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第三章 『汚れた天馬』 最強の武闘派の狂人現る。人を自由に空から落とす事ができる天空落下トリックを操る狂人・強欲なる天馬との推理対決です!
3-5.天馬寺と地下フロアの謎
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5
『報告します。朝早くにこの天馬寺から逃げ出した人物の名は池田茂雄と言う三十代の信者です。四方を断崖絶壁で囲まれたこの山から逃げ出す事は先ず出来ないと思われるのでこの天馬寺の周辺の建屋か林の何処かに隠れている物と思われます。なので他の信者達と共に総力を挙げて目下捜索中です』
時刻は十三時三十分。
高田傲蔵和尚との話が終わった勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の三人は天馬寺の玄関の前にいた。途中玄関前まで送ってくれた有田道雄修行僧が今現在逃げていると思われる山田茂雄なる人物の話をしてくれたが、その人物がなぜ逃げているのかまでは教えてはくれなかった。
「では私もそろそろ修行の時間がありますのでこれにて失礼させていただきます。皆さん気をつけて帰って下さい。あ、桃花さん。またいつでも天馬寺を訪れて下さいね。もしかしたらいつかお父さんに会える日が来るかも知れませんからね」
何やら気味悪い視線を向けながらその場を去る有田道雄修行僧を見送った春ノ瀬桃花は、勘太郎と羊野にある提案をする。
「お願いです。今から私と共にこの天馬寺周辺の何処かにいると思われるお父さんを……春ノ瀬達郎を探して下さい!」
その必死な願いに勘太郎は正直どうしようかと一瞬悩んだが、探偵助手の羊野がかなり乗り気なこともあり仕方なく春ノ瀬達郎の捜索を手伝うことにした。
「それで、俺達に父親の捜索を頼むくらいだから当然春ノ瀬達郎さんの大体の居場所は調べてあるんでしょうね。ただ闇雲にこの天馬寺周辺を探すのは流石に効率も悪いし無理があると思うんだけど」
「その辺りは抜かりはありません。初めからあの高田傲蔵和尚が素直に交渉でお父さんを帰してくれるとは思ってはいませんから。この後で上手く天馬寺周辺に潜入するのが本来の目的だったのですよ」
「だったのですよって、春ノ瀬桃花さん。交渉で折り合いを付けるのでは無く、初めから力ずくでお父さんを奪還するのが目的だったのですか」
「勿論そうです。だってあの高田傲蔵和尚と話し合いで解決出来るくらいなら、もうとっくの昔に解決していますからね」
「それが出来なかったからこそ力押しでお父さんを奪還しようと、そう思い至ったと言う訳ですか。つまり俺達は春ノ瀬桃花さんの邪魔をする障害を排除するサポート役が本来の仕事と言う訳ですね」
「はい、つまりはそう言う事です。今まで何度もお父さんに会わせて下さいと頼みに行ったのですがいつも高田傲蔵和尚や有田道雄さんに軽くあしらわれてまともに話を聞いてもくれませんでした。私がまだ子供でいくらでもだまくらかせると思っているからこそまともに話すら聞いてくれなかったのだと思います。だからもう強行突破しか道はないんです」
「なるほど、つまり初めから俺達には話し合いで何とかしてくれるとは期待してはいなかったと、つまりはそう言いたいのですね」
「あの高田傲蔵和尚と話し合いで全てを解決するつもりなら探偵では無く優秀な弁護士を連れて天馬寺に行きますよ。なのでここからが本番だと思っていて下さい」
