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26-1話 有馬和樹 「元司教との会談」
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「ハビじい」と、おれが勝手に呼ぶハビスゲアル。
サシで話をさせてくれと、みんなに言った。この爺さんとは、一度きちんと話をしてみたかった。
今、里の中はウルパ村から逃げてきた人で混乱している。みんな対応に忙しそうだ。おれとハビスゲアルは、みんなの邪魔にならないように広場の隅に移動した。
「ハビじい、この国の基本的なこと教えてくれるか?」
ハビスゲアルがうなずく。
始まりは、別の国から逃げた王族らしい。宮廷内の争いに負けて逃げた。遠く逃げた先に見つけたのが、このあたり一帯の肥沃な大地。
先住民は魔法が使えない種族ったので、制圧はあっという間だったらしい。先住民とは、カラササヤさんたちのような森の民だ。
「それから百年。国は豊かになりましたが、国が熟れると腐るのも早い」
「イチジクみたいに?」
「左様、小蝿も湧いております」
国が豊かになると、富は貴族と教会に集中する一方だと言う。
帝国の話はろくでもないが、元いた世界もそんなもんだ。ちょっと昔なら、こことそれほど変わらない。
「だれかが、貴族から富をぶんどる必要があるってか」
まともな事を言ったつもりだが、ハビじいは首を振った。
「豊かさというのは必要ですが、豊かになる経緯も重要だと考えます。人から奪う豊かさは長続きしません」
話の中にちょいちょい入る、ハビじいの考えが面白かった。この老人、何に対しても自分の考えを持っている。本の知識じゃない。
そして、生きるとは何なのか、死とは何なのか。そんな問いまでも、まだ考え続けていた。大人ってのは、もっと割り切ってるもんじゃないのか。
話し込んでいると、いつの間にか夕方から夜になっていた。
調理場に人が残っていたので、ハビじいを連れて行ってみる。
森の民の婦人方に混じって、顕微鏡スキルの土田清正がいた。パンの生地をこねている。ここで土田の姿を見るのは久しぶりだ。
「土田」
「キング、なんか食べる?」
「いつも悪いな」
戦闘班の人間がここに来れば、何か食べに来たと調理班はわかっている。
「窯の火を落とす前で良かったな」
土田はそう言って、コッペパンのようなパンのかたまりを出した。真ん中に切り込みを入れ、燻製肉とチーズを乗せる。石窯に入れると、すぐに取り出した。
「早っ!」
「ピザの石窯と同じ。中は高温だから」
見ると、きちんとチーズは溶けていた。婦人方から湯をもらい、それで茶を作る。調理場の隅にイスを出して食べることにした。
「このパンは美味ですな!」
ハビじい、何も食べずに来たんだろう。土田のパンを貪るように食べている。そして、おれも腹はぺこぺこだ。あっという間に平らげて、土田に追加でもう一個、お願いする。
ハビスゲアルは教会を追われた身だ。里で暮らすように勧めてみた。だが、断られた。例の疫病をどうにかしたいらしい。
王都でも近隣の街でも、帝国に反感を持つ市民は多い。そういった市民をまとめ上げ、なんとか免疫を広げるそうだ。
それって地下組織、レジスタンスだ。
「ハビじい、国そのものを一回潰したほうが早いんじゃね?」
この国の話を聞いて、おれが思ったのはそれだ。
素人のおれが簡単に考えすぎかもしれないが、帝国や王国って、狙う相手が決まっている。王様を倒せばいい。
「そこに、もう一つの深い闇がありまして……」
「深い闇?」
ハビじい、梅干しみたいに顔をしかめて説明を始めた。
その深い闇とは「影の権力者」がいるとのこと。現在の皇帝は傀儡で、誰かの意のままらしい。そして国教であるゼダ教のトップ、総大司教も操っていると言うのだ。
「正体わかってないの?」
「はい。これがかなり狡猾に隠されおります」
ハビスゲアルは司教の一人だ。内部の人間がわからないって言うんだから、よっぽどだ。
「めどもついてない?」
「司教の中にいるのは、間違いありませんが、その誰とは……」
「司教って何人だっけ?」
「72人です」
うわ、面倒くせえ。それだけいれば、絞り込むのは無理っぽい。
しかし、わからんな。ハビじいって考えが至極まっとうだ。そんな人が教会に入り司教になるのか。聞くのは失礼かと思ったが、あっさり答えてくれた。
「それしか、政治に参加する機会はないからです」
そういうことか。権力は王族と教会がガッツリ握っている。そこに入り込むには、教会のルートしかないのか。
おれはイスに深くもたれ、お茶を飲んだ。茶葉が多すぎたのか、ひじょうに渋い。
「ハビじいは、それで中から国を変えようと?」
「その通りでございます」
ハビスゲアルは市民の出だった。それが末端とは言え、司教になったのだから大出世だ。
「すげえな、ハビじい」
「褒められるようなことは何も。人の道から外れることも、多くあります」
ハビスゲアルはそう言って、おれを見つめた。ああ、召喚した本人だもんね。こんな世界の組織にいるんだ。そりゃあね。
しかし、一人の男性が、一つの人生をかけてきた計画が狂った。おれらが脱走したから。責任を感じるわけではないが、おしい。
まずい茶を一口飲むと、さっきよりも渋く感じた。
「キングくん、お茶いりますか?」
ノロさんが現れた。
「ノロさん、遅い!」
「ええ? 僕、なんか遅れた?」
「いや。さっき自分で淹れた茶を飲んだら、びっくりするほどまずかった」
ノロさんは、ほっとしたように笑った。
「おどかしてごめん。ノロさん、水差しごと紅茶をもらっていい?」
お茶が足りなくなりそうだ。まとめてもらっておきたい。
「もちろん、いいよ」
ノロさんは鉄製の水差しに茶葉を入れ、沸騰のスキルをかけた。それを受け取り、ハビじいを振り返る。
「おれの部屋で話しますか。木の上の家で狭いけど」
「おお、あの木の家ですな。童心に帰るようで、胸が踊ります」
やっぱり! 異世界人も変わらない。秘密基地は男のロマンだ。
ハビスゲアルとは、結局、朝まで話し込んだ。政治のこと、国のこと、話すことはいくらでもあった。
朝まで話す中で、おれの腹も決まった。
窓の隙間から朝日が差し込む。おれは木窓を開けた。
「ハビじい、ここで待っててくれるか? おれは、クラスのみんなと少し話をしたい」
ハビスゲアルは無言でうなずいた。
朝もやの中、広場まで行きイスを出した。そこに座ってみんなを待つ。
「菩提樹」
呼ばれた精霊がぬうっと出てきた。
「キングよ、なんです?」
「しばらく留守にしようと思う。一年か十年か」
「左様か」
「ああ、みんなの事、よろしくな」
菩提樹は微笑んで消えていった。やっぱり一年や十年ってのは、太古の樹にしてみれば、まばたきと同じなんだろうな。
それからしばらくして、最初に現れたのはジャムさんだった。
「キング、今日は早いな」
「師匠」
「なんだ?」
「みんなのこと、よろしく」
ジャムさんは返事をせず、口を閉ざした。すぐに意味はわかったようだ。
朝の調練に向けて人が集まってきた。みんな、おれを見て足を止める。
「キング、どうしたんや?」
コウこと根岸光平が声をかけてきた。
「ちょっと、みんなに話があって」
「なんや、辛気臭いで。なあ、ジャムさん」
言われたジャムさんは腕を組んだまま、一歩下がった。コウは何か思うところがあるのか、吐き捨てるように言った。
「まじか……クソッ」
それを近くで見ていた遠藤もも。彼女が耳に手をやった。通話スキルで何人かと連絡を取るんだろう。
みんなが起きるまで気長に待つつもりだったが、起こしてしまうことになりそうだ。
時間にすると二十分ぐらいだろう。クラスの全員が広場に集まった。
菩提樹の前でイスに座っているおれは、このまま座っているのか、立つべきなのか。立って話すと、なんだか大げさに見える気もする。
姫野美姫が、みんなを代表するように一歩前に出た。こいつには世話になった。この里は姫野がいるから回っていると、おれは思う。今日は、ありがとうと感謝を伝えたい。
