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第八章 『白面の鬼女』 大雪が降る北海道の山頂で繰り広げられる生き残りを賭けたシリアルキラーとの推理戦に白黒探偵が挑む!
8-7.突然消えた白面の鬼女の痕跡
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白面の鬼女を追う為に追跡を開始した羊野瞑子は、雪道に残された足跡を追いながら森の中へと消えて行く。
一方勘太郎の方は傍にいる如月栄子を連れながら急ぎ足で恵比寿を返すと元来た森を抜け廃別荘へと辿り着くが、その不安な気持ちは拭えない。
そんな不安を振り払うかのように廃別荘に付くなり首に提げていたホイッスルを力強く吹いた如月栄子はまだ誰一人として帰っては来ていない登山サークルの部員達に危険を知らせる為にみんなを呼んだが、直ぐに待ち合わせ場所に駆けつけて来る物とばかり思われていた登山サークルの部員達はまだ誰一人として廃別荘の山小屋に帰ってくる気配はなかった。
もしかしたら余程遠くの方に探しに行っているのかとも思いしばらく待ったが、それから程なくして悲鳴を上げながら戻ってきたのは登山サークルの部長の大石学とキツいつり目が印象的な飯島有の二人だった。
ガタガタと体を震わせながら大石学の腕にしがみついていた飯島有が青い顔をしながら大きな声で叫ぶ。
「な、何なのよ、何なのよ、一体あれは。あり得ない……あんなのは絶対にあり得ないわ!」
「一体どうしたんですか。何があったんですか?」
詳しく事情を聞こうとする勘太郎に向けて大石学が代わりに話出す。
「出たんですよ、赤いワンピースを着た白髪の女性が……」
「赤いワンピースを着た白髪の女性だってぇぇ!」
「俺と飯島有さんの二人で森の中を捜索していたら、遠くの森の木々の間を走り去る赤いワンピースを着た白髪の女性の姿を見かけて、それで飯島さんがかなり驚いて、取り乱しているんですよ。なにせあの姿はこの山の周辺に古くから伝わる白面の鬼女伝説に出て来る鬼女と姿形が一緒でしたからね」
「昔から伝わるって……遙か昔から赤いワンピースを着ていた訳じゃないでしょうに」
「確かに……赤いワンピースを着た姿はここ三~四年前くらいからですが、白面の鬼女自体はその時代に合った服装に変えて、かなり昔からこの山一帯に出没している見たいです。その正体は幽霊か、或いは妖怪かも知れませんし、誰かが他人を驚かせる為に仕組んだ悪戯や、人をただ殺す事の好きないかれた愉快犯かも知れませんが、いずれにせよあんな奇っ怪な物を見てしまったら落ち着いて物探しなんて出来ませんよ。このままここにとどまっていたら何が起きるか分からないので、今日はもう大人しく山荘ホテルに戻る事にしましょう。如月栄子さんもそれでいいですよね!」
「ええ、私もそう思って何度もホイッスルを吹いているのですが、まだ他の登山サークルの部員達が戻って来ていないのですよ」
「なんだってぇ!」
そんな事を話しているとしばらくして今度は陣内朋樹と田代まさやが行き成り後ろの杉林から勢いよく現れる。その二人の姿はいずれも息絶え絶えで、その酷く青ざめた顔は何か見てはならない物でも見てしまったかのような顔をしていた。
体を互いに震わせながら先程二人が見たと言う話を先に陣内朋樹が話し始める。
「出た、赤いワンピースを着た白髪の女性だ。話には聞いてはいたが、まさか本当に現れるとは思わなかった。あれが噂の白面の鬼女か!」
続いて遅れて田代まさやが震えた声で話し出す。
「あの白髪の女、俺達の姿を見るなり森の奥深くに走って逃げやがった。下は雪道だったし足跡をたどって行ったら追いつくことも出来たんだろうが、あいつ……手に片手鎌の様な物を持っていやがったから、流石に怖くて追いかける事ができなかった。ちくしょう、あんなのがこの森の中をうろついているだなんて、正直言ってまだ信じられないぜ。て言うか一体奴はどこから現れたんだ。全く理解が出来ないぜ!」
そんな事を田代まさやが話していると、今度は森の中から、斉藤健吾と佐面真子の二人が勢いよく走ってくる。やはりその二人も尋常ではないような様子をしていて、先を走っていた斉藤健吾は何かに怯えているのか頻りに後ろを振り向き。佐面真子に至ってはただ泣きじゃくるばかりで、その取り乱し用は尋常ではなかった。
勘太郎はそんな二人に直ぐに駆け寄ると、命からがら逃げて来たと思われる斉藤健吾と佐面真子の二人に一体何が起きたのかを聞く。
「一体どうしたんですか。まさか……」
「ああ、俺達も見たんだよ、あの赤いワンピースを着た白髪の女性をな。そして逃げている最中に木の下で泣いている佐面の奴とばったり会って、そのまま二人でここまで引き返してしまった」
「それで斉藤健吾さん、あなたと当初一緒に行動をしていた一ノ瀬九郎さんは一体どうしたんですか。姿が見当たらないようですが?」
「知らねえよ、死体探しをしている最中にいつの間にかはぐれていなくなってしまったんだよ。だが奴もこの山の事を全く知らない素人じゃないんだから、恐らくは雪道に残されてある足跡をたどってこの場所まで戻ってくるはずだぜ」
「なら佐面真子さん、あなたと一緒に行動をしていた田口友子さんは一体どうしたんですか。まさか森の中ではぐれてしまったんですか?」
「はい、ちょっと目を離していたら友子さんとは何処かではぐれてしまいました。だから私……いなくなった彼女を探して森の中をさまよっていたんですが、その時に見てしまったんです……遠くの森の方で蠢くあの赤いワンピースを着た白髪の女性の姿を。その女は私の存在に気付くと私から逃げるように直ぐにいなくなりましたが、もしかしたらあの白面の鬼女に友子さんが何処かに連れて行かれてしまったんじゃないかと思い、物凄く怖くなって……それで泣いていたんです」
