13 / 13
第二章 政略
冤罪
しおりを挟む
処刑場は帝都中央広場の南端、古の塔の影の下に設けられていた。
群衆は早朝から集まり、重苦しい空気が石畳の上に広がっていた。見物人たちは口を噤み、ただ中央の高台に置かれた断頭台を見つめていた。
ケルレダン。帝国を転覆せんとした大逆の罪により、今まさに裁かれようとしていた男。
その鎖に繋がれた体は打擲の跡で黒く腫れ、顔はやつれていた。だが、その瞳だけは未だに鋭く、群衆を睨み返していた。
「最後の言葉を」と、処刑執行官が告げた。
ケルレダンは前に進み出た。そして、静かに、だが力強く声を放った。
「……貴様らは皆、真実を知らぬ」
ざわめきが走る。
「我が企ては確かに愚かだったかもしれぬ。しかし私は単なる裏切り者ではない。我々は、帝国の腐敗に抗ったのだ。――そして、真の首謀者は私ではない!」
処刑場が一瞬、静まり返った。
「この謀議の根にいたのはエリスロムだ!!」
人々が息を呑む。遠く、貴族たちの一角に動揺の気配が走る。
「我らは彼の意志を受け、帝国の未来を変えようとしたまで……我が言葉、虚言ならばこの場で神罰に討たれよ!」
ケルレダンの声は、最期の刃のように響いた。
だが処刑執行官は何も言わず、ただゆっくりと手を挙げた。
太鼓が鳴る。
(やってやった)
ケルレダンは目を閉じた。最後に疑惑の種を残しやった。彼は最期まで呪うことを選んだのだ。
刃が振り下ろされる瞬間、彼の視界にアイセリンの姿が浮かんだ。彼女は泣いて怒っていた。
◇
皇帝の玉座は高く、帝都中央広場を見下ろすことができる位置にあった。彼の視線は、断頭台に立つケルレダンの姿から決して逸れることはなかった。
厚いカーテンの奥に控える側近たちのざわめきも、皇帝には届かず、ただ彼の心は冷たく波立っていた。
ケルレダンの最後の言葉が、空気を切り裂くように耳に残る。
「エリスロム……」
皇帝の眉がわずかにひそまった。その言葉の重みは、彼の胸中に不気味な影を落とすに十分だった。
やはりエリスロムが謀反を。だが、死に際に吐いた嘘かもしれん。いや、ケルレダンは真実を口にしたのかもしれぬ。
疑惑は膨れ上がり、皇帝の胸中で冷たい疑念の火が燃え広がる。だが、まだ確証はなかった。もし事実であれば、この国の根幹が揺らぐことになる。
皇帝は重くため息をつき、目を閉じた。
「どうしたものか……」
◇
皇帝の玉座から見下ろす広場は、まだ朝の薄明かりに包まれていたが、その視線は冷たく鋭く断頭台の男を捉えていた。ケルレダンの最後の言葉が胸に刺さったものの、皇帝の表情は一切動かない。感情は鉄壁のように閉ざされていた。
「エリスロム……か」
低く呟くその声に、かすかな苛立ちが混じる。疑惑が事実であれば、許しがたい。いくら息子であろうと八つ裂きにしてくれる。しかし、それを口に出すことはまだ許されない。冷静な判断が何よりも優先されるのだ。
皇帝は軍の現状を頭の中で瞬時に計算した。エリスロムは前線で指揮を執っている。戦況は依然として緊迫し、息子を呼び戻せば軍の士気は大きく乱れるだろう。だが、このまま放置すれば、背信が帝国の基盤を根底から崩しかねない。それにどちらにしてもアイセリンを殺したのだ。エリスロムから恨みを買うのは避けられない。
殺すしかない。
呼び戻す言い訳は作るまずは彼から軍という後ろ盾を外さねば。皇帝の瞳は暗く、冷酷な光を宿していた。
群衆は早朝から集まり、重苦しい空気が石畳の上に広がっていた。見物人たちは口を噤み、ただ中央の高台に置かれた断頭台を見つめていた。
ケルレダン。帝国を転覆せんとした大逆の罪により、今まさに裁かれようとしていた男。
その鎖に繋がれた体は打擲の跡で黒く腫れ、顔はやつれていた。だが、その瞳だけは未だに鋭く、群衆を睨み返していた。
「最後の言葉を」と、処刑執行官が告げた。
ケルレダンは前に進み出た。そして、静かに、だが力強く声を放った。
「……貴様らは皆、真実を知らぬ」
ざわめきが走る。
「我が企ては確かに愚かだったかもしれぬ。しかし私は単なる裏切り者ではない。我々は、帝国の腐敗に抗ったのだ。――そして、真の首謀者は私ではない!」
処刑場が一瞬、静まり返った。
「この謀議の根にいたのはエリスロムだ!!」
人々が息を呑む。遠く、貴族たちの一角に動揺の気配が走る。
「我らは彼の意志を受け、帝国の未来を変えようとしたまで……我が言葉、虚言ならばこの場で神罰に討たれよ!」
ケルレダンの声は、最期の刃のように響いた。
だが処刑執行官は何も言わず、ただゆっくりと手を挙げた。
太鼓が鳴る。
(やってやった)
ケルレダンは目を閉じた。最後に疑惑の種を残しやった。彼は最期まで呪うことを選んだのだ。
刃が振り下ろされる瞬間、彼の視界にアイセリンの姿が浮かんだ。彼女は泣いて怒っていた。
◇
皇帝の玉座は高く、帝都中央広場を見下ろすことができる位置にあった。彼の視線は、断頭台に立つケルレダンの姿から決して逸れることはなかった。
厚いカーテンの奥に控える側近たちのざわめきも、皇帝には届かず、ただ彼の心は冷たく波立っていた。
ケルレダンの最後の言葉が、空気を切り裂くように耳に残る。
「エリスロム……」
皇帝の眉がわずかにひそまった。その言葉の重みは、彼の胸中に不気味な影を落とすに十分だった。
やはりエリスロムが謀反を。だが、死に際に吐いた嘘かもしれん。いや、ケルレダンは真実を口にしたのかもしれぬ。
疑惑は膨れ上がり、皇帝の胸中で冷たい疑念の火が燃え広がる。だが、まだ確証はなかった。もし事実であれば、この国の根幹が揺らぐことになる。
皇帝は重くため息をつき、目を閉じた。
「どうしたものか……」
◇
皇帝の玉座から見下ろす広場は、まだ朝の薄明かりに包まれていたが、その視線は冷たく鋭く断頭台の男を捉えていた。ケルレダンの最後の言葉が胸に刺さったものの、皇帝の表情は一切動かない。感情は鉄壁のように閉ざされていた。
「エリスロム……か」
低く呟くその声に、かすかな苛立ちが混じる。疑惑が事実であれば、許しがたい。いくら息子であろうと八つ裂きにしてくれる。しかし、それを口に出すことはまだ許されない。冷静な判断が何よりも優先されるのだ。
皇帝は軍の現状を頭の中で瞬時に計算した。エリスロムは前線で指揮を執っている。戦況は依然として緊迫し、息子を呼び戻せば軍の士気は大きく乱れるだろう。だが、このまま放置すれば、背信が帝国の基盤を根底から崩しかねない。それにどちらにしてもアイセリンを殺したのだ。エリスロムから恨みを買うのは避けられない。
殺すしかない。
呼び戻す言い訳は作るまずは彼から軍という後ろ盾を外さねば。皇帝の瞳は暗く、冷酷な光を宿していた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで
六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。
乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。
ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。
有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。
前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる