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家族 4
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と、いうことで三人で初詣に行くことになった。
母が指定した目的地は 家から車で約20分くらいのこの界隈で一番大きな天満宮。
大学に入学するまでお正月には必ず母に連れられて参拝していた場所だ。
車が走り出して数分で母が口を開いた。
「依子から聞いたんだけど…プロポーズ、桐嶋くんからなんですってね。私、てっきり追い詰められた依子からしたんだと思ってたのに」
「逆ですね。僕からです」
「…どうして依子なの?」
「さあ…?僕が知りたいくらいです」
続かない会話にハラハラする。
多分、桐嶋はしつこい性格だから病院での母の発言も今日大地先輩が同席してたのも根に持っているはず。
でなきゃもう少し父のときみたいに営業モードで対応するはずだ。
母は母でやっぱり桐嶋が気に入らない様子。
口調が刺々しい。
仲良くとまでは望まないけど、普通に上手くやってくれないだろうか。
結婚前からこの調子では先が思いやられる。
沈黙がいたたまれなくて、スマホに逃げた。
元旦と二日の天気が悪かったこともあり、天満宮はものすごい人出だった。
寒さと人混みが大嫌いな私は最初の鳥居から既に帰りたい気待ちで一杯になる。
こんなに寒いならマフラーと手袋して来れば良かった。
気分が悪くなりそうなのを誤魔化しながら下を向いたまま参拝者の波に流され、次に顔を上げた時には母とも桐嶋とも完全に逸れてしまっていた。
この時代、こういうことがあっても動じないのは携帯電話がこんなに普及したからだよなーとポケットを探る。
…ない。
やってしまった。
また桐嶋の車の中だ。
センサーが反応しないってことは、少なくとも桐嶋は近くには居ない。
この状況で二人を探すのは無理だと判断し、参拝だけ済ませてごった返す境内の一角に座って待つことにした。
そう言えば昔もこんなことがあった。
あれはまだ小学校低学年くらいの頃。
参拝者の列の端の方で並んでいたときに、ちょっと屋台に気を取られていたら隣に居るはずの母がいなくなっていた。
当時は携帯なんて持たされてなくて、『迷子になったらじっとしていなさい』
という母の言葉を思い出して、牛の像のところでひたすら待ったっけ。
寒くて心細くて。でも泣くこともできなくて。
息を切らした母が私を見つけて抱きしめてくれた時の温もりと安心感は今でも鮮明に覚えている。
そんな母との思い出に浸りながらも、私には確信があった。
今日私を見つけるのは母じゃない。
背後の方でセンサーが反応する。
立ち上がって振り向くと、桐嶋が向こうから走って来た。
やっぱりね、と心の中で呟く。
「お前…迷子の常習犯なのか」
「ごめん。でも冬馬が見つけてくれるだろうと思ってた」
私の言葉に何故かほんの少し頬を緩めた桐嶋は
「…顔色悪すぎだろ」
と言って自分のマフラーを外して私の両頬を包むと、自分の顔ごと隠すようにして軽く私に口づけた。
一気に頭まで血が巡る。
「ちょっ!こんな往来で!!」
「顔色戻ったぞ。大体誰も見てな」
「見てますよ」
桐嶋の後ろに呆れ顔の母が立っていた。
「こんな人目のあるところで。はしたない」
私をマフラーでぐるぐる巻きにしながらゆっくりと桐嶋が振り返る。
「…じゃあお母さん、賭けは僕の勝ちってことで」
「賭け?」
「どっちが早く依子を見つけられるか賭けてたのよ。私が勝ったら結婚はなし、桐嶋くんが勝ったらちゃんと二人を祝福するってことにして。依子が牛の像のとこに居てくれないから負けちゃったじゃない」
そんなこと言われましても…。
父に引き続き、母もこんな感じの似た者夫婦だから長年上手くやっていけるのだろうか。
「じゃあ私はタクシー拾って帰るから。あとは仲良くやってちょうだい」
懸命に私を探してくれたのだろう。
着崩れてしまった着物を馴れた手つきで直しながら、母は参道に向かって歩き出した。
そして三歩くらい進むと振り返って
「依子を泣かせた時はこちらの代理人弁護士は堂本先生にさせますからね」
と釘を刺すのも忘れなかった。
「…じゃ、行くか」
からの役所なう。
桐嶋が持って来た婚姻届の本人欄には桐嶋の、証人欄にはしっかり麗ちゃんと都築くんの署名押印がされていた。
周到過ぎて軽く引く。
記入台に広げられた紙を前に
「わざと間違えちゃおうかな」
なんて冗談で考えていたら、本当に書き損じてしまった。
「…ごめん」
「もう一枚ある」
ほんと、周到過ぎるでしょ。
今度は間違えずに書き終えると、全く顔には出さないけれど嬉々としているのがセンサーを通して伝わって来た。
でもそんなの一瞬だけのことで。
桐嶋は私の手から取り上げるようにして婚姻届を掴むと速攻で受付に叩きつけるように出した。
紙切れ一枚提出しただけではあるけれど、正式な夫婦になった余韻を楽しむ間もなく桐嶋は速足で私のところまで戻って来ると、何かに追い立てられるように私の腕を掴んで車まで引っ張って行った。
いつもより少し乱暴な運転であっという間にK-Designに着いた。
桐嶋はサイドブレーキを引いてエンジンを切ると、すぐに車から降りて助手席側に回り、さっきと同じように私の手を強く引く。
桐嶋が何をそんなに急いでいるのか分からないでいると
「…クソ、設計ミスった」
とため息混じりのボヤキを耳がキャッチした。
「どこの!?」
大問題になりかねない。
もう着工してる案件?
今から修正して間に合う程度?
一気に頭が仕事モードに切り替わりそうになった瞬間、
「ここの」
と言った桐嶋が私の身体を抱え上げた。
「ガレージから寝室遠過ぎ」
そのまま階段を駆け上がり、桐嶋の部屋のベッドに一気に押し倒される。
「マジ、ここまで…めちゃくちゃ遠かった…」
私の胸の位置にある桐嶋の頭をポンポンと撫でてみる。
「大袈裟…裏口から寝室くらいまでで」
「…お前、意味分かってて言ってるだろ?」
「ふふ…バレた?お疲れ様」
「まるで他人事だな」
「私にとっては超急展開の連続だったもん」
「…分かってる。全部俺のせい。こんなに遠回りしたのも、依子にとっては超急展開なのも、裏口から寝室までが遠いのも、全部俺のせい」
「…仕方ないから許してあげる」
今度は桐嶋の頭を両腕で優しく包んだ。
「その代わり、ちゃんと一生かけて私のことどれだけ好きか教えてね」
「…途中でイヤになっても、絶対止めてやんねーから」
********
徐々に温まっていく室内に響くのは
あの日と同じ
ファンヒーターの音
互いの息遣い
桐嶋が私の体のあらゆるところに唇で触れる音
その度に漏れる、私の嬌声
違うのは
そこにあるお互いを求める心
それだけで
同じ行為が、全く違うものになって
桐嶋と私の全部が二人の熱で溶けて
とろとろに混ざり合った。
母が指定した目的地は 家から車で約20分くらいのこの界隈で一番大きな天満宮。
大学に入学するまでお正月には必ず母に連れられて参拝していた場所だ。
車が走り出して数分で母が口を開いた。
「依子から聞いたんだけど…プロポーズ、桐嶋くんからなんですってね。私、てっきり追い詰められた依子からしたんだと思ってたのに」
「逆ですね。僕からです」
「…どうして依子なの?」
「さあ…?僕が知りたいくらいです」
続かない会話にハラハラする。
多分、桐嶋はしつこい性格だから病院での母の発言も今日大地先輩が同席してたのも根に持っているはず。
でなきゃもう少し父のときみたいに営業モードで対応するはずだ。
母は母でやっぱり桐嶋が気に入らない様子。
口調が刺々しい。
仲良くとまでは望まないけど、普通に上手くやってくれないだろうか。
結婚前からこの調子では先が思いやられる。
沈黙がいたたまれなくて、スマホに逃げた。
元旦と二日の天気が悪かったこともあり、天満宮はものすごい人出だった。
寒さと人混みが大嫌いな私は最初の鳥居から既に帰りたい気待ちで一杯になる。
こんなに寒いならマフラーと手袋して来れば良かった。
気分が悪くなりそうなのを誤魔化しながら下を向いたまま参拝者の波に流され、次に顔を上げた時には母とも桐嶋とも完全に逸れてしまっていた。
この時代、こういうことがあっても動じないのは携帯電話がこんなに普及したからだよなーとポケットを探る。
…ない。
やってしまった。
また桐嶋の車の中だ。
センサーが反応しないってことは、少なくとも桐嶋は近くには居ない。
この状況で二人を探すのは無理だと判断し、参拝だけ済ませてごった返す境内の一角に座って待つことにした。
そう言えば昔もこんなことがあった。
あれはまだ小学校低学年くらいの頃。
参拝者の列の端の方で並んでいたときに、ちょっと屋台に気を取られていたら隣に居るはずの母がいなくなっていた。
当時は携帯なんて持たされてなくて、『迷子になったらじっとしていなさい』
という母の言葉を思い出して、牛の像のところでひたすら待ったっけ。
寒くて心細くて。でも泣くこともできなくて。
息を切らした母が私を見つけて抱きしめてくれた時の温もりと安心感は今でも鮮明に覚えている。
そんな母との思い出に浸りながらも、私には確信があった。
今日私を見つけるのは母じゃない。
背後の方でセンサーが反応する。
立ち上がって振り向くと、桐嶋が向こうから走って来た。
やっぱりね、と心の中で呟く。
「お前…迷子の常習犯なのか」
「ごめん。でも冬馬が見つけてくれるだろうと思ってた」
私の言葉に何故かほんの少し頬を緩めた桐嶋は
「…顔色悪すぎだろ」
