パラント戦記

小説もどき家

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序章

幼馴染

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 敗戦の報が届いてから、数日が過ぎた。

 荒れ果てた沿岸の村に、静かに、そして途切れがちに、帝国の敗残兵が辿り着きはじめたのは、それから間もなくのことだった。

 その姿は、戦を知る者ですら目を逸らしたくなるほどの無残なものであった。

 深く裂かれた肉、失われた四肢、泥と血とにまみれた制服。うつろな目で虚空を見つめる者、痙攣しながら意味のない言葉を呟く者、夜ごと叫び声を上げてうなされる者。

 中には、心も体も――何か決定的なものを喪ったと一目でわかる者たちもいた。

 死にきれずに戻ってきた者たちの列。それは、勝者が持ち帰る凱旋とは程遠い、絶望と痛みの行軍だった。

 レリアはそのすべてを、見て、触れて、抱擁した。

 夜も昼も区別のない看護の日々。指が動かなくなるまで布を湿らせ、喉が潰れるまで呪文を唱え、体が倒れる寸前まで薬湯を運んだ。

 癒しの魔法は無力だった。届いた兵士の多くは、既に手遅れだったからだ。魔力は傷を塞ぐよりも、苦痛を延ばす役目しか果たさなかった。

 それでも、魔法はかけた。わずかでも、痛みを和らげたかった。もしそれが叶わぬとわかった時は――レリアの手が、代わりに兵士の喉元を斬った。

 泣きながら剣を握り、祈るようにその命を終わらせた。

「……ごめんなさい、ごめんなさい……」

 口から零れる謝罪は、兵士へか、自分自身へか、もはや分からなかった。

 治療師として軍に加わったはずだった。命を救いたかった。癒したかった。けれど今、自分がやっているのは、命を終わらせることばかりだった。

 幾度、兵士の最期に立ち会ったのか。
 幾度、冷えた手を握りながら涙を流したのか。
 もう、数えることすらできなかった。

 戦の終わりと共に、帝国軍は撤退を始めた。

 島に残されたのは、まだ息のある者と、埋葬すらされぬ屍ばかり。それでも、軍は規定通り動いた。

 魔力の使い手であるレリアには、優先的に本土への帰還命令が出ていた。戦局が崩壊した今、貴重な治療師は前線に置いておけない――そう判断されるのは当然だった。

 だが、彼女は頑なに命令を拒んだ。

 島を離れようとはしなかった。

 その理由のすべては、一人の男にあった。
 まだ帰ってこない、まだ行方が分からない幼馴染の存在――第四軍団の一員、ダリオン。

 消息は不明。前線で消息を絶った者の大半が、既に命を落としていることなど、誰よりもレリア自身が理解していた。

 治療師として、現場にいた。兵士たちがどんな死に方をしているのか、嫌というほど見てきた。

 それでも、信じるしかなかった。


「第四軍団? あそこは壊滅したらしい」
「生き残りはいなかったって」

 そんな言葉を幾度聞いたことか。

 聞くたびに、胸が冷たくなった。指先が震えた。
 それでも、心だけは折れなかった。

「帰ってくる。きっと、帰ってくる」

 それだけを、繰り返すように呟きながら、彼女は今日も包帯を巻き続けた。血と膿に染まる布に、希望を込めるように。

 そして、それはある夕暮れのことだった。

 砂埃を巻き上げて村に入ってきた一台の荷馬車。その背に、傷だらけの男が二人、もたれかかるように横たわっていた。

 駆け寄ったレリアの瞳に、その姿が映った瞬間。
 時間が止まったように思えた。

 肩で荒く息をつき、意識もおぼつかない兵士のひとり。その傍らに、血に濡れ、痩せ細りながらも凛と座る男の姿があった。

 軍服は破れ、肌に幾つもの傷が刻まれていた。
 それでも、忘れるはずもなかった。
 何度も、夢の中で見続けた顔。

 「……ダリオン……!」

 レリアは、声を上げたかどうかも覚えていなかった。
 ただ、駆け寄り、彼の手を取り、指を絡めた。
 その指が、微かに動いた。

 返ってきた。彼は生きていた。どれだけの奇跡を超えて来たのか――それはわからない。

 ただ、想いは、届いたのだ。

 遠い戦場の地から、今この瞬間に至るまで。

 すべてが報われたように、レリアは彼の手を握りしめ、静かに涙をこぼした。


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