「そうでしたか。つまり二年生の一ノ瀬九郎と、一年生の田口友子の二人が今も行方不明と言う事ですか」
「はい、そう言うことです」
「なら後は一年生の二井枝玄さんはどうしましたか?」
「彼は途中から一人で辺りを探すと言って森の中へと消えて行きましたが、まさかまだ戻ってはいないのですか。だから一人は危険だと言ったのに……」
「ええ、二井枝玄さんもまだ戻ってはいないみたいです。一体どこまで探しに行ったのでしょうか、心配ですね」
「そんな……二井枝玄君まで……この非常時に一体彼はどこまで探しに行ったのでしょうか。彼とは登山サークルに入った時からの知り合いですが、一体何を考えているのか未だに分からない人です。本当に困った人です」
「そうでしたか。でもまあ、自分が来た道をそのまま逆戻りに帰ればまたこの廃別荘の山小屋に戻る事が出来るんですから、あの白面の鬼女に遭遇していないのなら恐らくは大丈夫だと思いますよ」
「なら……もしもあの白面の鬼女と遭遇していたら、二井枝玄君と一ノ瀬九郎先輩……それに田口友子さんは一体どうなるんですか?」
「どうって……それは俺にも分かりませんよ。ただあの白面の鬼女が一年前に人を襲って殺した奴と同一人物なら、その危険性はグッと高まるかも知れません」
「そ、そんな……なら友子さんは……」
「ですが今はその白面の鬼女の後を羊野の奴が必死に追っていますから、白面の鬼女の奴も人を襲う余裕などはあるとは思えませんし、恐らく一ノ瀬九郎さんも、勿論二井枝玄さんも、当然田口友子さんも、まだ大丈夫だと思いますよ。今はそう信じてもうしばらく待って見る事にしましょう。それでも……三十分が過ぎても戻らない時は俺がもう一度この森の中に入って、三人を一通り探して見ますから、安心して下さい!」
「その時は俺と斉藤も一緒に行きますよ、探偵さん。そうだよな、斉藤!」
「ああ、仕方が無いな、当然俺も行ってやるぜ!」
大石学の力強い言葉に勘太郎は少しだけ安心するが、もしも羊野瞑子を含めた四人が戻らなかった時はどうしようかと、勘太郎は内心頭を抱える。
(不味い、この状況は非常に不味いぞ。もしも一ノ瀬九郎・二井枝玄・田口友子の三人があの赤いワンピースを着た白髪の女性……白面の鬼女に襲われていたとしたら、災厄の状況を覚悟しないといけないのかも知れない。後少しだけ待って羊野が戻る気配が全くなかったら、俺も森の中を探しに行く事にしよう。陣内朋樹さんと田代まさやさんにはもしもの時の為にこの廃別荘の前に残って貰って、他の登山サークルの部員達が戻ってくるのを待って貰うことにしよう。そしてその間に女性陣の如月栄子さん・飯島有さん・佐面真子さんの方には山荘ホテルまで先に戻って貰って、ホテルにある遭難緊急用の衛星電話で山岳救助隊に救助要請をして貰おうと俺は考えている。それだけ今はかなり深刻な状況なのかも知れないと言う事だ!)
そんな最悪な状況を考えていると、薄暗い森の中から一ノ瀬九郎と二井枝玄が共に現れる。全速力で走ってきたのか息は荒く絶え絶えで、顔色はかなり青ざめた表情をしていた。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、あり得ない……あんなのはあり得ないぜ……何なんだよ、あれは!」
「ハア、ハア、ハア、ハア、ゲッホ~ゲホッ、ま、全くですね……あれは一体なんの冗談だよ……全く洒落にならないよ!」
「一ノ瀬九郎さん、二井枝玄さん、そんなに走って、一体どうしたんですか。まさかお二人も、あの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たんですか?」
「あ、ああ、よく分かったな。この山に現れては度々登山者を襲うというあの伝説の鬼女……白面の鬼女らしき者をこの目で見たんだよ。あの女、俺の姿を見るなり手に持つ片手鎌を振り回しながら俺に近づいて来る素振りを見せたから全速力で逃げて、木の影に急いで隠れて白面の鬼女がいなくなるのをジーと待っていたんだが、あの女が何処かで待ち伏せをしていると思いその場から動けなくなってしまったんだよ。それで動けずにその場に待機をしていたら二井枝の奴と合流する事が出来たから、それで意を決して一緒に逃げてここまで来る事が出来たと言う訳さ。それにしてもあの白面の鬼女の奴が俺を追い掛けようとこちらに向かってきた時は流石に生きた心地がしなかったが、どうにか俺を見失ってくれて助かったぜ!」
「僕の方は、白面の鬼女に追いかけられそうになっている一ノ瀬九郎先輩の姿を木の陰から隠れて見ていましたから、何を思ったのか一ノ瀬先輩を追うのを辞めた白面の鬼女がその場から通り過ぎるのを確認した僕は、回りの安全を確認してから一ノ瀬先輩に会いに行ったんですよ。如月栄子さんが吹いていたホイッスルの音も聞こえていましたし、一ノ瀬先輩とは一緒に戻った方が心強いですからね。でもまさか本当にあんなのが森の中をうろついているだなんて、未だに信じられませんよ。どうやら鬼女伝説は本当だったようですね!」
「本当ってあんた……」
共に怯えながら話す一ノ瀬九郎と二井枝玄の驚きの声を勘太郎が聞いていると、メソメソと泣いている田口友子を後ろに引き連れた羊野瞑子が森の奥からゆっくりと歩いてくる。
その羊人間を模した羊野瞑子の姿はなんとも不気味で、そんな羊野の後ろをビクビクしながら歩いていた田口友子は明らかに羊野を意識しながらかなり怯えた様子で歩いているように勘太郎には見えた。そんな田口友子に目をやりながら勘太郎は、雪に足を取られながらも歩いてくる羊野に向けてこの状況と理由を聞く。
「羊野、随分と遅かったじゃないか。待ちかねたぞ。もしかしたらお前の身に何か遭ったんじゃないかと思い、少しだけ心配をしてしまったぜ。それで、お前が後を追った白面の鬼女は一体どうなったんだ?」