いやいやいや、俺達をわざわざこの地まで連れて来て置いてよく言うぜ。探偵は都合のいい便利屋じゃ無いんだぞ! と直接言ってやりたかったが、恐らく当の春ノ瀬桃花も初めから父親の奪還しか方法は無いと思っていた節があるので、この計画を思い至ったのだろうと推察される。
そんな複雑な思いを抱きながら勘太郎は、行動を開始する春ノ瀬桃花の後ろについて行く。
信者達の目を避けながらしばらく歩くと春ノ瀬桃花・勘太郎・羊野の三人は天馬寺の裏手にある倉庫の前に辿り着く。その倉庫の裏手には目を眩むけたくなる程の高い岩肌が聳え立っていた。
「うお~っ、高いな。倉庫の裏手は断崖絶壁になっているのか。この山の高さからして、ざっと200メートルはあるな」
「いえ、この山の高さは230メートルはあるみたいですよ。前にお父さんからそう聞いたことがあります」
「に、230メートルか……滅茶苦茶高いじゃないか」
「東京の池袋にあるサンシャイン60ビルの高さが240メートルですから、それより少し低いくらいでしょうか」
勘太郎のつい口から出た呟きに春ノ瀬桃花が得意げに答える。そんな二人のやり取りを羊のマスク越しに見つめていた羊野は倉庫のドアノブをガチャガチャと鳴らしながらドアに鍵が掛かっている事を確認する。
「鍵が掛かっているみたいですが、本当に貴方のお父さんはこの倉庫の中にいるのですか。とても人がいる様には見えないのですが。これと言って人の気配も感じないですし?」
「この倉庫はただの入り口です。お父さんから聞いた話ではこの倉庫の中には地下に通ずるエレベーターが合って、そこから地下の修行フロアに行く事が出来るのだそうです」
「なるほど、つまりはここの鍵をこじ開けるなりぶち壊すなりしないとその地下に通ずると言う修行フロアには行けないと言う訳ですか」
「そう言う事です。何せ地下に通ずるその道はこの倉庫の中にある一本道しかない見たいですからね」
その春ノ瀬桃花の言葉を聞いた羊野は、白いロングスカートの両太股辺りにあるファスナーをゆっくりと開けるとその中からある得物を勢いよく引っこ抜く。その両手には大きくて長い打ち刃物の業物の包丁がしっかりと握り締められていた。
羊野は右手に持っている包丁の柄を頭上に振り上げながらドアを叩き破る態勢を取る。
「お、おい、羊野、お前一体何をするつもりだ。まさかとは思うがこのドアを叩き壊すつもりじゃないだろうな。間違ってもそんな事はやめろよ。そんな事をしたら間違いなく器物破損で弁償しなきゃいけなくなるだろうが!」
「でもこのドアを叩き壊さないと中には入れないでしょ」
「いや、他に方法はいくらでもあるだろう。お前の選択肢にはドアを叩き壊す以外の考えはないのかよ!」
「だってその方が手っ取り早いですし、他の方法を考えるのはなんか面倒くさいですわ」
「面倒くさいって、お前なぁ……ここの所タダでさえ財政が厳しいのに、依頼を受ける度に毎回器物破損で訴えられでもしたら間違いなく我が黒鉄探偵事務所の財政が逼迫してしまうわ! 少しは自分の行動を慎めや!」
「なら一体どうするんですか。こんな所でいつまでも立ち往生していたら流石に誰かに怪しまれますよ」
この状況をいつ信者達に目撃されるかとハラハラしながら勘太郎が羊野の行動を止めていると倉庫のドアの中から「こんな所でまだうろついていたのか。仕方の無い奴らだ、全く!」と言う甲高い男の声が三人の耳へと響く。勘太郎達はその男の声に聞き覚えがあった。
倉庫の内側から鍵を開けて出て来たのは、ついさっきまで天馬寺の本堂で共に話をしていた天馬寺の主、高田傲蔵和尚その人だった。
