134 / 222
第五章 『喰人魔獣』 東京内で襲う正体不明の魔獣が人々を恐怖のどん底に突き落とす。黒いライオンを操る狂人・暴食の獅子との推理対決です!
5-24.東京中を騒がせた魔獣事件の結末
しおりを挟む
24
「くそ、来るな。俺に寄るんじゃない! ゴロ助と違ってこの四匹の喰人魔獣は明らかに俺を追い詰めて噛み殺そうとする明確な殺意と意志を感じる。おそらくは相手を躊躇なく噛み殺せるように訓練を受けているのだろうが、これはかなりキツいぜ。肉体的にもかなり体力を持って行かれるし、精神的にも恐怖と緊張で精神をすり減らしそうだ。早くこの囲いを破って外に出ないと確実に噛み殺される!」
地面に落ちている古びた木製のモップを拾い上げた勘太郎はモップを振り回しながら四匹の喰人魔獣の接近を阻止するが、喰人魔獣達は一定の距離を取りながら勘太郎の回りをゆっくりと回る。
時折ランダムに襲いかかる素振りを見せる喰人魔獣達の動きに勘太郎の振り回すモップに力が入り、余計な体力と精神力を持って行かれてしまう。その明らかに人を襲う隙を伺っているその動きに、この犬達は獲物をじっくりと弱らせてから仕留めるつもりだと勘太郎は本能的にそう感じていた。
例えそうと分かってはいてもこの覆せない状況に勘太郎は内心かなり焦っていた。そんな勘太郎の耳に、暴食の獅子こと城島茂雄の声が辺りに響く。
「ふっははははは、無駄・無駄・無駄だ。この四匹の喰人魔獣達は確実に相手を仕留められるように獲物を狩る訓練を受けている。それはまさにあの本物の狼が何千キロも獲物を追いかけて弱らせてから確実に仕留めるのと同じようにな!」
なるほど、これは獲物を追い込む際の野生の狼達が良く使う狩りの仕方か。確かに犬達は元を辿ればその先祖は狼だからな。その相手を弱らす戦法で来るのは自然な事なのかも知れないな。猟師の飼い犬が獲物を追い込む際もおそらくはこんな感じなのかな。まあ、この犬達は飲み込みが早く従順なせいか的確で、如何にも組織だった動きをしているがな。と、とにかく今はできるだけ動いて時間を稼がねばな。
「ハア・ハア・ハア・ハア……」
早くも勝ち誇る城島茂雄の言葉に対し勘太郎は荒い息を吐きながら何とかこの状況を覆そうと思案を巡らせる。
だが現実はそう上手くは行かず、考える余裕すらも与えてはくれない喰人魔獣達が皆一斉に勘太郎に襲いかかる。
「ガッオオオオォォォォーン! ガッオオォォォォーン! ガッオオォォォォーン!」
「くそ、こいつらめ、来るな! よるな!」
持っているモッブで二匹の喰人魔獣は追い払ったが、残りの二匹が勘太郎が振り回すモップの先とズボンの裾の部分に噛みつく。その力強い噛みつきに身動きが出来なくなった勘太郎は必死に振りほどこうともがきながら懸命に叫ぶ。
「駄目だ、このままでは確実に殺されてしまう。くそ、考える余裕すらも与えてはくれないのか。この四匹の喰人魔獣達の追撃と牙から逃れる方法はもうどこにもないのか。この絶望的な状況……一体どうすればいいんだ!」
喰人魔獣達の最後の一斉噛みつき攻撃についに地面に倒された勘太郎はもうこれまでかと思いながらも「うわわぁぁぁぁぁぁ!」と大きな悲鳴を上げる。だが倒された際に天上の隙間の屋根からチラリと人の影が見えた事でその存在を確認した勘太郎はスーツの上から噛みつかれながらもその視線を、高みの見物をしている暴食の獅子に向ける。
「どうやら向こうもこの場にド派手に登場する準備が出来たようだからそろそろ呼ばせて貰おうかな。なにせこの狂人ゲームには黒鉄の探偵でもある俺だけでは無く、狂人には狂人をと言うのがセオリーだからな!」
そう息巻くと勘太郎は天井を見上げながら高らかに叫ぶ。
「こい、白い羊! 黒鉄探偵事務所の優秀な助手にして、俺との契約で共に円卓の星座の狂人達に挑み戦う事を約束した相棒よ!」
天井を見上げながら勘太郎が高らかにそう叫ぶと、天井のトタンの屋根が物凄い音を立てながら勢いよく破れ、その天上の穴から一人の人物が華麗に、そして豪快に勘太郎が瀬にしていた大きな冷蔵庫の上へと舞い降りる。
天上の穴から差し込む日の光と瓦礫を回りにまき散らしながら華麗に下り立つその姿に勘太郎は、まるで舞台に立つ白い妖精役の花形女優を見ているようだとそんな幻想をつい想像してしまう。だがその清純を表す白一色の衣服とは対照的にその顔に被る羊のマスクは如何にも不気味で、そのアンバランス差がその見た目の狂気を連想させていた。
パッリィィィィィーーン、ガラガラ、ドタン!
天井からダイナミックに現れた羊野瞑子のいきなりの登場に勘太郎に噛みついていた四匹の喰人魔獣達は皆一斉にその場から離れ、合流した羊野と勘太郎を囲みながらこちらの様子を伺う。
「お待たせしました。黒鉄さん。中々私の名を呼んでくれないので登場するタイミングを外してしまったのかと思いましたわ」
「派手な登場シーンで大変結構だが、もうお前の用事とやらは済ませたのか」
「はい、なんの問題も無く……準備は出来ましたわ」
「準備だと……一体なんの準備だよ?」
「まあ、そんな事はどうだっていいじゃないですか。そんなことよりです、今は目の前にいる四匹の喰人魔獣達とその奥に控えている暴食の獅子をどうにかしないとですわ」
白い羊のマスクから見える赤い眼光を羊野が徐に向けると、暴食の獅子こと城島茂雄が何やら異常に警戒をしながら羊野瞑子に話しかける。
「白い腹黒羊、久しぶりだな。お前とこうして会うのは三年ぶりか。あの頃は俺もお前も互いにかぶり物のマスクをしていたからその素顔は見えなかったが、こんな綺麗な真っ白なお嬢さんだったとはな。正直驚いたぞ。とてもあんな恐ろしくもいかれた力を持った狂人だとは誰も思わないからな」
「ホホホホ、暴食の獅子さん、お久しぶりです。いつぞやはどうも。また肉食獣に人間を襲わせてその陰険な殺しを楽しんでいたのですか。人が猛獣に食い殺される姿に異常な興奮を覚える精神的な疾患を持った狂人でしたか。まあ、私にはそんな趣味は当然持ってはいませんし理解もできませんが。まあ、納得はしていますよ」
「ハハハハハハハーッ、だろうな。お前は狂人達との謎解きや殺し合いに異常な興奮を覚える、あの腹黒羊だからな。お前はその俺達と狂った狂人ゲームをしたいが為に俺達が所属する円卓の星座の組織を裏切り、黒鉄の探偵に協力するような形で俺達の敵に回ったのだろう。そうだろう、違うか!」
「ホホホホ、さて、どうでしょうかね。私が円卓の星座の組織を抜けた理由は、ご想像にお任せしますわ」
「ふ、ぬけぬけといつものように涼しい声で言いやがって、お前は本当に昔から態度も口癖もいちいちむかつくんだよ。だがその中身が美しいお嬢さんだと分かっていたら、もっと早くに俺の操る猛獣達を使って殺しておくべきだったな。その白い肌に……俺様が被るライオンのマスクの牙が深々と食い込んだらと思うとつい興奮と感動を覚えてしまうぜ。一体お前はどんな声で悲鳴を上げてくれるのかな。それを考えると今から楽しみで楽しみでならないよ」
「あらあら、それはさぞかし痛そうですわね。でも私がそうなる前に、おそらくはあなたの方が先に死んでいると思いますので、そんなことは考える必要はありませんわよ。暴食の獅子さん。ホホホホホホーッ!」
「アッ……ハハハハハハハー。ハハハーっ!」
「ホホホホホーホホホホーホホホーッ!」
互いに見つめ合いながら不気味に笑い合うそんな二人の狂人の行動に勘太郎が息を飲んでいると、その不気味な均衡は突如として崩れ去る。
先に動いたのは、狂人・暴食の獅子こと城島茂雄の方だった。
荒い言葉が絶対的な命令となって四匹の喰人魔獣達に下る。
「行けぇぇぇ! こいつらを食い殺せぇぇーぇ! 喰人魔獣57号・58号・59号・60号!」
「ガッオオオーオォォォーン! ガッオオオオォォォォーン ガッオォォォォーン!」
喰人魔獣達が遠吠えを上げるような仕草をみせる度に首輪の辺りに仕掛けられている小型の機械が作動し、ライオンの遠吠えが録音されている音声がマイクから流れる。
喰人魔獣達の声は声帯が切られているせいか出すことが出来ないようなので犬としての本当の声を失った喰人魔獣達は、主人でもある城島茂雄に言われるがままに勘太郎と羊野の回りをグルグルと猛スピードで走り出す。
「く、来るぞ、羊野。これから一体どうするつもりなんだ?」
羊野は辺りに注意をしながら冷蔵庫の上から地面へとダイナミックにジャンプをすると華麗に勘太郎の横へと下り立つ。その後白いスカートの中から何かをゴソゴソと取り出した羊野はその二つの品物を勘太郎に手渡すと、まるで勘太郎を守るかのように前へと立つ。
そんな羊野の背中を見ていた勘太郎だったが、直ぐに手渡された物を見ながらこれからなにが起こるのかを直ぐさま連想し、そして想像してしまう。
「水中眼鏡に登山用の携帯型の酸素吸引管だとう。所謂酸素ボンベか……これってまさか!」
「フフフフ、あの四匹の喰人魔獣達はこの私が引き受けますから、黒鉄さんは暴食の獅子の方をお願いしますわ」
「俺が暴食の獅子の方を引き受けるのか」
「当然ですわ。私は言ったはずですよね。黒鉄さんは必ず暴食の獅子を捕まえるのだと。そしてあの西園寺長友警部補佐の鼻を明かしてやるのだと。そのまたとないチャンスが今まさに黒鉄さんの目の前に転がって来たのですから、これはもう覚悟を決めるしかないのではありませんか」
「まあ、確かにな」
「それに黒鉄さんには何やら考えがあるように、私には見えますがね」
「ふ、しょうがないな。じゃこれから差しで勝負をする為に今からあの暴食の獅子の元に向かうから、その邪魔なつゆ払いはお前に任せたぞ!」
「ええ、犬っコロの方は任せてください。今この場所から四匹とも追い払って見せますから、黒鉄さんはどうか悔いの残らない戦いをしてきて下さい。大丈夫ですわ。黒鉄さんなら、相手を観察し、ようく考えて、落ち着いて対処をすればきっと勝てますから。それにどうしても運悪く勝てないその時は、私が割って助太刀に入りますからどうか安心して下さい」
そう言うと羊野はゆっくりと喰人魔獣達の傍まで近づくと腰にぶら下げているポシェットから何かのスプレー缶のような物を取り出す。
そんな羊野の回りをグルグルと四匹の喰人魔獣達は走り回りながらその飛びかかる隙を伺っていたが、もう飛びかかれると確信したのか喰人魔獣達は皆一斉に羊野瞑子に向けて襲いかかる。
「ガッオオオオォォォォーン! ガッオオオオォォォォーン!」
そんな喰人魔獣達の動きに合わせるかのように羊野は小さく折りたたんである透明なビニールシートを広げると、その薄いビニールシートを頭から被りながらそのスプレー缶らしき物に備え付けられている留め金を一気に外す。
その瞬間、羊野の手元で小さな爆発が起こり、密閉された牛舎の中に白い煙が一気に流れ込む。
