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パンとコーヒー

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文字通りの、門前払い。
まさか対峙するどころか、オフィスに入れてすらもらえないなんて。

どうすんの、これ?

なけなしの勇気はさっき使い切っていて、もう一回インターフォンを押す分は残っていない。

そもそも高嶺くんの方から呼びつけておいてこの仕打ち。
ということは、東海林くんが忠告してくれたとおり、「付き合おう」なんて言葉を真に受けて、のこのこ現れた私を、今頃中で二人して嗤ってる?

…帰ろう。

そう思って私では開くことのできない扉に背を向けたときだった。

「静花!」

ドアが開き、中から高嶺くんが飛び出してきた。

昨夜もそうだったけれど、高嶺くんに名前で呼ばれると、心臓を握られたみたいに胸が苦しくなって動けなくなる。
きっと、あの頃、情事の最中にしか呼ばれていなかったから。

「悪い。プライベートの予定は、いちいちスケジュール共有してなくて。入れよ」

「え、あ、ちょっ」

すっかり帰る気になっていたので、心の準備もできないまま事務所の中に押し込まれてしまうと─

「いらっしゃいませ。先ほどは大変失礼いたしました」

森永さんが立ち上がって、深々と頭を下げた。

「いえ、あのっ、そんな…」

想定外の対応に恐れ入る私を無視し、高嶺くんが事務的に森永さんに告げた。

「こちら、三角静花さん。昨日から付き合ってるんだ。スケジュールにアポ入ってなくても、来たら必ず通すようにして」

高嶺くんがはっきりと付き合っていると言ってくれたことへの感動と、言った相手が森永さんであることの気まずさとで、一瞬ボーッとしてしまった。
慌てて頭を下げる。

「あの、よ、ろしくお願いします」

森永さんは、私の頭から爪先までを値踏みするように一瞥してからもう一度頭を下げた。

「…こちらこそ。高嶺がお世話になります」

考えすぎかもしれないけれど、何というか、『本妻の余裕』みたいなものを感じなくもない挨拶。
そして、私が、地味で暗くてダサかった高校の同級生『音無静花』であることに気づく様子もない。
もしかしたら、高校時代、そもそも存在すら認識されていなかった可能性もあるけれど。

「ってことで、キリのいいところで今日は上がっていいから」

「ありがとうございます。ただ…明日の午後の期日の書面、まだでしたよね?遅くとも明日の午前中には出したほうがいいと思うので、私が出勤するまでに作成しておいてくださいね」

「…分かってるって」

「三角さんも。弁護士の起案の邪魔だけはしないようにお願いしますね」

「は、はい」

高嶺くんと私にしっかり釘を刺すと、森永さんは、手早く荷物をまとめて去って行った。
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