いつの間に地下室に移動していたんだと勘太郎が思っていると、そんな疑問に答えるかの用に高田傲蔵和尚が話し始める。
「やはり帰らずにこの辺りを探し回っていたか。これ以上この寺中を動き回られたら流石に他の信者達の修行の邪魔じゃからな。仕方が無いからルールを若干曲げて春ノ瀬桃花の父親・春ノ瀬達郎修行僧を急遽連れて来てやったぞ。わざわざ外から部外者も連れて来ている事だし今回は特別じゃ、天馬様の慈悲深さに感謝するんじゃな」
そう高田傲蔵和尚が言うとその後ろから、三十代後半くらいの年齢と思われる一人の男が現れる。修行着から見えるその体は少し痩せ型だが、その引き締まった体は無駄の無い筋肉と体型を維持していた。所謂細マッチョと言う部類の筋肉である。
激しい修行をしていたせいか頭の髪はボサボサに伸びきり髭も伸び放題になっていたが、その汚らしい外見を気にする様子も無いその男は目を覆う黒髪の隙間から勘太郎と羊野を見るとその視線を直ぐさま春ノ瀬桃花に向けて溜息をつく。
「はあぁぁ~っ桃花、私がいずれ迎えに来るまでこの天馬寺には絶対に来るなと、あれほど口が酸っぱくなるくらいに言っていただろう。なのにどうしてお前は私の言う事を聞かずにここにいるんだ。ちゃんと子供施設の入居所にいないと駄目じゃないか」
その男の言葉に春ノ瀬桃花は声を震わせながら涙ぐむ。
「で、でもお父さんが……中々帰って来ないから……」
「この修行は後二~三年は掛かるからそれまでは誰にも会えないと、修行に入る前にちゃんと説明はしただろう」
春ノ瀬桃花の態度とこの男の話しぶりからしてこの人物が春ノ瀬桃花の父親春ノ瀬達郎だと言う事は直ぐに分かるが、今の親子の話のやり取りからして何だか少し様子が変だ。何故なら今まで春ノ瀬桃花が言っていた事とその父親でもある春ノ瀬達郎の言っている事がまるで噛み合わないからだ。
確か……春ノ瀬桃花の話では、春ノ瀬達郎はこの天馬寺から一刻も早く逃げ出したいと考えているので是非とも力を貸して貰いたいと言う理由で勘太郎と羊野に依頼をしたはずなのだが、今の話の流れから察するにどうやら当の春ノ瀬達郎には天馬寺から出る意思はさらさら無い用だ。つまりは父親の意思とは関係なく春ノ瀬桃花が勝手に決めた依頼の様だ。
勘太郎はその事実を確かめるべく春ノ瀬親子の間に割って入る。
「何だか話の行き違いがあるみたいですがここはお互いに落ち着いて話し合う為にも何処か静かな所で我々だけでお話をしたいのですがよろしいでしょうか」
「あなた方は?」
「あ、申し遅れました、市役所から調査の為に来ました生活保護課の黒鉄勘太郎と言う物です。ご近所からの通報で春ノ瀬桃花さんが一人で家で暮らしていると報告がありましたから調査に来たのですよ。そして私の隣にいる羊のマスクを被った如何にも怪しい女性が……っ」
そう勘太郎に振られて羊野は一歩前にでる。
「今回春ノ瀬桃花さんから直接依頼を受けて来た黒鉄探偵事務所の探偵助手、羊野瞑子と言う者ですわ。どうぞお見知りおきを」
「羊野瞑子……黒鉄探偵事務所ね?」
「どうかしましたか」
「いいや、どこかで聞いた事がある様な気がしたんだがやっぱり気のせいかな。どこで聞いたのか全く思い出せないや」
「まあ、他人の空似と言う事もありますからね、誰かと間違えているのかも知れません」 羊のマスクの中から聞こえる可愛らしい声に勘太郎は心の中で反論する。他人の空似って、そんな奇妙な成りをして一体誰と間違えるんだよと。
「黒鉄勘太郎と名乗るくらいですから私はてっきりこの生活保護課の男性の人が黒鉄探偵事務所の人かと思っていたのですが違うのですか?」