ドカンアァァァァァ! プシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「あ、あっぶねえー。間一髪、どうにか間に合ったぜ!」
羊野から手渡された水中眼鏡と携帯用酸素ボンベ缶を急いで装着した勘太郎はこの白い煙の正体を突き止めようと羊野の方にその視線を向けるが、そんな勘太郎よりも明らかな動揺を見せていたのは他ならぬ暴食の獅子こと城島茂雄の方だった。
城島茂雄は小刻みに体を震わせながら(直接喰らったのか)泡を吹きながら失神をしている喰人魔獣やその場所から猛スピードで外へと逃げる喰人魔獣達を見ながらその異常さに気づく。
「この強烈な、耐え難い程に酷い臭いは……ま、まさか!」
「あら、流石に私が何をしたのか、もう気付かれましたか」
「おのれぇぇぇぇ、白い腹黒羊ぃぃぃ!」
「ホホホホ、その答えがこれですわ!」
そう言って羊野が手元から見せたのは、何かの成分の入った一本のスプレー缶だった。
「げえぇぇ、この臭いは物凄く臭いぞ。羊野、お前しばらく俺に近づくなよ!」
「まあ、そんな心無い事を言われると、つい手元が狂って誤って黒鉄さんの体に掛かってしまうかも……ですわ」
「お前、やめろ、やめろよ、本当に。この殺人的にくさい臭いが俺の自慢のダークスーツに移るだろ!」
勘太郎と羊野がそんな言い争いをしていると、城島茂雄は明らかに苛立ちを見せながら再度羊野に聞く。
「白い腹黒羊、いいから答えろよ!」
「まあ、所謂、催涙弾のような類いの物ですわ。その特別な催涙ガスの入ったガス缶を黄木田店長に頼んで海外から急遽取り寄せて貰っていたのですよ。
「海外から急遽取り寄せただとう。ただの暴漢や痴漢撃退用の催涙剤ではないと言う事か。一体この催涙剤の成分は一体なんだ?」
「あの百獣の王のライオンすらも尻尾を巻いて逃げるとされるスカンクのおならですわ」
「ス、スカンクだとう。スカンクってあのおならの臭いが強烈な武器だと言う、あのスカンクのことか!」
「ええ、動物のあのスカンクですわ。スカンクは食肉目・スカンク科に属し、生息域は北アメリカから中央アメリカ・そして、南アメリカに生息している哺乳類です。そのスカンクの最大の武器でもあるおならの主な主成分は、チオール・メルカプタンと呼ばれる硫黄と水素の有機化合物で、世界一臭い物質とも言われています。これを犬やライオンがくらえば嗅覚を台無しにされ、二度とスカンクを襲わなくなると言う恐ろしい代物です。そしてこの悪臭が一度でも誤ってその成分が衣服に付着すれば、たとえ洗濯をしたとしても、もう二度と臭いが取れなくなると言われています。更にはその液体が目に入ればもしかしたら失明をする事だってあり得る、そんな代物です」
「くそ、俺はこのメタリカルな獅子のマスクを被っていたお陰で助かったのか。ちくしょう、ちくしょう、いくら犬笛を吹いても外に逃げ去った喰人魔獣達が一向に帰って来ない。この絶体絶命的な追い込まれた状況を一気に覆すとは……白い腹黒羊……お前は本当に油断のならない、いかれた狂人だよ!」
「ホホホホ、もっともいかれているあなたにそんな事を言われちゃったら私もおしまいですわね。でもまあ、褒め言葉として素直に受け取っておきましょうか」
そう言うと羊野は、勘太郎に視線を向けながら静かに話し出す。
これで宣言道理に喰人魔獣達の方はこの牛舎から追い払いましたから、暴食の獅子の方はお任せしますわ」
「ああ、任せろ。暴食の獅子……いや、城島茂雄さん。大人しくお縄について貰うぞ!」
「ふん、お前ごとき弱者に一体なにができると言うのだ。舐めるな、黒鉄の探偵!」
直ぐに怒りの声を上げた暴食の獅子は右手に持つ電気警棒をビリビリと激しく鳴らしながら、目の前まで来た勘太郎に向けて猛然と襲いかかる。
「くらえや!」
城島茂雄が振り下ろす電気警棒の一撃を寸前の所でなんとか交わした勘太郎は、手に持つ木製のモップを振り回しながら暴食の獅子に応戦する。
「この、これでもくらえ!」
そう叫びながら勘太郎が必死に振り回していたモップだったが、あっさりと暴食の獅子にそのモップを叩き落とされ、右手に持った電気警棒の一撃が勘太郎の頭上に振り下ろされる。
だがその電気警棒を持つ城島茂雄の右手を勘太郎が咄嗟にガッシリと掴むと、渾身の力を込めながら勘太郎は城島茂雄とその場で力比べをする。
電気警棒を振り下ろそうとする城島茂雄の右腕の力に対し勘太郎はどうにか両方の手の力で必死に応戦をするが、そんな勘太郎の顔の前には獅子舞に似たようなライオンの被り物の牙が口を大きく開けながらガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャンと何度もその機械音を響かせる。
「ハハハーッ中々しぶといな。だがここまでだ。黒鉄の探偵! この電気警棒から流れる電気ショックでその体を動けなくしてから、このかぶり物のライオンの口に備え付けられてある本物のライオンの牙を使って、お前を徹底的に噛み切り・噛み砕き・噛み潰し・噛み引きちぎる。そして最後は確実にその息の根を断って、噛み殺してやるぜ!」
城島茂雄はワザと殺害方法を言葉にしながら相手の恐怖心を仰ぎ、更なる力を電気警棒を持つ右手に込める。
「うっわわぁぁぁぁーっ、や、やめろぉぉぉ! やめるんだぁぁぁ! やめてくれぇぇぇーぇぇ!」
「ハハハハハハハーッ、後もう少しでお前の顔に俺の牙が届くぞ。俺が持つ電気警棒を直接その顔に叩き込まれるのが先か、それとも俺が被るライオンのマスクの牙で顔を食い破られるのが先か。これは中々の見物だぞ。その絶望と苦痛に歪む顔をもっと俺に見せてくれ!」
牛舎内の壁際に追い込まれて逃げることも出来ない絶体絶命の勘太郎に、羊野は態とらしく大きな溜息をつきながら冷めた感じて言う。
「はあ~っ。黒鉄さん、そんなショボい狂人を相手にいつまでも時間を掛け過ぎですよ。確実に相手の隙を狙いたいのは分かりますが、そんな猿芝居を長々と見せ付けられるこちらの身にもなって下さいな」
その羊野の言葉に城島茂雄が直ぐさま反応をする。
「猿芝居だと? だれがどう見ても黒鉄の探偵は今まさに大ピンチじゃないか。この死の間近な絶体絶命の状況がお前には分からないのか。白い腹黒羊よ。お前はこの黒鉄の探偵の事を過大評価しすぎなのだよ!」
「ホホホホ、暴食の獅子さんは本当にまだ気付いてはいないのですね。黒鉄さんがいくら弱くて情けなくても、こんなにあっさりと壁際に追い込まれる訳が無いじゃないですか。あなたが確実に油断をする、そんなつけいる隙を密かに狙っているのですわ」
「つ、つけいる隙だと!」
「ええ、今のように私の言葉にその意識が向いた……そんな隙ですわ!」
ハッとした暴食の獅子が再び勘太郎にその視線を戻したその時、獅子のマスクの口の中に行き成りある物が素早く突っ込まれる。
そのある物に咄嗟に噛みついた暴食の獅子に向けて勘太郎が耳元で囁く。
「これはゴロ助からの届け物だ。ようく噛み締めながら食えよ。さあ、受け取れ!」
そう言葉を口にした瞬間、勘太郎は暴食の獅子の体を力任せに蹴り飛ばす。
それと同時に暴食の獅子が被っているマスクの口が動き、ゴロ助の腹部に針金で固定されていた煙幕用の噴出缶を勢いよく噛み砕いてしまう。
こ、これは、煙幕用の……しまった。いつの間に!」
強い圧縮の力で噛み潰された煙幕用の噴射缶が見事に破裂し、大量の黒い煙幕で牛舎の中は瞬時に何も見えなくなる。
プッシュウ~ウウウウウウウ!
「くそ、やってくれたな、黒鉄の探偵。これじゃ何も見えないぞ。一体奴はどこに消えたんだ!」
羊野の言葉による誘導とその一瞬のチャンスを見逃さなかった機転で暴食の獅子の口の中に煙幕用の噴射缶を突き入れる事に成功した勘太郎は瞬時に暴食の獅子の前からその姿をくらますが、その状況を全く理解してはいない城島茂雄は軽いパニックを起こしながら今の状況を確認しようとひたすらに藻掻く。
「くそ、くそ、どこだ。どこに消えた黒鉄の探偵ぇぇ!」
そんな城島茂雄のパニックを勘太郎が見逃すはずは無く、直ぐさま羊野に命令をする。
「今だ、羊野。この牛舎内の中を閉ざしているカーテンを全て開けて、閉まってある窓ガラスも全て開けるんだ。早くしろ!」
「了解ですわ、黒鉄さん!」
勘太郎がそう叫ぶと、羊野は全てのカーテンが開けられたのと同時に全ての窓ガラスをその場で豪快に割って行く。
バリン! パリン! バキン! ガッシャン! バリィィィン
「な、なんだ、羊野、そのガラスを割る音は、まさか窓ガラスを割っているんじゃないだろうな。やめろ、やめろよな。もしもこの牛舎の窓代を本当の持ち主に請求でもされたらどうするんだよ!」
「大丈夫ですわ。きっと警察が代金を立て替えてくれますわ……たぶん……」
その甲斐があってか牛舎の中を覆っていたスカンクのおなら入りの催涙剤と黒い煙で覆っていた煙幕用の煙が外へと逃げ、その二つの気体が牛舎の中から外へと一気に流れ出す。
「くそ、視界がまだハッキリとは見えんぞ。一体どうなった?」
外からの空気の入れ換えで視界が徐々に晴れ、うっすらと牛舎の中の状況が見えて来た城島茂雄は、二~三歩ほど後ろに下がった所から不格好なオートマチック式の銃を構える勘太郎の姿をハッキリと見てしまう。その状況に気付いた城島茂雄は直ぐに相手の息の根を止める為に右手に持っている電気警棒を振り上げながら勘太郎に迫るがその瞬間、電気警棒を持っているはずの暴食の獅子の右手が大きな破裂音と共に後ろの方へと豪快に吹き飛ぶ。
バッシュウゥゥゥゥゥーン!
「ぎゃああああーぁぁぁーっ! 指があぁぁぁ!俺の右手の人差し指があぁぁぁ!」
暴食の獅子が持つ電気警棒がその威力と共に何処かに吹き飛ばされその視界から完全に消えた事をその身で分かる事になった城島茂雄は、折れた右手人差し指から来る強烈な痛みと次に発射される2発目の未知なる恐怖を味わった事で初めて勘太郎に恐怖を覚える。
その恐怖を更に刻み込むかのように勘太郎は続けざまに二発目の強化ゴム弾の弾を獅子舞の用な大きな口の中に目がけて至近距離から撃ち込む。
ズギューウゥゥゥゥーン!
洒落にならない改造を施された玩具のはずの改造電動銃が、音を立てながら2発目の強化ゴム弾の弾を撃ち込む。その瞬間今度は暴食の獅子のマスクの大きな口の中にある外の視界が見える強化ガラスに見事に命中し、大きく体をのけぞらせたその体に最後の3発目の強化ゴム弾の弾が同じく暴食の獅子の獅子舞のようなマスクの口の中へと見事に着弾する。その威力と勢いに城島茂雄の体は後ろへと大きく吹き飛び、豪快にのけぞりながら仰向けに転んでしまう。
「ぐわあああああああーぁぁぁぁぁぁーぁぁっ!」
バッタン、ゴロゴローゴロン!
