白い羊と黒鉄の探偵 ~狂人達が暗躍し掲げる不可能犯罪に白い羊と黒鉄の探偵が挑む~

藤田作磨

文字の大きさ
180 / 222
第八章 『白面の鬼女』 大雪が降る北海道の山頂で繰り広げられる生き残りを賭けたシリアルキラーとの推理戦に白黒探偵が挑む!

8-6.白面の鬼女、ついにその姿を現す(イメージラフイラストあり!)

しおりを挟む
                  6


 現在時刻は十五時三十分。

 雪道を歩くこと約三十分。

 依頼人の如月栄子の親身な頼みと強固な意志による激励で、何とか廃別荘の山小屋がある近くまで辿り着いた如月栄子・黒鉄勘太郎・羊野瞑子・大石学・飯島有・斉藤健吾・陣内朋樹・田代まさや・一ノ瀬九郎・佐面真子・田口友子・二井枝玄の十二人の捜索者達は幾つかの岩場がポツポツと点在する新雪が積もる山道へと差し掛かる。

 そのいろんな形がある大岩は回りに結構あり、小型自動車やドラム缶くらいの大きさの岩がチラホラと目に入る。そんな雪道に足跡を残しながら更に進むと目の前に見えてくる結構大きな廃別荘の存在に勘太郎の恐怖心と不安は更に増大する。

 何故ならその廃別荘はこの標高の高い場所には余りにも不釣り合いな建屋になっており……まるで二階建ての古い洋館を思わせるそんな作りになっていたからだ。
 いつ頃に建てられた物かは知らないが昭和初期からある建屋との事なので、その古めかしい外観はまるで人々に忘れられた寂れた廃墟を連想させる。
 そんな未知なる物への恐怖を抱きながら勘太郎は目の前に聳え立つ廃別荘をマジマジと見る。

「ここが現金輸送車襲撃犯の人達が謎の鬼女に襲われたという廃別荘の山小屋か。中々に静かで不気味そうな建屋じゃないか。これなら例え幽霊がでても別におかしくは無いな」

 顔を微妙に引きつらせながら話す勘太郎の呟きに好かさず羊野が答える。

「でも……出て来たのは実体がない幽霊の方ではなく、ちゃんと実体があり、しかも人を物質的に直に殺す事が出来る、いかれた殺人鬼の方ですがね」

「で、でも、その謎多き事件からもう既に一年は有に経っているんだから、その白面の鬼女とやらも、もう流石にこの山頂にはいないんじゃないのか。この犯人が仮に人間だったとして、今年もまたこんなとてつもなく寒い雪山に律儀にも舞い戻って来る理由は何処にもないだろうしな」

「白面の鬼女が、この標高の高い山の廃別荘にわざわざ戻ってくる理由は流石にないと言う事ですか。確かにこの山に舞い戻る理由が特にないのならそうなのかも知れませんが、私の見解は違います」

「そ、そうか。違うのか」

「それにこの冬の季節にこの雪山に登る移動手段は山頂へと続くロープウェイしかないそうなので、そのロープウェイのゴンドラに見知らぬ誰かが乗っていたら必ず同乗している乗客や下でロープウェイの操作をしている従業員の誰かが見ているはずです。なので誰にも気付かれずにこの山頂へと登るのは流石に不可能と言う訳です」

「確かに、そうなるよな。そんないかにも危なそうな女性がゴンドラに乗っていたら流石に誰かが気づくだろうしな」

「ですがそのいるはずのない鬼女は一年前にこの雪山から生還したと言う生き残った犯人を何故か見逃しています。そんないかにも信じがたい生還劇が遭ったせいなのかは知りませんが、その犯人が襲われたと必死に証言をしているその殺人鬼の存在を当の北海道警察は全く信じてはいないようです。そうなると当然その証言事態も信じてはいないと言う事になります」

「警察としては、なぜその犯人だけが白面の鬼女に殺されなかったのか、そこら辺を物凄く怪しんでいるようだな。殺された二人の犯人と殺されなかった犯人との違いは一体なんだ……と考えているのだろうぜ」

