栞(しをり)

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栞(しをり)



 

 眩しい光を浴びながら、歩いてその席に着席した。こういう場所に慣れているわけではないので、表面上は見えていないだろうが、内心はドギマギしていた。
 しばらく質問攻めを受けた後、最後に茶色い縁のメガネを掛け、髪の毛をぴっちりとワックスで固めた、ザ・マジメみたいな記者が喋った。
 「今作で4作目の作品になるわけですが、次の作品にはもう取り掛かっていますか?」
 ありがちな質問だな、と内心毒づきながらも真っ当な顔をして答えた。
 大人になるって平気な顔して嘘をつけること、なんて子供の頃の自分には教えたくない。
 歩いていると担当の菅野が前から歩いてきた。
 「二階堂先生はまた正直に話さないんだから~」
 「また、そんなからかわないでくださいよ」
 「からかってないですよ。ただ、私くらいにはもうちょっと心を開いてもいいんじゃないですか~、なんて思ってるだけです」
「思ってることを言ってる時点でもうそれ思ってる、に入ってませんからね」
 軽口を叩き合って、今日の仕事もひと段落した。
 雨が降っている。空を見上げて、少ししか降っていない雨も、水たまりに投影されることでよりいっそう、雨の雰囲気を増幅させる。
 梅雨の季節で唯一好きなのは紫陽花くらいで、あとは嫌いだ。
 じめじめしたこの季節に、なんのメリットがあるんだと生まれてから今日まで何度考えたのかわからない。
 そういえば、梅雨はなんで「梅の雨」と言うんだろう。なにか理由でもあるのだろうか。調べるのはめんどくさいな。なんでも教えてくれるロボットでもいればいいのに。
 帰り道にコンビニによって、いつものエスプレッソを買った。雨の日に飲むそれは、なぜだかこの雨の中に溶け出しているように感じた。
 嫌気のない苦味が雨の中に染み渡る。陰鬱な空気を中和してくれているようだ。
 玄関で傘を閉じる。紫陽花の他に雨の中に好きなものがあった。りんご柄の傘。
 黄色、黄緑、赤、ごーるでんあっぷる、なんてそういえば見たことないな。ピンクのウサギも、青色の象も。
 「ただいま、ヨミ」
 「んにゃあぁぁ~」
 首をわさわさしてやると、気持ち良さそうにうりうりしている。湿気ですこししっとりしている猫はいつもと違って少しだけシュッとして見える。
 いつもと変わらない、さして広くもないこの部屋は、私と猫の一匹と一人暮らし。
 目立っているのは加湿器と、昔友達からもらったカエルのオキモノ。
 雨の日にぴったりだな、と思いながら少しだけフキンで磨いてやった。
 帰り道に買ったパスタでてきとうにペペロンチーノでも作るか、と思いながら、買い置きしてあるオリーブオイルと唐辛子を取り出した。
 必要最小限の冷蔵庫の中身と調味料、独身女性の一人暮らしには、これくらいがちょうどいい。
 「あ、ニンニクきらなきゃ」
と一人でぶつぶつと呟いた。
 ヨミがこっちを見ていた。その漆黒のくりっとした目は、なぜだか全てを見透かされているような気分になる。
 でも臭くなるから入れすぎはダメだ、と思いながらもまあまあの量を入れてしまった。
 今日はがんばったし、自分へのご褒美か、と身勝手に自分を甘やかした。
 「ブーッ、ブーッ、ブーッ、、、」
携帯がなっていた。誰だろう、滅多に電話をかけてくる人なんていないのに。
 電話が鳴るっておかしいな。人間が鳴らしてるのに、日本人はモノをヒトにしがちな気がする。なんてことを考えながら、電話の画面を見る。知らない番号。
布巾で手を拭いて、画面をスライドした。
「はい、もしもし」
「もしもし、、、二階堂さんの携帯で合ってるでしょうか?佐山、というものなんですけど、、、」
その言葉に、なにも言えなくなってしまった。
 ヨミの二つの黒い眼球が、こちらを見ていた。
 

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