その強力な拳銃から撃ち出される強烈な力と勢いについに地面へと倒れてしまった城島茂雄は、その激しい体への打ち付けのせいか重い獅子舞のようなマスクを支えていた二つの革のベルトが完全に外れ、その素顔が勘太郎の視界に晒される。
「いたたたたぁ……まさかここに来てあの黒鉄の拳銃を撃ってくるとはな、正直思わなかったぞ。朝方お前の体を調べた時には携帯電話以外は黒鉄の拳銃のような危ない玩具はどこにも隠し持ってはいなかったが、あの白い腹黒羊がこの場に現れた事を考えれば、お前がどこかで黒鉄の拳銃を受け取っているかも知れないと言うその可能性にもっと早くに気づくべきだった。まさか今の今までその黒鉄の拳銃を出さずに隠し持っていたのは、その少ないチャンスを生かした一撃を常に狙っていやがったからか。くそぉぉぉ、くそぉぉぉ、人を嚙み殺せると言う快楽を追求するが余りに完全に油断をしてしまったぜ!」
悲痛な声で天を仰ぎながら反省の言葉を口にすると、城島茂雄は怪我をした右指を押さえながら勘太郎の接近を警戒する。そんな勘太郎も真剣な顔で黒鉄の拳銃を構えるが、もう既に弾切れであることを相手に悟られないように凄みのある声で吠える。
「もう終わりだ、狂人・暴食の獅子こと城島茂雄。お前の負けだ。大人しく観念するんだ!」
これが最後の警告とばかりに勘太郎は黒鉄の拳銃を城島茂雄に向けて構えるが、本当の事情を知らない城島茂雄は体中に嫌な脂汗を掻きながらも最後の強がりとばかりに不気味に笑う。
「プッハハハハハハハーッ、ここは一旦引くしか無いようだな。まさかこの俺が撤退をする事になるとはな、やるじゃないか、黒鉄の探偵。だが勘違いするなよ。俺は別にお前から逃げる訳じゃ無い。あの民家の縁の下にある地下室に戻って他の調教中の喰人魔獣達の封印を解きに行くだけだ。そしてその喰人魔獣達は更に凶暴に育て仕上げてあるから、そいつらを急遽使わせて貰う事にするぜ。まあ本来ならまだ調教中だからとても使えた物ではないが、人を純粋に噛み殺すだけならこいつらだけで十分なはずだ。ああそうさ、この際だから全ての喰人魔獣達をこの場に解き放ってやるぜ。その名も喰人魔獣、61号・62号・63号・64号・65号・66号・67号・68号69号・70号達だあぁぁ!」
「合計十匹の喰人魔獣だって。いったいどんだけ作ったんだよ。喰人魔獣!」
半ば呆れ気味に言う勘太郎を無視しながら城島茂雄は大きな声で叫ぶ。
「喰人魔獣、56号よ、近くにいるのだろう。出て来て俺が新たな喰人魔獣達をこの場に連れて来るまで……それまでお前が何としてでも時間を稼げ。この二人の白黒探偵の足止めをお前が体を張ってするのだ!」
そう城島茂雄が叫ぶと、後ろの入り口の方から喰人魔獣56号ならぬゴロ助がのそのそとその姿を現し、まるで城島茂雄を守るかのように勘太郎の前へと立ちはだかる。
そのゴロ助がこれまでに見せた事の無かった強い殺気を向けながら「ガルルルル!」と低いうなり声を上げる。
「そ、そうだ、それでいい。喰人魔獣56号よ。お前はただのこの場限りの捨て駒だ。俺が家に戻って他の喰人魔獣達を引き連れて来るまで、例え死んでも時間稼ぎをしろよ! わかったな!」
そう言うと城島茂雄は後ずさりをしながらその場を離れ、後ろの入り口から外へと勢いよく逃げ出して行く。
「まて、待ちやがれ。城島茂雄ぉぉ!」
そう叫びながら城島茂雄の後を追おうとした勘太郎の動きに合わせるかのように喰人魔獣56号ことゴロ助が、低い唸り声を上げながらその行く手を止める。
「ガルルルル!」
その大きな巨体で威圧し、鋭い眼光を輝かせながら牙をむくゴロ助に対し勘太郎は、ゆっくりとした足取りで近づきながらゴロ助の頭を撫でようとおもむろにその手を伸ばす。
「主人思いなのは結構だが、あいつはお前が体を張ってまで守るような価値のある人物じゃない。人間は言うに及ばず、お前の仲間達や、その生き物達の命をまるで玩具感覚で玩ぶそんなどうしようもない犯罪者だ。だからお前が奴を庇う事は無いんだ。だからゴロ助。そこをどくんだ」
「黒鉄さん、危険ですわ。その行動は余りにも無謀過ぎます!」
「く、黒鉄の探偵、や、やめろ、やめるんだ。その化け物に嚙み殺されるぞ!」
なにやら物凄く緊張をした態度を見せる羊野と同じように、ついに意識を取り戻した西園寺長友警部補佐が勘太郎の行動を必死で止める。だが勘太郎はその二人の忠告を無視しながら、今も威嚇を続けるゴロ助に近づきその手を伸ばす。
その一歩も引かない勘太郎の行動にゴロ助は少したじろぎ、後ろへと二~三歩ほど下がったが、ゴロ助の決意が決まったのか「グウウーオウゥゥゥッ!」と唸り声を上げながら、勢いよく勘太郎に飛びかかる。
勢いよく飛びかかったゴロ助の口が大きく開き、勘太郎の差し出した右腕へと豪快に噛みつく。
「うわわわああーぁぁぁぁっ、黒鉄の探偵が、あの喰人魔獣に噛まれたぁぁ!」
「このクソ犬があぁ! 今すぐにその喉笛をこの包丁で切り裂いて差し上げますわ!」
西園寺長友警部補佐がその光景に怯え、珍しく声を荒げてうろたえた羊野が猛スピードでゴロ助に近づこうと包丁を構えるが、その戦闘行為を勘太郎が左手を突き上げながら大きな声で止める。
「だ、大丈夫だ、大丈夫だから、ここは俺に任せるんだ。。ゴロ助は本気じゃ無い。本気で俺の手を噛んではいないんだ。もし本気だったら俺の右腕はもうとっくの昔に骨ごと噛み砕かれているだろうからな。そうだろう、ゴロ助!」
そのささやくような優しい言葉をゴロ助に掛けながら勘太郎は、そっとゴロ助の頭を左の手で静かに……そして優しく撫でる。
「な、何でだろうな。他の喰人魔獣には危険を感じるが、ことお前に関しては初めてその正体が犬とわかった時から恐怖をまるで感じなかった。もしかして俺達は気が合うんじゃないのか。そんなお前が今もお前を見捨てた、あんな馬鹿な主人の為に体を張って守ろうとしている。そんな報われないお前の頑張りに少しだけ同情をし、その誇り高い忠誠心に俺はその敬意を評したいのかもな。ゴロ助お前は実際よくやったよ。だけどもういいんだ。お前の主人の事は……ここからは全て俺に任せるんだ。お前の馬鹿な主人の暴走は、俺が必ず止めてやるからよ!」
そう言葉をかけながらギュッとゴロ助の首に抱きつくと、あれだけ殺気立っていたゴロ助の口が自然と開き、勘太郎の右腕をその牙から解放する。
。
その光景を間近で見ていた羊野と西園寺長友警部補佐の二人は目を丸くしながら素直に驚きの声を上げる。
「さすがは黒鉄さんですわ。まさかあの凶暴な喰人魔獣を言葉だけで大人しくさせるだなんて。流石の私もそんな命知らずな事はできませんからね。流石と言うほかはありませんわ。そんな予測不可能な行動を見せるあなただからこそ、私は貴方に期待をし、そして次はどんなとんでも転回で私を楽しませてくれるのかと、つい見入ってしまうのですよ。本当に黒鉄さんは面白い人ですわ!」
目を輝かせながら笑顔で称賛の言葉を言う羊野とは対照的に、西園寺刑事の見解は違っていた。
「俺の言う事も聞かずにこんな勝手な事をして自分の命を縮める行為を率先して行うだなんてとてもじゃないが許されることではないぞ。今回はたまたま運良く上手くいったからよかった様な物だが、こんな都合のいいことがそう何度も起こるはずが無いんだ。もしもその喰人魔獣が少しでも気の荒い奴だったらお前は一体どうするつもりだったんだ。お前のその優しさや読みは外れてその右腕は無残にも噛み砕かれていたかも知れないのだぞ。お前は人に余計な心配を掛けさせた時点でやはりまだまだ探偵としては未熟者だし、警察の言う事を素直に聞かなかった時点で一般人としても当然失格だ!」
「す、すいません。西園寺長友刑事……」
「勘太郎が素直に頭を下げていると、そんな勘太郎に西園寺長友警部補佐がこんな言葉を付け加える。
「だがしかしだ、お前のその馬鹿げた正義感は冷静沈着さや広い洞察力を要求される探偵向きでは無いな。どちらかと言うとお前は俺達警察むきの思考だな。その熱血漢ぶりが何よりの証拠だ。そしてどうやら悪い悪漢共に立ち向かう熱い正義の心は持ち合わせているようだな!」
「へ? は、はい、まあ、人並みにはあるとは思いますが……」
一体なにが言いたいのかよく分からない西園寺長友警部補佐の思惑に勘太郎が不安を感じていると、西園寺長友警部補佐は仕方が無いと言った顔をしながら勘太郎に自分の思いを告げる。
「黒鉄勘太郎、お前は今すぐに探偵なんかはやめて、来年の警察官採用試験を直ぐにでも受けろ。そしてもしもその試験に受かったら、俺がお前をこの本庁に招いて、俺の権限でお前を警視庁捜査一課殺人班の新たな新人に迎えて一から徹底的に刑事としての心構えをお前に叩き込んでやる。お前はあの川口警部や赤城文子刑事の部下でもあるから、それは巡り巡っては俺の後輩であり、そして部下でもあるよな。なら話は簡単だ。お前が刑事になれば狂人ゲームはこの捜査一課の中だけで行われるかも知れないし、そうなったらここにいる羊野瞑子の協力も事実上は入らなくなるという訳だ。どうだ、黒鉄勘太郎、その提案を本気で考えては見ないか!」
いやいや、こんなお堅い刑事達と四六時中顔を付き合わせていないといけないのは精神的にかなりキツいし、俺はごめんだぜ。俺に厳しく言う刑事は川口警部一人だけで間に合っているから、ここは何とかしてやんわりと断らねばなるまい。
そう思った勘太郎は「はい、今度警察の上層部の方々と壊れた天秤の両方に会う機会が奇跡的にあったら、その時はその件を聞いてみますね」と言いながらこの会話から逃げる。
そんな勘太郎にいい提案をしたとほくそ笑む西園寺長友警部補佐は汗だくになった体をハンカチで拭いながらその場から立ち上がろうとしたが、まだ体に力が入らないのか、また地面へとそのお尻を床へとついてしまう。そんな西園寺長友警部補佐の状態を見た羊野は、ニコニコしながら腰に付けていたポシェットから水の入った500ミリリットルのペットボトルを取り出すと、ボトルの口を開けながらその水を西園寺長友警部補佐に差し出す。
「西園寺刑事、大丈夫ですか。何だか汗だくですわよ」
「おお、水か。ちょうど喉が乾いていた所だったんだ。助かるよ」
「いえいえ、どういたしまして、丁度水を持っていましたからね」
「まさかとは思うが、この中に下剤は入ってはいないだろうな」
「入ってはいませんわよ。何を馬鹿な事を言っているのですか。ならこの水、私が一口飲んで見せましょうか」
そう言いながら羊野はそのペットボトルの水をグビグビと半分ほど飲み干すと、安全を確認した西園寺長友警部補佐がそのペットボトルの水を奪い取ろうと手を伸ばす。
「わかった、わかったから、もういいだろう。その水が安全なのはもう分かったから俺にも飲ませろ。まさか一人で全部飲んでしまうつもりか!」
「あ、すいません、あまりの喉の渇きについ全部飲んでしまう所でしたわ。はい、どうぞ」
そう言いながら羊野は西園寺長友警部補佐の前でしゃがみ込みながら手に持つペットボトルの水を渡そうとその手に近づけるが、手元が狂ったのか羊野はその水を西園寺長友警部補佐のズボンの又の所にぶっかけてしまう。
「ああ、すいません。冷たかったですか。わざとじゃありませんから」
「まあ、いいから、早く水をよこせ。勿体ないだろう。お前が水をこぼしてしまったお陰で俺が飲む水の量がめっきり減ってしまったじゃないか。全く!」