「私の見解では恐らく白面の鬼女は自分の存在を回りに示す為に敢えて一人は見逃したのではないでしょうか。つまりは鬼女伝説を語る伝言役として鬼女に生かされたのですよ。それにそうやって生存者や目撃者をワザと作らないと辻褄が合いませんよ。鬼女を目撃した人達を全て殺してしまったら鬼女の伝説は広がりませんからね」

「つまり、この山には白面の鬼女は本当にいると、あくまでもお前はそう考えているんだな」

「はい、私はそう考えています」

「そうか、だが俺はお前とは対照的に白面の鬼女はいないと思うけどな」

「ほう、何故ですか?」

「あ、あれは……その生き残った犯人がついた苦し紛れの嘘だよ。きっとその犯人達が盗んだとされる現金を巡って争い、その中で一人占めしようとしたその生き残りの犯人が無残にも他の二人の犯人を殺したんだよ。そしてその殺人を誤魔化す為に被害者を装って居もしない白面の鬼女の存在を語ったとは考えられないかね。その生き残った犯人の話では、白面の鬼女は逃げだした二人を追って廃別荘から山荘のホテルまでゆっくりと歩いて来たとの事だが、雪道についた足跡が見つかったのはその二人の犯人の足跡だけで、白面の鬼女の足跡は何処にも見つからなかったと後に警察が現場を調べてそう結論づけたとの話だ」

「つまり、その生き残りの犯人がついた自作自演の嘘という可能性も充分にあると言う事ですか。確かにその可能性も考えられますが、この白面の鬼女という鬼の出現は何もその一年前に起きた事件だけではなく、その三・四年前にもその姿を見せているから、私は首をひねっているのですよ」

「なにぃぃー、一年前だけの話ではないだとうぅぅぅ!」

「この山に現れる白面の鬼女は三・四年前からその姿を見たと言う目撃例や被害者らしき人の死体が幾つも見つかっているそうですが、その殺害現場を見たと言う目撃者の証言によれば、この山頂で殺された人の死体は何故かロープウェイで下る人達よりも早く移動がされていて、何故かその死体は必ず麓の下で見つかるのだそうです」

「なるほど、山頂で殺された被害者を見た目撃者が急いでロープウェイで下に降りて見てみたら、頂上付近で殺されたはずの被害者の死体が何故か麓の参道の道端に転がっていたと言う事か。確かにそれは不思議で、かなり可笑しな話だな。まるで瞬間移動じゃないか。は、白面の鬼女は、まさか妖術でも使えるのか?」

「そんな訳ないじゃないですか。茶化さないで下さい!」

「はい、すいません……」

(いや、俺は結構本気で言ったんだが……)

「そんな訳で私はこの山には白面の鬼女が必ずいる方に一票を入れますわ。て言うか廃別荘に今も変わらずに居てくれた方が絶対に面白いですし、スリリングで楽しいじゃないですか。ああ、早く私の元に出てこないかしら、白面の鬼女さん!」

「や、やめろよ。本当にその白面の鬼女があの廃別荘の中から出て来たらどうするんだよ!」

「ふふふふ、いずれにせよ、北海道を訪れた人をこの山頂へと招き入れ、その後に無差別に殺す白面の鬼女の真の動機がまだ分からない以上、私達の元にその姿を見せてくれるかはまだ分かりませんけどね」

「何らかの恨みを持つ者の犯行かも知れないが、過去にも人を無差別に襲っているから、もしかしたら人を殺す事の好きなただの愉快犯かも知れないな。羊野のようないかれた人間もここには現実にいる訳だしな。良かったじゃないか羊野、もしかしたらお前と同等の価値観のある人種かも知れないぞ」

「フフフ、つまりその白面の鬼女は私と考え方が似ていると言う事ですか。ならもう一つの可能性が浮上して来ますわね。この殺人は無差別では無く、白面の鬼女に取って不都合な人間や誰かの依頼を確実に成し遂げる為に殺してきた実績のあるトリック使いと言う事になります。つまりはプロの殺し屋です」

