったんです」

「田中さんとは……?」

「この校内で働いている用務員の叔父さんです。ある人の噂で、その用務員さんが吹き矢を持っていると言う話を聞いて幾つか貸して貰う事にしたら、針と吹き矢を一式くれたんですよ。自分は何個も持っているからと言ってね。そのついでにこの小物入れも付いて来たのでその一式を飾って置いたんですよ。吹き矢の竿は言うに及ばず、その針を入れている小物入れも十分に綺麗ですからね。とても趣味で作っているとは思えないできですよ」

「どうやらそうみたいですね。この針が入っている小物入れにはちょっとした細工は施されている見たいですからね。この小物入れの蓋はつまみを押すと蓋が開く仕組みの用ですね。片手でも容易に蓋を開けられますから」

 そう言うと羊野は硝子棚の中から針の入った小物入れを取り出すと片手ワンタッチで蓋を開閉して見せる。

「なんか仕掛けはシンプルみたいで、自動で開くワンタッチ傘の柄のスイッチを参考にしたそうですよ」

「へぇ~傘のスイッチをですか。小物入れの蓋を開閉させる為だけにこんな事を考える奇特な人もいるんですね。器用ですし、趣味を持つことはいいことですよ」

「そうですね。こんな小物を作れるなんて凄いと思います」

 羊野が興味深そうに持つ小物入れを見つめながら、小枝愛子は何故か自分の事のように誇らしげに笑う。

「そして二つ目の話は、今江東区を脅かしている噂の黒い防空頭巾の学生通り魔……即ちあなた達が呼ぶ所の絶望王子についての話です。何か知っている事はございませんでしょうか。勿論、内田慎吾君の事ではありませんよ」

「絶望王子……ですか」

 そう呟くと小枝は静に溜息をつきながら羊野の方を見る。

「江東区に出没すると言う絶望王子の事についてはニュースで取り上げた程度しか知りません。何でも人を階段から突き落とすとか。その通り魔に不幸にも出会ってしまい、金田君は大怪我をして今も病院にいるんですよね」

 なんか情報が大雑把だが羊野は特に指摘する様子も無く話に聞き入る。

「ええ、そうですわね。きっと今は病院のベットの上ですやすやとお休み中だと思います。でも怪我をしたのはどうやら金田海人君だけでは無い事を知っていますか」

「ええ、勿論です。何でも無差別連続通り魔らしいですからね」

「当然その中には繋がりや関わりの無い被害者達が多数いましたが、三人ほど金田海人君や近藤正也君に関わりのある他校の人物達が見つかりましたわ。何でもこの三人はそれぞれ違う他校の生徒達で、三年前までは近藤正也君や金田海人君と同じ中学の仲間である事が分かりましたわ。でもそうなると同じ中学生だった王子大輝君との関わりも当然無視は出来ませんよね」

「その三人の被害者達は皆、王子大輝君と同じ中学に通っていた生徒達だったと言う訳ですか」

「はい、そういう事の用です。近藤正也君と金田海人君、それにその他校の三人を加えた五人は、皆王子大輝君に繋がる人物の用ですからね。これはただの偶然では無いと思いまして、ここまで足を運んだと言う訳なのですよ」

「でも、その中の二十五人の被害者の事はどう結論づけるのですか。他の被害者達が絶望王子に狙われた関連性は?」

「恐らくは王子大輝君との繋がりを悟られない為に犠牲となった、何の関係も無い被害者達と言った所でしょうか。だから他の人達との繋がりや犯人の動機は全くありません。まあ、強いて言うのなら狂人ゲームによるルール違反の犠牲になった人達と言った所でしょうか」

「狂人ゲーム? ルール違反? 一体何を言っているのかは分かりませんが、絶望王子の本来の復讐を果たす為に犠牲となった人達と言う事ですか。でももし王子君が犯人なら、その被害者の五人を襲う理由も分かる気がします。王子君は中学時代から酷い虐めを受けていたらしいですから。それに知ってます……天野君が名付けたあの絶望王子ってネーミング、あの王子大輝君の名字から取った物らしいですよ。絶望と王子をくっつけてそれを名乗らせるだなんて、物凄く悪質で陰険な行為だとは思いませんか。これじゃ自分の存在その物を全否定されているのと一緒じゃないですか!」