「はい、たまたま探偵会社の会社名と俺の名字が同じだったみたいですね。こんな偶然ってあるんですね」
ついうっかり本名を語ってしまったとばかりに必死に辻褄を合わせる勘太郎の言葉に春ノ瀬達郎が納得していると、そんな痴話話などどうでもいいとばかりに羊野が目の前にある倉庫の話をする。
「そんな事よりも春ノ瀬達郎さん。貴方は今高田傲蔵和尚と共にこの古びた倉庫の中から出て来ましたがこの中は一体どうなっているのですか。春ノ瀬桃花さんの話によればこの倉庫の内部には謎の地下に通ずるエレベーターがあるという噂ですが、それは本当ですか。もしよろしければ少し中を見学させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「いえいえ、それは流石に困ります。この中を見る事は宗教上の理由から出来ないことになっていますから。この中に入れるのは一部の信者と高田傲蔵和尚と修行僧だけですから」
「そうなんですか。ちょっと興味が出て来たのに……少し残念ですわ」
「そうですね。俺も参考までに中の様子を見てみたかったですよ」
如何にも態とらしく語る勘太郎と羊野の態度に怪訝な表情を見せていた春ノ瀬達郎だったが、直ぐに笑顔を見せながら勘太郎の要求に応える。
「分かりました、ではこの天馬寺の中にある個室の客間を使わせて貰う事にしましょう。流石に私自らがこの天馬寺を出る訳にはいきませんから」
その言葉を聞いた勘太郎と羊野は小さな声で『ちっ』と舌打ちをする。どうやら二人の考えではこのまま外に連れ出して何とか言いくるめるつもりだったのだろうが当てが外れた様だ。
そんな思惑が渦巻いている事など梅雨とも知らない春ノ瀬達郎は自分の考えを高田傲蔵和尚に確認する。
「と言う訳で高田傲蔵和尚、ここの客間をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そう言う事なら好きに使うといい。そのつもりでお前をわざわざ地下に呼びに行ったのだしな」
そう言うと高田傲蔵和尚は仕方が無いとばかりに大きく溜息をつくのだった。
『報告します。朝早くにこの天馬寺から逃げ出した人物の名は池田茂雄と言う三十代の信者です。四方を断崖絶壁で囲まれたこの山から逃げ出す事は先ず出来ないと思われるのでこの天馬寺の周辺の建屋か林の何処かに隠れている物と思われます。なので他の信者達と共に総力を挙げて目下捜索中です』
時刻は十三時三十分。
高田傲蔵和尚との話が終わった勘太郎・羊野・春ノ瀬桃花の三人は天馬寺の玄関の前にいた。途中玄関前まで送ってくれた有田道雄修行僧が今現在逃げていると思われる山田茂雄なる人物の話をしてくれたが、その人物がなぜ逃げているのかまでは教えてはくれなかった。
「では私もそろそろ修行の時間がありますのでこれにて失礼させていただきます。皆さん気をつけて帰って下さい。あ、桃花さん。またいつでも天馬寺を訪れて下さいね。もしかしたらいつかお父さんに会える日が来るかも知れませんからね」
何やら気味悪い視線を向けながらその場を去る有田道雄修行僧を見送った春ノ瀬桃花は、勘太郎と羊野にある提案をする。
「お願いです。今から私と共にこの天馬寺周辺の何処かにいると思われるお父さんを……春ノ瀬達郎を探して下さい!」
その必死な願いに勘太郎は正直どうしようかと一瞬悩んだが、探偵助手の羊野がかなり乗り気なこともあり仕方なく春ノ瀬達郎の捜索を手伝うことにした。
「それで、俺達に父親の捜索を頼むくらいだから当然春ノ瀬達郎さんの大体の居場所は調べてあるんでしょうね。ただ闇雲にこの天馬寺周辺を探すのは流石に効率も悪いし無理があると思うんだけど」