「プロの殺し屋って言うが、この白面の鬼女は思いっ切り自分の犯行をアピールしているじゃないか!」

「ええ、不可解な謎も沢山残していますわね。死体の瞬間移動を実現させた摩訶不思議なトリック犯罪ですか。こんなふざけた犯行をアピールする犯人は私の知る限り、あいつらしかいないのですが……」

「や、やはり、この事件にはあの円卓の星座の狂人が絡んでいると言う事なのかな……いや、まだそうと決めつけるには早い気がする。まだ彼らからはなんの声明文や予告も出てはいないし、その結論に至るにはまだ証拠が足りないぜ」

「いや、この現実離れをした事件の話を聞いた時点で私は狂人の関与を確信しているのですがね」

「だ、だから俺はこの依頼を受けるのは嫌だったのに、お前が面白半分にこの依頼を受けるからこんな事になっているんじゃないか。寒いしキツいし疲れたし、もうお腹も空いたよ。そう言えば朝から何も食べていないじゃないか。一体なぜこんな事に!」

「フフフフ、相変わらず黒鉄さんはへたれですわね。子供のような泣き言はみっともないですわよ。それにこの事件に円卓の星座の狂人が絡んでいるとしたら、私達がこの事件への関与を辞めた時点で見せしめとして、如月栄子さんが殺されるかも知れませんよ。その可能性を潰す為に、黒鉄さんは敢えてこの依頼を引き受けたんじゃないですか。そうですよね」

「お前がそうせざるに終えない状況に持って行ったんじゃないか。半ば無理矢理にな!」

 そう言いながら勘太郎は抗議の声を上げると肩を落としながらまたゆっくりと歩き出す。

「それで、お前の知る過去の仲間に……白面の鬼女と名乗る狂人はいたのか」

「いいえ、聞いた事もありませんわ。と言う事は私が円卓の星座の狂人を辞めた三年以内に加入した新たな狂人と言う事も考えられますわね?」

「お前も知らない未知の狂人か。こんなクソ寒い雪山でわざわざ人殺しを好んでするだなんて、全く迷惑な話だぜ!」

「そんな悪態をついている内に、妹の如月妖子さんがいなくなったと思われる森に着きましたわよ」

 そんな羊野の声に勘太郎は思わずその疲れ切った顔を上げる。
 
 そこに広がるのは枝に雪を積もらせた数多くの木々と日の光を遮る鬱蒼とした薄暗い雪の世界が際限なく広がる。

「ここが例の森か。確かに俺達以外の人の気配は全く感じないし、不気味で静かな所だな。この広い森の中を探すのかよ。いやいや、地面にも雪はかなり積もっているし、死体を探すには現実的ではないぜ」

「確かにそうですわね。でも登山サークル部長の大石学さんの話ではこの森の奥にその謎の岩穴の洞窟があるらしいですから、先ずはそこに行くのではありませんか」

「ど、洞窟か……なんだか嫌だな。警察は本当にその岩穴は見つけてはいないのかよ」

「先程の大石学さんの話しぶりだと警察はその岩穴を見落としたみたいですよ。話ではとても見つかりにくい所にあるみたいですからね」

「そうなのか、なら早くその岩穴に言って、妹さんの遺体を探して、早く帰ろうぜ。人の亡骸を探すのはハッキリ言って気持ち悪いし、気も引けるし、出来れば探したくはないんだがな」

「行方不明になってからもう一年半は経っているのですから、もういろんな小動物や虫やバクテリアに食い尽くされてすっかり骨になっていると思いますよ。なのでその骨の一部か彼女が生前着ていたと思われる衣類品でも見つける事が出来ればそれだけで御の字なのではないでしょうか」

 そんなヒソヒソ話を勘太郎と羊野が話していると、先頭を歩いていた如月栄子がまるでリーダーのような態度を見せながら、周りにいる登山サークルの部員達や勘太郎と羊野に声を掛ける。

