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だって、こんな矢吹は見たことがない。
顔からは全ての感情が消え、私のスマホの画面をただ凝視するだけの瞳はガラス玉の様だ。
事情はさっぱり分からないけれど、とても嫌な予感がする。
「奏音…これってもしかして」
矢吹の冷たい声で、予感が確信に変わる。
画面に映る人物が羽立くんだと知られてはいけない。
「違うの、これは…っ」
咄嗟に誤魔化そうとした私の声を、足立さんが打ち消した。
「お、海斗!そいつ、常盤の婚約者『ハダテくん』ってのは、そんなにいい男なのか?俺にも見せてみろ」
足立さんによって呆気なく全てが明らかにされてしまい、何も言えなくなってしまった。
「羽立…?コレが奏音の『婚約者』…?」
更に低くなった矢吹の声に、心臓が嫌な音を立てて暴れ狂う。
「な、何おっかない声出してんだよ?知り合いか?」
さすがの足立さんも空気を読んだのか、茶化すような調子を引っ込めた。
二人して矢吹の答えに固唾を飲む。
「…知り合いも何も、この男は羽立ホールディングスの次期社長ですよ」
「は、羽立ホールディングス!?…ってあの…建設コンサルタントの!?」
「そうです」
途端に足立さんが目を輝かせた。
「何で言わないんだよ、常盤!!あそことの契約が取れれば、今期の一課と二課の目標軽く超えられるんだぞ!」
そんなことは私でも分かる。
けど…
「奏音にも色々と事情があるんでしょう」
そう。
実家の借金を肩代わりしてもらった上に、仕事のことまでお願いできるわけがない。
矢吹の言う通りだけどー
「奏音、今日の夜空けといて。詳しく聞かせて」
何もかも見透かしたような矢吹が恐ろしくて、黙って頷くことしかできなかった。
自分の席に戻るまで、ずっと背筋が冷たかった。
矢吹があんな顔をするなんて。
もしかして、矢吹は羽立くんの恋愛対象が男性だということを知っているのだろうか?
それどころか、昔二人は付き合ってたとか!?
いや、ない。
それはない。
私が知る限り、羽立くんが矢吹を好きになったのは本当に些細なきっかけで、それ以来ずっと理科準備室から見ていただけで、二人の接点はほとんどない。
矢吹が卒業式するまでそれは変わらなかったはず。
二人の出身大学も違うし、その後も接点があったとは考えにくい。
それに、さっき矢吹が見せていたのは、宮本くんのような、一度でも好きになった相手に対する感情ではなかった。
矢吹と二人で会う前に、今からでも羽立くんに相談すべきか迷っていると、足立さんも休憩室から戻ってきた。
「海斗のやつ、なんか凄かったな。大丈夫か?乗りかかった船だし、俺も同席しようか?」
正直有り難い申し出だけど、羽立くんのセクシュアリティに関することに話が及んだときのとこを考えれば、足立さんに聞かせるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です」
「お前ら高校の同級らしいから、半分プライベートなことなんだろうけど、ま、何かあったら言えよ。話が終わるまで二課で待っててやるから」
「ありがとうございます」
なんだかんだで頼りがいある先輩だな…と心の中で手を合わせていると、足立さんのスマホから可愛らしい着信音=愛妻コールが流れてきた。
「…はい…、えっ!?桃花が熱!?…うん、分かった!すぐ帰る!!」
『話が終わるまで待っててやる』と言った舌の根も乾かぬうちに、足立さんは榎本部長のところにすっ飛んで行き、早退の許可を取った。
それだけだったらまだ許せた。
あろうことか、足立さんは風のように去る直前、「これ明日までに頼む!」と、ろくに説明もしないまま、私の机に客先からの要望を読解不能な文字で書き殴った書類の束を叩きつけたのだ。
お陰で私は、羽立くんに相談するタイミングをすっかり逃してしまった。
顔からは全ての感情が消え、私のスマホの画面をただ凝視するだけの瞳はガラス玉の様だ。
事情はさっぱり分からないけれど、とても嫌な予感がする。
「奏音…これってもしかして」
矢吹の冷たい声で、予感が確信に変わる。
画面に映る人物が羽立くんだと知られてはいけない。
「違うの、これは…っ」
咄嗟に誤魔化そうとした私の声を、足立さんが打ち消した。
「お、海斗!そいつ、常盤の婚約者『ハダテくん』ってのは、そんなにいい男なのか?俺にも見せてみろ」
足立さんによって呆気なく全てが明らかにされてしまい、何も言えなくなってしまった。
「羽立…?コレが奏音の『婚約者』…?」
更に低くなった矢吹の声に、心臓が嫌な音を立てて暴れ狂う。
「な、何おっかない声出してんだよ?知り合いか?」
さすがの足立さんも空気を読んだのか、茶化すような調子を引っ込めた。
二人して矢吹の答えに固唾を飲む。
「…知り合いも何も、この男は羽立ホールディングスの次期社長ですよ」
「は、羽立ホールディングス!?…ってあの…建設コンサルタントの!?」
「そうです」
途端に足立さんが目を輝かせた。
「何で言わないんだよ、常盤!!あそことの契約が取れれば、今期の一課と二課の目標軽く超えられるんだぞ!」
そんなことは私でも分かる。
けど…
「奏音にも色々と事情があるんでしょう」
そう。
実家の借金を肩代わりしてもらった上に、仕事のことまでお願いできるわけがない。
矢吹の言う通りだけどー
「奏音、今日の夜空けといて。詳しく聞かせて」
何もかも見透かしたような矢吹が恐ろしくて、黙って頷くことしかできなかった。
自分の席に戻るまで、ずっと背筋が冷たかった。
矢吹があんな顔をするなんて。
もしかして、矢吹は羽立くんの恋愛対象が男性だということを知っているのだろうか?
それどころか、昔二人は付き合ってたとか!?
いや、ない。
それはない。
私が知る限り、羽立くんが矢吹を好きになったのは本当に些細なきっかけで、それ以来ずっと理科準備室から見ていただけで、二人の接点はほとんどない。
矢吹が卒業式するまでそれは変わらなかったはず。
二人の出身大学も違うし、その後も接点があったとは考えにくい。
それに、さっき矢吹が見せていたのは、宮本くんのような、一度でも好きになった相手に対する感情ではなかった。
矢吹と二人で会う前に、今からでも羽立くんに相談すべきか迷っていると、足立さんも休憩室から戻ってきた。
「海斗のやつ、なんか凄かったな。大丈夫か?乗りかかった船だし、俺も同席しようか?」
正直有り難い申し出だけど、羽立くんのセクシュアリティに関することに話が及んだときのとこを考えれば、足立さんに聞かせるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です」
「お前ら高校の同級らしいから、半分プライベートなことなんだろうけど、ま、何かあったら言えよ。話が終わるまで二課で待っててやるから」
「ありがとうございます」
なんだかんだで頼りがいある先輩だな…と心の中で手を合わせていると、足立さんのスマホから可愛らしい着信音=愛妻コールが流れてきた。
「…はい…、えっ!?桃花が熱!?…うん、分かった!すぐ帰る!!」
『話が終わるまで待っててやる』と言った舌の根も乾かぬうちに、足立さんは榎本部長のところにすっ飛んで行き、早退の許可を取った。
それだけだったらまだ許せた。
あろうことか、足立さんは風のように去る直前、「これ明日までに頼む!」と、ろくに説明もしないまま、私の机に客先からの要望を読解不能な文字で書き殴った書類の束を叩きつけたのだ。
お陰で私は、羽立くんに相談するタイミングをすっかり逃してしまった。
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