「なに? 話って」
……あり? 姫野、めっちゃ機嫌が悪いんですけど。
サシで話をさせてくれと、みんなに言った。この爺さんとは、一度きちんと話をしてみたかった。
今、里の中はウルパ村から逃げてきた人で混乱している。みんな対応に忙しそうだ。おれとハビスゲアルは、みんなの邪魔にならないように広場の隅に移動した。
「ハビじい、この国の基本的なこと教えてくれるか?」
ハビスゲアルがうなずく。
始まりは、別の国から逃げた王族らしい。宮廷内の争いに負けて逃げた。遠く逃げた先に見つけたのが、このあたり一帯の肥沃な大地。
先住民は魔法が使えない種族ったので、制圧はあっという間だったらしい。先住民とは、カラササヤさんたちのような森の民だ。
「それから百年。国は豊かになりましたが、国が熟れると腐るのも早い」
「イチジクみたいに?」
「左様、小蝿も湧いております」
国が豊かになると、富は貴族と教会に集中する一方だと言う。
帝国の話はろくでもないが、元いた世界もそんなもんだ。ちょっと昔なら、こことそれほど変わらない。
「だれかが、貴族から富をぶんどる必要があるってか」
まともな事を言ったつもりだが、ハビじいは首を振った。
「豊かさというのは必要ですが、豊かになる経緯も重要だと考えます。人から奪う豊かさは長続きしません」
話の中にちょいちょい入る、ハビじいの考えが面白かった。この老人、何に対しても自分の考えを持っている。本の知識じゃない。
そして、生きるとは何なのか、死とは何なのか。そんな問いまでも、まだ考え続けていた。大人ってのは、もっと割り切ってるもんじゃないのか。
話し込んでいると、いつの間にか夕方から夜になっていた。
調理場に人が残っていたので、ハビじいを連れて行ってみる。
森の民の婦人方に混じって、顕微鏡スキルの土田清正がいた。パンの生地をこねている。ここで土田の姿を見るのは久しぶりだ。
「土田」
「キング、なんか食べる?」
「いつも悪いな」
戦闘班の人間がここに来れば、何か食べに来たと調理班はわかっている。
「窯の火を落とす前で良かったな」
土田はそう言って、コッペパンのようなパンのかたまりを出した。真ん中に切り込みを入れ、燻製肉とチーズを乗せる。石窯に入れると、すぐに取り出した。
「早っ!」
「ピザの石窯と同じ。中は高温だから」
見ると、きちんとチーズは溶けていた。婦人方から湯をもらい、それで茶を作る。調理場の隅にイスを出して食べることにした。
「このパンは美味ですな!」
ハビじい、何も食べずに来たんだろう。土田のパンを貪るように食べている。そして、おれも腹はぺこぺこだ。あっという間に平らげて、土田に追加でもう一個、お願いする。
ハビスゲアルは教会を追われた身だ。里で暮らすように勧めてみた。だが、断られた。例の疫病をどうにかしたいらしい。
王都でも近隣の街でも、帝国に反感を持つ市民は多い。そういった市民をまとめ上げ、なんとか免疫を広げるそうだ。
それって地下組織、レジスタンスだ。
「ハビじい、国そのものを一回潰したほうが早いんじゃね?」
この国の話を聞いて、おれが思ったのはそれだ。
素人のおれが簡単に考えすぎかもしれないが、帝国や王国って、狙う相手が決まっている。王様を倒せばいい。
「そこに、もう一つの深い闇がありまして……」
「深い闇?」
ハビじい、梅干しみたいに顔をしかめて説明を始めた。
その深い闇とは「影の権力者」がいるとのこと。現在の皇帝は傀儡で、誰かの意のままらしい。そして国教であるゼダ教のトップ、総大司教も操っていると言うのだ。
「正体わかってないの?」
「はい。これがかなり狡猾に隠されおります」
ハビスゲアルは司教の一人だ。内部の人間がわからないって言うんだから、よっぽどだ。
「めどもついてない?」
「司教の中にいるのは、間違いありませんが、その誰とは……」
「司教って何人だっけ?」
「72人です」
うわ、面倒くせえ。それだけいれば、絞り込むのは無理っぽい。
しかし、わからんな。ハビじいって考えが至極まっとうだ。そんな人が教会に入り司教になるのか。聞くのは失礼かと思ったが、あっさり答えてくれた。
「それしか、政治に参加する機会はないからです」
そういうことか。権力は王族と教会がガッツリ握っている。そこに入り込むには、教会のルートしかないのか。
おれはイスに深くもたれ、お茶を飲んだ。茶葉が多すぎたのか、ひじょうに渋い。
「ハビじいは、それで中から国を変えようと?」
「その通りでございます」
ハビスゲアルは市民の出だった。それが末端とは言え、司教になったのだから大出世だ。
「すげえな、ハビじい」
「褒められるようなことは何も。人の道から外れることも、多くあります」
ハビスゲアルはそう言って、おれを見つめた。ああ、召喚した本人だもんね。こんな世界の組織にいるんだ。そりゃあね。
しかし、一人の男性が、一つの人生をかけてきた計画が狂った。おれらが脱走したから。責任を感じるわけではないが、おしい。
まずい茶を一口飲むと、さっきよりも渋く感じた。
「キングくん、お茶いりますか?」
ノロさんが現れた。
「ノロさん、遅い!」
「ええ? 僕、なんか遅れた?」
「いや。さっき自分で淹れた茶を飲んだら、びっくりするほどまずかった」
ノロさんは、ほっとしたように笑った。
「おどかしてごめん。ノロさん、水差しごと紅茶をもらっていい?」
お茶が足りなくなりそうだ。まとめてもらっておきたい。
「もちろん、いいよ」
ノロさんは鉄製の水差しに茶葉を入れ、沸騰のスキルをかけた。それを受け取り、ハビじいを振り返る。
「おれの部屋で話しますか。木の上の家で狭いけど」
「おお、あの木の家ですな。童心に帰るようで、胸が踊ります」
やっぱり! 異世界人も変わらない。秘密基地は男のロマンだ。
ハビスゲアルとは、結局、朝まで話し込んだ。政治のこと、国のこと、話すことはいくらでもあった。
朝まで話す中で、おれの腹も決まった。
窓の隙間から朝日が差し込む。おれは木窓を開けた。
「ハビじい、ここで待っててくれるか? おれは、クラスのみんなと少し話をしたい」
ハビスゲアルは無言でうなずいた。
朝もやの中、広場まで行きイスを出した。そこに座ってみんなを待つ。
「菩提樹」
呼ばれた精霊がぬうっと出てきた。
「キングよ、なんです?」
「しばらく留守にしようと思う。一年か十年か」
「左様か」
「ああ、みんなの事、よろしくな」
菩提樹は微笑んで消えていった。やっぱり一年や十年ってのは、太古の樹にしてみれば、まばたきと同じなんだろうな。
それからしばらくして、最初に現れたのはジャムさんだった。
「キング、今日は早いな」
「師匠」
「なんだ?」
「みんなのこと、よろしく」
ジャムさんは返事をせず、口を閉ざした。すぐに意味はわかったようだ。
朝の調練に向けて人が集まってきた。みんな、おれを見て足を止める。
「キング、どうしたんや?」
コウこと根岸光平が声をかけてきた。
「ちょっと、みんなに話があって」
「なんや、辛気臭いで。なあ、ジャムさん」
言われたジャムさんは腕を組んだまま、一歩下がった。コウは何か思うところがあるのか、吐き捨てるように言った。
「まじか……クソッ」
それを近くで見ていた遠藤もも。彼女が耳に手をやった。通話スキルで何人かと連絡を取るんだろう。
みんなが起きるまで気長に待つつもりだったが、起こしてしまうことになりそうだ。
時間にすると二十分ぐらいだろう。クラスの全員が広場に集まった。
菩提樹の前でイスに座っているおれは、このまま座っているのか、立つべきなのか。立って話すと、なんだか大げさに見える気もする。
姫野美姫が、みんなを代表するように一歩前に出た。こいつには世話になった。この里は姫野がいるから回っていると、おれは思う。今日は、ありがとうと感謝を伝えたい。
「なに? 話って」
……あり? 姫野、めっちゃ機嫌が悪いんですけど。
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