「確かに、自分の名字の上に絶望の文字を付けられ。更にはその名前を今日から名乗るように強要されたら、流石に惨めでいたたまれない気持ちになるでしょうね。何だか自分のご先祖様さえも冒涜された気持ちになりますからね」

 あの大人しそうな小枝愛子が声を震わせながら本気で怒る姿を見た勘太郎は、彼女の誠実さと優しさを垣間見るその反面、彼女が持つ闇の部分も同時に見てしまう。何故なら彼女もまた天野良夫らにイジメを受けている被害者の一人だからだ。そう感じた勘太郎は小枝の目の奥に燻るどす黒い狂気に気づくとなんと言えない気持ちになる。
 そんな勘太郎の気持ちを無視するかのように羊野は、誰もが中々聞けなかったあの質問を小枝愛子にする。

「そんなイジメの対象でもあった王子大輝君をあなたは階段から突き落としたのですか。随分と酷い事をしますね」

 羊野の歯に衣着せぬ相手を傷つける用な言葉に、勘太郎は『お前行き成り何を言い出すんだ!』と心の中で言いながら驚きと抗議の声を上げる。

「お前もう少しは言葉を選べよ。それじゃまるで小枝さんが行為に王子大輝君を押したように聞こえるじゃないか!」

「え、違うのですか?」

「違うのですかって、お前。階段で足をたまたま滑らせた王子大輝君が小枝さんにぶつかってしまい、そのまま階段下に転落したと聞いているぞ。だから小枝さんは行為にぶつかった訳じゃないんだよ。あれは偶然に起きた事故だったんだよ。そうですよね、小枝さん」

 相手を気遣う余りつい王子大輝が小枝愛子にぶつかって階段から落ちたと言ってしまったが、実は反対である事を勘太郎は知っている。その気遣い溢れる勘太郎の言葉に、小枝は声を震わせながら二人を見る。

 ま、不味い。やはり泣いちゃうかな。

 そんな勘太郎の思いに反して小枝愛子は、涙目になりながらも震える声で必死に自分の知る真実を話す。

「ち、違います……違うんです。王子君が私にぶつかって来た訳じゃないんです。私が、この私が王子君にぶつかったんです。だから王子君は私をかばって階段を落ちて……それで……それで……王子君は……」

「ある人の証言によれば、あなたは誰かに後ろから蹴られた弾みに王子大輝君にぶつかって階段から落ちたとも聞いていますが、それは事実ですか」

「は、はい、本当です。私後ろから誰かに蹴られて、その弾みで王子君にぶつかって階段から落ちたんです。でもこの話をしても先生達は誰一人として信じてはくれませんでしたけどね」

 そこまで言うと小枝愛子の目から大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。

「もういい、もういいですから、すいませんでした。うちの者がデリカシーの無い事を言ってしまって。彼女も本意で言っている訳では無いので気にしないで下さい」

 そんな勘太郎の言葉など全く汲む様子のない羊野は、強い言葉で再度小枝愛子に話しかける。

「あなたの方から王子君にぶつかってその弾みで王子君は階段から落ちたと言っていましたが、それだけで人は死に至るような転び方をするでしょうか。各階の階段の区切りの長さも十四階段しかありませんし、余程運が悪くて打ち所が悪かったのなら仕方ありませんが、ただ転んだだけなら人は防御本能で無意識に手でガードするとも聞いています。それが出来なかったと言う事は両手に何か重い物を持っている時にぶつかったか、或いは何か別の強い力で外側から押された小枝さんがそのまま王子君にぶつかった時だけですわ。先程の貴方がした話では、王子君にぶつかった貴方を王子君自らが身を挺して貴方をかばったらしいじゃないですか。だとしたら貴方と共に王子君は階段を転がり落ちた事になります。つまり貴方を階段から守る為に王子君の両手は塞がっていた。だから王子君は自らの頭を守る事が出来なかった」

