黒い花 ー 大切な妹を救うため、兄は不気味な森に入る。

泡芙蓉

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黒い花

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「お兄ちゃん、できたよ!」



 イリスは満面の笑みで僕に白い花の冠をさしだした。



「上手にできたね」



 妹はまだ小さいから上手く作れていないけれど、それでも冠としてちゃんと輪っかになっていたのでそれを受け取り僕は自分の頭に乗せた。



「じゃあ、お姫様にはこの黄金の冠だね」



 黄色い花で作った冠を頭に乗せてあげると、イリスは楽しそうにキャッキャと笑った。



 僕と妹は村の近くにある丘のお花畑に来ていた。

 お母さんが仕事をしている間、まだ小さい妹の世話を頼まれたからだ。

 本当はお兄ちゃんやお姉ちゃんみたいにお母さんの手伝いをしたいんだけど、妹の世話をするのも立派な仕事だって言われて相手にしてくれなかった。もう僕だって小さくないのにな。

 イリスが嫌いって訳じゃないんだけど、早く大人と同じ扱いをして欲しかった。



 そんな僕の悩みを知らないイリスは無邪気に今度は黄色と白の花でお人形を作っている。

 楽しそうな笑顔を見ていると、可愛いなと思う。

 

 まあイリスが大きくなるまでは一緒に遊ぶのもいいのかな。



「あ、ちょうちょさんだ」



 黒いアゲハチョウを見つけたイリスは人形を放り出して追いかけて行く。



「待ってイリス」



 僕はイリスが遠くまで行かないようについて行く。

 丘を村とは反対側に下って行き、中腹辺りでイリスは足を止めた。



「あれ? ちょうちょさん消えちゃったよ」

「蝶が消えるわけないだろ。見失っただけだよ。さあ元の場所に戻ろう。あんまり村から離れるのはよくないよ」



 名残押しそうに辺りを見ているイリスの手を引く。

 イリスは渋々ながらも僕について行こうとした。



「ちょうちょさんいた!」



 僕の手を振り払ってイリスは藪の方にかけていく。



「おい、イリス! そっちは危ない!」



 お母さんが言っていた。

 藪の中には蛇がいるから近づいてはダメだと。

 それを知っていたのに僕は妹を止めることができなかった。



「キャアッ!」

「イリス!」



 イリスは足首を抑えて蹲っていた。

 辺りには蛇は見当たらないけれど、イリスの足首には痛々しい二つの蛇の噛み傷がある。

 みるみるうちに足首は腫れていき、黒く変色していく。



「お兄ちゃん、痛いよ!」



 イリスは涙を流して訴えるがどうしたらいいのかわからない。

 とりあえずお母さんのところへ連れて行かなきゃ。



「蛇に噛まれたら動かさない方がいいわよ」



 妹を背負おうとしたらふいに後ろから声をかけられる。

 振り返ると、黒髪の女がいつの間にか立っていた。



「誰なの?」

「誰だっていいでしょ。そんなのは些細なことよ。それよりも今はその子を助けることだけ考えなさい」



 そうだ、イリスを助けなきゃ。

 でもどうやって?

 大分前だけど、僕の家の隣に住んでいるおじさんが蛇に噛まれて死んだ。お母さんが蛇に噛まれても助けられるような祈祷師がこの村にはいないから気を付けないといけないと言っていた。

 なのにどうやって助けられるの?



「ここから真っ直ぐ森の中を進んで行くと黒い花が咲いているわ。それを1つ摘んできなさい。黒い花があればあなたの妹を助けることができるわ」



 女が指さした方を見ると、どんよりと暗い不気味な森があった。

 あれは確か暗闇の森だ。

 お母さんが暗闇の森には子供だけでは絶対に入ってはいけないと言っていた。森には恐ろしいお化けがいて、子供を食べるんだそうだ。

 行くのはとても怖いと思った。だけど行かないとイリスを助けられない。



「僕行くよ。でもイリスは……」

「大丈夫よ。あなたが行っている間私がちゃんと面倒を見ているから」

「お願いします」



 僕は彼女にイリスを託して森へと入っていった。



 まだ外は明るいのに森の中はとても暗い。足元が見えにくいので地面から飛び出している木の根や石に躓いて何度も転びそうになった。

 鳥の鳴き声1つないシーンと静まり返った空間に嫌な寒気を感じる。

 不安を感じながら魔女が示した方向にしばらく歩いて行くと、黒い花畑があった。

 こんな不気味な森だから怖い怪物か何かが襲ってくると思っていたのに、簡単に辿りつくことができて何だか拍子抜けだ。

 でも帰る途中で何もないとは限らない。取ったらすぐにイリスの元に戻ろう。



 僕は黒い花に手をかけた。

 それを遮るように白い手が花に覆いかぶさった。



「取っちゃダメよ。この花には呪いがかかっているんだから」



 目の前にいつの間にか少女がいた。

 全身真っ白で、体が透けている。足は地面から浮いていた。

 これがお母さんが行っていたお化けなのだろうか。



「イリスを助けなきゃいけないんだ。邪魔しないで」

「摘むとあなた死んじゃうわ」



 僕が死ぬ?

