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28-13最終話 有馬和樹 「最後の戦い」
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ふらふらと聖騎士団が立ち上がった。
ワサビ茸を吸い込んだ彼らの目からは涙、それに鼻水にヨダレと散々だ。
『カントク、よろしく!』
姫野の声。カントク?
『いいね、仕上げるよ』
渡辺? 通信に入った声は幻影スキルの渡辺裕翔だ。
『お茶目な落書き! 巨大な幻影、巨大な響く声!』
ゲスオがブーストをかける声が聞こえた。
何をする気だ? 渡辺とセレイナはトレーラー上の前に出てきた。
「「「見物人のみなさん、お子さんの目をふさいで下さい」」」
拡声魔法をかけた姫野の声。お子さん? フルレとイルレを見た。声を聞いた父母があわてて後ろから目を隠す。
「リアリティ・フレーム!」
渡辺が上空に手を振ると、空をおおう巨大なスクリーンが出てきた!
「短編映画!」
映像が出てきた。
「地獄の黙示録!!」
それは戦争映画のハイライトシーンだった。飛び交う銃弾。吹き飛ばされる人間。森の中を逃げるゲリラ兵。藁ぶきの家にロケット弾が刺さって爆発した。
田んぼの中で泣き叫ぶ子供がいる。親が子の手を持つ。そこへ爆撃。銃弾爆撃が森を焼く。
映像と同時に、突き刺さる叫び声。セレイナが叫んでいる。ただただ長く叫んでいる。
心が打ち震え、涙が出た。
映画は数分で終わった。
終わった後は、みんな立ち尽くすだけだ。
どさっと聖騎士団の一人が座り、兜を脱いだ。
「王都守備隊、剣を捨てよ!」
ワーグル隊長が叫んだ。周りで見ていた守備隊が静かに剣を置く。
おれはみんなを振り返った。おれもうなずく。方々で剣を捨てる音が聞こえた。終わったな。
大通りの向こうから、颯爽と歩いてくる人影が一人。コウ? 疾風鬼と自らを呼ぶ、根岸光平だ。
「終わったで、キング」
おれの横を通る時に言った。
城を見た。城に大勢の人が入っていく。まさかコウ、この騒動を利用して?
「タクと、ずいぶん前から調べ上げた。城っちゅうのは隠し通路も多くてな」
王の暗殺。コウとタクが動いてたってことは、ヴァゼル伯爵は知っているだろう。伯爵を見た。こちらに向けて肩をすくめ、飛び立った。怖い人だぜ、やっぱ。
「じゃあ、みんな、手当すっか」
おれは近くに座り込んでいる聖騎士団の肩を担ぐ。
小さなうめき声が聞こえた。少し離れたところに、仰向けに倒れた聖騎士がいる。今、治療すれば助かるだろう。男が一人、近づいた。
男は、その手から剣を奪い、下に向けた。
「おい!」
腹につきたてた! 聖騎士は口から血を流し息絶える。
「お前!」
男は、にやりと笑った。灰色のローブを着た司教。老人ではない。40か50、そのあたりか。
「モルイッチ……貴様だったのか」
ハビスゲアルがトレーラーから降りていた。おれの前に出る。
「モルイッチ?」
「左様。魔法が使えぬ司教で、常に最下位でした。最後は吾輩のほうが下になりましたが……」
72、いや、ハビじいが落ちたから71番目の司教か!
「こうまでやるとはな」
モルイッチと呼ばれた男は言った。
「一度、この国は終わりだ。立て直すには、俺が出ねばならんか」
……ハビスゲアルが言っていた黒幕。こいつか!
ハビスゲアルは手のひらを男に向けた。
「それはない。すまぬな」
魔法を唱えた。巨大な火の玉が飛ぶ。当たった瞬間、なぜかハビスゲアルの体が吹き飛んだ!
