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第3話
しおりを挟む結局大人に会えないまま、目的のビルまでたどり着いてしまった。
エントランスに入ると、自動音声と思われる女性の声が響き渡った。
「再生本部へようこそ。ご用の方は五十階までお上がりください」
ビルの中まで地球のそれとよく似たつくりだった。
迷うことなくエレベーターホールまでたどり着く。
ちょうど扉が開いて、子どもが二人降りてきた。
「楽しみだね」
「うん。お友達たくさんできるといいね」
結局ここにも子どもしかいないのだろうか。不安に駆られて、つい声をかけた。
「君たち。上に大人がいるって聞いたんだけど、間違いないかい?」
そばかすの女の子が笑顔で答えた。
「間違いないわ。私たちちょうど面接を受けてきたところなの。ようやくあの星に行けるのよ」
それを聞いて、もう一人の女の子が顔をひきつらせる。
「よしなさいよ。あんまりペラペラ話すと怒られるわよ」
そばかすの子がうれしそうに口元を手で覆う。
「ちょっと舞い上がっちゃった。おじさんも早く上がるといいわ。五十階よ」
そう言うと彼女たちは足早に長谷川のもとを去っていった。
ようやく帰れるとはどういうことだろうか。
何のことか見当もつかないが、いずれにせよ五十階には間違いなく大人がいるはずだ。
意を決してエレベーターに乗り込んだ。
上昇するにつれて、眼下に街並みが広がる。
子どもたちは皆幸せそうで、犯罪とは無縁な星に見えた。水さえあれば楽園のようなところだ。
このあとの交渉次第で、長谷川の命運が決まる。
受け答えには気をつけなければならない。
ここに来るまで何度もシミュレーションを重ねてきた。その通りに運べばいいが。
長谷川は頭のなかで改めて段取りを確認した。
エレベーターの扉が開くと、目の前に黒いスーツに身を包んだ大人の女性が現れた。
長谷川は安堵した。
「ようやく大人の方にお会いできました。私は地球という星からやってきた……」
彼女は長谷川の話をさえぎった。
「案内係のアタラシと申します。長谷川様ですね。お待ちしておりました」
「お待ちしておりました?」
驚きのあまり、つい声が大きくなる。
彼女は微笑みながら言った。
「あなたが上空からいらっしゃったのはレーダーで確認しておりました。親善のために地球からいらっしゃったということですね? どうぞこちらへ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
話が早い、と長谷川は喜んだ。
アタラシという女性に案内されたのは、長机が向かい合った小さな会議室のような場所だった。
「担当のものが参りますので、こちらでお待ち下さい」
彼女は慣れた様子で頭を下げて、その場を去ろうとする。長谷川が慌てて声をかけた。
「すみません。失礼を承知でお願いなのですが、飲み物があればいただけないでしょうか」
長谷川はすでに我慢の限界を迎えている。唾を飲み込むのもひと苦労だった。
「もちろんでございます。少々お待ちください」
アタラシは快く応じてくれた。
部屋に一人残された長谷川は、隅に置かれた金属製の箱に目を向けた。
電話ボックスくらいの大きさで、使い古されているせいか、ところどころ錆びついている。
どういった用途のものなのか気になった。
ここに来るまで地球で見たことがあるものばかりだったので、余計に興味をかきたてられた。
しばらく待っていると、上品なスーツに身を包んだ老齢の男性がやってきた。
胸には金色のバッジが輝く。
行政の中枢を担っている人物に見えた。背後ではアタラシが水を持って控えている。
「ようこそおいでくださいました」
男性から握手を求められたので応じた。
「ここカイシン星で外交を担当しております、サイキと申します。この度はご足労いただきありがとうございます」
彼が「よろしければどうぞ」と言うとアタラシが水を差し出してきた。
長谷川は挨拶も返さずにその水を受け取り、一気に飲み干した。
もはや水が体に合うかどうかなんて考える余裕すらなかったが、地球のものと味に大差はない。
喉の渇きが満たされると「すみません」と頭を下げる。
サイキは穏やかな表情で長谷川を見つめている。
「私は地球という星で外交官をしている長谷川です。急な訪問にもかかわらずお時間をいただきましてありがとうございます」
サイキはニコニコしながら「親善のためにいらっしゃったとか?」と長谷川に先を促した。
背後にいたアタラシが頭を下げながら部屋を出ていった。
「その通りです。実は地球から親善のために各星へ駐在員を派遣しているんです。差し支えなければ私を駐在員としてこちらに置かせてもらえないでしょうか。主に地球との連絡係として、皆様のご要望を地球にお伝えします。最低限の衣食住だけ確保していただければ、きっと皆様のお役に立てると思います」
「なるほど、そういうことでしたか。地球は我がカイシン星と非常によく似た星だという噂を耳にしたことがあります。喜んでお迎えいたしますよ」
長谷川が拍子抜けするくらい、サイキは簡単に駐在を受け入れた。
つくづく自分は強運だと長谷川は思った。
すると、サイキが部屋の隅に置かれた例の箱を指さしながら言った。
「では、こちらの手続きの都合で大変恐縮なのですが、あちらのボックスに入っていただいてもよろしいでしょうか」
「と、いいますと?」
「こちらで危険物の持ち込みがないかチェックさせていただきます。あ、一応お伝えしておきますが、なにも武器を隠し持っているのではと疑っているわけではございません。長谷川様は地球からいらっしゃった訳ですから、衣服やお持ち物に菌やウイルス、はたまた我が国の生態系に悪影響を及ぼすような生物が付着している可能性があります。カイシン星の法律で、到着を確認してから一時間以内に、こちらのボックスで検査をしなければいけない決まりなのです。どうかご協力を」
急に饒舌になったサイキに少し違和感を覚えながらも、長谷川は快く応じた。
「承知しました。構いませんよ」
取っ手を握る。思っていたよりも扉が重い。苦労して引っ張ると、ようやく人が入れるくらいの隙間が開いた。
なかに入った瞬間にサイキが素早く扉を締めた。ガシャンと大きな音が響く。
ちょうど顔の高さにつけられたスライド式の小窓が開き、サイキが笑顔で言った。
「それでは始めますね」
「はい、お願いします」
小窓が閉じると、箱の中は無音の暗闇になった。
長谷川は、自分がついさっきまで右往左往していた宇宙空間を思い出す。
でも、気分はまるで違っていた。
いつ死んでもおかしくない過酷な状況を乗り越えたことで、もうじき平和な星での新しい生活が手に入る。
ただ生きていけるというだけなのだが、それは今の彼にとって無上の喜びだった。
満ち足りた気分で検査を待っていると、だんだん眠くなってきた。
そういえば、地球を出発してからは生きることに必死で一睡もしていない。
どれくらい時間がかかるのかわからないが、少しくらい眠っても問題ないだろう。
長谷川はそっと目を閉じた。
すると、体の力が抜けていった。
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