と言って自分のマフラーを外して私の両頬を包むと、自分の顔ごと隠すようにして軽く私に口づけた。
一気に頭まで血が巡る。
「ちょっ!こんな往来で!!」
「顔色戻ったぞ。大体誰も見てな」
「見てますよ」
桐嶋の後ろに呆れ顔の母が立っていた。
「こんな人目のあるところで。はしたない」
私をマフラーでぐるぐる巻きにしながらゆっくりと桐嶋が振り返る。
「…じゃあお母さん、賭けは僕の勝ちってことで」
「賭け?」
「どっちが早く依子を見つけられるか賭けてたのよ。私が勝ったら結婚はなし、桐嶋くんが勝ったらちゃんと二人を祝福するってことにして。依子が牛の像のとこに居てくれないから負けちゃったじゃない」
そんなこと言われましても…。
父に引き続き、母もこんな感じの似た者夫婦だから長年上手くやっていけるのだろうか。
「じゃあ私はタクシー拾って帰るから。あとは仲良くやってちょうだい」
懸命に私を探してくれたのだろう。
着崩れてしまった着物を馴れた手つきで直しながら、母は参道に向かって歩き出した。
そして三歩くらい進むと振り返って
「依子を泣かせた時はこちらの代理人弁護士は堂本先生にさせますからね」
と釘を刺すのも忘れなかった。
「…じゃ、行くか」
からの役所なう。
桐嶋が持って来た婚姻届の本人欄には桐嶋の、証人欄にはしっかり麗ちゃんと都築くんの署名押印がされていた。
周到過ぎて軽く引く。
記入台に広げられた紙を前に
「わざと間違えちゃおうかな」
なんて冗談で考えていたら、本当に書き損じてしまった。
「…ごめん」
「もう一枚ある」
ほんと、周到過ぎるでしょ。
今度は間違えずに書き終えると、全く顔には出さないけれど嬉々としているのがセンサーを通して伝わって来た。
でもそんなの一瞬だけのことで。
桐嶋は私の手から取り上げるようにして婚姻届を掴むと速攻で受付に叩きつけるように出した。
紙切れ一枚提出しただけではあるけれど、正式な夫婦になった余韻を楽しむ間もなく桐嶋は速足で私のところまで戻って来ると、何かに追い立てられるように私の腕を掴んで車まで引っ張って行った。
いつもより少し乱暴な運転であっという間にK-Designに着いた。
桐嶋はサイドブレーキを引いてエンジンを切ると、すぐに車から降りて助手席側に回り、さっきと同じように私の手を強く引く。
桐嶋が何をそんなに急いでいるのか分からないでいると
「…クソ、設計ミスった」
とため息混じりのボヤキを耳がキャッチした。
「どこの!?」
大問題になりかねない。
もう着工してる案件?
今から修正して間に合う程度?
一気に頭が仕事モードに切り替わりそうになった瞬間、
「ここの」
と言った桐嶋が私の身体を抱え上げた。
「ガレージから寝室遠過ぎ」
そのまま階段を駆け上がり、桐嶋の部屋のベッドに一気に押し倒される。
「マジ、ここまで…めちゃくちゃ遠かった…」
私の胸の位置にある桐嶋の頭をポンポンと撫でてみる。
「大袈裟…裏口から寝室くらいまでで」
「…お前、意味分かってて言ってるだろ?」
「ふふ…バレた?お疲れ様」
「まるで他人事だな」
「私にとっては超急展開の連続だったもん」
「…分かってる。全部俺のせい。こんなに遠回りしたのも、依子にとっては超急展開なのも、裏口から寝室までが遠いのも、全部俺のせい」
「…仕方ないから許してあげる」
今度は桐嶋の頭を両腕で優しく包んだ。
「その代わり、ちゃんと一生かけて私のことどれだけ好きか教えてね」
「…途中でイヤになっても、絶対止めてやんねーから」
********
徐々に温まっていく室内に響くのは
あの日と同じ
ファンヒーターの音
互いの息遣い
桐嶋が私の体のあらゆるところに唇で触れる音
その度に漏れる、私の嬌声
違うのは
そこにあるお互いを求める心
それだけで
同じ行為が、全く違うものになって
桐嶋と私の全部が二人の熱で溶けて
とろとろに混ざり合った。
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