「ハビじい!」
体の表面が焼けている。花森千香が急いで駆け寄った。
男の周りに黒い霧が集まった。上空を見る。ヴァゼル伯爵だ。
黒い霧が男の体内に入ったと思った時、ヴァゼル伯爵が何か声を上げた。ふらりふらりと体の自由が利かないようで、大通りに面した家の屋根に墜落した。
「俺に魔法は利かぬ」
男は聖騎士に刺していた剣を抜いた。横から駆ける音。
「カラササヤさん、待て!」
「はっ!」
気合いとともに槍が突き出された。男は素早く体をひねってかわす。そのあとの連続した突きも剣で弾いた。
「なかなか槍を遣うな」
剣で払いながら男は言った。ふいに両手をだらりと下げる。カラササヤさんはチャンスとばかりに男の腹を突いた。
槍はローブを貫いたところで止まる。
「少し付き合ってやっただけ。倒せると思ったか?」
カラササヤさんの腹部に血が滲みだした。槍を落とし倒れる。
「無駄だ。剣も利かぬ。俺への攻撃は全て跳ね返す。そういう体質でな」
倒れていたハビスゲアルが体を起こした。全身の火傷は、まだ回復しきってない。
「そ、そやつは子供のころ、誤って召喚された者。教会に帰属し、この国の住民となりました……」
異世界人か!
「悪いが、お主らは生きて帰れぬ。お主らを逃すと権威が無くなるのでな」
男はおれに向けて言った。気づけば、民衆の中に妙な気配。黒い服の男が大勢いた。やつの配下か!
「キング、皆を連れて……」
隣に来たのはジャムさんだ。
うしろを見る。みんながトレーラーから降りて集まっていた。
モヒカン狼の三匹が唸っている。手を上げて伏せるようにジェスチャーした。
すべてを跳ね返す能力か。やっかいだ。それに剣の腕も相当ある。
「ゲスオ!」
おれの声に人垣が割れた。そこにゲスオが立っている。近寄って小声で話しかけた。
「ブーストかけてくれ。向こうがすべて跳ね返す体なら、すべて粉砕する拳をぶつけてやる」
「……いやでござる」
「はっ?」
その時、横の通りから猛スピードで馬車が突っ込んで来た!
「死ね、おっさん!」
進藤の叫び。男は微動だにしない。ぶつかった。馬車は岩にでもぶつかったように後輪が跳ね上がり一回転した。
おれはゲスオの肩をつかんだ。プリンスとドクも来る。
「どう考えても、おれしか倒せないぞ」
「……いやでござる」
プリンスとドクを見た。
「日出夫、ブーストかけろ」
プリンスが本名で呼んだ。
「もう、手はないと思う。どう考えても」
ドクはそう言うと、自分の涙を拭いた。
ゲスオはうつむいている。
「ブーストかけろ日出夫!」
おれは怒鳴った。日出夫は震える手で、おれの胸にさわった。そして服を握りしめる。
「お茶目な落書き」
か細い声でつぶやいた。
おれは拳を閉じたり開いたりした。ブーストがかかった感触がある。
「ありがとな。日出夫」
それから、おれはプリンスとドクを見た。
「ありがとう清士郎、ありがとう秀」
おれは二人の肩に手を置いた。
「何をしておるか知らぬが……」
「黙ってろオッサン!」
男は黙った。ちらり後ろを見ると、面倒くさそうに手にした剣を持ち上げ、切れ味を見ている。
おれはクラスのみんなを見た。姫野が駆けてこようとした。おれは敵を振り返る。
「じゃあ、オッサン、やろうか」
「お主の得物は? 剣か、槍か? または魔法か?」
男は気だるそうに剣を構えた。
「攻撃は何も利かぬぞ?」
おれは腕に付けた小手を外しながら答えた。
「ぶん殴る!」
男が目を見開いた。
「殴る? 正気か?」
おれは胸当ても外した。軽くなったほうがいい。殴ると聞いて、かなり油断している。そこが唯一の勝機だ。
おれは、あきらめてはいない。瓦を割るのと同じだろう。躊躇すれば、こっちの拳が割れる。撃ち抜けば向こうのほうが割れるだろう。
一度、直立不動になり息を整える。心臓が激しく鳴っていた。
目をつぶる。おれがダメだったら、どうするか? 一瞬それを考え、即座に頭から消した。
「よし!」
相手を見た。撃ち抜く。あとは考えない。
駆けた。男の目の前。左足を踏み込み右手を引く。ここまで来ても男は剣を振ろうともしない。
「粉・砕」
うしろの右足を蹴った。足と同時に腕を出す。小さいころから何千、何万回もした動作。
「拳!」
男の胸。男がうしろに吹っ飛んだ。
「馬鹿な!」
男は石畳に倒れた。体を起こす。起きようとして膝をついた。全身に亀裂が入っていく。
撃ち抜けた。
撃ち抜けたが、跳ね返っても来た。全身に衝撃がある。