「す、すいません。以後気をつけますわ」
少し不機嫌気味に言う西園寺長友警部補佐は羊野から受け取った残りが半分以上も無くなった水をその手に受け取ると一気にその水を口の中へと流し込む。
そんな西園寺長友警部補佐の姿をニコニコしながら見守る羊野を見た時、近くでその光景を見ていた勘太郎はあることに気付いてしまう。
西園寺長友警部補佐がまた、羊野のいたずら的な策略に完全にはまってしまった事に。
でもその事を西園寺長友警部補佐に言うと余計なトラブルに勘太郎自身が巻き込まれる恐れがあるので、勘太郎は何も見なかった事にしながら隣の古びた民家の下にある地下室に逃げていった城島茂雄の後を追うべくその場から離れようとするが、その行為を羊野が何やら慌てた様子で止める。
「よし、俺はこのまま城島茂雄の後を追うぞ。ついて来い、羊野!」
「あ、黒鉄さん、待って下さい。もうそこまで暴食の獅子を追う必要はありませんよ。もう直ぐ捜査一課の殺人班や特殊班の刑事達がみんなここに到着しますから。それまで待っていて下さい!」
「ああ、分かっているよ。みんなが集まってからの方がより安全だといいたいのだろう。だけど、あの暴食の獅子こと城島茂雄だけはどうしても……この俺の手で捕まえたいんだ。そうしないと行けないような気がする」
ゴロ助や今まで失神していた他の喰人魔獣達が一言も吠えること無く静かに勘太郎の歩みを見守る中で、勘太郎はこの犬達の為にもそのケジメをつけるが為に城島茂雄の元へと再度行こうとするが、なぜか羊野は更に強い言葉で勘太郎の行く手を止める。
「無理は禁物ですわよ。今深追いをすると檻の中から開放された殺人犬の大群と鉢合わせをしてしまうかも知れませんから、ここはライフル銃を持っている赤城文子刑事と川口警部の二人を大人しく待つのが得策ですわ。それに黒鉄さんは何カ所かあの喰人魔獣達に噛まれていますから、まずは傷の手当をした方がいいと思いますよ」
「いいよ、対して深くは噛まれてはいないから。みんなかすり傷さ」
「またそんな事を言ってかすり傷を軽視していてもいいのですか。もしかしたらそのかすり傷からばい菌が入って、化膿して、大変な事になるかも知れませんよ」
「ま、また大袈裟な」
「だってここの犬達は皆不衛生な環境で育っていますから、何かの伝染病を持っているかも知れませんよ。例えば狂犬病とか……」
「ひぃぃぃ!」
羊野の言葉に勘太郎は一瞬ビビるが、その遠回し的な言葉の真意を勘太郎は疑う。
「なんだよ、妙に俺を止めるな。いつもなら我先にと率先して犯人を追うのに、まるでもう全てが終わったかのような口ぶりだな。まだ暴食の獅子こと城島茂雄は捕まってはいないんだぞ。それどころかまだ奴は最後の切り札をあの地下室に残している。早く奴を追わないと全ての喰人魔獣達を連れてここへ戻って来てしまうぞ。そうなったら明らかに俺達の不利だ。この黒鉄の拳銃の弾だってもう一発も残ってはいないし、そのスカンクのおならの成分の入った催涙弾だってもう手元には一発もないだろう。なら直ぐにでも追いかけた方がいいんじゃないのか!」
「大丈夫ですわ。恐らくはもう城島茂雄さんは……ここには戻っては来ませんから。だからもうそんな心配をする必要はないのですよ」
「それはどう言う事だ?」
「……。」
そんな意味ありげなことを言う羊野の言葉に、勘太郎は何かを思い出したかのように思わずハッとする。
「あ、そう言えば、羊野。お前、あの地下室の中で少し遅れて来るとか言っていたが、本当にあの更に地下にいた喰人魔獣達の数を数える為だけにあの場所に行っていたのか。どうなんだ羊野!」
「勿論あの地下フロア二階にいる喰人魔獣達の数を調べに行っていただけですよ。それが何か。フフフフ……っ」
不適に微笑む羊野を見た時、勘太郎は全てを理解する。
「羊野、お前まさか。あの地下室に一体何を仕掛けて来たんだ。早く行かないと、城島茂雄の身が危ない!」
そう叫んで飛び出そうとしたその時、城島茂雄が逃げ去った方角の古民家の方からけたたましい悲鳴がこだまする。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「なんだ、あの悲鳴は? 一体城島茂雄の身に何が起きたんだ!」
「まあ、あんな負け惜しみを言いながらこの場から退散したのに帰ってこないだなんて、一体暴食の獅子はどうしたのでしょうね。あの叫び声からして、きっとライオンの檻の鍵でも掛け忘れてたんじゃ無いのですか? ホホホホホ、あの城島茂雄さんも意外とドジですね」
「お、お前……まさか……開けてきたのか。ライオンのいる……檻の鍵を!」
「ホホホホッ そんな事をこの私がする訳がないじゃないですか。私が開けたという確たる証拠はあるのですか。それに先ほど見た感じでは手入れや整備も特に行ってはいない、かなり古びた檻でしたからもしかしたらさびのせいで檻の錠前が破損していたのかも知れませんね。ホント檻の整備不良や気の緩みから来る人身の事故って気をつけないといけませんよね。ああ、怖い怖い!」
いや、整備不良でも人身事故でも、ましてやただの偶然でもない。羊野はおそらく、意図的に……そして計画的に何のためらいも無く、あのライオンの檻の鍵を開けたんだ。暴食の獅子が全ての武器を失ったら必ずあの地下室に戻ってくる事を予測して。
ちくしょう!
*
羊野の制止を振り切り、急いで隣の古民家の玄関の前まで来た勘太郎は今まで鍵が掛かっていたドアが少しだけ開いている事に気付くと、最大の警戒をしながらゆっくりとその木製のドアを開ける。
その玄関の中は暗く、カビの臭いや古びた壁の木目からかなり古い家であると感じたが、その家の廊下に土足で上がり込むと、勘太郎はゆっくりとした足取りで一歩ずつ静かにその古びた廊下を歩き出す。
廊下を歩く度にギシギシと不気味な音がなる古さを肌で感じながら勘太郎が障子の破れた部屋の前まで来ると、部屋の中から聞こえて来る妙な音に最大の注意を払いながら勇気を出してその中を覗き込む。
障子の戸が破れた薄暗い部屋の中で、バリ、ボリ、ボキッ、ガブ、と肉を引きちぎる音や骨を噛み砕く音を聞いた勘太郎は忍び足で更に近づきそっと部屋の中を覗き込むが、その薄暗い暗闇の中で蠢く恐ろしい光景に思わず勘太郎は息を呑む。
その部屋の中にいたのは紛れもなくあの薄汚れた檻の中にいたライオンと、そのライオンに押さえ込まれながら食べられている城島茂雄の無残な姿だった。
その凄惨な光景を間近で見て呆気に取られていた勘太郎は、つい「城島……お前……」と言いながらそれ以上の言葉を失うが、そんな城島茂雄の顔は物凄く幸せそうな表情を作り、その場で絶命している。
そうこれがこの五年間にも及ぶ奇っ怪な獣害事件の中で、黒い魔獣を操り、人々を見えない恐怖へと突き落として来た円卓の星座の狂人・暴食の獅子こと城島茂雄の呆気ない最後の姿だった。
その悲惨な光景に佇む勘太郎の視線を感じたのか、城島茂雄の屍をむさぼっていた本物のライオンが勘太郎の存在に気付くと、その血で汚れた汚らしい顔を向けながら勘太郎の方へと近づいてくる。
「ガオオオオオーォォーン! ガッオオオオォォォォーン」
激しい雄叫びを上げながらゆっくりと近づいて来る檻の中にいたはずのライオンは、勘太郎に照準を当てながら今にも飛びかかる体勢を取る。
し、しまった。城島茂雄の生死を確認したいが為についライオンに近づき過ぎたぜ。早く逃げないと俺もあのライオンの餌食になってしまう。ここはゆっくりと正面を向き、後ずさりをしながら、玄関の入り口まで移動をしないとな。とにかく焦りは禁物だぜ。
そう思いながらもゆっくりとした足取りで後退りをするのだがライオンの歩みの方が意外と早く、どうやら玄関の入り口の前まではとてもじゃないが持ちそうに無い用だ。
既に勘太郎を射程距離内に入れたライオンは、狂気をはらんだ目を向けながら今にも飛びかからんとするばかりだ。
このままでは確実に喰われてしまうと覚悟を決めたその時、勘太郎の左側から包丁を構えた羊野が機敏な動きで勘太郎の横を駆け抜けると、まるで自らが盾になるかのように勘太郎の前へと立ち。更に右側からは喰人魔獣ことゴロ助が猛ダッシュで勘太郎の横を駆け抜けると、まるで勘太郎を守るかのようにライオンの前へと立ちはだかる。
その光景はなんとも不思議で白い羊の皮を被った二足歩行の怪人と、見るからに人を襲っていそうな見た目を持つ凶暴そうな魔獣が互いに共闘を組んでいるように勘太郎には見えた。
そんな不思議な光景を間近で見ている勘太郎に、その背を向けながら羊野がボソリと呟く。
「どうやら暴食の獅子さんは幸せだったのでしょうね。最後の最後に自分が喰われるその瞬間を直に体験しながら息絶えることが出来たのですから」
「ガルルルル!」
「羊野、それにゴロ助まで、俺を助けに来てくれたのか」
そんな可笑しな格好をした一人の女性と、大きな一匹の犬に、明らかに手をこまねいていたライオンだったが、そんなライオンが明らかに怯えた鳴き声を上げながら、勘太郎のいるその後ろに注意を向ける。
ライオンの不思議な行動に一体どうしたんだと勘太郎が首を捻っていると、勘太郎の左の斜め後ろから大人の女性の声が聞こえて来る。
「勘太郎、良く頑張ったわね。後は私達に任せなさい!」
右側斜め後ろからは渋いおじさんの声が勘太郎の耳へと届く。
「そうだぞ、黒鉄の探偵。後は俺達に任せろ。だがこれが終わったら後でじっくりと説教だからな。それだけは覚悟しておけよ。たった一人であの暴食の獅子と戦えと一体誰が言った。あまり無茶な事はしてはならないといつも口が酸っぱくなるくらいに絶えず言ってあるだろうが!」
そう言うとその中年のおじさんと若い女性はそれぞれが手に持つ二つのライフル銃を構えながら、その照準を目の前にいるライオンに合わせる。
そう言わずと知れたその声は、勘太郎の腐れ縁の先輩でもある赤城文子刑事と、その上司でもある川口大介警部だった。
緊張をしながらライフル銃を構える赤城文子刑事は大きな体を持つゴロ助と薄汚いライオンを見比べながら驚きと戸惑いの声を上げる。
「げ、茶色い毛のライオンと黒い毛のライオンの二匹がこの場所にいるわ。これは一体どう言うことなの。説明して、勘太郎!」
赤城文子刑事が明らかに迷っていると、勘太郎が説明をする前に羊野が「その黒いライオンもどきの犬はいいですから、早くその目の前にいる血に飢えた本物のライオンの方を何とかして下さい!」と勘太郎の変わりに早口で言ってのける。
「い、犬なのそれ? まるで黒いライオンにしか見えないんだけど」
「ええ犬です。どこからどう見ても、誰が何と言おうと、こいつはただのお間抜けな犬ですわ!」
「羊野、お前」
勘太郎が言わんとしたことを代わりに言ってくれた羊野に対し、勘太郎は心の中で羊野に頭を下げる。
まあ、口では絶対に感謝の言葉は言ってはやらんがねぇ……と思いながら。
「赤城、そんな問答はどうでもいいから、早く目の前にいるライオンをこのライフル銃で仕留めるぞ。狙いはあの茶色い毛を持つライオンの眉間だ。いいな、よ~く狙えよ。外すなよ!」
「もうわかっていますよ、川口警部!」
そう言うと赤城文子刑事と川口大介警部は、飛びかかろうと前へと出るライオンの眉間に照準を合わせると静かにその引き金を引く。
バアーン! パァァーン!