「その辺りは抜かりはありません。初めからあの高田傲蔵和尚が素直に交渉でお父さんを帰してくれるとは思ってはいませんから。この後で上手く天馬寺周辺に潜入するのが本来の目的だったのですよ」
「だったのですよって、春ノ瀬桃花さん。交渉で折り合いを付けるのでは無く、初めから力ずくでお父さんを奪還するのが目的だったのですか」
「勿論そうです。だってあの高田傲蔵和尚と話し合いで解決出来るくらいなら、もうとっくの昔に解決していますからね」
「それが出来なかったからこそ力押しでお父さんを奪還しようと、そう思い至ったと言う訳ですか。つまり俺達は春ノ瀬桃花さんの邪魔をする障害を排除するサポート役が本来の仕事と言う訳ですね」
「はい、つまりはそう言う事です。今まで何度もお父さんに会わせて下さいと頼みに行ったのですがいつも高田傲蔵和尚や有田道雄さんに軽くあしらわれてまともに話を聞いてもくれませんでした。私がまだ子供でいくらでもだまくらかせると思っているからこそまともに話すら聞いてくれなかったのだと思います。だからもう強行突破しか道はないんです」
「なるほど、つまり初めから俺達には話し合いで何とかしてくれるとは期待してはいなかったと、つまりはそう言いたいのですね」
「あの高田傲蔵和尚と話し合いで全てを解決するつもりなら探偵では無く優秀な弁護士を連れて天馬寺に行きますよ。なのでここからが本番だと思っていて下さい」
いやいやいや、俺達をわざわざこの地まで連れて来て置いてよく言うぜ。探偵は都合のいい便利屋じゃ無いんだぞ! と直接言ってやりたかったが、恐らく当の春ノ瀬桃花も初めから父親の奪還しか方法は無いと思っていた節があるので、この計画を思い至ったのだろうと推察される。
そんな複雑な思いを抱きながら勘太郎は、行動を開始する春ノ瀬桃花の後ろについて行く。
信者達の目を避けながらしばらく歩くと春ノ瀬桃花・勘太郎・羊野の三人は天馬寺の裏手にある倉庫の前に辿り着く。その倉庫の裏手には目を眩むけたくなる程の高い岩肌が聳え立っていた。
「うお~っ、高いな。倉庫の裏手は断崖絶壁になっているのか。この山の高さからして、ざっと200メートルはあるな」
「いえ、この山の高さは230メートルはあるみたいですよ。前にお父さんからそう聞いたことがあります」
「に、230メートルか……滅茶苦茶高いじゃないか」
「東京の池袋にあるサンシャイン60ビルの高さが240メートルですから、それより少し低いくらいでしょうか」
勘太郎のつい口から出た呟きに春ノ瀬桃花が得意げに答える。そんな二人のやり取りを羊のマスク越しに見つめていた羊野は倉庫のドアノブをガチャガチャと鳴らしながらドアに鍵が掛かっている事を確認する。
「鍵が掛かっているみたいですが、本当に貴方のお父さんはこの倉庫の中にいるのですか。とても人がいる様には見えないのですが。これと言って人の気配も感じないですし?」
「この倉庫はただの入り口です。お父さんから聞いた話ではこの倉庫の中には地下に通ずるエレベーターが合って、そこから地下の修行フロアに行く事が出来るのだそうです」
「なるほど、つまりはここの鍵をこじ開けるなりぶち壊すなりしないとその地下に通ずると言う修行フロアには行けないと言う訳ですか」
「そう言う事です。何せ地下に通ずるその道はこの倉庫の中にある一本道しかない見たいですからね」
その春ノ瀬桃花の言葉を聞いた羊野は、白いロングスカートの両太股辺りにあるファスナーをゆっくりと開けるとその中からある得物を勢いよく引っこ抜く。その両手には大きくて長い打ち刃物の業物の包丁がしっかりと握り締められていた。
羊野は右手に持っている包丁の柄を頭上に振り上げながらドアを叩き破る態勢を取る。
「お、おい、羊野、お前一体何をするつもりだ。まさかとは思うがこのドアを叩き壊すつもりじゃないだろうな。間違ってもそんな事はやめろよ。そんな事をしたら間違いなく器物破損で弁償しなきゃいけなくなるだろうが!」
「でもこのドアを叩き壊さないと中には入れないでしょ」
「いや、他に方法はいくらでもあるだろう。お前の選択肢にはドアを叩き壊す以外の考えはないのかよ!」
「だってその方が手っ取り早いですし、他の方法を考えるのはなんか面倒くさいですわ」
「面倒くさいって、お前なぁ……ここの所タダでさえ財政が厳しいのに、依頼を受ける度に毎回器物破損で訴えられでもしたら間違いなく我が黒鉄探偵事務所の財政が逼迫してしまうわ! 少しは自分の行動を慎めや!」
「なら一体どうするんですか。こんな所でいつまでも立ち往生していたら流石に誰かに怪しまれますよ」
この状況をいつ信者達に目撃されるかとハラハラしながら勘太郎が羊野の行動を止めていると倉庫のドアの中から「こんな所でまだうろついていたのか。仕方の無い奴らだ、全く!」と言う甲高い男の声が三人の耳へと響く。勘太郎達はその男の声に聞き覚えがあった。
倉庫の内側から鍵を開けて出て来たのは、ついさっきまで天馬寺の本堂で共に話をしていた天馬寺の主、高田傲蔵和尚その人だった。
いつの間に地下室に移動していたんだと勘太郎が思っていると、そんな疑問に答えるかの用に高田傲蔵和尚が話し始める。
「やはり帰らずにこの辺りを探し回っていたか。これ以上この寺中を動き回られたら流石に他の信者達の修行の邪魔じゃからな。仕方が無いからルールを若干曲げて春ノ瀬桃花の父親・春ノ瀬達郎修行僧を急遽連れて来てやったぞ。わざわざ外から部外者も連れて来ている事だし今回は特別じゃ、天馬様の慈悲深さに感謝するんじゃな」
そう高田傲蔵和尚が言うとその後ろから、三十代後半くらいの年齢と思われる一人の男が現れる。修行着から見えるその体は少し痩せ型だが、その引き締まった体は無駄の無い筋肉と体型を維持していた。所謂細マッチョと言う部類の筋肉である。
激しい修行をしていたせいか頭の髪はボサボサに伸びきり髭も伸び放題になっていたが、その汚らしい外見を気にする様子も無いその男は目を覆う黒髪の隙間から勘太郎と羊野を見るとその視線を直ぐさま春ノ瀬桃花に向けて溜息をつく。
「はあぁぁ~っ桃花、私がいずれ迎えに来るまでこの天馬寺には絶対に来るなと、あれほど口が酸っぱくなるくらいに言っていただろう。なのにどうしてお前は私の言う事を聞かずにここにいるんだ。ちゃんと子供施設の入居所にいないと駄目じゃないか」
その男の言葉に春ノ瀬桃花は声を震わせながら涙ぐむ。
「で、でもお父さんが……中々帰って来ないから……」
「この修行は後二~三年は掛かるからそれまでは誰にも会えないと、修行に入る前にちゃんと説明はしただろう」
春ノ瀬桃花の態度とこの男の話しぶりからしてこの人物が春ノ瀬桃花の父親春ノ瀬達郎だと言う事は直ぐに分かるが、今の親子の話のやり取りからして何だか少し様子が変だ。何故なら今まで春ノ瀬桃花が言っていた事とその父親でもある春ノ瀬達郎の言っている事がまるで噛み合わないからだ。
確か……春ノ瀬桃花の話では、春ノ瀬達郎はこの天馬寺から一刻も早く逃げ出したいと考えているので是非とも力を貸して貰いたいと言う理由で勘太郎と羊野に依頼をしたはずなのだが、今の話の流れから察するにどうやら当の春ノ瀬達郎には天馬寺から出る意思はさらさら無い用だ。つまりは父親の意思とは関係なく春ノ瀬桃花が勝手に決めた依頼の様だ。