「ええ、どうにか皆さんのご協力で共に目的地に着く事が出来ました。ここが私の妹の如月妖子がいなくなったとされる疑惑のある森です。登山サークルの部員達はここに来るのは初めてでは無いのかも知れませんが、私や探偵さんの二人や、大学の一年生の人達は初めてだと思いますので今日はこの辺りの下見を軽くして、明日の朝から本格的に探して見る事にしましょう。もう二~三時間でこの辺りは真っ暗になりますからね。三十分ほど辺りを見渡したら今日の所は山荘のホテルに戻りたいと思います。なので後少しだけ、ご協力のほどをよろしくお願いします!」

(やった、後三十分ほど我慢をすれば、山荘のホテルに帰れる)そう思った勘太郎の想いとは裏腹に如月栄子はある事を告げる。

「では皆さん軽くこの一帯を探して見たいと思いますので何か気付いたことがあったら教えて下さい。では三十分後にまたここで合流しましょう」

「分かりました、では俺達登山サークルの部員達は皆二人か三人のグループに編成してこの辺りを軽く探して見たいと思います。では各々各チームに分かれてこの辺り一帯を見て回るぞ。では行くぞ!」

 如月栄子の話を聞いた大石学部長は、大石学と飯島有。斉藤健吾と一ノ瀬九郎。陣内朋樹と田代まさや。佐面真子・田口友子・二井枝玄  の三人が分かれて森の木々や辺り一帯を軽く見て回る為に皆動き出す。

 山荘のホテルから更に五百メートル程離れたその場所は、険しい木々達が生い茂る森であり、数十メートルも歩けば方向感覚を失う程の雪が降り積もる原生した手付かずの自然が広がる。そんな場所だ。

 降り積もる雪が地面を白に染め上げる中でここまで歩いてきた勘太郎は、背負って来ていたリュックサックの中から紐を取り出すと、その紐を近くの木と勘太郎自身に結びつける。

「これでよしっと。この木を目印に紐を俺達の体にも結んで、道に迷わないようにするぞ。と言うわけで羊野に如月栄子さん、あんたらもこの紐を腰に付けるんだ!」

「はい、分かりましたわ。探偵さん!」

 勘太郎のアイデアに如月栄子は素直に従ったが、当の羊野の方は周りを気にしながらその提案を断る。

「黒鉄さんは如月栄子さんと一緒にこの辺りの下見をしながら妹さんの遺体を探してて下さいな。私はちょっと一人でこの辺りを見回って来ますから、しばらくは別行動をさせて貰いますわ」

 その言葉を聞いた勘太郎の額からは一滴の汗が流れ落ち、その体はブルブルと震え出す。

「あ、後はよろしくお願いしますって……おい、俺に一人で妹さんの死体の捜索をしろとでも言うのか!」

「一人じゃありませんわ。依頼人の如月栄子さんも傍にいるじゃないですか」

「た、確かにそうだが……依頼人を数に入れるなよ。それにこの辺りを見て回るのは別に今じゃなくてもいいだろ。明日もあるんだからさ」

「いいえ、今が……この時間がいいのですわ」

 一人で行く気満々の羊野は被ってある白い羊のマスクの位置を微妙に直すと勘太郎に背を向けて歩き始めるが、そんな羊野の行動を止める最適な言葉を勘太郎は瞬時に考える。

(よし、もうこうなったらストレートに弱音を吐くぞ。それくらいしないとあいつの謎に対する好奇心を止める事はできないからな。非常に具合が悪い素振りを見せれば、あいつも行くのを断念するだろうからな!)

 勘太郎は情けない事に(なんだか具合が悪い……目眩で倒れそうだ……)と病人を装いながら、羊野を引き止めようと仮病を使おうとしたが、そんな勘太郎の心情が分かっているのか羊野は(羊のマスク越しに)両耳に手を当てながら全速力でその場から走り出す。

「では黒鉄さん、ちょっと見回って来ますね!」


 ザア・ザア・ザア・ザア・ザア・ザア・ザア・ザア・ザアッ!