その三秒後、静まり返った古民家の中から程なくして2発の銃声が辺りに響き渡るのだった。
「くそ、来るな。俺に寄るんじゃない! ゴロ助と違ってこの四匹の喰人魔獣は明らかに俺を追い詰めて噛み殺そうとする明確な殺意と意志を感じる。おそらくは相手を躊躇なく噛み殺せるように訓練を受けているのだろうが、これはかなりキツいぜ。肉体的にもかなり体力を持って行かれるし、精神的にも恐怖と緊張で精神をすり減らしそうだ。早くこの囲いを破って外に出ないと確実に噛み殺される!」
地面に落ちている古びた木製のモップを拾い上げた勘太郎はモップを振り回しながら四匹の喰人魔獣の接近を阻止するが、喰人魔獣達は一定の距離を取りながら勘太郎の回りをゆっくりと回る。
時折ランダムに襲いかかる素振りを見せる喰人魔獣達の動きに勘太郎の振り回すモップに力が入り、余計な体力と精神力を持って行かれてしまう。その明らかに人を襲う隙を伺っているその動きに、この犬達は獲物をじっくりと弱らせてから仕留めるつもりだと勘太郎は本能的にそう感じていた。
例えそうと分かってはいてもこの覆せない状況に勘太郎は内心かなり焦っていた。そんな勘太郎の耳に、暴食の獅子こと城島茂雄の声が辺りに響く。
「ふっははははは、無駄・無駄・無駄だ。この四匹の喰人魔獣達は確実に相手を仕留められるように獲物を狩る訓練を受けている。それはまさにあの本物の狼が何千キロも獲物を追いかけて弱らせてから確実に仕留めるのと同じようにな!」
なるほど、これは獲物を追い込む際の野生の狼達が良く使う狩りの仕方か。確かに犬達は元を辿ればその先祖は狼だからな。その相手を弱らす戦法で来るのは自然な事なのかも知れないな。猟師の飼い犬が獲物を追い込む際もおそらくはこんな感じなのかな。まあ、この犬達は飲み込みが早く従順なせいか的確で、如何にも組織だった動きをしているがな。と、とにかく今はできるだけ動いて時間を稼がねばな。
「ハア・ハア・ハア・ハア……」
早くも勝ち誇る城島茂雄の言葉に対し勘太郎は荒い息を吐きながら何とかこの状況を覆そうと思案を巡らせる。
だが現実はそう上手くは行かず、考える余裕すらも与えてはくれない喰人魔獣達が皆一斉に勘太郎に襲いかかる。
「ガッオオオオォォォォーン! ガッオオォォォォーン! ガッオオォォォォーン!」
「くそ、こいつらめ、来るな! よるな!」
持っているモッブで二匹の喰人魔獣は追い払ったが、残りの二匹が勘太郎が振り回すモップの先とズボンの裾の部分に噛みつく。その力強い噛みつきに身動きが出来なくなった勘太郎は必死に振りほどこうともがきながら懸命に叫ぶ。
「駄目だ、このままでは確実に殺されてしまう。くそ、考える余裕すらも与えてはくれないのか。この四匹の喰人魔獣達の追撃と牙から逃れる方法はもうどこにもないのか。この絶望的な状況……一体どうすればいいんだ!」
喰人魔獣達の最後の一斉噛みつき攻撃についに地面に倒された勘太郎はもうこれまでかと思いながらも「うわわぁぁぁぁぁぁ!」と大きな悲鳴を上げる。だが倒された際に天上の隙間の屋根からチラリと人の影が見えた事でその存在を確認した勘太郎はスーツの上から噛みつかれながらもその視線を、高みの見物をしている暴食の獅子に向ける。
「どうやら向こうもこの場にド派手に登場する準備が出来たようだからそろそろ呼ばせて貰おうかな。なにせこの狂人ゲームには黒鉄の探偵でもある俺だけでは無く、狂人には狂人をと言うのがセオリーだからな!」
そう息巻くと勘太郎は天井を見上げながら高らかに叫ぶ。
「こい、白い羊! 黒鉄探偵事務所の優秀な助手にして、俺との契約で共に円卓の星座の狂人達に挑み戦う事を約束した相棒よ!」
天井を見上げながら勘太郎が高らかにそう叫ぶと、天井のトタンの屋根が物凄い音を立てながら勢いよく破れ、その天上の穴から一人の人物が華麗に、そして豪快に勘太郎が瀬にしていた大きな冷蔵庫の上へと舞い降りる。
天上の穴から差し込む日の光と瓦礫を回りにまき散らしながら華麗に下り立つその姿に勘太郎は、まるで舞台に立つ白い妖精役の花形女優を見ているようだとそんな幻想をつい想像してしまう。だがその清純を表す白一色の衣服とは対照的にその顔に被る羊のマスクは如何にも不気味で、そのアンバランス差がその見た目の狂気を連想させていた。
パッリィィィィィーーン、ガラガラ、ドタン!
天井からダイナミックに現れた羊野瞑子のいきなりの登場に勘太郎に噛みついていた四匹の喰人魔獣達は皆一斉にその場から離れ、合流した羊野と勘太郎を囲みながらこちらの様子を伺う。
「お待たせしました。黒鉄さん。中々私の名を呼んでくれないので登場するタイミングを外してしまったのかと思いましたわ」
「派手な登場シーンで大変結構だが、もうお前の用事とやらは済ませたのか」
「はい、なんの問題も無く……準備は出来ましたわ」
「準備だと……一体なんの準備だよ?」
「まあ、そんな事はどうだっていいじゃないですか。そんなことよりです、今は目の前にいる四匹の喰人魔獣達とその奥に控えている暴食の獅子をどうにかしないとですわ」
白い羊のマスクから見える赤い眼光を羊野が徐に向けると、暴食の獅子こと城島茂雄が何やら異常に警戒をしながら羊野瞑子に話しかける。
「白い腹黒羊、久しぶりだな。お前とこうして会うのは三年ぶりか。あの頃は俺もお前も互いにかぶり物のマスクをしていたからその素顔は見えなかったが、こんな綺麗な真っ白なお嬢さんだったとはな。正直驚いたぞ。とてもあんな恐ろしくもいかれた力を持った狂人だとは誰も思わないからな」
「ホホホホ、暴食の獅子さん、お久しぶりです。いつぞやはどうも。また肉食獣に人間を襲わせてその陰険な殺しを楽しんでいたのですか。人が猛獣に食い殺される姿に異常な興奮を覚える精神的な疾患を持った狂人でしたか。まあ、私にはそんな趣味は当然持ってはいませんし理解もできませんが。まあ、納得はしていますよ」
「ハハハハハハハーッ、だろうな。お前は狂人達との謎解きや殺し合いに異常な興奮を覚える、あの腹黒羊だからな。お前はその俺達と狂った狂人ゲームをしたいが為に俺達が所属する円卓の星座の組織を裏切り、黒鉄の探偵に協力するような形で俺達の敵に回ったのだろう。そうだろう、違うか!」
「ホホホホ、さて、どうでしょうかね。私が円卓の星座の組織を抜けた理由は、ご想像にお任せしますわ」
「ふ、ぬけぬけといつものように涼しい声で言いやがって、お前は本当に昔から態度も口癖もいちいちむかつくんだよ。だがその中身が美しいお嬢さんだと分かっていたら、もっと早くに俺の操る猛獣達を使って殺しておくべきだったな。その白い肌に……俺様が被るライオンのマスクの牙が深々と食い込んだらと思うとつい興奮と感動を覚えてしまうぜ。一体お前はどんな声で悲鳴を上げてくれるのかな。それを考えると今から楽しみで楽しみでならないよ」
「あらあら、それはさぞかし痛そうですわね。でも私がそうなる前に、おそらくはあなたの方が先に死んでいると思いますので、そんなことは考える必要はありませんわよ。暴食の獅子さん。ホホホホホホーッ!」
「アッ……ハハハハハハハー。ハハハーっ!」
「ホホホホホーホホホホーホホホーッ!」
互いに見つめ合いながら不気味に笑い合うそんな二人の狂人の行動に勘太郎が息を飲んでいると、その不気味な均衡は突如として崩れ去る。
先に動いたのは、狂人・暴食の獅子こと城島茂雄の方だった。
荒い言葉が絶対的な命令となって四匹の喰人魔獣達に下る。
「行けぇぇぇ! こいつらを食い殺せぇぇーぇ! 喰人魔獣57号・58号・59号・60号!」
「ガッオオオーオォォォーン! ガッオオオオォォォォーン ガッオォォォォーン!」
喰人魔獣達が遠吠えを上げるような仕草をみせる度に首輪の辺りに仕掛けられている小型の機械が作動し、ライオンの遠吠えが録音されている音声がマイクから流れる。
喰人魔獣達の声は声帯が切られているせいか出すことが出来ないようなので犬としての本当の声を失った喰人魔獣達は、主人でもある城島茂雄に言われるがままに勘太郎と羊野の回りをグルグルと猛スピードで走り出す。
「く、来るぞ、羊野。これから一体どうするつもりなんだ?」
羊野は辺りに注意をしながら冷蔵庫の上から地面へとダイナミックにジャンプをすると華麗に勘太郎の横へと下り立つ。その後白いスカートの中から何かをゴソゴソと取り出した羊野はその二つの品物を勘太郎に手渡すと、まるで勘太郎を守るかのように前へと立つ。
そんな羊野の背中を見ていた勘太郎だったが、直ぐに手渡された物を見ながらこれからなにが起こるのかを直ぐさま連想し、そして想像してしまう。
「水中眼鏡に登山用の携帯型の酸素吸引管だとう。所謂酸素ボンベか……これってまさか!」
「フフフフ、あの四匹の喰人魔獣達はこの私が引き受けますから、黒鉄さんは暴食の獅子の方をお願いしますわ」
「俺が暴食の獅子の方を引き受けるのか」
「当然ですわ。私は言ったはずですよね。黒鉄さんは必ず暴食の獅子を捕まえるのだと。そしてあの西園寺長友警部補佐の鼻を明かしてやるのだと。そのまたとないチャンスが今まさに黒鉄さんの目の前に転がって来たのですから、これはもう覚悟を決めるしかないのではありませんか」
「まあ、確かにな」
「それに黒鉄さんには何やら考えがあるように、私には見えますがね」
「ふ、しょうがないな。じゃこれから差しで勝負をする為に今からあの暴食の獅子の元に向かうから、その邪魔なつゆ払いはお前に任せたぞ!」
「ええ、犬っコロの方は任せてください。今この場所から四匹とも追い払って見せますから、黒鉄さんはどうか悔いの残らない戦いをしてきて下さい。大丈夫ですわ。黒鉄さんなら、相手を観察し、ようく考えて、落ち着いて対処をすればきっと勝てますから。それにどうしても運悪く勝てないその時は、私が割って助太刀に入りますからどうか安心して下さい」
そう言うと羊野はゆっくりと喰人魔獣達の傍まで近づくと腰にぶら下げているポシェットから何かのスプレー缶のような物を取り出す。
そんな羊野の回りをグルグルと四匹の喰人魔獣達は走り回りながらその飛びかかる隙を伺っていたが、もう飛びかかれると確信したのか喰人魔獣達は皆一斉に羊野瞑子に向けて襲いかかる。
「ガッオオオオォォォォーン! ガッオオオオォォォォーン!」
そんな喰人魔獣達の動きに合わせるかのように羊野は小さく折りたたんである透明なビニールシートを広げると、その薄いビニールシートを頭から被りながらそのスプレー缶らしき物に備え付けられている留め金を一気に外す。
その瞬間、羊野の手元で小さな爆発が起こり、密閉された牛舎の中に白い煙が一気に流れ込む。