「途中までは追いかけたんですが、あり得ない所で巻かれてしまいましたわ」
「あり得ない所だと?」
はい、崖の所です。白面の鬼女の足跡を追って雪道を追跡していたのですが、崖の所で雪道に残されていた足跡がキッチリとその場所で切れていたのですよ」
「崖の所で足跡が切れていると言う事は、白面の鬼女は崖から真っ逆さまに下へと飛び降りたとでも言うのか?」
「とても信じられない事ですが、足跡は途中で切れていましたし、そこから逆戻りをした形跡もありませんでしたわ」
「逆戻りをした形跡もないって、そんな事はあり得ないだろう。なら本当に崖の下に落ちたかどうか、勿論確認はしたんだろうな」
「勿論確認はしましたが、何分ここからの高さが約1300メートルくらいはあるのでもしも谷底に落ちてしまったらその確認は非常に困難なのですが、それでも下を調べた結果、その谷底の真下には白面の鬼女らしき人間の死体は確認できませんでしたわ」
「なら白面の鬼女はその崖の上から突如として消えたと言う事になってしまうぞ。だがそんな事は現実には絶対にあり得ないだろ。一体白面の鬼女は雪道に足跡を残す事無く一体どうやってその場所から消える事が出来たと言うんだ。不可解だ、この謎は非常に不可解だぜ!」
「それが白面の鬼女に関わる最大の謎ですわね」
「それで、田口友子さんとはどこで一緒になったんだ?」
「ああ、彼女とは白面の鬼女を見失って廃別荘に戻る時にたまたまその姿を見かけましたから、一緒に帰ってきたまでの事ですわ。どうやら彼女も友達とはぐれてしまい、道に迷って辺りをさまよっていたみたいでしたからね」
「そうなのですか、田口友子さん」
その勘太郎の問に田口友子が答える。
「はい、私も遠くで赤いワンピースを着た白髪の女性を見かけた時は腰を抜かすほどにびっくりしてしまいましたが、その後で白い羊のマスクを被った探偵助手さんが包丁を握りしめながら私の元に近づいてきた時は流石に恐怖で泣きそうになりましたよ。あの赤いワンピースを着た白髪の女性と同等に怖かったですからね。もしも羊野さんとか言う探偵助手さんの事を知っていなかったら恐怖の余りにそのまま失神していた所ですよ!」
田口友子からそんな話を聞いた勘太郎は、羊野の方をじっと見ながら静かに非難の言葉を送る。
「羊野、お前、人に近づく際には最低でも手に持っている包丁くらいは仕舞えよな。それでなくともお前はその姿形から誤解されやすいんだからさ」
「ホホホホ、白面の鬼女の後を追っていて興奮冷め有らぬ後だったのでついうっかり包丁を仕舞うのを忘れてしまいましたわ。でも突然消えた白面の鬼女がまたどこから現れるかは分からないので、常に警戒を怠らなかった結果だと思って下さい。それに私達はまだ警戒を解くわけにはいかないのですよ。何故ならあの神出鬼没な白面の鬼女が使う瞬間移動トリックの謎を私達はまだ何も知らないのですから!」
「た、確かにな。だが人前で武器の使用は出来るだけ控えろよ。それでなくともお前は常に包丁を持ち歩いているんだからその事がバレたら問答無用で警察に通報されかねないぞ!」
「銃刀法違反ですか、まあ例え警察に捕まっても直ぐに釈放されますがね。私の武器使用は、黒鉄さんが持っている唯一の武器でもある、あの黒鉄の拳銃と同じ扱いですからね」
「まあ、確かにそうなんだがな。だが常識とモラルと秩序は守れと言う事だ。出ないと俺達の事情を知らない如月栄子さんや登山サークルの部員達も驚くだろうからな!」
「ホホホホ、まあ確かに、そうなんですけどね」
そんな他愛もない会話を続ける勘太郎と羊野を見ていた大学の一年の佐面真子が同じく一年の田口友子に近づくと思いっ切り抱きしめながら、その無事を確認する。
「もう友子ったら一体どこに行っていたのよ。本気で心配したんだからね!」
「ごめんなさい……辺りを探していたらいつの間にか迷子になってしまって、それで道に迷ってしまったのよ。なにせこの森は私にとっても初めての場所だったからね。雪のせいで風景もどことなく皆同じように見えちゃうし、つい焦っちゃったわよ!」
「それで、友子もあの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たの……」
「ええ、この目でしっかりと見たわ。まさか本当にあんなのがこの森の中にいるだなんて正直思わなかったわよ。一体あれは何なのかしら?」
「あれがこの山に昔から現れるという白面の鬼女で、まず間違いはないわ。恐らくはこの山に土足で足を踏み入れた私達に警告をするために山の神様の遣いでもある彼女がその姿を現したのよ。その下見も兼ねてね。絶対にそうに違いないわ。一年前にこの山で襲われた、あの現金輸送車襲撃犯の三人の犯人達の時のように、白面の鬼女は私達を襲うつもりなのよ!」
「そ……そうなのかな……」
「きっとそうよ、そうに違いないわ!」
その佐面真子の鬼気迫る怯えた言葉に、話を聞いていた登山サークルの部員達は皆一斉に息を呑む。それだけ皆あの赤いワンピースを着た白髪の女性を恐れていたからだ。
そんな登山サークルの部員達の沈黙を破ったのは大学四年の飯島有である。飯島有は何やら怒りの表情を見せながらも馬鹿馬鹿しいとばかりに佐面真子の話を完全否定する。
「な、何言ってるの、あんなのが本当にこの世にいる訳が無いじゃない。全くどうかしているわ。多分あれはみんなが見た集団催眠やただの幻覚かも知れないし、何かの目の錯覚による見間違いと言う事も考えられるわ。そうよ……きっとそうよ……そうに違いないわ。あんな化け物が実際にいる訳がないじゃない。きっとこの山に先に来た登山者の誰かが悪ふざけをして(あんな姿をしてまで)私達を驚かそうとしているに違いないわ。私達を驚かせる映像を取るためにスマホで撮影をして、YouTubeにでもアップするつもりなのよ。きっとそうよ、そうに違いないわ!」