ふいに衝撃が消えた。まるで吸い取られるかのように消えた。どこに吸い取られたか、その方向はわかった。
「清士郎」
振り返って名を呼んだ。清士郎は、おれに向かって手のひらを向けている。
おれは清士郎の元に歩いた。
「清士郎、何やった?」
「悪いな。これしか方法がない」
横でゲスオが座り込んでいた。頭を抱え、うつむいている。
「僕とゲスオは知っていた。人のスキルは見えるから」
ドクが涙を拭きながら言った。
「立とう日出夫。僕らは、そうしなきゃいけない。何も出来なくても、しっかり見なきゃ」
ゲスオが小刻みに震えた。押し殺した嗚咽も聞こえる。
「清士郎のスキルは?」
ドクに聞いた。
「キングのダメージを全て受ける」
「スキル名は?」
「プリンス」
プリンスか。そういえば清士郎が自分で言うのを一度も聞いたことがない。それに、プリンスのスキルは剣かなにか。そう勝手に思っていた。
プリンスの足元から亀裂があがってきた。
おれは頭が真っ白になった。これは一体、なんなのか。
花森千香が駆け寄る。
「お注射!」
プリンスに触れた。亀裂はさらに上にあがる。
「お注射、お注射、お注射……」
プリンスが手を上げた。
「いい。これは無理だ。自分でもわかる」
花森が泣いた目で見上げた。
「ありがとうな、花森。みんなも、ありがとう」
プリンスは体が動かないのか、首を少し動かして言った。クラスのみんなは誰も動かない。
「すまんな、プリンス。損な役回りするのは、わいやと思っとったのに」
コウとタクが近寄った。
プリンスが少し首を動かして二人を見る。
「ああ。あとは頼んだぞ。こいつ、危なっかしいからな」
コウとタクはうなずいた。こいつとは誰のことだ? 頼むことはない。お前がやればいい。
「師匠……」
プリンスがおれの後ろを見ていた。体をよける。ジャムさんが後ろにいた。
「師匠……」
「よい働きであった。そして、よい戦いであった」
「ありがとうございます。俺に剣を教えてくれて」
「うむ。俺も戦士。そう長くはない。少し待っててくれ。向こうで稽古をしよう」
プリンスは少し笑った。
「アタシもいい?」
セレイナが横に立っていた。泣いた跡がある。それでも必死に笑顔だ。
「ハグしていい?」
プリンスが笑った。
「学校一の美人にか。光栄だな」
「嘘、思ってないクセに」
セレイナは、さわるかさわらないかの力でそっとプリンスを抱きしめる。
「ありがと。プリンス」
「ああ。あとは頼んだぞ」
「待って、もう一人だけ」
セレイナは腕を離し、3年F組の集まりを向いた。
「エマちゃん!」
喜多絵麻は、両手の拳をぎゅっと握り、うつむいている。
うしろで男が動く気配がした。
「あああああ!」
男が絶叫を放つ。亀裂が全身に広がり、そして砂となって崩れ落ちた。
「あまり時間がない」
プリンスが短く言った。
喜多絵麻は動けないでいるようだった。そこへ姫野美姫と友松あやが駆け寄る。二人に押されるようにして、喜多がプリンスの前に立った。
「私……私……」
喜多が顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだ。
「小学校の五年生から、ずっと、ずっと、好きだったんだから!」
プリンスが眉を上げた。おどろいているようだった。
「そうか。悪かったな。ぜんぜん気づかなくて。ガキだったんでな」
喜多がセレイナを見た。セレイナがうなずく。
「おお、いいぜ、喜多も……」
そう言って背が低い喜多のために、プリンスは少し屈んだ。
喜多が唇を重ねる。プリンスはちょっとびっくりして、それから目を閉じた。
唇を離したプリンスが、にっこり笑った。
「なんか、いい匂いがするな」
喜多が泣き始めた。姫野と友松が、その肩を抱いて下がる。
プリンスは、おれを見つめた。
「みんなのこと、頼むぞ」
おれは何も言葉が出なかった。
「死ぬ時は笑おうって言っただろ」
それは、おれが言った言葉だ。
「清士郎」
「なんだ」
「逆が良かった」
「だろう、悪いが俺が先だ」
清士郎が笑った。
「笑え和樹。最後だ」
最後なのか。おれは笑顔を作った。
「またな、和樹」
「またな、清士郎」
羽音とともに妖精が飛んできた。その妖精に指を伸ばした途端、清士郎は砂となって崩れた。
風が砂を連れ去る。
妖精は、その砂をどこまでも追いかけて行き、やがて見えなくなった。
ワサビ茸を吸い込んだ彼らの目からは涙、それに鼻水にヨダレと散々だ。
『カントク、よろしく!』
姫野の声。カントク?
