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花に刺さった棘(高嶺Side)
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「帰れ----っ!!」
本当に塩を投げつけられたのは、生まれて初めてだ。
弁護士の身分証明書を使い、静花のアパートの管理会社に部屋の鍵を開けさせ、室内に異変のないことを確認した後。
中に誰かいる気配がするにもかかわらず、『臨時休業』と書かれた札の下がったLove Birdsのドアをこじ開けて入った矢先の出来事だ。
「静花は?静花は無事なんですか!?」
髪や肌にまぶりつく塩を払いもせずに尋ねる。
「その様子じゃここで何があったか分かってるのね?」
「はい、大体のことは」
次の瞬間、伊藤社長の平手が飛んでくることは予想できたが、敢えて避けなかった。
静花の痛みに比べれば、蚊に刺されたようなものだ。
それに、一刻も早く静花の安否を知りたかった。
「…申し訳ない」
「何でぶたれたあなたが謝るのよ!?」
「今日ここで騒ぎを起こした森永来望は、うちのパラリーガルで俺の幼馴染だからです」
全部言い終える前に、さっきより重い平手がもう一度飛んできた。
「想像してた以上にズブズブの関係じゃない!人畜無害ぶって…こんな地雷抱えてるとか聞いてない!!私、最初に言ったわよね?静花のこと傷付けたら絶対許さないって」
そう。
実は初めてここに来たとき、伊藤社長には静花が目的でLove Birdsに登録することは伝えていた。
ただし、静花が俺とのことを隠していた様だったので、高校の頃からずっと俺が一方的に思い続けているということにして。
地味で大人しい頃の静花を知っているだけあって、伊藤社長は当初俺の申し出をかなり疑っていた。
それでも粘り強く頼み込んだ結果、通常料金の5倍支払うこと、静花を傷つけないことを条件に専属担当にしてもらったのだ。
自分から提案したこととは言え、心の底では友人を金で売るとんでもない女だと軽蔑していた。
でも、この取り乱し様を目の当たりにすれば、静花が伊藤社長を思うのと同じくらい伊藤社長も静花を大切にしていることが、イヤでも分かる。
今思えば、長年静花を見てきた伊藤社長にも思うところがあったのかもしれない。
静花が頑なに伊藤社長に俺との事を言いたがらなかったのも頷ける。
それなのに─
「おまけに…!あなた、高校生の静花と…静花に…っ!!」
俺の胸に拳を叩きつけると、伊藤社長は床に崩れ落ちた。
静花が大切にしてきた二人の関係を、俺が壊したという事実が、叩かれた胸に重くのしかかった。
本当は、ちょっと髪色が明るくて、ちょっとピアスの数が多いだけなのだが。
隣に映っているのが黒髪で瓶底眼鏡姿の静花だから無理もない。
伊藤社長は目を白黒させながら写真の俺と目の前の俺を見比べ、言葉を失っている。
「だから」
じっと伊藤社長の目を見据える。
「静花は拒否できなかったんです。親友のあなたにだからこそ言えなかった。静花もあなたも何一つ悪くない」
睨み合ったまま何分経過しただろうか。
伊藤社長の方が先に口を開いた。
「…全部自分が悪いとでも言えば同情してもらえるとでも思った?」
まずい。
あまりに冷ややかな口調に、静花を思っての行動が裏目に出たかと内心焦っていたら─
「嘘よ。あんなモサい静花とのツーショット写真を後生大事にしてるくらいだもん。静花のこと、本気なのはちゃんと分かった」
「それなら─」
つい気が急いてしまい、静花の安否を尋ねようとする俺を、またも伊藤社長がピシャリと遮る。
「でもまだあなたとあなたの所の事務員がしたことを許したわけじゃないわ」
こちらに向けられた背中が、俺を拒否している。
深いため息を吐くと、伊藤社長がこちらをチラリと盗み見ている。
「無事だってことだけは保証してあげる。でも、まだどこにいるかは教えてあげない」
何やら理由がありそうな口ぶりなのに、表情が見えないのが気になりつつも、ようやく生きた心地がした。