つい先ほど自分が見た物を無理矢理に否定する飯島有に、二年の一ノ瀬九郎がその言葉の矛盾を反論する。
「でも、飯島先輩も大石学部長と一緒に、あの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たんですよね。あれは絶対に実態のある人間でしたよ。と言う事はあれがみんなが言っていたこの山に現れる白面の鬼女でまず間違いはないんじゃありませんか。絶対に見間違いなんかじゃありませんよ。他の登山サークルの部員達もみんなその姿は見ていますからね!」
「うるさい、うるさい、うるさい、この私が見間違いって言っているんだから絶対に見間違いなのよ。あんなのはいない、いるはずが無いわ、そうでしょう、みんな!」
体を震わせながらヒステリックに話す飯島有の言葉に他の登山サークルの部員達は誰も応えない。その沈黙こそが白面の鬼女の存在を色濃くみんなの記憶の中に残している絶対的な証拠だからだ。
そんな沈黙を続ける他の登山サークルの部員達に飯島有は激しく怒鳴りつける。
「ちょっと私を無視するんじゃ無いわよ。どうせ誰かが私達四年生を驚かそうと思ってあの赤いワンピースを着た白髪の女性を演じているのでしょ、もう私には分かっているんだから、いい加減に悪ふざけをした人は名乗りでなさいよ。でないと本当に怒るからね。て言うかもしこれ以上悪ふざけを続けるつもりなら犯人を見つけだして必ず半殺しにしてやるわ。そうなりたく無かったら今直ぐにでも名乗り出なさい!」
飯島有のその余りの剣幕に、近くにいた斉藤健吾がその重い口を開く。
「いいや、こんな雪山の森でわざわざ赤いワンピースを着た白髪の女性を演じるような馬鹿は流石にいないだろ。そんな事をして俺達をわざわざビビらせたってなんの得にもならないだろうしな。もしそんな事を望んでいる奴がいるとしたら、それは俺達に何らかの恨みや悪意を持った奴だけだぜ!」
その斉藤健吾の言葉をきっかけに、陣内朋樹や田代まさやもすかさず口を開く。
「確かに……あの赤いワンピースを着た白髪の女からは、何やら悪意のような物を確かに感じたぜ! でもまさか……本当に……本当に……あんなのがこの山の中にいるだなんて未だに信じられないぜ!」
」
「ああ、そうだな、あの白髪の女は本当に見るからにヤバそうだったからな。俺は遠くでも目がいいからあの白面の鬼女の顔をハッキリと見ることが出来たんだが……奴の顔を見た限れでは、奴の顔には目も……鼻も……口も……全く無い真白な白面の顔だったぞ。実際にあんな薄気味の悪い化け物がこの山の中にいるだなんて……あれじゃまるであいつと一緒じゃないか!」
「お、おい、よせよ。今はその話は……」
「あ、す、すまねえ……ついうっかり……」
余りの恐怖につい口に出た田代まさやの言葉に、隣にいた陣内朋樹が慌てて止める。そんな二人の慌てた言動を間近で見ていた大石学部長・飯島有・斉藤健吾の三人は無言と言う名の圧力で陣内朋樹と田代まさやの二人に厳しい視線を向けているように勘太郎には見えた。
(何だ、この言いしれぬ緊迫感は……?)
勘太郎はそんな陣内朋樹・田代まさや・大石学・飯島有・斉藤健吾の五人の言動に何やら不可解な疑問を感じていたが、その怪しげな言動に気付いていないかの用に勘太郎は態とらしく振る舞う。
そんな勘太郎を見ていた如月栄子はしばらく何かを考えているようだったが、覚悟を決めたのかキリリとした真剣な眼差しを羊野瞑子に向けると、手に持つ包丁をウエアの腰の下に仕舞おうとしている羊野に向けて話しかける。
「ではその話が本当かどうかを是非とも私も自分の目で確かめたいので、その白面の鬼女が消えたとあなたが主張をしている断崖絶壁の崖の所まで案内してはくれないでしょうか。私もどうしてもその真相をこの目で確かめたいですからね!」
「ええ、連れて行きたいのはやまやまなのですが、もう流石に山荘のホテルに戻らないとすっかり夜になってしまう物と思われますので、取りあえずは今日は一旦この場を去る事にしましょう。もしも明日天気が良かったらまた明日の朝にでもここを訪れたいと思っていますので、その時に再度案内をしますわ」
「でも、今夜の夜は雪が降ると天気予報では言っていましたから、証拠となる足跡が消えてしまうのではありませんか」
「まあ確かに、雪が降り積もったらその場にいた人の足跡は全て消えてしまうとは思いますが、崖の場所は覚えていますので、現場に案内するだけなら大丈夫だと思いますよ」
「私は白面の鬼女が消えたという崖の所よりもその雪に残された足跡を見たかったのですが……」
「今夜は雪が振らないことを神に祈るしかないようですわね。もし雪が降らなかったら、もしかしたら白面の鬼女と私の足跡を見る事が出来るかも知れませんよ。フフフフ、まあ精々今夜は雪が振らないことを祈ってて下さいな、如月栄子さん!」
「ええ、そうですわね。精々神に祈らせて貰いますわ。羊野瞑子さん!」
「ホホホホホ!」
「フフフフフ!」
そんな羊野瞑子と如月栄子の何やら緊縛した会話を聞きながら勘太郎は思う。
(なに、この異様な二人の白熱したテンションは?)と。
現在時刻は十六時三十二分。
日没の前に何とか山荘のホテルに戻りたいと考えている勘太郎を始めとした登山サークルの部員達はもうそろそろ帰ろうという視線を如月栄子に送り、その願うかのような視線に気付かない如月栄子は白面の鬼女が消えたという現場に行く気満々のようだったが、羊野の的確且つ冷静な言葉で渋々思いとどまったようだ。
そんな回りにいる人達を照らす夕日が山々の峰へと近づき消えようとしているそんな中で、羊野は被ってある白い羊のマスクを脱ぎながらその屈託のない可愛らしい笑顔を周りにいるみんなに惜しげも無くさらすのだった。