「そうです。その通りです。王子君は私をかばって階段を落ちたんです。だから王子君が死んだのは私のせいなんです!」

「でもそれだけではありませんよね。そうでなけねば貴方の目の奥にあるドス黒い憎しみの眼差しの意味の説明がつきません。その目はただ罪の意識を感じている者がする目じゃないですよね。貴方がその目をしていた時は、丁度黒鉄さんがあの五人の不良グループ達が絶望王子に襲撃を受けたと言う話の時でした。それを聞いてた貴方はやけに興奮していましたよね。最初は黒鉄さんが感じた用に同じく虐められていた王子大輝君に同情しているだけかとも思いましたが、その目の奥にあるくすぶりがどうしても気になった物ですから、あの不良グループ達が王子大輝君に関わっていると言う事実をどうしても貴方の口から聞きたかったのですよ」

 羊野の奴、俺が小枝愛子に感じていた事に気付いていたのか。だからあんな心ない言葉で彼女の心を揺さぶって話を聞き出したかったんだな。上手く小枝愛子が感情を高ぶらせてくれたからいいような物の、もしも逆に罪の意識から悄《しょ》げてしまったら何も聞き出すことが出来なかったかも知れない。本当に危なかしくて、危険な賭だぜ。いいや、もしかしたら羊野にはその事に触れたら小枝愛子は必ず真実を語るという確信があったのかも知れない。小枝愛子はただ弱いだけの臆病で泣き虫の女性では無いと見抜いたからこそ出来た羊野なりの荒療治だったのかも知れない。その反面、仲間思いで優しくそして情の厚い女性である事は認めざる終えないが……その思いが憎しみや復讐心へと変わったら取り返しの付かない事になるかも知れない。まあ、あの不良達のせいでいろんなわだかまりやストレスは常に感じているだろうから、どうしようも無い事なのだが。

「それでは、ここからが本当に聞きたかった事です。小枝愛子さん。貴方を王子大輝君の方に突き飛ばした人物は一体誰なんですか。そう思っているからこそあなたはあの不良グループ達を恨んでいるんですよね」

「毛嫌いしているのなら分かるが、小枝愛子はあの不良グループ達の事を恨んでいるのか。まあ、行為に小枝さんを王子大輝君の方にぶつけてそれが元で王子君が死ぬ原因になったのなら彼らを恨んでいても当然か。でも羊野の言う用にあの不良グループの誰かが小枝さんを本当に突き飛ばしたと言うのなら、誰が小枝さんを突き飛ばしたのかを是非とも教えて下さい」

 そう熱望する羊野と勘太郎の問いに、小枝愛子が感情を高ぶらせながら応える。

「私を突き飛ばした人の姿を、実は私は見ていません。一年前のお昼休みのあの時、私は裏階段の四階を上っている時に階段付近でいじめを受けている王子大輝君とそれを取り囲んでいる不良達に会ったんです。そこにいた不良グループのメンバーは、天野良夫君・綾川エリカさん・大鬼力君・玄田光則君・金田海人君・そして最後に近藤正也君を入れた六人がいました」

「不良学生達が六人に、イジメを受けていた王子大輝君に、たまたまそこに通りがかった小枝愛子さんを入れての八人ですか。近藤正也君の証言と同じですね」

「不良達に絡まれている王子君を見た時、金田君がふざけて王子君の顔の前で金属バットをまるで掠る用にわざとスイングして振り回していたのを覚えています」

「金属バットだと。確か金田海人君が黒い防空頭巾の学生通り魔に襲撃された際に手酷い一撃を背中に受けたトドメの凶器が確か金属バットだったよな。王子大輝君が階段から落ちて死に至った伏線の凶器にもなっているのか。だとしたらわざわざ金田海人君にだけこの金属バットの一撃をお見舞いしたのには何か意味があるのかもしれないな」

「私はそんな金田君の危険な迷惑行為を階段下で見上げて見ていると、スイングを止めた金田君と天野君が笑顔で通っていいと手招きをするので、安心した私はその場を逃げるようにして一気にその階段を駆け上がろうとしたんです。だって私には虐められている王子君を助ける事は出来ませんし、それに何よりあの不良グループ達の矛先がいつ私に向くか分かりませんでしたから」