ドカンアァァァァァ! プシュゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「あ、あっぶねえー。間一髪、どうにか間に合ったぜ!」
羊野から手渡された水中眼鏡と携帯用酸素ボンベ缶を急いで装着した勘太郎はこの白い煙の正体を突き止めようと羊野の方にその視線を向けるが、そんな勘太郎よりも明らかな動揺を見せていたのは他ならぬ暴食の獅子こと城島茂雄の方だった。
城島茂雄は小刻みに体を震わせながら(直接喰らったのか)泡を吹きながら失神をしている喰人魔獣やその場所から猛スピードで外へと逃げる喰人魔獣達を見ながらその異常さに気づく。
「この強烈な、耐え難い程に酷い臭いは……ま、まさか!」
「あら、流石に私が何をしたのか、もう気付かれましたか」
「おのれぇぇぇぇ、白い腹黒羊ぃぃぃ!」
「ホホホホ、その答えがこれですわ!」
そう言って羊野が手元から見せたのは、何かの成分の入った一本のスプレー缶だった。
「げえぇぇ、この臭いは物凄く臭いぞ。羊野、お前しばらく俺に近づくなよ!」
「まあ、そんな心無い事を言われると、つい手元が狂って誤って黒鉄さんの体に掛かってしまうかも……ですわ」
「お前、やめろ、やめろよ、本当に。この殺人的にくさい臭いが俺の自慢のダークスーツに移るだろ!」
勘太郎と羊野がそんな言い争いをしていると、城島茂雄は明らかに苛立ちを見せながら再度羊野に聞く。
「白い腹黒羊、いいから答えろよ!」
「まあ、所謂、催涙弾のような類いの物ですわ。その特別な催涙ガスの入ったガス缶を黄木田店長に頼んで海外から急遽取り寄せて貰っていたのですよ。
「海外から急遽取り寄せただとう。ただの暴漢や痴漢撃退用の催涙剤ではないと言う事か。一体この催涙剤の成分は一体なんだ?」
「あの百獣の王のライオンすらも尻尾を巻いて逃げるとされるスカンクのおならですわ」
「ス、スカンクだとう。スカンクってあのおならの臭いが強烈な武器だと言う、あのスカンクのことか!」
「ええ、動物のあのスカンクですわ。スカンクは食肉目・スカンク科に属し、生息域は北アメリカから中央アメリカ・そして、南アメリカに生息している哺乳類です。そのスカンクの最大の武器でもあるおならの主な主成分は、チオール・メルカプタンと呼ばれる硫黄と水素の有機化合物で、世界一臭い物質とも言われています。これを犬やライオンがくらえば嗅覚を台無しにされ、二度とスカンクを襲わなくなると言う恐ろしい代物です。そしてこの悪臭が一度でも誤ってその成分が衣服に付着すれば、たとえ洗濯をしたとしても、もう二度と臭いが取れなくなると言われています。更にはその液体が目に入ればもしかしたら失明をする事だってあり得る、そんな代物です」
「くそ、俺はこのメタリカルな獅子のマスクを被っていたお陰で助かったのか。ちくしょう、ちくしょう、いくら犬笛を吹いても外に逃げ去った喰人魔獣達が一向に帰って来ない。この絶体絶命的な追い込まれた状況を一気に覆すとは……白い腹黒羊……お前は本当に油断のならない、いかれた狂人だよ!」
「ホホホホ、もっともいかれているあなたにそんな事を言われちゃったら私もおしまいですわね。でもまあ、褒め言葉として素直に受け取っておきましょうか」
そう言うと羊野は、勘太郎に視線を向けながら静かに話し出す。
これで宣言道理に喰人魔獣達の方はこの牛舎から追い払いましたから、暴食の獅子の方はお任せしますわ」
「ああ、任せろ。暴食の獅子……いや、城島茂雄さん。大人しくお縄について貰うぞ!」
「ふん、お前ごとき弱者に一体なにができると言うのだ。舐めるな、黒鉄の探偵!」
直ぐに怒りの声を上げた暴食の獅子は右手に持つ電気警棒をビリビリと激しく鳴らしながら、目の前まで来た勘太郎に向けて猛然と襲いかかる。
「くらえや!」
城島茂雄が振り下ろす電気警棒の一撃を寸前の所でなんとか交わした勘太郎は、手に持つ木製のモップを振り回しながら暴食の獅子に応戦する。
「この、これでもくらえ!」
そう叫びながら勘太郎が必死に振り回していたモップだったが、あっさりと暴食の獅子にそのモップを叩き落とされ、右手に持った電気警棒の一撃が勘太郎の頭上に振り下ろされる。
だがその電気警棒を持つ城島茂雄の右手を勘太郎が咄嗟にガッシリと掴むと、渾身の力を込めながら勘太郎は城島茂雄とその場で力比べをする。
電気警棒を振り下ろそうとする城島茂雄の右腕の力に対し勘太郎はどうにか両方の手の力で必死に応戦をするが、そんな勘太郎の顔の前には獅子舞に似たようなライオンの被り物の牙が口を大きく開けながらガシャン、ガシャン、ガシャン、ガシャンと何度もその機械音を響かせる。
「ハハハーッ中々しぶといな。だがここまでだ。黒鉄の探偵! この電気警棒から流れる電気ショックでその体を動けなくしてから、このかぶり物のライオンの口に備え付けられてある本物のライオンの牙を使って、お前を徹底的に噛み切り・噛み砕き・噛み潰し・噛み引きちぎる。そして最後は確実にその息の根を断って、噛み殺してやるぜ!」
城島茂雄はワザと殺害方法を言葉にしながら相手の恐怖心を仰ぎ、更なる力を電気警棒を持つ右手に込める。
「うっわわぁぁぁぁーっ、や、やめろぉぉぉ! やめるんだぁぁぁ! やめてくれぇぇぇーぇぇ!」
「ハハハハハハハーッ、後もう少しでお前の顔に俺の牙が届くぞ。俺が持つ電気警棒を直接その顔に叩き込まれるのが先か、それとも俺が被るライオンのマスクの牙で顔を食い破られるのが先か。これは中々の見物だぞ。その絶望と苦痛に歪む顔をもっと俺に見せてくれ!」
牛舎内の壁際に追い込まれて逃げることも出来ない絶体絶命の勘太郎に、羊野は態とらしく大きな溜息をつきながら冷めた感じて言う。
「はあ~っ。黒鉄さん、そんなショボい狂人を相手にいつまでも時間を掛け過ぎですよ。確実に相手の隙を狙いたいのは分かりますが、そんな猿芝居を長々と見せ付けられるこちらの身にもなって下さいな」
その羊野の言葉に城島茂雄が直ぐさま反応をする。
「猿芝居だと? だれがどう見ても黒鉄の探偵は今まさに大ピンチじゃないか。この死の間近な絶体絶命の状況がお前には分からないのか。白い腹黒羊よ。お前はこの黒鉄の探偵の事を過大評価しすぎなのだよ!」
「ホホホホ、暴食の獅子さんは本当にまだ気付いてはいないのですね。黒鉄さんがいくら弱くて情けなくても、こんなにあっさりと壁際に追い込まれる訳が無いじゃないですか。あなたが確実に油断をする、そんなつけいる隙を密かに狙っているのですわ」
「つ、つけいる隙だと!」
「ええ、今のように私の言葉にその意識が向いた……そんな隙ですわ!」
ハッとした暴食の獅子が再び勘太郎にその視線を戻したその時、獅子のマスクの口の中に行き成りある物が素早く突っ込まれる。
そのある物に咄嗟に噛みついた暴食の獅子に向けて勘太郎が耳元で囁く。
「これはゴロ助からの届け物だ。ようく噛み締めながら食えよ。さあ、受け取れ!」
そう言葉を口にした瞬間、勘太郎は暴食の獅子の体を力任せに蹴り飛ばす。
それと同時に暴食の獅子が被っているマスクの口が動き、ゴロ助の腹部に針金で固定されていた煙幕用の噴出缶を勢いよく噛み砕いてしまう。
こ、これは、煙幕用の……しまった。いつの間に!」
強い圧縮の力で噛み潰された煙幕用の噴射缶が見事に破裂し、大量の黒い煙幕で牛舎の中は瞬時に何も見えなくなる。
プッシュウ~ウウウウウウウ!
「くそ、やってくれたな、黒鉄の探偵。これじゃ何も見えないぞ。一体奴はどこに消えたんだ!」
羊野の言葉による誘導とその一瞬のチャンスを見逃さなかった機転で暴食の獅子の口の中に煙幕用の噴射缶を突き入れる事に成功した勘太郎は瞬時に暴食の獅子の前からその姿をくらますが、その状況を全く理解してはいない城島茂雄は軽いパニックを起こしながら今の状況を確認しようとひたすらに藻掻く。
「くそ、くそ、どこだ。どこに消えた黒鉄の探偵ぇぇ!」
そんな城島茂雄のパニックを勘太郎が見逃すはずは無く、直ぐさま羊野に命令をする。
「今だ、羊野。この牛舎内の中を閉ざしているカーテンを全て開けて、閉まってある窓ガラスも全て開けるんだ。早くしろ!」
「了解ですわ、黒鉄さん!」
勘太郎がそう叫ぶと、羊野は全てのカーテンが開けられたのと同時に全ての窓ガラスをその場で豪快に割って行く。
バリン! パリン! バキン! ガッシャン! バリィィィン
「な、なんだ、羊野、そのガラスを割る音は、まさか窓ガラスを割っているんじゃないだろうな。やめろ、やめろよな。もしもこの牛舎の窓代を本当の持ち主に請求でもされたらどうするんだよ!」
「大丈夫ですわ。きっと警察が代金を立て替えてくれますわ……たぶん……」
その甲斐があってか牛舎の中を覆っていたスカンクのおなら入りの催涙剤と黒い煙で覆っていた煙幕用の煙が外へと逃げ、その二つの気体が牛舎の中から外へと一気に流れ出す。
「くそ、視界がまだハッキリとは見えんぞ。一体どうなった?」
外からの空気の入れ換えで視界が徐々に晴れ、うっすらと牛舎の中の状況が見えて来た城島茂雄は、二~三歩ほど後ろに下がった所から不格好なオートマチック式の銃を構える勘太郎の姿をハッキリと見てしまう。その状況に気付いた城島茂雄は直ぐに相手の息の根を止める為に右手に持っている電気警棒を振り上げながら勘太郎に迫るがその瞬間、電気警棒を持っているはずの暴食の獅子の右手が大きな破裂音と共に後ろの方へと豪快に吹き飛ぶ。
バッシュウゥゥゥゥゥーン!
「ぎゃああああーぁぁぁーっ! 指があぁぁぁ!俺の右手の人差し指があぁぁぁ!」
暴食の獅子が持つ電気警棒がその威力と共に何処かに吹き飛ばされその視界から完全に消えた事をその身で分かる事になった城島茂雄は、折れた右手人差し指から来る強烈な痛みと次に発射される2発目の未知なる恐怖を味わった事で初めて勘太郎に恐怖を覚える。
その恐怖を更に刻み込むかのように勘太郎は続けざまに二発目の強化ゴム弾の弾を獅子舞の用な大きな口の中に目がけて至近距離から撃ち込む。
ズギューウゥゥゥゥーン!
洒落にならない改造を施された玩具のはずの改造電動銃が、音を立てながら2発目の強化ゴム弾の弾を撃ち込む。その瞬間今度は暴食の獅子のマスクの大きな口の中にある外の視界が見える強化ガラスに見事に命中し、大きく体をのけぞらせたその体に最後の3発目の強化ゴム弾の弾が同じく暴食の獅子の獅子舞のようなマスクの口の中へと見事に着弾する。その威力と勢いに城島茂雄の体は後ろへと大きく吹き飛び、豪快にのけぞりながら仰向けに転んでしまう。
「ぐわあああああああーぁぁぁぁぁぁーぁぁっ!」
バッタン、ゴロゴローゴロン!