「それでは皆さん一旦ホテルの方に戻りましょうか。疲れを癒やす温泉と美味しい夕食が待っていますわ!」
白面の鬼女を追う為に追跡を開始した羊野瞑子は、雪道に残された足跡を追いながら森の中へと消えて行く。
一方勘太郎の方は傍にいる如月栄子を連れながら急ぎ足で恵比寿を返すと元来た森を抜け廃別荘へと辿り着くが、その不安な気持ちは拭えない。
そんな不安を振り払うかのように廃別荘に付くなり首に提げていたホイッスルを力強く吹いた如月栄子はまだ誰一人として帰っては来ていない登山サークルの部員達に危険を知らせる為にみんなを呼んだが、直ぐに待ち合わせ場所に駆けつけて来る物とばかり思われていた登山サークルの部員達はまだ誰一人として廃別荘の山小屋に帰ってくる気配はなかった。
もしかしたら余程遠くの方に探しに行っているのかとも思いしばらく待ったが、それから程なくして悲鳴を上げながら戻ってきたのは登山サークルの部長の大石学とキツいつり目が印象的な飯島有の二人だった。
ガタガタと体を震わせながら大石学の腕にしがみついていた飯島有が青い顔をしながら大きな声で叫ぶ。
「な、何なのよ、何なのよ、一体あれは。あり得ない……あんなのは絶対にあり得ないわ!」
「一体どうしたんですか。何があったんですか?」
詳しく事情を聞こうとする勘太郎に向けて大石学が代わりに話出す。
「出たんですよ、赤いワンピースを着た白髪の女性が……」
「赤いワンピースを着た白髪の女性だってぇぇ!」
「俺と飯島有さんの二人で森の中を捜索していたら、遠くの森の木々の間を走り去る赤いワンピースを着た白髪の女性の姿を見かけて、それで飯島さんがかなり驚いて、取り乱しているんですよ。なにせあの姿はこの山の周辺に古くから伝わる白面の鬼女伝説に出て来る鬼女と姿形が一緒でしたからね」
「昔から伝わるって……遙か昔から赤いワンピースを着ていた訳じゃないでしょうに」
「確かに……赤いワンピースを着た姿はここ三~四年前くらいからですが、白面の鬼女自体はその時代に合った服装に変えて、かなり昔からこの山一帯に出没している見たいです。その正体は幽霊か、或いは妖怪かも知れませんし、誰かが他人を驚かせる為に仕組んだ悪戯や、人をただ殺す事の好きないかれた愉快犯かも知れませんが、いずれにせよあんな奇っ怪な物を見てしまったら落ち着いて物探しなんて出来ませんよ。このままここにとどまっていたら何が起きるか分からないので、今日はもう大人しく山荘ホテルに戻る事にしましょう。如月栄子さんもそれでいいですよね!」
「ええ、私もそう思って何度もホイッスルを吹いているのですが、まだ他の登山サークルの部員達が戻って来ていないのですよ」
「なんだってぇ!」
そんな事を話しているとしばらくして今度は陣内朋樹と田代まさやが行き成り後ろの杉林から勢いよく現れる。その二人の姿はいずれも息絶え絶えで、その酷く青ざめた顔は何か見てはならない物でも見てしまったかのような顔をしていた。
体を互いに震わせながら先程二人が見たと言う話を先に陣内朋樹が話し始める。
「出た、赤いワンピースを着た白髪の女性だ。話には聞いてはいたが、まさか本当に現れるとは思わなかった。あれが噂の白面の鬼女か!」
続いて遅れて田代まさやが震えた声で話し出す。
「あの白髪の女、俺達の姿を見るなり森の奥深くに走って逃げやがった。下は雪道だったし足跡をたどって行ったら追いつくことも出来たんだろうが、あいつ……手に片手鎌の様な物を持っていやがったから、流石に怖くて追いかける事ができなかった。ちくしょう、あんなのがこの森の中をうろついているだなんて、正直言ってまだ信じられないぜ。て言うか一体奴はどこから現れたんだ。全く理解が出来ないぜ!」
そんな事を田代まさやが話していると、今度は森の中から、斉藤健吾と佐面真子の二人が勢いよく走ってくる。やはりその二人も尋常ではないような様子をしていて、先を走っていた斉藤健吾は何かに怯えているのか頻りに後ろを振り向き。佐面真子に至ってはただ泣きじゃくるばかりで、その取り乱し用は尋常ではなかった。
勘太郎はそんな二人に直ぐに駆け寄ると、命からがら逃げて来たと思われる斉藤健吾と佐面真子の二人に一体何が起きたのかを聞く。
「一体どうしたんですか。まさか……」
「ああ、俺達も見たんだよ、あの赤いワンピースを着た白髪の女性をな。そして逃げている最中に木の下で泣いている佐面の奴とばったり会って、そのまま二人でここまで引き返してしまった」
「それで斉藤健吾さん、あなたと当初一緒に行動をしていた一ノ瀬九郎さんは一体どうしたんですか。姿が見当たらないようですが?」
「知らねえよ、死体探しをしている最中にいつの間にかはぐれていなくなってしまったんだよ。だが奴もこの山の事を全く知らない素人じゃないんだから、恐らくは雪道に残されてある足跡をたどってこの場所まで戻ってくるはずだぜ」
「なら佐面真子さん、あなたと一緒に行動をしていた田口友子さんは一体どうしたんですか。まさか森の中ではぐれてしまったんですか?」
「はい、ちょっと目を離していたら友子さんとは何処かではぐれてしまいました。だから私……いなくなった彼女を探して森の中をさまよっていたんですが、その時に見てしまったんです……遠くの森の方で蠢くあの赤いワンピースを着た白髪の女性の姿を。その女は私の存在に気付くと私から逃げるように直ぐにいなくなりましたが、もしかしたらあの白面の鬼女に友子さんが何処かに連れて行かれてしまったんじゃないかと思い、物凄く怖くなって……それで泣いていたんです」
「そうでしたか。つまり二年生の一ノ瀬九郎と、一年生の田口友子の二人が今も行方不明と言う事ですか」
「はい、そう言うことです」
「なら後は一年生の二井枝玄さんはどうしましたか?」