 雪を踏みしめながら突然走り出した羊野の行動に勘太郎は呆気に取られていたが、ハッと我に変えると勘太郎はその不安と自信のなさに染め上げられた感情を爆発させる。

「あ、あいつ、全速力で逃げやがった。ひ、羊野おお~ぅ。羊野さ~ん! 俺をこんな所に一人にしないでくれ~ぇぇぇぇーぇぇっ!」

 勘太郎の情けない絶叫だけが薄気味悪い森の中に響き渡り、その情けない光景を見ていた如月栄子は何だか微妙な顔をしながら勘太郎を見守る。

「黒鉄の探偵さん……羊野さんは一人で何処かに行ってしまいましたし、ここは私達だけで辺りを探して見ませんか。頼れる探偵助手がいなくなって不安なのは分かりますが、取りあえずは私と二人だけで頑張って見る事にしましょう。私も無理は絶対にしませんから」

 何故か依頼人の如月栄子に気を遣われた勘太郎は自分自身の行動を大いに反省する。

(そ、そうだった、自分が不安を煽ってどうするんだよ。未知なる不安と慣れない土地勘のせいか、つい見境無しに無様にも取り乱してしまったが、依頼人でもある如月栄子さんを不安にさせる事が一番してはいけない事だった。探偵である俺自身が不安になってどうするんだよ。如月栄子さんは俺を信用して依頼を頼みに来たんだから俺が取り乱してこれ以上醜態を晒す訳には行かないな。例え羊野がいなくとも、俺自身がしっかりせねばなるまい。そんな訳で、これからは強気で行くぞ! 如月栄子さんを安心させるんだ!)

 そう思った勘太郎は「はははは、今のは羊野の方を気遣っての言葉ですよ。俺は別に平気ですが、羊野の方を一人にするのが何だか不安だったので少し心配したまでの事ですよ。でもまああいつももう半人前ではないので、例え一人でも大丈夫でしょう。そんな訳で上司としてはやはり身勝手な部下の心配もしないといけませんからね」

「は、はあ、部下の心配をしての発言でしたか。私はてっきりこの場の現状が怖くて羊野さんに助けを請うているように見えましたが」

「ははははは、この俺がですか。そんな事がある訳がないじゃないですか。こんな事件現場など、俺は幾多も経験しています。ですから大船に乗ったつもりで居て下さいよ。如月栄子さんは何も心配する事はないのですから。もしも何かが起こったら、その時はこの俺があなたの盾となって必ず守りますから!」

「は、はあ、その時はよろしくお願いします……」

 勘太郎に不安と心配の目を向ける如月栄子だったが、気を取り直して森の中を探し始める。

「黒鉄の探偵さん、登山用のスコップは持っていますね。そのシャベルを使って何かがありそうな場所を掘ってみましょう」

「つまりは如月栄子さんが指示した場所の雪かきをしろと言う事ですね。分かりました、力仕事は任せてください!」

 そう言うと勘太郎は如月栄子の指示に従いながら彼女の後ろへとついて行く。まだ日が落ちてはいないと言うのに森の中は暗く静まり返り、登山サークルの部員達もそれなりに距離が離れているのか、人の気配は全く無いようにも感じてしまう。
 そんな木々の奥からは何か得体の知れない動物達の鳴き声が時々耳に聞こえ、勘太郎の内なる不安と恐怖心を更に煽り立てる。

 そんな見えざる恐怖心と必死に戦いながらも勘太郎は妹の如月妖子の遺体の行方を親身になって探していたが、直ぐに三十分が経ち、勘太郎は如月栄子に視線を向けながら遠慮がちに山荘のホテルに帰る号令を促す。

「もう期限の三十分が経ちましたよ。もう十七時か~十八時にはこの辺りは暗くなると思いますので早めに撤退をした方がいいと思うのですが、どうでしょうか?」

「そうですわね、夜には天気も荒れると言っていましたから、もう流石に戻った方がいいですわね。今日は現場にも来ることが出来ましたし、本格的な捜索は明日の朝からにしましょう。ではみんなを呼ぶ為に持参してある笛を吹きますね」

 そう言うと如月栄子は首に下げてある紐付きのホイッスルを吹こうと口に持って行くが、その手が何故か口元の直前で止まる。
 その時がまるで一瞬止まったかのような不自然な停止に勘太郎の目は如月栄子の見ている目を見つめていたが、如月栄子の「く、黒鉄さん……あれは一体なんですか?」という震えた声を聞きながらその視線の先を目で追う。

 そんな如月栄子の緊迫した声と視線に釣られて森の奥を見た勘太郎はその信じられない光景につい体を前のめりにさせる。何故なら鬱蒼と深い森が広がるその視界の百メートル先で、ゆらりと蠢く人型の何かを見つけてしまったからだ。
 なんだろうと思い、不安げに目を細めた勘太郎はその蠢いている物の正体に気づくと、心臓の鼓動と心拍数を上げながら体全体の毛を逆なでる。

「な、なんだ、あれは……まさか、人か?」

 正面を向きながら長い白髪を揺らすその女性は、赤いワンピースの裾を風になびかせながら不気味にその場へと立つ。

 その嫌でも目に焼き付いてしまう異形の姿に勘太郎の思考は一瞬止まり、心の何処かでは絶対にいるはずはないと思われていた伝説の鬼女の恐ろしい迫力に、直ぐにでもその場から逃げ出したい心境に駆られていた。

(ま、まさか、あれが伝説の鬼女としても有名な……この山の山頂に度々現れるという白面の鬼女か。まさか本当に俺達の前に現れるとは正直思わなかった。だけどこの後は一体どうしたらいいんだ。ここはみんなに知らせるべきかな?)

 勘太郎がそんな事を考えていると、隣にいた如月栄子が「あり得ない……こんな事は……絶対にあり得ないわ……」と言いながら遠くにいる白面の鬼女の方に厳しい視線を向ける。

 そんな如月栄子を庇うかのように彼女の前に立つ勘太郎はその白面の鬼女と思われる謎の女性の顔を確認しようと更に目を細めるが、その肝心の顔は長い髪が顔を覆い隠しているせいか、百メートル先からでは遠すぎて確認する事が出来ない。
 だが明らかに袖の長い夏用のワンピースを着た白髪の女性が深い森の中で不気味に立ち尽くしているのだから、その恐ろしい姿を見た人に与えるインパクトは計り知れない物があるだろう。

 それなりに距離もあり、薄暗い森の奥からその女性の姿がギリギリ見えているだけなのでもしかしたら目の錯覚かも知れないと一瞬思ったが、ゆっくりとその真っ白な顔を上げる白面の鬼女の不気味な姿にその憎悪と殺意が嫌でも伝わって来るかのようだ。

 赤いワンピースをなびかせながらその異常さを誇示するその女性は正面にいる勘太郎と如月栄子の方に顔を上げると、左手の人差し指をゆっくりと正面に向ける。

 遠くの先にいる白面の鬼女に直に指を指された事で物凄く嫌な気持ちになる勘太郎だったが、その意味不明な仕草だけでも不気味で恐ろしいと言うのに何故か白面の鬼女はその瞬間、体を海老反りに大きくのけぞらせながら、まるでとち狂った獣のようにけたたましい声で遠吠えを上げる。

「キッイイイイイイイイイイイーィィィ。キッイイイイイイイイイイイイーィィィ!」

 白面の鬼女は腰に下げてある鎖鎌を荒々しく取り外すと、奇っ怪な鳴き声を上げながら鎖付きの分銅を勢いよく振り回し始める。その荒々しく回す分銅付きの鎖の回転は凄まじく、その鎖の回転に巻き込まれて触れた木々の枝は木っ端微塵に砕け散る程の威力だ。

「ま、不味い、どうやら向こうも俺達の存在に気付いたらしいぞ。早くこの場から逃げないとあの化け物に追いつかれてしまう!」

「いいえ、ここは逃げずにこの森の何処かにいるはずの登山サークルの部員達を直ぐにでも呼び戻しましょう。その方が早いですから!」

 今にも動きだそうとする白面の鬼女の迫力と謎の奇声に勘太郎はかなりの焦りと恐怖心を見せていたが、そんな勘太郎の情けない姿をホローするかのように如月栄子は手に持つホイッスルを吹きながらその緊急事態の音色を森の周辺へと響かせる。

 ピピーィィィ……ピピーィィィ……ピピピピーィィィ!