その強力な拳銃から撃ち出される強烈な力と勢いについに地面へと倒れてしまった城島茂雄は、その激しい体への打ち付けのせいか重い獅子舞のようなマスクを支えていた二つの革のベルトが完全に外れ、その素顔が勘太郎の視界に晒される。
「いたたたたぁ……まさかここに来てあの黒鉄の拳銃を撃ってくるとはな、正直思わなかったぞ。朝方お前の体を調べた時には携帯電話以外は黒鉄の拳銃のような危ない玩具はどこにも隠し持ってはいなかったが、あの白い腹黒羊がこの場に現れた事を考えれば、お前がどこかで黒鉄の拳銃を受け取っているかも知れないと言うその可能性にもっと早くに気づくべきだった。まさか今の今までその黒鉄の拳銃を出さずに隠し持っていたのは、その少ないチャンスを生かした一撃を常に狙っていやがったからか。くそぉぉぉ、くそぉぉぉ、人を嚙み殺せると言う快楽を追求するが余りに完全に油断をしてしまったぜ!」
悲痛な声で天を仰ぎながら反省の言葉を口にすると、城島茂雄は怪我をした右指を押さえながら勘太郎の接近を警戒する。そんな勘太郎も真剣な顔で黒鉄の拳銃を構えるが、もう既に弾切れであることを相手に悟られないように凄みのある声で吠える。
「もう終わりだ、狂人・暴食の獅子こと城島茂雄。お前の負けだ。大人しく観念するんだ!」
これが最後の警告とばかりに勘太郎は黒鉄の拳銃を城島茂雄に向けて構えるが、本当の事情を知らない城島茂雄は体中に嫌な脂汗を掻きながらも最後の強がりとばかりに不気味に笑う。
「プッハハハハハハハーッ、ここは一旦引くしか無いようだな。まさかこの俺が撤退をする事になるとはな、やるじゃないか、黒鉄の探偵。だが勘違いするなよ。俺は別にお前から逃げる訳じゃ無い。あの民家の縁の下にある地下室に戻って他の調教中の喰人魔獣達の封印を解きに行くだけだ。そしてその喰人魔獣達は更に凶暴に育て仕上げてあるから、そいつらを急遽使わせて貰う事にするぜ。まあ本来ならまだ調教中だからとても使えた物ではないが、人を純粋に噛み殺すだけならこいつらだけで十分なはずだ。ああそうさ、この際だから全ての喰人魔獣達をこの場に解き放ってやるぜ。その名も喰人魔獣、61号・62号・63号・64号・65号・66号・67号・68号69号・70号達だあぁぁ!」
「合計十匹の喰人魔獣だって。いったいどんだけ作ったんだよ。喰人魔獣!」
半ば呆れ気味に言う勘太郎を無視しながら城島茂雄は大きな声で叫ぶ。
「喰人魔獣、56号よ、近くにいるのだろう。出て来て俺が新たな喰人魔獣達をこの場に連れて来るまで……それまでお前が何としてでも時間を稼げ。この二人の白黒探偵の足止めをお前が体を張ってするのだ!」
そう城島茂雄が叫ぶと、後ろの入り口の方から喰人魔獣56号ならぬゴロ助がのそのそとその姿を現し、まるで城島茂雄を守るかのように勘太郎の前へと立ちはだかる。
そのゴロ助がこれまでに見せた事の無かった強い殺気を向けながら「ガルルルル!」と低いうなり声を上げる。
「そ、そうだ、それでいい。喰人魔獣56号よ。お前はただのこの場限りの捨て駒だ。俺が家に戻って他の喰人魔獣達を引き連れて来るまで、例え死んでも時間稼ぎをしろよ! わかったな!」
そう言うと城島茂雄は後ずさりをしながらその場を離れ、後ろの入り口から外へと勢いよく逃げ出して行く。
「まて、待ちやがれ。城島茂雄ぉぉ!」
そう叫びながら城島茂雄の後を追おうとした勘太郎の動きに合わせるかのように喰人魔獣56号ことゴロ助が、低い唸り声を上げながらその行く手を止める。
「ガルルルル!」
その大きな巨体で威圧し、鋭い眼光を輝かせながら牙をむくゴロ助に対し勘太郎は、ゆっくりとした足取りで近づきながらゴロ助の頭を撫でようとおもむろにその手を伸ばす。
「主人思いなのは結構だが、あいつはお前が体を張ってまで守るような価値のある人物じゃない。人間は言うに及ばず、お前の仲間達や、その生き物達の命をまるで玩具感覚で玩ぶそんなどうしようもない犯罪者だ。だからお前が奴を庇う事は無いんだ。だからゴロ助。そこをどくんだ」
「黒鉄さん、危険ですわ。その行動は余りにも無謀過ぎます!」
「く、黒鉄の探偵、や、やめろ、やめるんだ。その化け物に嚙み殺されるぞ!」
なにやら物凄く緊張をした態度を見せる羊野と同じように、ついに意識を取り戻した西園寺長友警部補佐が勘太郎の行動を必死で止める。だが勘太郎はその二人の忠告を無視しながら、今も威嚇を続けるゴロ助に近づきその手を伸ばす。
その一歩も引かない勘太郎の行動にゴロ助は少したじろぎ、後ろへと二~三歩ほど下がったが、ゴロ助の決意が決まったのか「グウウーオウゥゥゥッ!」と唸り声を上げながら、勢いよく勘太郎に飛びかかる。
勢いよく飛びかかったゴロ助の口が大きく開き、勘太郎の差し出した右腕へと豪快に噛みつく。
「うわわわああーぁぁぁぁっ、黒鉄の探偵が、あの喰人魔獣に噛まれたぁぁ!」
「このクソ犬があぁ! 今すぐにその喉笛をこの包丁で切り裂いて差し上げますわ!」
西園寺長友警部補佐がその光景に怯え、珍しく声を荒げてうろたえた羊野が猛スピードでゴロ助に近づこうと包丁を構えるが、その戦闘行為を勘太郎が左手を突き上げながら大きな声で止める。
「だ、大丈夫だ、大丈夫だから、ここは俺に任せるんだ。。ゴロ助は本気じゃ無い。本気で俺の手を噛んではいないんだ。もし本気だったら俺の右腕はもうとっくの昔に骨ごと噛み砕かれているだろうからな。そうだろう、ゴロ助!」
そのささやくような優しい言葉をゴロ助に掛けながら勘太郎は、そっとゴロ助の頭を左の手で静かに……そして優しく撫でる。
「な、何でだろうな。他の喰人魔獣には危険を感じるが、ことお前に関しては初めてその正体が犬とわかった時から恐怖をまるで感じなかった。もしかして俺達は気が合うんじゃないのか。そんなお前が今もお前を見捨てた、あんな馬鹿な主人の為に体を張って守ろうとしている。そんな報われないお前の頑張りに少しだけ同情をし、その誇り高い忠誠心に俺はその敬意を評したいのかもな。ゴロ助お前は実際よくやったよ。だけどもういいんだ。お前の主人の事は……ここからは全て俺に任せるんだ。お前の馬鹿な主人の暴走は、俺が必ず止めてやるからよ!」
そう言葉をかけながらギュッとゴロ助の首に抱きつくと、あれだけ殺気立っていたゴロ助の口が自然と開き、勘太郎の右腕をその牙から解放する。
。
その光景を間近で見ていた羊野と西園寺長友警部補佐の二人は目を丸くしながら素直に驚きの声を上げる。
「さすがは黒鉄さんですわ。まさかあの凶暴な喰人魔獣を言葉だけで大人しくさせるだなんて。流石の私もそんな命知らずな事はできませんからね。流石と言うほかはありませんわ。そんな予測不可能な行動を見せるあなただからこそ、私は貴方に期待をし、そして次はどんなとんでも転回で私を楽しませてくれるのかと、つい見入ってしまうのですよ。本当に黒鉄さんは面白い人ですわ!」
目を輝かせながら笑顔で称賛の言葉を言う羊野とは対照的に、西園寺刑事の見解は違っていた。
「俺の言う事も聞かずにこんな勝手な事をして自分の命を縮める行為を率先して行うだなんてとてもじゃないが許されることではないぞ。今回はたまたま運良く上手くいったからよかった様な物だが、こんな都合のいいことがそう何度も起こるはずが無いんだ。もしもその喰人魔獣が少しでも気の荒い奴だったらお前は一体どうするつもりだったんだ。お前のその優しさや読みは外れてその右腕は無残にも噛み砕かれていたかも知れないのだぞ。お前は人に余計な心配を掛けさせた時点でやはりまだまだ探偵としては未熟者だし、警察の言う事を素直に聞かなかった時点で一般人としても当然失格だ!」
「す、すいません。西園寺長友刑事……」
「勘太郎が素直に頭を下げていると、そんな勘太郎に西園寺長友警部補佐がこんな言葉を付け加える。
「だがしかしだ、お前のその馬鹿げた正義感は冷静沈着さや広い洞察力を要求される探偵向きでは無いな。どちらかと言うとお前は俺達警察むきの思考だな。その熱血漢ぶりが何よりの証拠だ。そしてどうやら悪い悪漢共に立ち向かう熱い正義の心は持ち合わせているようだな!」
「へ? は、はい、まあ、人並みにはあるとは思いますが……」
一体なにが言いたいのかよく分からない西園寺長友警部補佐の思惑に勘太郎が不安を感じていると、西園寺長友警部補佐は仕方が無いと言った顔をしながら勘太郎に自分の思いを告げる。
「黒鉄勘太郎、お前は今すぐに探偵なんかはやめて、来年の警察官採用試験を直ぐにでも受けろ。そしてもしもその試験に受かったら、俺がお前をこの本庁に招いて、俺の権限でお前を警視庁捜査一課殺人班の新たな新人に迎えて一から徹底的に刑事としての心構えをお前に叩き込んでやる。お前はあの川口警部や赤城文子刑事の部下でもあるから、それは巡り巡っては俺の後輩であり、そして部下でもあるよな。なら話は簡単だ。お前が刑事になれば狂人ゲームはこの捜査一課の中だけで行われるかも知れないし、そうなったらここにいる羊野瞑子の協力も事実上は入らなくなるという訳だ。どうだ、黒鉄勘太郎、その提案を本気で考えては見ないか!」
いやいや、こんなお堅い刑事達と四六時中顔を付き合わせていないといけないのは精神的にかなりキツいし、俺はごめんだぜ。俺に厳しく言う刑事は川口警部一人だけで間に合っているから、ここは何とかしてやんわりと断らねばなるまい。
そう思った勘太郎は「はい、今度警察の上層部の方々と壊れた天秤の両方に会う機会が奇跡的にあったら、その時はその件を聞いてみますね」と言いながらこの会話から逃げる。
そんな勘太郎にいい提案をしたとほくそ笑む西園寺長友警部補佐は汗だくになった体をハンカチで拭いながらその場から立ち上がろうとしたが、まだ体に力が入らないのか、また地面へとそのお尻を床へとついてしまう。そんな西園寺長友警部補佐の状態を見た羊野は、ニコニコしながら腰に付けていたポシェットから水の入った500ミリリットルのペットボトルを取り出すと、ボトルの口を開けながらその水を西園寺長友警部補佐に差し出す。
「西園寺刑事、大丈夫ですか。何だか汗だくですわよ」
「おお、水か。ちょうど喉が乾いていた所だったんだ。助かるよ」
「いえいえ、どういたしまして、丁度水を持っていましたからね」
「まさかとは思うが、この中に下剤は入ってはいないだろうな」
「入ってはいませんわよ。何を馬鹿な事を言っているのですか。ならこの水、私が一口飲んで見せましょうか」
そう言いながら羊野はそのペットボトルの水をグビグビと半分ほど飲み干すと、安全を確認した西園寺長友警部補佐がそのペットボトルの水を奪い取ろうと手を伸ばす。
「わかった、わかったから、もういいだろう。その水が安全なのはもう分かったから俺にも飲ませろ。まさか一人で全部飲んでしまうつもりか!」
「あ、すいません、あまりの喉の渇きについ全部飲んでしまう所でしたわ。はい、どうぞ」
そう言いながら羊野は西園寺長友警部補佐の前でしゃがみ込みながら手に持つペットボトルの水を渡そうとその手に近づけるが、手元が狂ったのか羊野はその水を西園寺長友警部補佐のズボンの又の所にぶっかけてしまう。
「ああ、すいません。冷たかったですか。わざとじゃありませんから」
「まあ、いいから、早く水をよこせ。勿体ないだろう。お前が水をこぼしてしまったお陰で俺が飲む水の量がめっきり減ってしまったじゃないか。全く!」
「す、すいません。以後気をつけますわ」