「彼は途中から一人で辺りを探すと言って森の中へと消えて行きましたが、まさかまだ戻ってはいないのですか。だから一人は危険だと言ったのに……」
「ええ、二井枝玄さんもまだ戻ってはいないみたいです。一体どこまで探しに行ったのでしょうか、心配ですね」
「そんな……二井枝玄君まで……この非常時に一体彼はどこまで探しに行ったのでしょうか。彼とは登山サークルに入った時からの知り合いですが、一体何を考えているのか未だに分からない人です。本当に困った人です」
「そうでしたか。でもまあ、自分が来た道をそのまま逆戻りに帰ればまたこの廃別荘の山小屋に戻る事が出来るんですから、あの白面の鬼女に遭遇していないのなら恐らくは大丈夫だと思いますよ」
「なら……もしもあの白面の鬼女と遭遇していたら、二井枝玄君と一ノ瀬九郎先輩……それに田口友子さんは一体どうなるんですか?」
「どうって……それは俺にも分かりませんよ。ただあの白面の鬼女が一年前に人を襲って殺した奴と同一人物なら、その危険性はグッと高まるかも知れません」
「そ、そんな……なら友子さんは……」
「ですが今はその白面の鬼女の後を羊野の奴が必死に追っていますから、白面の鬼女の奴も人を襲う余裕などはあるとは思えませんし、恐らく一ノ瀬九郎さんも、勿論二井枝玄さんも、当然田口友子さんも、まだ大丈夫だと思いますよ。今はそう信じてもうしばらく待って見る事にしましょう。それでも……三十分が過ぎても戻らない時は俺がもう一度この森の中に入って、三人を一通り探して見ますから、安心して下さい!」
「その時は俺と斉藤も一緒に行きますよ、探偵さん。そうだよな、斉藤!」
「ああ、仕方が無いな、当然俺も行ってやるぜ!」
大石学の力強い言葉に勘太郎は少しだけ安心するが、もしも羊野瞑子を含めた四人が戻らなかった時はどうしようかと、勘太郎は内心頭を抱える。
(不味い、この状況は非常に不味いぞ。もしも一ノ瀬九郎・二井枝玄・田口友子の三人があの赤いワンピースを着た白髪の女性……白面の鬼女に襲われていたとしたら、災厄の状況を覚悟しないといけないのかも知れない。後少しだけ待って羊野が戻る気配が全くなかったら、俺も森の中を探しに行く事にしよう。陣内朋樹さんと田代まさやさんにはもしもの時の為にこの廃別荘の前に残って貰って、他の登山サークルの部員達が戻ってくるのを待って貰うことにしよう。そしてその間に女性陣の如月栄子さん・飯島有さん・佐面真子さんの方には山荘ホテルまで先に戻って貰って、ホテルにある遭難緊急用の衛星電話で山岳救助隊に救助要請をして貰おうと俺は考えている。それだけ今はかなり深刻な状況なのかも知れないと言う事だ!)
そんな最悪な状況を考えていると、薄暗い森の中から一ノ瀬九郎と二井枝玄が共に現れる。全速力で走ってきたのか息は荒く絶え絶えで、顔色はかなり青ざめた表情をしていた。
「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、ハア、あり得ない……あんなのはあり得ないぜ……何なんだよ、あれは!」
「ハア、ハア、ハア、ハア、ゲッホ~ゲホッ、ま、全くですね……あれは一体なんの冗談だよ……全く洒落にならないよ!」
「一ノ瀬九郎さん、二井枝玄さん、そんなに走って、一体どうしたんですか。まさかお二人も、あの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たんですか?」
「あ、ああ、よく分かったな。この山に現れては度々登山者を襲うというあの伝説の鬼女……白面の鬼女らしき者をこの目で見たんだよ。あの女、俺の姿を見るなり手に持つ片手鎌を振り回しながら俺に近づいて来る素振りを見せたから全速力で逃げて、木の影に急いで隠れて白面の鬼女がいなくなるのをジーと待っていたんだが、あの女が何処かで待ち伏せをしていると思いその場から動けなくなってしまったんだよ。それで動けずにその場に待機をしていたら二井枝の奴と合流する事が出来たから、それで意を決して一緒に逃げてここまで来る事が出来たと言う訳さ。それにしてもあの白面の鬼女の奴が俺を追い掛けようとこちらに向かってきた時は流石に生きた心地がしなかったが、どうにか俺を見失ってくれて助かったぜ!」
「僕の方は、白面の鬼女に追いかけられそうになっている一ノ瀬九郎先輩の姿を木の陰から隠れて見ていましたから、何を思ったのか一ノ瀬先輩を追うのを辞めた白面の鬼女がその場から通り過ぎるのを確認した僕は、回りの安全を確認してから一ノ瀬先輩に会いに行ったんですよ。如月栄子さんが吹いていたホイッスルの音も聞こえていましたし、一ノ瀬先輩とは一緒に戻った方が心強いですからね。でもまさか本当にあんなのが森の中をうろついているだなんて、未だに信じられませんよ。どうやら鬼女伝説は本当だったようですね!」
「本当ってあんた……」
共に怯えながら話す一ノ瀬九郎と二井枝玄の驚きの声を勘太郎が聞いていると、メソメソと泣いている田口友子を後ろに引き連れた羊野瞑子が森の奥からゆっくりと歩いてくる。
その羊人間を模した羊野瞑子の姿はなんとも不気味で、そんな羊野の後ろをビクビクしながら歩いていた田口友子は明らかに羊野を意識しながらかなり怯えた様子で歩いているように勘太郎には見えた。そんな田口友子に目をやりながら勘太郎は、雪に足を取られながらも歩いてくる羊野に向けてこの状況と理由を聞く。
「羊野、随分と遅かったじゃないか。待ちかねたぞ。もしかしたらお前の身に何か遭ったんじゃないかと思い、少しだけ心配をしてしまったぜ。それで、お前が後を追った白面の鬼女は一体どうなったんだ?」
「途中までは追いかけたんですが、あり得ない所で巻かれてしまいましたわ」
「あり得ない所だと?」