『いいね、仕上げるよ』
渡辺? 通信に入った声は幻影スキルの渡辺裕翔だ。
『お茶目な落書き! 巨大な幻影、巨大な響く声!』
ゲスオがブーストをかける声が聞こえた。
何をする気だ? 渡辺とセレイナはトレーラー上の前に出てきた。
「「「見物人のみなさん、お子さんの目をふさいで下さい」」」
拡声魔法をかけた姫野の声。お子さん? フルレとイルレを見た。声を聞いた父母があわてて後ろから目を隠す。
「リアリティ・フレーム!」
渡辺が上空に手を振ると、空をおおう巨大なスクリーンが出てきた!
「短編映画!」
映像が出てきた。
「地獄の黙示録!!」
それは戦争映画のハイライトシーンだった。飛び交う銃弾。吹き飛ばされる人間。森の中を逃げるゲリラ兵。藁ぶきの家にロケット弾が刺さって爆発した。
田んぼの中で泣き叫ぶ子供がいる。親が子の手を持つ。そこへ爆撃。銃弾爆撃が森を焼く。
映像と同時に、突き刺さる叫び声。セレイナが叫んでいる。ただただ長く叫んでいる。
心が打ち震え、涙が出た。
映画は数分で終わった。
終わった後は、みんな立ち尽くすだけだ。
どさっと聖騎士団の一人が座り、兜を脱いだ。
「王都守備隊、剣を捨てよ!」
ワーグル隊長が叫んだ。周りで見ていた守備隊が静かに剣を置く。
おれはみんなを振り返った。おれもうなずく。方々で剣を捨てる音が聞こえた。終わったな。
大通りの向こうから、颯爽と歩いてくる人影が一人。コウ? 疾風鬼と自らを呼ぶ、根岸光平だ。
「終わったで、キング」
おれの横を通る時に言った。
城を見た。城に大勢の人が入っていく。まさかコウ、この騒動を利用して?
「タクと、ずいぶん前から調べ上げた。城っちゅうのは隠し通路も多くてな」
王の暗殺。コウとタクが動いてたってことは、ヴァゼル伯爵は知っているだろう。伯爵を見た。こちらに向けて肩をすくめ、飛び立った。怖い人だぜ、やっぱ。
「じゃあ、みんな、手当すっか」
おれは近くに座り込んでいる聖騎士団の肩を担ぐ。
小さなうめき声が聞こえた。少し離れたところに、仰向けに倒れた聖騎士がいる。今、治療すれば助かるだろう。男が一人、近づいた。
男は、その手から剣を奪い、下に向けた。
「おい!」
腹につきたてた! 聖騎士は口から血を流し息絶える。
「お前!」
男は、にやりと笑った。灰色のローブを着た司教。老人ではない。40か50、そのあたりか。
「モルイッチ……貴様だったのか」
ハビスゲアルがトレーラーから降りていた。おれの前に出る。
「モルイッチ?」
「左様。魔法が使えぬ司教で、常に最下位でした。最後は吾輩のほうが下になりましたが……」
72、いや、ハビじいが落ちたから71番目の司教か!
「こうまでやるとはな」
モルイッチと呼ばれた男は言った。
「一度、この国は終わりだ。立て直すには、俺が出ねばならんか」
……ハビスゲアルが言っていた黒幕。こいつか!
ハビスゲアルは手のひらを男に向けた。
「それはない。すまぬな」
魔法を唱えた。巨大な火の玉が飛ぶ。当たった瞬間、なぜかハビスゲアルの体が吹き飛んだ!