 どういうことだろう。

 真剣な表情で僕を見つめる少女が嘘を言っているようには見えない。

 それでも……。



「僕のせいでイリスは死にかけているんだ。妹が助かるんだったら僕は死んでもいいよ」

「ダメ!」



少女の手をすり抜けて黒い花を掴み引き抜く。

根っこから抜けたそれは茎も根も全部真っ黒だった。



「逃げて!」



 少女の悲鳴に似た声が聞こえる。

 すると目の前にいくつも咲いていた黒い花たちが一斉に飛び出して僕に向かってきた。

 僕は間一髪花から逃れて元来た方に走り出す。



 後ろを振り返らずに無我夢中で走った。

 背後から何度も木がバキバキと折れる音がする。

 肩に強い衝撃を受けて転びそうになったけど、寸でのところで留まり走り続けた。



 先の方で光が見えた。もうすぐ出口だ。

 あと少しで森から出られるというところで何かに足を絡めとられ、宙に引き上げられる。

 宙吊りにされ、目の前に恐ろしい化け物がいた。

 たくさんの黒い花を固めて作られた人形のような化け物だ。裂けた口から尖った牙がビッシリとついており、飛び出た6つの目がせわしなく動いて僕を見る。体からいくつもの触手が出ていてその1つが僕の足首を掴んで持ち上げている。

 化け物は口を大きく開いた。食べられると思った瞬間、化け物は赤い炎に包まれた。僕は放り投げられて地面にしたたかに体を打ち付ける。



「走って!」



 女の声がした。

 僕は無我夢中で走り、何とかイリスが待つ森の外に出ることができた。

 女の傍で倒れているイリスに駆け寄る。

 よかった。まだ息はあるみだいだ。



「最後のはご褒美よ。あそこまで来られたのは坊やが初めてだから」

「どういうこと?」

「花を取るとあの化け物が襲ってくる仕組みになっているのよ。本当はそんなところに子供を向かわせたくなかったんだけど、純粋な心を持つ子供しか黒い花に近づくことができないのよ。でも子供は壊れやすいから簡単に化け物に殺されてしまうわ。今まであの森に入って戻ってきた子供はいない。だからあそこまで辿り着いた初めての坊やを私が魔法で化け物を撃退して助けてあげたのよ」



 魔法? この人は魔女なのだろうか。

 お母さんが魔女は嘘つきだから近づくなと言っていた。

 確かに危険だと教えないで僕を森に行くように言った。



「さあ、早く花を渡してちょうだい。もたもたしているとこの子が死んじゃうわよ」



 僕は慌てて魔女に摘んできた花を渡す。

 魔女は黒い花弁を1枚取り、何やら呟いた。すると花弁はひらひらとイリスのどす黒く変色した傷口に吸い込まれた。一瞬黒い光を放った花弁は消え、そしてあっという間に傷が治った。あんなに痛々しく黒く腫れあがっていたのにすっかり元通りになっている。



「この花の残りは報酬として頂いて行くわ。あと今日のことは誰にも言わないこと。全て夢だったと思って忘れなさい」



 そう言って魔女は立ち去ろうとした。



「あ、あの、ありがとうございました」



 お母さんが親切にしてくれた人にはちゃんとお礼を言いなさいと教わっていた。

 だから伝えたんだけど、魔女は驚いたように目を丸くして僕を見た。お礼を伝えただけなのに何でそんな表情をしたのか僕にはわからない。



「ふふ、素敵な心を持っているのね。さようなら。これからは気を付けるのよ」



 驚いたことに魔女は空気に溶けるように消えてしまった。



「ん、お兄ちゃん……?」

「イリス!」



 今まで寝ていただけというように眠そうに目を擦りながらイリスは起き上がる。



「もう平気か?」

「何が?」



 今までのできごとを覚えていないようだったから蛇に噛まれたんだよと言おうとしたけど、魔女の言葉を思い出して口をつぐむ。



「いや、何でもない。もうお昼だから家に帰ろう。お腹空いているだろう」

「うん!」



 僕とイリスは何ごともなかったかのように家に帰った。



 この日のことは大きくなってもたまに思い出す。

 みんな魔女は邪悪で悪い奴だと言うけれど、イリスを助けてくれた女性は悪い人には見えなかった。きっと全ての魔女が悪いのではなく、中にはいい人もいるのだろう。

 もう一度逢えたらいいなと僕は密かに思い続けた。
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