勘太郎はその事実を確かめるべく春ノ瀬親子の間に割って入る。
「何だか話の行き違いがあるみたいですがここはお互いに落ち着いて話し合う為にも何処か静かな所で我々だけでお話をしたいのですがよろしいでしょうか」
「あなた方は?」
「あ、申し遅れました、市役所から調査の為に来ました生活保護課の黒鉄勘太郎と言う物です。ご近所からの通報で春ノ瀬桃花さんが一人で家で暮らしていると報告がありましたから調査に来たのですよ。そして私の隣にいる羊のマスクを被った如何にも怪しい女性が……っ」
そう勘太郎に振られて羊野は一歩前にでる。
「今回春ノ瀬桃花さんから直接依頼を受けて来た黒鉄探偵事務所の探偵助手、羊野瞑子と言う者ですわ。どうぞお見知りおきを」
「羊野瞑子……黒鉄探偵事務所ね?」
「どうかしましたか」
「いいや、どこかで聞いた事がある様な気がしたんだがやっぱり気のせいかな。どこで聞いたのか全く思い出せないや」
「まあ、他人の空似と言う事もありますからね、誰かと間違えているのかも知れません」 羊のマスクの中から聞こえる可愛らしい声に勘太郎は心の中で反論する。他人の空似って、そんな奇妙な成りをして一体誰と間違えるんだよと。
「黒鉄勘太郎と名乗るくらいですから私はてっきりこの生活保護課の男性の人が黒鉄探偵事務所の人かと思っていたのですが違うのですか?」
「はい、たまたま探偵会社の会社名と俺の名字が同じだったみたいですね。こんな偶然ってあるんですね」
ついうっかり本名を語ってしまったとばかりに必死に辻褄を合わせる勘太郎の言葉に春ノ瀬達郎が納得していると、そんな痴話話などどうでもいいとばかりに羊野が目の前にある倉庫の話をする。
「そんな事よりも春ノ瀬達郎さん。貴方は今高田傲蔵和尚と共にこの古びた倉庫の中から出て来ましたがこの中は一体どうなっているのですか。春ノ瀬桃花さんの話によればこの倉庫の内部には謎の地下に通ずるエレベーターがあるという噂ですが、それは本当ですか。もしよろしければ少し中を見学させて貰ってもよろしいでしょうか?」
「いえいえ、それは流石に困ります。この中を見る事は宗教上の理由から出来ないことになっていますから。この中に入れるのは一部の信者と高田傲蔵和尚と修行僧だけですから」
「そうなんですか。ちょっと興味が出て来たのに……少し残念ですわ」
「そうですね。俺も参考までに中の様子を見てみたかったですよ」
如何にも態とらしく語る勘太郎と羊野の態度に怪訝な表情を見せていた春ノ瀬達郎だったが、直ぐに笑顔を見せながら勘太郎の要求に応える。
「分かりました、ではこの天馬寺の中にある個室の客間を使わせて貰う事にしましょう。流石に私自らがこの天馬寺を出る訳にはいきませんから」
その言葉を聞いた勘太郎と羊野は小さな声で『ちっ』と舌打ちをする。どうやら二人の考えではこのまま外に連れ出して何とか言いくるめるつもりだったのだろうが当てが外れた様だ。
そんな思惑が渦巻いている事など梅雨とも知らない春ノ瀬達郎は自分の考えを高田傲蔵和尚に確認する。
「と言う訳で高田傲蔵和尚、ここの客間をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、そう言う事なら好きに使うといい。そのつもりでお前をわざわざ地下に呼びに行ったのだしな」
そう言うと高田傲蔵和尚は仕方が無いとばかりに大きく溜息をつくのだった。
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