はい、崖の所です。白面の鬼女の足跡を追って雪道を追跡していたのですが、崖の所で雪道に残されていた足跡がキッチリとその場所で切れていたのですよ」
「崖の所で足跡が切れていると言う事は、白面の鬼女は崖から真っ逆さまに下へと飛び降りたとでも言うのか?」
「とても信じられない事ですが、足跡は途中で切れていましたし、そこから逆戻りをした形跡もありませんでしたわ」
「逆戻りをした形跡もないって、そんな事はあり得ないだろう。なら本当に崖の下に落ちたかどうか、勿論確認はしたんだろうな」
「勿論確認はしましたが、何分ここからの高さが約1300メートルくらいはあるのでもしも谷底に落ちてしまったらその確認は非常に困難なのですが、それでも下を調べた結果、その谷底の真下には白面の鬼女らしき人間の死体は確認できませんでしたわ」
「なら白面の鬼女はその崖の上から突如として消えたと言う事になってしまうぞ。だがそんな事は現実には絶対にあり得ないだろ。一体白面の鬼女は雪道に足跡を残す事無く一体どうやってその場所から消える事が出来たと言うんだ。不可解だ、この謎は非常に不可解だぜ!」
「それが白面の鬼女に関わる最大の謎ですわね」
「それで、田口友子さんとはどこで一緒になったんだ?」
「ああ、彼女とは白面の鬼女を見失って廃別荘に戻る時にたまたまその姿を見かけましたから、一緒に帰ってきたまでの事ですわ。どうやら彼女も友達とはぐれてしまい、道に迷って辺りをさまよっていたみたいでしたからね」
「そうなのですか、田口友子さん」
その勘太郎の問に田口友子が答える。
「はい、私も遠くで赤いワンピースを着た白髪の女性を見かけた時は腰を抜かすほどにびっくりしてしまいましたが、その後で白い羊のマスクを被った探偵助手さんが包丁を握りしめながら私の元に近づいてきた時は流石に恐怖で泣きそうになりましたよ。あの赤いワンピースを着た白髪の女性と同等に怖かったですからね。もしも羊野さんとか言う探偵助手さんの事を知っていなかったら恐怖の余りにそのまま失神していた所ですよ!」
田口友子からそんな話を聞いた勘太郎は、羊野の方をじっと見ながら静かに非難の言葉を送る。
「羊野、お前、人に近づく際には最低でも手に持っている包丁くらいは仕舞えよな。それでなくともお前はその姿形から誤解されやすいんだからさ」
「ホホホホ、白面の鬼女の後を追っていて興奮冷め有らぬ後だったのでついうっかり包丁を仕舞うのを忘れてしまいましたわ。でも突然消えた白面の鬼女がまたどこから現れるかは分からないので、常に警戒を怠らなかった結果だと思って下さい。それに私達はまだ警戒を解くわけにはいかないのですよ。何故ならあの神出鬼没な白面の鬼女が使う瞬間移動トリックの謎を私達はまだ何も知らないのですから!」
「た、確かにな。だが人前で武器の使用は出来るだけ控えろよ。それでなくともお前は常に包丁を持ち歩いているんだからその事がバレたら問答無用で警察に通報されかねないぞ!」
「銃刀法違反ですか、まあ例え警察に捕まっても直ぐに釈放されますがね。私の武器使用は、黒鉄さんが持っている唯一の武器でもある、あの黒鉄の拳銃と同じ扱いですからね」
「まあ、確かにそうなんだがな。だが常識とモラルと秩序は守れと言う事だ。出ないと俺達の事情を知らない如月栄子さんや登山サークルの部員達も驚くだろうからな!」
「ホホホホ、まあ確かに、そうなんですけどね」
そんな他愛もない会話を続ける勘太郎と羊野を見ていた大学の一年の佐面真子が同じく一年の田口友子に近づくと思いっ切り抱きしめながら、その無事を確認する。
「もう友子ったら一体どこに行っていたのよ。本気で心配したんだからね!」
「ごめんなさい……辺りを探していたらいつの間にか迷子になってしまって、それで道に迷ってしまったのよ。なにせこの森は私にとっても初めての場所だったからね。雪のせいで風景もどことなく皆同じように見えちゃうし、つい焦っちゃったわよ!」
「それで、友子もあの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たの……」
「ええ、この目でしっかりと見たわ。まさか本当にあんなのがこの森の中にいるだなんて正直思わなかったわよ。一体あれは何なのかしら?」
「あれがこの山に昔から現れるという白面の鬼女で、まず間違いはないわ。恐らくはこの山に土足で足を踏み入れた私達に警告をするために山の神様の遣いでもある彼女がその姿を現したのよ。その下見も兼ねてね。絶対にそうに違いないわ。一年前にこの山で襲われた、あの現金輸送車襲撃犯の三人の犯人達の時のように、白面の鬼女は私達を襲うつもりなのよ!」
「そ……そうなのかな……」
「きっとそうよ、そうに違いないわ!」
その佐面真子の鬼気迫る怯えた言葉に、話を聞いていた登山サークルの部員達は皆一斉に息を呑む。それだけ皆あの赤いワンピースを着た白髪の女性を恐れていたからだ。
そんな登山サークルの部員達の沈黙を破ったのは大学四年の飯島有である。飯島有は何やら怒りの表情を見せながらも馬鹿馬鹿しいとばかりに佐面真子の話を完全否定する。
「な、何言ってるの、あんなのが本当にこの世にいる訳が無いじゃない。全くどうかしているわ。多分あれはみんなが見た集団催眠やただの幻覚かも知れないし、何かの目の錯覚による見間違いと言う事も考えられるわ。そうよ……きっとそうよ……そうに違いないわ。あんな化け物が実際にいる訳がないじゃない。きっとこの山に先に来た登山者の誰かが悪ふざけをして(あんな姿をしてまで)私達を驚かそうとしているに違いないわ。私達を驚かせる映像を取るためにスマホで撮影をして、YouTubeにでもアップするつもりなのよ。きっとそうよ、そうに違いないわ!」
つい先ほど自分が見た物を無理矢理に否定する飯島有に、二年の一ノ瀬九郎がその言葉の矛盾を反論する。