「それだけあの不良グループ達は、生徒達から恐れられていると言う事か」

「でもそれは彼らが仕組んだ誘いの罠でした。私が王子君の傍まで来ると行き成り金田君が私の顔の前でスイングの真似事をしたんです。そのスイングは私の顔の前で止まりましたが、私は驚きと恐ろしさの余りに足がよろけて隣にいた王子君に寄りかかってしまったんです」

「それでどうなりました。あなたと王子君はそのまま階段から足を踏み外したのですか」

「いいえ、王子君は倒れそうになっている私を支えて寸前の所で踏みとどまっている用でした。私、助けて貰っても申し訳なかったから直ぐに王子君から離れようと思ったんですけど……態勢を立て直そうとしたした時に誰かに背中を思いっきり蹴られたんです」

「背中を思いっきり蹴られたって一体誰にですか」

「分かりません。私は王子君の方を向きながらもたれかかっていましたし、行き成りだったので振り向く暇もありませんでした。でも私の後ろにはあの六人の不良グループ達しかいませんでしたから、あの六人の内の誰かだと言う事だけは確かです!」

「その後、王子君共々階段から転げ落ちた小枝さんは、気付いた時にはあなたは軽傷で王子君だけが重傷を負っていたと言う訳ですか」

「王子君は階段を転げ落ちる際に、自分の体を顧みずに両手で私を守ってくれましたから」

「そんな貴方たちを見ていたその六人の不良達はどうしてましたか」

「あの不良グループ達はそんな私達を見て、まるで蔑む様な眼差しで私達をケラケラと笑っていました。ちょっとした怪我で大袈裟だ~とか、面白い落ち方をしたな~とか、死ななくて残念だとか……いろいろと言っていました……」

 あの当時の事故を語っていた小枝愛子の目がまた死んだ魚のような眼差しになる。

「その直ぐ後に近くを通りかかった用務員さんの叔父さんが谷口先生に知らせてくれましたけど、保健室のベットに寝かせられた王子君は何故か病院には行かずに二時間ほど保健室に放置されていたと思います。私はてっきり王子君は直ぐに救急車で運ばれて病院にいる物だとばっかり思っていましたから、二時間経過しても病院には行ってはいないという話を聞かされて先生達は何を考えているのかと思った程です」

「なんか噂では、谷口先生が独断で王子大輝君の救急車の搬送を遅らせたとか」

「その真相は分かりませんが、王子君の病院への搬送が二時間ほど遅れた事実だけは確かなようです。でもこの話は何故か警察や病院の方には時間が改ざんされて伝わっているみたいなので谷口先生の責任にはなっていないみたいですがね」

「それが原因で王子大輝君は死亡したと小枝さんはそう言いたいのですね」

「もし階段から落ちた王子君をもっと早く病院に搬送していればもしかしたら王子君は助かったかも知れません。ですがあの不良達は面白半分に私達を階段から蹴落とし……そして本来生徒を守る立場の先生でさえも(天野君のご両親にゴマを擦ろうとしたのかは知りませんが)王子君を見殺しにした!」

「なるほど、だとしたらそんな王子大輝君の状況や死の真相を知っている……かも知れない絶望王子とは一体何者なのでしょうか。不良グループ達の中にいないのなら、その真相を知っている人物は、元い彼らを恨んでいる人物は当然あなた一人と言う事になりますよね」

「はい、そうなりますね」

「もしかして貴方が金田海人君や近藤正也君を襲った絶望王子なのですか?」

 その緊迫した羊野の問いに小枝愛子は頭を下に下げながら答えを渋っている用だったが、最初に言葉を発したのは悲しげな笑顔を向けた小枝愛子の方だった。

「ふふふ、もし私が本当にあの金田海人君を意識不明の重体に追い込んだ絶望王子ならどれだけいいか。あの不可思議な力があるんなら残りの不良達にも復讐が出来るかも知れませんね」