「今はそれで十分です」
そう言い残して、今日のところは引き下がった。
「帰れ----っ!!」
本当に塩を投げつけられたのは、生まれて初めてだ。
弁護士の身分証明書を使い、静花のアパートの管理会社に部屋の鍵を開けさせ、室内に異変のないことを確認した後。
中に誰かいる気配がするにもかかわらず、『臨時休業』と書かれた札の下がったLove Birdsのドアをこじ開けて入った矢先の出来事だ。
「静花は?静花は無事なんですか!?」
髪や肌にまぶりつく塩を払いもせずに尋ねる。
「その様子じゃここで何があったか分かってるのね?」
「はい、大体のことは」
次の瞬間、伊藤社長の平手が飛んでくることは予想できたが、敢えて避けなかった。
静花の痛みに比べれば、蚊に刺されたようなものだ。
それに、一刻も早く静花の安否を知りたかった。
「…申し訳ない」
「何でぶたれたあなたが謝るのよ!?」
「今日ここで騒ぎを起こした森永来望は、うちのパラリーガルで俺の幼馴染だからです」
全部言い終える前に、さっきより重い平手がもう一度飛んできた。
「想像してた以上にズブズブの関係じゃない!人畜無害ぶって…こんな地雷抱えてるとか聞いてない!!私、最初に言ったわよね?静花のこと傷付けたら絶対許さないって」
そう。
実は初めてここに来たとき、伊藤社長には静花が目的でLove Birdsに登録することは伝えていた。
ただし、静花が俺とのことを隠していた様だったので、高校の頃からずっと俺が一方的に思い続けているということにして。
地味で大人しい頃の静花を知っているだけあって、伊藤社長は当初俺の申し出をかなり疑っていた。
それでも粘り強く頼み込んだ結果、通常料金の5倍支払うこと、静花を傷つけないことを条件に専属担当にしてもらったのだ。
自分から提案したこととは言え、心の底では友人を金で売るとんでもない女だと軽蔑していた。
でも、この取り乱し様を目の当たりにすれば、静花が伊藤社長を思うのと同じくらい伊藤社長も静花を大切にしていることが、イヤでも分かる。
今思えば、長年静花を見てきた伊藤社長にも思うところがあったのかもしれない。
静花が頑なに伊藤社長に俺との事を言いたがらなかったのも頷ける。
それなのに─
「おまけに…!あなた、高校生の静花と…静花に…っ!!」
俺の胸に拳を叩きつけると、伊藤社長は床に崩れ落ちた。
静花が大切にしてきた二人の関係を、俺が壊したという事実が、叩かれた胸に重くのしかかった。
本当は、ちょっと髪色が明るくて、ちょっとピアスの数が多いだけなのだが。
隣に映っているのが黒髪で瓶底眼鏡姿の静花だから無理もない。
伊藤社長は目を白黒させながら写真の俺と目の前の俺を見比べ、言葉を失っている。
「だから」
じっと伊藤社長の目を見据える。
「静花は拒否できなかったんです。親友のあなたにだからこそ言えなかった。静花もあなたも何一つ悪くない」
睨み合ったまま何分経過しただろうか。
伊藤社長の方が先に口を開いた。
「…全部自分が悪いとでも言えば同情してもらえるとでも思った?」
まずい。
あまりに冷ややかな口調に、静花を思っての行動が裏目に出たかと内心焦っていたら─
「嘘よ。あんなモサい静花とのツーショット写真を後生大事にしてるくらいだもん。静花のこと、本気なのはちゃんと分かった」
「それなら─」
つい気が急いてしまい、静花の安否を尋ねようとする俺を、またも伊藤社長がピシャリと遮る。
「でもまだあなたとあなたの所の事務員がしたことを許したわけじゃないわ」
こちらに向けられた背中が、俺を拒否している。
深いため息を吐くと、伊藤社長がこちらをチラリと盗み見ている。
「無事だってことだけは保証してあげる。でも、まだどこにいるかは教えてあげない」
何やら理由がありそうな口ぶりなのに、表情が見えないのが気になりつつも、ようやく生きた心地がした。
「今はそれで十分です」
そう言い残して、今日のところは引き下がった。
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