「ハビじい!」
体の表面が焼けている。花森千香が急いで駆け寄った。
男の周りに黒い霧が集まった。上空を見る。ヴァゼル伯爵だ。
黒い霧が男の体内に入ったと思った時、ヴァゼル伯爵が何か声を上げた。ふらりふらりと体の自由が利かないようで、大通りに面した家の屋根に墜落した。
「俺に魔法は利かぬ」
男は聖騎士に刺していた剣を抜いた。横から駆ける音。
「カラササヤさん、待て!」
「はっ!」
気合いとともに槍が突き出された。男は素早く体をひねってかわす。そのあとの連続した突きも剣で弾いた。
「なかなか槍を遣うな」
剣で払いながら男は言った。ふいに両手をだらりと下げる。カラササヤさんはチャンスとばかりに男の腹を突いた。
槍はローブを貫いたところで止まる。
「少し付き合ってやっただけ。倒せると思ったか?」
カラササヤさんの腹部に血が滲みだした。槍を落とし倒れる。
「無駄だ。剣も利かぬ。俺への攻撃は全て跳ね返す。そういう体質でな」
倒れていたハビスゲアルが体を起こした。全身の火傷は、まだ回復しきってない。
「そ、そやつは子供のころ、誤って召喚された者。教会に帰属し、この国の住民となりました……」
異世界人か!
「悪いが、お主らは生きて帰れぬ。お主らを逃すと権威が無くなるのでな」
男はおれに向けて言った。気づけば、民衆の中に妙な気配。黒い服の男が大勢いた。やつの配下か!
「キング、皆を連れて……」
隣に来たのはジャムさんだ。
うしろを見る。みんながトレーラーから降りて集まっていた。
モヒカン狼の三匹が唸っている。手を上げて伏せるようにジェスチャーした。
すべてを跳ね返す能力か。やっかいだ。それに剣の腕も相当ある。
「ゲスオ!」
おれの声に人垣が割れた。そこにゲスオが立っている。近寄って小声で話しかけた。
「ブーストかけてくれ。向こうがすべて跳ね返す体なら、すべて粉砕する拳をぶつけてやる」
「……いやでござる」
「はっ?」
その時、横の通りから猛スピードで馬車が突っ込んで来た!
「死ね、おっさん!」
進藤の叫び。男は微動だにしない。ぶつかった。馬車は岩にでもぶつかったように後輪が跳ね上がり一回転した。
おれはゲスオの肩をつかんだ。プリンスとドクも来る。
「どう考えても、おれしか倒せないぞ」
「……いやでござる」
プリンスとドクを見た。
「日出夫、ブーストかけろ」
プリンスが本名で呼んだ。
「もう、手はないと思う。どう考えても」
ドクはそう言うと、自分の涙を拭いた。
ゲスオはうつむいている。
「ブーストかけろ日出夫!」
おれは怒鳴った。日出夫は震える手で、おれの胸にさわった。そして服を握りしめる。
「お茶目な落書き」
か細い声でつぶやいた。
おれは拳を閉じたり開いたりした。ブーストがかかった感触がある。
「ありがとな。日出夫」
それから、おれはプリンスとドクを見た。
「ありがとう清士郎、ありがとう秀」
おれは二人の肩に手を置いた。
「何をしておるか知らぬが……」
「黙ってろオッサン!」
男は黙った。ちらり後ろを見ると、面倒くさそうに手にした剣を持ち上げ、切れ味を見ている。
おれはクラスのみんなを見た。姫野が駆けてこようとした。おれは敵を振り返る。
「じゃあ、オッサン、やろうか」
「お主の得物は? 剣か、槍か? または魔法か?」
男は気だるそうに剣を構えた。
「攻撃は何も利かぬぞ?」
おれは腕に付けた小手を外しながら答えた。
「ぶん殴る!」
男が目を見開いた。
「殴る? 正気か?」
おれは胸当ても外した。軽くなったほうがいい。殴ると聞いて、かなり油断している。そこが唯一の勝機だ。
おれは、あきらめてはいない。瓦を割るのと同じだろう。躊躇すれば、こっちの拳が割れる。撃ち抜けば向こうのほうが割れるだろう。
一度、直立不動になり息を整える。心臓が激しく鳴っていた。
目をつぶる。おれがダメだったら、どうするか? 一瞬それを考え、即座に頭から消した。
「よし!」
相手を見た。撃ち抜く。あとは考えない。
駆けた。男の目の前。左足を踏み込み右手を引く。ここまで来ても男は剣を振ろうともしない。
「粉・砕」
うしろの右足を蹴った。足と同時に腕を出す。小さいころから何千、何万回もした動作。
「拳!」
男の胸。男がうしろに吹っ飛んだ。
「馬鹿な!」
男は石畳に倒れた。体を起こす。起きようとして膝をついた。全身に亀裂が入っていく。
撃ち抜けた。
撃ち抜けたが、跳ね返っても来た。全身に衝撃がある。