(くそ、この山の山頂に着て、早くも大変な物と遭遇してしまった。あれがおそらくは……如月栄子が言っていた、人ならざる者……白面の鬼女か。話を聞いてはいたが、話を聞くのと直に見るのとではその迫力は段違いだぜ。そのいきなりの遭遇に俺の足はすくみ、腰の方は今にも抜け落ちそうだ。その姿を一目見ただけで気持ちが竦んでしまうとは……情けない……相変わらず今の俺は、物凄く情けな過ぎるぜ!)

「黒鉄の探偵さん、大丈夫ですか。顔色がかなり優れない用ですが。もしもの時は、この場から全速力で逃げますよ!」

「もし白面の鬼女がこちらに近づいて来たら、その時は……俺を置いて先に逃げて下さい。どうやら俺は極度の緊張と恐怖に直ぐには走れそうにないです。本当に我ながら情けないです」

「なに弱気な事を言っているんですか、もうしっかりして下さいよ、探偵さん!」

「情けない話ですが、どうやら腰が抜けたようで、直ぐには走れそうにないみたいなんですよ……」

「な、なんですてぇぇ!」

 勘太郎はこちらに走りよろうとする白面の鬼女の接近に異常なまでの警戒と緊張を見せていたが、その五十メートル先から行き成り現れた羊野瞑子の突然の出現に白面の鬼女の足はピタリと止まる。

「キッイイイーィィィ……キッイイイイイイイイイイイイイーィィィ!」

「フフフフ……」

 お互いにその場で睨み合いながらも足を止める羊野と白面の鬼女だったが、その不適な迫力に思わず一歩後ずさる白面の鬼女に向けて羊野瞑子が先に話し始める。

「ホホホホホ、あなたがこの山に巣くうという伝説の鬼女……白面の鬼女さんですね。やっとお会いする事が出来ましたわ。実際の実力はどれほどの物なのか、少し私と遊んで下さいな!」

 白い羊のマスクを向けながら不気味にそう言い放つと、羊野は分厚いウエアの腰に隠してある長く大きな包丁を(2本ほど)勢いよく抜き放つ。

 シャッキーン!

 その抜き出された包丁を両手に持ちながら白面の鬼女にゆっくりと近づいていく羊野は、その恐ろしい狂気を見せながら、同じく恐ろしい存在のはずの白面の鬼女の狂気をも飲み込んで行く。。

 そんな毛色の違う純粋な狂気を目の当たりにした白面の鬼女は、羊野の接近をかなり警戒しているのか体を反対側に向けると、迷うこと無く一目散にその場から走り出す。

 ス・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・タ!

「ちょ、ちょっと、行き成り逃げないで下さいよ。白面の鬼女は狂ったシリアルキラーだとばかり思っていたのに、私の姿を見ただけで逃げられたら調子が狂うじゃないですか!」

 突然逃げ出した白面の鬼女の後を追おうと走り出そうとする羊野を勘太郎が止める。

「お、おい羊野、どこに行くんだよ!」

「勿論このまま追撃をしますわ。そんな訳で私は白面の鬼女の後を追いますから、黒鉄さんは如月栄子さんの身の安全の確保をして下さい。そうですね、この先にあるあの廃別荘の山小屋の前で待ち合わせをしましょう。もしも三十分経っても私が戻らない時は、登山サークルの部員達を連れて先に帰っても構いませんから!」

「構いませんからって、羊野、余り白面の鬼女の深追いはするなよ。いくらお前が手練れでもこの山は奴のテリトリーだからな、何があるかは分からんぞ!」

「大丈夫ですわ、深追いはしませんわ。では後ほど!」

 そう元気よく勘太郎に叫ぶと羊野瞑子は、先に逃げ去った白面の鬼女の後を追って深い森の中へと消えて行くのだった。

 不気味な足取りで雪山を歩く、狂人・白面の鬼女の図です。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...