「復讐って……小枝さん、あなたは……」

 その小枝の言葉に今度は話を黙って聞いていた勘太郎が驚く。それだけ彼女の抱える心の闇が深そうだったからだ。

「誰も触れていないのに勝手に階段から落ちる階段落下現象。あの絶望王子が使う謎の怪奇現象らしいじゃないですか。もしあの絶望王子の正体が死の世界から舞い戻った王子大輝君なら、あの階段落下現象での被害者達の死傷も納得が行くと言う物です」

「そんな考えは持つ物じゃ……」

「ないとでも言いたいのですか。でも安心して下さい。私は絶望王子ではありませんし、そんな不可思議な力も持ってはいませんから。あなたの目の前にいるのは……弱虫で、役立たずな、ただの女子高生です。それにもし絶望王子があの不良達を襲うのだとしたら当然王子大輝君が死ぬ原因となったこの私も殺される可能性は十分にありますよね」

「なっ……それは」

 その投げやりな小枝の自虐的な言葉に、勘太郎は掛ける言葉を失う。

「でもいいんです。私は一度王子大輝君にこの命を救われましたから今もこうしてのうのうと生きているだけで、王子君が本当は私を殺したい程に恨んでいると言うのなら、私はただそれに従うまでの事です。だって本来の私はあの階段事故で死んでいたかも知れないのですから。だから私は彼にいつ殺されてもいいんです」

「小枝さん、あなたは王子大輝君に命を救われた見たいですが、その心はまだ救われてはいないのですね。王子君の命と引き換えに助けられた事で貴方の生き方や考え方は大きく変わってしまった。だけど、あなたにそんな思いをさせる為に王子君は貴方を助けた訳じゃ無いと俺は思います。その罪に苦しんでいる貴方をあの絶望王子が……王子大輝君が殺そうとするはずがありません。絶対にです!」

「探偵さんは優しいんですね。でももう駄目なんです。日増しに後悔と悪意だけが私の心をむしばんでいく。もう苦しいんですよ!」

 その悪意に満ちた小枝愛子の自虐に勘太郎の体は震え上がる。この小枝愛子と言う女子高生は心に悲痛と罪悪感を抱えるあまりに、人を恨む事で心の正当性を図る事を覚えた用だ。その姿は余りにも痛々しく悲しげで、勘太郎はそんな彼女を問い正す事は出来なかった。

 そんな暗い思いに浸っていると、勘太郎の隣にいた羊野が行き成り緊迫した足取りで入り口の引き戸の前まで走り寄る。

 羊野が近づくと、少し空いた引き戸の隙間からまるで慌てた用にして誰かが逃げ出して行くのを勘太郎は見逃さなかった。

 あれは……まさか?

 密かに覗いていた謎の人物の気配を追いながら羊野が勢いよく引き戸の扉を開けると、廊下に続く四階フロアの裏階段まで一気に走り抜ける。

「どうした、羊野!」

 羊野の後を追い勘太郎が裏階段に駆け付けると、その謎の人物はもう既に三階のフロア付近に逃げ込んだ後だった。

「このまま追いますか、黒鉄さん」

「いいや、止めておこう。科学部の部室を覗いていた人物が誰なのかは大体分かった事だし、無理に追いかけなくてもいいだろう。後で事情はいつでも聞ける事だしな。それにしても……もうそろそろ四時間目の授業が始まろうとしている時に、あの格好で覗き見とは流石に目立つだろう」

「姿形の事で私がとやかく言う事は出来ませんが、その覗いている姿を他の生徒達が見たら絶対に怪しいと思うでしょうね」

「江東第一高校の……今現在の絶望王子こと内田慎吾。科学部の部室を……いや俺達の話を盗み聞きなんかして一体何を考えているんだ?」

 思いも寄らなかった人物の出現に勘太郎と羊野はいろいろと彼の不可思議な行動を考察するが、もう既に時間切れだったらしく時計の針は昼の十二時になってしまう。
 そんな時間の訪れを知らせるかのように学び舎の校内には四時間目の授業を知らせるチャイムがいつまでも鳴り響くのだった。
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