「でも、飯島先輩も大石学部長と一緒に、あの赤いワンピースを着た白髪の女性を見たんですよね。あれは絶対に実態のある人間でしたよ。と言う事はあれがみんなが言っていたこの山に現れる白面の鬼女でまず間違いはないんじゃありませんか。絶対に見間違いなんかじゃありませんよ。他の登山サークルの部員達もみんなその姿は見ていますからね!」
「うるさい、うるさい、うるさい、この私が見間違いって言っているんだから絶対に見間違いなのよ。あんなのはいない、いるはずが無いわ、そうでしょう、みんな!」
体を震わせながらヒステリックに話す飯島有の言葉に他の登山サークルの部員達は誰も応えない。その沈黙こそが白面の鬼女の存在を色濃くみんなの記憶の中に残している絶対的な証拠だからだ。
そんな沈黙を続ける他の登山サークルの部員達に飯島有は激しく怒鳴りつける。
「ちょっと私を無視するんじゃ無いわよ。どうせ誰かが私達四年生を驚かそうと思ってあの赤いワンピースを着た白髪の女性を演じているのでしょ、もう私には分かっているんだから、いい加減に悪ふざけをした人は名乗りでなさいよ。でないと本当に怒るからね。て言うかもしこれ以上悪ふざけを続けるつもりなら犯人を見つけだして必ず半殺しにしてやるわ。そうなりたく無かったら今直ぐにでも名乗り出なさい!」
飯島有のその余りの剣幕に、近くにいた斉藤健吾がその重い口を開く。
「いいや、こんな雪山の森でわざわざ赤いワンピースを着た白髪の女性を演じるような馬鹿は流石にいないだろ。そんな事をして俺達をわざわざビビらせたってなんの得にもならないだろうしな。もしそんな事を望んでいる奴がいるとしたら、それは俺達に何らかの恨みや悪意を持った奴だけだぜ!」
その斉藤健吾の言葉をきっかけに、陣内朋樹や田代まさやもすかさず口を開く。
「確かに……あの赤いワンピースを着た白髪の女からは、何やら悪意のような物を確かに感じたぜ! でもまさか……本当に……本当に……あんなのがこの山の中にいるだなんて未だに信じられないぜ!」
」
「ああ、そうだな、あの白髪の女は本当に見るからにヤバそうだったからな。俺は遠くでも目がいいからあの白面の鬼女の顔をハッキリと見ることが出来たんだが……奴の顔を見た限れでは、奴の顔には目も……鼻も……口も……全く無い真白な白面の顔だったぞ。実際にあんな薄気味の悪い化け物がこの山の中にいるだなんて……あれじゃまるであいつと一緒じゃないか!」
「お、おい、よせよ。今はその話は……」
「あ、す、すまねえ……ついうっかり……」
余りの恐怖につい口に出た田代まさやの言葉に、隣にいた陣内朋樹が慌てて止める。そんな二人の慌てた言動を間近で見ていた大石学部長・飯島有・斉藤健吾の三人は無言と言う名の圧力で陣内朋樹と田代まさやの二人に厳しい視線を向けているように勘太郎には見えた。
(何だ、この言いしれぬ緊迫感は……?)
勘太郎はそんな陣内朋樹・田代まさや・大石学・飯島有・斉藤健吾の五人の言動に何やら不可解な疑問を感じていたが、その怪しげな言動に気付いていないかの用に勘太郎は態とらしく振る舞う。
そんな勘太郎を見ていた如月栄子はしばらく何かを考えているようだったが、覚悟を決めたのかキリリとした真剣な眼差しを羊野瞑子に向けると、手に持つ包丁をウエアの腰の下に仕舞おうとしている羊野に向けて話しかける。
「ではその話が本当かどうかを是非とも私も自分の目で確かめたいので、その白面の鬼女が消えたとあなたが主張をしている断崖絶壁の崖の所まで案内してはくれないでしょうか。私もどうしてもその真相をこの目で確かめたいですからね!」
「ええ、連れて行きたいのはやまやまなのですが、もう流石に山荘のホテルに戻らないとすっかり夜になってしまう物と思われますので、取りあえずは今日は一旦この場を去る事にしましょう。もしも明日天気が良かったらまた明日の朝にでもここを訪れたいと思っていますので、その時に再度案内をしますわ」
「でも、今夜の夜は雪が降ると天気予報では言っていましたから、証拠となる足跡が消えてしまうのではありませんか」
「まあ確かに、雪が降り積もったらその場にいた人の足跡は全て消えてしまうとは思いますが、崖の場所は覚えていますので、現場に案内するだけなら大丈夫だと思いますよ」
「私は白面の鬼女が消えたという崖の所よりもその雪に残された足跡を見たかったのですが……」
「今夜は雪が振らないことを神に祈るしかないようですわね。もし雪が降らなかったら、もしかしたら白面の鬼女と私の足跡を見る事が出来るかも知れませんよ。フフフフ、まあ精々今夜は雪が振らないことを祈ってて下さいな、如月栄子さん!」
「ええ、そうですわね。精々神に祈らせて貰いますわ。羊野瞑子さん!」
「ホホホホホ!」
「フフフフフ!」
そんな羊野瞑子と如月栄子の何やら緊縛した会話を聞きながら勘太郎は思う。
(なに、この異様な二人の白熱したテンションは?)と。
現在時刻は十六時三十二分。
日没の前に何とか山荘のホテルに戻りたいと考えている勘太郎を始めとした登山サークルの部員達はもうそろそろ帰ろうという視線を如月栄子に送り、その願うかのような視線に気付かない如月栄子は白面の鬼女が消えたという現場に行く気満々のようだったが、羊野の的確且つ冷静な言葉で渋々思いとどまったようだ。
そんな回りにいる人達を照らす夕日が山々の峰へと近づき消えようとしているそんな中で、羊野は被ってある白い羊のマスクを脱ぎながらその屈託のない可愛らしい笑顔を周りにいるみんなに惜しげも無くさらすのだった。
「それでは皆さん一旦ホテルの方に戻りましょうか。疲れを癒やす温泉と美味しい夕食が待っていますわ!」
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