ふいに衝撃が消えた。まるで吸い取られるかのように消えた。どこに吸い取られたか、その方向はわかった。
「清士郎」
振り返って名を呼んだ。清士郎は、おれに向かって手のひらを向けている。
おれは清士郎の元に歩いた。
「清士郎、何やった?」
「悪いな。これしか方法がない」
横でゲスオが座り込んでいた。頭を抱え、うつむいている。
「僕とゲスオは知っていた。人のスキルは見えるから」
ドクが涙を拭きながら言った。
「立とう日出夫。僕らは、そうしなきゃいけない。何も出来なくても、しっかり見なきゃ」
ゲスオが小刻みに震えた。押し殺した嗚咽も聞こえる。
「清士郎のスキルは?」
ドクに聞いた。
「キングのダメージを全て受ける」
「スキル名は?」
「プリンス」
プリンスか。そういえば清士郎が自分で言うのを一度も聞いたことがない。それに、プリンスのスキルは剣かなにか。そう勝手に思っていた。
プリンスの足元から亀裂があがってきた。
おれは頭が真っ白になった。これは一体、なんなのか。
花森千香が駆け寄る。
「お注射!」
プリンスに触れた。亀裂はさらに上にあがる。
「お注射、お注射、お注射……」
プリンスが手を上げた。
「いい。これは無理だ。自分でもわかる」
花森が泣いた目で見上げた。
「ありがとうな、花森。みんなも、ありがとう」
プリンスは体が動かないのか、首を少し動かして言った。クラスのみんなは誰も動かない。
「すまんな、プリンス。損な役回りするのは、わいやと思っとったのに」
コウとタクが近寄った。
プリンスが少し首を動かして二人を見る。
「ああ。あとは頼んだぞ。こいつ、危なっかしいからな」
コウとタクはうなずいた。こいつとは誰のことだ? 頼むことはない。お前がやればいい。
「師匠……」
プリンスがおれの後ろを見ていた。体をよける。ジャムさんが後ろにいた。
「師匠……」
「よい働きであった。そして、よい戦いであった」
「ありがとうございます。俺に剣を教えてくれて」
「うむ。俺も戦士。そう長くはない。少し待っててくれ。向こうで稽古をしよう」
プリンスは少し笑った。
「アタシもいい?」
セレイナが横に立っていた。泣いた跡がある。それでも必死に笑顔だ。
「ハグしていい?」
プリンスが笑った。
「学校一の美人にか。光栄だな」
「嘘、思ってないクセに」
セレイナは、さわるかさわらないかの力でそっとプリンスを抱きしめる。
「ありがと。プリンス」
「ああ。あとは頼んだぞ」
「待って、もう一人だけ」
セレイナは腕を離し、3年F組の集まりを向いた。
「エマちゃん!」
喜多絵麻は、両手の拳をぎゅっと握り、うつむいている。
うしろで男が動く気配がした。
「あああああ!」
男が絶叫を放つ。亀裂が全身に広がり、そして砂となって崩れ落ちた。
「あまり時間がない」
プリンスが短く言った。
喜多絵麻は動けないでいるようだった。そこへ姫野美姫と友松あやが駆け寄る。二人に押されるようにして、喜多がプリンスの前に立った。
「私……私……」
喜多が顔を上げた。涙でぐちゃぐちゃだ。
「小学校の五年生から、ずっと、ずっと、好きだったんだから!」
プリンスが眉を上げた。おどろいているようだった。
「そうか。悪かったな。ぜんぜん気づかなくて。ガキだったんでな」
喜多がセレイナを見た。セレイナがうなずく。
「おお、いいぜ、喜多も……」
そう言って背が低い喜多のために、プリンスは少し屈んだ。
喜多が唇を重ねる。プリンスはちょっとびっくりして、それから目を閉じた。
唇を離したプリンスが、にっこり笑った。
「なんか、いい匂いがするな」
喜多が泣き始めた。姫野と友松が、その肩を抱いて下がる。
プリンスは、おれを見つめた。
「みんなのこと、頼むぞ」
おれは何も言葉が出なかった。
「死ぬ時は笑おうって言っただろ」
それは、おれが言った言葉だ。
「清士郎」
「なんだ」
「逆が良かった」
「だろう、悪いが俺が先だ」
清士郎が笑った。
「笑え和樹。最後だ」
最後なのか。おれは笑顔を作った。
「またな、和樹」
「またな、清士郎」
羽音とともに妖精が飛んできた。その妖精に指を伸ばした途端、清士郎は砂となって崩れた。
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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