少し不機嫌気味に言う西園寺長友警部補佐は羊野から受け取った残りが半分以上も無くなった水をその手に受け取ると一気にその水を口の中へと流し込む。
そんな西園寺長友警部補佐の姿をニコニコしながら見守る羊野を見た時、近くでその光景を見ていた勘太郎はあることに気付いてしまう。
西園寺長友警部補佐がまた、羊野のいたずら的な策略に完全にはまってしまった事に。
でもその事を西園寺長友警部補佐に言うと余計なトラブルに勘太郎自身が巻き込まれる恐れがあるので、勘太郎は何も見なかった事にしながら隣の古びた民家の下にある地下室に逃げていった城島茂雄の後を追うべくその場から離れようとするが、その行為を羊野が何やら慌てた様子で止める。
「よし、俺はこのまま城島茂雄の後を追うぞ。ついて来い、羊野!」
「あ、黒鉄さん、待って下さい。もうそこまで暴食の獅子を追う必要はありませんよ。もう直ぐ捜査一課の殺人班や特殊班の刑事達がみんなここに到着しますから。それまで待っていて下さい!」
「ああ、分かっているよ。みんなが集まってからの方がより安全だといいたいのだろう。だけど、あの暴食の獅子こと城島茂雄だけはどうしても……この俺の手で捕まえたいんだ。そうしないと行けないような気がする」
ゴロ助や今まで失神していた他の喰人魔獣達が一言も吠えること無く静かに勘太郎の歩みを見守る中で、勘太郎はこの犬達の為にもそのケジメをつけるが為に城島茂雄の元へと再度行こうとするが、なぜか羊野は更に強い言葉で勘太郎の行く手を止める。
「無理は禁物ですわよ。今深追いをすると檻の中から開放された殺人犬の大群と鉢合わせをしてしまうかも知れませんから、ここはライフル銃を持っている赤城文子刑事と川口警部の二人を大人しく待つのが得策ですわ。それに黒鉄さんは何カ所かあの喰人魔獣達に噛まれていますから、まずは傷の手当をした方がいいと思いますよ」
「いいよ、対して深くは噛まれてはいないから。みんなかすり傷さ」
「またそんな事を言ってかすり傷を軽視していてもいいのですか。もしかしたらそのかすり傷からばい菌が入って、化膿して、大変な事になるかも知れませんよ」
「ま、また大袈裟な」
「だってここの犬達は皆不衛生な環境で育っていますから、何かの伝染病を持っているかも知れませんよ。例えば狂犬病とか……」
「ひぃぃぃ!」
羊野の言葉に勘太郎は一瞬ビビるが、その遠回し的な言葉の真意を勘太郎は疑う。
「なんだよ、妙に俺を止めるな。いつもなら我先にと率先して犯人を追うのに、まるでもう全てが終わったかのような口ぶりだな。まだ暴食の獅子こと城島茂雄は捕まってはいないんだぞ。それどころかまだ奴は最後の切り札をあの地下室に残している。早く奴を追わないと全ての喰人魔獣達を連れてここへ戻って来てしまうぞ。そうなったら明らかに俺達の不利だ。この黒鉄の拳銃の弾だってもう一発も残ってはいないし、そのスカンクのおならの成分の入った催涙弾だってもう手元には一発もないだろう。なら直ぐにでも追いかけた方がいいんじゃないのか!」
「大丈夫ですわ。恐らくはもう城島茂雄さんは……ここには戻っては来ませんから。だからもうそんな心配をする必要はないのですよ」
「それはどう言う事だ?」
「……。」
そんな意味ありげなことを言う羊野の言葉に、勘太郎は何かを思い出したかのように思わずハッとする。
「あ、そう言えば、羊野。お前、あの地下室の中で少し遅れて来るとか言っていたが、本当にあの更に地下にいた喰人魔獣達の数を数える為だけにあの場所に行っていたのか。どうなんだ羊野!」
「勿論あの地下フロア二階にいる喰人魔獣達の数を調べに行っていただけですよ。それが何か。フフフフ……っ」
不適に微笑む羊野を見た時、勘太郎は全てを理解する。
「羊野、お前まさか。あの地下室に一体何を仕掛けて来たんだ。早く行かないと、城島茂雄の身が危ない!」
そう叫んで飛び出そうとしたその時、城島茂雄が逃げ去った方角の古民家の方からけたたましい悲鳴がこだまする。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
「なんだ、あの悲鳴は? 一体城島茂雄の身に何が起きたんだ!」
「まあ、あんな負け惜しみを言いながらこの場から退散したのに帰ってこないだなんて、一体暴食の獅子はどうしたのでしょうね。あの叫び声からして、きっとライオンの檻の鍵でも掛け忘れてたんじゃ無いのですか? ホホホホホ、あの城島茂雄さんも意外とドジですね」
「お、お前……まさか……開けてきたのか。ライオンのいる……檻の鍵を!」
「ホホホホッ そんな事をこの私がする訳がないじゃないですか。私が開けたという確たる証拠はあるのですか。それに先ほど見た感じでは手入れや整備も特に行ってはいない、かなり古びた檻でしたからもしかしたらさびのせいで檻の錠前が破損していたのかも知れませんね。ホント檻の整備不良や気の緩みから来る人身の事故って気をつけないといけませんよね。ああ、怖い怖い!」
いや、整備不良でも人身事故でも、ましてやただの偶然でもない。羊野はおそらく、意図的に……そして計画的に何のためらいも無く、あのライオンの檻の鍵を開けたんだ。暴食の獅子が全ての武器を失ったら必ずあの地下室に戻ってくる事を予測して。
ちくしょう!
*
羊野の制止を振り切り、急いで隣の古民家の玄関の前まで来た勘太郎は今まで鍵が掛かっていたドアが少しだけ開いている事に気付くと、最大の警戒をしながらゆっくりとその木製のドアを開ける。
その玄関の中は暗く、カビの臭いや古びた壁の木目からかなり古い家であると感じたが、その家の廊下に土足で上がり込むと、勘太郎はゆっくりとした足取りで一歩ずつ静かにその古びた廊下を歩き出す。
廊下を歩く度にギシギシと不気味な音がなる古さを肌で感じながら勘太郎が障子の破れた部屋の前まで来ると、部屋の中から聞こえて来る妙な音に最大の注意を払いながら勇気を出してその中を覗き込む。
障子の戸が破れた薄暗い部屋の中で、バリ、ボリ、ボキッ、ガブ、と肉を引きちぎる音や骨を噛み砕く音を聞いた勘太郎は忍び足で更に近づきそっと部屋の中を覗き込むが、その薄暗い暗闇の中で蠢く恐ろしい光景に思わず勘太郎は息を呑む。
その部屋の中にいたのは紛れもなくあの薄汚れた檻の中にいたライオンと、そのライオンに押さえ込まれながら食べられている城島茂雄の無残な姿だった。
その凄惨な光景を間近で見て呆気に取られていた勘太郎は、つい「城島……お前……」と言いながらそれ以上の言葉を失うが、そんな城島茂雄の顔は物凄く幸せそうな表情を作り、その場で絶命している。
そうこれがこの五年間にも及ぶ奇っ怪な獣害事件の中で、黒い魔獣を操り、人々を見えない恐怖へと突き落として来た円卓の星座の狂人・暴食の獅子こと城島茂雄の呆気ない最後の姿だった。
その悲惨な光景に佇む勘太郎の視線を感じたのか、城島茂雄の屍をむさぼっていた本物のライオンが勘太郎の存在に気付くと、その血で汚れた汚らしい顔を向けながら勘太郎の方へと近づいてくる。
「ガオオオオオーォォーン! ガッオオオオォォォォーン」
激しい雄叫びを上げながらゆっくりと近づいて来る檻の中にいたはずのライオンは、勘太郎に照準を当てながら今にも飛びかかる体勢を取る。
し、しまった。城島茂雄の生死を確認したいが為についライオンに近づき過ぎたぜ。早く逃げないと俺もあのライオンの餌食になってしまう。ここはゆっくりと正面を向き、後ずさりをしながら、玄関の入り口まで移動をしないとな。とにかく焦りは禁物だぜ。
そう思いながらもゆっくりとした足取りで後退りをするのだがライオンの歩みの方が意外と早く、どうやら玄関の入り口の前まではとてもじゃないが持ちそうに無い用だ。
既に勘太郎を射程距離内に入れたライオンは、狂気をはらんだ目を向けながら今にも飛びかからんとするばかりだ。
このままでは確実に喰われてしまうと覚悟を決めたその時、勘太郎の左側から包丁を構えた羊野が機敏な動きで勘太郎の横を駆け抜けると、まるで自らが盾になるかのように勘太郎の前へと立ち。更に右側からは喰人魔獣ことゴロ助が猛ダッシュで勘太郎の横を駆け抜けると、まるで勘太郎を守るかのようにライオンの前へと立ちはだかる。
その光景はなんとも不思議で白い羊の皮を被った二足歩行の怪人と、見るからに人を襲っていそうな見た目を持つ凶暴そうな魔獣が互いに共闘を組んでいるように勘太郎には見えた。
そんな不思議な光景を間近で見ている勘太郎に、その背を向けながら羊野がボソリと呟く。
「どうやら暴食の獅子さんは幸せだったのでしょうね。最後の最後に自分が喰われるその瞬間を直に体験しながら息絶えることが出来たのですから」
「ガルルルル!」
「羊野、それにゴロ助まで、俺を助けに来てくれたのか」
そんな可笑しな格好をした一人の女性と、大きな一匹の犬に、明らかに手をこまねいていたライオンだったが、そんなライオンが明らかに怯えた鳴き声を上げながら、勘太郎のいるその後ろに注意を向ける。
ライオンの不思議な行動に一体どうしたんだと勘太郎が首を捻っていると、勘太郎の左の斜め後ろから大人の女性の声が聞こえて来る。
「勘太郎、良く頑張ったわね。後は私達に任せなさい!」
右側斜め後ろからは渋いおじさんの声が勘太郎の耳へと届く。
「そうだぞ、黒鉄の探偵。後は俺達に任せろ。だがこれが終わったら後でじっくりと説教だからな。それだけは覚悟しておけよ。たった一人であの暴食の獅子と戦えと一体誰が言った。あまり無茶な事はしてはならないといつも口が酸っぱくなるくらいに絶えず言ってあるだろうが!」
そう言うとその中年のおじさんと若い女性はそれぞれが手に持つ二つのライフル銃を構えながら、その照準を目の前にいるライオンに合わせる。
そう言わずと知れたその声は、勘太郎の腐れ縁の先輩でもある赤城文子刑事と、その上司でもある川口大介警部だった。
緊張をしながらライフル銃を構える赤城文子刑事は大きな体を持つゴロ助と薄汚いライオンを見比べながら驚きと戸惑いの声を上げる。
「げ、茶色い毛のライオンと黒い毛のライオンの二匹がこの場所にいるわ。これは一体どう言うことなの。説明して、勘太郎!」
赤城文子刑事が明らかに迷っていると、勘太郎が説明をする前に羊野が「その黒いライオンもどきの犬はいいですから、早くその目の前にいる血に飢えた本物のライオンの方を何とかして下さい!」と勘太郎の変わりに早口で言ってのける。
「い、犬なのそれ? まるで黒いライオンにしか見えないんだけど」
「ええ犬です。どこからどう見ても、誰が何と言おうと、こいつはただのお間抜けな犬ですわ!」
「羊野、お前」
勘太郎が言わんとしたことを代わりに言ってくれた羊野に対し、勘太郎は心の中で羊野に頭を下げる。
まあ、口では絶対に感謝の言葉は言ってはやらんがねぇ……と思いながら。
「赤城、そんな問答はどうでもいいから、早く目の前にいるライオンをこのライフル銃で仕留めるぞ。狙いはあの茶色い毛を持つライオンの眉間だ。いいな、よ~く狙えよ。外すなよ!」
「もうわかっていますよ、川口警部!」
そう言うと赤城文子刑事と川口大介警部は、飛びかかろうと前へと出るライオンの眉間に照準を合わせると静かにその引き金を引く。
バアーン! パァァーン!
その三秒後、静まり返った古民家の中から程なくして2発の銃声が辺りに響き渡るのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる